「しかたないですね。少しだけですよ?」

「さすがに娘に無理はさせないわよ。倒れても困るしね」

「んじゃ、改めて乾杯」

「「乾杯」」



俺たち3人は1杯目を喉に流し込んだ。

麗奈さんは一気に全部。

俺は半分くらいを。

天野は―――――何故か全部。

あぁ、やっぱり止めるべきだったかもしれない。

後悔した時には、もう遅い。





旅館ですよ。    第9話〜もしかしてピンチですか?〜





「・・・麗奈さん」

「何かしら、祐一さん。告白なら受け付けないわよ?」

「しないので安心してください。それより、どうするつもりですか?」

「制御不能。私は美汐の母であるけど万能じゃないのよ」

「相沢さぁん、私のことぉ、本当にぃ、好きなんですかぁ?」



天野はあっさりと酔った。

ビールを1杯飲んだあたりからもうダメダメだ。

急激に赤くなっていったかと思ったら・・・。

甘えてくるわ、くっついてくるわで大変なことに。

そんなわけで俺は今現在、天野に抱きつかれながらビールを飲んでいる。



「ラブラブね♪」

「これが素面の時なら嬉しいんですけど」



どうやら天野は人に抱きつくという行為が好きらしい。

今になって思えば、よく抱きついてくる。

俺もそれは嬉しいので全然OKな癖なんだけど。



「んぅ、あったかい・・・」

「うわっ、やめろ! 何してんだ!」

「あららー、美汐って酔うと大胆になるからね・・・」



知ってて飲ませたんかい、とツッコミをいれたかった。

だが、あぁ、それよりも今の状況を何とかせねばならん。

嬉しいような辛いような、フクザツな気分になる。

うーん、麗奈さんがいなければ嬉しいとこだが、今はな。

ちょっと残念なんだけど正面から力一杯に抱きつく天野を引き剥がそうとする。

胸があたってるし、麗奈さんの視線を感じるし。



「ちょ、手伝ってくださいよ!」

「愛しい彼女でしょ? 抱きつくくらいいいじゃないの」

「はぅ、私に抱きつかれるの嫌いなのですか?」

「違うんだが、それは、ほら、な?」



俺が引き剥がそうとしてるのに気づいた天野が呟く。

顔を上げ、上目づかいで訴えてくる。

その瞳は潤んでいて、凶悪なまでの威力を秘めていた。

うぅ、こんなの反則だ。



「ほーら、相沢君も酔っちゃえー♪」

「悪いですけど、俺は強いですから簡単には酔いません。

 それに麗奈さんの罠には嵌まらないように量は自制しますので」

「ちっ、つまらん。酔った勢いで・・・も私は認めるし許すのに」



この人はまたしてもそういうことを考えてたのか。

自分の娘なんだから大事にしようという気はなしなのか?

まぁ、寛大で良い母親だと思うけどさ。



「ね、相沢さん? ぎゅーってしてくれませんか?」

「ん、了解だ」



天野の髪を優しく撫でながら抱き締めてあげる。

それだけで気持ちよさそうな表情になってくれた。

なんか可愛いなぁ、と思う。

子どものように純真で。

守ってあげたくなるような存在なんだよな、天野は。



「ふふっ、本当に仲良いんだね」

「恋人ですから。悪いわけないですよ」

「それもそうね。美汐の幸せそうな顔だこと。羨ましいわ」



俺の胸の中で丸くなっている姿はたしかに幸せそうだ。

普段は人に頼られる側だからなぁ、天野って。

たぶん同年代よりも冷静で頭の回転が速いから。

その分、人に甘えるという行為に憧れみたいなもんが大きいのだろう。

甘える対象が俺っていうのが、この上なく嬉しいもんだ。



「浮気なんかしたら許さないわよ、祐一さん」

「しません。まぁ、不安ではありますけど」

「不安? 可能性でもあるっていうの?」

「今も言いましたが浮気する気はないですよ。ただ、障害が多いだろうなーと」



天野は大人しくなっている。

ウトウトしてるような気もするから眠いのかもしれない。

今日も色々と歩き回ってるし、疲れたかな?



