仮面ライダーSAGA

特別編 〜プロジェクトインフィニティー〜





















【警察署 地下】


衛次は神崎からある話を聞かされていた。

「量産計画…ですか?」

「そうだ。本来、デフィートは対暴徒、災害救助用等といった用途のために開発された装甲服だ。だから、本来の用途に用いるためにデータがほしいそうだ」

コーヒーを入れながら、神崎は衛次に説明をした。

デフィートの量産化。

それが神崎の下へと寄せられた依頼だった。だが、嘗てのデフィートのままで量産するわけにもいかない。

衛次が装着していたデフィートはコスト度外視の一回限りの代物だったからだ。そんなものは量産に適しているとは思えない。

「必要な機能として、お前は何を上げる?」

「僕でしたら…」

考え込んで、

「全体の簡略化と、装備をただの強化装甲に留めるべきでしょうね。パワーアクチュエーターとかパワーアクセラレーター、モーションダイナモとか、維持するだけでも大変ですし。でも、フェイスガードに暗視モードぐらいはつけるべきですね。それなら夜間でも活動できるはずです」

と、本来の用途に沿った注文をつけた。

「お前もそうか。だが、上はそれが気にいらんらしい」

「無茶言いますね。これ以上は暴徒相手にはやりすぎですよ」

「そうなんだがな…」

神崎は言いにくそうに口を噤んだ。まるで、口にする事そのものが禁忌であるかのように。

「主任?」

「…上は、量産型デフィートを誰でも扱えるようにして一気にビーストの殲滅にかかりたいらしい」

これが神崎が渋る理由だった。このままでは警察が過ぎた力を持つことになる。更に、その過ぎた力がビーストに通用しない可能性もある。

更には、

「上から見れば相沢君も天原君も奴等と一緒だ。人間でない存在。それでは駆逐されてしまう」

衛次と共に戦う二人のことを思った。

気さくで、自分の信念を貫き通す強さを持った祐一と、ストイックに、周囲の為に悟られずに動き続ける翔矢。

こんな人間を失うのは忍びなかった。

「兎に角、装着員であるお前からもその意見が出たと上には伝えておこう。それから、暫くは予備のエクスチェイサーを使ってくれ。今、エクスチェイサーをトライナル用に改造を進めているから」

「分かりました。じゃ、僕は行きますね」
























【住宅街】


閑静な住宅街に、突然巨大な爆発が起きた。

そこではクロスと雄牛の如き二本の角を生やした戦士が戦っていた。

「お前は何だ!!」

クロスが拳を戦士に向かって放つが、戦士はその拳を難なく腕で受け止めてしまった。

「オクス…最強を決めるために来た」

言うや否やオクスは虚空に向かって手を伸ばし、その腕に巨砲を掴んだ。

「な…!」

驚きのあまり、一瞬硬直してしまうクロス。

「我こそが…最強だ…!」

その宣言と共にオクスは巨砲の引鉄を引いた。それをクロスはすんでのところで受け止める。

元々、両下腕の装甲はかなり厚くなっている。だが、オクスの放った砲弾はその装甲を全て砕いてしまっていた。

「ぐぅ…」

呻き声を漏らすクロスに、オクスは若干の動揺を見せた。

「貴様…耐えたのか」

「…煩い。お前が、そんな戦い方をするなら……俺も迷わない」

その宣言と共に、前蹴りでオクスとの距離を作ろうとするクロス。だが、オクスはその蹴りに耐えるだけでなく、微動だにしなかった。

そのままクロスの足を掴むと上に向かって放り投げてしまった。

「…面白い。嘗てはこのような戦士など居なかった。テンペストに匹敵するほどの力の持ち主。…今は見逃してやろう。

 更に力をつけた貴様を倒し、テンペストを打ち倒し、王を倒せば我が最強となる」

オクスは落下してくるクロスなど気にすることもなく歩き始めた。

そして、姿を消した。

直後、クロスが地面に叩きつけられた。

「がはっ…!」

そのまま意識を失い、変身も解けてしまい、後に残ったのは傷付き倒れ伏している祐一だけとなった。

その祐一を陰で見続ける者がいた。

(あのオクスが見逃したのか。面白い)
























【郊外 廃材置き場】


祐一の敗北の翌日。

ビーストが同時大量発生した。一体の力は大したことはなく、一般の警官隊の協力のもとでビーストを郊外の廃材置き場へと誘い込んだ。

そこでは3方向から警官隊と共に進んできたトライナル、テンペスト、クロスの姿があった。

「おぉおおおおおおおっ!!」

乱戦の中、テンペストフェンサーは剣を振り続けていた。

軽い、連撃重視の剣だからこそこの乱戦という状況でモノを言う。その容赦ない攻撃は近付くもの全てを一刀両断していく。

一方、トライナルはファングとアークロッドを持って、ケーブルをエクスチェイサーに繋げたまま戦っていた。一定の距離までの相手はファングで撃つ。それを突破されればアークロッドで叩きのめす。

