「栞さんにバレてるかもしれませんね」

「そうだな。携帯の電源も切ってるから結果はわからんが」



俺は栞にバレた場合の追求の電話が嫌なので電源を切った。

秋子さんに連絡するときだけ使えればいい。

というか、しばらくしたら電源は入れとこう。

もしも秋子さんから連絡があったら困る。

栞も気づいてるとは限らないからな。

電車はそろそろ目的地に着くようだ。

俺は1つだけ、気になったことを天野に聞くことにした。



「なぁ、何で甘えたくなったんだ?」

「相沢さんが栞さんにばかり構っていたからではないですか?」



さらに1歩、深みに嵌った。





旅館ですよ。    第7話〜桜の下ですか?〜





「へぇ、思ったよりも栄えてるな」

「そのようですね。とりあえず何か食べませんか?」

「今日は朝から何も食ってないからなぁ」



9時に起きたせいで朝食は抜きになってしまった。

おそらく麗奈さんが7時に起こしてくれてれば食えたのだろう。

そんなにビデオに撮りたかったのか。

おかげで俺たちは空腹感に苛まれているぞ。



「相沢さん、行きますよ? お店を探さないと」

「おぅ、行こうか。時間も勿体無いしな」



しばらく歩くと百花屋みたいな店があった。

こういう喫茶店みたいなもんって何処にでもあるもんだな。

俺のちょっと前で天野はポケーッとその店を見ている。

んー、『クヴァレ』っていう店名らしい。



「入るか? 他がいいなら探すけど」

「あ、いえ、ここに入りましょう」



天野はそう言うと1人で入っていってしまった。

何であんなに急いでんだ?

そんなに腹減ったのか?

とりあえず俺も天野の後を追い店に入った。



「相沢さん、こっちです」



俺が店内に入ってキョロキョロしてると奥から天野が呼んでくれた。

何か行動が早いな。

すでにメニューと睨めっこしてるし。

歩いていって天野の向かいに腰を下ろす。



「どうしたんだ? さっきから動きが早いぞ」

「はぁ、そんなこともないのですが」



釈然としなかったが、何か頼まないとアレなのでメニューを見る。

普段は喫茶店に来てもコーヒーしか飲まないけど。

さすがに今日は何か食わないと死ぬ。

サンドイッチ系が妥当なところだろうなー。

メニューを見ていって、最後のところに辿り着く。

固まった。



「天野、うぇいと あ みにっつ」



俺は席を立つとテクテクと入り口まで歩いた。

天野のほうはバレましたか、って感じの顔をしている。

確信犯か、やっぱり。

入り口を出てから天野が見つめていたとこを見る。

紙が張ってあった。



『カップルにはジュースをプレゼント中』



・・・重要なところ抜き出したら上の文章になる。

その文章の下にはジュースの写真。

1つのジュースに2本のストローが突き刺さっている。

デートの定番(?)アイテムである。

それを確認してから天野のところまで戻る。



「さぁ、帰ろうか!」



俺は現実逃避気味に天野に提案した。

すると天野は唐突に悲しそうな顔をした。

うぅ、芝居だとわかっててもツライ。



「相沢さんは私とカップルとして見られるのは嫌ですか?」

「嫌じゃないけど・・・アレは恥ずかしいだろう」

「しかし既に注文してしまいましたが」

「なにぃ!?」

「ちなみに相沢さんも私と同じ物にしておきましたので」



哀しい顔から一変、策士の顔でしれっと言い放つ。

俺が席を離れた数分にも満たない時間で注文したのか。

麗奈さん、喜んでください。

貴女の娘には、やはり同じ血が流れているようです。



「わかったよ。大人しくしていよう」

「すみません。我がままを言ってしまって」



ちょっとしたら注文が来た。

天野もサンドイッチだったらしく、俺的には問題ない。

・・・飲み物以外はな。

テーブルの中央にあるのは例のジュース。

店員さんは実に爽やかな笑顔で持ってきてくれた。

余計に恥ずかしかった。

自分から策を講じていたくせに天野は真っ赤だ。

結局は恥ずかしいのだろう。



「と、とりあえずサンドイッチでも食うか?」

「そ、そうですね。サンドイッチ美味しそうですよね」



しばらく『はむはむ、はぐはぐ』と天野がサンドイッチを食べる様子を見る。

擬音が可愛い・・・あれ、擬音って何のことだ?

