仮面ライダーSAGA

#.9 答え


















【5/23 06:14 郊外 森の中】


オルガに敗れた翔矢はその足で郊外の森まで来ていた。

ここには、かつて1人の少女が転落した事故のあった現場がある。そこはこの森の中では唯一開けた場所で、誰にも見られずに動き回るには丁度いい場所だった。

「テンペスト…変身」

その身を戦う姿へと転じさせると、鉄杭を掴んだまま剣に転じさせる。

「フッ…!」

一瞬でトップスピードに。そのまま剣を振ると同時に一回転した。それに何か要領を得たのか、力強く頷いた。

そして、剣を手放すと捨てられていたものを拾ったエアガンを掴んだ。

イメージは弓。それを連想させるものであればその姿になることは出来るということは既にわかっている。

腕に巨大な弓が握られ、装甲がより重厚なものへと変わる。そのまま弓を地面に向かって構えると、引鉄を引いた。

その勢いのままに天高く舞い上がるテンペスト。空中で天に向かって引鉄を引き、自身の体をスピンさせる。そのまま地面に向かって降下、反動でつけられた勢いと、回転によって向上した破壊力によって地面が抉られる。

ここでも何か手ごたえを掴んだのか、力強く頷いた。

更に基本の姿に戻すと駆け出した。その勢いのまま跳躍、左足を左側から一気に振り抜く。その勢いのままに右足も振り抜いた。

「よし…」

これで完成だった。それぞれの姿の時に、既定の技とは違う何かが必要だった。そのための特訓だった。一晩で理論を完成させ、あとは変身後の身体能力を全力で活かした特訓ですぐに身につけてみせた。

手数は増えた。問題は、圧倒的に劣る戦闘経験だった。それに関しては実戦を繰り返すしかなかった。

「そろそろ帰るか。多分、梓が来てる」

言って、ヘイムダルの方へと歩き出し、変身を解く。

「翔矢くん」

そんな翔矢の後ろから声がかけられた。

人がいなかったことは確認していた。それに、翔矢を『翔矢くん』と呼ぶのは一人しか“いなかった”。

「そんな…わけない」

言い聞かせるように言葉にした。そうしないと、振り向いてしまいそうだった。

「翔矢くん」

だが、声は再び翔矢を呼んだ。

そして、翔矢はその声に抗うことはできなかった。

「嘘…だろ」

目の前にいる人物に、翔矢は言葉を失った。

誰よりも守りたかった人。守れなかった人。本当に大切だった人。

静原、紗代の姿がそこにあった。

「嘘じゃないよ。でも、今この姿と記憶を持っているのは、私が翔矢くんとの絆が一番強くて、この世界に存在していないから」

「言ってる事の意味がわからない。どうして…生きている」

紗代は傍にあった切り株に腰をおろした。

「私は生きてなんかいないよ。今この姿をしてるのは、翔矢くんの持ってる輝石が記憶の中から私の姿を見つけ出して伝道者として仮初の姿を与えられてるだけ。青の伝道者は静原紗代として。赤の伝道者は月宮あゆとして。確かにこの世界に存在してるの。

 私は青の理を伝える存在。青を受け継ぐテンペストを導き、真に打ち砕く存在を引き出す存在。

 だけど、こんな形でも翔矢くんに会えて良かった。梓ちゃんをよろしくって、伝えられるから」

その視線は真っ直ぐで、翔矢はその言葉全てが真実なのだと理解した。真っ直ぐ、一切揺らぐことなく相手を見つめながら話す紗代は嘘を言わない。翔矢はそれを知っていた。

そして、自分が死んでいることを理解しているからこそ『梓をよろしく』と言った。自分を失って、大きな喪失感を抱いているのは翔矢だけではないことを知っている。それが何よりの本物の証明だった。

「青の理とは何だ?」

だから翔矢は素直に自分の疑問をぶつけた。今なら答えは返ってくる。それがわかった。

「破壊。力。それが司る世界の在り方。でも、それ単独では世界は成立しないもの。逆に、赤の理は救い。それは人の感情に確実に左右されるもの。でも、それ単独では世界を破滅させるもの。

