仮面ライダーSAGA
#.13 存在しない男
【??】
まだ、折原浩平は幼かった。
その頃は、彼には母がいて、妹がいた。
妹は難病を患い、看病に追われていた母は日に日に狂っていった。
「ここに行けば、みさおの病気は治るのよ」
母はそう言った。
そして、まだ入院が必要なはずの妹を連れ、浩平を置いて姿を消した。
数ヶ月して、母と、複数の男が浩平の元を訪れた。
「こいつか?」
「はい」
男の確認に母が短く応えると、男たちは浩平を拘束し、拉致した。
そして、ある手術を受けた後、すぐに解放された。
そこで、妹の死を告げられた。絶望が彼を包んだ。
「盟約を望むか?」
白衣の男が言った。
だが、浩平は手術の影響からか、幼馴染の少女がそれを言っているように感じていた。
「めい…や、く?」
「そうだ。お前が、この世界を見限り、真の理想郷を作るための尖兵となるのだ」
妹を失ったという現実を知ったばかりの浩平にとって、その言葉は甘美なものだった。
だからこそ、彼は頷いてしまった。
全てを忘れ、妹は病死したと記憶の中に偽りの記憶を残し、浩平は日常を過ごした。その中で、数多の出会いをした。
彼が、幼馴染の少女に恋心を抱いていることを自覚し、想いが通じた頃、彼の周囲で異変が起き始めた。
彼を認識できない人が出てくるようになった。
最初は疎遠な人物。それから、少しずつ身近な人へと。
忘れられていく。
そして、彼は思い出した。
盟約の存在、世界を切り捨てるための尖兵。
彼は、成す術もなく組織へと拉致され、手術を受けた。
前回が適合手術。
今回は、改造手術。
彼は、世界を切り捨てるための尖兵へとされてしまった。
訓練と称して、初めて戦わされたのが、変わり果てた姿の妹だった。
チューブなどに?がれ、無理やり命をつながされ、それでも肉体は別種の生物と融合し、怪物と化していた。
その妹を、浩平は、彼女自身の願いとして、殺した。
その瞬間、世界を憎んだ。
だが、それを許さなかったのも彼自身だった。
そして、組織からの脱走を決意したのだった。
【8/12 13:22 公園】
浩平は自分が夢を見ていたことに気付いた。
「…まだ、人間でいられるんだな」
夢を見るのは、人間だけ。
だから、自分が人間でいられることに喜びを感じた。
「見つけたぞ」
そんな時、背後からかけられた声に、浩平は慌てて距離をとった。
「誰だ!」
「…慌てすぎだ。顔を出せと言ったのに、全く姿を見せないから探しに来てやったんだ」
翔矢がいた。
公園の入り口にはヘイムダルが止められている。
「…すまない。こっちも追っ手を撒くのに精一杯で」
「その追っ手なら先程黙らせてきた。話をする間くらいなら問題はないだろう」
一瞬、呆気に取られたような顔をした浩平だったが、すぐに顔を引き締めた。
翔矢が規格外であるというのは既に承知している。
「俺を、どうする?」
「まず、警察に協力を仰ごうと思って、そこに連れてきている」
公園の入り口、ヘイムダルの横に止められた車の中に衛次がいた。
「無駄だと思うぞ」
浩平はそう言って、衛次の方へと歩いていった。そして、衛次のいる側の窓ガラスを叩いてみた。
だが、音はせず、衛次も浩平を認識することはなかった。
「こういうことさ。俺は、世界のはみ出し者ってことなのさ」
ふう、とため息と共に首を振ると浩平は車の脇をすり抜けて去ろうとした。
「待て」
そんな浩平を翔矢は呼び止める。
「お前、何に絶望した」
「…世界さ。大事にしてきたもの、全部奪われたんだ。だから、そのための復讐をしてるところさ」
瞬間、翔矢は浩平に殴りかかった。
「何しやがる!!」
激昂し、浩平は翔矢に掴みかかった。そのまま押し倒そうとするが、翔矢は微動だにしなかった。
「お前はまだ、取り戻せる。まだ、全てを失ってなんかいない」
「っ!!」
翔矢の言葉に、浩平は何も言えなくなった。
