「あぁ。あの、上がったら凛ちゃんどうしましょう?」
「私たちは朱の間ですから、連れてきてもらえますか?」
ちなみに俺と天野は青の間だ。
どうやら此処は色で部屋に名前をつけてるらしい。
「わかりました。じゃ、凛ちゃん、行こうか」
「わーい。お兄ちゃん大好きー♪」
腰のあたりに凛ちゃんをくっつけたまま露天風呂に歩いた。
右手には自分の荷物、左手には凛ちゃんの着替え―――下着だけだけど―――を持って。
浴衣だから着替えが少なくてよかった。
というか凛ちゃんが自分で持ってくれるともっとよかったけど。
俺は天野に怒られるであろうこともあって微妙に沈みながら。
凛ちゃんは幸せそうに。
お互い正反対のテンションで歩いたのだった。
旅館ですよ。 第3話〜背中流しですか?〜
『露天風呂』
『←女性入り口 男性入り口→』
ふむ、当然だが更衣室は別々なわけだな。
となると凛ちゃんはどうしたものか。
この年なら1人で着替えれると思うけど・・・
預かってる以上は向こうで何かあったら責任もあるし・・・
「はぁ。凛ちゃん、こっちにおいで」
「えー、お兄ちゃん、私はあっちだよぉ?」
「1人にするわけにもいかないの。嫌か?」
「嫌じゃないけど。パパと来るときはこっちだもん。
今はパパが『しゅっちょーちゅー』だからママと来たんだ」
なるほど、それで母親しか見てないわけだ。
父親が出張に出てていないから娘を連れてきた、と。
哀れだな、父親よ。
「じゃ、行こうか。お風呂に入らないとな」
「わーい、早く行こー」
ということで男性の更衣室に連れて行った。
ありえないとは思うが1人にして誘拐やら怪我やらされるとマズイ。
微妙に俺も犯罪くさいが気にしないことにしよう。
と思っていのだが。
「視線が痛いぞ・・・」
更衣室にいる人の視線が痛いのですが。
俺の子どもじゃねぇよ!と叫びたい気分だ。
そりゃ妹には見えないかもしれないけどさ、この年齢差じゃ。
「お、お兄ちゃーん。脱げないよぉ」
「がふぅ! 凛ちゃん、マジで勘弁してくれ」
なんですか、その中途半端な姿は。
浴衣くらい普通に脱げないもんかねぇ。
腕に引っかかって上半身が見えますから勘弁してください。
とまぁ、ほっとくと俺に刺さる視線が犯罪者を見るものに変わりそうなので脱がせる。
「はぁ、苦しかった」
「助かってよかったな。それでは行くか」
俺は更衣室を迅速に去ることにした。
まったく、俺の年で子どもなんぞいないっつーの。
あのオヤジどもめ、外で会ったら狩ってやる。
物騒なことを考えつつも露天風呂に向かう。
ちなみに俺はタオルは巻いてるが凛ちゃんはダメだ。
曰く『邪魔だよぉ』らしい。
幼稚園だか小学生ギリじゃそんなもんかもしれん。
「お兄ちゃん、早く早く」
「だー、手を引っ張るなって」
そんなに露天風呂がいいのか?
俺も好きだが子どもの好きとは意味が違う気が。
凛ちゃんの場合は泳ぎたいとか外で珍しいとかだろうな。
俺は雰囲気が好きなだけ。
風情あるしな。
「ほれ、先に身体を洗え」
「うぅ、入りたいのにぃ・・・」
しょうがない、といった感じで凛ちゃんは身体を洗う。
こういうとこって先に身体を洗うもんだと思うけど、どうなんだろ。
ま、どうでもいいかな。
チラッと周囲を見渡す。
想像していたよりも広いようだ。
これなら天野に会わずにすむ可能性もあるな。
「ね、背中の流しっこしよ?」
「・・・はぁ。わかったよ」
凛ちゃんの手じゃ背中を洗うのは大変そうだし。
子どもの面倒をみるのは元来嫌いではない。
性格的にも世話好きなのだ、俺は。
「違うよぅ、お兄ちゃんじゃなくて、こっちのお姉ちゃんだよぉ」
「は? あ、あぁ、迷惑かけないようにしろよ?」
「それも違うよぉ。お兄ちゃんは最初からやるんだよ?
