仮面ライダーSAGA
#.6 吸血
【5/11 PM11:26 繁華街裏路地】
一人の男の周囲に複数の女性が倒れていた。
皆一様にして顔が青く、生気が感じられない。
「ふむ……」
男が顎に手を当てて考え込むような素振りを見せた。
「まさか…貞操観念がここまで低下しているとはね。これでは昼間に幼女を襲えといっているようなものではないか」
想像したくも無い、と言わんばかりに首を振った男は諦めたように溜息を吐いた。
「さて…何故か赤も青も揃ってしまっている以上、長居は無用ですな。早々と立ち去るとしましょう」
男は身につけていたマントを翻すとその場から初めからいなかったかのように消えてしまった。
後には、女性の亡骸だけが残っていた。
【5/12 AM4:41 繁華街裏路地】
翼、衛次を始めとした対策班の面々と一般の鑑識などが女性の遺体のあった現場へとやってきていた。
「ここの遺体、全部血が抜かれていたそうです。それこそ、一滴も残らず」
手につけていた手袋を外しながら衛次が翼に告げる。
「そうか。これまでにはないケースだな。ここ以外でも貧血で倒れている者も複数確認されている。これで線が繋がったと見てもいいだろうな」」
「えぇ。今までは殆ど痕跡も残さずに喰われていましたからね。これではまるで吸血鬼…」
そこまで言って気付く。
祐一が初めて戦った相手。
それはまるでゴブリンだった、と祐一が語っていたこと。
ゴブリンは伝説の中の生物とされているようなもの。ゲームの中でモンスターとして扱われているそれ。
架空の生物だった。
そして、衛次が口にした吸血鬼。
「そう、吸血鬼だ。それこそ実在するかも分からないような代物だ」
「つまり…第二の勢力が実在すると?」
「可能性としては、高いな」
話をしている二人の後ろで所轄の人間が話をしている。
「あいつら、何なんだ?」
「…この件に関する責任者だそうだ。本庁から変なトレーラーで来てわけわかんねえことしてる連中だとよ」
「そうかい」
およそ好意的ではない内容だが、それこそ衛次たちにはどうでもよかった。
職務に忠実であるのが警察官、そのため、与えられた仕事は取り敢えずは完遂してくれる。
衛次たちにはそれで十分だった。
【AM8:25 高校】
先日のテンペストとインビジビリティの戦いの後、一時的に休校になっていたがこの日休校が明け、全員が登校してきていた……わけではなく、一部のものは入院していたり、自宅静養している者もいるのだが、それでも休校は明け、壊れた部分はブルーシートで覆い、一部の授業が再開されていた。
「にしても、あれって天原だったんだろ?」
「ああ。迷惑な話だよなぁ。天原の分際で俺たちに怪我人出すなんてなぁ」
何人かがそんな風に話しているのを聞いて、あのとき直接言葉を交していた香里は翔矢に対する認識を確認しなおしていた。
あそこまで傷つけられながらも自分たちを守るために戦っていた翔矢。
そんな翔矢に自分たちは何をしてきたのだろうか。
香里はどうしようもなく後悔した。
昔から学校などで聞かされてきたはずだ。
分け隔てなく人と接する事。
確かに、人に個性というものを求める限り完全に平等に扱う事は不可能だ。
だが、翔矢の問題はそれ以前の話だった。
翔矢の父親、そして、その父親を告発したまだ幼かった翔矢。
それだけで自分たちは翔矢に何をしてきたのか。
(あのとき…彼は言った)
香里は思い出す。
(たとえどれほど拒絶されようと力が続く限り、手の届く限り、守り抜く……自分をあれほど迫害してきた相手なのに)
教室で変身を解いた翔矢は香里にそう語った。
その時も容赦なくゴミや教科書が投げつけられるのを避けもせずに翔矢はただそこにいた。
香里はそれがきっかけになる、と思った。
今の自分に翔矢への蔑みなどがないと言えば嘘になるだろうが、かつては目を背けてきた妹にだって目を向ける事ができた。
ならば、翔矢への意識を変えていくこともできるだろう。
(違うわね、変えていかなきゃいけないのよ)
まずは、自分から。
そして、家族、友人に。
始めなければいけない。守られたものとして。
本当に見るべきもの、守るべきものを見つけなければならない。
それが償いになるとは思えなくても。
【PM14:21 住宅街】
そこに一人の少女がいた。
その手に細身の洋刀を携え、男と対峙していた。