そうだ。
まだ、残されている。
まだ、絶対に失ってはいけない記憶が残っている。
それは、本当に大切で、何より、彼の全てとも言えた。気のいい仲間たちだけではなく、本当に、彼自身の心の拠り所となった少女。
「お前に…何がわかるって言うんだ!!」
だが、浩平は彼女の元へ帰る術を持たなかった。それは許されない。
「俺は、失ったんだ。だから、お前みたいに、失ってもいない、力を持った奴が絶望している姿を見るのは心底吐き気がするんだ。まだ、倒れるには早すぎる」
翔矢は失ってしまった少女を思い浮かべた。
あの森の中での邂逅以来、翔矢は紗代とは会っていない。彼の前に姿を現さなくなった。しかし、翔矢はそれでもよかった。
一度会えただけでも。踏ん切りはついたのだ。
「ついて来い。あいつなら、お前を認識できるはずだ」
そう言って、翔矢は公園を後にした。
その間、衛次の携帯にメールを打っておいた。
『すみません。相手に逃げられました』
【??】
「適合体クラスAAA+、コードネーム、『ミスト』」
「は…」
暗闇の中、玉座に座する男の足元で、異形の戦士が跪いていた。
「貴様と同じ、AA+の片割れ、コードネーム『ONE』が脱走した」
「何と…実に愚かな行為でしょうか」
ミストは男の言葉に驚きを示した。
男は鷹揚に頷くと、すぐにミストの頭上に手を翳した。
「これより、貴様に権限を与える。世界への干渉権だ。それを持って、ONEを世界にとどめる要因を始末しろ」
「は…」
ミストの姿が洗練されたものへと変質する。
その姿はONEに酷似しているが、その双眸は青く、悲しみに染まっているようだった。そして、外殻装甲は漆黒に染まり、闇に染まっている。
「行け」
男の言葉に従い、ミストはその場を後にした。
「茜、詩子。俺は、もう一度お前たちの世界に戻る。そこで、俺の因縁も全て断ち切ってみせる」
【8/12 15:29 水瀬家前】
翔矢に呼び出された祐一は家の前に立っていた。
秋子と父親の関係から、本来、水瀬家に近寄ることすらしない翔矢がここまで来ることを選んだのは、何より、祐一の生活を壊さないためだった。
祐一には、家族も、恋人もいる。そんな人を、失った人間の因縁に巻き込むのは出来れば避けたい。しかし、衛次が浩平を認識できない以上、祐一に頼るしかないのだ。
「すまん。待たせた」
翔矢と浩平が到着した。
「いや、それはいいけど。そいつ、誰だ?」
祐一は失礼を承知で浩平を指差した。それに対し、浩平の表情は驚愕に染まるのみだった。
2人は、あまりに近い。存在が似通っている。
失い、取り戻した。
そこで違うのはその後に奪われたか否かという部分だった。
何より、祐一が浩平を認識できたことが最も大きい。
「お前…俺がわかるのか?」
「…お前なんか知らないけど。こいつ、何を言ってるんだ?」
わけのわからない祐一は翔矢に尋ねた。
「そいつは、周りからは認識されてないんだ。多分、今こいつの姿を確認できるのは、こいつと同様の改造を加えられた改造人間と、俺たち、輝石を持つ者だけだろう」
それが答えだった。
輝石を持っている限り、この世の不条理からある程度解放される。
それを持ってすれば不条理の塊でもある折原浩平という存在も認識できるのだ。
「で、俺に何をさせたいんだ?」
「もし、こいつと同じように周囲に認識されないような奴らがいたら、そいつらは敵だ。この世界を否定する敵だ。だから、躊躇うな。何を言われても、何があっても躊躇うな」
「あ…あぁ」
有無を言わせぬ口調の翔矢に、祐一は若干たじろいだ。だが、言わんとしていることはわかる。だから、頷いた。
自分たちが守りたいのは、愛する者がいるこの世界、愛する者がいたこの世界、大切な存在が眠るこの世界。その世界を胸を張って生きていけるように、あるがまま、やさしい世界のままで守り抜きたい。
