今日という日まで、何もなかったわけじゃない。

それでも、私はこの道を選んだ。

私の意志で、謗りさえ受ける覚悟で選んだ道。

願わくば……















Pioggia

17.cerimonia matrimoniale



















私、という人種は得てして緊張に弱いらしい。

そんな分かりきっていることを、今現在、切に感じている。

普段なら絶対にしないくらいのメイク、きっと一生着ることはないと思っていた真っ白な衣装。その両方を味わわされている今、当たり前だけど緊張している。

今からこんなに緊張して、本番を無事に迎えられるのかな。

それと、皆は……来てくれるのかな。

藤村さん、芦谷さん、高島さん。私が招待状を送った、高校の友達。私が一方的に裏切った人たち。参加の連絡は来ていたけど、それでも恐怖はある。

「樹さん、髪を纏めてしまいますねー」

メイクさんが私の髪をあげていく。

「それにしても」

仕事をしながらでも私の緊張を解そうとしてくれているのか、積極的に話しかけてくれる。

「折角の日に雨だなんて、どうなんですか?」

言われて、視線だけを窓の外に向ける。

昨日から降り続けている雨は弱まる気配がない。それでも、私はそれでいいとさえ思える。

「いいと、思います。私達は雨の日に始まったんです。だから、もう一度始めるなら、やっぱり雨の日です」

「そうですか。でも、そういうのは披露宴とか、二次会でお友達に暴露してあげてください」

それもそうか。

私達が本当に出合ったときを知る人はいない。知っているのは本人達ばかり。

そうこうしている間に、控え室にお母さんが入ってきていた。

「樹、お客さん。本当は、後のほうがいいんでしょうけど……その顔を見ちゃうとね、お節介焼きたくなるの」

「どういうこと?」

意味が分からず、お母さんが示したほうを見ると、

「嘘……」

藤村さんと芦谷さん、高島さんが未央さんと一緒に来ていた。

「嘘って……せっかく来たのに、失礼な言い種じゃない?」

「藤村さん」

待ちに待った、かつての友達。でも、私に彼女達を友達と呼ぶ資格があるんだろうか。

「って、ちょっと待って。あなた、返信の差出人をちゃんと確認しなかったの?」

「え、どういう……」

「彩乃は結婚してるわよ。それに、そのおなかを見て御覧なさい」

言われて、どうして気付かなかったのかと自分を責めたくなった。

「緊張もしてるもの。仕方ないわ。それと、折角藤村じゃなくなったんだから。そろそろ樹にも名前で呼んでもらおうかな」

言って、藤む、彩乃さんは未央さんの肩に手を置いた。

いつの間に仲良くなったんだろう。

「未央ちゃんのことは名前で呼んでるらしいじゃない?私達のことを友達だと思ってくれてるなら、名前で呼んでくれない?そして、色々話してくれない?」

うぅ、そう言われてしまうと何も言えない。言われてばっかり。

けれど、言われてるのもいい。そうしてもらえるのは、確実につながっている証拠なのだから。

「来てくれてありがとうございます。彩乃さん、梢さん、智里さん。未央さんも、ありがとう」

そして、それが本当に嬉しい。

「・・・・・・微妙に言葉遣いが違うのは許してあげるわ」

とは梢さんの一言。

「さ、後は式が始まってからと、これからにしましょう」

「智里?そうね。行こうか」

智里さんの言葉に梢さんが従って歩みだす。

「彩乃ちゃんは暫くいていいよ。式が終って、そんなに長くはいれないでしょ?今のうちに話していって」

未央さんの言葉に彩乃さんは肩を竦めた。

「・・・・・・妊娠してから、こういう気遣いがずいぶん増えた気がするわ」

「そういうものだと思いますよ。私も、その経験はありますから」

と言ったのはメイクさん。

「お子さん、いらっしゃるんですか?」

「ええ。2人」

驚いた。とても子供がいるようには見えない。それくらいには若い・・・・・・ように見える。

「とてもくすぐったいとも思うでしょ?だけどね、そう思った分、今度は周りに返していくの。そうしたら、今度はそうやって気を遣ってもらった人が更に周りに返していくの。そう思うと素敵じゃない?」

