「俺は天野が好きだ」

「はい、私も相沢さんのことが好きですよ」



俺は少し恥ずかしそうに言い直した。

天野は優しい、温かい声で返事をしてくれた。

表情はきっと笑ってると思う。

桜の木の下で抱き締めあいながら。

なんだか告白と抱擁の順序が逆な気もしたけれど、それもいいだろう。

俺と天野が好き合ってるということに変わりはないのだから。

お互いに抱き締め合いながら、降り注ぐ桜の花に見守られ。

しばらく幸せに浸っていた。



「そろそろ行こうか?」

「はい、行きましょう。此処も良いですが他にも行きたいですので」



ベンチから立ち上がり、歩きだす。

もちろん手は繋いで。

それはもう当然のことのようになっていた。

だって、俺と天野は恋人になったのだから。





旅館ですよ。    第8話〜クレープは好きですか?〜





「ふむ、しかし何をするかな。特にこれといってないぞ」

「私は相沢さんと一緒にいられるのなら何でもいいですよ」



なかなかに嬉しいことを言ってくれる。

こういう会話っていいな。

いかにも恋人って感じがする。

とまぁ、それもいいが実際問題として暇だ。



「うーむ、昼も過ぎてるし軽く食うか」

「朝食が遅かったですから、あまり食べれないのですが」

「アレくらいなら食えるだろ?」



少し先にあるクレープ屋を指差して聞く。

デザート感覚で食えると思うんだが・・・どうだろう。



「クレープですか。それくらいなら大丈夫そうです」

「んじゃ、行きますか」



店まで行ってメニューを見てみる。

クレープといっても相当な種類があった。

さらにはトッピングもあるからバリエーションが凄まじい。

むぅ、選びづらいぞ。



「私はイチゴとクリームのもので」

「俺は・・・あー、チョコとバナナでいいか」



何とも面白味のない組み合わせになってしまった。

メニューには色々とあったのに。

まぁ、変なの頼んで嫌々に食うよりは数倍マシかもしれん。

店員さんからクレープを受け取り天野に渡す。



「俺が会計するから席に行っててくれ」

「あの、そんなに奢ってもらうわけには・・・」

「天野のおかげで部屋代半額だから余ってる。心配するな」



それでも天野は不満そうにしている。

しかし諦めたらしく、大人しく席のほうに歩いていった。

苦笑して見送り、お金を払い俺も席に歩いていく。

そして座りながら聞いてみた。



「そんなに払いたいのか?」

「相沢さんに依存しすぎるのが嫌なんです。

 いつか全てを相沢さんに任せっぱなしになってしまいそうで」



俺の分のクレープを渡しながら不機嫌に答える。

言いたいことはわかるけどな。

2回くらい奢っただけで考えすぎだと思う。



「俺としては頼ってほしいけどな。

 けど天野がそういうなら気をつけよう。自分で出きることは自分で、だな?」

「そうしてもらえると嬉しいです」



クレープをはむはむと食べ、飲み込んでから答えてくれる。

さすがは天野、食べ物を口に入れたままは喋らないのか。

本人曰くところでいうと上品で物腰が落ち着いてるから、ってとこかな。

当然のマナーなのだろう。



「クレープなんて久々に食ったけど美味しいな」

「私も久しぶりです。イチゴ、甘いですよ」



幸せそうにクレープを口に運ぶ天野。

うぅ、なんか凄い美味しそうに見えてくる。

視覚効果って本当なんだなぁ、と実感した。



「なぁ、天野。少しだけくれ」

「・・・私のクレープをですか?」



そんなに呆れた顔をしないでくれ。

食い意地がはってるというわけではないのだ。

人の持ってるものって欲しくなる。

・・・子どもか、俺。



「他に何があるんだ?」

「はぁ、わかりました。その代わり相沢さんのも少し貰いますからね」

「あぁ、俺だけ貰うのは悪いから当然こっちのもやる。ほれ」



クレープを天野の口の前に差し出す。

それをキョトンとした顔で見つめる・・・見つめるだけ。



