仮面ライダーSAGA
#.14 戦乙女、降臨
【8/20 09:01 御禰市 警察庁特殊技術開発部分室】
それは一般には公表されていない部署だった。
そこでは、嘗ての量産型デフィート事件の反省を踏まえ、特定の人物にしか使用できない、それでいて嘗てのデフィートに勝る能力を持った特殊装甲服の開発が行われていた。
開発主任、七瀬幸春。試験運用員、七瀬留美。研究主任、深山耕造。研究員補佐、深山雪見。特別試験運用員、川名みさき。
これが、この分室の構成人員だった。
それぞれの開発分野は異なる。
幸春は装甲素材など、基本となる部分を担当。耕造は輝石などの効力の研究、人為的な再現を研究している。
耕造の研究の一つの成果として、娘である雪見の親友のみさきの視力の代わりとなる、脳内へと情報を送り、あたかも見えているかのように体に錯覚させる…生身のままで使用できる暗視システムを開発している。
これにより、新型装甲服では暗視システムを必要とせず、その分だけ軽量化や、コスト削減も可能とした。
そして、その研究、開発に一つの結果が用意された。
「どうも、態々ご足労いただき、ありがとうございます。これより、擬似輝石システム、エイドと発展型デフィートシステム、ヴァルキリーを披露させていただきます」
その成果を確認するために衛次はそこにいた。
はっきり言えば、ここで行われている研究の内容は今すぐに破棄してしまいたい。それが衛次の本音だった。書類で確認したスペックであれば嘗てのデフィートを超える。その時点で、量産さえ出来れば問題なく翔矢と祐一を殲滅できる。
それは、認められない。
「留美。エイドシステムから実行しなさい」
『了解』
幸春が擬似戦闘室にいる娘の留美へと指示を送る。
同時に、ガラス越しに見える留美がベルトを装着し、そのホルスターから小さなメモリーカードを取り出した。
『変身』
抑揚のない声で呟き、それをベルト中央のバックルの内部へと挿入させると、ベルトを起点として強化繊維が彼女の体を包んでいった。
「これがエイドシステムです。これは、輝石の力を研究し、人為的に『変身』を発生させるシステムです。ただ、テンペストのように装甲までは展開できず、必然的にボディースーツのようなものになってしまいます。
ただ、これはトライナルシステムで言うところのパワーアクセラレーターに順ずるところもあります。そのため、エイドシステムが効果を発揮しているうちはヴァルキリーシステムのパワーアクセラレーターは稼動する必要はありません」
「どれくらい、持つんですか?」
「そうですね…最低1時間は持ちます。一度使用を停止した後はまた1時間後にチャージが終了しますので、ある程度の継戦能力はあります。
あぁ、それと。先程のディスクですが、あれには留美の個人情報…まぁ、染色体やら遺伝子情報、血液データとかそういったものが保存されています。それと、ベルトが留美の体内にスキャンをかけ、一致したときのみ変身が可能となるのです」
量産型デフィートの反省は十分に生かされているようだった。
だが、まだヴァルキリーシステムがどうなのかはわからない以上、油断は出来なかった。
「留美。ヴァルキリーシステムを装着しなさい」
『了解』
留美は歩いて待機していた雪見から一つ一つ装甲を受け取り、装着していく。こういうところはデフィートと変わらない。
『データリンク終了。ヴァルキリーシステム、正常に稼動』
その言葉と同時に、頭部後方へと畳まれていた2本のブレードアンテナが頭部前方へ向けてせり上がってくる。
それの停止と同時に真紅の双眸が強く輝いた。デフィート、トライナルのようなメタリックブルーの装甲ではなく、白銀の装甲だった。
「あれは、未塗装ですか?」
「いえ、まだ警察の備品ではないので。ですから、試験者の希望色にしてあります」
ということは、その色は留美の希望ということになる。
「あれの腹部中央のベルトですね、あれはエイドのベルトに被せるようにして装着します。ま、バックルだけしか装着しませんがね。それが、登録されたデータとエイドの認証データ。その2つを認識して初めてヴァルキリーは稼動します。このあたりには念を押しておきました」
確かに。
衛次はその言葉を呑み込んだ。
それぐらいはやってもらわないと困るのだ。誰でも扱えるようにしたからこそ以前のような事件が起きたのだから。
「留美。実践テストに移行する。射撃モードで起動、クレーを撃ち落しなさい」
『了解』
その言葉と同時に、ヴァルキリーは腰のホルスターからハンドガンを抜くと、油断なく構えた。
「クレー、射出」
