re−jection
4.eddy
やっぱり、相羽くんは私を避けてる。何となく、ちょっと悲しくなる。
その裏にある感情が何なのか、自分でもよく理解は出来てないけど。やっぱり、どこか淋しいものを感じてしまう。
柳華に至ってはそんな私と相羽くんを面白そうに見てる。人が避けられてるのの何が面白いのよ。
「さて、それでだ」
で、挙句の果てには上條からの呼び出し。
はぁ…何でこんなことになるんだろう。
「何で呼ばれたか分かってるか?」
分かってるけど、それでどうしたらいいかまでは分からないよ。
取り敢えず、分かってるって事だけは伝えた。
「そうか。わかってるなら話は早い。守屋さん」
何で私は上條のこんな真面目な顔ばっかり見る機会が多いんだろう?やっぱり、相羽くんに出会ったからなのかな?
「悠のこと。よろしく頼む」
「は?」
確かに、私が相羽くんのことで呼ばれたのは事実だけど、何で娘を頼むみたいな言い方をされなくちゃいけないんだろう?
そりゃ、上條と相羽くん比べたら相羽くんの方が好みだけど。
「あいつ…いや、ここから先は俺の口からは言えない。けど、あいつのこと、真剣に考えてやってほしいんだ。あいつがどんな結論を出すかは分からないけど…それでも、あいつを見捨てずにいてやってほしいんだ」
何となく、これで答えが見えてきた。
上條は、今までの役目だった相羽くんを守り続けることを終わろうとしてるんだ。そして、その役目を私に託そうとしてる。
だけど、それはあまりにも勝手すぎるんじゃないかとも思う。私は…相羽くんのことを支えられる自信なんてない。上條みたいに、相羽くんのことを深く理解なんて出来てないから。
それに、相羽くんは私を避けてるから。だから、そんな役目を負うのは無理。
「どうやって?考えてるよ?見捨てたりなんてしたくないよ。けど、向こうが私を避けてるんだから…どうしようもないよ」
この言葉を言った瞬間だろうか。
上條が固まった。
「え…ちょ、守屋さん?もしかして、気付いてない?」
「何によ」
気付くとか、何の話?
「そっか…だから悠の奴」
だから1人で納得しないでよ。私は何のことだかわからないんだけど。
「…うん。そうだな…あいつのこと考えると同時にしっかり見てやってくれ。あいつが今何を考えてるか。守屋さんは、それを知らなきゃいけないと思う」
そう言って、上條は私の前から消えていった。
考える、見る。
それが、私と相羽くんにとってどんな意味を持つのか。それを考えてみる。
私は、相羽くんをどう思ってるんだろう。相羽くんは私をどう思ってるんだろう。
考えるっていうのは、多分そういうこと。
じゃあ、見るのは?
私は、相羽くんの何を見ればいいんだろう?どこを見ないといけないんだろう?
ちょっとした時間でもいい。相羽くんがどんなことしてるか見てみよう。それがどういうことかは分からないけど、何か分かるかもしれない。
相羽くんがどうして、私を避けるのか、分かると思う。
――守屋 柳華――
お姉ちゃんが本気で悩み始めた。
相羽さんが何を考えているか、とか。凄く分かりやすいんだけどね。まぁ、今も変わらずに相談を受けてるんだけどね。
それはそれとして。この2人、見てて面白いといえば面白いけど、そろそろ鬱陶しくなるといいますか、何と言いますか…逃げる相羽さんとそれを不審に思うお姉ちゃんの図式が完全に成立してしまっていて、マンネリと化しているのですよ。
で、今日も相羽さんが「また逃げてしまいました」って報告と、今後の対策について訊きに来てるし。
「また、やってしまいました…」
しゅん、と項垂れて落ち込んでる相羽さん。これはこれで可愛いかもしれないけど、そろそろ男を見せてほしいかも。
告白しろとまでは言わないけどさ…逃げずに話するくらいはいいんじゃない?ねぇ?
「話とかしてみればいいのに」
ぽつりと呟いてみる。けど、それはしっかりと相羽さんの耳に届いてたみたい。
もっとも、聞こえるように言ったんだけどね。
「そ、そんな畏れ多い…」
おいおい…お姉ちゃんは何時から天上の人になっちゃったのよ。
けど、話とかしてみればいいっていうのはちょっとした実情込みなのだ。
「でも、本当にそれでいい?お姉ちゃん…もてるよ?」
そうなのだ。世話好きの性格、綺麗な髪と割と整った顔立ち等等…基本的にお姉ちゃんはもてる。結構彼氏がいることもあるのだから。
柳華みたいに、子供じゃあそこまでいきません。
「い…いいよ。守屋さんが幸せなら」
それ、泣きそうな顔して言うことじゃないよね?
