re−jection
3.consultation
あれから、2週間。相羽君の退院が決まって、今日がその日。
もともと、たいした怪我じゃなかったのに本人が何も食べないものだから入院が少し長引いてしまった。でも、今ではそれなりに食べてるし、話だってしてくれるようになった。
けど、柳華は病院に近付きもしなかった。いや、出来なかったんだろう。それは仕方ないはず。私でも無理だろうとは思う。
だけど、今日はそうはいかない。今日は、責めて今日だけは2人は会わなきゃいけないんだ。
「…柳華。今日は行くよ」
だから、空元気を振りまく妹を連れ出さないと。友達の家に行ってばかりで、家に居つくことをしなくなったこの妹を。
「やだ。今日も遊びに行くの」
駄目。今日だけは許さない。
いつまでも被害者でいさせない。皆被害者で、加害者なんだから。
「…柳華。あなたが謝る必要はないけど。でも、このままじゃ1人の人を罪悪感で潰しちゃうよ?
それでもこれから笑っていける?無理でしょ?柳華はそんな傍若無人じゃない」
だから、引っ張ってでも連れてくよ。今日だけは。
このまま逃げ続けるのだけは許さない。絶対に。
「それでも、行かないって言う?」
「……」
柳華は沈黙するだけだった。
けど、私に向かって右手を伸ばした。随分と、遠まわしの承諾。
まったく。皆、中々素直になれないね。
「はいはい」
それ以上、何も言うことはない。
ここから、やっと始まるんだ。少なくとも、相羽くんと柳華の関係は。
で、病院に行ってみると、カチンコチンに固まった相羽くんが待っていた。
どうやら、誰かが自分を迎えに来るということに慣れていないみたい。まぁ、迎えに来たのが私と柳華だけっていうのもあるんだろう。
因みに、上條は『俺は帰ってきたときにいつもの場所でいつものように迎えてやるんだ。それが俺の役目だ』って言って、来なかった。まぁ、わからないでもない。
言うなれば、上條は相羽くんにとっては日常の象徴なんだ。上條自身もそれでいたいんだろう。だから、学校で迎えることを選んだんだ。
それはともかく、今の構図はどうしたものかな。
私の後ろに隠れる柳華と、だらだらと汗を流す相羽くん。どうしよう、これ。
「…取り敢えず、柳華は私の前に出なさい。それから、相羽くんは荷物を置いて深呼吸」
「「…はい」」
2人同時に返事をして言われたとおりに動く。
何か、付き合い始めの恋人同士みたい。でも、これだけは絶対に言える。
この2人はそんな関係には発展しない。お互いに負い目があるからこそ、そんな関係には絶対に発展し得ない。
「…っ!」
何か思いつめたように顔を上げた相羽くん。
「すみませんでした!!」
直後、相羽くんは大袈裟に頭を下げた。それだけ、相羽くんの中には柳華への負い目があるんだろう。
それっきり、頭を上げない相羽くん。相羽くんは、あれから本当に悩んだんだろう。
謝罪が無意味に感じていたのに、こうして頭を下げてる。
それは、謝るという行為に意味を見出せたということなのかな。そうだとしたら、いいことだと思う。だって、謝罪は意味のある行為だから。
「ほら。柳華…何か言ってあげなさい」
何時までたっても何も言おうとしない柳華の背中を押してみる。ここで動かないと、後悔しちゃうからね。
それは柳華だけじゃない。私も、きっと後悔すると思うから。
「…あの。逃げるのは、よくないと……思うから。次は…ちゃんと、目を見て謝れば……ほ、殆どの人は許してくれるから。だから……その…」
うまく言いたいことが纏まってないみたい。だけど、本当に伝えたいことは伝わると思う。
こんなに必死な2人だから。だから、きっと伝わる。
「じゃあ…あなたは、許してくれますか?」
「…うん。許します」
そう。人を思いやる気持ちは、許しあえる気持ちでもある。
だから、2人はお互いを許しあえたんだ。
「あの。守屋…柳華っていいます。あなたは?」
「僕は…相羽。相羽悠」
そして、新しい関係が生まれる。
退院の翌日。相羽くんはいつもより(上條談)清々しい表情で登校してきた。色々と吹っ切れたみたい。
「大吾。心配かけて、ごめん」
やっぱり謝る相羽くん。でも、それは確実な進歩の証。だから、喜ぶこと。
でもさ。
「ゆ、悠…」
泣きながら教室をダッシュで出て行くほどに感極まってしまった上條はどうなんだろう?