小さい口で少しずつ食べてる様子は小動物的な可愛さがあるな。

っと、俺も見てるだけじゃなくて食わないと。

パクパク食うと数分で食い終わった。

そして激しく猛烈に後悔した。

何故、もっとゆっくりと食べなかったのか、と。



「「・・・・・・・・・・」」



2人とも食べ終わってしまい、何となく気まずい。

目の前にはストロー2本のジュース。

妙なオーラを放っているように見えるのは気のせいか。

ずっとサンドイッチのみを食ってたので喉は渇いている。

ちらっと天野のほうを見ると目が合った。

どちらも即座に逸らす。

・・・何か、俺たちって相当に恥ずかしいことしてるな。



「あー、天野? その、飲まないか? 喉が渇いたんだが」

「で、では飲みましょうか」



微妙に震える手でストローを掴み、コップに顔を近づける。

天野も同じようにしてるので顔と顔の距離は近い。

まぁ、今まで散々のように接近してるから今更な距離だ。

だがしかし、同じジュースを飲むというのは緊張する。

あー、飲みにくいなぁ。

というか、お互いに咥えてもないぞ。

うぅ、昼時じゃないから客が少ないのが唯一の救いだ。

少ないだけでいることはいるけどな、客。

意を決してストローを咥える。



「ほら、天野も。こーするためのジュースなんだろ?」

「わ、わかりました。いきます」



ぐぐぐっと拳を握って気合を入れている。

そこまで気合を入れなくてもいいと思うが。

天野もストローを口に入れたし、まぁ飲めるだろう。

とりあえず吸ってみる。

むぅ、これは・・・レモンジュース?

ちなみにだが天野も赤い顔して飲んでいた。



「なぜレモンなのでしょう?」

「やっぱコレってレモンだよな。人気あるからじゃないのか?」

「・・・キスの味はレモンの味?」

「? 何か言ったか?」

「いえ、何でもありません。しかしこれは恥ずかしいですね」



それだけ言うと再び飲み始める。

俺も飲む。

レモン・・・カップル・・・あぁ、そういうことかな?

キスの味はレモンの味ってことでレモンジュースなのか。

さっき天野が呟いたのもそれだろう。

しかし恥ずかしいので追求はやめておこう。



「しかし天野ってこういうの好きなのか?

