「私も身体がポカポカしちゃってますから。大人しく寝ましょうか」

「・・・離してはくれないのか?」

「はい。今日はこのままです。嫌でしたら離しますが?」

「いや。気持ちいいし、温かいから、そのままでいいよ」



天野はさらにくっついてきた。

まったく、これも夕食の影響なのか?

こういうのも悪くはないけど。

しかし・・・天野に段々と嵌っていく気がする。

此処に来てから天野の魅力に引き込まれっぱなしだ。

ふぅ、参った。

背中に抱きついてる天野からは寝息が聞こえる。

俺も寝るとしますか。

優しく抱き締められたまま、俺は深い深い眠りに落ちた。





旅館ですよ。    第6話〜メールですか?〜





チュンチュチュン

ジィィィィィィィィ



あー、どうやら朝のようだ。

結局のとこ天野と一緒に寝てしまったんだったな。

今もまだ背中に天野を感じる。

一晩中ずっと抱きついてたのか。

うあ、眠い、眠すぎる。

目が開かないぞ。

昨日はよっぽど疲れていたんだろう。



「天野、起きてるかぁー」

「すぅ・・・すぅ・・・んぅ・・・」



天野はまだ夢の中、と。

とりあえず天野が起きてくれないと俺も動けん。

抱きつかれてるから。

というか、今思ったけど何時なんだろうか。

時計は位置的に見えなかった。

携帯はテーブルの上だから手が届かない。



「うぅ、時間がわからんと天野を起こすべきかもわからん」

「うーん、昨日の夜は色々と激しかったの?」

「いえ、別にそういうわけではないですよ」

「でも美汐が寝坊するなんて滅多にないことよ?

 いつもなら目覚ましセットしないでも起きてくるんだから」



ジィィィィィィィ



起きたときも聞こえたがこの音って何だろう。

ダメだ、眠気で思考がハッキリしない。

靄がかかってる感じだ。



「やっぱ激しかったのかなぁ。美汐が寝坊、ねぇ」

「だいたい激しいって何ですか・・・」

「ソレはアレでしょ。私の口からは言えないけど」

「よくわからないですけど、どうでもいいか・・・」



昨日は12時前には寝てるはずだから睡眠時間は足りてるはずなのに。

騒ぎすぎて体力が空っぽになったか。

うー、ジョギングでもして体力を・・・いや、朝のマラソンだけで十分だ。



「あとは寝心地がよかったのかしらね。ずっと抱きつかれてるんでしょ?」

「そうですね。寝てる間に離すかな、と思ってたんですけどね」



ジィィィィィィ



「へぇ、珍しく積極的ね。美汐とは思えないわ」

「俺も驚きました。まぁ、そういう天野もいいと思いますけど」

「あら、朝から惚気てくれるわね、祐一さん」



ジィィィィィィィ



・・・・・・・・・・・・・ちょいと待て。

俺、誰と会話してるわけ?

天野は起きてないし、ここは俺と天野だけのはず。

あぁ、けど祐一さんって言う人は今現在ここには1人しか。

がっでむ、この人に俺は何を話していたんだ。

相沢祐一、一生の不覚。



「・・・麗奈さん、今って何時?」

「9時すぎ」



9時すぎか。

たしかに寝坊かもしれないな。

かれこれ9時間近く寝てるじゃないか。

天野も起こさなくては。



「このジィィィィっていう音って何?」

「ビデオ」

「そうですか、ビデオ・・・ビデオ!?」



あんまりな答えに思いっきり布団から起き上がる。

その拍子に天野はコロコロと布団を転がった。

むぅ、悪いことをしたな。

って、今はそれどころじゃないわ!!!



