re−jection
5.contract
次の日の朝。
上條に送られて柳華は帰ってきた。
親には友達の家に泊まったとだけしか言ってない。男と一晩ホテルにいたなんて言ったら、何て言われることか。
「上條。まず、ありがとう。柳華を見ててくれて」
まず、目の前の問題に終わりをつけて。
「それから、答え。私は、どこまでも追いかける。それだけ」
答えを示したら、追いかけなきゃ。
「待った。どこに行くんだ?家の場所は…って、知ってたか」
私を嘗めないでもらいたい。
入院中は散々病院と相羽家を往復したのだから。
それもこれも上條が私に行くように仕向けるから。
寧ろ、あの頃から今の状況になるように仕向けてたのかもしれない。
いつまでも一緒にはいられないから、想いを受け継いでくれる人を見つけるために。
それはさておき。
「うん。じゃ、行って来る。柳華、お父さん、連絡なかったからって怒ってたよ?ちゃんと謝っといてね」
ちゃんと伝えるべきことは伝えた。
後は、逃げ出してしまった人を追い掛け回してみるだけだね。
「…これ、持って行くといい」
上條が、私に向かって何かを差し出した。
「鍵?」
鍵だった。
「悠のことだ。鍵をかけた挙句にバリケードを作るなんてのは当たり前だ。あいつは拒絶するときは本当に凄まじいまでに拒絶するから。
で、第一の関門、鍵を突破するには何よりこれが必要だろう?
人様の玄関に向かって体当たりを連発する女子高生なんて通報されて、新聞の3面記事確定だからな」
嬉しい気遣いではあるけど、余計な一言があった。
「まぁ…人のことどう思ってるかがわかった気がするけど。鍵は有り難く貰っていくね」
「貰って、かよ」
当たり前でしょ。
相羽くんの所に通い妻をするのは私だけでいい。
他はいらないの。
「わかったよ。持って行け。その代わり、何があっても返すなよ」
「わかってるわよ。そんなつもりもないし」
言葉の裏側に隠された上條の激励を受けつつ、私は相羽家へ向かった。
――相羽 悠――
無感になりたかった。
何も感じなければ、どれだけ良かっただろう。
でも、僕は目は見えるし、耳も聞こえる。触覚もあれば味覚も嗅覚もある。
ないのは直感ぐらいだ。
だから、僕は全てを拒絶する。
鍵をかけ、通路を塞いだ。
誰も入ってくるな。僕は、全てを背負うんだ。死んだりはしない。
その代わり、全てを拒絶する。
幸せなんて、手に入れていいわけがない。
なのに、なのにどうしてあなたは来てしまうんですか。
守屋さん…
――守屋 千華――
家の前まで来て、全てのカーテンが閉められていることを確認した。
まぁ、ここまでは予想通り。
問題は、ドアを開けた先、だよね。
深呼吸1つ。よし…
覚悟を決めた。もう後戻りはできない。
鍵を、捻った。
ドアは特にどうということなく開いた。
「うわ…」
開いたんだけど…
「どこからこんな…」
開けた先にはテーブルに椅子、ごみ…ありとあらゆるもので通路を塞いでいた。一個一個どけるには手間が掛かりそうだった。
だけど、時間をかけるわけには行かない。
それに、私をただの女の子だと思ってると痛い目見るよ。目標に辿り着く為ならある程度、何でもする。
これでいっかな。
通路を塞いでいたごみの中から適当なビンを取り出す。武器を残してる時点で、負けだよ。相羽くん。
「確か…相羽くんの部屋はあそこ」
私は手にしたビンを大きく振りかぶった。
――相羽 悠――
嫌な予感がした。
守屋さんが、空き瓶を持って、こっちを見てる。
まずい。
そう思うと同時に、守屋さんは瓶を窓に向かって思いっきり投げつけた。
僕は慌てて逃げ出した。
大きな音を立てて窓が割れた。
「出て来いっ!!この引きこもり!!」
割れた窓から声が届く。
「何が全部背負う、よ。そんなこと許さないからね!!」
それは、あなたの勝手です。僕は背負わなきゃいけないんだ。
だから、もう放っといてくれ。
「柳華の気遣いを全部無視して、自分の気持ちまで蓋をして、ふざけるなぁっ!!
