オモウココロハジユウナレド
2−1 キミノタメニ
大原 響
胸を張る
俺は、今小鳥といっしょにいることを誇ってもいいんだと思う。
あの頃とは違うんだって。それが自覚できてるから。だから、それでいい。
いつものように朝を迎えて、母さんが作ってくれた朝食を食べる。
それが当たり前だった。だけど、今までの俺はただの機械だった。当たり前に毎日をこなすだけの存在。それが俺だった。
でも、今は、違う。小鳥が、母さんが俺を変えてくれた。俺は、今度こそ真っ当な意味で2人の恩に報いなきゃいけない。あんな、自分勝手なものじゃない、本当にそれぞれのことを考えた上で報いなきゃいけない。
だから、俺は小鳥の傍にいられることを誇ってもいいんだと思う。俺は、小鳥の傍にいたいし、母さんを苦しめたくも無い。
胸を張ろう。
小鳥の傍にいられること。母さんの息子である事。その全てに。俺は、ここにいてもいいって示してくれた人たちの想いに応えるために。
「じゃ、行ってくる」
「行ってらっしゃい。今日は遅くなりそう?」
今日は…小鳥とは特に約束はしてない。でも、どうだろう?
けど、最近は小鳥とばっかりだったし。
「今日は…多分、早目に帰ってくると思う」
「そう」
俺は、母さんの声を背中に受けながら家を出た。
やっぱり、こういうのが俺たちの本来あるべき姿だったんだろう。
あの頃はいつも、母さんの声を背中に受けるたびにどうしようもない後ろめたさを感じていた。そして、無意識に自分がいるからいけないんだって思い込んでいた。そんなわけないのに。
だから、今こうしていられるっていうことに、この状況へと背中を押してくれた小鳥と母さんには感謝してもし足りない。
俺から小鳥や母さんのためにしてあげられる事ってなんだろう?
母さんに関しては、幸せになるってことだけど、それはどこまでなんだろう?
小鳥にはどうしてあげられるんだろう?
簡単なことなはずなのに、分からない。
…大丈夫。まだ時間はあるはずだから。だから、ゆっくりとでも考えていこう。
柊 小鳥
意地を張る
基本的に、私にしても響君にしても意地っ張りだ。
私は自分の言い出したことを曲げない。
響君は自分の意見を表に出さない。
変なところで意地っ張りな私たちが上手くいくのは、結局響君が何も言わないからなんだ。だから、響君が何を考えているかとか、わからないんだけど。
知りたい。でも、一度口に出してしまえば私は後戻りができない。だからと言って、響君は何も言わないだろう。
八方塞もいいところだった。
せめて、響君の意地の張り方少しでも違うといいんだけど。
それに、響君は何も言わないから不満とかがあっても言ってくれない。私に気を遣っているのかもしれないけど、私からすればそれが不満だ。
好きになって、付き合い始めて、そしたら相手がただのイエスマンだったなんて。それは嫌。それは私の望むことじゃない。響君だって、いつまでもそれじゃ駄目。彼にとっての私は今や葵さんは神様とまではいかなくても、天上の人として見られてる。
それじゃ駄目。私は、響君とは対等の付き合いをしたかった。こんな、主従関係に近いものがある関係は求めていなかった。
どうすれば、響君の意識を変えられるんだろう。その為に、私が出来る事ってなんだろう。
傍にいたい。何か望む事があるならしてあげたい。それが私の望み。難しい事なんて何も考えてないのに。なのに、響君はそれを分かってくれない。
わかってほしい。気付いてほしい。
伝えたい。気付かせたい。
大好きなんだよって。ずっと一緒にいたいって。言いたいことは全部言ってほしいって。何かしてあげたいって。全部全部、伝えたい。私が、何を思って響君と一緒にいるのか。それを全部知ってほしい。
伝えよう。全部。
伝えなきゃ、何も始まらないから。だから、始めるの。今から。
大原 響
向き合うということ
放課後。
何かできることはないかと思って、日頃の感謝の意味をこめて母さんのところに連れて行って何かご馳走しようかと思った。
けど、その前に小鳥に捕まった。
「話があるの」
短くそう言うと、小鳥は俺を屋上に向かって連れ出した。
その背中にはどこか苛立ちに似た何かが窺える。やっぱり、俺じゃ駄目だったのか?でも、俺は…
「ねえ。響君は私のこと、どう思ってる?」
屋上についてから、小鳥は俺の方を向くことなく言った。
「どう…」
言いかけて、口を噤んだ。言えない。小鳥が望んでないことを知っていて、俺は小鳥の事を遥か上の人として見てる。小鳥が対等の関係を望んでるって知ってるのに。
だから、言えなかった。これを、小鳥に知らせるわけにはいかないんだ。
「響君。言いたい事、言えることは全部言って。私、響君が私の事どう見てるか、何となく気付いてるから。だから何も気にせずに言って」
知られてる?
