「さて、思う存分に遊んだし夕食の準備に行きましょうか」

「えぇ、頑張ってください」

「サボったぶんは働くわ。また会いましょう」



女将モードになった麗奈さんは凛々しい。

俺は仕事に戻るのを見送ると、ゆっくりと身体を起こした。

部屋の中には2人だけ。

俺は天野を胸に抱いたまま壁際までズルズルと移動した。

壁に寄りかかり、天井に向かって溜め息を吐く。

下を見れば天野はやっぱり寝ている。

その寝顔を見つめ、改めて可愛く愛しいと感じる。

天野の身体を軽く抱きなおしてから髪を撫でる。

自然と俺も穏やかな気持ちになってきた。

なんとも和やかな雰囲気だった。





旅館ですよ。    第10話〜一緒にお風呂ですか?〜





そのまま過ごすのも悪くはないが起こさないとな。

夕食もまだだし、風呂にも入ってない。

ある程度は酔いも醒ましてもらわないと困るし。

せっかく寝てるのを起こすのは可哀想だけど・・・しかたない。



「天野。そろそろ起きよう」



軽く声をかけて体を揺するが起きてくれない。

酔いのせいで眠りが深いのか?



「あーまーのー。ほら、起きろって」



ちょっと強く身体を揺する。

すると天野が反応してくれた。

身じろぎをしてから身体を起こす。



「・・・相沢さぁん」

「まだ酔いが残ってるのか。けど酒の量は少ないからなぁ。

 少ししたら醒めると思うけど。はぁ、外に連れていって風に当たろう」



立ち上がって天野を抱き上げる。

俗に言う『お姫様だっこ』である。

はっきり言って恥ずかしい。

外は風は出ていて、少し涼しかった。

日も沈んでるから肌寒いくらいかもしれない。



「やれやれ、天野がここまで酒に弱いとはな」

「涼しいですぅ・・・」



抱き上げたままで近くの椅子に座る。

思っていたよりも天野はずっと軽い。

もう少し食べたほうがいいんじゃないかな?

本人に言うと怒りそうだから言わないが。

そのまましばらくすると天野の酔いも大体は醒めた。

瞳には理性が戻っている。



「あの、相沢さん? 何でこうなってるのでしょうか?」

「天野が酔って、その酔いを醒ますために外に出たから」



『お姫様だっこ』された状態になってるのに気づいた天野に聞かれる。

しかし降ろして、と言わないあたり気に入ってるらしい。

心地よさそうに俺の腕の中で大人しくしてくれてる。



「しかし酒に弱いな、天野」

「だから最初に言ったではないですか。飲ませたのは、そっちです」

「あそこまで弱いと思ってなかったんだよ」



まさかビール1杯目でダウンするなんてな。

2杯目の時には完全に酔ってたし。



「あの後は香里から電話あったりで大変だったんだぞ。

 しかも天野の寝言のせいでバレてる可能性が激しく高い」

「・・・それは危険ですね」

「よりにもよって香里だからな。

 ま、誰にバレても最終的には全員に知られるわけだけど」



それに帰れば確実に知られるし。

結局のところ早いか遅いかの差しかないわけだ。

けど今は邪魔されたくないかな。

向こうに帰ったら、怒られてもしかたない。



「さて天野の酔いも醒めたし、俺は風呂に行ってくるから」



天野を降ろして椅子から立ち上がる。

そのとき少し残念そうな姿が微笑ましかった。

部屋の中に戻って荷物から着替えなんかを取り出す。

夕食までは時間があるから、のんびりできるか。



「というわけで、また後で」

「その、相沢さん! 私も行きます!」

「・・・・・・・・・・・は?」



いきなり大声で呼び止められた。

しかも驚きの内容だった。



「だから、あの、私もお風呂に行きたいのですが・・・」



いつの間にやら着替え一式なんかを持ってる天野さん。

準備万端って感じですか?

