オモウココロハジヨウナレド



一章ノ五 ニゲルソノセヲオイカケテ





大原 響
素直




結局、強引に押し切られる形で俺たちはリビングに通された。

「お二人は恋人同士ですか?」

「「え!?」」

俺と母さんは同時に声を上げた。

確かに、母さんは若く見えるけど…

「お母さん、親子だよ」

何というか、居心地が悪かった。

それは、きっと家族という空気が。

求めることが恐かったあの空気が。

「あら、そうなの?それよりも小鳥、先に荷物を置いてきなさい。それから、楓にお茶を準備するように言っといてね」

「はぁい」

柊さん――もとい、小鳥さんがリビングから消える。

「それで…大原響君だったかしら?」

「え…はぁ」

「小鳥のこと好き?」

「な、何を言って…」

俺は誤魔化そうとした。

「響」

母さんに咎められた。

「いや…しかし」

俺としては諦めたい恋だった。

「別にあの子に告白しろって言うわけじゃないの。ただ、あの子の母として知りたいだけ」

断れという自分と、答えろという自分がぶつかり合う。

結局、勝ったのは答えろという自分だった。

「確かに、好きです。ですが、一度振った以上それでお仕舞いです。

諦めたくない気持ちは大きいですが、それ以上にこれ以上彼女に関わるのは折角諦める覚悟を決めたのに、それを台無しにしてしまいそうで…」

「つまり、今でも好きだっていうことでいいのね?」

「そうですね。まぁ、今の話は聞き流してください」

「ふぅん…だ、そうだけど、小鳥。どう?」

「え?」

小鳥さんがリビングからドアを開けて入ってくる。

「どこから、聞いていた…?」

「殆ど……全部。部屋…隣だから」

そこで気付いた。

はめられた、と。

自分の顔が紅潮するのが自覚できた。

それと同時に、俺はリビングを飛び出し、そのまま家を飛び出した。

外に出た瞬間、走る。

すぐに後ろから足音が聞こえてきた。

俺と同じように、全力疾走。

「何で追ってきた!!」

振り返ると小鳥さんが走っていた。

「何でって…逃げるからです!!」

「幻滅しただろ!?嫌いになっただろ!?ほっといてくれ!!」

「そんなことできますか!!私、諦めてないから!!」

「何でだよ!!」

俺たちは夜の街を絶叫とともに走り抜けた。










柊 小鳥
星空




三時間に及んだフルマラソンを越えた追跡劇は、バス、タクシー、電車、自転車、挙げ句の果てにはコンビニでバイクに乗ろうとしてた人に体当たりをかまして奪って高速道路に突っ込んだりした。