そんなこと、誰がしろって言ったのよ!!普通に生きればいいんだよ。他に何もいらないよ。君は…相羽くんは。やっと気付くことができたんだから…幸せを求めていいんだよ!!」
何で…僕を放っといてくれないんだろう。
僕は、もう、全部捨てるって決めたのに。
決めてたのに。
「…お願い。顔を、見せて」
こんなに、会いたいって気持ちを強くさせるんだ。
捨てようとしてるのに、捨てきれなかった。
守屋さんを想う気持ちを捨てきれなかった。
僕は、
「やっと、こっちを見てくれた」
顔を出してしまった。
――守屋 千華――
「やっと、こっちを見てくれた」
憔悴しきった姿ではあったけど、相羽くんは窓から顔を覗かせてくれた。
「ゆっくり、話がしたいの。あのバリケード、どけてくれない?」
私の言葉に、相羽くんは頷いて姿を消した。
それにしても。
あの顔はご飯を食べてない顔だ。
食材があるなら何か作ってあげよう。
それから、バリケードをどける前に、近くの窓から相羽くんが顔を覗かせた。
「…ここから、入って」
どうやら、玄関はただの威圧目的だったみたい。もっとも、ここにだって大きな板を立てかけて偽装はしてあったけど。
で、言われたとおりに窓から入る。別に高いところにあるわけでもないから普通に上がった。
「まず1つ」
上がって早々、私は相羽くんの頬を引っ叩いた。
「…痛い」
「当たり前でしょ。まぁ、私と柳華と上條の分はそれで終わりにしてあげる」
取り敢えず、心配してた皆の気持ちを込めてみた。
それは兎も角。
「昨日、ちゃんとご飯食べた?また食べてないとか言うつもり?」
まずは、ここから。
案の定、相羽くんは首を横に振った。
それを確認して、台所の冷蔵庫を開けてみた。
「…空っぽ」
「……昨日の朝、最後のを使ったから」
さいですか。
じゃあ、買いに行くところから始めなきゃいけないわけだ。
「何が食べたい?」
「…何でも」
それが一番困るの。
あ、そうだ。
「じゃあ、一緒に買いに行こう。話は歩きながらでもいいや」
少しくらい軽くしとかないと、相羽くんはまた閉じこもってしまうから。
雑談みたいなノリで行けば、ちょっとは楽に話できるんじゃないかな。告白は普通雑談的な感じでするものじゃないけどね。
「ほら、行くよ」
渋る相羽くんの手を引いて、さっき入ってきた窓まで来た。
目的地は、どこか割りと遠くのスーパー。面倒ならどこか喫茶店でもファーストフードでも入ればいい。
「…話があるんじゃ」
「それは、歩きながらにしよう。ほら、行こ」
そうして私は相羽くんを連れ出した。
暫く経って、私は会話を切り出した。
「大体、事の顛末は柳華から話を聞きだした上條から聞いた。相羽くん、馬鹿でしょ」
相羽くんは何も言わない。
「罪を償うって、確かにしなきゃいけないことだけど、それはあの頃の相羽くんから変わることで十分だったと思う。
だって、あの頃のネガティブな考え方が原因で起きた事故だったんだから、明るくなっていく姿を見てて、よかった、って思ってたんだよ?それで十分だったと思うのに」
「…何故?」
「だから、再発防止、かな。あの時と同じ状況での事故はもう起こしませんっていう。
起こしちゃったことはもう変えられない。けど、その先どうするかは決められる。そういうことだよ」
先のことは自分で決められる。それは生き方もそうだし、行動もそうだ。
相羽くんは、明るくなろうとすることで、自分を大切にしようとすることで先のことを少しでも変えようとした。
なのに、柳華と一緒に事故現場に行っただけで全部捨ててしまった。
「それと、心配してくれる人を裏切っちゃ駄目。私だって、凄く心配してた。
最近、私のこと避けてたみたいだから、尚更ね」
「あ…それは……」
凄く言いにくそうにしてる。
けど、ゴメン。内容、知ってるんだよね。
うーん。だけど、やっぱり頑張ってもらおうかな。このままだったら言ってくれそうだし。
「あの…その…」
可愛い。
あんまりこういう言い方はよろしくないかもしれないけど。
何ていうか、初恋を伝える中学生ぐらいの女の子みたい。
「友達なのに、好きに、なって……おかしいですよね、こんなの」
は?