2人じゃ寂しいからお姉ちゃんを誘ったの。ダメかなぁ?」
・・・それは相当に問題あると思う。
凛ちゃんがお姉ちゃんっていうからには俺と同じくらいの年だろ。
流しっこ、ということは俺かその女性のどちらかが、どっちかの背中を流すんだぞ?
「凛ちゃん、それは無理だと思うぞ」
「ダメ、なの?」
「それはちょっと問題があると思うのですが・・・」
あぁ、今すごく聞きたくない声を聞いてしまった。
お姉ちゃんのあたりで考慮すべきだった。
紫天旅館で俺と同じくらいの年齢。
1人バッチリあてはまる人物がいるということに。
「・・・凛ちゃん、俺は消える」
「あ、行かないで! まだお風呂に入ってないのに!」
「ぐあっ、抱きつくな! こけるだろうが、危ないって!」
床が滑るから危ない。
というかここで転倒すると凛ちゃんは怪我すること間違いなしだ。
それだけは避けなくてはならない。
「あー、はいはい、わかりました。ちゃんと入りますから」
「よかった。お兄ちゃんがいなくなったら困っちゃうよ」
「何をしてるのですか? 相沢さん?」
冷徹で凄まじい威圧感を込めた声がした。
しまった、バレた。
騒ぎすぎて声で気づかれたか。
というか横を見れば視認できる距離だもんよ。
そりゃ見つかる。
こっちからも見えるもんな。
タオルはちゃんと巻いてるから危険性は低い。
いや、むしろ高い気もするが今はそれどころじゃない。
水で濡れて肌に密着して微妙に透け―――――忘れろ、俺。
「あ、天野、落ち着け。これには色々と事情が・・・」
「来ないでください、と言ったはずですよ?
しかもこんな小さい子を連れてお兄ちゃんと呼ばせ何をしてるのですか?」
「お兄ちゃん、お姉ちゃんとお友達さん?」
「あ、あぁ、学校の後輩・・・あー、友達なんだ」
「じゃ、大丈夫だね♪ 流しっこしよ♪」
あの、凛ちゃんさん?
この状況を見て、どう理解したら大丈夫になるのですか?
恐るべし、幼子の思考回路。
「凛ちゃん、ちょーっと待っててね?」
「うん、待ってるよぉ」
「天野、ちょっとだけ来い」
「あ、ちょっと、相沢さん、待ってください!」
椅子に座っていた天野を立たせ、引っ張る。
天野はタオルが落ちないようにするので必死だ。
そんな仕草も少し可愛いと思ってしまったり。
凛ちゃんから離れて、引っ張っていた天野の手を解放する。
天野の顔が赤いのは浴場でここまで接近してるからだろう。
たぶん、俺も赤くなってる。
「あの子はな、迷子で俺がこの旅館まで連れてきたんだ。
で、廊下を歩いてたらその親子に会って、露天風呂に連れて行ってと頼まれた。
断りきれずに今ここにいる。名前は凛。簡単な説明終わり。戻るぞ」
天野の反応も待たずに再び手を引いて歩く。
あまり凛ちゃんから目を離すわけにもいかない。
「お話、終わったの?」
「・・・終わりました。それで凛ちゃんは流しっこをしたいのですね?」
「うん、3人でやるの〜」
「それは残念ながらできません」
天野は容赦なく切り捨てた。
しかし天野よ、凛ちゃんの本領発揮はそこからだ。
俺だって此処に来るの、1回は断ったんだ。
見ろ、既に凛ちゃんの瞳には大粒の涙が。
「え・・・ダメ、なのぉ? 私のこと、嫌い、なのぉ?」
「え? あ、いえ、そういうわけではないのですよ?」
視線で俺に助けを求めるな。
俺はそれに屈したんだ。
敗者に助ける術はないぞ。
「う・・・うぅ、わ、わかりました。流しっこ、しましょうか?」