地味な戦い方ではあったが、確実性はあった。

しかし、当然のことながらテンペストほどの数をほふることは出来ないでいる。それでも、自身を点として構成した防衛ラインを破らせないでいる。

遠と近を限りなく極めた存在。それがトライナルなのだから。

〈相沢君は!〉

迫るビーストを撃ちながら周囲の様子を探る。積み上げられた車の上でクロスが戦っていた。

だが、昨日の戦いで破壊された腕の装甲は修復されてはいなかった。相手の脆弱性、自身の位置。それらを考え、クロスは登ってきたビーストを地面に向かって叩きつけていた。

しかし、その動きは精彩を欠いていた。

それ程に、昨日の敗北は堪えていた。

「相沢ッ!飛び降りろ!!」

翔矢の叫びが届き、クロスは車の上から飛び降りた。

直後、そこに2本の剣を携えた戦士が降ってきた。

「ほぉ…テンペストにオクスが見逃したという戦士、更には人間の鎧か。面白い」

「あいつ…」

テンペストは言い知れぬ不安を感じ、剣を強く握り締めた。

「勝負だ、人間」

戦士は剣を構えるとビーストの群れの中に飛び降りた。手近なビーストを切り捨てると戦士はテンペストに歩み寄った。

「貴様、剣を握るものとしてこの勝負、受けてもらう」

その宣言と共に、手にした剣を振るう。

テンペストの剣は打ち合いには向いていない。ましてや、相手が自分と同等かそれ以上の場合は、剣の強度ではお話にならない。

「残念だが、今はお前の勝負とやらに付き合っている暇はない。手伝うつもりがないなら消えてくれ」

剣を避けて、テンペストは近くにいたビーストを斬る。

「そうか。では、名だけは残していこう。我が名はマティス。それから、こいつらはラットゥス。我等の配下だ。今回は顔合わせという事で、勝負は次の機会といこうか」

マティスと名乗った戦士が去り、同時にラットゥスと呼ばれたビーストたちも地面に穴を掘り、その中へと消えていった。

後に残されたのはマティスが去っていった方向を見ているテンペストと、地面に視線を落とすクロス、それを心配している衛次だけだった。
























【警察署 地下】


「じゃあ、相沢君は昨日また別の相手に負けていたってことなのか?」

何か事情がありそうだった祐一だけを連れて、衛次は自分たちの待機室に戻ってきていた。

そして、聞き出したのが祐一の敗北だった。

確かに、本来、守る者に敗北は許されない。だが、祐一は敗者には本来あるはずもない『次の機会』を得ていた。それを喜ぶわけにもいかないが、備えることは出来る。

「次は、絶対に負けられないね」

それを分かっているから、衛次は笑いながら祐一にコーヒーを差し出した。

「あなたに、俺の気持ちは分からない…!」

その衛次の態度が癪に障ったのか、祐一はコーヒーを払いのけると部屋から飛び出していった。

「……失敗だったか」

努めて明るく接しようとしたのだが、それが裏目に出てしまったらしい。

「駄目ですよ。負けた側は必死なんですから笑ったりしたら」

その光景を見ていた椎名が床に零れたコーヒーを拭くためにモップを用意しながら言った。

「とは言ってもね。ああいう人に厳しい事は言えないでしょ?それに、僕なんかどうなるわけ?力及ばない事ばかりで先輩は失うし、例の茸種怪人のときなんて犠牲者を一杯出しちゃったんだよ。

 人生と、敗北の先輩の言う事は聞いといたほうがいいと思うけどね」

「そんな、先輩…嫌ですよ」
























【市内 アパート】


現在、川澄舞は剣を手にとってはいない。

純粋に、その必要がなくなったということと、自分の力では及ばない事を知っているから。

しかし、時には力が及ばなくても剣を手に取らなくてはいけない事があることも知っている。それは、本当に大切なものを守るとき。そのときだけは、剣を手にしなければいけない。

「佐祐理。行ってくる」

同じ部屋で眠っている親友に一言だけ告げて、彼女は部屋を後にした。手には竹刀袋を抱えて。

舞が去ってから数分が経過してから佐祐理は起き上がった。舞が何かしようとしていることに気付いていたから。

そして、このままにしておくと二度と舞が帰ってこないような気もしていたから。

「…もしもし。祐一さんですか?」

だから、彼女を止められる人物である祐一に連絡を取った。

「舞が、剣を持って出て行ってしまったんです。何か心当たりはありませんか」

『…わからない。でも、舞は俺が捜すから。だから、佐祐理さんは部屋にいて。お願いだからそこから出ないで。じゃあ、俺は行くから』

そのまま一方的に切られた電話を抱えて佐祐理はすぐに着替え始めた。

彼女は待っていろと言われて大人しく待っていられる人間ではない。

それが時として最悪の結果を招いてしまうのだが、それは本人には関係ないことだった。

「どこに行ったの…舞」

そして彼女もまた、部屋を出た。

更に十分ほど経過した。

祐一がアパートに到着した。そして彼女等の部屋の呼び鈴を押す。反応はない。

「やっぱり。待っててって言ったじゃないか」

慌ててクルーセイダーに飛び乗るとすぐに発進させた。止めなければならない人物は2人。

その2人は自分にとっても本当に大切な人物で、だから。

「…天原にも頼むしかないか」
























【市内 田崎レーシング】


深夜。翔矢はヘイムダルを元のバイクの頃に買った店へと持っていっていた。

感覚で使い続けていたのだが、専門の人間に見てもらいたいと思ったからだ。そして、とんでもない事を告げられた。

「何だコリャ。こいつぁもう、バイクなんて代物じゃないぞ」

「は…?」

何が何だかわからずに翔矢は反応を返すことが出来なかった。

「そもそもばらせない。それに、お前…最近ガス入れたことあるか?ないだろ。ガスすらいらない。そのくせ馬力はとんでもない化け物。どんなモンスターだ、こいつは」

モンスター。

そう称された事に翔矢は苛立ちを感じた。何しろ、自分が戦っているものこそが正真正銘のモンスターなのだ。自身の相棒をモンスターと呼ばれるのは気分が悪い。

「しっかし、こんなものを使いこなせるってことは…お前、レーサーの才能あるぞ。特に、とんでもない悪路ですらも走れるんならトライアルがいいな。

 どうだ?やってみないか?」

「おやっさん…」

必死な勧誘をしようとする店主に対し、翔矢は苦笑いを浮かべた。

この人物こそが、翔矢にとっての数少ない理解者であり、恩師とも呼べる存在、田崎壮士である。翔矢にとって憧れの領域だったバイクを教え込み、その才能に気付き、アマチュアの大会に何度か出場させたりした人物だ。