 青と赤がバランスを取り合うことで世界は存在し続けるの。根幹世界に干渉されて、本来の形を失ったけど、これが本来のこの世界……干渉外世界、世界樹の種の在り方。本当に打ち倒されるべきは干渉主。それだけ、わかっててほしいの」

そうだ。静原紗代という存在は翔矢が1を訊けば答えを10にまでして返す人間だった。そして、それは今でもそうだった。

「ありがとう。今のこと、ここで会えたこと。忘れない」

「うん」

これで、暫く紗代が姿を見せないことを翔矢は何となく理解していた。

伝道者とはいえ、本来世界に無い存在が干渉し続けるのは無理がある。おそらく、これから暫くの間は存在力を蓄える事になるのだろう。

だが、翔矢はこれで十分だった。

会いたかった人に、もう一度声を聞きたかった人に会えた。

最後に、抱き締めた。力強く。その温もりを忘れないために。あの日奪われたものを、もう一度、手に入れたくて。

「ありがとう。翔矢くん」

その言葉を最後に、紗代の姿は光となって霧散した。

「ありがとう、紗代」
























【5/24 12:21 高校 階段踊り場】


ここは祐一達の定番となった昼食の場。だが、今日はいつもならばいるはずの美汐、名雪の姿が無い。ここにいるのは美坂姉妹だけだった。

「皆は?」

当然のことながら祐一が疑問を口にする。

「今日は、無理を言って、譲ってもらいました。訊きたい事があるんです」

栞に口調は強かった。

そして、傍にいた香里が口を開いた。

「相沢君。相沢君は、何故戦うの?」

ある意味で、全く予想していなかった質問だった。この言葉は最早今更となった言葉だった。

だが、祐一は即答できなかった。自分はどうして力を手に入れたのか。そして、戦いが自分の意思ではなく、宿命付けられたものだとしたら。

そんな考えが浮かんでいたのだ。

「俺は…」

言葉が詰まる。

続きが、出てこない。

「天原さんが戦ってます。じゃあ、祐一さんはどうして戦うんですか?」

祐一は自分が変身できる事をカミングアウトしている。

その上で、翔矢だけを迫害するというなら自分がそいつ等を殺して周るとも宣言した。

だが、守るための戦いがどこまで通用するかというのが分からなくなってきていた。

翔矢は戦友。そして、その存在を守る事を選択した。だが、自分の周囲がそれを否定したならば?自分がどちらを守るべきなのか。

「色々さ…わからなくなってるとこって、あるんだ。だけど、今は…守りたいんだ。大切だって思える人のことを、心まで。それじゃ、不満か?」

「不満です」

栞が即答した。

「今のままじゃ、いつか矛盾しますよ。だから、もっと明確な答えをください。そうしないと、私たちは。帰りを待つ私たちは安心して祐一さんを待てません」

香里や栞が辿り着いた自分の戦いは、戦う者を笑って送り出し、笑って迎える事だった。

そして、ただ守りたいものを守るという答えは不満でしかなかった。すでに、自分だけを見てほしいなどという甘い考えはない。

だが、祐一が守りたいといったものの中に相容れないものが存在する。それが翔矢と秋子だった。祐一にとってはどちらも大切だが、秋子からすれば翔矢は憎い。翔矢からすれば秋子の憎しみは受けるべきものであり、どんなことになったとしても受け入れるべきものなのだ。

この二つが存在する限り、いつか矛盾する。

それをわかっているから栞は『不満』だと告げたのだ。

「…俺は」

何も答えられず、祐一は俯いてしまう。

頭の中には、この街に来てからの出来事が思い起こされていた。

数々の出会い。そして、再会。

訪れた悲劇。そして、奇跡。

唯一、起きなかった奇跡。

「……あゆが」

いまだ病院で眠り続ける少女、月宮あゆ。

「あゆが、目を覚ましたとき……誰もが笑って迎えてあげられる世界にしたい。その為に、この力を使いたい」

答えに、辿り着いた。元々、分かっていたようなもだった。

祐一が自身に課した罪。その最たる例があゆの転落事故だった。だからこそ、厳密な意味で祐一が為さなければならない贖罪は終わっていない。

その為に。彼女が、周りが。笑っていられる世界を守り続ける。それが、祐一が本当に戦う理由。

「…わかりました。まだ、少しだけ不満がありますけど。それなら迷う事はないですよね」

「そうね。そんな相沢くんなら、笑って送り出せるわ」

香里と栞も、どこか安心したように笑っていた。

祐一が守りたい世界はこの世界だった。大切な人がいつまでも笑っていられる世界…

いつか、誰かが戻ってきた時に、安心できる世界。

(それを、俺たちが守るんだ)
