「障害、って何? 何か問題でもあるの?」

「たぶん、ある。7人ほど、俺と天野のことを認めなさそうな人物が」

「はぁ!? 7人も!? っていうか、家族とか?」



やっぱ恋人の障害って言ったら家族だよなぁ。

俺の場合は違うわけだけど。



「・・・後輩、先輩、幼馴染、従姉妹に同級生とか計7人」

「・・・マジ?」

「マジ。7人は俺に積極的に迫ってきてるんで気持ちは知ってたんですよ。

 ただ天野だけは傍観者っていいますかね。そういう素振りがなかったんです。

 ここに来てから、初めて俺は好かれてるって知りました。

 で、天野と恋人になったわけですけど7人が納得してくれないだろうなぁ、と」



麗奈さんは信じられない、といった表情だ。

ま、普通はなかなか見ない状況かもしれない、俺って。

7人もの女の子―――しかも7人とも美人―――に迫られてるなんて。

俺は財布を指差した。



「財布の中に写真あります。見てもいいですよ」



ガサゴソと財布の中から写真を取り出し、見て固まる。

むぅ、麗奈さんでも固まったりすることってあるんだなぁ。

その様子は失礼だけど可愛らしかった、とだけ言っておこう。

意外な一面って感じだ。



「ななななな、何!? みんな美人じゃないの!!」

「えぇ、そうです。でも浮気はしませんよ。ただ、障害なんです」

「・・・祐一さんってモテモテね。というか凄いわ。

 あれ、美汐をいれて9人いるわよ? 全部で8人じゃないの?」



あぁ、たぶん秋子さんだろうな。

初めて見る人には高校生と並んでると高校生に見えるだろう。

俺だって久々に会ったときは愕然とした。

あまりに若過ぎるからなぁ。



「えっと、青い髪で三つ編の女性は水瀬秋子さん。俺の叔母です」

「嘘!? すっごい若いよ!? 高校生と並んで違和感ないのに!?」

「麗奈さんも似たようなものですけど」



そう、実際問題として秋子さんと同じくらいに麗奈さんは若い。

仮に写真の中に麗奈さんが写ってても違和感はない。

恐るべし、北国遺伝子。



「はぁ、これは障害かもね。美汐も大変だわ」

「何とか説得して諦めてくれるといいんですけどね」



麗奈さんは苦笑しながら財布に写真を戻し、テーブルの上に戻した。

タイミングは最悪だった。

唐突に鳴り出した携帯。

その音に驚いたのか、俺のほうに倒れこんでくる天野。

俺は当然、いきなり対応できずに後ろに倒れこむ。

いまだに携帯は鳴っている。

目を開いた天野は酔いが醒めていない。

とろんとした目つきだ。



「相沢さん・・・もっと抱き締めてくださいよ・・・」



それはしてあげたいが、今は携帯のほうが先だ。

天野ごと体を起こす。

そして、見た。

最も最悪であろう事態を。

麗奈さんが。

携帯を持って。

ニヤリ、と笑っている。



「相手は美坂香里。水瀬秋子だったらセーフだけど他はアウト、かな?」

「麗奈さん、マジでやめてください。俺は1人旅ってことになってるんです。

 もしも誰かと一緒だとバレたら帰ったときに殺されます」



ちぃ、よりにもよって香里か。

公園で余計なことを言ったせいかなぁ。

しかも疑われてる上に有無を言わさず切ったし。

疑惑は確信へと変わってるかもしれない。



「・・・私からやっちゃいます・・・」

「ちょ、待て、天野!」



しまった、油断した。

元に戻した体勢が天野によって崩される。

体重をかけられて、再び倒れこむ。

さらに思いっきり抱きついてくるので起き上がれない。

身体が密着していて嬉しいような反面で危機的状況。

麗奈さんの笑顔が深くなる。

うぅ、万事休す?



「さて、聞こえるように近づいてあげましょう♪」



器用にも左手と足を使って俺の手を封じた。

がっでむ、これじゃあ携帯を奪還することは不可能。

生き地獄ですか?

そして、ついに麗奈さんが通話ボタンを押す。



『あぁ! やっと出たわね! 何で切ったのよ!』



初っ端から香里の叫び声が耳に届いた。

嬉しくない届け物だった。



「美坂香里様、ですね?」



何故か女将口調で会話する麗奈さん。

あいかわらず何を考えてるのか読めない人だ。

天野は・・・よし、寝てるっぽい。

声を出されると本気で困る。

両手が塞がってるから口を塞ぐこともできんからな。



『・・・誰よ』



香里の声に怒りが混ざる。

俺の携帯で出たのが女性だからなぁ。



「あ、申し遅れました。私は某旅館の女将でございます」

『女将さん? どうして相沢君の携帯を持ってるのよ』

「相沢様が落とされたようで預かってるのです。

 今は何処にいるかわからないので見つけ次第、お返しします」



楽しそうだなぁ、まったくもって最高に。

ワクワクしてるな。

人をいじめてそんなに楽しいか、麗奈さんよ。



『そう。答えられるなら答えて頂戴。

相沢祐一は1人で泊まってるの? それとも連れがいる?』

「申し訳ございませんがお客様のプライバシーについては、ちょっと・・・」

『やっぱり無理よね。病院で人の病名を聞くようなものだし』



しっかし香里は女将とか知らん人でも口調変わらんな。

目上に対しては敬語とかじゃないのか?