彼がいたからこそ、翔矢はテンペストとして、ヘイムダルを移動の手段としてだけでなく、自分の手足、武器として使用できるほどの技術を得ることが出来たのである。

「おやっさん。俺は、表には中々いけませんよ。それに、今までみたいにおやっさんの作ったバイクのテストやらせてもらえるだけで十分楽しいんですから」

「フ…お前さんにも、世界にイロってもんが見えるようになったようだな」

自身の立場を語り、自身の楽しみを告げる翔矢。その姿に、出会った頃との違いを感じさせられた壮士は自分のことのように誇らしく感じていた。

だからこそ、彼は翔矢の力となることを選択する。

「で、お前さん。まさかこいつを見てもらうためだけに来たわけじゃあるまい?」

「流石に気付きますか。まぁ、用件としては簡単ですよ。どこかにアタッチメントを取り付けたいんです。で、どこがいいと思いますか?取り付けたいのは簡単な箱のようなものが2つです。

 こいつの性能に一切の支障をきたさない、それでいて扱い易さも兼ね備えられる。そんな場所です」

「…難しい注文つけるな。お前の事だ。こいつで体当たりやらタイヤでの打撃、フレームを盾にするとかやってるんだろ?」

壮士は頭を抱えた。翔矢に教えた技術、特にトライアルの技術を流用すればバイクは単なる乗り物から手足の延長へと変貌する。そんな技術を持つ翔矢が、手足の延長として体当りや突撃を平気な顔でしているヘイムダルに邪魔にならないようにアタッチメントを取り付けろというのだ。

無茶もいいところなのだが、そこを何とかするのが壮士の仕事だった。

「わかった。何とかしてやる。明日また来い。それまでには何とかしといてやる。

 それまではこれにでも乗っておけ。いつかお前に乗ってもらおうと思ってたトライアル用のマシンだ。流石にお前のヘイムダルには敵わんが、やれるだけはやってある」

「おやっさん…」

翔矢の為にそこまで準備していた壮士。その想いを知り、翔矢はいつか、必ずヘイムダルではなく、このマシンで壮士の望む舞台に立ちたいと思い始めた。

そのためには、静かな、平和な世界が必要だった。

「おやっさん。俺、やりますよ」

「そうか。じゃ、将来のお前の相棒だ。名前、付けてやれよ」

「はい」

深く頷き、翔矢は壮士のマシンに乗って去っていった。

「ったく。素直じゃねえな」

その後姿を見ながら壮士は呟いた。

「俺も含めてな」
























【ものみの丘】


舞は立っていた。

そこが、祐一にとって大切な場所である事を知っていた。

だから、“そこに居座る何か”が許せなかった。

「…祐一の大切な場所を穢すモノ。私は許さない」

そして、棄てた筈の剣を再び手に取った。

「…来る」

何かが迫る一瞬、舞は力強く前に踏み込み、手にした抜き身の洋剣を一気に振りぬいた。

直後、ラットゥスが地面に叩きつけられた。その胴は真っ二つに裂けている。ラットゥス相手ならば自分でも通用する。

それを理解した舞は自分の“ちから”で全身を強化して、ラットゥスの群れに飛び込んでいった。

乱戦の中で舞は次々にラットゥスを屠っていく。だが、ラットゥスの数は一向に減らない。それでも舞は戦い続ける。

祐一の大切な場所を守らなければならない。

その想いだけで舞は戦い続ける。だが、限界が訪れた。

ラットゥスの爪が舞の剣を弾き飛ばした。

「くっ…」

そのラットゥスに蹴りを入れて距離を作る。だが、剣を拾おうにも先のラットゥスの一撃で腕が痺れてしまっていた。

それでも舞の中に逃げるという選択はなかった。

(祐一だって、好きで戦ってるわけじゃない)

祐一を想う気持ちは美汐にも負けていないから。だから舞は祐一が戦う理由ぐらい知っている。そして、祐一自身、戦うことは好きではないことも。

故に、舞は決して退かない。

「…ここか」

不退転の決意で腰を落し、戦う体勢を作っていた舞の後ろから声が聞こえた。翔矢の声だった。

「…お前」

「どいていてくれ。あんたを戦わせると相沢に色々言われそうでね」

言いながら翔矢は舞の肩を掴んで後ろへと引き倒した。

「皆、守るものがある。皆、戦うべき瞬間がある。戦うべき舞台がある。あんたの戦うべき瞬間は今でも、ここはあんたの舞台じゃない。

 ここは、俺たちの領域〈エリア〉だ」

「…私は」

「黙って、自分の親友を捜しに行け。相沢もその為に動いてる。

 ここは引き受ける」

舞が頷いて、走り去っていくのを見届けて翔矢はラットゥスの群れを油断なく見据えた。

「テンペスト…」

右手を突き上げ、左腕を腰に引き付ける。

「変…」

右手をゆっくりと右へとスライドさせていく。

「身ッ!!」

右手を強く握り、左頬の横へと一瞬で移動させる。

それは力を引き出すための動作。眩い光が翔矢を包み込み、光が収束したとき、そこにいたのは戦士、テンペストだった。

「行くぞ。出て来い、マティス」

その言葉を発したのは何故なのか。彼自身理解できていなかったが、マティスならばここにいる。そんな確信めいた何かが心のどこかにはあった。

静かに、そして、確かに。

マティスはそこに舞い降りた。

「何故、気付いた」

「そうだな…」

言いながら迫るラットゥスを蹴り飛ばす。

「予感、だな。まあ、今なら確信をもって言えるんだがな。俺は…テンペストは他のビーストを感知できる。

 そして…貴様もまた、ビーストだ」

「ほぉ…気付いたのか。貴様等の姿を模して作った姿だったが、中までは誤魔化せんか」

マティスはくっくっと笑いながらその両腕を虚空に向かって伸ばす。直後には巨大な曲刀が握られていた。

「勝負だテンペスト。いつかの…貴様の知らぬ借りを今返そう」

「借りも何もないんだがな。だが、貴様を放置する事が間違いである事ぐらい、俺にもわかる。受けてやる。

 ただし、俺のスタイルで行かせてもらう」

言い終ると同時にテンペストは駆ける。

そして、壮士のマシンに飛び乗った。

「行くぞ、ブレイジングストーム」

壮士が塗装したそのマシンは翔矢が持っている闘志の如く、炎のように赤い。そして、嵐をその名に冠する戦士が駆るのだ。そのマシンもまたその名を受け継ぐものとして嵐となる。

ブレイジングストーム。紅蓮の嵐。

それを駆り、戦う。それが翔矢のスタイルであり、テンペストのスタイルでもある。

「さあ、来いっ!」

マティスが剣を交差させてブレイジングストームを受け止める体制を作る。

「あぁ。俺のやり方でなぁっ!!」

その叫びと共に ブレイジングストームが走り出した。

マティスへと向かうが、何故か蛇行を繰り返す。

(…あれか!)