 見つけてから速攻で店に飛び込んだし。憧れとかか?」

「ちょっと相沢さんとそういうのもいいかな、と」

「そ、そうか」



恥ずかしそうに、しかし嬉しそうな顔で天野は言う。

俺の方が気恥ずかしくなって、そっぽ向きながらストローを吸う。

クスッと笑うと天野も飲み始めた。

ジュースは瞬く間になくなった。

いざ飲み始めたら早いもので、ちょっと勿体無いなとか思う。

むぅ、意外と楽しんでるな俺。



「さ、何処か他のところへ行きましょうか」

「ん、そうしよう。とりあえず此処は俺が奢る」

「払いますよ。あまり残ってないのでしょう?」

「天野1人分くらい余裕だ。たまには奢らせてくれ」



天野が取り出した財布を無理矢理に仕舞わせる。

いつもは天野に奢ってやってない。

こういうときくらいは奢ってあげたいと思う。



「わかりました。奢ってもらうことにしましょう」

「そうしてくれ」



天野の少しだけ嬉しそうな顔も見れたことだし、よかった。

会計を済ました俺たちは外に出た。

昼時が近づいてるし、人が増えてきてるな。

つーか、昼飯はどうしよう。

腹が減ったから適当に食えばいいか。



「あ、携帯の電源だけ入れないとマズイか」



あれから時間は経ってるからいいだろう。

ポケットから取り出し、電源をつける。

メールなんかが溜まってたら、そのうち来るだろう。



「さーて、行くぞ。次は何処を見るかな」



天野の手を引いて歩きだす。

俺のほうも少しくらい強引にいってみることにした。

手を繋いだまま、道を歩く。



「ああ、相沢さん!? 手、手!?」

「嫌なら離すよ」

「そ、そんなわけないです。私は、このままで・・・いいですよ」



ギュッと握り返してくれた。

天野の手は小さくて、けど温かくて。

恥ずかしいけど何となく嬉しくなっていた。

お互いに少しだけ赤くなりながら、歩いた。

しばらくすると公園が見えた。



「おー、桜が咲いてるな。北国にしては早いかな?」

「そうですね。満開ではありませんけど、綺麗です」



公園に入って、近くのベンチに腰を下ろす。

桜の木の真下だ。

子どもはいるけど、花見をやろうという人はいないらしい。

もし花見をしてたら、このベンチも占領されてるだろう。



「あの、手、繋いでてもいいですか?」

「ん? あ、あぁ、構わないけど」



ベンチに座ったまま、お互いの手を握る。

遠くから子どもの声が聞こえる。

あとは桜が揺れる音。

花びらがヒラヒラと上から降ってきて、まるで雪のようだ。



「桜、綺麗ですね」

「そうだな、綺麗だ」



すごく平和な時間だと思う。

ただベンチに座って。

手を繋いで。

桜の花びらを眺めて。

これといった会話もせずにいる。



「ふふっ」



天野がちょっとだけ笑って、俺の肩に寄りかかってきた。

露天風呂のときと同じような格好。

違うのは、手を握っていること。

そして天野から俺に寄りかかってくれていること。

俺も天野の肩に手をやり、引き寄せる。



「こういうのも、いいな」

「はい。いいですよね、こういうのも」



恋人でもないのに。

夫婦でもないのに。

俺と天野はこうするのが普通のように感じる。

変だとは思わない。

やっぱり俺は、天野に惹かれているんだろうな。

これはもう、確実だ。



「・・・なぁ、天野?」

「何でしょうか?」



たぶん天野も俺のことを好きでいてくれている。

自惚れかもしれないけど、そう思う。

昨日と今日、一緒にいてそう思ったから。

だから、今ここで言ってしまうのもいいかもしれない。

頭上の桜を一瞬だけ見上げ、視線を天野に向ける。

映るのは少しだけ緊張した感じの天野。

俺は、言うべき言葉を口にした。



「天野。俺は―――「ピリリリリリ」―――はぁ」



なんだかなぁ、こういうときに電話って邪魔だ。

天野も何か残念そうな顔をしてるし。

しかし電話を無視するのもアレだから、一応は出ることにする。

相手は―――げっ、香里か。

鋭いから今は話したくない人ランキングで首位独走だ。

ちなみに2位は佐祐理さんと舞。

秋子さんは敵対してないのでランキング対象外だ。



「・・・何のようだ」

『・・・出るなり不機嫌じゃない。何か不都合でもあったかしら?』



はい、思いっきり不都合でした。

それと天野さん、その視線で俺を見ないで下さい。

左手は繋いだまま、天野の頭も俺に寄りかかったままだ。

香里の声は聞こえてるだろう。



「まぁ、いい。何か用事があったから電話したんだろ?」

『栞が繋がらないって言ってたわよ。何してたの?』

「田舎に来てるから圏外になった。今いるとこは平気みたいだけど」

『・・・嘘ね』



ちっ、やっぱり香里に嘘は通じないか。

これだから香里とは話したくなかったんだけどなぁ。



『相沢君の叫びと一緒に切れてるのよ? 圏外とは思えないわね。

そっちで何かあったから電源を切ったんでしょ。あたしに下手な嘘は無意味よ』

「気にするな。俺は気にしない」

『あたしも気にしないわ。あたしの用件は別。

正直に答えなさいよ? 相沢君、貴方は本当に1人で旅行してる?』



・・・何処まで鋭い、この女は。

栞は俺の叫び声で切れたって言ってるから天野の声は聞こえてないだろう。

そして香里もそれは聞いてない。

どうして、そんな疑問が出てくるんだ?

天野も横で驚いてる。

その顔は信じられない、と言ったところか。



「なんでそう思う?」

『そうね・・・勘よ。というのは冗談。

相沢君が叫んだって聞いたからよ。貴方は何もない電車の中で叫ぶの?』

「いや、思いっきり揺れたから」

『そんなの普通じゃない。電車なんて揺れて当然の乗り物でしょ?

なのに叫ぶ原因は他に誰かがいて、電車の揺れのせいで何かあったから。違う?』



学年主席とかそういうレベルじゃないだろ。

探偵さんか刑事さんにでもなれ、香里。

お前なら、それで食っていける。

チラッと横を見ると天野は不機嫌そうだ。

あぁ、電話ばっかで会話してないし構ってないな。

悪いことをしてるなぁ、俺。

しかしどうやって切り抜ける?

とにかく誤魔化すしかないかな。



「電車の中には他の客だっている。

 当然だが俺の横にだって乗客はいたさ」

『・・・まぁ、いいわ。この辺にしておきましょう』

「何で偉そうなんだよ・・・」

『あたし、攻め。相沢君、守り』

「さいですか。終わりなら切るぞ」

『いいわよ。また電話してあげるわ。寂しいでしょ? 1人旅は』

「あぁ、寂しいよ。電話は好きなだけしてくれ」



香里の揶揄に俺は適当にそう答えた。

しかし、俺の一言は逆鱗に触れてしまったらしい。

何故って俺がそう言った瞬間だったのだ。

すぐ横で殺気を感じた。

と同時に俺の横顔に刺すような視線も感じる。

もしかして、天野さん?