「食わないのか?」

「はっ、いえ、ちょっと恥ずかしかっただけです」



少しだけ赤くなりながら、少しだけ口に入れる。

もっと食ってもいいのにな。

遠慮しすぎるというのもどうかと思うぞ。



「美味しいですね。では、私のもどうぞ」



天野にクレープを差し出されて、わかった。

たしかに何となく恥ずかしい。

人に食べさせてもらうというのは滅多にないから。



「しかも間接キスだし」

「あああ、相沢さん!! 口に出して言わないで下さい!」



そんな言葉を無視してクレープを頬張る。

たしかにイチゴが甘くて美味しい。

今度の機会には食ってみようかな、と思った。

だがまぁ、ひねくれた俺は見当違いの感想を言うのだが。

趣味は、と聞かれたら、からかうことです、と答えそうな人間だからな。



「どうですか?」

「うむ、天野の味が―――「っ!」―――痛いぞ」



最後まで言う前に天野の足が俺の足を蹴っていた。

強くではないので実際には痛くなかったけど。

どっちかというと天野の冷たい視線のほうが痛い。

実を言うと俺も自分で言って恥ずかしかったりするのだ。



「スマン。俺が悪かった。うん、美味しいぞ」

「まったく。こんなところで、そういう言葉は言わないで欲しいです」

「からかいたくなる性分でな。これが性格だから直せんぞ」

「それも含め相沢さんが好きなのですが・・・やはり時と場合をですね、っと失礼します」



俺を見て話していた天野が一言ことわってから俺に手を伸ばす。

そして俺の口の横を一撫でしたかと思うと、そのまま自分の口へ持っていった。

・・・え、なに、もしかしてクリームでもついてた?

そして口から指を離すと、唇を一舐め―――何か色っぽかった―――する。



「クリームつけて子どもみたいですよ、相沢さん」

「なぁ、天野」

「はい?」

「今のは恥ずかしい行為に含まれないのか? 時と場合ってやつだ」



俺の言葉で気づいたらしい。

今になって恥ずかしさが込み上げてきたらしく慌てだした。

だが、ここで慌ててはマズイと思ったらしく数秒で落ち着きを取り戻す。

露天風呂でも周囲の視線を集めまくったからな。

ここでも同じ目に会うのは遠慮願いたい。

それ以降は今までのことを忘れることにして大人しくクレープを食った。

騒動は勘弁だから。

そんな中、ふと湧いた疑問を天野に聞いた。



「何で昨日の夜から積極的だったんだ? 今日もそうだし」

「そうですね。しいて言えば負けたくなかったから、でしょう」



思いのほか普通に答えてくれた。

恥ずかしがって教えてくれないと思ったんだが。



「私は以前から相沢さんが好きでした。けど、相沢さんの周囲には綺麗な人ばかり。

 今回も恥ずかしいので何もしないつもりでした。しかし、凛ちゃんとお母さんのせいでですね?

 これ以上はないというくらい恥ずかしい思いをしました。それなら、と開き直ったわけです」

「・・・以前から、ね。気づいてなかったぞ」

「気づかせないようにしてましたから」



ということは今回のことがなかったら気づかないまま?

それは嫌だな。

天野の魅力に気づけないというのは人生の無駄だ。

とまでは言わないが、今を考えると凄く嫌なことだ。



「そうか。よかった、天野と旅行できて。

 おかげで恋人にもなれたことだし。凛ちゃんと麗奈さんにも感謝、かな」

「お母さんには感謝もありますがネガとテープを取り返したいです」



あぁ〜、そんなものもあったんだった・・・泣きそうだ。

いくら何でもアレは後世に残したくないかも。

今の状態の写真ならともかく、当時は付き合ってないのだから。

まぁ、今なら撮らせるのか、というと撮らせないが。



「では私の質問にも答えてもらいましょうか」

「ん? あぁ、いいぞ。ただし1つだけだ」

「十分です。何故、相沢さんが選んだのは私なのですか?」



ようするに、他にも綺麗な人はいるでしょう。

それなのに何で私を選んだのか、ってか?