テンペストは地面に出来ている僅かな瘤を見つけ、そこへとマシンを向かわせる。

「…っそぉいっ!!」

叫びと共にブレイジングストームが跳んだ。それは予想外だったのか、マティスは防御の体制を取れないまま頭を撥ねられてしまう。

「ぐぅぉっ!」

そのまま地面を転がるように倒れるも、すぐに立ち上がる。

だが、そのときには既に眼前にブレイジングストームの前輪が迫ってきていた。

押し潰すように前輪で再びマティスを地面に転がすテンペスト。そこでブレイジングストームの上に立つと、そのまま天高く跳躍した。

「ダウン…」

拳の周囲に風が集まる。それは渦を巻きながら肥大化していく。

周囲の全てを引き寄せながら、かわすことすら許さないまま。

「フォールッ!!」

渦が、マティスを飲み込んだ。

動きを止めたマティスに向かって落下速を利用したテンペストが拳を叩き込む。

手応えのなさに言い知れぬ不安を感じ、テンペストはその場をすぐに離れた。

直後、それまでテンペストが立っていた場所をマティスの曲刀が通り過ぎた。そのまま立っていたならば今頃、体は2つに分かれていたことだろう。

「流石。テンペストは何時でも別格だ。王の元へと導くのが嫌になるほどに楽しいなぁ?」

「…王……か。やはり、頂点に君臨するものがいるのか」

思わぬところで情報を得ることができ、そのまま探りを入れる。

「そうだ。王だ。我等にはそれぞれ格が存在する。ラットゥスなどは最下層だな。それから順に上がっていく。ウェアなどにはもう会っているのだろう?それが我等、そして、テンペストと同格なのだ。

 だが、我等の格になると王への挑戦権を得ることができる。その為には優れた素体が必要だ。優れた能力を持つ人間。

 テンペストは人間の意志と同調する事で王を越える力を手にした。それで我等は学んだ。人間を手に入れれば強くなれるのだと」

「訊いてもいないことまで喋ってくれてご苦労さん。もう、貴様に用はない」

それだけ言うと、テンペストは一瞬で距離を詰めた。

「は…」

「遅い」

全力でマティスの体を空へと蹴り上げる。

「ツイスターシュート!!」

跳躍し、自身の体を回転させながらマティスへと足を突き出す。

回転が螺子の如く作用して、マティスの体を穿つ。

「ぐはぁっ!!」

「風と共に」

回転を止め、地面に落下していくマティスへと視線を転じさせる。

「去るがいい」

マティスが爆発を起こし、空が紅に染まった。
























【高速道路 インターチェンジ】


警察の車両が10台くらいだろうか。

並んで走っている。

周りには護衛なのか、パトカー、白バイなどが走っている。

「ここまで異常なし。ここから先が本番だ」

その場の責任者が部下に指示を出す。

「そう、本番だ。ただし、貴様等ではない。我々の、な」

だが、既に全てが終わっていた。

パトカーも、白バイも運転しているのは警察官ではない。

全て、全てがラットゥスだった。

「な…」

「言葉もないか。無理もない。貴様が気付かぬ間に全員消えてもらった。後はこの先で待っているものに積荷を渡せばいい」

「…積荷だと」

ここで責任者が冷静さを取り戻した。

そう、この積荷は絶対に悪用されてはならないのだから。たとえ自分1人になっても抵抗しなければならない。

覚悟を決めて、ダッシュボードの上に置いていたプレートを叩き割った。

「何をした」

「考えろ。私は貴様等には付き合わん。貴様等に殺されるくらいならば、自分で死を選ぶ」

それだけ言って、責任者は窓からその身を捨てた。

道路に赤い花が咲く。

「…無駄な事を」

そこで漸く責任者と話していた者の姿が月明かりに照らされた。

その姿はラットゥスに酷似しているが、何かが違う。

どこか、禍々しさが強調されている。

「行け。貴様等であればこの鎧を全てに勝るものへと変えることが出来る」

ラットゥス達がトラックに殺到する。

そして、出てきたラットゥス達は全てが金属の鎧を身につけていた。

その胸には警察のエンブレムと、デフィートシステムエコノミーの刻印が押されていた。
























【警察署】


真夜中に、1件の通報が入った。

鼠の怪物が青い装甲をつけて徒党を組んで歩いてくる、と。

「やられた!」

衛次がテーブルに拳を叩き付けた。ラットゥスの大量発生事件を受けて、本庁が量産型デフィートの装着要員と、装備一式を送ってきたことは連絡を受けていた。

だが、ラットゥスにそれを感知し、利用するほどの知恵があるとは思っていなかった。

「…まさか、親が居るというのか」

「それって、危なくないですか?あんなのを纏められるだけの力を持った相手だなんて」

衛次の呟きに柚月が反応する。

現在、神崎が衛次に待機指示を出しているので衛次は出動できないでいた。

代わりに祐一と翔矢が現場に向かっているが、それをすぐに追いたいという衝動を押さえ込み、衛次は耐えた。

「待たせた。エクスチェイサーの改良型と対集団用の装備の装着が完了した」

「主任!」

「行ってこい。それが、お前の仕事だ」

神崎が汗を拭いながら言う。

「はいっ!」

勢いよく返事をした衛次は、すぐにトライナルの装着を始めた。

「そのままでいいから聞け。今回の改良はエクスチェイサーの性能の拡張から着手した。エンジン出力の増加、様々なユニットの装着といった、多様性に富んだものにした。

 それで、今用意したのが対集団戦用拡張装甲だ。これの真価は実際に装着してこそ発揮されるが、そのままでも十分だ。相沢君も天原君も集団戦に関しては得意そうではなかったからね。こういうものを用意させてもらった。