天野美汐、陥落。
恐るべしだな、凛ちゃん。
裏もなく純粋に悲しんでるからこっちは断れない。
さすがの天野でもダメだったか。
「相沢さん。アレは反則です。断りきれません」
「俺だって、ここに来るのは断った。けどアレで陥落した」
顔を寄せてヒソヒソと話をする。
そして揃って溜め息を吐いた。
末恐ろしい子だ。
「えーとねぇ、私がお姉ちゃん、お姉ちゃんがお兄ちゃん、お兄ちゃんが私の背中を流すの」
「俺は天野に背中を流してもらえるわけか」
「・・・この場でそんなことをするのは酷というものでしょう」
俺は周囲に目を向ける。
あぁ、お客様、そんな興味深そうな目で見ないでください。
親子じゃないです、家族じゃないです。
血のつながりは皆無です。
だいたい17歳と16歳です、俺たちは。
パパ、ママって呼ばれてないことからかんがえてください。
しかし周囲の視線なんて凛ちゃんはお構いなしだ。
「お兄ちゃん、背中〜♪」
「はいはい。痛かったら言えよ?」
「うん♪」
わしゃわしゃと洗う。
凛ちゃんの背中は小さいから楽だ。
「・・・慣れてますね」
「子どもの面倒見るのは好きなんだよ」
「そうですか。いいお父さんになれますね」
「俺はまだ17だ」
そんな会話をしてるうちに凛ちゃんは洗い終わった。
やっぱ早いな、小さいから。
お湯をかけて石鹸を洗い流して終了。
「じゃ、お姉ちゃん座ってね。私が洗うよ」
「では、お願いしましょうか」
天野は椅子に座った。
だが、凛ちゃんは困った顔をしている。
ちょっとオロオロアタフタ気味。
「・・・あのね、タオルとってくれないと洗えない」
「・・・それもそうですか。相沢さん、前に回ってきたら殺します」
「大丈夫だ。俺は死にたくないから」
天野が身体に巻きつけていたタオルを取り払う。
途端に天野の白い肌が目に入る。
あ、やば、予想よりも相当に綺麗だ・・・
凛ちゃんの肌も幼いからか、相当に綺麗だった。
けど天野もそれに劣ってない。
白く、透きとおってそうなくらいに綺麗だ。
思わず悶えてしまった。
「・・・何を悶えてるのですか?」
「あまりに天野の肌が綺麗で悶えていた」
「「・・・・・・・・」」
率直な感想を素直に口にしてしまった。
どうやら俺の思考回路は相当重傷だったらしい。
失言だ。
俺もだが、天野も真っ赤になってる。
前には回ってないが関係なく殺されるかもしれん。
「お姉ちゃん、肌が赤いよ?」
「はぅ、気にしないでください」
む、助かったか。
天野が照れただけですんだようだ。
・・・部屋に戻ってから殺されるかもしれんが。
「むぅ〜、私も胸が欲しい・・・」
「凛ちゃん、お前は何歳だ」
「女の子に年を聞いちゃダメなんだよ、お兄ちゃん」
年齢を気にする年でもないだろうが。
さらに言えば胸のあるなしを気にする年でもない。
「・・・えい」
「ひゃうぅ!?」
「ぐあっ! やめれ、凛ちゃん。それは今後一切禁止」
凛ちゃんは唐突に天野の脇から手を回した。
で、揉んだ。
ダメだ、これは目に毒だから禁止するしかなかったんだ。
「うぅ、残念。お湯で流すね」
「・・・相沢さん。今のことは忘れてください」
「あぁ、天野が凛ちゃんに胸を揉まれて声を上げたことは忘れよう」
パカーン
「ぐはぁ!!」
天野の投げた石鹸が俺の額にクリーンヒットした。
後ろも見ずに当てるとは・・・ナイスコントロールだ。
野球部に入りやがれ。
