仮面ライダーSAGA

#.7 紗代















【5/13 AM11:31 公園】

翔矢はアパートを出て、郊外の森の中にある廃屋を利用する事にした。

とはいえ、生きていく以上、食べ物を買うお金を必要である。

一度は梓が援助を申し出たが、高校生の所持金で一人の生活を支える事などできるはずもなく、結局は翔矢がヘイムダルで市外、県外まで出て日雇いのアルバイトをする事で落ち着いた。

そして、この日。

翔矢は祐一に呼ばれて住宅街の公園へと足を運んでいた。

「…お待たせしました」

祐一を待つ翔矢のもとへとやって来たのはスーツ姿にコートの若い男――衛次だった。

「あんた…誰だ?」

そんな衛次を翔矢は睨みつける。

その視線に一瞬、衛次はたじろいだ。

(相沢くんは…同級生だって言ってたけど……こんな目をする高校生が)

信じられない。

衛次は自分の思考の中からその言葉を排除した。

「葉塚衛次。警部補です。相沢祐一君から君について聞いてやってきました」

「相沢から?」

知っている者の名を出されて若干警戒の色を弱める翔矢。

「相沢君にも協力をしてもらってるんだけど、君にもお願いしたい。僕たちにその力を貸してはもらえないだろうか?」

衛次は頭を下げた。

そんな衛次に翔矢は何も言わずに背を向けた。

「天原…君?」

「協力して欲しいとのことですが、お断りします」

翔矢は振り返らずにきっぱりと言い切った。

「警察が…俺を協力者として招き入れる。そんなことをここの住人が受け入れるわけがありません。それを理解してもらえますか?」

「何故…僕は本庁から来た者だから君については知らない。だから、わからない」

立ち去ろうとする翔矢を引きとめようとする衛次。

それでも翔矢の態度は変わらない。

「俺の父は…六人の女性を殺しました。殺されかけた人…その人の旦那さんを直接ではないですが、助けようとしたその男性を最終的に死に追い込みました。

 そんな人間の子供なんですよ、俺は」

そこで振り返った翔矢は笑っていた。

だが、その笑顔は…

(痛々しいにも程がある…こんなの……17の少年のする顔じゃない)

これまで、様々な人の様々な顔を見てきた衛次ですら直視したくないと思える笑顔だった。

「ですから、協力はお断りします。ですが…お願いがあります」


























【PM0:49 警察署待機室】

帰って来た衛次の顔は浮かない。

無論、それは翔矢の件があってのことだ。

「葉塚警部補、どうかなさいましたか?」

普段はわりと暇を持て余している椎名が衛次に気付き、声をかける。

「相沢くんの紹介の人…いい返事もらえなかったんですか?」

彼が何をしているのかを把握しているからかすぐに何があったかを察する。

椎名は祐一が何故翔矢を紹介したのかを知らないが、取り敢えず会ってみるだけならば、と納得はしていた。

「…天原、翔矢。この街でどうして?」

「天原翔矢、ですか?」

衛次が何気なしに呟いた言葉を椎名が訝しげに声を発する。

「柚月さん?」

「いえ…先日こちらの出身の方から聞いたんですけどね。天原宗治という死刑囚の子供がその天原翔矢らしいです。それで、その一件以来疎まれてるらしいです。
この前も付き合っていたっていう女の子が殺されて、彼が殺したんじゃないかって噂が流れてるんですよ」

