re―jection

2.relief














転校初日の夜遅く、妹の柳華が真っ青な顔で、泣き腫らした瞼と、ボロボロの顔で帰ってきた。

「柳華…?」

その場に居た誰もが何も言えなかった。

言わなくちゃいけないことはたくさんあったはず。こんな時間までどこ行ってたの、とか。色々。

「…ごめん、なさい」

だけど。だけど、柳華の「ごめんなさい」を聞いてしまったら何も言えなくなった。いつもは、すごく元気で、家族みんなを明るくさせてくれる柳華。その柳華が、ここまで沈んでしまっている。

何か訊くべきなのに、何も言い出せなかった。

私に出来ることはないのかな。大切な人の為に、何か出来ること。

それでも、今はそっとしておくことしか出来そうにない。

「もう、今日は休んだら?それで落ち着こう。ね?」

「…うん」

私の言葉に柳華は小さく頷いた。
















――上條 大吾――


それは、夜になってからだった。

俺のところに、悠が事故に遭ったと連絡が来た。

信じられなかった。だって、守屋さんトコで普通に分かれて、明日またって思ってた。思ってたんだ。

だから、病院に駆け込んだ。

冗談だと言って欲しかった。

だけど、聞いてきた病室の前で泣きじゃくる女の子を見て、現実だと認識させられた。ずっと、ごめんなさいって繰り返してる。

そんな女の子に、俺は何も言えず病室に入った。

そこにいたのは、包帯で体の数箇所が固定してあるものの、大きな怪我は無さそうな悠だった。なのに、なのに、だ。

「何でそんな顔してるんだよ…!悠ッ!!」

何も見ていない、何もかもがどうでもいい。そんな顔をしてる。初めて会った、そのときの顔だった。

悠のこんな顔なんて、1秒でも見ていたくなかった。

「もう、いい」

小さく、暗く呟いた言葉は、確かな存在感を持っていた。感じるのは、明確な拒絶。

「駄目、なんだよ。僕は駄目なんだよ。だから、もういいんだ」

何が駄目なのかわからない。それでも、今何を言っても聞いてもらえないことを理解した。

「また来る。それまで頭を冷やせ」

俺は病室を出た。この現実が俺ではどうしようもないってことを認識した。

「…あの」

泣いていた女の子が声をかけてきた。

「私の…私の所為なんです。私がぶつかったりなんてするから」

この子は、誰かに責めてほしいんだろうか?「お前の所為だ」って言われて、罪を背負って「自分が悪い」って納得して。確かに苦しいかもしれないけど、それが「自分の罪」だと認識してしまえば、楽になれる。落ち着いてしまう。

だけど、だけど、だ。俺はもう、そんな逃げは誰にだって許したくなかった。

「ちょっと、外に出ようか」

俺は女の子の背を押して歩き始めた。

落ち着いて、服を見てみるとウチの学校の制服だった。

暫く歩いて、外のベンチに座らせた。

「俺はさ、あいつの友達やってるんだけど。君は、あいつが事故に遭ったのは君の所為だって言うんだよな?」

女の子はゆっくり頷いた。

「自分が悪いって思って、罪を意識すれば楽だとは思う。少なくとも、その瞬間は、少しだけ気が晴れる気がするんだ。けど、それで本当は何の罪もない君に十字架を背負わせたくない。

