オモウココロハジユウナレド



一章ノ四 ケツイノトキ



大原 響
過去




一番仲がいいと思っていた友達に裏切られた。

その友達が万引きをして、俺がそれを先生に報告した。

俺は今でもその行為を間違いだとは思っていない。

ただ、そいつは俺を裏切り者と呼んだ。

それが始まりだった。

友達と呼んでいた奴らが一人ずつ消えて、敵になっていく。

まだ小学生だった。

そんな小さな存在にとって、一対多数というのは恐怖でしかなかった。

それだけでも恐かった。

でも、終わってはくれなかった。

彼らは自分達の結束を確認すると一斉に牙を剥いた。

そういう意味では彼らは狼であり、ハイエナだった。

靴の中に砂や石は当たり前。

掃除の時間になれば水をかけられ、さらにはチョークの粉をかけられる。

給食になったら牛乳をかけられて、洗いに行くために教室を空ける。帰ってきてみれば牛乳に塗れた机。

それでも俺は学校に行き続けた。

負けたくなかったから。

学年が上がって、クラスが変わっても何も変わらなかった。

寧ろひどくなった。

教師は無責任にこちらに問題があったんじゃないか、と言う。

今ならば間違いなくこう言う。

「小学生が友人の万引きを先生に報告する。間違っていないその行為が原因なのに放置するのか」

それから時間が流れ、小学六年の秋。

耐え切れなくなった俺は手首を切り、死のうとしたが仕事から帰ってきた母に見つかって病院に運ばれた。

母さんと父さんが泣いていたことを覚えている。

母さんと父さんが怒っていたのを覚えている。

退院して、学校に行っても何も変わっていなかった。

俺はここで何もかもを諦め、絶望した。

そして、屈伏した。

俺は母さんに言った。

「逃げたい」

たった一言だった。

何より、久々に発した言葉だった。

それから、本当に急だった。

両親が離婚し、親権が母に移った。

そして、母さんは俺に言った。

「私たちのことを誰も知らない場所に行こう」

その言葉と供に差し出された手を俺はとった。

だから今俺はここにいる。

そうだ。逃げたいと言ったのは俺だ。

そして俺は母さんの幸せだけを願い続けた。

子供の幸せが親にとっての幸せであることも忘れて。

俺は本当に逃げていたんだ。

逃げ道を用意して、逃げるその手を引いて導いてくれた母さんからも。

明日からはきちんと昼を食べよう。

全員にできるかどうかはわからないけど、泣かせてしまった人たちに謝りに行こう。

母さんと買い物にも行こう。

友達も作ろう。

そして、願わくば…

「母さん」

「何?」

「恋人ができたら…お祝いしてくれる?」

「もちろん!友達ができた日も、買い物に行った日も、お昼を食べてくれた日も、いつでもおっきなケーキ焼いちゃう」

「それじゃ、頑張らないとな。母さんのケーキ、美味しいから」

恋人になってくれる人がいてくれたらいい。

「……ぁ」

「母さん、どうした?」

「初めて…美味しいって言ってくれた……」

一緒にいてくれる人がいたら……それでいい。

「か、母さん!何で泣いて…俺何かまずいこと言った?」

「違う、違うの。嬉しくて…」









大原 葵
愛情




住所録を頼りに、何とか小鳥ちゃんの家に辿り着いた。

私は荷物を全部響に渡して、インターホンを鳴らした。

「響、頑張れ」

響は黙って頷いた。

そして、すぐに、

「どなたですか?」

チェーンのかかったドアが開いて、中から中学生ぐらいの女の子が顔を覗かせた。

「あの…大原といいます。その……今日、母の喫茶店に柊さん、もとい、小鳥さんがこちらの荷物を忘れていったのでお届けに上がりました」

多分、ここに来るまでに何度も何度も心の中で練習したであろう言葉。

その中には何よりも響の一生懸命が籠められていた。

「え…それって全部じゃないですか。ちょ、ちょっと待っててくださいね。すぐに呼んできますから」

一度ドアが閉まる。

「どうするか、決まってる?」

「まず、何よりも謝りたい。許してもらえるとも、許してほしいとも思ってないけど…謝る」

「告白はしないの?」

「できると思う?今まで泣かせた人を放って、自分だけがのうのうと」

“カチャ”

「泣かせた人に私は含まれてないんですか?」

ドアが開いて小鳥ちゃんが表に出てくる。

「それに、もう吹っ切ってる人だっているんですよ。自分一人がとか、考えないほうがいいです」

「それでも謝りたい。何も考えずに、ただ拒んできたから。それで泣かせてきたから。だから謝りたい」

響の目の色が変わった。

何というか…熱意の色に。

「まず、悪かった。本気で言ってくれただろうに、あんな言い方をして…それに、昨日のことも……本当に悪かった」

響は頭を下げた。

後ろから少し押しただけで倒れそうなほどだった。

「それだけですか?私としては、もう一度きちんとした告白の答えが聞きたいんですけど」

「一度振った相手だから…」

「まだあなたのことが好きな私はどうでもいいんですか!?」

小鳥ちゃんは本気で怒っていた。

「俺としては…嫌ってほしい」

「それ…私に対する最大級の侮辱ですよ」

小鳥ちゃんの声は据わっていた。

その時だった。

「小鳥、お友達?」

ドアが少し開いて小鳥ちゃんの母親らしき人が少しだけ顔を覗かせた。

「お母さん…そういうわけじゃなくて」

「まあ、何にしても、立ち話も何だから上がってもらいなさい」