「麗奈さん、朝っぱらから不法侵入した挙句にビデオ撮影なんてどういうつもりですか!!」

「あら、私の可愛い娘と同じ布団に寝てくれたのは誰かしら」

「・・・うぐぅ」



いまさらのようだけど、それを言われると負けだ。

変なことはしてないけど一緒に寝たのは事実。

可愛い娘というのも、また事実。

俺って抜け出せなくなってるなぁ、天野から。



「だからビデオを撮る権利くらいはあるのよ」

「や、それは違います。そんな権利は生じません」

「はふ、んー、あれぇ、朝ですか?」



天野さん起床。

いつもならビデオを未だに構えて撮影中の麗奈さんを発見、喰い付くとこだけど。

どうやら寝起きだからボーッとしてるようだ。



「美汐、朝からサービス精神旺盛ね」

「へ?」

「あー、天野。浴衣がちょっち、な?」

「・・・・はぅ」



起床して速攻で赤くなり俺たちに背を向け浴衣を直す。

天野が浴衣とかでそういうことすると色っぽいのですが。

しかも同じ部屋だから何か意識してしまいます。



「って、麗奈さん! そこまで撮らないでください!」

「いいじゃない、私の娘だし。売りさばくわけじゃないから」

「なっ、お母さん!? 人の部屋で何してるのですか!?」



浴衣を直してる天野まで映像に残してるのはどうかと思う。

ようやく気づいた天野は猛然と麗奈さんに食ってかかる。

しかしまぁ、麗奈さんのほうは飄々としてるんだよな。

ビデオ、何に使う気だろ・・・怖いなぁ。



「起こしに来たら美汐ったら祐一さんと一緒に寝てるんだもん。

 大急ぎで自室に戻ってビデオ取って来ちゃったわよ。んで、撮影」

「あぅ、その、これには、ですね? 深いわけが」

「しかも美汐から抱きついてるなんて奇跡としか言えないわ」

「〜〜〜〜〜〜!!?」



ダメだ、こりゃ。

今回ばっかしは紛れもない事実なだけに言い返せない。

天野は布団にポスッと倒れこんだ。

恥ずかしさが限界を超えたのだろう。

はぁ、一応フォローくらいはしておくか。



「天野は俺が寝にくいだろう、って言ってくれただけですよ」

「ね、祐一さん? 美汐の方から抱きつかれて嬉しかった?」

「そりゃ当然、嬉し―――――嵌められたぁ!?」



くっ、絶妙のタイミングで聞いてくるから咄嗟に答えてしまう。

恐るべし、言葉の魔術師。

この人にたいして隠し事はできないだろう。

天野はさらに深く布団に沈んでゆく。

あぁ、この場での数少ない味方が。



「ちなみに何時間くらい撮影したので?」

「7時からだから2時間ほど」

「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」



長いよなぁ、2時間ってさ。

映画1本分まるまる俺と天野が一緒に寝てるシーンだぞ?

面白みも何もない。

親戚やら友人関係は別としてな。



「美汐? やっぱ昨日は激しかった? 祐一さんと、どうだった?」

「そそそ、そんなことしてません! 一緒に寝ただけです!」



布団に電気でも流れたかのような勢いで天野が跳ね起きる。



「むぅー、つまんない子たちね。高校生の男女が一緒の布団で何もしないの?