結構、置き去りは酷いと思うんだけど。
「…大吾は、許してくれないのか」
違います。
それを伝える為に、私は相羽くんに声をかけた。
「違うよ。嬉しくて、泣いちゃったんだよ。上條は」
「そう、なんだ。やっぱり、心配させてたんだね」
どこか嬉しそうに相羽くん。上條との絆が切れてなかったことを喜んでるのかな?それとも、何か違うことでもあるのかな?
とにかく、相羽くんは明るくなった。笑うようになったし、話しかけたら答えてくれる。
そんな姿を見ていると嬉しくなった。
私の言葉がきっかけになってくれたんなら、誇りに思ってもいいのかな、なんて。
だけど、それから数日が過ぎると、今度は相羽くんが私を避けるようになった。よく、こっちを見てるんだけど、振り向くと慌てて視線を逸らして立ち去ってしまう。何か、気に障ることしたかな?入院中なんかは思い当たる節が多すぎて困るんだけど。
――相羽 悠――
どうしよう。
あれから、僕の中の感情が抑えられなくなってきた。何故か、気付けば守屋さんのほうばかり見てる。
あの人の一つ一つの仕種が気になってしょうがない。
「どうかしてしまったのか、僕は」
他の人にはこんなことにはならないのに。どうして守屋さんだけが。
誰かに、話を聞いてもらおうかな。でも、誰がいいんだろう。大吾は、聞いてくれそうだけど…今日は用事あるからもう帰ってるし。
守屋さんには言えそうにないし…
守屋さん…?
そうだ。もう1人いるじゃないか。守屋さんが。そう、守屋柳華さんが。
そんなわけで、一年生の教室に勇気を出して行ってみた。
丁度、帰り支度を終えた柳華さんがそこにいた。
「あれ、相羽さん。珍しいですね。もしかして、柳華に用事とか?」
その通りなんです。
僕は頷いた。
「あ、そうなんですか。じゃ、どこか行きません?何だか思い詰めたような顔してますし」
もう一度頷いて、歩き出した柳華さんについていった。
「でも、普通相談事って、上條先輩にしたりするんじゃないですか?柳華ってあんまりそういったこと受けたことがなくて」
「大吾は…今日は用事あるって言ってたから」
別に言っちゃいけないことでもないから、言ってみる。
柳華さんは特に反応を示すでもなく歩き続けた。
「ここでいっかな?」
「はい」
着いた場所は中庭。先にベンチに座った柳華さんが「どうぞ」と隣に座るように勧めてくる。
断る理由もない。僕は座った。
「それで、何のお話ですか?」
「はい…」
僕は素直に守屋さんのことを目で追ってしまっていること。何かを考えたとき、何故か守屋さんのことが真っ先に浮かんでくること。守屋さんを前にすると何故かパニックになってしまうこととか、最近の守屋さんに関する悩みだけを話した。
話し終わって柳華さんを見ると、何故か呆れかえった顔をされた。
何か、拙いことでも言ったんだろうか?妹である柳華さんとしては聞きたくない話だったかもしれない。
「あの、ごめんなさい。何だか、変な話を聞かせてしまったみたいで」
素直に謝ろう。
「あ…いや。そういうわけじゃなくて……今の話聞いてると、相羽さん、お姉ちゃんに恋してるみたいに聞こえるんですけど」
鯉?
「あらいですか?」
「魚じゃなくて」
怒られた。違ったのか。
じゃ、故意?濃い?
「多分、考えてること全部違います。わざとでもなければ濃厚でもありません。
恋焦がれる恋です。恋愛です」
え?
冗談じゃなくて?本当に?僕が、恋をした?
「そうですかー。相羽さん、お姉ちゃんが好きなんですね。
でも、良かったですね。自分の想いを自覚できて。柳華、応援しちゃいます」
いや、それよりも。この僕が、人を…異性を好きになった?
「…そんな馬鹿な」
だって、守屋さんは友達なのに。異性として好きだなんて…
駄目に決まってるじゃないか。友達と恋人っていうのは全然違うのに。何で僕は友達を好きになってしまったんだ。
「そんな馬鹿なって…人を好きになるっていう気持ちをそんなので否定したら駄目ですよ。
もしかして、自分は絶対に誰かを好きになったりしないなんて思ってました?」
訊かれて、僕は頷いた。
たしかに、友達がいれば僕は満足だったんだ。だから、こんな日が来るなんて思ってもみなかった。
「友達だって、思ってたんだ。なのに好きになるなんて……
友達とそういうのって、全く違うのに……」
「馬鹿、ですか」
呆れた声。
「友達だからって、好きになっちゃいけないなんて決まりがどこにあるんですか。友達だった人だって好きになったりもします。
そりゃ、たまにうまくいかなくなって友達としての関係すらなくしちゃうような事だってありますけど、だからといって、好きになっちゃいけないなんてことありません」
そんなこと、考えたこともなかった。
だけど、僕は自分の想いを自覚してもそれを伝えようとは思えなかった。
「そう、か。ありがとう、聞いてくれて」
「いえいえ。他ならぬ相羽さんとお姉ちゃんの為ですから。それで、いつ告白するんですか?」
だけど、柳華さんはこんな爆弾発言をしてきて。
「え?しませんよ」
当然のように答えたら、絶叫が上がった。
――守屋 柳華――
信じられない。
まさかあそこまで惚れといて、手を出さない?いや、無理でしょう?
