いつまでも、消えないと思っていたこと。

凪いだ水面のように、穏やかでいたいと思っていたこと。

その全ては今でも続いてる。

けれど、その凪いだ水面は嵐の前触れでしかないことも、私は知っている。















Pioggia

16.Tira vento



















あの日の私は、まだ幼かったけれど。それでも、誰かに依存してしまう性格はその頃には出来上がっていた。

だけど、今と大きく違うことがあった。

私は、前に出たかった。人の前に立ちたかった。

「私は…ある種どうしようもない馬鹿だったんです」

静季さんと家族を前に私は語り始めた。

「人より良く見られたい。そう思っていたくせに、お友達、という枠を飛び出せなかった。そこでつながれなければ、何も出来ない。そんな私だったんです。

 …あまり、変わってませんね。それはともかく、私は何とかしてその頃の仲良しグループを飛び出したかったんです。コーヒーを飲み始めたのだってその頃です。大人になりたかった。大人びた存在になりたかった。そうすることで誰かの目を引きたかった」

そして、それは失敗する。

「当たり前のように、失敗して、挫折しました。落伍者を気遣うようなグループではなかったので、私はあっという間にグループを追い出されました。飛び出したかったくせに、自分が捨てられるのはとても辛かったんです」

「…何をしたんだ」

まぁ、当然の疑問でしょう。私だって同じ質問をすると思います。

「基本的には先生に気に入られるいい子でい続けようとしたんですよ。先生にも一目置かれる、協力者として」

当然、そのためにグループのみんなを売ることになった。それは当たり前のようにばれて、居場所を奪われてしまうことになるわけだ。

「まぁ、人を売ることがとても愚かな行為だっていうことはわかったので、いい薬にはなりましたけどね」

何より、その行為は全く大人のそれではないということにも気付けた。でも、これがきっかけだったのは事実だ。

少しのどが渇いて、お茶を一口だけ口に含んだ。

「まぁ、そんなことをすれば自然と回りは敵だらけですよ。男子と女子、そんなものすら関係ないぐらい。私は自分の周りの全てを敵にしてしまったんです。

 でも、きっといつか戻れるって思ってたので。だから、何も気にしないふりでいました。でも、まぁ…たまに体調崩しちゃう日とか出てきちゃうんですよ。あの時はインフルエンザだったんですけどね」

そう、あの年に猛威を振るったインフルエンザ。呆気なく感染し、学校を休まざるを得なくなった私はお母さんに連れられて病院に行った。診察が終って帰るときと、下校時間で私宛のプリントとかが届けられる時間がぴったり重なってしまった。

「病気のときって、精神的にも落ち込みますよね。そんなときに前は仲の良かったはずの子たちが私抜きで楽しそうにしてるのを見たりとか、あれ、本当に効くんですよ」

あの瞬間、私は否応なしに理解させられた。私はいないほうがいい。それだけのことだったんだ。

「私はあのときの笑い声と、私に気付いたときのあの言葉を今でも覚えています。凄く短い、たった一言だったけど、それが凄く痛かった。今でも痛いくらい」

「何て言われたんだ?」

「単純ですよ。もっと言葉をたくさん使ってくれたほうが印象は薄くなるんですけどね。『愚図』。それだけです」

それだけに効いた。

もう、知らないふりはできなくなってた。

「当たり前のことだったんですよ。自分たちを裏切った相手となんかいたって楽しくはない。それだけです」

しばらくすると、新しい友達が出来た。それは進学してからだった。高校で、私を知らない人たちの中にいて、私は少しだけ元に戻ることができた。

でも、独りでいた時間が長かったからこそ、本にのめりこみ、流行モノも追いかけない、そんな枯れた高校生になっていた。彼女たちの友情も信じられなかった。

「高校に入って、友達はできました。でも、今ならわかります。私は、その友達も裏切りました」

彼女たちを信じられなくて、進学や就職する彼女たちの希望を聞きだし、その全てと違う進路を選んだ。誰もいない、誰も私を知らない。そんな場所が欲しかった。

「信じられる人が欲しかった。でも、それをどうしたらいいかわからなかった。だから、勉強以外にできることがなくなってしまったんです」

私は、根本的な部分で誰かを信じられなかった。だから、静季さんを何度も拒絶した。同性ですら信じられない私が異性を信じられるわけがない。理解できるわけがない。そう信じる自分だけは信じて疑わなかった。