 せっかく夕食もアレにしてあげたのに。あのね、祐一さん? 間違いあっても私は怒らないよ?」

「そういう問題じゃないです! 天野と恋人でもないのに出来ませんよ!!」



なんつー考えの持ち主なんだ。

俺に間違いを起こせ、なんて言わないで下さい、マジで。

本気で間違いが起きそうなんで。



「んじゃま、私は仕事に戻るから。2時間もサボったからマズイわ」



2時間超もの時間も俺と天野の寝てる姿を撮影。

さらには散々のように心をかき乱した挙句に麗奈さんはあっさりと消えた。

これには絶句だ。

秋子さんも不思議だが、麗奈さんも負けず劣らず不思議だ。



「はぁ、天野の今日の予定は?」

「バイトも終わってるので何も。暇ですね」



そこで期待を込めた目で俺を見るんじゃない。

昨日の夜からやけに積極的だな。

まぁ、俺も嫌なわけじゃないし誘いますか。



「何処か遊びに行こうか。来るだろ?」

「はい、もちろん行きますよ。着替えたら行きましょうか」



とりあえず今更のように顔を洗ってから着替えた。

・・・もちろん交代で部屋の外に出たぞ。

財布なんかだけを持って旅館の入り口に向かって歩く。

朝食は何処かで適当に食えばいいだろう。



「しかし此処らへんには何もないぞ?」

「数駅ほど移動すると少し大きなところがありますから。そこまで出ましょう」



嬉しそうにトコトコと歩く天野。

普段はあまり見せない表情かもしれないな。

微笑みっぱなしというのは貴重だ。

そんな天野を見て俺も微笑みながら駅まで歩いた。

電車に乗って、車内で休む。

駅まで結構な距離を歩いたから少し疲れた。

俺の横には天野が座ってる。



「そういや天野は何日まで紫天旅館いるんだ?」

「明日には帰りますよ。家の掃除なんかもしないといけませんので」



明日、か。

ってことは俺も明日には帰ろうかな。

天野が帰るのなら、あの部屋にも次の客が入るだろうし。

昨日、今日、明日で2泊3日の旅行で丁度いい。



「そっか。じゃ、俺も明日には帰るよ」

「そうなのですか? 春休みはまだ残ってますよ?」

「2泊3日も旅行すれば十分だよ。一緒に帰るだろ?」

「相沢さんがよろしいのであれば御一緒します」



とりあえず帰る日は決まった。

麗奈さんのおかげで部屋代も半額だし、お金も余ってよかった。



ピッピッピッピッピッ



「・・・メール? 誰だ?」



携帯をポケットから出してメールを読む。

差出人はっと、栞?



『祐一さん、何で私を連れて行ってくれなかったんですか!!

私は暇で暇でしかたないじゃないですか! 会いに行ったら旅行だって言われました!』

「・・・栞さん、勉強してるのではないのでしょうか?」

「香里も結局は栞に甘いからな。解放したんじゃないか?」



しかし勉強しないと留年するんじゃないか?

香里も栞のために春休みを浪費するのか・・・可哀想に。

とりあえず返信しとくか。



「『栞を連れてきたらアイスで金が消えるだろ。

大人しく勉強しておけ。もしくは精神が大人になって人に奢らせようとするな』」

「何気にヒドイことを書きますね。栞さん、怒るのではないですか?」



ピッピッピッピッ



早いな、おい。

送ってから10秒くらいしか経過しとらんぞ。



『えぅ、それは私が子どもってことですか!?

祐一さんは大人の女性が好きってことですか!?』

「・・・何か勘違いをしているようですが」

「あぁ、俺は奢るのは嫌だ、と伝えたかったんだが。

 『少なくとも栞は心も身体も子どもだ』っと」

「またそれはヒドイですね」

「しかし事実でもある」



耳元で天野の声がした。

いつの間にやら天野が異常に接近している。

俺の手元の携帯を覗くためか。

しかし、あまり密着されるのも困るんだけどなぁ。

昨日のこともあるし、ちょっと照れる。



ピリリリリリリ



「・・・ついには苦情の電話がきてますが」

「メールで文句を言うのが大変になったんだろ。―――栞、何か用か?」

『当たり前です! 心も身体も子どもって何ですか!』



携帯を耳にあてるなり、栞の叫び声が響いた。

うぅ、鼓膜が痛い。

車内には人が少ない、というかいない。

本当は車内での携帯電話の使用はマナー違反だが見逃してもらおう。



「そのままだ。成長してないな、と。香里と姉妹とは思えんぞ」

「・・・何故か遠まわしに私もバカにされてる気分なのですが」



瞬時に携帯の口を抑える。

そのままの状態で小声で天野に注意する。



「バカ、声を出すな。栞に気づかれるだろ」

「すみません、つい。相沢さんは1人旅ということになってるのでしたね」

「バレたら怖いからなぁ・・・」



とりあえず天野に喋らないように言い、携帯の声を拾う。

栞は1人で騒いでた。



『ちょっと祐一さん、聞いてますか!?』

「あぁ、スマン。駅員さんが切符を見せてくれって言ってな。

 携帯、置いたんだ。今は電車で移動中なんだ」

『あ、そうなんですか。風景とか綺麗ですか?』



窓の外を見るためにヒョイと横を向いた。

それが間違いだった。

横を向くと天野の顔が数cmのところにあったのだから。



「あああ、相沢さ―――――んんっ!?」



あぁ、キスしたわけじゃないぞ。

口を手で塞いだだけだから。

忘れてた、天野は窓側の席に座ってて今は栞の声を拾うのに接近してたんだった。

というか栞に聞こえてないよな?



