仮面ライダーSAGA
15.ゼロ
【9/2 23:47 御禰市 郊外】
闇夜に真紅の光が瞬いている。
そこにONEはいた。
ONEとミストがぶつかり合う。拳と拳が。交じり合い、火花を散らす。
「ONE!俺は貴様を認めない!!組織への忠誠を誓えない者がその力を手にするなど…貴様に永遠などありはしない!!」
ミストの叫びと共に繰り出された蹴りがONEを大きく後退させる。
踏鞴を踏みながらも顔を上げ、ONEはまっすぐにミストを見る。
「お前…未だに永遠なんて信じてるのか?そんなもの、どこにも存在しないんだぞ」
「五月蝿い!!」
ONEの言葉はミストの中の触れてはならないものに触れてしまったらしい。激昂と共に、ミストの双眸の輝きが増す。
「永遠なんて存在しない。そんなもの、どこにもありはしない。あるのは、今と、過去と、未来だ。それは変えられない。変えちゃいけないんだ」
言いながら、ONEはディスクを右腕に挿入する。
「ディスク、ロード。悪いな、繭。これで…お別れだ!」
『イノセントハート』
無機質な電子音声が響く。直後、圧倒的なまでのエネルギーの奔流がミストを呑み込んだ。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
そのエネルギーはミストの装甲を剥ぎ取り、城島司として世界にもう一度存在させた。
もう、司はミストになることは出来ない。それを知っているからこそONEは司に背を向けその場を後にした。
司にONEを追うだけの余力は残されていなかった。その場に仰向けに倒れこむと涙を流した。
「先生…俺、取り戻せなかった」
彼が組織へと身を投じる切っ掛けとなった事故。その犠牲になった憧れの教師。初恋の相手だった。それを失うことに司は耐えられなかった。耐えられず、盟約を結んだ。
「く…そぉ」
地面を転がり、うつ伏せへと体制を変える。そして、地面の草を掴み這って進み始めた。
暫く進むと、彼の体は傷だらけとなり、進んできた道には血が残されていた。
そんな彼の前に、茜は立った。
「あか…ね?」
「えぇ…」
茜はそれ以上何も言わなかった。もう、自分の言葉が届くことはない。それを知っているからこそ、彼女は何も言わない。
だが、司は彼女が無言でいることに焦りを感じた。
今までは、茜が自分とこの世界の繋がりとも言えた。しかし、それを失ってしまえば、最後にすがるものを失くしてしまう。そこで気付いた。
「茜…聞いてくれ。俺、この世界を本気で滅ぼすつもりなんてなかったんだ。ただ、先生がいないことに耐えられなかったんだ。こうして、茜に見捨てられたら…俺は帰る場所をなくしてしまう……頼む。俺を見捨てないでくれ」
遅すぎた。謝ることすら。
先生を失ったとき、ずっと傍にいたのは誰だ。茜と詩子だったはずだ。それを振り切って飛び出したのに、今更茜に助けを求める。あまりにも虫が良すぎる。
「自分勝手」
茜は司のことを端的に一言で切って捨てた。
「そうさ。俺は自分勝手だよ。こうして、茜に助けを求めてること自体、おかしなことなんだ」
それを司は開き直って受け止めた。
「俺…やり直したい」
「認めません。今更、どんな顔をしてあなたと詩子の前に立てばいいんですか」
自分は、詩子の言う“オリハラコウヘイ”という人物のことを完全に忘れてしまっているというのに。その所為で詩子と疎遠になってしまった。それなのに、詩子に忘れられてしまった司の為に詩子との間に立たなければならない。
そんなこと、今の茜に出来るわけがなかった。
「茜」
何とか、許してもらおうと司は茜に近付こうとする。だが、茜はその司の腕を踏んだ。
決別の、瞬間だった。
「それが、答えなのか…」
「今更です」
もう、茜は司の顔を見ようともしない。それが何より司には辛くて、自分がしてしまったことがどれだけ茜に傷を与えたのかを理解することになった。
司には茜が立ち去っていくさまを見送るしかなかった。
そして、司はゆっくりと目を閉じた。そのまま、覚めることのない眠りに就いた。後悔に苛まれながら。
【9/3 01:33 御禰市 市街地】
浩平はミストとの戦いを終え、市街地を歩いていた。