おかしいって、そんなことないでしょうに。
ちょっと面食らってると、相羽くんは続けた。
「だから、どうしていいか分からなくて…柳華さんにもおかしくないって言われたんですけど、でも、自分じゃやっぱりそれは裏切りとしか思えなくて」
多分、友達って枠に全部納めようとしてたんだ。
友達なんだから、好きになることは絶対にないって、思ってたんだ。
「全然。それは裏切りでもなんでもないよ。私だって、今まで何人かと付き合ってきたけど、友達から告白されたことだってあるんだよ?それで私もOKしたし。
だから、全然悪いことじゃないよ」
悪くなんかない。寧ろ、結構自然なはず。
「って、言っちゃった…」
人が諭してる最中に顔を蒼白にして自分の言ったことを後悔してる。どうも、想いを伝えるつもりはなかったみたい。
けど、告白ってほどじゃないけど想いは聞けたから、私も答えを示そうかな。
「さっき、好きって言ってくれたよね?」
「あ…はい」
認めた。
一気に畳み掛けるチャンス。
「じゃあ、付き合おっか」
「へ?」
なんて間抜けな声。現実を認識できてない。
「私もさ…実際、守ってくれる人よりも、守ってあげたくなる人のほうが好きなんだ。そんな人と一緒に色々頑張るのがね。
それで、相羽くんと一緒にいて、そんな想いが強くなって…だから、付き合おうよ」
結局、OKを出してくれた相羽くん…もとい、悠と初デートと洒落込むことにした。
と言っても、ご飯食べに行くだけなんだけど。
――上條 大吾――
その日のうちに、悠から連絡があった。
『うん…心配かけて、ごめん』
「謝るなら、俺じゃなくて柳華ちゃんだろう?まったく。お前はあの子を何回泣かせる気だ」
その通りだ。
もう、2回も泣かせてる。
『うん。ちゃんと謝って、何か埋め合わせもしないと』
それはいいが、程々にしとかないと、嫉妬に怒り狂った千華さんが襲ってくるぞ。
まぁ、こんなこと教えてはやらないが。
言ったら最後。必ず本人まで伝わるだろうし、そういうことを身をもって理解するのもいいだろう。
「悠。しっかりな」
『大吾?何でそんな最後みたいなことを』
「別に、そういうわけじゃないが…これからは、俺よりも一緒にいてくれる人がいるんだ。だったら、そっちに頼ってやれ。
あの人は頼られるのが嬉しいそうだから」
千華さんは、あいつの入院中、嬉々としてあいつの家と病院を往復してた。
そんなに嬉しいかとも思ったが、言わない。
多分、そういう性分なんだと思う。
とにかく、俺が2人に伝えたいことは。
幸せに。
悠には、自棄にはなるなよ。
千華さんには、任せた。
これぐらいだろう。
これで、俺の役目は保護者から親友になったわけだ。
まぁ、そんなわけで…柳華ちゃん狙いでいってみようかな。
――守屋 柳華――
結局、お姉ちゃんと相羽さんは恋人同士という関係に落ち着いた。
結構な遠回りをしたんじゃないかな。
「柳華。ごめんね、悠とのことで迷惑かけっぱなしだったね」
「そう思うなら相羽さんもうちょっと教育しといてよ。この前、今までの迷惑に何か埋め合わせしたいって言い出して…
お姉ちゃんが嫉妬するよって言ったら、何ですかそれって言われたんだけど」
ちょっと不機嫌な自分を演出してみる。
「うぁ…ごめん。けど、それなら実際に嫉妬してみないとね。悠もそれぐらいしなきゃわかんないだろうし」
やめてよ。
とは言えなかった。言いたいんだけど、ね。
「あ、そういえば柳華、自分のこと名前で呼ぶのやめたね」
「うん。上條先輩狙いだから。大人な自分を演出しようかなって」
「演出って…」
お姉ちゃんが苦笑いしてる。
けど、上條先輩狙いなのは事実。
あんなに優しくされちゃ、ねぇ。
まぁ、暫くは本当に好きになれるかどうか見極めてみようかなって思ってるけど。
まぁ、うまくやるつもり。うん。
――相羽 悠――
あれから、僕はどれだけ変われただろう。よくわからないけど、皆は変わったって言ってくれる。
それは、いい意味でなのか、わからないけど。でも、僕は変われてよかった、と思う。
変われなかったら、今頃僕は土の下で、沢山の人を泣かせてしまっただろうから。
僕は、笑って生き続けたい。
そうすることで、喜んでくれる人がいる限り。
re−jection
FIN
AND
Thank you for reading.