仮面ライダーSAGA
#.5 守る場所、帰る場所
【???】
「ついに、始まるんだね。終わり、そして始まりの日が」
少女は佇んでいた。
その手の中には青い光と赤い光を抱えていた。
「終わるんだよ。全部。自作自演の悲劇なんてもう終わるんだよ」
少女は…光を空へと投げ放った。
「よろしくね…祐一くん」
【5/8 AM11:23 高校】
前日、翔矢は退学届を提出し、もうここに来る事は無くなっていた。
(…こいつ等全部が敵に見えるよ)
一人、梓はクラスメイトを睨んでいた。
「…燕さん、どうしたの?怖い顔、してるよ」
そんな梓に声をかける少女が一人。
「水瀬さん…ごめん。何でもない」
少女、水瀬名雪はそう言われて、「そう?」と言って手を振りながら離れていった。
実際、梓は「何でもない」という顔はしていない。
名雪は人を嫌うような少女ではないが、それでも無意識のうちに翔矢を避けている節があった。
だからこそ、梓にとっては人に好かれやすい名雪ですら憎悪の対象と成り得たのだった。
「あのさ、何でもないって顔してないわよ」
そこにまた別の少女、美坂香里がやってくる。
「悪いけど、あたしさ…あんたらと話するような気分じゃないの。どっか行ってくれない?」
「そう。なら行くわ。でも、みんなに迷惑だから気を付けてね」
香里はそれだけ言い残し、去っていく。
「迷惑…やっぱり、みんなそう言うんだ。でも」
だったら、と心の中で梓は続ける。
(だったら、あんた達が翔矢に向けた悪意とかはどうなのよ)
それだけが許せない。
結局、今まで会った人間の中で翔矢を一個人【天原翔矢】として扱っていたのは紗代と、自分だけだった。
支援団体は可愛そうな子供という程度で扱っていた。
寧ろ、担当がかなり不真面目な部類の者だった。
今の梓にとっては世界そのものが敵と言っても過言ではなかった。
(相沢……祐一)
その梓の視線が名雪や香里が向かった先、祐一の下へと向けられる。
(たしか…この前の冬に立て続けに親しい人が大怪我したりとかしたんだっけ。こいつは…翔矢を翔矢として見ていたのかな?だけど…こいつだけ辛い思いをした後に幸せになるなんて。何で翔矢にはそれが無かったんだろ)
一方、祐一。
(何だ…凄い、淀んだ感情みたいな……それが、こっち向いてる)
何故か他人の感情が読めるようになっている事に、既に驚きはない。
それが当然のように感じられた。
だからといって、黒い感情として分類される梓のそれが心地良いわけが無い。
(…これは、明確すぎるほどの殺意と……何だ?警告?)
瞬間、祐一は叫んだ。
「全員!!窓から離れろ!!」
直後、窓ガラスが全て粉々に砕け散った。
【AM11:27 校庭】
窓ガラスを粉砕した鷹の怪物、インビジビリティはテンペストの執拗な追撃を受けていた。
空を飛ぶインビジビリティと建物の屋上から屋上へと跳躍するテンペスト。
距離は開かない。寧ろ、次第に詰まっていく。
だが、テンペストは攻撃に転ずる事ができなかった。
基本的に、テンペストの能力は武器を持たない近接戦闘である。
だからこそ、空を飛ぶ相手に対しては何もできないと言っても過言ではない。
そして、ある意味で言えばテンペストがやって来た場所は最悪に等しかった。
「…止まった?」
呟いて空を見上げる。
同時に、降下するインビジビリティ。
「チッ!!」
テンペストが立っているのが校舎の屋上。
そこから一気に飛び降りた。
落下速度と体の捻りなどで極限まで高めた破壊力を乗せた拳をインビジビリティの側頭部に叩き込む。
地面に倒れ伏したインビジビリティと、油断無くそれに対し拳を構えるテンペスト。
仮に、インビジビリティが立ち上がったところでテンペストが一瞬で跳びかかるだろう。
逆に、テンペストが一気に攻めに転じたならその瞬間にインビジビリティは離脱を計るだろう。
一向に崩れない均衡。
だが、その均衡を崩したのはテンペストでも、インビジビリティでもなかった。
不意に、テンペストの姿勢が崩れた。
すぐ傍にゴミや教科書が散乱していた。
「………」
ゆっくりと視線を校舎へと向ける。
窓から教科書やゴミを投げ続ける生徒の姿があった。
「こっち来るなよ!!」
「帰れ!!」
口々に叫びながら投げ続ける生徒たち。
「……構うか」
呟いて、テンペストは既に立ち上がっているインビジビリティへと向き直る。
その間もテンペストへの投擲は続く。
それでも、前に進む事を選んだ。
「もっと速く!!もっと高く!!ここは何としても守り抜く!!」
叫びと共に突き出される拳。
だが、すぐにインビジビリティは飛翔する。
「高く高く高く!!もっと高くだ!!」
それを追い、跳躍するテンペスト。
だが、撃ち落すかのように羽根を打ち出すインビジビリティによってすぐに地面に叩きつけられる。
「がはっ…!」
一方、校舎では。
(何だよ…何であそこまで拒絶されてみんな守ろうって思えるんだよ。俺は…あいつみたいになれるのか?)