いや、きっとかまをかけてるだけだ。だから、言うわけにはいかない。
「言わないなら、私が代わりに言うよ。
私のこと、天上の人だって思ってるでしょ。自分の全存在をかけて恩返しをしなきゃいけない人だって思ってるでしょ」
完全に気付かれてた。
はは…うまくやってたと思ってたんだけどな。
「響君。何か言って」
「…その通りだよ。小鳥が俺を変えてくれた。だから、俺はその恩を全部、全てをかけて返さなきゃ駄目なんだ」
諦めて白状した。
このまま隠し通せるって思ってたのに。
「これ、返す」
小鳥が首からかけてた、俺がプレゼントしたネックレスを突き出してきた。
「もしも、これをもう一度受け取ってほしいなら。その時は私が望む答えを出して。そうじゃないなら、これは受け取れないし、恋人って関係にも戻れないから」
いきなりだった。
かなり突然の破局宣言だった。
まぁ、仕方ないのか。俺が蒔いた種だし、実際、今の俺が天上の人という目以外で小鳥を見ることは不可能だから。
「…響君。私、待ってるからね?ちゃんと、響君が答えを出してくれるの待ってるから」
それだけ言い残して、小鳥は屋上を去っていった。
それを見送って、俺は足元へと視線を転じさせた。
「ごめん。答えは知ってる。でも、俺はそこには辿り着けない」
わかってるのに。これが、如何に最低かということも何もかも。
「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
やり場のない感情を全て吐き出すように、俺は天に向かって叫びをあげた。
柊 楓
殺意を抱く
そろそろ殺してやるべきかもしれません。
あまりに元気のないおねえちゃんを見てて、問い詰めたら自分の求めるところと彼が求めている部分が違っていて、交際休止したと言われてしまいました。
「…絞殺?それとも圧死?いや、焼死がいいのかも」
「か、楓…殺さないでね?ちゃんと、響君は分かってくれるから」
いえ、あの馬鹿には何も分かりません。お姉ちゃんがあれほど対等の関係を望んでたのに、それを裏切るような馬鹿のことなんて知りません。
それに、彼は恨まれて当然のことをしてきたんです。これぐらい、当然の報いだと考えるべきです。
「お姉ちゃん。あの人は今まで色んな人に恨まれるような事をしてきたんです。だったら、これは当然の報いじゃないんですか?大切に想ってた人に終わりを告げられるって。だから、気にしなくても」
「駄目」
なのにお姉ちゃんは私の言う事を否定します。
「何が駄目なのか教えてください」
「響君は恨まれるような事をしてきたよ、自覚して。でも、その前は何もしてないのにずっと苛められてたって。それから、人との付き合いをしなくなったんだって。恨まれると分かっててやったのは、人に近付きすぎる事が怖かったから。どこまで近付いていいか分からなかったから、そんなことを考えないために最初から切り捨てた。
でも、その数が多かったんだよね。響君は、元々人を平気で傷つけられるほど酷くはないし、そんな最悪の人間のままでいられるほど傍若無人でもなかった。だから、学校に入り込んでくる動物たちには凄く優しかった。でも、皆それを見てた。だから、また人が近付いてきた。人を傷つけてしまった痛みを和らげるために、人に出来なかった優しさを向けるために動物たちに優しさを向けた。でも、みんながそれを見てた」
お姉ちゃんは一気に言うと、俯いてしまった。
「私だって酷いよね。響君が私に本当に凄く感謝して、だからああやって私が望まないにしても強く想ってくれてた。なのに、私は自分が嫌だからって言ってそれを否定した。
最低、だよね」
お姉ちゃんが気に病むことなんてないはずなのに。
決めた。
私があの人と話す。
お姉ちゃんと話してても何にもならないし、ほっといてもどうにもならない。誰かが動かなきゃいけないから。私が、動こう。
「…お姉ちゃん。私、ちょっと買い物に行ってきます」
後書き
というわけで、いきなり修羅場です。
いや、響の性格を考えるとこれは当然のことなんですけどね。
自分をどん底から救い出してくれた人は、当然の如く神様のように大きな存在に見える。
それが当然なんです。でも、それを彼氏彼女の関係に当て嵌めたとき、矛盾が発生するんです。それも、小鳥のような価値観の持ち主の場合。
対等を求める人にとって、響の想いは相容れないものなんです。
だからぶつかってしまった、というわけです。
兎に角、これから周りが動き出して、2人の関係の修復のために動き出します。というわけで、今後もお付き合いお願いします。