椎名は衛次や翼ほど邪険にされていないのでこのような話を聞くこともできた。

「それにしても、相沢くんもそんな人を紹介するなんてどうかしてますね」

椎名の言葉に衛次はどこか引っかかりを感じた。

衛次は事前に翔矢に関する話は一切聞いていなかった。

一方、椎名は本人に会う前にこの街の住人による、住人としての目線からの評価を聞いた。

要は先入観の有無である。

「…少し、調べてみるか」
























【5/15 PM18:23 廃屋】

放課後になって、梓が翔矢の元へとやってきていた。

「そういえばさ、紗代って翔矢と二人でいる間はどんなかんじだったの?」

「紗代が?」

「うん」

火が起こせないので食事は生で食べられるもの、もしくは出来合いの品になるのだが、この日は梓が差し入れと称して煮物などを作って持ってきていた。

「そうだな…今の梓みたいによく笑っていたな。でも、俺が少しでも後ろ向きなことを言ったらすぐに殴られた」

ほんの数週間前のことがどれほど昔のことに思えただろう。

それでも、今は…

「殴られたって……それは翔矢が悪いよ。翔矢はちゃんと前を向かなきゃ」

「そうだな」

少しだけ口元を緩めた翔矢は初めて紗代と出会ったときのことを思い出していた。

出会いは学校だった。

梓の元へやって来た紗代が教室を出ようとしていた翔矢とぶつかったのが二人の出会い。

第一声は「ごめんなさい」だった。

どちらのものかは言うまでもない。紗代である。

翔矢は何も言わず教室を出て行った。

この頃の梓は翔矢に対して特別な感情は抱いておらず、何だよこいつ、というような印象だった。

それがきっかけで紗代は翔矢を気にかけるようになり、翔矢も梓を無視できなくなっていった。

そして、翔矢は紗代に告白したい一心で梓に仲介を依頼した。

「君さえ傍にいてくれたら、それだけで十分に幸せになれる。だから、お願いしたい。どうか付き合ってもらえないだろうか?」

この告白が実り、二人は恋人となった。

それがわずか3ヶ月前の話。

そして、今となっては翔矢の隣に紗代はいない。

「ねぇ、翔矢」

梓の声で翔矢は意識を過去から今へと戻した。

「どうした?」

「もしもあたしがさ…翔矢を好きだって言ったら、どうする?」

梓は紗代が亡くなってから2週間と経っていないことからこれまでは翔矢に対しての感情を押さえ込んできたが、こうして傍にいることで抑制ができなくなってきていた。

「…梓。今はまだ、何も言えない。でも、俺はお前を守る。今はそれだけしか言えない」

今は翔矢に出せる答えはこれだけだった。

それでも、梓には嬉しい答えだった。

好きな人から『お前を守る』と言ってもらえた。

それは、嬉しいことだ。

「……ありがとう」

















【5/18 PM16:32 商店街】

そこに、一人の男が立っていた。

スーツ姿のサラリーマンのようだったが、土気色の顔に生気の感じられない瞳をしていた。

「……来い」

呟き、顔の前で拳を握り締め、振り下ろした。

直後、姿が漆黒の装甲、深緑の双眸の存在がそこにいた。

それは、まさしく仮面ライダー。

そして、それに向かい合う形で翔矢が立っていた。

「お前……俺を殺した奴か?」

「ご明察。お前と一緒で人間の体を使わせてもらってるぜ」

俯き、震える翔矢。

それは恐怖ではない。

それは怒り。人の命を弄ぶものへの純粋な怒り。

その怒りは翔矢の力となる。

