re−jection


1.first inpression














転校って、何回やっても慣れない。

私は1人でいることに耐えられないから。だから、本当に仲のいい友達が欲しくなる。

幾度となく繰り返してきた別れ。時には恋人だっていた。片思いのときもあった。どんな時も笑顔で「さよなら」してきた。

だけど、それもやっと終わり。

転勤族のお父さんが脱サラしてパン屋を始めた。店が軌道に乗るまでは家計は苦しいだろうけど、漸く、お別れから解放されるわけだ。

お父さんには是非とも店を軌道に乗せてもらいたいものだ。

それはさておき。

こうして、私は高2の春に最後になるであろう転校を経験したのだった。

「守屋千華です。よろしくお願いします」


















転校生っていうのは何かと注目されやすい。取って付けたかのように一番後ろに席が置かれる。一番前になったこともあったっけ。

まぁ、そんなトコにいたら嫌でも注目を浴びるわけ。

で、実際に何人か周りにいるわけで。

「はいはい、ごめんよ。ちょいと、通させてくれよ」

1人の男子が私の周りの人たちを押し退けてきた。

「ちょっと上條。割り込みしないでよ」

で、女子の1人が、その上條とやらを注意してる。別に、私はどっちでもいいんだけど。

「馬鹿言いなさんな。俺が用あんのはコッチだよ」

上條は口の端を吊り上げて笑った。その表情は悪ガキそのもので、純粋に「面白そうな人がいる」、そう思えた。

「……大吾?宿題?」

上條は私の隣の席の男子に声をかけていた。

そっか、上條大吾、ね。覚えとこ。面白そうだし。

「おう。どーしても、1コだけわかんなくてな」

「そう。じゃ…これ」

相手の男子が机の上にあったノートを差し出した。

「ん?悠、1限って、こいつじゃねえよな?」

「来ると、思ってた」

男子――悠は小さく呟いた。

「俺ってそんな分かり易いか?」

訊ねる上條に、悠は小さく首を横に振った。多分、いつ来てもいいように出してただけなんだろう。来なかったら、すぐにしまうつもりで。

「ま、ありがとさん。守屋さんも、邪魔して悪かったな」

そう言うと、上條は自分の席に戻っていった。宿題を終わらせるつもりなんだろう。

上條は面白そうな人だ。同時に、悠は不思議な人だ。

口数の少ない、大人しそうな人。けど、それだけじゃない。何かが違う。

「……?」

私が見てることに気付いたのか、こっちを見て何かを言おうとした悠…さん。

いくら声に出さないからって、いきなり下の名前で呼び捨ては無いと思う。

「あ、ゴメン。何でもないよ」

私は笑顔を作ってそう言った。

悠さんも何か言いたそうだったけど、首を傾げつつ視線を自分の机の上のノートに戻した。授業の予習、なのかな?

そんな風に悠さんの事を気にしながら、私は周りの人の言葉を聞き流した。

他人の自慢話なんて聞きたくない。得意になって成績やらなにやらを話し出す人ばっかり。何か、おかしくない?


















一日目の授業が終わった。

始業式が終わって数日経っての転入だったけど、これならなんとか授業にはついていけそうだった。

「よっしゃ、悠!帰ろうぜ」

HRが終わった途端、上條が隣の悠さんのところにやってきた。

「…わかった」

悠さんは教科書を鞄に詰めながら答えた。

この悠さん、苗字が相羽であることが判明。今後は相羽君、と呼ぶことにする。

「守屋さん、帰んないのか?」

上條、あんた馴れ馴れしいよ。

けど、不思議と嫌悪感はない。きっと、それが上條の魅力なんだと思う。

「どうしようかな、てところ」

だから、私は素直に上條に答えてあげることにした。

「そか。じゃ、一緒に行かね?守屋さんとこのパン屋ってのも気になるし」

「いいけど。相羽君もいいの?」

授業をすごく真剣に聞いてるものだから塾にでも行ってそう。そんなイメージがある。

「…大丈夫」

相羽君の返事の後、上條が塾とかには行ってないことを説明してくれた。きっと、真面目なだけなんだと思った。

「さて、案内して欲しいトコあるなら連れて行くけど、どうするよ」

連れ立って廊下に出たところで上條。

う〜ん…確かに、まだ通学路と店舗兼自宅のある駅前の商店街くらいしか分からないんだよね。まぁ、それだけあれば十分生活できるのも確かなんだけど。

だけど、やっぱり本屋とかは小さいから、そういうトコは大きい店を教えてもらうのもいいかもしれないね。

「本屋とか、大きい店ない?」

この言葉を口にした瞬間、上條の纏う空気が変わった。

「…大きい、だって?」

静かに明らかに怒りを内包した声。何か、拙いことを言ってしまったのかな?

「商店街で買えーッ!!」

キレた。

大手とかの量販店が嫌いなのかな?

