「凛ちゃん、大丈夫ですか? 怪我、してませんか?」
「うん、ごめんね。慌てて転んじゃった」
「走り回ると危ないぞ。あと少しだけ待ってろ」
「うん、いい子で待ってる」
「はぁ、さっさと流しますね」
「あぁ、なんか凄い疲れた。ま、天野に背中流してもらうのは良かった。
気持ちよかったよ。今度、機会があれば俺がやってやろう」
「つ、次の機会なんてないです!」
天野は赤くなって否定した。
ま、たしかに次の機会なんてないかもな。
とりあえず凛ちゃんに引っ張られ浴槽に向かった。
周囲の視線が痛いままだった。
旅館ですよ。 第4話〜湯船で密着ですか?〜
「なぁ、天野」
「何ですか?」
「近すぎないか、これ」
「しかたないではないですか。凛ちゃんが離してくれないのですから」
俺と天野は相変わらず真っ赤なままだった。
それもこれも、お互いの距離がいけない。
俺の上には凛ちゃんが乗ってるわけだ。
抱っこしてると思ってくれればいい。
で、その状態で天野のタオルの端っこを握ってるのだ。
そのせいで俺と天野は肌が触れ合うような至近距離。
というか実際に触れ合ってる。
凛ちゃんの手、短いからなぁ。
「お兄ちゃんとお姉ちゃんってパパとママみたいだね」
「凛ちゃん、まわりの人に誤解されるからそういうことは言わないでくれ」
「既に周囲の方の視線が痛いのですが」
若夫婦とか思われてること間違いなしだ。
さっきから流しっこしたり。
凛ちゃんを抱っこして3人で固まって風呂に入ってるし。
役得のような気がしないこともないけど。
精神的に疲れる。
「ま、それを気にしなけりゃ気分はいいな」
「そうですね。気持ちいいです」
「んー、お兄ちゃん気持ちいいー♪」
凛ちゃんは俺に抱きつく。
ぎゅうぅぅっと抱きついてきて頬擦りしてきた。
この上なく幸せそうな表情で可愛いし、心が和むな。
ちなみに俺はロリコンではない。
しかしだな、そのセリフはアレだ。
「・・・凛ちゃん、離れてはくれないのか?」
「嫌。ここがいいの」
「泳ぎたいなーとか思わないのか?」
「全然、ここのほうが気持ちいいー♪」
やれやれ。
随分と気に入られたもんだ。
悪い気はしないけど、こうも簡単に懐くとは。
将来、悪い人に引っかかりそうで心配だ。
「モテモテですね、相沢さん」
「なんで天野は不機嫌かねぇ・・・」
「不機嫌ではありません」
「思いっきり不機嫌じゃないか。どうかしたのか?」
「・・・別に何でもないです」
まぁ、高校の先輩と知らない子どもと風呂だし。
嫌々ながらに参加させられてる年頃の乙女的には辛いか。
不機嫌にもなりたくなるのかもしれない。
しっかし、今までは機嫌もそんなに悪くなかったのに。
何か知らんがフクザツなもんなのだろう。
「お姉ちゃんもぎゅううぅぅってしたいの?」
「ちちちち、違います!」
「あははは、お姉ちゃん、照れてるよぉ?」
「う、うぅぅぅ」
天野は赤くなって沈んでいった。
こういうところは可愛いよな、天野って。
や、それどころじゃなく、というかマジですか?
天野さん、抱きつきたいのですか?
話題の変換でもしたほうがいいのだろうか?