「テンペスト…変身!!」

光とともに姿をテンペストのそれへと転じさせた翔矢が漆黒の存在に向かって駆ける。

「教えてやるよ。俺は蛇の最高位ビースト、ウェア。柵を名に持つ、貴様を殺す者だ」

ウェアは道路標識を引き抜き、それを槍へと変質させた。

時刻は夕刻。

そして、まだ人が沢山いるのだ。

「もしもし…警察ですか?」

そう、この街の住人は翔矢を疎ましく思っている。

ならば、通報して翔矢を“処理”してもらおうと考えるものなど山といるのだ。

だが、テンペストとウェアはそんなことには構うことなくぶつかりあう。

ウェアが振り下ろした槍を蹴りで弾き飛ばすテンペスト。

そのまま振り抜いた勢いで回転、受け止めた側の右足が接地すると同時に、左足が横薙ぎにウェアを襲う。

だが、ウェアは瞬間的に屈む事でそれをかわす。

かわされた事を認知すると同時に、地面を転がってウェアとの間に距離を作る。

槍と無手ではリーチが違いすぎる。

いくら足技を主体とするとはいえ、それでも槍とでは差が大きいのだ。

だからこそ、テンペストは突きに関して言えば避ける事に専念する。

「…らぁっ!!」

転がったテンペストを狙い、下段に向けて突きを放つウェア。

それをハンドスプリングで跳び上がったテンペストはウェアの背後を取るとそのまま背中に蹴りを入れる。

「ぐはっ!!」

踏鞴を踏むウェアにテンペストが追撃をしようとしたが、それは突如として投げつけられた石によって止まる。


「死ねよ、天原!!」

これを皮切りに次々と石などがテンペストに向かって投げつけられる。

「ハハハッ!!何だよ、貴様。守ろうとしてる人間に死ねって言われてるじゃねえかよ!!」

ウェアが笑いながらテンペストに歩み寄った。

「これじゃ、俺が手を出す必要もねえな。あばよ」

そう言って、ウェアは跳躍し、姿を消した。

その後、すぐにデフィートがサイレンを鳴らしながら到着した。

〈現着しました〉

『了解した。市民から通報のあった固体は今目の前にいる…』

話を聞きながら衛次は硬直した。

〈待ってください。あれは…今日会った天原君ですよ〉

そう言って、武器も抜かずに歩み寄るデフィート。

「…あなた、葉塚さん、ですか?」

正面に立つテンペストから翔矢の声が漏れる。

デフィートはそれに頷きで応えた。

「良かった。あなたならば頼める」

心底ほっとしたようにテンペストは言った。

「俺は、自分が周りの人間の脅威になりたくはありません。ですから、周りの声に従って俺を殺してください」

そう言って、両手を広げて全てを受け止めるかのようにして変身を解いた。

そこにあるのはどこか達観した表情を見せる翔矢がいた。

「死ねよ天原!!」

「何やってんだよ警察!!化け物はさっさと殺せよ!!」

口々に翔矢を責め、デフィートに向かって翔矢を撃つように言う市民。

翔矢はそちらを見るまでも無く、ただデフィートの双眸の奥にあるであろう衛次の目を見つめていた。

早くしてくれ。

衛次には、翔矢がそう言いたいように感じられた。

「俺の父親は、自分が侮辱されたと感じるとすぐに相手に暴力を振るう男でした。そして、それが六人もの女性の殺害、時効になってしまった…一人の男性の殺害に一人の女性への暴行事件に発展してしまったんです。

 俺には、そんな奴の血が流れています。俺も人殺しになるかもしれません。そして、今の俺は周りの連中からしたら、ただの化け物です。ですからその銃で俺を撃つ事に躊躇する必要なんて無いんです」