普段の香里なら間違いなく敬語を使うと思うけど。

警戒してるから、かな?



「何か伝言等あれば伝えておきますが?」

『お願いするわ。携帯を受け取りに来たら直ぐに伝えて。

携帯を引き取ったんなら即刻あたしに電話をするように、って』

「了解しました。伝えておきます。では」



ピッ



電話は意外と普通に終わった。

麗奈さんのことだから天野がいることを話すと思ったんだが。

ふぅ、と一息吐くと麗奈さんの雰囲気が変わった。

さっきまでの麗奈さんだ。



「どう? 緊張しちゃった?」

「ストレスで胃に穴が空きそうでした」

「香里ちゃん、怖かったよ。声に威圧感があった」

「俺の携帯に女性が出たからでしょう。

 それより俺から電話することになったじゃないですか」

「面白そうだからOK。さぁ、電話しなさい」

「今!?」

「今」



電話を切った数分後に電話するのか?

怪しまれそうだなぁ・・・はぁ。

麗奈さんの目は本気だ。

断ったらネガとテープをばら撒かれるのだろう。

アレが水瀬家、両親、7人に見られれば俺の命はない。

香里に電話したほうが平和だ。

天野をもう1度だけ見る。

寝息も聞こえるし、静かに寝ている。

起きないだろうけど・・・やっぱし不安だ。

けど選択肢は1つしかないんだよなぁ。



「かけます、かければいいんでしょう?」



封じられていた腕を解放してもらい、電話帳を呼び出す。

美坂香里、と。

呼び出し音が鳴り、数秒後に向こうが出た。



「俺」

『ずいぶんと早いわね』

「女将さんから聞いた。悪いな、俺のほうも探してたんだ」

『・・・まぁ、いいわ。聞きたいことは別。昼間は何で切ったの?

そして何でその後、数時間に渡って繋がらなかったのかしら?』



誤魔化したけど、次の問題が立ち塞がった。

言い訳はない。

というか思いつくわけがない。

切った理由を話すのは天野がいることを話すようなもんだから。



「秘密」

『へぇ、秘密なの? ふぅ・・・やっぱり連れがいるようね』

「何でそうなるんだよ」



ぐあっ、それはあたしの科白よ、とかいうの期待したのにっ!

これじゃ誤魔化せないじゃないか。

ヤバイヤバイヤバイ。

どうやって切り抜ければいいんだ、この状況。

というか今の俺の状態もヤバイ。

俺のすぐ横には何故か寝るようにして横になってる麗奈さん。

さらに胸の中には天野。

何の拍子に香里にバレてもおかしくない状態。

だぶるぴんち!!



『そう考えるのが普通よ。答えれない理由なんでしょ?

あたしに嘘をついてまで隠す理由。連れがいると推測するのが当然』

「そうとは限らないじゃないか。というか何故に怒ってるんだ」

『あのねぇ、あたしが相沢君に好意を持ってるのに気づいてないとか言う気?』

「言わないぞ。他のみんなのことも気づいてるし。

 俺は鈍感だが、あそこまでやられれば気づかないとおかしいだろ」



あそこまでやられれば、というのはアレだ。

デートしようだとかそういうことだ。

変なことで迫られてるわけじゃないからな?

さすがにデートしよう、とか言われれば鈍感な俺でも気づく。



『だったら機嫌悪い理由くらい察しなさい』

「うぐぅ」

『で、連れは?』

「いない、と言っても信じないんだろ?

 俺はいないと言うけど、香里が信じないなら意味がないぞ」

『信じられる材料が少ないから無理ね』



材料が圧倒的に足りない。

むしろ、疑われるための材料なら余ってるんだが。



「んぅ・・・」



げっ、天野が目を覚ましそうだ。

麗奈さんも気づき、楽しげに目を細める。

さらに余計なことをしてくれた。



「えやっ」

「うあっ!?」

『きゃあ! ちょ、何してんのよ!!』



んにゃろ、俺の耳を噛みやがった。

正確に言うと咥えたってところか。

唇ではむ、っと。

この人は俺と天野のことを香里に知らせたいのか?