自信あるんだかないんだかわからんやつだなぁ。



「そうだな、この旅行で天野の可愛さに気づいたから。

 あいつらも可愛いし綺麗だけど、俺は天野のほうが可愛いと思ったんだ。

 外見だけじゃなくて、心もな。純粋でいいと思うぞ。まー、そんなとこだ」

「・・・珍しく真面目に答えましたね。適当に誤魔化すと思いましたが」

「真面目に答えるべき時には答えるさ」

「出来れば常に真面目にしてもらいたいものです」

「そんなのは俺じゃないから嫌だ。

 ほら、もうそろそろ紫天旅館に帰るぞ?」



まだ時間的には早いけどな。

これ以上ここにいてもすることもなさそうだし。

それだったら旅館か旅館周辺で何かしてるほうがいいだろ。

部屋でのんびりしててもいいしな。

そう提案すると天野は柔らかく微笑んで言った。



「わかりました。帰りましょうか、私達の部屋に」



そういう何気ない仕草とか言葉が俺からすると可愛いっつーの。





































道を歩き、電車に乗り、道を歩き、旅館に着く。

たったそれだけのことなのに何となく楽しい。

好きな人が隣りにいるというだけなのに。

旅館に入って廊下を歩いてると、叫ばれた。

それはもう唐突に大声で。



「あー! 美汐と祐一さん、手なんか繋いじゃってる!?」



叫びつつも駆け寄ってくる。

仕事はどうした、仕事は。



「さ、相沢さん、部屋に戻りましょうか」

「・・・麗奈さん、いいのか?」



駆け寄ってきているが、まだ遠い。

廊下の一番奥から走ってきてるからなぁ。

というか、そんなに遠くから叫ぶな。



「いいんです。どうせマスターキーで侵入してきますから」



それは激しく嫌だ。

プライバシーの欠片もないのではないか?