そう思って戦っている。たとえ、その体が既に人間でなくても。心は人間のままで守り抜きたい。
だから、祐一は承諾する。
「わかっただろう、折原。お前と共に戦える者がこれだけいるんだ。お前は、まだまだ取り戻せるさ。失くしても、また手に入れられる。諦めない限り。
人は諦めない限り、大切なものを手に入れられるんだ。そして、その大切なものを守るのが、俺たち仮面ライダーだ」
初めて、翔矢は会話の中で自分を仮面ライダーと名乗った。
それは、何も自分が人類の守護者となると決めたからではない。人は人のままで強くなる。人として、人を超えてしまった者として、戦い続ける者。それが仮面ライダーなのだ。それが翔矢の答えだった。
そして、それは祐一にも共通する。
「…ありがとう」
だから、浩平は感謝を告げた。
自分も、戦っていいような気がしたから。誰かを守るために、戦うのも悪くはない。そう思えたから。
【8/13 19:03 住宅街】
いつものように街を周り、徘徊しているゴブリンを倒し、帰途につく翔矢の駆るヘイムダルと併走するものがいた。
「…」
言い知れぬ不安を抱き、翔矢は一気に加速した。併走していたバイクも同じように加速し、ついて来た。
周りは翔矢が爆走しているようにしか見ていない。
つまり、
(こいつか…!)
これが新たな敵なのだ。
「だったら、躊躇うことはないか」
言って、翔矢はハンドルから手を離し、徐に立ち上がった。あまりにも無謀だったが、風や路面を読み、バランスを取り、脚のペダルで必要最低限の操作を続ける。
「テンペスト…」
その状態でいつものようにポーズをとる。
「変…身ッ!」
アルタークから光が放たれ、その体を作り変える。戦う者、仮面ライダーへと。
「仮面ライダー、テンペスト!」
今まではしなかった名乗り。それをするということが翔矢自身の意識の変化だった。
「…量子変換、実行」
男が呟いた。
それと同時に靄のようなものが男とバイクを包んだ。暫く経ってその靄を突き破るようにしてバイクに乗ったミストが飛び出した。
「貴様を脅威と認識し、排除する」
ミストが呟き、バイクに乗ったままテンペストに向かってパンチを加える。
しかし、テンペストは車体を傾けそれをかわすと、一瞬ブレーキをかけてミストの背後を取る。
「おやっさんの仕事が完璧だったこと、ここで証明します」
言って、テンペストは前輪を持ち上げた。そのままスロットルを開け、加速する。
「ッ!」
ミストはその意図に気付いたのか慌てて横に移動する。
だが、それを読んでいたかのようにテンペストはその状態から跳躍、前輪の上に着地すると回転が収まらないうちにその回転を利用し一瞬で勢いをつけるとミストに蹴りを加え、バイクから叩き落した。
一方のテンペストは蹴った後の反動でヘイムダルまで戻り、そのまま止まった。
あの程度で、ミストは死なない。それをわかっているからこそ、テンペストは警戒を解かなかった。
「…貴様を警戒レベルBからAへと繰り上げる」
ミストは腰に装着されたホルスターから一枚のディスクを取り出した。
「一瞬でこの世界から消してやろう」
シュカッ、と軽い音を立ててディスクがミストのベルト中央へと読み込まれる。
「ワールドエンド」
その言葉と共に光が両足に宿っていく。
「ふっ…!」
軽い踏切りから一気に跳躍、テンペストへと光る脚を突き出す。
「テンペスト…限界を、今のお前が定めた限界を超えてみせろ。もう、融合率を気にする必要もないだろう」
――承知した。
久々に聞いたテンペスト自身の声だった。
だが、今はそれどころではない。今は、目前に迫る明確すぎるほどの死を排除しなければならない。
「ヘブンストライカーッ!!」
その叫びに呼応するかのように、テンペストの腕に巨大な剣が握られていた。派手な装飾の施された幅広の長剣。その件を思い切り、振りぬく。
