「お母さんもいいんですか? 自分の娘の部屋に男を泊まらせて」
「全然まったくもって構いません」
にこやかに言い放つ天野母。
そこまで強調しなくてもいい気がしますけど。
ずいぶんと寛大な母だ。
秋子さんに匹敵するかもしれない。
「そ、そうですか。では、お願いできますか?」
「はい。紫天旅館へようこそ、祐一さん」
赤くなった天野と女将モードの天野母に迎えられ。
俺はなんとか寝床を確保することに成功した。
・・・天野と相部屋という特典つきで。
旅館ですよ。 第2話〜新婚さん用ですか?〜
「じゃ、美汐は祐一さんの案内を任せるから。
それが終わったら終わりにしていいわよ。バイト終了ね」
「・・・わかりました。では、相沢様、こちらです」
「あ、相沢様!?」
「今は従業員ですので。お客様には様なのですよ」
あぁ、そういうことか。
天野母は俺を案内して終わりって言ってたから今はバイト中か。
しかし似合うな、天野。
天野の案内で部屋に着いた。
そこそこ広いので2人泊まる分には問題ないと思う。
けど年頃の男女が一緒に泊まるには問題ありだと思う。
「それでは私は着替えてきますので。おくつろぎください」
天野はスッと消えた。
むぅ、プロだ。
ちょっと感心しつつベランダ・・・ベランダって言うのか?
テラス?
まぁ、とにかく外に出た。
ポケットから煙草を取り出し火をつける。
水瀬家に居候してから吸ってなかったな。
依存するほど吸ってるわけじゃなから禁煙は苦ではない。
気まぐれに吸うだけだ。
「はぁ〜、旅行に来て天野と同じ部屋に泊まることになるとはね」
煙を吐きながら一人で喋る。
天野と相部屋なのは嫌なわけではない。
むしろ嬉しいとは思う。
美人だしな。
「ま、せっかく天野親子の好意で泊めてもらってるんだ。ありがたく泊まるか」
室内に置いてあった灰皿に灰を落とし、再び吸う。
あまり美味しいとは思わない。
前の高校の奴には『お前が吸うと絵になる』とか言ってたな。
俺って煙草吸うイメージでもあるのか?
「・・・相沢さんは煙草を吸うのですね」
「うおっ!? 気配を殺して背後から近づくな!」
「そんなつもりはありませんよ。それより未成年は禁煙です」
「むぅ、仕方ない。身体にもよくないからな」
俺は大人しく煙草を灰皿に押し付け火を消した。
気分で吸ってたから、特別に吸いたいわけじゃない。
しかし天野は意外そうな顔だった。
「あっさりとやめましたね」
「そんなに好きじゃないから。俺が吸ってるの初めて見ただろ?
水瀬家に行ってから吸ってないし、吸うのは稀なんだ。気分的なもん」
「そうですか。けど似合ってましたよ、煙草吸う姿。ちょっとカッコイイですね」
「へぇ、珍しいな。天野が誉めてくれるなんて」
天野はハッとして赤くなった。
くく、ホント純情だねぇ。
「中に入ろうか。ここ、寒いだろ」
「は、はい。そうしましょうか」
天野の顔は少しずつ元に戻る。
落ち着いてきたらしい。
煙草とライターをテーブルの上に放り、テーブルの横に座る。
天野も俺の正面に座ってお茶をいれてくれてる。
「はい、どうぞ」
「さんきゅ。けどさ、いいのか? ホントに相部屋で。天野が嫌なら今からでも出るぞ?」
「・・・今から出たら確実に野宿ですよ」
「それでも嫌がる天野と同じ部屋にいるよりはいい」
「嫌ではありませんよ。私は嫌ならはっきり断りますから」
「そっか。じゃ、世話になるとするよ」
ま、たまにはこういうのもいいだろ。
けど間違いでも起こしたら天野母に殺されるかもしれん。
それだけは気をつけなくては。
トントン
「美汐、夕食を持ってきたけど。もう食べれるでしょ?」
「えぇ。相沢さんも食べれますか?」
「大丈夫だ。歩いたし、電車の中でも何も食ってない」
ノックして入ってきたのは天野母。
夕食を持ってきたらしいが・・・量が結構あるな。
食えないわけじゃないけど。
「あ、私は天野麗奈です。よろしくお願いしますね」
「えと、麗奈さんでいいんですか?」
「はい、いいですよ」
天野が天野だから麗奈さんまで天野だと同じになるからな。
まぁ、天野さんにすればいいけどわかりにくいし。
「天野、とりあえず食う―――何を見てんだ?」
「お母さん? この料理、何ですか?」
天野は冷たい、しかも強烈な眼光で麗奈さんを射抜いた。
俺なら即屈する眼光に麗奈さんは怯まない。
むしろ愉快そうにも見える。
慣れてるのだろうか。
というか、この料理に問題でもあるのか?