 また、このエクスチェイサーは、拡張ということから今後はエクステンドチェイサーと呼称する」

「エクステンド…チェイサー」

フェイスガードのみを残し、衛次は歩き始めた。

この状態でもすでにトライナルは稼動している。デフィーとではできなかったことだ。

「主任。ありがとうございます。勝って、きます」

「あぁ。勝ってこい」
























【インターチェンジ付近】


1人クルーセイダーを走らせる祐一は不安を感じていた。

自分は勝てるのだろうか、と。

そんな時、脇道から一台のバイクが飛び出してきた。

一瞬、翔矢かとも思ったが違う。

翔矢はサイドカーなどは使っていない。

慌てて停止させるとヘルメットを脱いで、サイドカーを睨みつける。

「まぁ怖い」

側車に座っていた方から声が聞こえた。女の声だった。

「だが、あれは戦士の目だ。テンペストでは無いが、楽しませてもらう。前座からだがな」

今度は運転していた側からの声。

その2人が同時にヘルメットを脱いだ。

美しいブロンドの長髪に、鋭さを感じさせる瞳。

そして、恐怖すら感じてしまう肉食獣のような笑み。

「俺は…戦うんだ。あいつが、目を覚ましてよかったって言える世界にするために」

祐一は恐怖に呑まれそうになったが、すぐに持ち直した。

自分は戦士なのだからと。

「変身!」

その姿が純白の戦士へと変わる。

――祐一くん。それが祐一くんの戦いなら、ボクは力を貸すよ。クロスが、限界を超える。

クロスがファイティングポーズを作ると同時に、周囲に白い羽根が降り注いだ。

「これは…あゆ、なのか?」

空を仰ぎながらクロスは呟く。

だが、すぐに背筋に冷たいものが走るのを感じてその場を飛び退いた。

一拍遅れてオクスが飛び降りてきた。

「決着だ、人間。俺が最強だ」

オクスは既に巨砲を抱えている。

「…最強とかはどうでもいい。あいつらが戻ってきた時に笑顔で居られる世界を、美汐が笑っていられる世界を守るためには」

クロスの肩装甲の一部がせり上がり、胸部装甲が中央を基点に分割、上方へと展開される。

両脛のレガースがより重厚なものへと強化された。

『CROSS OVER』

ベルト部分から電子音声が響いた。

『LIMIT 5CLOCK』

「5分間の強化、か」

内容を理解したクロスは、そっと輝石に触れた。

「始めるぞ」

『STARTING UP』

ピッという電子音と同時にクロスが動く。

「バーストキック!」

回し蹴りをオクスの腕に向かって放つ。

オクスは以前のクロスの蹴りの威力から防ぐ必要も無いと判断し、そのままでいた。

だが、相手が悪かった。

「爆砕ッ!!」

肥大化したレガースは反応装甲のようなものだった。衝撃を認識し、爆発を引き起こす。

何より、この状態のクロスの力は以前にも増して強力になっていた。

純粋に強化された力と、爆発が引き起こすパワーは尋常なものではなかった。

「ぐぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」

巨砲を落し、真っ黒になった腕を抱えてオクスが咆哮を上げた。

その瞳が元々の青から鮮血のような赤へと変化する。

「…へぇ。思ったよりも」

クロスが拳を引いて、腰を落とす。

それに応えるようにオクスがクロスに向かって突進する。車など比にもならないほどのスピードで突っ込んでくる。瞬間的なものとはいえ、50mもない短距離でのそれは立派な武器となる。

「バーンナップクロス!!」

頭から突っ込んできたオクスに対し、クロスは引いていた拳を叩き込んだ。

叩き込む直前、巨大な炎に包まれた拳。

それは容易くオクスの突進を止め、打ち砕いてみせた。

炎がオクスの体を突き抜け、背後で巨大な十字を作り出した。

「CROSS FIRE!!」

同時に、オクスの体が爆散した。
























【インターチェンジ付近】


そこは地獄の一丁目だった。

倒れ伏す人、燃え上がる車。路面を染める深紅。

そこを支配するのは本来希望の象徴となるはずだった、量産型デフィートだった。

それを纏うはラットゥスの群れ。

そんな地獄の入り口に、

〈現着しました!〉

トライナルは到着した。

『了解しました。直ちにエクステンドアームズを展開してください』

〈了解〉

トライナルは乗ってきたエクステンドチェイサーの装甲を剥ぎ取り、自身に装着させていく。ほぼ全体に、短銃身のマシンガンを搭載した増設装甲。それがエクステンドアームズの第1号、フレンジーアーマーだった。

対複数戦闘用のエクステンドアームズは、本来反信徒に対しての使用を前提に開発されていたが、この事件を受けて急遽実戦投入が決定した代物だった。

〈一斉射でデフィートシステムを剥ぎ取ります〉

それだけ言うと、トライナルは前進を開始した。

はっきり言って遅い。だが、ラットゥスは何も考えずにトライナルに殺到した。

〈アートエクステンダー、発射!!〉

アートエクステンダー。それが全身に装着された火砲の名前。

それらは距離を詰めてきていたラットゥスの装甲を剥ぎ取り、次々と屠っていく。

周りにいるラットゥスがいなくなったことを確認すると、続けざまに装甲を一部展開し、ほぼ全ての火砲を前に向けた。

〈発射!!〉

降り注ぐ銃弾の雨がラットゥスたちに襲い掛かる…!

