翔矢は独白を終えるとデフィートの手にネイルを握らせた。

〈君は人殺しじゃない〉

ネイルから手を離そうとするデフィートだったが、翔矢はその手を掴んで邪魔をする。

ただ純粋に、殺して欲しいがために。

そんな時だった。

「殺さないで!!」

少女の絶叫が商店街に木霊した。

誰もが一斉に声の方向を向く。

そこには涙を流し、肩で息をする梓がいた。

「翔矢を殺さないでよ…お願いだから……これ以上あたしから好きな人を奪わないでよ!!」

再び絶叫。

だが、それを遮るかのような声が――冷たい憎悪の篭った声が響いた。

「いいえ。その男は死ななければいけません」

梓は、その声の主――女性を知っていた。

授業参観のとき、一人とんでもなく若く見える人がいた。

その人の名前は……

「私、水瀬秋子は…先ほどそいつが自白した暴行された者です」

秋子だった。

「法が裁かないなら、自分で裁きます。ですが、こうして警察に“駆除”してもらえるならそれでいいんです。殺さないなんて以ての外。これは、ただの害悪に過ぎません」

自分が暴行され、夫を殺され、翔矢の父に対する憎悪は尋常ではなかった。

だが、翔矢の父は既に死刑を言い渡されている。

憎悪の向く先など、既に翔矢しか残っていなかったのだ。

「翔矢は関係ないじゃない!!」

「燕さん、無謀な事はしないって言わなかったか」

今まさに秋子に食って掛かろうとしていた梓を抑えるものがいた。

「祐一さん、何をしに来たんですか?」

祐一だった。

クルーセイダーを持ってこれなかった祐一は走ってここまで来ていたのだ。

「葉塚さん、天原を殺したら…俺も殺してください。似たような奴なのに、一人殺してもう一人は殺さないんじゃおかしいですよね」

祐一は言いながら腕を十字に組んだ。

「変身」

その言葉とともにその姿はクロスのそれとなる。

「それに…みんなを守ろうと戦ってた奴にする仕打ちじゃないしさ、これは。だから、もしも天原が死んだら…」

クロスは言葉を切って周りを囲む全員を見渡した。

知った顔もあれば知らない顔もある。

「ここにいる全員、殺すから」

それは宣告。

祐一を知っているものならば本気だと分かっただろう。

相沢祐一という男は、【有言実行】の男なのだから。

「それに、天原も天原だっつの。少なくとも、お前が死んだら燕さん、お前の後を追うぞ。そんなことをさせたいのか?」

それを聞いた梓がどうしてそれを、と言いたげな…鳩が豆鉄砲喰らったような顔をする。

「守ってやるんだろ?たった一人…お前を大切に思う人を。だったら、心まで守って見せろよ」

「心まで…」

呟いて、梓へと視線を向ける翔矢。

その顔は真っ赤に腫れ、瞳も涙で充血していた。

「俺に心を守れるのか?」

「少なくとも、燕さんの心はお前じゃなきゃ守れないな」

クロスは変身を解いて祐一として翔矢に向かい合った。

「罪を背負う必要はないだろ?それはお前の罪じゃないんだからな」

そう言って、今度は秋子を見やる。

「秋子さん。翔矢の親父さんが憎いのは分かります。でも、それと翔矢の人生は関係ないです。だから、そんなこと言わないでください。この前の時…名雪が怖かったって言ってましたよ」

「名雪が……」

秋子は思う。

もしも、今自分が憎しみのままに翔矢に襲い掛かったならば、翔矢は何もせずに殺させてくれるだろう。そういう人間であると、秋子も知っているのだから。

だが、残された名雪はどうなる?

名雪が翔矢と同じように人殺しの子供として見られてしまう。

秋子にとって夫との間に残された唯一の形あるものが名雪なのだ。

自分からそれを壊しては、いけない。

「天原さん」

秋子は翔矢に向かって口を開いた。

「私たち家族に一切関わらないでください」

それだけ言うと秋子は踵を返し、立ち去った。

秋子は決して翔矢を許したわけではない。

ただ、現実と妥協しただけなのだ。

どこかで折り合いをつけなければ醜い殺し合いになってしまうのだから。

しかし、秋子の妥協は周囲にも広がっていった。

同じ異形の存在である祐一の出現。

周囲に受け入れられている祐一が突きつけた正論。

誰も何も言えなくなってしまったのと同時に、ここに来て人々は漸く翔矢を一個人として意識したのだ。

だからこそ、妥協できた。

後に残ったのは、何をしに来たのか全く分からなくなってしまったデフィートと、祐一、翔矢に梓だった。

〈天原君、少なくとも…たった一人でも君に生きて欲しいと思っている人がいるなら、君は生きてみるべきだ。それでその人が傷つくなら。その人と相談すればいい〉

デフィートはそう言うとエクスチェイサーに跨った。

「葉塚さん?」

〈ごめん、バッテリーが切れそうなんだ。先に帰るよ〉

エクスチェイサーは祐一達を残して去っていった。

「相沢」

「どうかしたか?」

「葉塚さんに、手伝うと言っておいてくれ」

それだけ言って、梓の手を引いて立ち去る翔矢。

その背中はどこか嬉しそうではあった。
























次回予告

警察に協力する事となった翔矢は衛次の紹介でとあるアパートに入る事になった。

そこに頻繁に出入りするようになる梓。

さらにはそこを待機場所としてしまう衛次。

そこで翔矢と美汐が明かす二つの敵の正体。

そして美汐の口から語られるテンペストの力。

クロスとは何なのか、テンペストの正体、輝石が狙われる理由とは?

交わる心と覚醒する力、戦いは誰のために?

次回、仮面ライダーSAGA

#.8 会合























セナ「ごめんなさい」

祐一「開口一番それかよ」

セナ「いや、紗代のキャラクターの方向性が定まってなかったもんで」

祐一「思い出のシーンを書けなかった、と」

セナ「はい」

祐一「いっぺん死んで来いやぁ!!」