幸春の言葉を合図にヴァルキリーに向けてクレーが射出された。それを確実に、冷静に撃ち落していく。
だが、今のレベルの内容であれば嘗てのデフィートでも可能だった。それを考えればこの程度ではないのだろうと容易に想像がついた。
「留美、同時射出に移行する。射撃モードを単発から連発に切り替えなさい」
ヴァルキリーがハンドガンを操作し、構えなおす。
直後、クレーが同時に連続発射される。それを一回の射撃で叩き落す。
だが、衛次の眼はそれがどういう理屈で行われているのかをはっきりと捉えている。ヴァルキリーのハンドガンには小銃のように単発、連発の切り替え機能がついている。今は、連発で撃っているだけである。
この機能は、デフィート、トライナルには装備されていない。デフィートの頃はこういった装備を一切考慮していなかった。トライナルに関してはエクステンドアームズの能力等により、連発銃を必要とせず、仮に必要であってもトライナルの性能であればファングの連発も可能なのである。
「留美。全方位モードに切り替える。何をしてもいいから全て叩き落しなさい」
『了解』
ヴァルキリーが背面に装着されていた高機動ユニットを取り外し、それを変形させていく。
『ヴァリアブルアームズ、展開終了』
高機動ユニットは巨大な剣となった。だが、それだけではないのだろう。
それを証明するかのようにヴァルキリーはグリップ部分のボタンでコマンドを入力していく。
「これが、ヴァルキリー最大の特徴です」
幸春は言う。
『マルチガンナー、アクティブ』
飛んできたクレーを切り落とし、振り抜いた状態からヴァリアブルアームズの中心部分からニードルガンを発射する。それによって、背後から迫っていたクレーを叩き落す。更にはワイヤーまで射出し、クレーを切り裂いたり、捕らえたりもする。
確かに、これならば幸春の自信にも納得は出来る。衛次はそう思った。
だが、この程度であればトライナルでも2体までならば相手に出来る。それも確信していた。寧ろ、スマッシャーを最初から使用すれば、間違いなくスマッシャーの弾数分は倒せるだろう。
(結局、廉価版であることには変わりはないわけだ)
そう納得すると、続けられているヴァルキリーのテストを見続けた。
【8/23 19:11 御禰市 住宅街】
男が、立っていた。
空き地に佇む、晴れているにも拘らず傘を指している少女を見ていた。
「…茜」
男は、少女の名を呟いた。里村茜。浩平を忘れ去ってしまった少女。同時に。
「お前を、殺す」
男が茜に向かって駆けると、拳を構えた。足音に気付き、茜が振り返る。
「司…!?」
茜は彼を知っていた。
嘗て、浩平と同じように忽然と姿を消し、誰からも忘れ去られてしまった幼馴染。城島、司。
だが、彼は既にその名前を捨てていた。彼は、世界を見限ったのだ。
「茜。俺は、この世界との因縁を全て断ち切る。お前と、詩子を消すことによって。だから、死ね」
司は茜が逃げようともしないことを確認して、静かに佇んだ。
そして、呟く。
「量子変換、実行」
その体を靄のようなものが覆い、その中からミストが姿を現す。
「俺は、もう城島司などではない。世界を否定する尖兵、ミストだ」
言って、ミストは茜に向かって拳を振り下ろした。我に返り、それを何とかかわす茜。だが、ミストの攻撃の衝撃波を受けた地面は何か重いものが落下したかのように窪んでいた。
喰らっていれば、間違いなく死んでいた。
「司!どうして…どうしてこんな…」
茜は、司がどうして世界を否定したのかを知っていた。だが、それだけで、自分たちをも捨てていくのか理解できなかった。
かつて、好きだった学校の先生が事故で亡くなった。それだけだった。
無論、司にとってはそれだけ、という言葉で済ませることは出来なかったのだろう。
それでも、それが自分と詩子を捨てていく理由にはならない。茜はそう思っていた。
初恋だったから。茜にとって、そして、忘れてしまっていても詩子にとっても。司は初恋の相手だった。だからこそ、茜は世界に繋ぎ止めようとした。
しかし、司はそれを全て振り払い、世界を否定した。
そして、今では世界を滅ぼすための尖兵として自分の前にいる。冗談ではない。
まだ、自分が何を忘れてしまっているのか、思い出せない。それなのに、死にたくはなかった。それも、初恋の相手の手で。
『マルチガンナー、ニードルモード発射』
そこに、茜にとっては慣れ親しんだ声が聞こえてきた。最近では、父親の研究の手伝いをしていると聞いていたが、何がどうして。
『ヴァルキリー、目標を発見。これより攻撃行動に入ります』
銀の装甲に身を包んでいるのか。
『里村さん。すぐにここから離脱して。今からここは、戦場になる』
