オモウココロハジユウナレド
2−3 ケツイノトキ
大原 響
懺悔
俺は、救いようのない馬鹿だった。
正義と信じ、裏切られ、罵られ、打ちのめされた。そこから救い上げてくれた彼女は、俺にとっては神そのものに思えた。
それを、彼女が望まないことを知っていながら。俺はまるで彼女を祀り上げるかのようにしていた。表に出ていなくても、彼女は気付いていた。だから、この状況がある。
救いを信じ、差し伸べられた手を掴み、這い上がったはずだった。
そう、はずだったんだ。
俺は、掴んだだけだったんだ。その救いを信じたくせに、打ちのめされたままの自分を選んでいた。そこにいれば、傷付いても、失っても、何も痛みなどないのだから。
俺はどうしようもなく、小さくて、自分のことしか考えられない、あまりにも愚かな存在だ。
それでも、それでもだ。
「信じたい…」
もう一度、その手を掴みたい。
既に、手遅れだろうか?
そんなことすら考えてしまう。
雨が、降ってきた。
拒絶の日のように。手を掴んだ日のように。
どちらにでも出来る。俺の、選択次第で。
だから、俺にしか、出来ないことをしよう。俺にしか、出来ないことなんだ。自分でしたことに決着をつけるのは。
柊 小鳥
雨
雨が、降り始めてきた。
楓は帰ってこない。
「……」
ただ、呆然と窓の外の風景を見てる。そこに変化はなくて。ただ、暗くなった空から大粒の雨が降り注いできていた。
真っ暗な部屋。暗い空。降り続く強い雨。
きっと、響君はずっとこんな気持ちを抱えてきてたんだろうな。
それは、とても辛くて。とても苦しくて。
もう、そこから這い上がれないくらい。そこから抜け出して、新しい痛みを憶えるのが怖くなるくらい。
急ぎすぎたのかもしれない。
でも、私は…神様のように見られることを良しにはできない。きっと、お母さんはゆっくりやればいいって言ってくれるだろうし、楓なら別れろって言うんだろうな。
「どっちも、できそうにないよね」
口に出して、思う。
ゆっくりとは呼べないくらい急いでいるし、別れたとは言えないくらいの距離を開けた。
それが答え。
響君とは別れられないと思う。でも、直したい。
難しいね…
「ふぅ…」
一つ、息を吐く。
突然、部屋が明るくなった。
「電気ぐらいつけなさい。目、悪くなるわよ」
「うん、ごめん」
お母さんが部屋に明かりをつけてくれた。
響君はこれを拒絶してたんだよね、ずっと。葵さんの助けすら。光すら差し込まないそんな闇に居続けていたんだ。
突き放す以外に何かできなかったのかな?
ふと、明るくなった部屋の窓から人影が見えた。
「え…?」
一瞬、楓かと思った。帰ってきたのかと。
でも、違う。あれは男の人だ。
確信がある。
何のための行動かはわからないけど、私は行かなきゃいけないんだ。
彼のところへ。
そう、響君のところへ。
「ちょっと出てくるっ!」
あの日と一緒だ。
結局、どうしたって私は響君を追いかけることになるんだ。響君は動かないようでいていつでも動いてる。それが私に予想できない動き方だから、こうやって追いかける。
ほら。
私に気付いて逃げ出そうとする自分を奮い立たせようとしてる。彼が震えているのはきっと雨だけの所為じゃない。
「響君」
スコールのような激しい、あの日と同じ雨。私が彼を呼び止め、彼が答える。何も変わってない。
もしも。
本当にあの日と変わらなかったらどうしよう。拒絶で終わったりしたらどうしよう。不安になるけど…これも、私が選んだことだから。
「俺は…馬鹿だ」
知ってる。
「いつも…誰かが望まないことを一番正しいんだって信じようとして、手遅れになる頃に気付かされる」
そうだよね。不器用、だもんね。
「小鳥は神様なんかじゃない。母さんもそうだ。目の前にいる、大切な人だ…もう、こんなことで失くしたく、ない」
そう、それが私の望んだ答え。
対等に一緒に歩いていける関係。それこそが私の願いだった。
「だから……これからもずっといてほしいんだ」
「うん。喜んで」
ちゃんと言えたかわからない。流れる涙は雨で隠せると思うけど、あんまり涙は見せたくない。
きっと嬉し涙だって言っても、気に病んでしまうだろうから。
けど、そんなこと向こうも一緒みたいだった。必死に堪えてるように見えるけど、あれは間違いなく泣いてる。
私はそんな響君に抱きついた。
彼の胸の中に顔を埋め、背中に手を伸ばす。
私の泣き顔も見られないし、響君の泣き顔も見ないで済む。
やっぱり、別れたくない。そのことを強く意識できた。
だけど、こういう確認はもう二度としたくないかな…
大原 響
2度目
結局、俺達が何かを確認しあうときは雨が降っていることがわかった。
まぁ…まだ梅雨明けしていないだけの話だとは思うのだが。
「ふぅ…」
小鳥と別れ、一人ずぶ濡れのまま家路について空を見上げる。痛いぐらいに降り続いていた雨はもう止んでいる。
俺が誰かのために必死になるのは珍しいことなのだろうか。誰かを思うのは…
「そういえば、珍しかったか」
随分長い間、母さん以外を大事に思ったことがない。思わないようにしていたのもあるんだが…むぅ。
漸く、スタートラインに立った気がする。今まではスタートする準備が出来ていただけで始まってもいなかったんじゃないだろうか。スタートラインで待っていた小鳥や母さんはいつまで経ってもそこに来ない俺を見て呆れていただろうか。
楓…さんにも迷惑をかけた。
あの子は俺に対していい感情を持っていないようだったし。
「仕方ない、よな」
あれだけ人を傷つけて、そんな相手が自分の姉と付き合っているなんて普通は認めたくはないだろう。俺だって、その立場を自分のものとして考えれば認めたくない。
もし、母さんが再婚するとしてその相手が他人を傷つけることを厭わない人間ならば、俺は絶対に認めないだろう。
そう思うと、あの子は凄い。認めたくもない相手を送り出したのだから。
「…?」
先のほうから母さんと、一人、歩いてくる。
あれは…楓、さん?