最近では世界との接点を得たこともあってか、擦れ違う人に存在を認識されるまでになっていた。
そして、浩平は遭いたくない人と出会うことになる。
「…」
その人は、少女は何も言わない。ただその無垢な瞳を浩平に向けるだけ。
浩平は、その少女を知っている。だが、少女は浩平を知らない。忘れてしまっている。浩平が、ONEが技を発動させるのに使っているディスクは個人の情報、記憶を圧縮された媒体であり、それを元に技を構成し、発動させている。
だが、そのディスクは浩平の記憶を削っているのではなく、そのディスクに記録されている人間の浩平に関する記憶のみを削っていくのである。
今まで、失わないように気をつけて使っていたが、その中で先日里村茜のディスクを喪失し、先程の戦闘で椎名繭のディスクを喪失した。
今、目の前にいるのは椎名繭だった。
「…動かなくなっちゃった」
繭はポツリと呟いた。大事そうに抱えているフェレットの亡骸を浩平に見せた。
「遠いところへ行ったんだよ、そいつは」
俺みたいにな。その言葉は呑み込んだ。悪戯に口にしていい言葉ではない。
「繭を置いて?」
「あぁ…そいつは、旅に出なくちゃいけなかったんだ。その旅にお前は連れて行けないんだ」
「みゅー…」
俯く繭の横を逃げるように浩平は駆け抜けた。
もう、彼女の顔を見ていたくなかった。今すぐにでも駆け寄って慰めてやりたくもなる。茜だってそうだ。今すぐ、もう待っている必要はないと告げてやりたくもなる。
だが、それは許されない。何より、自分の弱みを組織にさらけ出すことになる。このディスクを使っている時点でさらしているようなものだが、これ以上は許されない。
「俺は…奴らを滅ぼすその日まで戦い続けるんだ」
「それは怖いね」
声が響いた。
「誰だ!!」
叫び、周囲を見回してみるが、そこには誰もいない。
「怖いね。そんなに殺気立たなくても僕は君の目の前にいるよ」
声の主は浩平の目の前に姿を現した。
「おや。忘れられたことがそんなにショックだったかな?君は、弱いね」
「黙れ」
「一応、自己紹介はしておくよ。僕は氷上シュン。そして」
シュンはゆっくりと腹部に手を沿わせた。
「Eマター、始動。ゼロ…発動完了」
その姿を異形の戦士の姿へと変貌させる。
「完成体、ゼロ。その代わり、世界への干渉権は一切存在しない。あるのは君のような裏切り者を処断する権利だけだよ」
「っ!」
瞬時に身の危険を察知し、浩平はゼロとの間に距離をとった。
そして、構える。右腕を真上に、左腕を真下に。そのまま時計回りに180°回転させる。
「変…」
右腕を下から上へ、高く突き上げ、左腕を胸をカバーするように構える。
「身」
光が彼の体を包み込む。そして、光の収まる頃には戦士、ONEが姿を現していた。
「俺は逃げない。戦いから。みさおの無念を晴らす、その日まで」
「そうかい?」
ゼロが一瞬で踏み込んでくる。その拳をONEは捌き、タックルを入れようとするが、ゼロはそのまま地面へと飛び込み、転がってかわしてみせた。
同時に距離が出来た。それは、ONEの間合いだった。
「メモリー、インストール。ダークネスワールド」
無明の世界。それは、彼の先輩である川名みさきの特徴。彼女は眼が見えない。その特徴をまとめた技だった。しかし、それだけでは終わらない。
「デュアルインストール、サイレントディストラクター」
無音の破壊者。彼の後輩の上月澪の特徴である、言葉を喋れないと言うものを生かした技である。
ダークネスワールドによる不可視の攻撃とサイレントディストラクターによる無音の攻撃。これに勝る組み合わせは存在しない。だが、彼自身、この技を使いすぎてきていた。
だが、この厄介な相手を一撃で粉砕するには手段を選んでいる暇はなかった。
「凄いね。無音にして、不可視の攻撃。非の打ち所のない技だね。だけど」
ゼロは笑った。仮面に隠されて表情は見えないが、笑ったように感じられた。
「ゼロ」
ダークネスワールドとサイレントディストラクターはゼロに届く前に霧散した。
「この程度、僕には届かないよ」
「く…」
ONEは自らの失策を後悔した。同時に、インストールしていたみさきと澪のディスクが割れた。限界を迎えたのだった。
