仮面ライダーSAGA

#.18 限界突破
























【10/31 19:22 市内】


この日、祐一は水瀬家に戻らなかった。

名雪と秋子も流石に心配し、美汐やその他の友人、更には自身の感情を押し殺して翔矢にも連絡をしたが彼の行方を知るものは誰一人としていなかった。

いや、違う。

翔矢だけは知っていたはずだ。

だが、それを伝えなかった。

秋子もそれには気付いていた。気付いてはいたが、翔矢から全てを聞き出せるなどとは考えてもいなかった。そもそも、彼とでは会話が成立しない。その時点で無理がある。

「祐一…」

心配そうにしている名雪を見ながら、秋子は心中で溜息を吐いた。

(相沢の血筋は、本当に身勝手です)

今更すぎたが、どうしても思わざるを得ない。

秋子のもとにも祐一の両親の死亡は伝えられている。人に理解されない学問を修めようとしていた姉と義兄。彼らが死んでしまったことに驚きはない。

だが、祐一を置いていったことには憤りを隠せない。

いつだってそうだった。最後には祐一は置いていかれてしまう。そして、今は祐一が周りを置いてどこかに行こうとしている。

しかし、今は違う。今は、祐一が戻るべき場所がある。自分達はその場所を守ればいい。

もう、二度と帰る場所を失うことのないように。

























【19:52 ものみの丘】


祐一にとって、その場所は始まりと終りの場所だった。

そして、彼女らにとってもそこは終りと新たなる始まりの地だった。

一人、クルーセイダーを走らせ、祐一は丘を駆け上がった。元々オンロード用のマシンなので無理は利かないが、これぐらいは走破できる。

丘を登りきり、月明かりに照らされる少女の前で降りる。

「漸くか。待ち侘びたぞ」

「…一つ、訊いておきたい」

少女――リオの言葉を無視して祐一は問いかけた。

「何だ?」

リオはそれに何の反応も示さずに続きを促した。

「お前を倒して、元の体の持ち主はどうなる?」

「死んでいる以上、どうにもなるまい。まぁ、貴様らの言う魂の救済ぐらいにはなるだろう」

「そうか」

祐一はそれだけ聞くと両腕で十字を組んだ。

「それだけ聞ければ、もう迷うこともない」

ゆっくりと、十字が右から左へと移動する。

「変身ッ!!」

その叫びと共に右腕を振り上げる。

光とともに、彼の姿が戦う者のそれへと、仮面ライダークロスの姿へと変わる。

「伝えたい叫びがある。流したい涙がある。それさえ、出来なくなった人たちの代わりに…俺が伝え、戦うッ!!」

「無駄だ。貴様は、勝てない」

その言葉とともに、リオの姿が変わる。それは、テンペスト同様に、嘗てのマティスとオクスのように。人の体を奪った者特有の、真紅の双眸と、角を持った雄々しき姿。

金色に輝く体躯に禍々しさはない。

それでも、クロスは躊躇しなかった。

「全力で行く」

クロスの装甲が展開し、その姿がクロス・オーバーのそれへと変貌した。

「せいっ!」

一瞬で距離を詰め、リオの顔面に向かって拳を繰り出す。リオはそれを受け止め、カウンター気味に拳を繰り出すがクロスもそれを受け止める。

暫く押し合いを続けるが、クロスは自身の制限時間を思い起こし、叫びを上げる。

「クルーセイダーッ!!」

クルーセイダーは無人のままで走行し、リオとクロスの間に割って入った。

クロスはその中からドリルを取り出し、左腕に装着した。

「スパイラルクロス、アクティブ」

ドリルが何度か回転し、正常に動作することを確認するとクロスはそのドリルでリオに襲い掛かった。

自身の全力が時間制限つきである事を理解しているからこその武器だった。

間違いなく、攻撃力だけで言えば他の武装を凌ぐ。だが、リオは更に上を行っていた。

回転するドリルを平気で掴むと回転を止め破壊してしまう。一瞬、隙だらけになったクロスに全力で拳を叩き込み弾き飛ばす。それを見ながら、圧し折ったドリルを放り捨てた。

「所詮、人間が作り上げたもの。貴様では私には勝てない」

「う…五月蝿い」

クロスは立ち上がるが、すぐに自身の異変に気付く。

既に、5分というタイムリミットは目の前に迫っており、全身がオーバーヒートで異常加熱していた。直ぐにでもオーバーフォームの使用を止めなければ無事ではすまないだろう。