「あら響。随分すっきりした顔してるってことは…?」
「あぁ、うん…何とかなったよ。間に合った」
正面から、誰かと付き合うってことを話すのは気恥ずかしい。でも、やっぱり言わなきゃいけない人たちだから。
「何とかなったんですか?」
「あぁ、何とかね」
楓…さんの言葉に答えると、楓、さんは安心したような表情を見せた。
「もう、こんなことさせないでください。疲れました」
「…わかった。気をつけるよ」
「そうしてください」
自然と、笑みがこぼれる。
「ありがとう」
「え?」
だから、自然と感謝の言葉が口をついて出てきた。
「君が俺の背を押してくれなかったら、俺はあのままどこにも行けなくなっていただろうから。だからありがとう」
「でも、私はあなたを絶望に追い込む手伝いをしていたかもしれないんです」
「それでも、ね。あのままどこにも行けなくなるよりも、動いて、ぶつかっていける自分のほうがいい。今なら、心からそう思えるんだ」
「あ…」
何もしないでする後悔と、何かしてする後悔は一緒じゃない。それを、俺はよく知ってる。
「わかりました…でも、あんまりお姉ちゃんを泣かせないでください」
「気をつけるよ。けど、結構泣かせるの得意みたいでね…さっきも、泣かれてた。悲しい方向じゃないと思うけどね」
「そういうのじゃなければ、いいと思いますけど…」
柊 小鳥
未来
響君は性格的に呆れるくらいの一途だ。そんなの、付き合い始めた頃から知ってる。
最近は誰かに対する依存も減ってきて、社交的にもなってきてる。でも、私との関係だけはずっと変わらない。
きっと、それはいいことで。
きっと、それは望ましいことで。
きっと、私と彼が望んだこと。
互いが互いを想う心は自由だけど、一方通行なままじゃどこにも行けないし、繋がらない。
自由だけど、通じ合える想いでありたい。
心から、そう、思う。
オモウココロハジユウナレド
マジワラナイオモイハカナシスギテ
ネガワクバ
イツマデモ イツマデモ
ツナガリアウ ココロノママデ
後書き
すみません。
実はこれ、最終話です。
当初は暫く続けるつもりでした。5章くらいやってみたかったんですが、響と小鳥のテンションで物語の方向性ってあんまり動かせないんですよね。背景作りも他の作品に比べると貧弱ですからね。
元が短編なので仕方がないといえば仕方がないんですが。
でも、この2人…結構愛着あるんですよね。2人だけでもないんですが。
まず、響の体験に関しては自分の経験をある程度エスカレートさせて書いています。彼が過去に受けた虐めと、その後の人との付き合い方ですね。それに対する小鳥に関しては自分の願望ですね。
近くにいる人だけど、それまで何も知らない、関係ないはずの人がそれを知ることで変わり出す。特別に遠くから引っ張ってくる必要もなく、疎遠になった幼馴染を連れ戻す必要もなく。
だから物語としての起伏を付けにくいのですが、あくまで響の救済が主なテーマだったわけですから。これでいいのではないかと。
また、雨コンペに出品して、コンペでは初めて感想を頂いた作品でした。桜コンペでは既に終わった物語のエピローグとして描いた結果、理解されない物語となり、夏コンペではあまりにメインのターゲット層の票を無理矢理狙いに行って自滅する結果となりと、それまでのコンペは失敗の連続でした。
だからこそ、この作品を生み出せたことに自身を持てました。感想は多かったので、上位を期待しましたが、やはり無理でしたね。
そして、彼らを書き足りなくて、こうして長編化に踏み切り、随分と長い時間をかけて完結させました。
最後に、ここまで書けたこと、公開する場が与えられたことを感謝し終わりとさせていただきます。
ぶち壊し気味の蛇足。
楓のモチーフはデュエルセイヴァーのカエデ。ヒイラギ・カエデ=柊 楓。こういうことです。