胸元に荷物を抱えて俯いてる姿は、なんか可愛い。



「露天風呂だぞ? 混浴なのに一緒に来る気か?」

「昨日も一緒に入ってしまいましたし、その、せっかく恋人ですし・・・

 向こうに帰ったら、こんな機会もないと思いますので・・・」

「そっか。じゃ、行こうか」

「いいのでしょうか?」

「恋人だろ? そのくらい、いいんじゃないか?」

「ふふ、では行きましょう」



そんなわけで天野と一緒に行くことになった。

昨日もだったから緊張はしてない。

・・・・・・・嘘です、2回目だからって緊張しないわけないです。

むしろ恋人なだけに妙に意識してしまうぞ。

言葉少なに廊下を歩き、それぞれの更衣室に分かれた。

そして中へと移動する。



「さてはて、天野は何処にいることやら」



これだけ広いと探すのも一苦労だ。

湯気も立ち込めてるから視界も良くはない。



「まさか叫ぶわけにもいかないからなぁ」

「・・・何を叫ぶのですか?」

「―――――!?」



唐突に背後から天野が声をかけてきた。

気配も足音もない。

まったく気づかなかったので正直なとこ驚いた。

タオルを身体に巻きつけている姿が正直なとこ、魅力十分だ。



「前から話し掛けてくれ。心臓が機能停止する」

「すみません。見つけたので、とりあえず声をかけようと思いまして」



とりあえず近くの椅子に座り込み体を洗うことにする。

天野も俺を探していたらしい。

早いうちに見つかってよかったと思う。

あまり時間がかかると混浴露天風呂でキョロキョロしてる不審者になるから。

それは勘弁してほしいと思うぞ。



「よろしければ背中を流しましょうか?」

「んー、そうだな。昨日は気持ちよかったし頼む」

「では、洗いますね」



昨日と同じように背中を流してもらう。

力加減が絶妙で気持ちいい。

しばらく洗ったあとに流される。



「はい、きれいになりました。どうでしたか?」

「よかったぞ。背中流し免許皆伝だな」

「遠慮しておきましょう」

「・・・さて、天野。今度は俺が流してやろう」



爽やかな笑みを浮かべて申し出る。

それを見て天野がザザッと後ろに後退する。

ヒドイ反応だな、おい。

身体を包むタオルを強く掴みながらという事実が余計にショックだ。

まぁ、半分は演技だと思う・・・思いたい。



「その微笑みが不気味なのですが」

「わざとだ。変なことはしないから座りなさい」



爽やかな笑みを消して普通に戻し、ぽんぽんとイスを叩く。

やはり不気味だったか・・・作り笑顔だからなぁ。

天野は大人しく椅子にちょこんと座ってくれた。

断るかな、とも思ってたので少々意外だ。



「凛ちゃんも言ったがタオルがあると洗えないのだが」

「そうでした。変なことしないでください、本当に」

「恋人なのに。まぁ、しないから安心しろ」



俺がそう言うとタオルを取り、胸元で押さえた。

完全に取り払うことはしないらしい。

まぁ、俺たちだけがいるわけじゃないし当然だろう。

それに天野を俺以外の男に見せたくないという独占欲もある。

むぅ・・・俺って1人の女性に入れ込むタイプかもしれん。

とにかくタオルに石鹸をつけ天野の背中を洗う。



「うわっ」

「な、何ですか? 私、そんなに変ですか?」

「違うっつーに。綺麗だから驚いたんだ。昨日も見たけどさ。

 実際に触ると感動するというか何と言うか。とにかく綺麗だと思う」

「・・・何故、触ってるのですか? タオルを使ってください」

「・・・バレたか」



何となく好奇心から素手で触っていたのだが。

まぁ、バレるだろうな。

今度は大人しくタオルで洗うことにする。

先のやり取りで少しばかり桜色に染まった肌が目に入る。

うぅ、目の毒です、天野さん。



「天野、強かったり弱かったりしたら言えよ?

 俺にはイマイチ加減がわからないから」

「大丈夫ですよ。丁度いいので気持ちいいです」

「そうか。それならいいだけどな」



洗い終わって、背中を洗い流す。

俺なんかとか水の弾きが違うな、とか思った。

天野の肌はかなりの高水準のようだ。



「ありがとうございました。上手でしたよ」

「天野には負けるけどな」



それから自分で髪を洗ってから湯船に浸かる。

今日も歩き回ってるから疲れた。

温かい湯が疲れた体に気持ちよかった。



「そっちに寄ってもいいですか?」

「あぁ、かまわない。おいで」



天野の肩に手を回し引き寄せる。

昨日は何となくやった行為。

しかし今日は恋人として、やりたくてやった行為。

寄り添う天野は頭を俺に預け身体を弛緩させる。

リラックスしてるなぁ。

それだけ俺は気を許せるってことだから、嬉しい。

俺も相当リラックスしてる。

どうやら相当、天野のことを信頼してるようだ。



「凛ちゃんがいるのも楽しくていいですが、2人きりというのもいいですね」

「そうだな。可愛い彼女さんと2人ってのはいいかもな」

「もう、相沢さん。あんまり恥ずかしいこと言わないでください」

「くくっ、天野の反応が純粋だから、ついな。

純粋なわりには積極的だったりもするか。面白いな、天野は」



俺は笑ってるが天野は赤くなって湯の中に沈んだ。

頭も俺の肩から離れ、沈んだまま遠くへ行く。

お互いの距離はm単位で離れてしまい、ついには―――――



「・・・相沢さん、そこは引き止めてくれるものではないでしょうか」

「天野、行かないでくれ!って感じか?」



俺がわざとらしく言うと呆れたような顔をされた。

そのままスイーッと戻ってくる。

表情には呆れを貼り付けたままだけどな。



「拗ねるなよ。天野のことだから最終的には戻ってきてくれると思ってな」

「もういいですよ。別に期待してませんでしたから」



そう言って再び寄り添い、頭を俺の肩に預けてくる。

呆れていた顔は消え失せて今は目を細めて気持ちよさそうにしている。

なんだかんだで天野は俺のとこに戻ってきてくれる。

それが何となく実感できた、そんな瞬間だった。



しばらくしてから着替えて部屋に戻ることにした。

ちょっと惜しいけど仕方ない。

更衣室では今日は何も言われることはなかった。



「天野、待たせたか?」

「いえ、そんなに待ってません。しかし相沢さんのほうが遅いのは何故です?