 誰の所為でもない。皆に運が無かっただけなんだ。

 涙を拭いて、帰ろう?多分、あいつがあんなじゃ、お互いまた来ることになるだろうし、君にとってもいいことは何も無い。家族も心配してるだろうしね」

今日はもう帰そう。これ以上はこの子と悠の両方が傷つくだけだ。

女の子が頷いたのを確認すると、俺はその背を押しながらゆっくりと歩き出す。

何となく、この子が誰なのかを理解し始めていたから。名札とか、顔立ちで。

「……のに」

女の子の声が聞こえた。

「ともだちができて…いい日だって、思ってたのに」

もう泣いていない筈なのに、泣いているように見えた。

それを見ていて、今日守屋さんと話していたときのことを思い出していた。

『妹がいてね、すごく元気なんだ』

『柳華っていうの』

「柳華はメール見てただけなのに」

『自分のこと、名前で呼ぶ癖が抜けなくて…』

この瞬間、俺の想像が的中し、ついに守屋さんまで当事者にしてしまった。

…悠。もういいだとか、駄目だなんて言ってる場合じゃないぞ。
















――守屋 柳華――


あの人は道を教えたわけでもないのに私を家まで無事に送り届けた。

その時は、どうして道を知ってるのとか、そんなことを気にしてる余裕も無かった。

家に着いても、家族とまともに会話なんてできなかった。

だから、お姉ちゃんに言われたとおり、休むことにした。

何も考えたくない。

だから眠る。

明日になれば、また「柳華」に戻れる。きっと。

だから、早く寝よう……
















――守屋 千華――


柳華はいつもの時間になっても起きてこなかった。

何があったのかは教えてくれなかったけど、昨日の様子はただ事じゃなかった。だから、今日はそっとしておこう。

話は、落ち着いてから聞けばいい。

そんなことを考えながら私は家を出た。取り敢えず、私は学校行かなきゃ。

「おはよう」

そしたら、何故か上條がいた。

「おは…よう」

何がなんだか分からないけど、挨拶は返した。

「少し、時間もらっていいか」

確認のようだけど、その口調には有無を言わせない何かがあった。

状況が状況なだけに、柳華のことと合わせて考えてしまう。

「うん…歩きながらに、しない?」

「そうだな」

そう言って、上條が歩き出して、私も追う。

「悠が、事故に遭った」

たった一言。

だけど、重たい。

私に話すってことは昨日の帰り道ってことになるのかな。

「昨日の帰り道、守屋さんの妹にぶつかって、そのまま道路に向かって走って飛び出したって」

「柳華?」

何が何だか分からなくなってきた。

ぶつかっただけで道路に走ってくなんて信じられない。

「駄目なんだよ。あいつは自分が他人に迷惑をかけたと思った瞬間、自分じゃ止まれなくなるんだ」

迷惑をかけたと思った瞬間?それって、普通はごめんなさいって謝って解決することじゃ…

「あいつは、謝れないんだ」

上條は私の言いたいことを理解してるみたいだった。的確に、私の知りたいと思ったことに答えをくれる。

「昔、あいつの周りで財布が盗まれたことがあったらしいんだ。で、あいつは1人の女の子が財布を盗んだ瞬間を偶然見てたらしいんだ。

 何度か、自分から名乗り出るようにって説得したらしいんだ。でも、その子は財布の持ち主のことが大嫌いで、困ってる姿を見て楽しんでたんだ。で、真実を知ってるのはその盗んだ子と、悠だけ。周囲からいい目で見られてたのは女の子のほうで。

 それをその子は利用した。ある日、自分がやった状況で逆の説明をした。盗んだのが悠で、自分はそれを見てた。説得したけど応じてくれないからここで言いますって。それで悠は犯人になってしまった。