裏切ったことをずっと後悔してきた。私自身の愚かさも手伝って、幾度となく泣いた。誰にも届かない『ごめんなさい』を繰り返した。

「私…本当はずっと友達が欲しかったんです。信じられる誰かが欲しかったんです。信じてくれる誰かが欲しかったんです。新しい友達が出来て、結婚してくれる人まで出来ました。全部、予想してなかったことなんです。

 だから、今が本当に嬉しいんです」

言い終えて、とても嬉しかった。私が静季さんを信じることを選んだように、静季さんも私を信じることを選んでくれたはずだから。ずっと、心の底にあったものをこうして知ってもらえる、それが嬉しかった。

「…そうだよな。そういう、嫌がらせって結構トラウマになるよな」

はぁ、と息を吐き出した。安心できるってこういうことなんだって、実感した。

「じゃあ、樹。今度、高校のときの友達に連絡してさ。結婚式に出てもらおうか」

「ええっ!」

驚いた。もう、二度と顔なんて合わせられないと思っていたのに。

というよりも、本当に合わせる顔がないのに。

「きっと、どんな形であっても樹に会いたいって思ってるはずだから」

そう言った静季さんはお母さんに目配せをした。

「そうね。あなた、心配されてたもの。誰が連絡しても返事が帰ってこないって。たまに聞かれるのよ。いつ帰ってくるのって」

みんなは、私をどう思ってるんだろう。憎まれてるのかな。それとも、どうなんだろう。

「便りが気になるのは、あなたが好きな証。また会いたいと願うから、そう願って行動してるのよ」

「私…友達でいいのかな」

「そういうのは、本人たちに聞くものだ」

私は頷いて、そのまま俯いた。もう顔なんて上げられない。溢れ出した涙で、嗚咽でもう何も言えない。

心の底から、嬉しい。結婚と同じくらい。本当に嬉しかった。


























きっと、どうしようもなく怯えていたんだ。

私の結婚は誰にも祝福されない。私はそう信じて、怯えていたんだ。

「招待状、作ろうな」

「…はい」

帰りの車中、私は頷いた。

「お互い、貯金は結構あったし、俺の部屋がマンションで、親父たちから譲ってもらってるし。同居する分にも問題ないだろ」

暗に、結婚式の資金で困ることもないからもう少しだけプランを大きくしたっていいんじゃないか、と言ってきてる気がする。

招待状、貯金。それだけで十分にわかる。

「友達、呼ばないといけないだろう?」

「そうでした」

確かめなければいけない。私の結婚が祝福されるものなのか。でも、それと同じかそれ以上か。私の結婚という場に来て欲しい、知って欲しい。そんな願望がある。

私は自分で思っている以上に寂しいらしい。とにかくたくさんの人とつながっていないと安心できない。そんな自分が首を擡げている。

「もう一度、友達として会いたいなぁ」

「会えるだろ。樹がそれを願えば。宮下も小野寺も。樹が望んで行動すればそれだけで」

あぁ。その言葉だけでわかる。

私は今、赦された。

























pioggia

17.cerimonia matrimoniale


























後書く

一応、次回が完結予定です。何せ、副題が結婚式ですから。

この作品を描いたことで扱う人物の幅が少し広がったことなど、多くの得たものがありました。

まだ、完結したわけではないので樹と静季については語りませんが、未央と真央について。


2人。

並べると姉妹みたいな名前になってしまいましたが、意図したわけではありません。真央、はいつか使ってみたかった名前でした。未央も、最初は瑞樹にしたかったんですが、『樹』と被ってしまうので変更したら今度は真央と被ってしまったというどうしようもない理由でした。



未央。

どう足掻いても、樹には引っ張ってくれたり、背中を押してくれる友人が必要でした。樹一人では何も出来ない。その確信もありましたから。そして、樹を確実に引っ張るために、彼女の学生時代を知ってもらう必要が出てきたので短大時代の同級生(面識なし)になってもらいました。ただ、彼女の場合はある程度達観している部分もあるので彼女を主人公にしたスピンオフを作りにくいという弊害もあったりしますが。


真央。

当初から存在を予定していたキャラクターです。ただし、こちらは未央などとは違い、完全にスピンオフなどは作れないキャラクターでもあります。樹の側に立てる静季サイドの人物でもあり、経験のなさから臆病な樹と、女性不信気味の静季の間に立てる数少ない人物でもあります。よく考えれば未央もそれができますけどね。こちらは家族代表、といったところですね。




ちょい役止まりの小野寺、戸坂たちはスピンオフを描くつもりで用意したキャラクターです。そのうち日の目を拝めればな、と思っています。

では、あと少しだけお付き合いください。


Scudelia Electro[SCUDELIA ELECTRO]


改稿に際し補足。

誤字を修正。