「うぉおおっ!?」
そのまま弾き飛ばされるミスト。そのミストを追うことなく、テンペストはそこに佇んだ。装甲にも装飾が施され、また、基本色に金が増えている。更には背にはマントを広げ、風をその身に受けている。
「テンペスト、オーディン」
かつて、絶対神として君臨した神。その名を冠する姿。それがこの姿だった。
長剣、ヘブンストライカーを持ち、金色に輝く装甲、マントをたなびかせる姿。これこそが、テンペストの真の姿だった。何も抑えるもののない、完全な力。
青の輝石の持つ力を余すところなく使う姿。
「…警戒レベルを最大のSへと切り替える。貴様をONEと同等の、最優先排除対象とする」
「やってみろ」
静かに、テンペストはヘブンストライカーを構えたまま左に半歩踏み出した。
まるで棒立ちのようではあったが、それは違う。どんな攻撃が来ても、確実に対処するという自信の表れだった。
「く…撤退する」
ミストは撤退を選んだ。
それを見送るとテンペストは変身を解いた。
「思っていたよりも、消耗が激しいものだな。何より、まだ融合していないところもあったのか。拒絶反応も出るとは」
後に現れたのは傷だらけの翔矢だった。その傷こそがテンペスト・オーディンの拒絶反応だった。
――完全融合はしてはいけない。それをしては、翔矢はもう、理性すら失ってしまう。
テンペストの声が響いた。
テンペストの言うことが正しいとすれば、たとえ人間でなくなったとしても心は人でいられるようにテンペストは気をつけていたということになる。
セーブした力であれば完全融合は避けられる。それを知っているからこそ、翔矢へと供給する力を押さえ気味にしていたのだろう。
「…わかってる。この力を使うのは、これを本当に必要とするときだけだ」
そのときがどれだけあるかはわからないが。
その言葉だけは、口に出来なかった。
次回予告
衛次は御禰市へと向かった。
そこで、発展型デフィートシステム開発に成功したとの連絡を受けたからだった。
用意されていたのは輝石の力を解析し、人為的に変身を実行させるシステム、エイドシステムと、その上から装着される強化装甲、ヴァルキリーシステムだった。
そんな時、ミストが周囲に認識できる形で出現する。
ミストを抑える為に出動する衛次と、エイド、ヴァルキリーの使用者である七瀬留美はミストの正体とその因縁を知る。
交わる心と覚醒する力、戦いは誰の為に?
次回、仮面ライダーSAGA
#.14 戦乙女、降臨
後書き
セナ「超ウルトラ8兄弟を見てきました」
梓 「また随分とタイムリーなネタを」
セナ「それに伴い、今後の戦闘シーンなどがその影響を受けることがあるかもしれません」
梓 「あんた、そういうの多すぎない?」
セナ「まぁ、昔はULTRAMANの影響で空中戦を書きたくなったこともある」
梓 「ていうか、ウルトラマンばっかり」
セナ「まぁ、それはともかく」
梓 「あぁ、そういえばテンペストが新しい姿になったんだっけ」
セナ「そう、テンペストオーディンフォーム。テンペスト最強フォーム。設定を練ったのがブレイドの頃だったからキングフォームっぽいところはあるけど」
梓 「黒じゃないんだ?」
セナ「それだと某大作RPGシリーズと被っちゃうから。因みに、次回から出演するヴァルキリーとは関連性はありません。あくまで、装着員が女性だからという理由だけです」
梓 「すっごい言い訳くさいよね」
セナ「五月蝿いよ。ONEとヴァルキリーに関してはテンペストよりもずっと昔から設定が存在してたから。それに関係して名前とかの整合性とかで問題が出てきてるんです」
梓 「変えればよかったんじゃ?」
セナ「戦う女性に相応しいと思ったから変えなかった。テンペストに関して言えば、後々ここで名前をオーディンにした意味がわかるようになるから」
梓 「ふぅん」
セナ「では、また次回で」