「いてて、スマン。余所見してたら足の指を廊下の角にぶつけた」

『何してんのよ・・・ちゃんと前を見なさい』



よし、誤魔化せた。

俺の隣りでは麗奈さんが舌打ちをしてる。

おのれ・・・いつか復讐してくれる。

しかし香里を誤魔化せたのは奇跡かもしれん。

何にせよ、助かった。



「くしゅん」

「「・・・・・・・・・・」」



俺と麗奈さんは予想外の出来事に固まった。

これは、致命的かもしれない。

くしゃみをするな、天野。

モゾモゾと俺の上で動き、再び睡眠にはいった。

厄介なことをしてくれたものだ。

電話の向こうから聞こえてくる香里の声は威圧感を増したような気がする。



『・・・今の、何?』

「すれ違った人がくしゃみしただけだろ?

今俺がいるとこ露天風呂から近いから、身体が冷えてるんだろ」

『あ、露天風呂なんてあるの?』

「あぁ、今日はまだだけど、昨日は入ったぞ」



今回も何とか誤魔化した。

都合よく騙せる要素があるから可能な芸当だな。

香里を騙すなんて楽なことじゃない。

頭の回転に勘の鋭さもあるから。

ちなみに悔しそうな顔しないでください、麗奈さん。



「香里、そろそろ切っていいか? 俺は露天風呂に行きたいんだが」

『疑惑は晴れてないことを覚えておきなさい』

「わかったよ、ったく。それじゃ―――「相沢さ―――!!?」



音速の速さで通話を切った。

最後の最後でとんでもないことになった気がする。

寝言をいきなり言うな、マジで。

やっば、聞こえてる可能性が高いよな、今の。

果たして香里に今の声が天野だと判別できるか?

というか、これで連れがいるのはバレた可能性が限りなく高い。



「やったね、祐一さん!」

「嬉しくないわ! ち、こうなったら今日の連絡を済ます」



満面の笑みを浮かべ、指を立ててる麗奈さんを睨む。

今のうちに秋子さんに連絡してしまおう。

そうすれば今日は電源を切ったままにできる。



『あら、祐一さん?』

「俺です。今日はもう電話できなさそうなんで、今しておきます」

『都合でもあるのですか?』

「えぇ、充電がなくなります」



一応、嘘ではない。

明日には充電は綺麗さっぱりなくなる。

充電器、持ってきてないからな。



『あ、なるほど』

「明日からは公衆電話でかけますから、心配なく」

『わかりました。お気をつけてくださいね』

「はい、ありがとうございます。秋子さん、おやすみなさい」

『おやすみなさい、祐一さん』



ピッ



速攻で電源を落とす。

連絡手段は伝えたから大丈夫だろう。

明日は公衆電話を使う。

というか、明日には帰るから連絡するかどうか微妙だ。

こっそり帰りたい気分だ。



「で。何で俺に抱きついてるんですか、麗奈さん」

「や、ほら、美汐が気持ちよさそうにしてるから試そうかと」



秋子さんとの電話が終わった瞬間に抱きついてきた。

この状態を天野に見られたら怒られるなぁ、俺も麗奈さんも。

胸があたるから離れて欲しい・・・天野よりもあるから。



「離れてください。もういいでしょう?」

「はいはい。美汐の気持ちがわかったわ。抱きつくと安心できるよ、キミ」

「誉めるなんて珍しいですね。どうもありがとうございます」

「さて、思う存分に遊んだし夕食の準備に行きましょうか」

「えぇ、頑張ってください」

「サボったぶんは働くわ。また会いましょう」



女将モードになった麗奈さんは凛々しい。

俺は仕事に戻るのを見送ると、ゆっくりと身体を起こした。

部屋の中には2人だけ。

俺は天野を胸に抱いたまま壁際までズルズルと移動した。

壁に寄りかかり、天井に向かって溜め息を吐く。

下を見れば天野はやっぱり寝ている。

その寝顔を見つめ、改めて可愛く愛しいと感じる。

天野の身体を軽く抱きなおしてから髪を撫でる。

自然と俺も穏やかな気持ちになってきた。

なんとも和やかな雰囲気だった。













































あとがきのようです。



氷:はうあっ、メインは美汐さんなのに目立ってない!!

夏:麗奈さんと香里さんメインになっちゃってますねぇ、今回は。

氷:やはり酔いつぶれるよりもザルにしたほうがよかったかな。

夏:はぁ、どうでしょうね。

氷:とりあえず麗奈さん&香里さんメインになってしまいました。

  次回は! 次回こそは美汐さんをメインにしますので許してー。

夏:まったく・・・メインヒロインが酔いつぶれて寝てるんじゃダメじゃないですか。

  それでは次回のあとがきで会いましょう。