「凄いです。私は、中々出来そうにないです」

髪を整えてもらいながらポツリ。

「気負う必要なんてないのよ?ちょっとしたことでいいんだもの。こういう、仕事のときとかね」

「仕事で?」

「そう。仕事は、会社のためだけど、会社は営利目的でも人の役に立つための仕事をしてるの。その仕事を一所懸命頑張るだけでもいい。一所懸命に頑張る人のために頑張るのもいい。それくらいでもいいのよ」

そう言われれば、出来るような気もしてくる。

「ほら、私とばかり話してないで、お友達とお話してあげて」

促され、視線を彩乃さんに向ける。

「うん・・・・・・樹は、そういうところあまり変わってないね」

「幻滅しますか?」

「ううん。嬉しい。ちゃんと、樹だって納得する」

笑う彩乃さん。私もつられて笑う。

「そうやって、笑えるようになったんだ?」

「はい」

昔の私はそんなに笑っていなかったのかな?でも、そんな気もする。彩乃さんたちと出会った頃はずっと怯えていて、だから、彩乃さんたちからも逃げ出した。

考えるだけで情けない話でもある。きちんと、みんなに話したい。そう思った。

「樹が笑えるようになったのが、さっきの未央ちゃんや旦那さんのお陰だっていうなら、私たちはお礼を言いたい。私たちだって、あなたに笑ってほしいと思っていたし、今は幸せになってほしいと願ってる」

ここまで言ってもらえる。そこに幸せを感じる。喜びを感じる。

「ありがとうございます。月並みな言葉ですけど、幸せになります。幸せにします。そのために、努力していきます」


























お父さんが迎えに来た。

手を取って、歩いた。

その先に、待ってくれている人がいる。

その間に、祝福してくれる人たちがいる。

未央さん。彩乃さん。梢さん。智里さん。

松戸さん。小野寺さん。和泉さん。戸崎さん。

お義父さん。お義母さん。真央ちゃん。

お母さん。

みんな、ありがとう。

待っていてくれている静季さんの手を取り、私は顔を上げた。











































































蛇足的な後書き。

読みたくないという方はこれ以降はスクロールなさらないよう。







完結まで要した期間は2年半。長い割には、話は短く、挙句、最終話に書きたかったことはあまり書けていないという体たらくでした。いや、書けなかったわけではなく、ここに至るまでに書いてしまっていただけのことなのですが。

やりたいことをどこまでやれたのか、伝えたいことをどれだけ乗せられたのか。そもそも読み手がいたのか。不安は多々あります。

けれど、自分に自信を持てない樹、女性を信じていなかった静季といった心に一つ癖なり傷なりを抱えていた人間と向き合いたいという私個人の想いはある程度成就したのではないかとも思います。


一応、最後なので。

静季。


当初は真央を利用する形ではなく、本当に彼女がいて、樹には失恋してもらう予定でした。モチーフにした曲がそういう曲でしたので。

ただ、掲載先を考えればこれはちょっと・・・・・・と思いました。あの頃から「なろう」ユーザーだったなら彼とももう少し違う向き合い方が出来たんじゃないかとも思います。

ただ、このお陰で静季にも欠点ともいえる部分が出来て、人間味が出てきたので結果的に良かったのかと思います。真央を扱えたのも良かったかと。前回、真央についていろいろ書いた記憶もありますが、やっぱり真央を主役にすえた話も書いてみたいとも思います。きちんと、終わりまで見据えて。

ただ、静季に関しては車が趣味であることと、家族構成という面でしか個人を描けなかったのでもう少し何とかならなかったのかとも思います。

・・・・・・これが私の作品における救済側の欠点でしょうか。


樹。


最初はもう少し普通の人間らしく振舞ってもらう予定でした。苛められた過去なんて無くて、ただ知り合いのいない街でどう過ごしていいのかわからないまま何年か過ごしてきた、そんなヒロインになってもらう予定でした。

この辺が、私の病気なのかもしれませんが、主人公を落とすときには徹底的に落ちてもらわないと気が済まないのかもしれません。ただし、私個人のいじめと自身を持てない心に向き合うというテーマに即した主人公にはなったのでないかと思います。

ただ、残念なのが、立ち直って以降の樹を上手く動かすことができずに、夏編を書けなかったこと、話がどんどん短くなっていったことでした。もう少し勉強が必要に思います。



では、ここまでお付き合いくださいました皆様。ありがとうございました。