「本当にいいの?本当に後悔しないの?」
念を押してみると、案の定黙り込んでしまった。いいわけがないんだからさ、ちょっと我侭になればいいのに。
けど、我侭な相羽さんっていうのも想像できない。
「もっと我侭でいいと思うんだけどな。相羽さんは」
だけど、やっぱり変わってほしい。もっと、普通にお姉ちゃんと接していられる人になってほしい。
柳華たちの出会いは最悪だったけど、相羽さんが抱え込んできたものを知ったからにはやっぱり、本当に好きな人と一緒になってほしいとは思う。その為だったら、柳華は精一杯応援するから。
「駄目ですよ。僕が我侭なんかになったら、きっと皆離れていっちゃいますから」
あんたの我侭っていうのはどういう次元の話だよ。
「例えばさ、どんなこと言うの?」
「どんなって…帰り道にここに寄りたいとか」
ちょっと待った。
それ、本当に我侭?
皆それぐらい普通に言ってるし、それぐらいだったら「いいよ」って言って普通に許すどころか一緒に行くけど。
「そんなんで離れるなんて、友達でもなんでもないよ?
幾らなんでも臆病すぎだって。気にしすぎ。自分で思ってるほど周りは薄情じゃないよ?今だって、柳華は相羽さんの相談をこうして聞いてる。
それって、さっき自分で言ってた我侭よりも我侭言ってるよ。けど、柳華はそれを嫌だなんて思ってないから。だから、もっと我侭になっていいと思う」
そうだ。この人は卑屈すぎる。
本当に…自分を押し殺して、無理矢理自分で作った枠の中に収めてきたんだなぁ。その枠からはみ出る部分は切り捨てて…
「そうだね…じゃあさ、今日はこれから柳華の我侭に付き合ってよ。確実な一歩前進って奴をさ、したいんだ」
――相羽 悠――
僕は、柳華さんに連れられて学校を後にした。
どこに行くつもりなのかは分からない。けど、普段はいつも笑ってる人なのに、無口になって真剣な表情で歩いてる姿を見ると、何か大事なことをしようとしてるんじゃないかと思う。それが何なのかは僕には分からないけど。
そして、辿り着いたのは。
「僕らの…出会った場所」
こんな言い方をしたのは、僕と柳華さんの約束だった。
マイナスのイメージしかないこの場所を少しでもプラスに聞こえるようにって、柳華さんが決めたことだった。
「うん…今まで、態とここを避けてたから。けど、それじゃ前に進めない。
それは…相羽さんも一緒じゃないかなって」
そう。僕もここを避けてきた。敢えてここに来ないようにしてた。
いつも使ってた道なのに、使わなくなっていた。
それは、ここに残された記憶が僕の暗黒面でもあったから。ここに残された感情はただの闇でしかないから。
あの日、『謝罪』と『赦し』から逃げ出してしまった場所。それがたくさんの人を不幸にしてしまった。
僕は『赦し』から逃げ出して、もっとたくさんの『罪』を背負ってしまった。目の前にいる柳華さんにも『罪』を背負わせてしまった。実際には何の『罪』もないのに。
「僕は…全部背負わなきゃ、いけない」
罪を、痛みを、怒りを、悲しみを、憎しみを、嘆きを、後悔を。僕は、全て知ってる。けど、ここに置き去りにしたままなんだ。
そうだ…こんなものを背負った僕なんかが誰かを好きになっていいわけないんだ。誰かと一緒にいていいわけないんだ。
「柳華さん。僕、今日で最後にします。色々と、相談するの…」
だから、決別しなきゃいけないんだ。全てに。
「僕は全部背負わなきゃいけないんです。罪、痛み、怒り、悲しみ、嘆き、憎しみ、後悔…何もかも。僕は背負わなきゃいけない。
僕は咎人だから。こんな人間が友達なんて作っていいはずがない。ましてや、誰かを好きになるなんて…赦されるわけがない」
そうだ。何故忘れた。何故赦された気になっていた。誰が僕を赦した。誰が、僕に楽になれって言った。
僕は咎人の烙印を押されたまま、一生生きていかなきゃいけない。それが、人を苦しめてしまった僕にできる唯一の贖罪なんだ。罪は贖わなければならない。痛みは受けなきゃいけない。怒りも憎しみもぶつけられなければならない。
全て、僕は背負わなきゃいけない。
「ま、待って。何の話をしてるの?柳華、そんなこと言ってほしくてここに連れてきたんじゃないよ。柳華は…あの日、ここで置き去りにしちゃった想いがあることをわかってもらいたくて」
「うん。わかってる」
そう、僕はそれを分かってる。分かってるから背負うことに決めたんだ。
「だからです。だからこそ、僕は全部背負わなきゃいけない。いつまでも微温湯の中にいるわけにはいかないんです。罪は、償わなければならない」
「違う!!そんな罪も何もない!!相羽さんは…それを乗り越えて、お姉ちゃんを好きになった…そうでしょう?」
違う。僕は忘れてただけだ。それで友達を作って、人を好きになってしまった。
それは赦されない。
「それも終わりです。僕は全部忘れます。捨てます。それが、僕の…」
邪魔になるから。微温湯の日々を思い起こして、踏み止まってしまいそうだから。それは駄目。赦されない。
「じゃ、さよなら」
僕は、柳華さんを置いて走り出した。