片思いを楽しむなんて次元じゃない。あれは完璧に惚れこんでた。あそこまで惚れ込んで自分で気付かないあたりすごいとは思ったけど。
でも、これ…お姉ちゃんに言ってみるべきなのかな?相羽さんは言わないでほしいみたいだけど。
「…相羽さんがねぇ」
「相羽くんがどうしたの?」
「うひゃぁっ!?」
突然背後から変えられた声に、柳華は驚いて変な声を出してしまった。どんな声だよ、これ。
「柳華…なんて声出してるのよ。それに、いつまでも洗面所でぼーっとしてるから心配してたのに…」
お姉ちゃんだった。でも、本当に驚いた。
「別に…」
言いかけて、思った。
伝えなくても、探りを入れるぐらいいいんじゃないかな?これも偏にお姉ちゃんと相羽さんの為。
あぁ、柳華ってば愛のキューピッド。
「ねぇ、お姉ちゃん。今って気になる人とかっていないの?」
「何よ、突然に」
お姉ちゃんは苦笑いしながら答えた。
でも、普段本当にいないときは「いないわよ」って即答するのに、この答え方てことは…
「そっか〜いるんだ、お姉ちゃん」
今、お姉ちゃんの周りにいる男の人って上條先輩と、相羽さんだけ。普通なら上條先輩なんだろうけど、生憎とウチのお姉ちゃんはそこまで普通の人じゃない。
人を変えるために奔走する、誰かの為に頑張る人。で、上條先輩もそんな人。
で、そうなると、相羽さんっていうのは頑張り甲斐がありそうな人なんだよね。
「もしかして、相羽さん?」
「え?相羽くんは無理じゃないかな?何か、最近避けられてるから」
それ、恋煩いだったから。
って、言えたらいいのにね。
「でも、そうね。周りにいる2人…上條と相羽くんだったら、多分相羽くんだろうな。
なんか、ほっとけなくて」
そうだろうね。そう言うと思ってたよ。
相羽さん。ちょっといいところ見せてあげると恋が実るかもですよ?
明日、本人に伝えてみようかな?
多分、凄いパニック起こしちゃうんじゃないかな?面白そうだけど、可哀相だからやめとこうか。
――上條 大吾――
最近の悠は本当に明るくなった。
それは多分、守屋さんの力だろう。俺だけの力じゃ無理だった。
俺じゃあいつの命を繋ぐことしかできなかった。
だけど、それは嬉しい限りだ。あいつが人を好きになった。本人は気付いてなかっただろうけど、そんなの見てれば分かる。気付かないのは当事者だけだ。
でも、ばれるよなぁ…
「ま、あいつも自分の異変には気付いてたみたいだけどな」
呟いて、守屋さんの前から逃げ出した後の戸惑った顔が目に浮かぶ。
自分の気持ちってのにホントに無頓着な奴だったからな。
そろそろ、自分を許してやってもいいんじゃないか。悠。俺は、お前が自分を傷つけるのを見るたびに苦しくなるんだ。
何でこんな優しい奴がこんな思いをしなきゃいけないんだって。
けど、守屋さんに出会って、あいつは変わり始めた。
何より、少しだけ笑うようになった。それだけ、あいつが充実し始めてるって事だと思う。
あいつは、自分の想いを自覚しても伝える気はないだろうけど。それでも、と思ってしまう。
1人で誰かを想って苦しんで泣くよりも、想いを伝えて幸せになってほしい。
だから、俺はあいつの力になってやりたい。
Next. eddy
最近、私と相羽くんのことを柳華が面白そうに見てる。
こっちとしては避けられてるから面白くないんだけど。
だけど、ある時何故か上條に呼び出されて…
私には…何が起きてるのかが分からない。
いろんな考えが浮かんでは消えていく。
それはまるで渦のように。
想いを継ぐのは、私の役目なのかな。