だが、この使用をやめたとき、クロスがリオに勝つことはまず無理だろう。

「タイム、リミットか…」

それでも、無理をしてこのまま戦えなくなることよりも、起死回生を狙って戦う方がいいのかもしれないと思い、タイムリミットで使用を停止する。

「あゆ…真琴……俺、勝てないかもしれない」

それでも、とは思う。

刺し違えてでも、とは思う。

だが、それさえ出来ないときは…翔矢に望みをつなぐしかない。それしかできないのなら…

「この地で待つこと自体、貴様に合わせてやったのだがな」

「何…?」

リオが唐突に口を開く。

「貴様は何も理解していない。貴様の戦いは、何のためなのかということも、我らと貴様の本当の使命も」

「何を…」

「このまま貴様が何も手に入れられないというのなら…再び絶望とともに滅びを享受するしかない。それは、我らも、奴らも、テンペストも望んでいない」

リオは駆けると、クロスを蹴り飛ばした。

「どうしてやればいい?何がキーだ?」

倒れたままのクロスを無理矢理起こすと、今度は殴り飛ばす。

(俺は…)

思い返す。

何故、あゆは目覚めなかった。

何故、真琴は還ってこなかった。

何故だ。それは輝石でもどうにもならなかったのか。

「真琴…」

今、真琴と別れた場所で戦っている。真琴が、もしも、大気となって傍にでも居てくれるなら。あの時、声を聞いたように。一緒にいてくれるなら。

そして、この苦難を乗り越えるのを待っているのだとすれば…

「真琴!」

勝つ。

そう誓う。その為に、限界を超え、更にその限界さえも超える。

「いくぞ…これが、本当の、全力、全開、フルパワーだ」

――正解。やっと還れそう…

(そうか…ほんとに、待ってたんだな)

真琴は、祐一が”自分の定めた限界”を超えるのをずっと待っていた。

祐一が願う奇跡だけでも、真琴は戻ってくることは出来た。あゆは自ら伝道者となることを選び、真琴は待つことを選んだ。

そう…祐一に、力を与えるために。

「クロス、∞(インフィニティー)」

オーバーフォーム時の可動装甲が全て排除され、その部分が結晶状に変化する。光を受け、白く輝く装甲。

「辿り着いたな」

リオは感心したように言うと、クロスの変化が終わるまで待った。

これで目的を達成するための障害は一つ減った。

「絶対に負けない。真琴……俺に、力を貸してくれ」

クロス∞の背中に結晶化した翼が生じた。

そして、勢いのままに乗り込んだクルーセイダーにも変化があった。形状も大きく変化し、後方へと伸びた九つの尾のようなパーツが目立つ姿へと変貌していた。

「そっか。あゆも、真琴も…一緒にいてくれてるんだな」

それを理解し、クロス∞は叫んだ。

「行くぞ、ナインティル」

九尾。その名を冠するバイクとともにクロス∞は駆ける。

「まだだ。まだ足りない」

リオは向かってくるナインティルを前にしながらも退こうとはしない。

「マジェスティ」

静かな呟きとともに、嘗て獣王と名乗った男が乗っていたサイドカーが無人のままで駆けて来る。途中でサイドカーだけを切り離して、リオを拾うと、ナインティルと正面からぶつかり合った。