「無ければ注文しろーッ!!人情バンザーイッ!!」

壊れた。

でも、真面目腐ったような奴よりも、こんな馬鹿の方が面白かったりする。

だけど、この調子じゃスーパーやデパートも教えてもらえそうにないなぁ。全部商店街だけで済ませてそうな人だし。

「わかった……ウチのパン屋直行ね」

結局、こうする他にはないってことなわけね。


















「ただいまー」

言いながら開くのは店の扉。

「帰ってくるときはそっちから入らない」

当然の如く、店番のお父さんが文句を言ってくる。

店番なんて言っても、1人でやってく店だから他に人はいないんだけど。

「お客さん連れてきたんだから、文句言わないでよ」

お父さんの視線が後ろの2人――上條と相羽君に向く。

「えーっと…」

私と2人の関係を図りかねてるんだろう。まぁ、そうだろうね。転校早々、男の子を2人も連れてきたんだから。

もっとも、私もどうしてこの2人を連れて行くことに納得したのか分からないんだけどね。

「クラスメイト、か?」

「うん」

「ゆっくり見ていってください」

お父さんが2人の相手を始めたので私は奥へ入る。

階段を上って自分の部屋へ。3日かけて綺麗にまとめた部屋。これなら普通に人を招けると思う。

後であの2人を招いてみるのもいいかもしれない。もちろん友人として。

考えながら、私服に着替える。あの2人がいるからそれなりにお洒落したほうがいいかもしれない。部屋着で家族以外に会う趣味は無い。

「急ご」

白のブラウスに青いネクタイ、その上から黒いベストを羽織って、ミニのライトブルーのプリーツに黒いニーソックス。

結構、男子の目が太股に来ちゃうんだよね。素肌なんて殆ど出てないのに、こんなのがいいのかな?そのあたり、よくわからない。

それより、待たせてるし。そろそろ行かなきゃ。

「あ、まだいてくれた」

店に戻ると、2人はパンを買っていた。上條はそのままお父さんと話をしていた。

商店街について熱く語る上條。どうも、商店街を敬愛しているらしい。

少し離れたところに立っていた相羽君が、一瞬、こっちを見た。

「…?」

何事かと思って視線を向けるけど、相羽君はもうこちらを見ることは無かった。

多分、私が戻ってきたことに気付いただけだと思う。

でも、相羽君は本当に喋らない。上條とは喋るのに、他の人とは話そうとしない。

「お、戻ってきた」

上條がこっちに気付いて手を振る。3m程度の距離でそんなことしないでいいと思うけど。

「折角来たんだし、よかったら上がってく?お茶くらいなら出すけど」

「うーん。まぁ…狼になるつもりは無いから、俺はいいけどさ」

上條が了承。

「大吾」

「ん?」

相羽君が上條に声をかけた。そのまま無言で視線を外に転じさせた。

「そか。わかった、気を付けてな」

コクリ、と頷いて相羽君は出て行った。

「悪いな。結構、難しい奴でさ」

どうやら、『帰る』と伝えてたみたい。

「気にしてないよ。意思表示がうまく出来ない人も、人付き合いが苦手な人だっているから」

そう。別にどうってことはない。そんな人もいる。それだけのこと。

だけど、上條にとっては少し違うみたい。

「ま、そうなんだけどさ。折角誘ってもらって、なのに勝手に帰って、ていうのはあんまり気分いいもんじゃないよな」

「それこそ気にしないでいいよ。相羽君は、何となくだけど、最初から来るようには思えなかったから」

うん、気にしてない。けど、何か別の意味で気になる。

今まで会ったことのないタイプの人だからかな?だから、気になるのかな…


















――相羽 悠――




怖くなった。どうしようもなく怖くなった。

僕は守屋さんが怖かった。

大吾は怖くない。大吾がいるから、僕は此処にいられる。

人の評価って、どうしようもないくらい分からない。だけど、僕の評価は凄く悪いんだろう。

守屋さんだって、これで評価を決めたに違いない。

僕は逃げ出してしまった。こんな人間、好き好んで関わる人なんていない。

大吾は守屋さんと話してみたいって言ってたし、僕はパン屋に行ってみたかった。今回は利害が一致したから、僕は行った。

だけど、だけど、僕は…

“トンッ!”

「わっ!」

誰かとぶつかった。

「あ、ごめんなさい」

女の子だった。同じ学校の制服。耐えられなくなった。

駄目。これ以上は駄目。これ以上は耐えられない。

「あ、ちょっと!」

僕は逃げた。

駄目だ。どうしようもないくらい駄目だ。

そのまま、周りも見ずに飛び出した。

認識できたのはけたたましい音と衝撃。これが終わり…か。


















――守屋 柳華――



今、目の前で起きたことを、私は現実として受け入れられなかった。

メールが届いて、読んでたら誰かにぶつかって、そしたら…

「君…君!」

誰かに呼ばれて、弾かれたように顔を上げた。

知らない、男の人。

「119番、救急車!呼んで!」

そうだ…人にぶつかって、相手の人は逃げるように走って、そのまま…

今になって、怖くなった。あの人は、どうなったの?

「早く!!」

そう。それより今は救急車を呼ばないと…

呼ばなきゃいけないのに…

「何してる!!」

体が動かない。

目の前でぶつかっただけの人が、突然車に撥ねられた…?

何で…?私は悪くないよ。ぶつかっただけで、何もしてないのに。

「おい!こいつ、殆ど怪我してない!!気絶してるだけだ」

どこかからか上がった声。

目を向けると、ごみステーションに減り込む人の姿。

「あ…」

そこで漸く体が動いた。

119番…!

5分としないうちに救急車は来て、“彼”を連れて行った。

大丈夫……だよね?

何も心配、いらないよね?

もっとも、これからこの件と長く付き合っていくことになるなんて、私は知らなかった。

いつも、自分のことを名前で呼ぶ私が、“私”って言ってることも。気付いてなかった。


















Next .relief


次の日、相羽君は学校に来なかった。

前の日から、妹の様子もおかしかった。

上條は、相羽君が事故に遭ったって言った。

妹が…柳華がその場にいて、原因の一端を担ってしまったことも知った。

上條の口から語られる相羽君の過去。

大切な妹の為、自分の知ってる人に苦しんで欲しくないから。

私に出来ることは…?

私は…