祐一がインビジビリティ、生徒たちに責められるテンペストを見ながら、自分の感情が揺れるのを感じていた。
自分は大切な人が守れるなら、と思っていた。
だが、校庭にいるあいつは何だ?
自分を拒絶した相手まで守ってやれるのか、自分に。
「ちょっと!!やめなさいよ!!」
そんな時、教室に響き渡る梓の声が耳に届いた。
「何で自分を守ってくれる奴にこんな…」
「煩い!!」
その叫びと共に、梓の体がリノリウムの床に叩きつけられた。
「………」
沈黙し、動かなくなる梓。
その頭部からは血が流れていた。
「おいっ!!」
それを見た祐一は駆け出した。
「落ち着けよ!!一人怪我させて、それでもこれが今やるべきだって言えるのかよ!!」
ゆっくりと梓を抱えると保健室へと向かった。
直後、テンペストが教室に飛び込んできた。
「きゃぁあああああああああああああああっ!!!!」
女子生徒から悲鳴が上がる。
その時、テンペストが弓道部の生徒が持ち込んでいた和弓を掴むとその青い体が真紅に染まり、外殻装甲がより重厚になった。
そして、右腕には巨大な銃が握られていた。
「…え?」
思わず口から漏れた言葉に教室にいた面々に動揺が走る。
それが翔矢の声に聞こえてしまったのだ。
いや、その前の梓の行動を考えればこいつは翔矢であるとわかるのだ。
だからこそ、誰もが不審に思った。
何故こいつは自分たちを守るのか。
「あ…天原君、なの?」
そんな中、香里が声をかけた。
「…あぁ」
そんな香里に短い返事が返ってくる。
「どうして…あなたがあたしたちを守るの?」
「俺は…紗代ならこうしただろうって思うことをしてるだけだ。紗代がいた場所や、それに交わる全てを守りたいだけだ」
言いながら、自分が突き破った窓際の壁へと足を進めた。
そして、ゆっくりと銃――ハウリングカノンを構えた。
「届け…ワールウインド!!」
叫んでトリガーを引く。
解き放たれた暴風が弾丸となって上空のインビジビリティへと向かい、その身を宙に縫い付けた。
「風と共に去るがいい」
その言葉と共にインビジビリティが爆発した。
【PM14:52 警察署】
「今回は完全に後手に回ってしまいましたね」
衛次と廊下を歩いていた椎名が高校での一件について口を開く。
「うーん…というか、僕等というか警察って殆どが後手に回ってしまうと思うんだけどね」
「それもそうですね」
そう言って微笑む椎名。
だが、一方の衛次の顔は晴れない。
「どうかしたんですか?」
「いや…」
衛次の考えと言うのは祐一から聞いたインビジビリティについてだった。
対空攻撃ということなら銃を装備している自分の方が適任だと言えた。
だが、前回のブラインダーとの戦闘で思い知ったのが、デフィートの鈍重さだった。
そんな動きで宙を自在に飛び回るインビジビリティを捉えることができたのだろうか?
「そういえば、この前の商店街の件…何だか、やり切れないですよね」
椎名が口にした件、ハームフルの件だった。
後で現場にやって来た衛次たちが目にしたのはガスで殺された多くの亡骸だった。
あれ以来この街を出て行くものが増えているとも聞く。
「あれこそ、僕等の力が及ばなかった証なんだよね」
衛次は悔しそうだった。
いつだってそうだった。
デフィートの初陣のときもそうだった。
出動した村では既に犠牲者が出ていた。
そして、テンペストと遭遇したときも犠牲者が出ていてその復讐に走っている者がいることを知らされた。
いつだって手遅れだった。
「仕方ないですよ。実際に戦うのは二人しかいないんですよ」
「…違う」
椎名の言葉を衛次は否定した。
インビジビリティを撃破したのはクロス――祐一ではなかった。
ならば?