嘗ての彼女であればあり得ないほどの事務的な口調。そこに感情は感じられない。
「七瀬、さん」
『早く』
茜はヴァルキリー…七瀬留美に指示されるがままに空き地を飛び出した。飛び出してすぐに今度は青い装甲…トライナルと擦れ違う。それが、最近よくニュースで見かけるものだと納得する。
だが、今は変わり果てた司の姿を見ていたくなくて。茜は走り去った。
〈七瀬さんはバックアップに。僕がフォワードで行く〉
『了解』
トライナルがドラゴンテールを構えると、すぐさま駆けた。
一瞬でミストとの距離を詰める。ヴァルキリーの全速力よりも明らかに速い。自分が相手であれば、間違いなく対応できないままに切り伏せられているだろう。
だが、ミストはトライナルの一撃をかわして見せた。
〈ふっ!〉
そんなことは予想していたと言わんばかりにドラゴンテールを振り抜いた勢いのままに後ろ回し蹴りを叩き込む。
流石にこちらは予想外だったのかかわしきれずに踏鞴を踏んでしまうミスト。
『マルチガンナー、ワイヤーモード』
その隙を逃さず、ヴァルキリーはヴァリアブルアームズからワイヤーを放ち、ミストを絡め取る。
だが、それを受けてもトライナルは動かなかった。理由が理解できず、抗議の声を上げようとするが、すぐに理由に気付いた。
ミストはそのワイヤーを引きちぎってみせたのだ。同時に、トライナルが武器を捨て、掴みかかる。
反撃に転じたミストの拳を受け止め、反対の手も掴む。拮抗しあう力。ミストも相手の予想外の力に戸惑いを感じていた。何より、今の状態で世界との接触を絶つのは危険すぎた。
それを実行し、完了するまでに30秒が必要で、そんなことをすればヴァルキリーはともかく、トライナルは確実に仕留めてくる。それを理解できるからこそ、ミストは動けなかった。
トライナルも、ここで離してしまえば大変なことになると理解していたからこそそのままでいた。
瞬間、トライナルは背中に衝撃を感じた。蹴られる、と言うよりは踏みつけられる感覚。
気付けば、ヴァルキリーがヴァリアブルアームズを振りかぶった状態で跳んでいた。
〈よせ!〉
叫ぶが、遅い。
トライナルの姿勢が崩れたことでミストは一瞬の自由を得た。同時に、ヴァルキリーがたいしたことのない相手であることを理解していたため、迷わず拳を叩き込んだ。
『かはっ…!』
ヴァリアブルアームズを取り落とし、そのまま地面に叩きつけられるヴァルキリー。
〈ち…エクステンドチェイサー〉
舌打ちし、すぐに対応するためにトライナルはエクステンドチェイサーを呼び出した。エクステンドアームズの搭載などの理由により、音声認識機能を搭載したエクステンドチェイサーは呼べば来るという機能も得ていた。
〈マグナカノン、セット〉
その指示だけすると、トライナルはファングを抜き、撃ち始めた。本来のスタンスだ。これで敗北するようでは困る。
連発し、エクステンドチェイサーの準備が終わるのを待った。
――Complete
完了を告げる電子音声が鳴り響く。
それを確認すると一発だけ当てて体制を崩させるとすぐにエクステンドチェイサーへと駆け寄った。マシンの中央部から大口径の砲身が覗いている。さらに、マシンの後部にはファングを差し込むスリットがあり、そこにファングを差し込む。
〈マグナカノン、発射〉
トリガーを引くと、巨大な光弾が発射され、ミストに直撃する。
マグナカノンは、エクステンドチェイサーそのものを砲身とした巨大なフォトンキャノンである。実体を伴った光子砲。所謂ビーやレーザーとは一線を画すものだ。
もっとも、これでミストを仕留められたとは思っていない。
今は、先程の攻撃で倒れているヴァルキリーを回収するのが先決だった。
〈撤退します〉
トライナルはヴァルキリーとヴァリアブルアームズを抱えると走り出した。エクステンドチェイサーもそれに追従するように走り出した。
勝てる戦いを、負ける戦いとしてしまった。
もっと、相手に自制を促すべきだった。様々な後悔がトライナルを襲うが、今となってはどうにもならない。どうにもならないからこそ、それは後悔と呼ぶのだから。
【8/23 22:56 S市 翔矢のアパート】
その日、梓は家に帰らずに翔矢の部屋に泊まった。
最早、暗黙の了解と化しているのだが、それではいけないとも翔矢は思っていた。今のまま、中途半端なままで梓と一緒にいること。梓に対して答えを濁したままでいること。
そろそろ、道を、覚悟を決めなければならないのだろう。
そう思うと、翔矢は眠っている梓を起こさないように部屋を出た。こういうとき、紗代がいたらどうしていただろう?紗代ならばどうするだろう?