俺も料理の蓋を取ってみる。
「・・・これって」
「うふふ、精力がつきますよ」
「お母さん!!」
天野は真っ赤になって叫んだ。
あぁ、今は天野の気持ちがよくわかるぞ。
麗奈さん・・・何を考えてるんですか。
何で娘と高校の先輩が同じ部屋に泊まるというのに、この料理?
狙ってますか?
「あら、いいじゃない。ね、祐一さん?」
「そこで俺に聞かれても困るのですが」
「これは食べません。他のを持ってきてください」
「嫌よ。これしか出さないわ。祐一さん、食べてくれますよね?」
うぐぅ、俺は無理を言って泊めてもらってる以上、食べるしかないじゃん。
この人は策士だ。
相手の状況を上手く利用して目的を達成する策士だ。
すまん、天野・・・俺は麗奈さんには敵わない。
「・・・食べます。さぁ、天野。食おうじゃないか!」
俺は開き直った。
そして食った。
それはもうガツガツと。
「ちょ、何を考えているのですか、相沢さん!」
「美汐、祐一さんも食べると言ってますし。食べなさい」
「くっ・・・わかりました」
仕方ないと判断したのか天野も納得。
というか何も食わないのは健康によくないという思考があるからだろう。
食べてる俺と大人しくなった天野を見て、麗奈さんは満足そうに戻っていく。
そして、いなくなったと思って油断した瞬間。
「あ、アレはそこの棚に入ってますから」
「ごふっ!」
「お母さん、早く仕事に戻ってください!!!」
不意打ちを喰らった。
既に食事モードにはいってる俺は口の中のモノを出さないので必死だった。
天野は少し落ち着いた頬に赤みが急激に戻った。
危ない、あの人は危険だ。
にこやかに麗奈さんは仕事に戻った。
ちょっと警戒したが戻ってくる様子はない。
どうやら本当に業務に戻ったようだ。
「・・・こういうのもアレなんだが、変な人だ」
「まったくです。娘が男の人と同じ部屋に泊まるというのに。
新婚さん用メニューを出し、さらには・・・その、あの、アレの場所まで・・・」
自分で言って自分で赤くなってどうする天野よ。
恥ずかしいなら言わなきゃいいだろうに。
それよりも気になったのだが。
「これって新婚さん用のメニューなのか」
「えぇ、そうです。正確には新婚さん&恋人用ですが」
「麗奈さんからしたら俺と天野が恋人にでも見えるのか?」
「面白がってるだけでしょう。そういう人ですから」
さっきは凄く楽しそうな表情をしてたからな。
これ以上の娯楽はない!って感じだった。
かと言ってコレを出すのはやめてほしかった。
新婚&恋人用、ねぇ。
ま、美味しいから俺はこれでもいいけど。
「けっこう美味しいですね、これ」
「天野もそう思うか。意外と美味いよな。俺は結構好きだ」
俺と天野は何だかんだで残さずに食べた。
こういうのって美味しくないと思ってたが間違いらしい。
効力は怖いけど。
「この食器はどうするんだ?」
俺の目の前には無数の皿が。
水瀬家に住むものとしては自分で下げたくなる光景である。
「そのうち取りに来ます。さて、私は露天風呂に入ってきますので」
「何!? 露天風呂あるのか!?」
それは初耳だ。
というか偶然ここに辿り着いたんだから知らなくて当然だ、
露天風呂はいいよな。
「ありますよ。けど相沢さんは来ないでください」
「・・・なんでだよぅ」
天野の言葉に俺はショックをうけた。
が、次の言葉で納得する。
「混浴だからです。私が上がってからにしてください」
「了承。俺は散歩でもしよう」
さすがに天野と一緒に入る度胸は持ち合わせていない。
ちょっと残念だが諦めておこう。
クローゼットから浴衣を取り出す。
サイズは大きいのもあるので大丈夫そうだ。
「私にもとってもらえますか?」
「わかった。サイズ、これでいいか?」
「大丈夫です。あの、着替えますので、外に・・・」
「あぁ、終わったら呼んでくれな」
廊下に出た。
夕食の時間だからか人があまりいない。
従業員さんならいるけど一般客は少ないな。
「いいですよ」
「おう。って、似合うな。さすがは天野」
うーん、天野は性格も口調も雰囲気も丁寧だからかな?