普通は女性よりも男性のほうが着替えるのは早いと思うのですが・・・何かありましたか?」

「うむ、コーヒー牛乳を飲んで―――「ぎゅむっ」―――ごめんなさい」



真実を告白しようとしたら天野に足を踏まれた。

しかもゴリゴリと動かされた。

うぅ、赤くなってしまったじゃないか・・・痛いぞ。

しかし天野の氷の視線のほうが痛いかもしれん。



「恋人を待たせてコーヒー牛乳ですか」

「漢の浪漫なんだ」

「まったく。早く部屋に戻りますよ」



表情が柔らかくして微笑む。

こういう顔の天野は文句なしに可愛い。

いや、どちらかと言えば綺麗かな。

俺は天野に追いついて、その手を握る。



「手、握るの好きみたいですね」

「そういう天野は抱きつくのが好きみたいだな」

「相沢さんに抱きつくと安心できるんです。理由はわかりませんが」

「あー、そういや麗奈さんも言ってた。キミは安心できるよー、て」



瞬間、握られてる手に圧力がかかる。

それと同時に痛みを訴え出す。

天野さん、爪が手に食い込んでいるので痛いです。

そう言おうと思い天野を見て、悟った。

自爆した、と。

天野の顔は笑顔だが・・・しかし瞳は絶対零度。



「麗奈さんも言ってた、ってどういうことでしょう?」



声に凄まじい圧迫感が・・・怖い。

しかも人通りが少ない場所だし。

ある意味ホラーだ。

このまま殺されて湯煙殺人事件とか・・・ちょっと現実逃避。



「答えたくないなら無理には言わないでいいですよ?」



俺に選択権を与えてるように聞こえるが違う。

答えなかったら、どうなっても知りません。的なニュアンスだ。

有無を言わせずに答えさせる気ですか?



「えー、天野が酔いつぶれてる時に麗奈さんに抱きつかれた」

「で、相沢さんは抱き締め返したのですか?」

「するわけないだろ。すぐに引き剥がしたぞ。

 俺の上には天野が寝てたし、片手も携帯で塞がってたから」



とりあえず事実を伝えることにした。

今の天野に嘘は一切、通じないだろう。

ふっ、っと威圧感が緩む。

痛みを訴えていた手も正常に戻る。

顔は微妙にお怒りモードに入ってるけど仕方ない。

麗奈さんと抱き合ってたのは事実だ。

俺からは抱きついてないが。



「お母さんのことですから、抱き心地でも確認したかったのでしょう」

「本人もそう言ってたぞ。試してみたいって」

「今回は見逃します。けど次は許しませんよ、相沢さんも」

「俺もかい。一応は俺も被害者なんだが」



麗奈さんの悪戯で俺まで裁かれるのか。

うむ、気をつけなくてはなるまい。

天野を怒らすのは得策ではないからな。



「問答無用です。抱きつくなら、その・・・私にしてください」



怖いことを言った後に、そんなことを言うのか。

なんというか・・・ギャップが可愛いぞ。

なんかもう今この場で抱き締めたい気分になってくる。



「心配しなくてもいい。俺は天野の恋人だからな」



気分になるだけでなく、実際に抱き締めた。

右手を頭に添えて左手を腰に回して胸の中に引き寄せる。

赤くなって俯いてるわけではなく、不安そうな顔をしていたから。

その不安を取り除いてあげたかったから。

天野も俺の背中に手を回し、強く力を込めてくる。



「信じてますけど・・・相沢さんの周りには綺麗な人、多いですから」

「大丈夫だって言わなかったか? 浮気する気はない」

「・・・はい。私も浮気なんかしませんよ。相沢さんだけ、ですから」



手を解き、くすっ、っと笑う。

それから手を繋いで部屋へと歩き出す。

より強くなった絆のように、繋いだ手は離さずに。







































あとがきのようです。



氷:・・・何故か再び温泉の話です。

夏:何を考えてるんですか?

  しばらく前にも温泉の話で、しかも2話くらい使っていたじゃないですか。

氷:いた、痛い痛いですって夏奈さん!?

  はわっ、足、足ぐりぐりしてますよ!?

夏:・・・反省してくださいよ?

氷:うぅ、反省します・・・こう、恋人になる前と後で書きたかったわけですよ。

夏:ぜったいに嘘です、どうせネタがなくなったから書きやすい温泉にしたんでしょう。

氷:そんなことないんだけどなぁ。

夏:なんで10話中3話も温泉に使わないといけないんですか!

氷:そんなこといわれてもなぁ。

夏:まったく。

  同じような内容ばかりでは読者様に申し訳ないですから止めてくださいよ。

氷:うぅ、わかりました。

夏:はぁ・・・それでは、また次回に会いましょう。