「最後はお兄ちゃんだよ。早く座ってよ〜」
「何でこんなことになってるのでしょう」
「諦めろ。子どもに勝てる大人はいないんだ」
俺たちが大人なのかどうかは気にしないことにする。
少なくとも凛ちゃんよりは大人だ。
タオルを巻きなおし、天野が俺の背後に移動する。
・・・天野に背後をとられるのは危険な気もするけど。
「では、洗いますよ?」
「凛ちゃんが風呂に入りたそうにソワソワしてるから洗ってくれ」
自分の番が終わったので早く入りたいのだろう。
ウロチョロしてる。
滑って転ばなければいいけど。
天野はタオルを石鹸で泡立てると俺の背中を洗い出す。
・・・自分でやらないのって楽だ。
「相沢さんの背中って広いですね。こうしてるとわかりますが」
「男だと普通だと思うぞ」
「まぁ、それはそうでしょうけど。男性の背中を流すなんて初めてですし」
「俺も女性に流してもらうのは初めてだ。
ま、子どもの頃は名雪とか秋子さんとも入ったことあるらしいけど。
そんな昔のこと記憶にも残ってない。というか消えてくれてないと困る」
「同じ家ですからね。そんな記憶あっては居づらいでしょうね」
天野は背中を洗うのが上手かった。
強すぎず、弱すぎずで気持ちいい。
本当に初めてか?
まぁ、上手いならそれはそれでいいんだけど。
「痛くないですか?」
「ちょうどいいよ。気持ちいい」
「そ、そうですか。よかったです」
天野は赤くなってるんだろうなー。
俺も赤いと思うけど。
赤面しっぱなしだ、今日は。
「きゃうっ!」
「え!? きゃあっ!!」
「うおっ、何だ!?」
突然、凛ちゃんの叫び声がして天野も叫んで俺の上に乗ってきた。
うぐぅ、天野さん、胸が押し付けられてます。
柔らかくて気持ち・・・じゃない。
「天野、どいてくれないと、その、あー、胸がですね?」
「わ、わかってます!」
凄まじい速度で上から降りた。
あのままじゃイケナイプレーになるとこだった。
ちょっと残念なのも事実だが。
「凛ちゃん、大丈夫ですか? 怪我、してませんか?」
「うん、ごめんね。慌てて転んじゃった」
「走り回ると危ないぞ。あと少しだけ待ってろ」
「うん、いい子で待ってる」
「はぁ、さっさと流しますね」
「あぁ、なんか凄い疲れた。ま、天野に背中流してもらうのは良かった。
気持ちよかったよ。今度、機会があれば俺がやってやろう」
「つ、次の機会なんてないです!」
天野は赤くなって否定した。
ま、たしかに次の機会なんてないかもな。
とりあえず凛ちゃんに引っ張られ浴槽に向かった。
周囲の視線が痛いままだった。
あとがきのようです。
氷:混浴な第3話です。
夏:・・・かなりアレな内容ですね。
氷:凛ちゃん大活躍で美汐さんと祐一は振り回されまくりです。
夏:背中流しって、高校生のすることじゃないです。
氷:恋人ならともかく先輩後輩ですることじゃないですね。
夏:全て凛ちゃんが原因なわけですけどね。
氷:純真無垢な子どもには逆らうことはできないですから。
夏:といいますかですね?
露天風呂=混浴の話、何でこんなに長いんですか?
まだ次回に続いてるじゃないですか。
氷:気の向くままに文章を打ち込んでたら、こんなことに。
こんな話ですが楽しんでいただけていたら幸いなのですが。
夏:・・・どうでしょうね。
氷:まぁ、今回の話は次回にも少しばかり食い込むので待っててください。
夏:それでは第4話まで、さよならですー。