微妙なところだ。
うーん、このままにしておくのも可哀想かな。
「あー、もう。天野、もっとこっちに寄れ」
「ひゃう!? ちょ、相沢さん!?」
天野の肩に手を回し、引き寄せる。
思った以上に柔らかくてスベスベしていた。
あぁ、知らない人が見たら確実に若い夫婦とその子どもだ。
今まで以上に天野と密着して何か緊張する。
俺も天野も今日で一番赤くなって俯いてる。
今日を赤面記念日にでもしよう・・・
「えへへ、仲良しだね、私達」
この子だけは普通だけどな。
今は子どもが羨ましいぞ。
俺はそれどころじゃないからな。
天野の肩に回した手が、俯いた天野が、可愛くてしかたない。
やばいな、これは。
「・・・何のつもりですか」
「何となく。嫌ならやめるよ」
しばらく天野は無言になり、突然。
トンッ
俺の肩に頭を置いた。
天野の肩を抱き、天野は俺に寄りかかる。
さきと変わらず、顔は真っ赤で俯いたまま。
両手は水中で組んでいて、身体に巻いたタオルからは胸の谷間が・・・
ダメだ、こりゃ。
天野があまりに可愛すぎる。
ここに凛ちゃんがいなかったら大変なことになるところだ。
「お姉ちゃん、嬉しそうだねー」
「そ、そうですか?」
「うん、幸せそうな感じだよ」
小さい子は言葉の威力を知らずに使うからなぁ。
今の天野にそれは致命傷かもしれん。
「お兄ちゃんも同じ顔してるよ? 嬉しそうで、幸せそうだもん」
「・・・そうかもな」
うがぁ、自分に言われて改めて威力を思い知った。
これは致命傷だ。
急所を的確に撃ち抜いてくれたな。
しかもおそらくは事実であろうから性質が悪い。
「相沢さんは今、嬉しいのですか?」
「まぁ、な。天野は嫌いじゃないからさ」
「そうですか。私も相沢さんは嫌いではありませんよ」
そのまま30分くらいのんびりしてから上がった。
うぅ、色々な意味で疲れた。
「じゃ、着替えたら出口にいてくれ」
「わかりました。って、凛ちゃんは?」
「俺のほうだ。預かってる以上、1人にするわけにもいかなかったから」
「・・・変なことしたら殺しますよ」
「もしする気なら入る前にしてるだろ。心配ない」
俺は凛ちゃんと連れて更衣室に入った。
来たときの3倍くらい視線が痛かった。
中で見られたからなぁ。
「おぅ、兄ちゃん。若い奥さんと娘さんだな」
陽気そうなおじさんに声をかけられた。
内容はあからさまだ。
ま、影で色々と言われるよりもマシだ。
ちなみに凛ちゃんは1人で着替え中。
浴衣の着方に悪戦苦闘してる姿は微笑ましい。
「・・・違いますよ。預かってるだけです。
あの女性は俺の奥さんじゃないし、この子も娘じゃないです」
「そうだったのか? 兄ちゃん、年は?」
「17です。さっきの女性は16。高校の後輩ですよ。
たまたま、この旅館で会っただけですから。夫婦じゃないです」
「そのわりには仲良かったな」
「色々とあるんですよ。気にしないでください」
おじさんはガッハッハと笑い何処かへ消えた。
遠慮のない人物だった。
「お兄ちゃん、終わったよ〜」
「お、早いな。じゃ、行こうか」
凛ちゃんを連れて外に出ると天野が顔を赤くして立っていた。
その周りには奥様方が・・・なんでやねん。
「天野、何してんだ?」
「あ、相沢さん・・・あのですね、この方たちが・・・」
「ほら、旦那さんカッコイイじゃない」
「羨ましいわねー、若夫婦♪」
天野のまわりにいる人は天野に話し掛ける。
っていうか俺のことか、旦那って。
あぁ、俺よりもこっちのほうがツライだろう。
奥様方はこういう話が大好きだから。
俺の相手だったおじさんなんか楽だったんだけど。
「俺は旦那じゃないですよ。高校の先輩です。この子は預かってる子。
旅館で偶然ですが会っただけです。俺、結婚できない年齢ですから」
奥様方は照れちゃって〜、とか言いつつ去った。
恐るべし、奥様パワー。
天野では太刀打ちできなかったようだ。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「え、えぇ。平気ですよ」
「もしかして中ではずっと言われてたのか?」
「露天風呂で見られてたらしくて。恥ずかしくて死にそうでした」
はうぅぅ、って感じで俯いている。
よほど恥ずかしかったのだろう・・・またしても真っ赤だ。
俺はともかく天野の性格だとキツイだろうな。
知り合いじゃないと強く言い返せないし。
「まぁ、とにかく凛ちゃんを送っていこうか」
「む〜、ちょっと寂しい」
「ママが待ってるぞ。天野、行こう」
と、凛ちゃんが手を握ってきた。
俺の右手と天野の左手。
俺と天野が両脇を歩き、凛ちゃんが間を歩く。
・・・完全に親子じゃん。
「天野、朱の間ってどっちだ?」
「向こうです」
朱の間に向かって歩いていく。
凛ちゃんは御機嫌だ。
よほど嬉しいらしいが・・・まぁ、子どもだし。
たまに俺と天野の腕を使ってジャンプしたりする。
楽しそうだねぇ。
「ここですよ」
トントン
「はーい、あら凛。おかえり」
「ただいま、ママー♪」
凛ちゃんはお母さんに向かってトテトテと走った。
やっぱりお母さんが好きらしい。
「すみません、ご迷惑かけませんでしたか?」
「いえ、大丈夫ですよ」
「あら、そちらのかたは?」
「高校の後輩です。たまたま会いました」
天野が俺の後ろで会釈でもしたのか、凛ちゃんのお母さんが会釈する。
余計なこと言うとまたからかわれるから逃げたほうがいいか?