【インターチェンジ付近】


オクスが倒れ、サイドカーに乗っていた2人組は驚いたような表情を見せた。

「こちらの勝率、83%。オクスはほぼ確実に勝てる戦いだったはずです」

女がクロスを見ながら呟く。

「データを修正しろ。あの状態ならば、能力はオクスを超える。それで計算しろ」

「はい。勝率30%。逆転しています。ですが、あちらの能力から言って、あの状態は維持できる限界は5分がいいところでしょう。

 そして、たった今、5分が経過します」

女がそう言った直後、クロスに異変が起きた。

『TIME OVER LIMIT OVER CHANGE SAFEMODE』

電子音声とともに、展開していた装甲などが元に戻った。

「く…」

クロスとしては、相手の出方を伺っていたのが失敗だった。

時間制限がある以上短期決戦で臨まなければならなかったはずなのだから。

「さて。貴様もたった今、王への挑戦権を得た。さぁ、戦おうではないか。この、私とな」

男がバイクから降りた。

「貴様らだけの特権ではないのだ。折角得た体なのだ。有効に活用せねばならぬ」

「私もですわ。折角手に入れたのですから」

女が髪を掻き揚げる。

そして見えた顔に、クロスは恐怖を覚えた。

「待て…お前ら。手に入れたってどういう意味だ」

「そのままの意味だ。無駄に存在する人間の中でも優れた能力を持つものの体を奪い、力の媒介とする」

「そういうことを聞いてるんじゃない!!お前ら、誰を殺したんだ!!」

クロスは…いや、相沢祐一はその二人を知っていた。

以前の彼らの目つきはこれほど恐ろしくはなかったし、ブロンドでもなかった。

「知るか。人なぞ腐るほどいるのだ。いちいち覚えていられん」

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」

クロスが絶叫した。

「覚えておけ!!お前らが殺したのは、芦原隆一、芦原奈央子の2人だ。仲のいい双子で、いつもいっしょにいた。お前らが殺したのはそんな2人なんだよ!!」

「…それがどうした」

男の冷たい言葉に、クロスの中で何かが切れた。

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」

「ふん…この程度の器の者に、王に挑む権利などない」

男は無造作に拳を前に突き出した。それだけでクロスの動きが止まる。

「ほぅ…わかるのか、違いが」

それだけ言うと、男は静かに拳を天に突き上げた。

同時にその姿が金色の、雄々しくもどこか禍々しさも兼ね備えた戦士の姿へと変わる。

「…獣王、推参」

戦士――獣王は名乗り、駆けた。

一瞬でクロスに詰め寄り、反応できないクロスを無造作に蹴り飛ばした。

「ぐぁああああああああああああああああああああああっ!!」

























【市内 水瀬家】


「お母さん、祐一遅いね」

祐一たちが戦いを始めた夜が明け、朝が来た。

祐一が世話になっている水瀬家ではいつもは寝坊しているはずの名雪が早くに起きてきていたが、それよりも家主である秋子を驚かせたのは、甥である祐一が残した書置きだった。

『ちょっと面倒を片付けてきます』

それだけを残し、彼は家から消えていた。

無論、秋子も名雪も祐一が戦いに行ったことぐらい察していたし、今、この街で何が起きているのかも理解していた。

そのために祐一はその身を削り戦っているのだということも。

それを知っているからこそ、いつもは食事中には見ないテレビをつけっぱなしにして情報を手に入れようとしているのだ。

〈では、次のニュースです。昨晩より続いている怪生物と警察側などとの戦闘ですが、状況は依然として変わらず、インターチェンジ付近は閉鎖されたままのようです。

 また、警察が封鎖した以外の付近の地域で粉砕された路面などが確認されたことから、戦闘は少なくとも2箇所以上で繰り広げられているものと思われます…〉

テレビから戦いの経過が伝えられるが、そこからわかるのはまだ戦いが終わっていないことだけ。

祐一が無事なのかどうかすらも、わからなかった。

























【市内 天野家】


美汐は自宅で見ていたニュースで初めて昨晩から連絡の取れなくなっていた祐一が何をしているのかを知った。

彼は戦っていたのだ。

「…はぁ。また勝手に」

半分呆れて、半分心配で美汐は溜息を吐いた。

「真琴…あの人に、力を貸してあげてください」

そして、祈った。

























【ものみの丘】


翔矢はマティスを倒したにも拘らず、その場を動けなかった。

「ここは私が守る」

そう言い張って動こうとしない舞をどう説得したものかと頭を抱えていた。

翔矢もすぐにでも祐一や衛次の元へ加勢に行かなければならない。

だが、ここに舞を残していった日には祐一に殺されてしまう。

ましてや、彼女を探して家を飛び出した倉田佐祐理のこともある。

「いいか、確かに、ここは相沢にとっても大切な場所だ。けど、そこを守るために大切な人でもあるお前が怪我でもしたらあいつは自分を責めるぞ。それは、お前も望まないだろう?

 それがわかるんなら帰れ。お前の親友だってちゃんと見つけてやるから」

ここに残して、舞と佐祐理の2人を外出の自粛が徹底されている街中に放すわけにも行かない。

「…はちみつくまさん」

漸く納得できたのか、舞が頷いた。一方で、翔矢は舞の返答に首を傾げていた。

(今のは何だ?いや、頷いたってことはわかったってことだよな、じゃあ、後は倉田さんを探しに行けばいいのか?)