やたらと日本古来の服が似合う。
割烹着あたりも似合うのかもしれん。
「本日2度目ですね。誉めてもらうのは」
「和服とか浴衣が似合うな、やっぱ。雰囲気的に」
「・・・フクザツですが誉め言葉として受け取りましょう。
それでは私は行きますので。あ、荷物とか漁らないで下さいね」
「んなことしない。安心しろ」
「そうですね。では、また後で」
天野を見送り、部屋に戻る。
んでもって俺も浴衣に着替える。
やっぱ旅館に来たら浴衣だろ、うん。
身軽だしな。
一応、貴重品と着替えを持って外に出た。
他にも風呂はあるかもしれないからな。
廊下を歩いてると前方に親子発見。
って、あれは。
「あ、お兄ちゃん!」
「あら、こちらに泊まってたんですか」
「どうも」
「お兄ちゃん、ママがヒドイんだよ〜」
凛ちゃんが腰の辺りに抱きついてくる。
こうすると小さいな。
まぁ、そうとう年下だから当然か。
「どうかしたんですか?」
「露天風呂に行く行くって聞かないんです。私はさっき凛が寝てる間に入ってしまったもので」
たしかに風呂上りのようだ。
髪は僅かに濡れていて、いい匂いが・・・じゃない!
「はぁ、なるほど。凛ちゃんは露天風呂に行きたいけどママがついてきてくれないわけか」
「あ、そうだ! お兄ちゃんが来てよ!」
「はっ!? いくら何でも迷子を助けただけの男が凛ちゃんを連れていけないよ」
「え〜。ママ、お兄ちゃんじゃダメ?」
「お願いできますか?」
なんでやねん!ってツッコミを入れたくなった。
知り合って間もない男に小さい娘を任せないでください。
危ないとか思わないのだろうか。
まぁ、連れて行ってっていうなら俺は構わないけど。
「露天風呂ですか。まぁ、いいで―――ダメです、よくないです」
いいわけないじゃないか。
今さっき天野に『混浴ですから入ってこないでください』的なこと言われたばっかだ。
ここで行ったりしたら殺されるかもしれん。
「何か理由でも?」
「あそこって混浴じゃないですか。知り合いが入ってるんですよ」
「・・・恋人?」
「違います。高校の後輩です」
やっぱこういうシチュエーションで知り合いというと恋人か。
栞あたりが喜びそうだな。
ドラマみたいですぅー、って。
「お兄ちゃん、ダメなのぉ?」
「う・・・あのね、凛ちゃん」
「お兄ちゃんがダメだったら私、露天風呂に行けないよぉ〜」
うぅ、こんな小さい子に頼まれてダメっていうのってツライ。
純真無垢なんだもん。
この上目づかいだって無意識の産物。
涙目なのは本当に行きたいからだろう。
ったく、俺が怒られればすむか。
「わーった。連れて行ってやるよ」
「ほんとっ!?」
「あぁ。あの、上がったら凛ちゃんどうしましょう?」
「私たちは朱の間ですから、連れてきてもらえますか?」
ちなみに俺と天野は青の間だ。
どうやら此処は色で部屋に名前をつけてるらしい。
「わかりました。じゃ、凛ちゃん、行こうか」
「わーい。お兄ちゃん大好きー♪」
腰のあたりに凛ちゃんをくっつけたまま露天風呂に歩いた。
右手には自分の荷物、左手には凛ちゃんの着替え―――下着だけだけど―――を持って。
浴衣だから着替えが少なくてよかった。
というか凛ちゃんが自分で持ってくれるともっとよかったけど。
俺は天野に怒られるであろうこともあって微妙に沈みながら。
凛ちゃんは幸せそうに。
お互い正反対のテンションで歩いたのだった。
あとがきのようです。
氷:ということで新婚さん用の夕食な第2話です。
夏:実際にアレって美味しいんでしょうか?
氷:私は食べたことないですから知りませんけど。
夏:不味いということはないと思いますけど・・・謎ですね。
氷:料理の話はさておき、凛ちゃん再登場です。
夏:小さい子ですねー、可愛いです。
氷:これから少しだけ出番あるので・・・でも準レギュラーまではいかないかな?
夏:麗奈さんと凛ちゃんが脇役、天野さんと祐ちゃんが主役ですね。
氷:麗奈さんと凛ちゃんだと麗奈さんのほうが出番は多いはずです。
まぁ、結局はどちらも脇役なので・・・私的には好きなキャラなんですけど。
夏:あくまでメインは天野さんと祐ちゃんですからね。
2人が目立ちすぎてもダメになっちゃいますからいいんじゃないですか?
氷:そうすることにしましょう。
夏:次回は露天風呂の話です・・・じゃ、また会いましょうね。