「おやおや。昼間からそんな物を持ち出して…何をするつもりかな、お嬢さん?」
男は身に付けていたマントを広げ仰々しく頭を下げて見せた。
「…佐祐理をどこにやった?」
少女は洋刀を突き出し、迫る。
「佐祐理?あぁ、先程の。いえ、あれほどに美味しそうなのは久しぶりでね。じっくりと味わいたいと思いまして。よろしければ、あなたもお連れしますよ?あなたも彼女に負けず劣らず美味しそうですので」
男は笑みを浮かべると少女に異常発達した犬歯を見せた。
だが、少女は怯まない。
「佐祐理を…返してもらう」
一気に駆け、剣を横薙ぎに振るう。
「ほぉ…人間にしては中々。ですが、私の相手にはなりえませんね」
男は少女の振るった剣を指一本で受け止めてみせた。
傷一つ、ついてはいない。
「人間で勝てるわけが無いでしょう?全く。他と違う素養で私を見つけたのには素直に評価しますがね。それでも相沢祐一を連れてこなかった時点で君に勝ち目は無かったのですよ」
「祐一?」
少女は驚いた。
目の前の男が知人の名前を出したのだ。驚かないはずも無い。
「ご存知?まぁ、あの男が輝石持ちだということまでは知らないようですね」
男は笑いながら少女の顎へと手を伸ばした。
「昼間から盛んな事だな」
だが、男の背後からの声で男の動きが止まった。
「吸血鬼は日の下を歩けないのではなかったのではないか?」
「…キズナ。私はもうあの方と袂を分かったのだ。今は、生きていくのに必死なのでね」
キズナ…そう呼ばれた男は男の首へと手を伸ばす。
「帰ってこない以上、貴様は人を滅ぼしてもいずれ滅ぶ。ならば、相沢祐一を殺して奪えばいい。あれは救いだ。全てに通じる、その女と捕らえている者を使えば奴は来る」
「待ちなさい。赤の所有者がこの女を餌に来ると?」
男は首から手を跳ね除けるとキズナに詰め寄った。
「そうだ。だからこそ、勝手にやるよりも確実に生き残る事ができる。今の奴ならばお前で倒せる」
キズナはそう言うと男に背を向けた。
「頼む、ドラクル。こちらはあの獣どもをけしかけて他を止めておく」
「分かりましたよ。それが私の…そして我等のためになるのならば」
男は少女の腕を掴む。
「ふむ…川澄舞。処女ですな。これはまた美味しそうな…」
それだけ呟き、少女――舞を抱きかかえ、宙に舞った。
【PM16:21 住宅街 アパート】
住宅街のとあるアパートに翔矢は間借りしているのだが、近いうちに援助が断ち切られてしまうことになり、どうしたものかと考えていた。
「…俺はアルバイトができないからな」
雇ってくれる事業所が存在しないのだ。
かといって不登校でいるわけにもいかなかったのだ。
「……誰か、来たか」
呼び鈴は鳴っていない。
何故わかるのかと言われてしまえば知覚できる範囲や、精度が著しく向上しているということを翔矢も自覚している。
そこで立ち上がりドアを開ける。
その先に立っていたのは梓だった。
「梓。どうした?何かあるなら上がっていくか?」
だが、梓は何も答えない。
「…梓?」
「あたし、馬鹿だったのかな?」
梓は涙を浮かべた瞳で翔矢を見詰める。
「何があった?」
穏やかに語り、翔矢は梓の肩にそっと手を添えた。
「あたしは、翔矢を助けたかっただけだよ。でも、あたし一人じゃ何もできないよ…」
それだけ言って俯く梓。
その肩は震え、嗚咽を漏らしていた。
「…」
この時になって、翔矢は漸く梓の本来の想いに感付いた。
正確には、目を背けていたものに目がいった、と言うべきだろうが。
「…梓。俺は世界を守る。でも、その世界にもう紗代はいない。だけど、まだ梓がいてくれる。俺が戻ってきた時に笑って迎えてくれ。それが、一番の助けになるんだ」
翔矢には答えを出す事ができなかった。
だからこそ、今はこのままでいいと伝えた。
梓の存在そのものが自分にとっては救いなんだ、と。
「守るよ。だから、今日は帰ろう。送るから」
そう言って翔矢は部屋に入って鍵、財布などを持ち出した。
「行こうか」
「……うん」
【PM21:33 郊外 ものみの丘】
男――ドラクルは祐一を呼び出し、舞、そしてその友人の倉田佐祐理を眠らせて傍に置いていた。
彼等には祐一の持つ赤い石がどうしても必要だった。
だが、ドラクルは既に赤い石を諦めていた。
それでも…
「材料があるのですから。大人しく渡していただきたいものです」