「凛、お礼を言いなさい」
「ありがと、お兄ちゃん、お姉ちゃん」
「おぅ。元気でな」
「またね、凛ちゃん」
手を振る凛ちゃんに手を振り返しながら、その場を去った。
さ、部屋に戻りますか。
俺たちの部屋に戻るのに廊下を歩く。
何となく、無言。
露天風呂で色々とありすぎて少々だが気まずいのだ。
そこに来たるは天野母である麗奈さん。
・・・仕事中じゃないのか?
「あら、美汐に祐一さん」
「あ、麗奈さん。どうも」
「2人で何処か行ってたんですか?」
「はぁ、ちょっと露天風―――「あ、相沢さん!」―――げっ」
しまった、露天風呂=混浴だった。
迂闊!
麗奈さんの表情が見る見る笑顔に変わってゆく。
逆に俺と天野はまたしても赤くなる。
「へー、2人で露天風呂に行ったんだ。どうだった? 何かした?」
「するわけないではないですか。ふ、普通に入ってきただけです」
「背中流し合ったりとか、湯船で肩を抱いて寄りかかってとか、しなかったの?」
標的を天野に変更し攻める麗奈さん。
天野は防戦一方だ。
というか、麗奈さんには俺は勝てないと思う。
結果は見えてるのだ。
しっかしジャストミートで聞いてくるなぁ。
「なななな、何で知ってるのですか!!」
「・・・天野、お前って変なとこで自爆するよな」
「はっ!」
天野は倒れるんじゃないかと心配になるくらいに赤くなった。
麗奈さんは瞳をキラキラさせてる。
俺は諦めモードだ。
「美汐がそんなことするなんて・・・以前では考えられないわ」
「う、うぅ・・・」
「祐一さん、美汐と付き合ってるの?」
「いえ、付き合ってません。先輩と後輩ですが」
そこでつまらなさそうな顔をしないでください。
むしろ、娘の身を心配してください。
恋人でもない男と風呂でそんなことしてたんですよ?
残念がってる場合ではないでしょうに。
「付き合う気はないの?」
「未定」
「そ。まぁ、可能性はあるわけね?」
「そうですね」
今日でその可能性があることを実感してしまった。
天野は可愛いと思うようになったし。
いや以前から可愛いとは思っていたが再認識したというか。
ま、天野が俺をどう思ってるかはよくわからんけどな。
少なくとも嫌われてはないらしい。
ということで可能性はある、と。
「あああ、相沢さん!?」
「よかったわねー、美汐」
「はぅ」
「ほれ、部屋に戻るぞ。俺1人じゃ迷う。じゃ、麗奈さん、俺たちは帰ります」
「はいはい、またねー」
麗奈さんは颯爽と着物を翻して消えた。
むぅ、さすがは女将。
仕草1つとってみても決まってるな。
俺は赤くなった天野を連れて部屋に戻った。
風呂でのこともあるし、夕食のこともある。
さて、今日最大の難関である夜、か。
どうなることやら・・・不安は募るばかりだ。
あとがきのようです。
氷:混浴シーンが終わった第4話です。
夏:結局は第4話が混浴の話で埋まってるじゃないですか。
最後のほうもお風呂のシーンの継続ですし。
氷:次回からは次の場面に移れます。
夏:それは当然でしょう・・・また露天風呂に戻ったりしたら最悪です。
氷:さて、今回は湯船でのラブラブっぽい展開にしました。
夏:またしても凛ちゃんの活躍が目立ちますね。
氷:なんだかんだで寄り添う2人が好きです。
もちろん凛ちゃんも好きですけど。
夏:それもアレですけど、その後の若夫婦って何ですか。
氷:周囲から見れば若い夫婦(祐一&美汐さん)と愛娘(凛ちゃん)に見えるからです。
仲睦まじいって雰囲気を醸し出しまくりだったのでしょう。
夏:でも若すぎる、とか思わなかったんでしょうか。
氷:それは、ほら、あれですよ、あれ。
Kanon七不思議。
そんな感じで考えておいてください。
夏:適当なことを言わないで下さい。
バチィ
氷:ぐぁっ、卑怯者・・・こんなとこにまでソレを持ち出さないでください・・・
うぅ・・・ヒドイ・・・適当に言ったのは私が悪いですけど・・・はぅ。
夏:2人とも若過ぎるけど最近は凄く若い夫婦もいるから、ありえなくもないんです。
そういう風に考えてくれると助かりますので読者の皆様、よろしくお願いしますね。
でも、それはあくまで見た目であって年齢的にはダメなんですけどね。
それでは氷翼はダウンしちゃったので、このへんで終わりにしちゃいます。 ばいばい。