「ほら。忘れられた。次は誰のものを持ってくるのかな?」
「メモリーインストール、ノイジーワールド」
騒々しい世界。いつだってにぎやかで明るかった柚木詩子のディスクから発動する技だった。純粋な破壊力にのみ特化した技。今までのように、腕から発射される光線などではなく、インストールした腕の力を強化する、一撃必殺の拳の技だった。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
光線が効かないのならば、純粋な力で勝負。
だが、ゼロはその上を行く。
「怖いね…だけど、そのディスクを破壊すればどうかな?」
呟くとゼロは付近の住宅の屋根の上に飛び上がった。そして、腹部のベルト横の突起を掴むと一気に引き抜いた。赤く、禍々しい光がうねっている。
「ゼロビュート…正確に撃ち抜け」
ゼロはゼロビュートを振るとONEのディスクが入っている右腕の箇所のみを貫いた。
「ぐぁああっ」
ONEが叫びをあげるが、すぐにディスクを排出させた。
「…なんてな。フェイク、始動」
ONEは壊されたディスクを捨てると同時に、二枚のディスクを同時に挿入した。
「バックアップオーケー。ノイジーワールド、リスタート」
フェイクは深山雪見のディスクだった。それは、相手を騙すことにある。正確には演じる、ということなのだが。今回は相手に詩子のディスクを破壊したと思い込ませることだった。
そして、その目論見は成功したかに思われた。
「甘いね。誰からも忘れられるといいさ」
しかし、ゼロは再びゼロビュートを振ると詩子と雪見のディスクの両方を破壊してしまった。
同時に、両腕に装備していたディスクドライブも壊れてしまった。
「さて…頼みの綱のインストールキャノンまで破壊されてどうする?後は誰の記憶が残っているのかな?」
「…七瀬。俺に、力をくれ」
ONEは一枚のディスクを取り出し、胸のドライブに挿入した。
【9/3 01:51 御禰市 七瀬家】
眠っていた留美は唐突に目を覚ました。
そして、何かに取り付かれたかのように駆け、ヴァルキリーシステムを装着していた。
そのまま駆ける。
すぐに、そこにたどり着いた。
ONEが何かと戦っている。それはヴァルキリーシステムを介しても見えることはなかった。
だが、ONEが誰なのか、それだけはすぐにわかった。何より、自分をここに呼び出したのが誰なのかも。
「折原」
自覚した瞬間、留美の意識はONEの中にあった。ONEが媒体となり、その体を留美が操る。
留美は迷わずに最後のディスクに手をかけた。
――止めろ!!
浩平はそれを必死になって止めた。それだけは、何があっても使うわけには行かなかった。
長森瑞佳の、自分がもっとも大切にしている記憶だけは使うわけには行かなかった。それだけは、失えない。
「瑞佳。行くわよ」
「…?」
ゼロは今まで男の声だったONEから女性の声が漏れたことに不信感を抱いたが、先程のONEの行動、駆けつけたヴァルキリーが倒れていることなどから現状を理解した。
今、ONEの中には2人の人格が存在し、ONEを操っているのはヴァルキリーを装着していた女なのだと。
「ヴァリアブルアームズ、展開」
ONEはヴァルキリーの背面からヴァリアブルアームズを取るとそこに瑞佳のディスクを挿入した。まるで、それが当たり前であるかのように。
瞬間、ONEの中に3つの意識が宿った。
宿主である浩平。操作権を得た留美。ヴァリアブルアームズに宿った瑞佳。この3人にはそれぞれ役割がある。
留美は自らの役目を悟った。
「ヴァリアブルアームズ、スライダーモード」
ONEはヴァリアブルアームズを投げるとその上に飛び乗った。
何か不穏な気配を感じ取ったのか、ゼロはそれに対し自身の持つエターナルマターからエネルギーを引き出し、それを光弾にして放つが、ONEはそれをヴァリアブルアームズを足で操作して切り払う。
――あぅ…!
直後、瑞佳の苦痛の声がONEの中に響いた。
――七瀬!!長森とその剣は存在を共有してるんだ。使える回数には限度がある。それを超えれば長森が壊れてしまうぞ!!