その時、丘にエンジン音が響き渡った。
「来たようですね」
ドラクルは音の方向へと振り向く。
そこにはクルーセイダーに乗った祐一の姿があった。
「…来たぞ。舞と佐祐理さんを解放しろ」
祐一はヘルメットを脱ぎ、ドラクルへと歩み寄る。
「…あなたの持つ赤い石……それを譲っていただけたら、無事に解放しましょう」
「わかった…」
祐一は項垂れて、苦々しく答えた。
「やめておけ!!」
突如、別の声と共に風が吹きぬけた。
「な…!?」
ドラクルは慌てた。
保険をかけて使い潰せるゴブリンを二体、街に放っていたというのに。
何故こいつが…テンペストがここにいる。
「相沢。その石はお前の命そのものだ。だから、やめろ」
ハウリングカノンを構えたテンペストがヘイムダルに跨り、ドラクルに狙いをつけている。
「お前…何でそんな事わかるんだよ」
祐一はテンペストへと向き直った。
その表情からは焦りの色が濃く現れている。
「俺とお前は限りなく近く、限りなく違う存在だ。それに…」
テンペストは言葉を切って元の青い体に戻し、ドラクルの方を向いた。
「それに、俺とお前なら…あの二人を助けて、あいつも倒せる」
テンペストは拳を握り、祐一の方へと突き出した。
「…そうだな。俺だって、大切な人を守りたいんだ」
祐一はそう言って笑った。
限りなく、自信に満ちた笑顔で。
「舞…佐祐理さん。必ず、助ける。だから少しだけ待っててくれ」
言いながら、腕を十字に組んだ。
そして、頭上を半円を描きながら左へと移動させる。
「変……」
そして右腕を一気に突き上げる。
「身!!」
赤い輝石の輝きが祐一を包み、その姿を純白の戦士――仮面ライダークロスへと変える。
拳を握り、ファイティングポーズを作る。
テンペストもクロスの隣へと歩み寄り、静かに半身前に足を踏み出す。
「人質がいる以上…時間はかけられない。一気に決めるぞ」
「…あぁ」
その言葉を受け、テンペストとクロスは同時に駆け出す。
それを受け、ドラクルも姿を人間のそれから変異体――真っ青の肌に突き出た牙、異常に鋭く伸びた爪へと姿を転じさせる。
「…今分かった。我等の悲願……私は諦めきれてはいなかったのだな」
ドラクルはクロスとテンペストを睨みつけ、爪を一閃させた。
「ちぃっ!!」
一歩前に飛び出したテンペストが爪を受け止め、その陰から飛び出したクロスがドラクルのボディを狙うが、その瞬間、ドラクルは一歩引いてかわした。
「相沢!!お前のバイク…何か不自然なスペースがあるぞ。何か入ってるんじゃないのか!?」
二人同時に下がり、テンペストが気付いた事を告げる。
「…試しに見てみる。少し頼む。来い、クルーセイダー」
テンペストが一瞬でドラクルに迫り、矢継ぎ早に蹴りを繰り出していく。
「ぬぅ…」
ドラクルは何とかそれを捌くもテンペストは勢いに任せて更に加速する。
その間にクロスはクルーセイダーの余剰スペースを開けて驚いていた。
「…おい」
信じられない口径のマシンガン、ドリル状に回転する剣、等等……おそらく、デフィートでは扱いきれなかったものが納められていた。
そして、その中に大型のライフルが入っていた。
クロスは迷わずそれを掴むと叫ぶ。
「天原!!跳べ!!」
瞬間、クロスはトリガーを引く。
テンペストも宙高く舞い、迫る銃弾を回避する。
だが、銃弾がドラクルを貫く様を見てテンペストは驚愕する。
ロケット弾程の弾頭が異常加速でドラクルの体を貫き、傷口から鮮血が噴出していた。
「…どんなライフルだよ、ありゃ」
言いながら着地し、テンペストは駆け出し、ドラクルの背後に回った。
「相沢ぁ!!」
クロスはテンペストの意図を察し、一直線にドラクルに向かって駆け出した。
一方、テンペストも駆け出し、右足に光を宿した。
「「行くぞ!!」」
先にクロスがドラクルへと迫り、上空に蹴り上げる。
それと同時にテンペストがドラクルよりも高く跳躍する。
「エボルト……バースト!!」
右足に宿っていた光が爆発的に増幅される。
さらに、クロスが…
「クロス、セイル!!」
下から光を宿した右足を突き出し、ドラクルに迫る。
テンペストが上から貫き、クロスが下から貫く。
二人が片膝をついて着地する。
「Cross Fire」
「風と共に去るがいい」
二人が言葉を発すると同時にドラクルは爆発を起こした。
【PM21:56 ものみの丘 奥森林部】