そろりそろりと顔を横に向けると眩しいくらいの笑顔と、凍てつくような視線。

握られている左手は少しだけ痛みを俺の脳に訴えている。

そして目は語る。



曰く

『私といるのに寂しいのですか? 美坂先輩からの電話がそんなに欲しいのですか?』



あぁ、勘違いされてる。

俺が香里の相手してて不満なとこに俺のセリフは致命傷だったらしい。

電話の直前まで良い雰囲気だっただけに尚更。



『ちょっと、相沢君? どうしたの?』

「い、いや。何でもないぞ」



天野は空いている左手を持ち上げて。

俺はそれを見て、目を瞑る。

うぅ、頬が痛くなりそうだ、と思いつつ。



『なんで焦った口調なのよ?』

「そ、それには色々と事情があるんだ」



持ち上げた左手は―――――俺の右肩に回された。

目を瞑っていた俺は不意をつかれ、驚いて目を開けた。

それと同時に俺に正面から抱きついてくる天野がいた。

天野はベンチに座ったまま、上半身だけ俺の正面に回っている。

繋いでいた手も解かれ、俺の背中に巻きついている。



「な、な、ななな!?」

『あ、相沢君!? 何かあったの!?』



正面から抱きつき、俺の肩に顔を乗せている。

頬と頬が触れ合っている。

胸と胸が触れ合っている。

天野が俺の耳元で小さく囁く。

抱き締め返してくれないのですか、と。



『? 今、何か言った?』

「いや、何も」



俺は空いた左手を天野の腰に回し、抱き締めた。

今、天野がしてくれているように。

お互いを感じあうように。



「―――香里、切るぞ」

『え、ちょ、待ってよ、相沢―――』



有無を言わさずに、切った。

香里との会話よりも天野と抱き合うことのほうが大切だったから。

ついでに電源も落とす。

今この瞬間を邪魔されたくなかったから。

携帯を仕舞うと、右手も天野に回して抱き締める。

天野がポソッと呟いた。



「・・・また、相沢さんにほっとかれました」

「悪い。だからまた甘えたくなったのか?」

「そうですね。私といるのですから、構ってほしいものです」



抱き合う2人の周囲を桜の花が舞い踊る。



「さっきの冷たい視線は何だったんだ?」

「演技です。抱きついて驚かせるのに必要かと」



そう言って天野は笑った。

顔は見えないが、動きと雰囲気で笑っているとわかる。

嬉しそうに、可笑しそうに。

そんな天野を感じて、俺は続きを言う事にした。

電話で途切れた言葉の続きを。

少しだけ、強く抱き締めて。



「天野。俺は、お前が好きみたいだ」

「・・・何だか他人事のように聞こえるのですが」

「俺は天野が好きだ」

「はい、私も相沢さんのことが好きですよ」



俺は少し恥ずかしそうに言い直した。

天野は優しい、温かい声で返事をしてくれた。

表情はきっと笑ってると思う。

桜の木の下で抱き締めあいながら。

なんだか告白と抱擁の順序が逆な気もしたけれど、それもいいだろう。

俺と天野が好き合ってるということに変わりはないのだから。

お互いに抱き締め合いながら、降り注ぐ桜の花に見守られ。

しばらく幸せに浸っていた。



「そろそろ行こうか?」

「はい、行きましょう。此処も良いですが他にも行きたいですので」



ベンチから立ち上がり、歩きだす。

もちろん手は繋いで。

それはもう当然のことのようになっていた。

だって、俺と天野は恋人になったのだから。





































あとがきのようです。



氷:2人が恋人になった第7話です。

夏:あのぉ、恋人になるまで早すぎません?

氷:うー、そうなんですよね。

  一応はこういうことなんですけど。

  美汐さん→以前から好きだったから。

  祐一→今まで見ていなかった美汐さんの一面を見せられて惚れた。

  そういうわけで凄まじい早さで恋人になった、と。

  ちなみに祐一だって以前から美汐さんのことは好きでしたから。

  まぁ、友人として、他のKanonヒロインと同じくらい、ですけど。

夏:ようするに祐ちゃんの気持ちが友達感覚から恋に昇華されたから、ですね。

  そのキッカケが天野さんの意外な一面だった、と。

氷:さすが夏奈さん、理解が早くて助かります。

  ちなみに今回は香里さんも登場してます。

夏:鋭いですからね、香里さん。

  バレちゃったんじゃないですか?

氷:香里さんはもう1回くらい登場する予定です。

夏:さて、次回は恋人になった2人の話。

  と言っても今までと変わらない気もしますけどねー。

  それでは、また。