取り敢えず、自分の中で納得だけさせると、ブレイジングストームに跨った。

「ちゃんと帰れよ。親友のほうにも見つけたら家に戻るように言っておくから」

釘を刺す翔矢に、舞は強く頷くと、丘を降って行った。

「…さて、相沢たちが待ってるな」

























【市内 裏路地】


佐祐理は舞を探して普段は足を運ばない裏路地にまでやってきていた。

因みにこのあたり、翔矢が入居している格安のアパートがある。衛次が自腹を切ってでも翔矢を生活させることができるのにはこういう理由があったりするのだ。

そこに、いつものように梓が足を運び、翔矢の朝食を準備する。完全な通い妻状態だった。

「あれ…?」

いつものように食材を持って歩いていた梓の視線の先に、何かを探して歩く佐祐理の姿があった。

「倉田先輩ですよね?こんなところで何をしてるんですか?」

「えっと…お知り合いでしたっけ?」

梓に声をかけられた佐祐理は首を傾げた。

「いえ、ただ私が知ってるだけです。それよりも、こんな時間にこんなところで何をしてるんですか?」

「ちょっと、人探しです」

それだけ言って、佐祐理はそこから去ろうとした。

「そっち、行き止まりです」

それを梓が止める。その先が行き止まりになっているのは事実ではあったが、ここで佐祐理を引き止めておく必要があるという直感があった。

そしてそれは概ね正しい。

梓の上着のポケットの中から規則的な振動が伝わってくる。

「あ、電話です。ちょっと待っててください」

ポケットから携帯電話を取り出し、相手を確認してから出た。

「もしもし、翔矢?どうしたの?もう家の近くまで来てるんだけど」

『そうなのか?すまない。今は家にいないんだ。それより、倉田先輩を見かけたりはしなかったか?』

「今、目の前にいるけど」

梓は目の前で首を傾げる佐祐理を見ながら言った。

『ならばちょうどいい。親友はちゃんと見つけて家に帰したから帰るように伝えておいてくれ。俺はあと一仕事してくるから』

「…そっか。うん、頼まれた。負けたら許さないからね」

『承知してる』

梓はそっと電話を切り、佐祐理に向き直った。

「川澄先輩、見つかったそうですよ。家に向かってるらしいですから、早く帰って安心させてあげてください」

「そうなんですか?じゃあ、佐祐理は帰ってみます。見つけてくださった方によろしく伝えておいていただけますか?」

「はい、伝えておきます」

佐祐理は来た道をたどり始めた。

「さて…じゃあ、鬼のいぬ間に洗濯といきますか」

梓は梓で誰もいない翔矢の部屋に合鍵を使って入った。彼の帰りを待つ者として、彼を笑顔で迎えるために。

























【インターチェンジ付近】


クロスは獣王に押されていた。

状況は明らかに不利。まだ女が入り込んでこないからやられていないが、それでもいつかはこの均衡は破られる。

「どうしたどうした!オクスを倒した力はその程度なのか!!」

明らかな挑発だった。

それに乗るというのは死を意味する。

「くそ…」

悪態を吐くがそれで状況が好転するわけでもない。

だが、ここまで耐えたクロスにとっては救いとなる要素もあった。

突如、クロスと獣王の間に圧縮空気の弾丸が叩き込まれた。

「すまん。待たせた」

ブレイジングストームに跨り、ハウリングカノンを構えたテンペストフィクサーが来ていた。

「遅い。待ち草臥れたぞ」

それに対し、クロスは軽口で返す。

「それだけ元気なら大丈夫だろう。いくぞ、“門番”を倒すとしよう」

「…門番?」

「気にするな」

テンペストはハウリングカノンを手放し、ゲイルフォームへと戻した。

「さて…一回きりの切り札だ。こんな我儘、何度も続くまい。相沢、行くぞ」

「ったく、こっちは疲れてるんだっての」

同時に一歩前に踏み出し、クロスはそっと輝石に触れた。

「もう一回、頑張ってくれ」

――それが祐一くんの望みなら。

一瞬、声が聞こえた気がした。一人ではない。もう一人…ずっと、声を聴きたいと願い続けた人の声が聞こえてくる。

――まったく。これくらいでてこずってたんじゃ話にならないのよ。はやく解放してよね。

「あゆ…真琴。……わかってるよ。もう一度だ」

『CROSS OVER』

再びクロスの装甲が展開する。

『LIMIT INFINIT』

だが、決定的に何かが違う。

無制限にリミッターが解除されている。本来、そんなことをすれば限界を超えた時点で体がばらばらになってしまう。

だが、クロスに不安はなかった。

「大丈夫、やれるさ」

静かに、そして激しく、クロスは自らの内で闘志を漲らせた。

「…無茶もいいところだが、やってみせる」

言いながら、クロスは右腕に銃を、左手に剣を握っていた。

銃は殉職した警察官のもの、剣は舞から借りてきたもの。

「…超、変、身」

静かに、自らの内にある不純物をすべて吐き出すかのごとく発せられた言葉は、テンペストの体を劇的に作り変えた。

「バイオレントテンペスト…」

暴風を名に冠する嵐。

その全身は筋骨隆々としたパワーを感じさせる肉体と、強化された生体装甲、その肩に取り付けられた巨大な突起物。

荒々しさの中に力強さも感じさせる姿。

それがバイオレントテンペストである。

「行くぞ、相沢」

「あぁ」

バイオレントテンペストとクロス・オーバーが駆ける。

獣王はそれをあしらおうとするが、クロス・オーバーの拳が、バイオレントテンペストの蹴りが、容赦なく獣王に襲い掛かった。

「ぐぁああああああああああああああああああっ!!!」

獣王が壁に叩き付けられ、ふらふらと身を起こす。

「天原」

拳を振りぬいた姿勢のままクロス・オーバーはバイオレントテンペストへと声をかけた。

それに対し、バイオレントテンペストは頷くだけだった。

「うわぁああああああああああああああっ!!」

「…ふっ!」

対照的な掛け声とともに2人は跳んだ。

2方向から同時に襲い掛かる必殺のキックに対し、満身創痍の獣王は反撃すらできなかった。

「…く、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!!!!!!」

絶叫とともに爆散する獣王。

その炎の中に2人はいた。そして、もう1人。

「…王は死んだ。あとはお前だ」

クロス・オーバーは残った女に拳を向けた。

「…いや、あれは門番さ。そうなのだろう、クイーン」

「何?」

クロス・オーバーの言葉を否定するバイオレントテンペストに、クロス・オーバーは苛立ちを感じた。