「あの時の…青い三本角がいる」
テンペストしかいなかった。
(彼の協力を得ることはできないのかな?)
そう思いながら衛次は椎名と共に地下の待機室へと向かった。
【PM15:15 高校 保健室】
数分前までは怪我をした人間で溢れ返っていたのだが、今はベッドで眠る梓と見舞いに来た祐一だけが残っていた。
「…燕さん、だったよな。何であんな無茶したんだろうな」
「……嫌だったから」
祐一の独り言に応える者がいた。
紛れも無く、梓の声だった。
「目が覚めたのか」
「えぇ」
短く答える梓。
「なぁ…何が嫌だったんだ?」
「……あんたは天原翔矢って人をどう見てるの?」
それは直接の答えではなかった。
それでも答えなければならないと思わせる雰囲気があった。
「変わった奴…かな。何だか分からないけど、皆が避けてる」
「…少し違う。避けてるんじゃない。皆が忌み嫌ってるのよ」
その答えは祐一にとっては衝撃だった。
皆が、と言うからには名雪や香里、自分の親しい人も入っているのかもしれない。
「何で…?」
祐一の声は震えていた。
「翔矢の父親が六人の女性を殺して回った殺人鬼だからよ」
「殺人…鬼」
「みんな、翔矢を知らずに人殺しの子供とだけ言って、忌み嫌ってる。違う、それだけじゃない。父親を警察に突き出したのは翔矢自身なのに。犠牲者を増やさないようにしたのは翔矢だったのに…翔矢を親を売った子供、人殺しの子供として皆が嫌ってる。
翔矢は…誰かを傷つける事にすごく嫌悪するような人なのに。誰もそれを知らない」
誰も知らない。
それでも、それを言えるという事は梓は翔矢のそういう面を知っていることになる。
「君は……天原と仲がいいのか?」
「…うん」
ゆっくり、静かに頷く梓。
「で、この話をするって事は、校庭で戦ってたのは天原、なのか?」
「うん」
俯き、祐一から顔を逸らす梓。
「ごめん。一人にして」
「そうか」
祐一は立ち上がる。
「…一応、応急処置はしてあるけど。病院は行っとけよ」
「…うん、ありがと」
「それから、たとえ自分の大切な人が傷つけられててもあそこまで気が立ってた連中を止めるのは無謀もいいとこだ。気をつけたほうがいい」
そう言って、祐一は保健室を後にした。
「天原…か。会ってみるか」
【PM16:21 水瀬家】
「名雪!!」
自分の家に戻ってきた名雪に母である秋子の声が届く。
「…お母さん」
「大丈夫だった?怪我はない?」
心配そうに名雪を見やる秋子。
「大丈夫だよ。心配要らないから」
そんな母を安心させようと笑みを浮かべる名雪。
「あら…祐一さんは?」
「あ、うん。今日怪我した子がいて、少しお見舞いに行ってくるって」
「そう。じゃぁ、祐一さんも怪我はないのね?」
「うん」
そこで本当に安心したように微笑む秋子。
「でも…」
そこで名雪が少しだけ不安げな表情を見せた。
「天原君が…皆を守ろうとしてた。姿は全然違ったけど、声は間違いなく天原君だった」
「天原?あの天原翔矢?」
「うん…」
厳しい表情を見せる秋子に名雪は戸惑いを見せた。
自分の知る母はこんな顔をしたことがあっただろうか?
「お母さん…?」
「名雪。彼を信用してはいけません」
「え…?」
名雪とて翔矢の父が何をしたのかぐらい知っている。
だが、それでも何故翔矢が忌み嫌われているのかは分からなかった。
「人殺しの子供は人殺し。それは変わらないことだから」
これを聞いて名雪は何も言えなくなった。
母がこれほどまでに憎悪を剥き出しにした事は…少なくとも名雪の前ではない。
その母が今ここまで憎悪を剥き出しにした。
「うん…わかったよ」
たとえ不満があったとしても、これでは何も言えなかった。
【PM18:54 住宅街】
祐一はクルーセイダーを走らせていた。
水瀬家には美汐の家に泊まると連絡をしていたが、行くつもりはなかった。
(天原…お前は何で憎まれてるのに、その相手を守れるんだ?)