「あんた…いつから瑞佳のことをその呼び方に戻したのよ」
――今はそれどころじゃない!!前を見ろ。
「わかったわよ。その代わり、後でしっかり話を聞かせてもらうわ」
浩平を黙らせると、留美は地面を抉りながらゼロに向かって突っ込んだ。
衝突。瞬間、瑞佳の意識の一部がゼロの中に流れ込んだ。
「く…ぁああ…何なんだ、これは」
異様な異物感に苛まれヴァリアブルアームズを引き抜こうとするゼロ。
同時に、留美は自分と瑞佳の役割が終わったことを理解した。
「じゃ、折原。後はしっかりやんなさいよ」
ONEの胸の中のディスクと、ヴァリアブルアームズの中のディスクが同時にエラーを起こし、強制排出された。
それと同時に、ONEは跳躍し、空中で反転。ゼロに向かって脚を突き出すとその胸を正確に捉えた。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
雄叫びと共に、ゼロを後退らせていく。
「そんな馬鹿な…!ゼロのEマターは、ONEを凌ぐ筈なのに」
「みさお…俺は、全て受け入れる!!」
ゼロの狼狽と、ONEの決意。2つが重なった瞬間、ONEの姿が変わった。
重厚だった真紅の鎧はより引き締まった形で輝きを放っている。両腕のインストールキャノンは姿を消し、代わりにその右手には巨大なフォトンキャノンが装着されている。
「皆。俺のことを忘れてくれていてもいい。今度は、俺の中の皆の記憶から道を作る」
フォトンキャノンをゼロに向ける。
赤い照準レーザーがゼロの胸に正確に照射される。
『ONE FOREVER FINAL BLOW BRIGHT SEASON』
フォトンキャノンから電子音声が響くと同時にONEが姿を消した。直後、空中に固定されたフォトンキャノンから光子弾と一緒にONEが飛び出した。光と共に相手を貫く。それが、ONEの最終形態、ONEフォーエバーフォームの必殺技、ブライトシーズンである。
「永遠なんて、どこにもありはしないんだ。それに気付けないのならお前達は俺の敵になるしかないんだよ」
倒れ、変身の解けたゼロに対し、ONEは言った。
「…真理、だね。でも、そこに縋らなくちゃ生きられない人だっているんだよ?君だってそうだったじゃないか」
「傷は、癒せるんだ。一緒に歩いてくれる人を、見捨てたりしなければ。俺は、それに気付けただけだ」
ONEはシュンに背を向けた。
「待って」
シュンはONEを呼び止める。ONEが振り向くと同時に自らの腹部に手刀を突き立てた。
「な、何をして…」
「これが、僕のEマター…いつか、誰かがこれを必要とする日が来る。だから、これは君に預ける。僕に勝った君の、責任だよ」
「勝手な話だ」
「そうだね。だけど、君は引き受けるよ」
シュンは迷いなく言い切った。
ONEもそこまで言われてしまうと断れなかった。
「わかった。預かろう」
「必ず、必要とする人に渡してくれ。本当は、そのために…」
シュンは言葉を切った。いや、口は動いているが、声が出ていない。
「…強制力」
それだけ最後に呟くと、シュンは光となって消えた。それが氷上シュンという男の最期だった。何者にも存在を肯定されず、最後まで、世界に何かを残すことを拒まれた男は、たった一つ、同じ世界の外側にいる男に託して全てを終えた。
最後まで、自身の存在というものに縛られながら。
「…Eマター。これさえなければ、俺達はこんな想いをすることはなかったはずだ……」
シュンのEマターを手にしたまま、ONEは夜空に向かって吼えた。
「ぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
次回予告
浩平は自身の戦いに終止符を打つことを決意する。
そこに祐一を連れて駆けつける翔矢。
彼らの前に絶望に取り付かれたものたちが立ち塞がる。
祐一が、翔矢が浩平の為に道を作る。
そして、最後の戦い、浩平は遂に覚悟を決める。
「瑞佳…見てろよ。これが、俺の…変身」
交わる心と覚醒する力、戦いは誰の為に?
次回、仮面ライダーSAGA
#.16 メビウス
後書き
セナ「断じてウルトラマンではありません」
梓 「開口一番それなのね」
セナ「メビウスは、無限大の意味で使用します。ウルトラマンではありません」
梓 「で、今回は完全にONEのストーリーなの?」
セナ「ですね。ONEの全容…というか、浩平の執着心?が産んだONEの本気でした」
梓 「ていうか、七瀬さんの立ち位置がいまいち理解できないんだけど」
セナ「あ、これの場合は全員が浩平のことを忘れてないんだよっていう設定。で、浩平がディスクを使い潰していくことによって皆に忘れられていくっていう感じ」
梓 「ゼロノス…」
セナ「前に言った」
梓 「で、七瀬さんは?」
セナ「瑞佳の親友で、浩平との距離は瑞佳の次に近かった感じ。その分、浩平とも親密だったから浩平もディスクを使うのは最後までしなかったということ」
梓 「ていうか、ヒロインは長森さんでいいのね?」
セナ「うん」
梓 「了解」
セナ「では、また次回でお会いしましょう」