互いに弾かれ、姿勢を崩しながらもクロス∞は右足を軸にターンして姿勢を立て直す。リオも同様に立て直した。

「畜生…!天原に教えてもらっとくべきだったか」

自身の不甲斐無さに悪態を吐くが、マジェスティに跨ったリオは目の前にまで迫ってきている。あいつなら、間違いなく一瞬の交錯で決着をつけていた。

「阿呆かっ…!」

吐き捨てるかのように自身の思考を排除するとナインティルの上に立つ。

「ふっ…!」

短く息を吐き出し、跳躍する。

相手はまっすぐに向かってきている。当てる。

「嘗めるなぁっ!!」

リオは自身に向かって伸ばされる足を払うかのように腕を伸ばした。

「それは…」

クロス∞の背中の翼が輝いた。

「こっちの台詞だぁああああっ!!」

空を蹴り、一瞬の後退。同時に、リオの腕が空を切る。

「俺は相沢祐一だ。天原翔矢じゃない!!テンペストじゃない。俺は…」

もう、遅い。

リオには止められない。

「俺は、仮面ライダークロスだ!!」

クロス∞の脚がリオの胸を捉えた。

「ブロウクン…」

その脚に白い輝きが宿る。そして、その輝きは次第に全身へと広がっていく。

「アローォオオオオッ!!」

叫びとともに、輝きが一層増し、刹那、リオの体を貫いた。

「俺の…いや、俺達の勝ちだ…!」























【20:36  ものみの丘】

地面に、リオが倒れていた。

「よく、超えてくれた」

「何を…」

彼女の言葉を、祐一は理解できなかった。

「よく聞け…時間は残されていない」

「…」

「我らビーストは…試練でしかない。貴様らが本当に戦わねばならないものは他にある」

いきなりだった。

そんなこと、今になって聞くとも思わなかった。それも、敵であった女の口からだ。

「テンペストとなった男は…最初から最後まで、知っていて黙っている心算か。全てを背負いたがるのは、テンペストの性分か」

「何の話をしている…」

「聞け。貴様は、探し出さなければならないだろう」

「何をだ?」

祐一の言葉に、リオは答えなかった。いや、答えられなかった。

「すまぬ。私はそれに答えられる権限を持っていない。だが、これだけ言っておく。貴様は失い、探し出す。これだけどこかに留めておいてくれ」

「…わかった」

祐一は頷いた。

「そろそろ…来る頃だろうな」

「え?」

直ぐ後ろで、バイクのエンジン音がしていた。

「天原…」

「相沢」

二人の視線が交錯する後ろで、リオが満足げな笑顔を浮かべていた。

「…テンペストよ。私は私の役目を守り抜いたぞ。同胞達が自我を失い、目的を忘れ、子らを殺して回り、貴様らの邪魔もした。

 だが、私は最初から最後まで貴様達の試練として生きた。その為に子らを殺してしまったが、そうして憎まれることが私の役割だった。そこに後悔は無い。

 さぁ、テンペスト。貴様も貴様の役割を果たすがいい」

「そうさせてもらう」

翔矢は祐一を正面から見据え、構えを取った。

「テンペスト…変身」

「お前…何を」

祐一は敵もいないこの状況で翔矢が変身した理由がわからなかった。

だが、殺気は間違いなく自分に注がれている。それは、彼の敵が自分であるということの証だった。

「俺は、殺されてやるわけにはいかないんだ」

祐一も静かに構えを取り、もう一度変身した。
























次回予告

祐一がリオと対峙していた頃。

翔矢は梓に別れを告げ、一人、キズナと決着をつけるために動き始めていた。

戦いの最中、オルガは急に抵抗をやめた。

戸惑うが、既に止まれないテンペスト。

そして…

「次は、確実に、殺せ」

交わる心と覚醒する力、戦いは誰の為に?

次回、仮面ライダーSAGA

#.19 別離―ワカレノトキ―












後書き

セナ「さて、翔矢に何が起きてるのでしょうか?」

梓 「出番ない」

セナ「次回にあるけど?」

梓 「退場じゃないの、これ?」

セナ「あ、その辺は大丈夫。退場することはないから」

梓 「…そうなんだ。でも、何か泣きそうな雰囲気じゃない?」

セナ「何をそんなわかりきったことを」

梓 「そこ、自慢しないでよ」