 あいつ、最初こそ否定してたらしいんだけどな。いつしか、謝り始めたらしい。けど、あいつは許してもらえなかったんだ。何度謝っても、それは変わらなかったんだ。

 だから、あいつの中では『謝っても許してもらえない』って価値観が今でも根を張っていて、謝るのが無意味な行為で、怖いことにしか思えないんだ。

 あいつは、謝れない」

謝るのが怖いから、最初から謝る必要をなくしたんだ。

だからこそ、柳華のぶつかった瞬間、止まれなくなってしまったんだ。

「それで、だ」

視界から、上條が消えた。並んで歩いてたところを、あいつが立ち止まったから視界から消えたんだ。

振り返れば向き合って話ができる。なのに、私は振り返れなかった。今、上條の顔を見てしまったら、私は何も言えなくなってしまう。そんな気がした。

「守屋さん。あいつのこと、助けてやって欲しいんだ。俺の言葉じゃ、あいつは動かせない。柳華ちゃんじゃ傷付けあうしかできない。

 あいつを助けられるのは、あいつを知ってて、知らない。守屋さんだけなんだ」

勝手だ。

そう思った。思ったけど、

「私は何をすればいいの?」

気付けばもう動いていた。

自分の中では、相羽君はもう他人じゃなかった。

そうだ。昨日からあんなに気になってた。他の人とは一線を画した存在。

お調子者で通ってる上條がこんなに真剣になる人。

確かに、好奇心はある。あるけど、

「柳華の為だし、私が知ってる人に辛い思いなんてさせたくないしね」

何より、私は失いたくなんて無かった。

これから大切になっていくかもしれない人のことを。

だから、私は、決めた。
















――相羽 悠――


世界から彩(イロ)が消えた。

もう、何の意味もない。

どうして生きてるんだろう。

あの瞬間、僕は死ぬつもりだった。死んでしまいたかった。

きっと、大吾だって愛想を尽かしたはず。だったら、本当に意味なんてない。

なのに、どうして僕の体にはこんなチューブと針が繋がってるんだろう。

そうだ…こんなもの外してしまおう。

そのままにしておけば、死ねる。

「それを外して、どうするの?」

声が聞こえた。聞いた、ことがある。

「驚いた。妹とぶつかって、その後車道に飛び出して行ったって聞いたから」

そう、守屋さん。

でも、どうして?妹?

…そうか、僕はこの人にも迷惑をかけてしまったんだ。

「外しちゃ駄目!!」

僕の行動を読んだのか、守屋さんが僕の腕を掴んだ。

「…相羽君、自分勝手。上條もかなり無茶苦茶だけど」

大吾を貶す言葉に、僕は少し腹が立った。同時に、僕の中に「消えてしまい」以外の感情が残っていることに驚いた。

「その目、上條のことを悪く言うなって言いたいの?」

この人は、人の心情を読むのが上手いんだろう。そう思うけど、守屋さんはかまわずに話を続けた。

「だから自分勝手なの。

 自分が人に迷惑をかけたからって、謝りもせずに車道に飛び出して…ぶつかったドライバーなんて背負う必要も無かった罪を背負って生きていかなきゃいけないのよ。それなのに、背負わせてしまった本人はまだ死のうとしてるし。

 迷惑をかけ続けることが嫌でしてることで、皆に迷惑をかけてる。

 上條も、妹も、私だって…ぶつかっただけで死ねばいいなんて思ってない。今この時だって、生きて欲しいって思ってる」

言いたいことを言い切ったのか、そこで止まった。

それでも、

「もう、大吾の足枷になりたくない…」

僕の想いは変わらない。

そして、目の前のこの人に対してもそう。

「守屋さんの、足枷にもなりたくないんだ…」

“僕のことを知らない人”だから、少しだけ興味があった。

だけど、僕は皆の邪魔者でしかないから。

「っ!!」

僕がうつむくと同時に、守屋さんが僕の頭を掴んで無理矢理顔を上げさせた。

「……が」

よく、聞こえなかった。

「誰が!!誰が相羽君のこと足枷だなんて言ったのよ!!いつ!?

 上條は…ただ本当に心配してくれてるのに。それをそんな勝手な気持ちだけで拒絶なんてしたら!!あいつは本当に傷つくよ!!私だって、妹のことがあるからってだけの理由で来てるわけじゃない。

 これからいろんな話だってしていきたいから。それに、友達が上條だけっていうのも寂しいと思うよ」

守屋さんは怒ってた。

だけど、最後は笑顔だった。

「その点滴、何も食べないからついてるんだよね?」

と、笑顔で守屋さん。それに対し、僕は頷く。

「今でも外したい?」

「……」

考え込む。けど、答えは浮かばない。

「わからない。けど」

もう一度、大吾に会いたい。謝りたい。そして、何より。

「けど?」

「…何でもない」

この名前も無い感情、どうしようか?
















Next. consultation






数日後、退院することになった相羽君と柳華を引き合わせることに。

相羽君は、たどたどしいものではあったけど、きちんと謝った。

けれど、その後から相羽君が私から逃げるような素振りを見せ始めた。

普段は近くに居ようとするのが分かるんだけど、こっちが何か意識を向けると逃げ出してしまってる。

何が起きてるのか分からないけど、何かあるんならきちんと話をしたい。

私の所為なら、何かできることはあるはずだから。