『今、何か声が聞こえたんですけど?』

「き、気のせいだろ? それよりも綺麗だぞ?」



口を塞いだまま、天野の顔を見たままで言う。

えぇ、実際に目の前の光景は凄く綺麗なのですから嘘はついてません。

あいかわらず俺と天野は数cmのところで対峙していた。



『まぁ、いいですけど。で、どんな風に綺麗なんですか?』



うわー、栞さん、その質問はどうでしょー?

天野にも栞の声は聞こえてるからなぁ。



「あ、あぁ、そうだな。とにかく綺麗だぞ? 言葉では表現できない」



俺の言葉に天野は赤くなる。

こっちだって恥ずかしいっつーの。



『わ、いいですね。今度は私も連れて行ってくださいね!』

「そ、そうだな。考えと―――――うおっ!?」

「わ、きゃああぁぁ!!」



急に電車が揺れ、身体が後ろに傾く。

天野は前に向かって傾く。

両手が塞がってるから支えきれない。

後ろに倒れ、その拍子に天野の口を覆っていた手が外れた。

あぁ、しまったなぁ。

俺は天野の口から声が漏れる瞬間くらいには携帯の通話を切っている。

聞かれないようにするために。

しかし天野の声は向こうに聞こえてるかも。

聞こえたらクラスメイトの声だ、速攻で気づかれる。

ま、それは今は忘れよう・・・むしろ忘れたい。



「っと、天野? 大丈夫か?」

「はは、はい。だ、大丈夫です」



俺の上に天野が乗っかる形で座席に倒れこんだ。

乗客が少なくてよかった。

俺は天野ごと身体を持ち上げようとしたが、無理だった。

片手、携帯で塞がっててイマイチ力が入らない。



「天野、とりあえず退いてくれ」

「ちょっと待ってください」



天野はそう言うと俺の服を掴み、胸に顔をうずめた。

昨日の夜、俺の背中にそうしたように。



「・・・は?」



俺は驚いて抱き返すことも引き離すこともしなかった。

この状態で抱きつかれる意味がわからなかったから。

そのまま数秒くらい天野は俺に抱きつき、それから離れた。



「すみません。何となく甘えたくなりました」

「そ、そうなのか」



俺の上から退いた天野は自分から抱きついてたのに恥ずかしそうだ。

窓の外を見ながら喋ってる。

あぁ、また1歩だけ、しかし確実に天野に溺れてるよ、俺。

どんどん深みに嵌っていく。

無尽蔵に可愛いからなぁ、普段がクールだから余計に。



「栞さんにバレてるかもしれませんね」

「そうだな。携帯の電源も切ってるから結果はわからんが」



俺は栞にバレた場合の追求の電話が嫌なので電源を切った。

秋子さんに連絡するときだけ使えればいい。

というか、しばらくしたら電源は入れとこう。

もしも秋子さんから連絡があったら困る。

栞も気づいてるとは限らないからな。

電車はそろそろ目的地に着くようだ。

俺は1つだけ、気になったことを天野に聞くことにした。



「なぁ、何で甘えたくなったんだ?」

「相沢さんが栞さんにばかり構っていたからではないですか?」



さらに1歩、深みに嵌った。





































あとがきのようです。



氷:朝から大変な第6話です。

夏:麗奈さんって面白い人ですよねー。

氷:2時間も延々とビデオ撮影を続ける人ですから。

  とても美汐さんの母とは思えないです。

夏:中盤からは祐ちゃんと天野さんの話ですね。

  電車に乗って近くまで移動です。

氷:そして栞の登場。

  いや、メールと電話だけだから登場と言えるのか?

夏:出番ある以上は登場かと思いますけど。

  今回はちょっと天野さんといることがバレそうで危なかったですね。

氷:バレてるかもしれません。

  でも栞だからバレてないかもしれません。

夏:それより天野さんの甘えが可愛いです♪

  構ってくれないから、なんて可愛すぎですよぉ〜。

氷:最後の美汐さんの台詞は個人的に気に入ってたり。

  「相沢さんが栞さんにばかり構っていたからではないですか?」

  あぁ、美汐さんの祐一への不満やら抗議やらが詰まってます。

夏:さぁ、次回はこの続きです。

  それでは今回はこの辺でお別れです。