「…散ったか」
キズナは空中で起きた爆発を見ながら呟いた。
「惜しい事をした。あれほどあの方を敬愛していたものも他にはおるまい」
それだけ呟き、キズナは森の奥へ去っていく。
【PM22:32 郊外 天野家】
不意に呼び鈴が鳴り、美汐は何事かと思い相手を確かめてみると祐一であるとわかり、中に迎え入れた。
「どうしたんですか?こんな時間に」
「いや…何となく、今は美汐の傍にいたいんだ」
祐一はそれきり何も言わず、ただ立っているだけだった。
何かあったのではないか、そう思う美汐だったが、何も言わずに祐一を家に上げた。
「今日は泊まって行ってください。水瀬さんのところには連絡しておきますので」
「…悪い」
その言葉と共に祐一は美汐の後について行った。
もう、どこに誰の部屋があるかも把握している家。
そこに自由に出入りしている自分。
それが当たり前だと思っていた。続いていくんだと、無条件に信じていた。
(当たり前は当たり前じゃないんだ)
それを知った祐一は何をするでもなく、ただ大切な人といる時間を増やしていこうと思った。
今日は舞と佐祐理が襲われた。
これからは水瀬家の面々、さらには美汐だって狙われる可能性もある。
(だから、天原は守れって言ったのか。あいつは守れなかったから)
この瞬間、祐一は決めた。
何があっても戦おう、と。
自分にとって大切なものに危害が及ばないように。
背を押してくれた翔矢の負担を少しでも減らせるように。
(それが…俺の戦い)
【PM22:41 ものみの丘】
翔矢は一人、舞と佐祐理が目を覚ますのを待っていた。
正直なところを言えば、あまり誰かと関わりあうのを避けたい翔矢だったが、それでも祐一の頼みを聞いた。
「…ん」
声が漏れて、舞の体が震える。
「目が覚めたのか」
呟き、舞の方へと目を向ける。
「…あいつは?」
起き上がった舞の第一声。
それを聞いた翔矢は苦笑する。
「もういない。相沢がお前たちを助けたい一心で倒したよ」
翔矢は自分の事は言わなかった。
他人の評価は必要ない。
目の前にいる二人に必要なのは大切な人が自分たちのために全力を尽くしてくれたという事実。
「お前は?」
だが、舞は翔矢を問い詰めた。
「通りすがりだよ。何となく来たら疲れてそうな相沢がいたからな。後は俺が見ておくと言って帰らせたよ」
それでも翔矢は嘘を貫き通した。
それを聞いて舞も無駄だと感じたのか問い詰めるのを止めた。
暫く待つと、佐祐理も目を覚ました。
「さて…じゃ、俺の仕事は終わりかな」
翔矢は舞と佐祐理に背を向けた。
「送っては行ってくださらないんですか?」
と、佐祐理。
「俺が?冗談じゃない。人殺しの子供が、どうやって代議士の家にその娘さんを送るって言うんだ?」
冗談めかして言う翔矢だったが、それは限りなく本音だった。
それも、自分が嫌だ、という理由ではない。
佐祐理の父親のスキャンダルなどを防ぐ事、また、佐祐理や舞の風評被害を防ぐ事など、周りのものを気遣うものだった。
そして、それを周囲に気付かせない事も翔矢の得意な事だった。
「わかりました。舞…帰ろ」
佐祐理は舞の手を引いて歩き始めた。
舞は少しだけ振り向いて頭を下げた。
(…何だよ。ばれてたのか)
翔矢は苦笑するとヘイムダルを引いて二人の後を追った。
距離をとりながら、無事に“送り届けるために”。
次回予告
衛次は祐一から話を聞き、翔矢に会いに行って協力を要請するが断られてしまう。
その数日後、市民からの通報で現場に到着した衛次と祐一の前にいたのは翔矢だった。
翔矢はテンペストに変身し、かつてテンペストになるきっかけとなった蛇のビースト――ウェアとの戦いを開始する。
周りに責められ、ウェアと戦う翔矢。
そして、市民は衛次に翔矢を殺せと言う。
そこで祐一の感情が爆発し、梓の叫びが木霊する。
交わる心と覚醒する力、戦いは誰のために?
次回、仮面ライダーSAGA
#.7 紗代
あとがき
セナ「次回、遂に紗代と翔矢の間にあったことが描かれます」
梓 「仲睦まじいカップルの様がねー」
セナ「もしかしたら君は生死の境をさまよう事になるかも」
梓 「それは嫌」
セナ「しかし…」
梓 「どしたの?」
セナ「何故か翔矢がピンチに陥る様を想像できない自分がいる」
梓 「…いいことじゃん」
セナ「それじゃすぐにマンネリが来ちゃうし。何とかしないとなぁ」