もう、あなたには会いませんから。迷惑だってかけません。
――上條 大吾――
「2回目、か」
そう、2回目だ。
こうして、泣いてる柳華ちゃんを見つけるのは。
あの時は悠の入院してた病院で。今回は、守屋さんとこのパン屋の裏の路地で。
ていうか、ここは洒落にならん。
「大丈夫か?落ち着いたんなら帰ったほうがいいと思うけど」
「……ない」
小さく聞こえた声。これで何となくどころか本気で理解した。
帰りたくない。確かに、そう言っていた。
どうしてそんなことを言ったかどうかは別にして、ここに放置していくわけにも行かないし、あんまり遅くなっても俺がここにいるのもまずい。
「…仕方ない。絶対に手を出さないことだけは保障する」
「…?」
俺はそう宣言して柳華ちゃんの手を引いて歩き始めた。こんなところまであの日と同じだな。
行き先は…自宅じゃない。親がいるから行くわけにはいかない。だとしたら、不本意ながら行き先は1つしかない。
ファミレスで一夜を明かすのも気が引けるし、こんな泣き腫らした瞼の女の子と入る勇気もない。
となれば、ホテルになってしまうのが実情。まぁ、そっち方面のホテルじゃなくて、ビジネスホテルにはしとくけども。
「何がどうなってるかは、向こうで訊く。ただし、守屋さん…千華さんの方には連絡するから」
こく、と頷く柳華ちゃん。あの時とは違って、思考能力とかはきちんとしてるみたいだ。
そうして、駅前のビジネスホテルの一番安い部屋を取って中に入る。泊まるつもりはないけど、でも、泊まるんだろうな。
こんなところで、泣いてる女の子置き去りにはできないしな。
「それで、やっぱり悠なのか?」
「ち、ちが…」
うろたえながら答えてくれた。残念だけど、それが答えなんだよ。それだけで、悠が何かやったってわかるんだよ。
「正直に、何があったかを話してほしい。そうしないと、こうしてホテルまで取った意味がない」
結構、きつい言い方だけどこうでもしないとこの子は何も言ってくれない。今のままだと、自分を徹底的に痛めつけて壊してしまいそうだから。
そういった意味では悠に似てる。あいつも、自分の所為じゃなくてもそう思ってしまえば自分を徹底的に痛めつける。
「…今日、いつもみたいに話をしてて。前よりも明るくなったから、今ならいいかって、思って」
そして、事故現場へと行った。
けど、それは認識が甘かった。結果として、悠の中の触れてはいけない部分を明るみに出してしまった。
そういうことだった。
「罪を、背負わなきゃいけないって…そんな人間が友達を作るとか、誰かを好きになるなんて間違ってるって言って。
柳華が悪いんだ。柳華があの時あそこに行きたいって言ったりしなければ…」
それは、違う。
「違う。あの事故は柳華ちゃんもあいつも、いつか乗り越えなきゃいけない壁だったんだ。
だけど、あいつは目の前に聳える壁のあまりの巨大さに何も見えなくなってしまったんだ。だから、誰かがあいつを救わなきゃいけない。今のままじゃあいつは…消えてしまう。どこかへ消えてしまうんだ。だから…」
だから、思う。
もう俺じゃ無理だ。そして、柳華ちゃんでも無理だ。
だったら、もう1人しかいない。あいつが懸命に拒絶しようとしてる人しかいない。
けど、忘れられるものじゃない。誰かを想うって事は、忘れられるものじゃない。
「…後で、俺のほうから千華さんに話してみる。それで、あの人の答えを聞く」
答え。それは、今日俺が求めたもの。本当は急ぐつもりはなかった。
けど、これで決まった。
事は急を要する。
もう、俺にしてやれることはこれぐらいだ。頼む…
――守屋 千華――
上條から、電話があった。
柳華は今日は帰ってこない。
で、相羽くんが全部拒絶してしまったらしい。そして、その場に柳華が居合わせてしまったのだ。
「…柳華、辛かっただろうな」
どれぐらい辛かったかなんて想像するしかできない。だけど、あの子の性格を思えば、耐えられなかっただろう。
そして1つ。
私は上條に要求された。
「答え…」
上條から頼まれたことへの答えを示さなければならない。
「私の、答え」
よく纏まっていなかった想いが形を成してくる。
私は、相羽くんを放ってはおけない。
じゃあ、それは何故?
多分、ずっと気になってたから。
どういう風に?
それは…
「私は……相羽くんが、好き、なんだ」
そうだ。私があれだけ相羽くんを気にかけてたのは好きだったからなんだ。
今にして想えば、病院に行く時だって柳華の為とか、知ってる人に傷付いたままでいてほしくないとか、そんなことだけで説明できるわけがない。
「…終わりたくない」
この想いを伝えていないのに…終わりたくなんかない。終わらせたくなんかない。
消えようとするなら繋ぎ止める。それでも駄目なら、私が追う。
これが、私の答え。
上條に伝えよう。絶対に、相羽くんを逃がさないって。
Next contract
想いは伝わる。
相羽くんはそれを知らない。
どれだけ隠そうとしても、それは隠し切れない。
私は…それを引っ張り出す。
そうして辿り着ける場所は、希望か絶望か…
願うなら、希望へと辿り着きたい。