そんなことばかり考えてしまう。
だからだろうか。
歩く翔矢の隣を、紗代が歩いていた。
「翔矢君」
紗代は翔矢に声をかけた。
「…ん」
小さく応え、翔矢は視線だけを紗代に向けた。
そこに、あの日切り株で分かれたままの姿の紗代がいた。あの日と何も変わらない。そのままで。
「翔矢君は、青の継承者としてあまりにも完璧すぎるよ」
「それが、望みじゃなかったのか?」
紗代の言葉に、翔矢はただ苦笑いを浮かべるばかりだった。
「それは、私の立場で言えばってことになるかな」
そして、紗代も笑った。
それが当たり前のように。2人は笑顔を浮かべた。
「嘗て存在していた私自身の望みとしては、翔矢君はテンペストとして完成はしてほしくなかった。好きな人が、人間じゃなくなるっていうのは、やっぱり辛いから」
あはは、と力なく笑う紗代。
翔矢はそんな紗代に対して何も言わなかった。
お互い、結構頑固なところもあり、こうして衝突も繰り返してきた。それは、お互い譲れなくて。でも、最終的にはお互いで許しあえた。
「紗代」
そして、そんな関係も終わる。
それは翔矢の確信だった。
「もう、これが最後なんじゃないのか?」
「やっぱり、わかる?」
「あぁ」
頷く翔矢。もう、紗代には会えない。それを理解しても不思議と寂しさは沸いてこなかった。
もう会えないということを切なくは感じても、それを寂しいとは思えなかった。以前であれば、寂しいと感じただろう。
だが、今の翔矢の傍には梓がいて、仲間たちがいる。
それで寂しいとは言えなかった。
「翔矢君が本当に戦わなきゃいけないのは獣の王でもなく、あの鬼でもないんだよ。本当は、輝石を作り出した存在と戦わなきゃいけない。それは、青と赤が揃った今じゃなきゃ駄目なの。こんな機会、きっともう二度と訪れないから」
紗代は伝えたいことだけを伝える。
最後に、翔矢といる時間を感じたくて。
青の輝石の伝道者となろうとも、その人格は静原紗代そのものなのだから。天原翔矢という男を愛し、愛された少女なのだから。ただ、翔矢との時間を共有して、別れたかった。
もう、別離は怖くない。
翔矢がどれだけ自分を愛してくれたかを知っているから。これからも、ずっと愛し続けてくれると知っているから。
「わかった。俺は、愛する者がいたこの世界を、愛する者がいるこの世界を守り続けるよ」
翔矢も知っている。
紗代が死して尚、自分のことを愛してくれていることを。梓も、同じように自分を愛してくれていることを知っている。
「俺は、紗代と出会って、紗代を愛した。それで、こんな俺でも誰かを愛せるんだって教えてもらえた。紗代がいなくなって、梓がずっと傍にいてくれた。俺を愛してくれていたのは紗代だけじゃなかったんだって、教えてもらえた。
全部、紗代がいてくれたからなんだ。
これから先、俺はずっと紗代を愛し続けるし、梓のことも同じくらい愛していくと思う。それだけ、2人とも大切だから。絶対、もう、失くさないように。俺は、仮面ライダーとして、戦って戦って守り抜くよ」
「うん。それだけ聞ければ満足だよ。幸せに、なってね」
その言葉を残し、紗代は忽然と姿を消した。
「さようなら、紗代」
君は、モノクロだった世界に色をくれた。光を与えてくれた。
君が消えても、梓が色をもっと与えてくれた。光をくれた。
大切だから。
本当に、全てを賭けてもいいほどに大切だから。
「…キズナ、リオ。そろそろ、決着をつけようか」
だから、戦う者として、最後の戦いの場へと足を踏み出した。
次回予告
浩平と司が出会い、ぶつかり合う。
そして、司が倒れたとき、一人の少年が姿を現した。
少年は浩平の攻撃を全て受け止め、浩平の焦りを増長させていく。
そして、ついに触れてはならない”記憶”に手を伸ばす。
それは、浩平の絆そのもので、世界にとどめておく最大の要因だった。
次々に浩平を忘れていく少女たち。それでも、浩平は戦い続けた。
交わる心と覚醒する力、戦いは誰の為に?
次回、仮面ライダーSAGA
#.15 ゼロ
後書き
セナ「紗代、2度目の登場で退場」
梓 「扱い酷くない?」
セナ「いや、紗代は故人だから。あまり何度も何度も使えないから」
梓 「ふぅん。それよりも、私、随分と久し振りに登場したような気がするんだけど」
セナ「気がするどころじゃないよ。本当に久し振りだと思う」
梓 「…まぁ、出てても台詞なしだけどね」
セナ「うん。今回は翔矢に関しては紗代がメインだからね」
梓 「取り敢えず、今後に期待しとく」
セナ「そういうことでよろしく」
梓 「はいはい…」