そりゃ天野は娘だからいいかもしれんが、俺は一般人というか他人だ。

好きに侵入されるのは好ましくないぞ。

天野に手を引かれ部屋に入る。

そして荷物を放り出し、テーブルに座る。

その際に携帯の電源をオンにしておく。

あまり電源を切っておくのは秋子さんに心配をかける。

しかし香里あたりの電話が怖い。

まー、しかたないか。

ちなみに天野は正面にではなく、俺の隣りに座ってる。

むぅ・・・ちょっと狭いかもしれん。



「ちょっとぉ!! 何で待ってくれないわけ!?」



数秒後に扉を吹っ飛ばしそうな勢いで入ってきた。

ちなみに鍵はかけてなかった。

どうせ無駄なので。



「麗奈さん、マスターキー持ってるから勝手に来るかな、と」

「といいますか、女将の口調で女将の仕事をしてくださいませんか?」

「仕事と娘の話なら私は娘を選ぶわ」



びしっと言い放った。

それは正しいような正しくないような。

うーん、微妙なところだなぁ。

俺としては正しいと思うが、他の人は仕事と言うかもしれない。

しかし今の状況では果てしなくどうでもいいことだった。



「何で帰ってくるなり手なんか繋いでるのよ!?」

「こういうことだからです」



言って天野が俺に抱きついてくる。

あっさりと言い放ったわりには恥ずかしそうだが。

俺は成されるがままになってる。

いくらなんでも麗奈さんの前では恥ずかしい。

というか、どちらかといえば気まずい。

そんな俺の気も知らずに天野が不満気な顔をする。



「・・・相沢さん、何で抱き締め返してくれないのですか」

「麗奈さんの前では恥ずかしい」

「えーと、イチャつくのはいいよ? けどね、その前に説明してほしいなー、麗奈さんは」



いつまでも天野が不満そうなのに、片手で軽く抱き締める。

すると、とたんに赤くなってしまった。

恥ずかしいのなら要求するなというに・・・俺だって恥ずかしいんだから。

しかし離してもくれないので仕方なく、その状態で説明する。



「今日、俺が天野に告白しまして、付き合うことになりました。

 ということで、麗奈さんの娘さんと付き合うことになりました相沢祐一です」

「・・・そゆこと。美汐が選んだ子だから私は文句ないわよ。祐一さんは好きだし。

 もちろんLOVEじゃなくてLIKEだから・・・って美汐、そんなに睨まないでくれる?」

「お母さんが好きとかいうと危険なものを感じます」

「私、結婚してるんだよ? 娘もいるのに浮気なんてしないって。しかも娘の彼氏なんて」



ありえないー、とケラケラと笑う麗奈さん。

なんか話は逸れてるけど、俺と天野が付き合うことは許されるらしい。

昨日からの態度で許してもらえるだろうとは思っていたけど。

実際に言われると気が楽になるもんだ。



「ところで天野? そろそろ離してくれると嬉しいのだが」

「何故ですか。私に抱きつかれるのが嫌ですか?」

「違うとゆーに。茶が飲めない」



俺がそう言うと天野は無言で俺を解放してくれた。

理由に納得したのと、気恥ずかしさが出てきたのだろう。

とりあえず茶を啜る。

実を言うと結構、緊張していたため喉が渇いたのだ。



「女将は休憩に入りますので、残りの人で頑張ってもらえますか?

 はい、申し訳ないです。ちょっと急用が入っております。では、よろしく」



気がつくと麗奈さんは何処かに電話を入れていた。

しかも内容は嘘で埋め尽くされんばかりだ。

女将ってそんなんでいいのか?

職権乱用とは、こういうことを言うのかもしれない。



「ということで私は休憩よ。2人の話でも聞きましょうかね」

「お断りします」

「あら美汐。冷たいこというのね。ネガとテープが―――「さぁ、相沢さん、話しましょう」―――ふっ」



この場は麗奈さんによって掌握されたようだ。

切り札を持つ人には敵わない。

しかも凶悪な切り札だなぁ、ネガとテープって。



「祐一さんも話、聞かせてくれますよね?」

「嫌と言っても聞くでしょう。ということでOKです」



麗奈さんは嬉しそうに部屋の隅にある冷蔵庫まで歩く。

で、開ける。

そして取り出したのは―――――酒。



「さーて、私が許すから飲んじゃいましょう♪」

「俺は構いませんよ」

「・・・私はアルコールに強くないのですが」



麗奈さんは見た目からして強そうだ。

ザルかもしれない・・・自分から飲もうとか言うあたり。

俺と天野を酔い潰して楽しむつもりだろう。

しかし俺も酒には強い。

そう簡単には酔い潰されたりはしない。

天野は本人が言うくらいだから弱いのだろう。

ちょっと、いや、かなり心配。



「はい、かんぱーい♪」



気づくと麗奈さんは既にコップに注いでいた。

ビールだな。

というか俺もいつの間にか手に持ってるのですが。

うーん、いつの間に?



「ですから、私はアルコール類はダメです」

「飲ーむーのー。少しくらいなら平気でしょ? 祐一さんも飲むんだし」

「無理しない程度になら大丈夫だろ。俺も少なめにするし」



どちらかといえば少なめにしたい、なんだけどな。

ここで飲まないと麗奈さんに脅されるだろう。

大人しく飲んだほうが精神的に楽だ。

果たして麗奈さん相手に酔わずに済むかどうか・・・微妙だ。



「しかたないですね。少しだけですよ?」

「さすがに娘に無理はさせないわよ。倒れても困るしね」

「んじゃ、改めて乾杯」

「「乾杯」」



俺たち3人は1杯目を喉に流し込んだ。

麗奈さんは一気に全部。

俺は半分くらいを。

天野は―――――何故か全部。

あぁ、やっぱり止めるべきだったかもしれない。

後悔した時には、もう遅い。





































あとがきのようです。



氷:なんか微妙な第8話です。

夏:これといって面白味のない話になりましたね。

氷:うーん、クレープと麗奈さんとの会話くらい。

  それも面白いわけでもないですし。

夏:・・・もう終わりにします?

氷:・・・うん、書くことないから。

夏:・・・それでは、次回に会いましょー。