【5/24 19:34 繁華街】


ビースト出現の報を受け、衛次は出動していた。

そこで遭遇したものはウェアだった。槍を手に、逃げ惑うしかない人間を追いまわしている。

「どうしたどうした!!それで終いか!?えぇ!?支配者さんよ!!」

叫びながら、子供を庇った母親の胸目掛けて槍を突き出す。

〈止めろッ!!〉

そこにデフィートが割り込み、左腕に装着されているバックラーで槍を弾いてみせた。

「はっ、漸くお出ましか。人間が用意した、似非テンペスト」

ウェアがその姿を見て鼻で笑った。だが、衛次はそれを一切気にかけない。今は所轄の方でこの場の避難活動が行われている。その間、目の前にいるテンペストに近い姿をしているこの存在を足止めしなければならない。

(欲は…出さない)

かつて、テンペストと衝突した時に近接戦闘では勝ち目が無い事を思い知っていた。だからこそ、距離を取り、効果的なダメージを与えていく必要がある。

(ベースは人間の体に近いものだ。だったら、足の関節を狙っていく)

無言でネイルを抜き、構える。

デフィートの性能であれば、多少手首が変な方向を向いた状態で撃っても反動で手首が壊れる事はない。

それを自覚しているから手首を下に向け、ウェアの足首を狙って撃った。

「危ねえだろ」

だが、ウェアは半歩下がる事だけでかわしてみせた。

「遅いんだよ。出来損ない」

そして、ウェアが距離を詰めてくる。

デフィートは左腕のバックラーを構えつつ、ネイルを格納、特殊警棒ビーターを抜いた。リーチの面では圧倒的に槍に劣るものの継戦時間、強度の面で圧倒的にディバイダーの上を行くのがビーターだ。少なくとも、あの槍をかわしていく上でこれぐらいの武器は必要だった。

一撃をバックラーでいなし、ビーターを突き出す。それを半身をずらされる事によってかわされ、逆に叩き込まれそうになったカウンターを上体を沈めてかわす。そのまま下半身を狙ってバックラーの面で殴りつける。

その一撃でウェアとの間に距離が生まれた。

その間にネイルにディバイダーを接続、バヨネットを形成し、左腕に構えた。

〈ネイル、発射〉

淡々と呟き、撃ちながらウェアとの距離を詰め始める。

ウェアはかわしながらも何発かをその身で受け、赤い血を噴出させていた。

「こっ…」

接近してきたデフィートに対し、ウェアは槍を振り回した。それをビーターで受け止め、がら空きになった胴体にネイルを宛がう。

〈僕は…僕は警察官だ!!〉

その叫びと共にネイルのトリガーを引いた。叩き込まれる銃弾に、堪らずウェアが槍を落としてしまう。

その瞬間、デフィートはビーターを突き出し、額の宝玉を砕いた。更にバヨネットにしていたディバイダーをそのまま振り、ウェアの体を切り裂いた。

「ちっ…覚えていろ」

そのまま何とか体勢を整えたウェアは捨て台詞だけを残してその場から去っていった。

〈デフィート、撤収します〉

『了解。すでにそちらに大地警部が向かっています。合流してそのまま撤収してください』

〈了解〉

デフィートは近くに止めていたエクスチェイサーに跨ると、電源ケーブルを接続し走り出した。まだこのとき、翼の身に危険が迫っている事など、想像もせずに。
























【5/24 20:22 繁華街】


デフィートに敗れたウェアはその姿のまま繁華街の裏路地を進んでいた。

「あの青い奴!!次は絶対打ち殺してやる…!」

その怒りを隠そうともせずに歩き続ける。

そんな時、近くから殺気を感じた。

「貴様…先ほどまで暴れていた固体だな」

そこでは翼が特別に支給されていたコルトパイソンを構え、ウェアを狙っていた。衛次と合流する過程でウェアの姿を見つけ、自己の判断で足止めすることを選択していたからだ。