捜しているのは翔矢。
祐一は先日のブラインダーの時に何故こんな奴等を守らなきゃいけないのか、そんな疑問を持ってしまった。
翔矢に会えば、話を聞けばその疑問もどうにかできるかもしれない。
そう考えていた。
そんな時、クルーセイダーの前に一台のバイクが飛び出してきた。
「うわぁっ!!」
叫びながら慌てて止まる祐一。
「危ないだろ!!」
ヘルメットを脱いで相手に向かって絶叫する。
「そう言うな。梓が俺に誰かが会いに来る、と言っていたしな。それに」
相手がヘルメットを脱ぎながら続ける。
「お前、スピード出しすぎだ」
ヘルメットを脱いだその顔は翔矢だった。
「お前…天原」
「いくらなんでもこんな往来のど真ん中は拙い。どっか行くぞ」
そう言った翔矢はヘルメットを被り直し、ヘイムダルを発進させた。
それを追って祐一もクルーセイダーを発進させた。
十分ほど走り、二人は郊外の森までやって来た。
「学校…」
そこで祐一がポツリと呟く。
「どうかしたか?」
「…いや、何でもない」
そう言うと先に進む翔矢を追って歩き始めた。
「で、俺に何を訊きたい?」
ある程度進んだところで翔矢が振り返る。
祐一はこの時になって初めて翔矢の笑顔というものを見た。
ただの愛想笑いではあるだろうが、それでも笑っていた。
「…一つだけでいい。答えて欲しい」
「……言ってみろ」
「何故だ?お前は何故…あそこまで拒絶されても戦える?何故あれで皆を守ろうって思える?」
祐一の問いに翔矢は苦笑した。
何に、というと、
「一つじゃないだろ、それ」
だった。
「…悪い」
「気にするな。で…何故、か。答えは」
翔矢は一度言葉を切った。
「そりゃ、俺が守りたいのは守りたかった人が好きだった世界そのものだからさ」
「守りたかった人…」
祐一が翔矢の言葉を反芻する。
「相沢。お前が何をやってるのかは俺にはわからん。それでも、誰かを守りたいならお前は守りたい人だけを守ればいい。お前の手の届かないところは俺がやる」
翔矢はそれだけ言って祐一の方を叩いて去っていった。
「…俺は」
呟いて、奥を見る。
学校。二人だけの学校。
少なくとも、一人ここで別れた人がいる。
今はその人は傍にいる。
だけど…
『…やっと、来てくれたね』
聞こえてきた声に辺りを見回す。
声のする方向を、特定できない。
『ボクは…祐一くんの持ってる赤い輝石の力で実体を保つ事ができた。そして、あの奇跡を起こすために、祐一くんはボクを媒介として輝石の力を使った。そして、ボクは存在を保てなくなって、記憶だけを…』
「待て。待てよ。お前…あゆなのか!?」
祐一は絶叫する。
『そうだよ。祐一くんの知ってる月宮あゆ。あの冬にだけ存在していた月宮あゆ。だけど、青い輝石もあるから…ボクは別の存在になりつつある』
月宮あゆ。
この名前は祐一にとって美汐と同等の重さがある。
「…お前は、俺が輝石を持ってたって知ってたのか?」
『ボクが実体を持ち始めた頃は知らなかった。ボクが自覚したのは、祐一くんがみんなを助けたいって心から願った時だよ。その時、ボクは奇跡の塊だって自覚できた。だから、ボクは祐一くんが自分の力を使うように仕向けたんだよ』
祐一は何も言えなかった。
そもそも、自分は何故そんな物を持っているのかすらわからなかった。
「あゆ…」
『ごめん。今はこれ以上は干渉できないんだ。だから、またね。青い石を持ってる人によろしくね』
それきり、声が聞こえる事は無かった。
「青い……石?」
【PM21:43 警察署】
待機室では誠也と翼がモニターを前に話をしていた。
「衛次の反応は悪くないどころかかなりいい状態だった。だが、追い切れなかった」
「違うな。デフィートが枷となっているのだよ。衛次の動作を妨げる枷にな」
枷の発言をした誠也が最も悔しそうだった。
自分の作り上げたものが優れた装着者によって劣ったものとなってしまっている。
「やらねばなるまい。試作二号であるデフィートを超えるものを……衛次の能力を完全に生かしきれるものを」
次回予告
夜間に出歩いていた人間が貧血で倒れているという事件が発生した。
衛次たちはそれを追って調査を開始した。
一方、祐一は夜に家を抜け出して動き出す。
そんな中、翔矢は唐突にやって来た梓を迎えていた。
交わる心と覚醒する力、戦いは誰のために?
次回、仮面ライダーSAGA
#.6 吸血
セナ「次回、遂に第二の勢力が動き出します」
梓 「あたし、何しに行くの?」
セナ「何だと思う?」
梓 「まさか、告白させる気!?」
セナ「しない」
梓 「じゃ、何しに行くのよ…」