さらにはバイクを返した後、川へダイブしたり、トライアスロンも越えたところで、下水道で私が大原君を追い詰めて決着を迎えた。

「はぁー…はぁー…はぁー」

「ぜぇー…ぜぇー…ぜぇー」

お互い、言葉が出なかった。

それから三十分後。

「お、追い詰めました。観念してください」

「さ、三十分前にした…」

やっと回復して話し始めた。

「てゆーか、俺たち、何でこんな所まで来たんだ?」

いつのまにか、大原君の中では目的が逃げることから走ることに変わっていたらしい。

「大原君がお母さんに私のこと好きだって言って、それを私に聞かれて逃げたんじゃないですか」

「そういえば…そうだった」

泥だらけ、水浸し、汗だくの大原君はコンクリートの上に座り込んだ。

「もう…逃げないんですか?」

同じく泥だらけ、水浸し、汗だくの私もその正面に座った。

今更汚いとかは関係なかった。

「逃げても意味がないから。自分を隠し続けることで逃げ続けてもどうにもならないって、よくわかったから。

信じられないわけじゃなかった。寧ろ、信じてた。この人は自分を見てくれる、受け止めてくれるって。

それでも、恐かった。確かに人は優しくはない。

だからこそかもしれない。人はどこかで残酷になれる。その残酷さを、その方向を変えてしまえば、優しさになるんだ。

あなたは優しい人だ。だから、強い」

「た、確かに」

私は納得した。

「だから、告白したい」

事もなげに言ってくれる大原君。

そんな風に言われると今日一日はいったい何だったのだろう、と考えてしまう。

「俺は、柊さんのことを信じてる。柊さんのことを好きだっていう気持ちには一切の嘘も偽りもない」

告白っぽくない言葉だったけど、より真剣な大原君の気持ちを表現していた。

ただ、何気なくさらっと言われたりするのは気に入らないけど、これがこの人だし。

「泥だらけで水浸しで汗だく。しかも、場所は下水道。ロマンチックの欠けらもないね」

「上に上がってもいいんだぞ?月も星も多分綺麗だろうからな」

「冗談!どうしてこんなかっこで人目に晒されなきゃなんないの?」

「同感だ」

だったら最初から言うな。

「それで、返事は言わなきゃダメ?もうわかってると思うんだけど」

さすがに同じ日に同じ人に二回も告白するなんて恥ずかしいにも程がある。

「心変わりって言葉、知ってるか?」

「あー言います。是非とも言わせてください」

ある種の脅しだった。

「私、まだ大原君のことを好きだよ。信じてるけど、裏切らないでね」

「それはこっちの台詞だ。裏切ったら殺してやるからな」

と、言って大原君は鼻で笑った。

「言ったな?」

「言ったがどーした?」

私たちは下水道という暗闇の中で睨み合った。

「きっと、コンクリートの天井の向こうは綺麗な夜空なのだろうけど、私たちにはこれでよかった」

「綺麗に纏めに入ってるところ悪いが、水嵩が増した。雨だぞ」

暗闇の中でも彼がニヤリと笑ったのが見えた。

そして、外に出た私たちを待っていたのは…

「あったかいね…」

「いや、暑いの間違いだろう?」

雨の中、激しく燃える民家と放水車だった。

「なあ、この火事は火事でショッキングな光景だが、もう一つショッキングな現実というものを知っているか?」

「奇遇だね。私もショッキングな現実をしってるよ」

言いたいことは、絶対に一緒だ。断言できる。

「「ここ、どこ?」」










大原 響
幻想から現実へ




雨で泥とかを洗い流し、交番を探して二時間歩いた。

そして、それから四時間後…すでに周囲は明るくなり始めた頃に柊家でシャワーを浴びた俺たちはすぐに床に倒れこんだ。

疲れた…学校なんぞ行きたくない。

「学校(墓場)、逝く?」

かなりニュアンスが間違っている気もしたが気にしない。

「逝きたくな〜い」

賛同を得られたところで、体が欲して止まないものがあるのに気が付いた。

「昔のこととか、話してくれるよね?」

「もちろんだ。だが、その前に」

「あー、私もその前に一つだけ」

何となく、言いたいことは同じだろうと思った。

「「先に眠らせて」」

それを言ってすぐに、俺の意識は闇に呑まれた。










柊 小鳥
雨上がりの青空




目が覚めたのは翌日の昼下がりだった。

一度夜中に目が覚めたから、大原君を叩き起こして部屋に連れ込んで二度寝を決め込んだらこの時間。

学校は昨日と同じくサボり確定。

「デート、しよっか?」

私は隣で寝ていた大原君に言った。

「デート!?」

当の彼は外の青空に負けないくらいの真っ青な顔で跳ね起きた。

「に、二時間待ってくれ!!」

そして彼は我が家を飛び出していった。

目的は…軍資金の調達と、服とかの入手かな?

「さって、着替えよっと」

私は立ち上がって着替えを準備した。

「…んぅ」

少し考えてから、シャワーを浴びることにした。

「さて、二時間後には名前で呼べるようにしないとダメだよね」

頑張ろう。

そう思うと同時に、私は彼に…響君にも頑張ってもらおうと決めた。

もちろん、文句なんて言わせない。

これくらい、いいよね?