「何だ。あれの仲間なのか?」

ウェアは人間でしかない事に安堵したのか、完全に嘗めかかっていた。

「質問しているのはこちらだ」

その言葉と共に、翼は引鉄を引いた。

銃弾はウェアの装甲の無い部分を貫いた。

「……力が無いと思って見逃してやろうかと思ってたんだがな。気が変わった」

ウェアが感情の無い声で呟くと、翼の首に手を伸ばした。

「ぐっ!!」

何とかその手を引き剥がそうとする翼だったが、ただの人間と、戦闘生命体であるビーストとではパワーが違いすぎた。力を込めたウェアの手が翼の首の骨を砕いた。そのまま翼は絶命してしまう。

「邪魔すんなよ、人間」

そう呟き、手にしていた槍を翼の亡骸に突き刺し、苛立ちを隠そうともせずにその場を立ち去っていった。

その後、翼の亡骸が発見されたのは約2時間後の事だった。
























【5/25 09:12 警察署】


次の日。

朝早くから警察署に言った翔矢を待っていたのは、衛次のいる部署の責任者が殉職してしまったという現実だった。

「…あなた、昨日何してたんですか。あなたが昨日戦っていれば大地警部は死なずにすんだのに!!」

椎名が翔矢に掴みかかる。それに対し、翔矢は一切抵抗しない。怒りのままに殴られ、押し倒され、灰皿で殴られ、血を流しても、一切抵抗しなかった。

前日の夜の翔矢はキズナの手掛かりを追って街中を奔走し、結果として遭遇したゴブリン15体と戦っていたのだ。その時点で衛次の方の応援にまわるということ自体に無理がある。だが、翔矢はそれを告げなかった。

自分が憎しみの矢面に立つことで、それで少しでも誰かが立ち直るなら。それでいい。

翔矢はそういう人間だった。

「柚月さん!!駄目です!!」

衛次が遅れて部屋に入ってきて目の前で起きている惨状を見て、椎名を翔矢から引き剥がす。

「止めないで!!この人が戦わなかったから警部は死んでしまったんですよ!!」

「…無理ですよ」

椎名の叫びに、衛次は力なく答えた。

「天原君は、昨晩は相沢君が初めて戦ったものと同一の固体15体と戦っていた姿が街の防犯カメラに記録されてるんだから。丁度、僕が奴を逃がしたのとほぼ同じ時刻で」

衛次の言葉は、ただ純粋に責めるなら自分を責めろと言っているようなものだった。

だが、ここにきて漸く翔矢が口を開いた。

「もう、止めませんか。この話」

全員の視線が一斉に集まる。

「あの人は…警察官として、奴の前に立ったはずです。それをここで誰の所為だとか言ってたら、それは何にもならない、寧ろ、侮辱でしかない。誰の所為でもない、全員の所為かもしれない。

 だったら?今はどうする?俺は、奴に次を与えたくはない。まず俺が逃がしてしまった。次に、葉塚さんが逃がしてしまった。そうすることで犠牲になってしまってる人は他にもいるはず。だったら、俺たちはどうしたらいい?」

全員が押し黙った。

だが、すぐに衛次が口を開いた。

「天原君。僕に、デフィートの限界を見せてくれ」

一瞬、何の事か分からず、ただ衛次を見ることしかできなかった翔矢。

「君は奴と互角の戦いをしていた。僕は、相手の慢心があったから追い詰めるところまではできた。でも、止めを刺せなかった。僕と、デフィートと戦って、限界を示してくれ」

「…わかりました。俺も、今の状況を少し後悔もしてます。だから、限界を超えます」


















次回予告

唐突に行われることになった翔矢と衛次による模擬戦。

テンペストのスピードにデフィートはただ圧倒されるしかできなかった。

そして、翔矢は特訓の成果をここで披露する事になる。

一方、祐一は電話でテレビのニュースで衛次の殉職を知らされる。

守りたかった世界を作る1つが失われ、祐一も1つの決意を固める。

交わる心と覚醒する力、戦いは誰のために?

次回、仮面ライダーSAGA

#.10 テンペスト対デフィート