自分だけが何も知らない、蚊帳の外にいるような感覚にとらわれてのことだった。

「まさか、気づかれていたとはね。折角、模造品に獣王なんていう大層な名前を与えて、後ろに隠れていたというのに」

そして、女は笑いながらバイオレントテンペストの言葉を肯定した。

「私はリオ。真の獣の王。今回は人間の力が予想以上に高かった。次はこうはいかん」

女――リオは炎の中に姿を消した。

「天原…」

「言っただろ、門番ってな」

「…ち」

どこかやりきれなさを感じつつも、クロス・オーバーは変身をといた。

「帰るか。あとは、葉塚さんがやってくれてるだろうし」

「そうだな。梓が待ってるだろうしな」

「俺も、秋子さんたちが待ってるし、美汐に連絡もしなきゃ」

同じく変身をといた翔矢は祐一と並んで帰路についた。

あとは、信頼できる仲間に任せておけば大丈夫だ。その絶対の信頼とともに。

























【インターチェンジ】


トライナルによって、ほぼ全てのラットゥスが倒されていたが、残りわずかというところにきてアートエクステンダーの弾が切れてしまった。

それを期に、全てのラットゥスが一斉に接近戦を仕掛けてきた。

〈フレンジーアーマー、強制パージ〉

その言葉とともに全てのフレンジーアーマーが弾け飛び、殺到してきていたラットゥスを撃破していた。

〈…文字通りの弾切れ、最後の一発まで全部か〉

ポツリと呟くトライナルの前に一台のトラックが停車した。

警察の輸送車両だった。

〈…発信源。成る程。こいつが指揮車〉

言いながらファングを抜いた。

これから起こるであろう、黒幕との一戦のために。

ガリ、と、何かが削られる音がした。自身の装甲ではない。

では、何なのか。

再び、ガリ、と音がした。音源はトラックの中だった。

ガリ、ガリ、ガリ、ガリガリガリガリガリガリガリガリ…

音が止んで、直後、トラックのドアが開き、中から何かが放り捨てられた。

〈…人間の、骨〉

頭蓋骨だった。それもまだ新しく、生々しく血が付着している。明らかに、先程まで喰われていた人間だ。

瞬間、どす黒い感情がトライナルの中に生まれた。

また間に合わなかった。

また。

〈ふざけるなあああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!〉

叫びながらトラックに向けて引き金を引いた。

放たれた弾丸がフロントガラスを突き破るが、それよりも早く、運転席から何かが降りてきた。

その姿はラットゥスに近く、それでいてラットゥス以上に禍々しかった。

「人間も強くなったものだな。わが子らを全て打ち滅ぼし、門番ですら打ち砕く。これで貴様らは王への挑戦権を得るか」

〈何を言ってる…!〉

トライナルがファングを構える。

「賛辞さ。これから、私を殺す者への」

〈何だと?〉

「私には貴様らが相手にしてきたような連中のような戦闘能力は存在しない。私は、王の手駒を作り出す母体に過ぎんのだから」

〈だったら!〉

叫んで、トライナルはファングを構えたまま走り出した。

〈お前を、あの蛇への、王とやらへの踏み台にしてやる!!〉

空いている左腕で殴り、体勢が崩れた瞬間、眉間を狙って引き金を引いた。

その狙いは狂うことなく、眉間を貫いた。

燃え盛る炎の中、トライナルはただその中に立ち尽くした。

























【翌日 翔矢のアパート】


事件の終結ということで、いつもの面々がそこに集まっていた。

「あなたは馬鹿ですか」

そこで翔矢が美汐に罵
倒されていた。

「剣と弓を同時に使うだなんて無茶をどんな頭が思いつくんですか。そんなことしなくても、テンペストにはきちんとした力が存在します」

「いや、できると思ったらできたんだからそこはいいだろ」

悪びれもしない翔矢の言葉に、美汐は溜息を吐くしかなかった。

この男に説教など無意味であると理解してしまったからである。なにより、身近にこれと同一タイプの行動をする人間がいたではないか。

「…相沢さん。あなたもです。限界突破を短時間で二度を行使するなんて早期の沙汰とも思えません」

「いや、できるって思ってたから」

もう一度、溜息を吐いた。

(この似たもの同士につける薬はなさそうです)

内心で諦めながら、美汐はもう一度、深く溜息を吐いた。

「…そろそろいいかな」

衛次が3人の話が一段落したと判断し、切り出した。

「情報を整理しよう。まず、僕があのラットゥスとその母体を殲滅…」

「俺が一部のラットゥスの群れとマティスを撃破」

「で、俺がマティスとは別固体のオクスを撃破、その後天原と“門番”を撃破、王からの宣戦布告を受ける、と」

一瞬の沈黙。

そして、

「何にも終わってないって事だね。というか、これから本番みたいな感じ?」

衛次が結論を出した。

「そういうことですね。まぁ、これからも頑張っていきましょう」

結論に対し祐一が追従し、労いの言葉をかけて解散となった。

美汐と仲良く連れ立って出て行く祐一と、部屋の主であり、今は梓と後片付けをしている翔矢を見ながら、衛次は量産型デフィート計画の行方について語るべきではないと判断した。

元々、2人ともそんなことがあったことすら知らない。

まして、上層部が2人の抹殺も検討していたなどということなど語れるわけがなかった。

(これでよかったのさ、これで)

























後書き

セナ「はい、無理矢理夏に間に合わせました」

梓 「何で夏?」

セナ「だって、これ、位置付けとしては劇場版だから。劇場版って毎年夏にやるでしょ?」

梓 「…」

セナ「それはともかく、このストーリーはトライナル登場後のどこかの話という形になります。だから今後の本編でこれに関する話題が出てくることもあります」

梓 「あと、今回のスペシャル企画として…」

セナ「はい、クロス最強フォームのお披露目と、テンペストの特別編限定フォームのお披露目の場だったりします」

梓 「あー、毎年映画でおなじみのあれね」

セナ「そう。カブトまでは最強フォームだけだったけど電王で限定フォームになったし、立ったら両方でいいかな、と。他のおなじみとして、大量発生と劇場版限定ライダーがいますが、これはラットゥスとマティスとオクスで解決済みです」

梓 「で、バイオレントテンペストってもう二度と登場しないの?」

セナ「多分。僕が気まぐれを起こさない限り」

梓 「…まぁ、いいか。じゃあここまで読んでくださってありがとうございました。今後も本編のほうをよろしくお願いします」

セナ「お願いします」