備中・高松城。
四方を水で囲まれ、さながら池の中心に城が建っていると言った外観だ。
もちろん本当に池の中に建てたのではない。きちんと陸地に建ててある。
しかしそれを、近くを流れる川を人為的に氾濫させることで水没させたのはこの男。

「ふむー、そろそろ船で乗りつける準備をするべきかな」

羽柴秀吉。備中遠征軍総大将である。

「秀ちゃ……いや、秀吉様、舟の準備が整いましたっ」
「無理して様付けしなくてもいいのに」
「い、いえ、それでも総大将でございますから……」

秀吉の前でぎこちない敬語を語るこの男、中平清信。
以前、秀吉と協力の末、信長との野球対決で側室を娶った幸せ者である。
そんな彼、当時はまだペーペーの足軽の身分だったものの、今となっては一応武将。
小さいながらも自分の軍を率いて、今回の備中攻めに参戦している。

「で、船の準備ができたのですが……どうする?」
「向こうから出てくるのを期待してたんだがなぁ……。なかなか強情な男だな、清水宗治」

そもそも今回の備中攻め、当初秀吉は城主・清水と和議を結んで切り抜けようと考えたのだが、どうにも向こうが譲らなかった為、このような強攻策を取らざるを得なくなっていた。

「ではこちらから攻め込むしか手はないでしょ」
「船上野球を仕掛ける、か……」

自分で言い出したこの作戦だが、今となってみれば妙な話だ。
主君の信長がこの場に居ない今、わざわざ野球で勝負をつける必要は無い。
それなのに何の躊躇いも無く「よし野球だ」と言えるようになった自分に、秀吉は始めて野球を知った当初との変貌ぶりを自ら感じ取っているのであった。

「……それにしても中平、何か妙な胸騒ぎがしないか?」
「妙な、胸騒ぎ?」
「ああ……さっきから変に胸騒ぎがしてしょうがないんだよ。何かあるのかなぁ……」
「何か、ですか……」
「そう、ものすごく大変な、何かが……」

思えばこの時点で秀吉は、おぼろげながらに主君の危機を感じ取っていたのかもしれない。
高松城から山を幾つも越えた先、京都は本能寺で起こっている、信長・最後の戦いを。








〜信長の野球・12〜

本能寺が変。 〜後編〜








「……信長様、その首、戴きに参りました」
「フン……」

寝巻き姿のまま、明智光秀と対峙する信長。
その手には、しっかりとバットが握られている。

「まさかこういうことになるとはなぁ……、決して予想していなかった訳ではないが、正直驚いている」
「ま、これが戦国の世の定めでございますから」

そう言ってにやりと笑う明智。
彼の手にもまた、ボールにグローブがしかと握られている。

「貴様と勝負するのは、初めて上洛した時以来だな」
「ハイ……私が織田に入団するきっかけになったアレですね」
「あの時は貴様、最後手を抜くような真似をしてくれやがったが、今度ばかりはそうもいかんようだな」
「やはり分かっていらしたか。流石は信長様だ……」

話は信長上洛の時までさかのぼる。
当時、足利義昭の配下であった明智の才能を見出した信長は、自ら対戦してみることでその力を推し量った。
既に義昭を見切っていた明智は信長に気に入られようと、その気を損ねないように信長を勝たせる。
しかしその時は口に出さなかったものの、信長は明智の手加減を見抜いていた。
だがそれを含めてもなお優秀な人材であったため、彼は明智の引抜を決意したのである。

「あの時からは、お互い十二分に成長した筈。面白い勝負ができそうだな」
「……謀反を図られた者が自らそれをも面白いとは。やはり恐ろしい人ですね、あなたは」

再び嫌らしい笑みを浮かべる明智だったが、内心全く動じない信長の態度に、少し焦りを感じていた。

「その前に一つ聞いておきたい」
「……何でしょうか」
「まぁ野暮な質問かも知れんが……何故に謀反を企てた」
「……」

それはもちろん、己が手で天下の主役をつかみ取るため。
だが実際のところ、明智にはもうひとつ謀反を企てるに至った大きな理由があった。

「天下取りの為か。フン、貴様に天下など四十九年早いわ、このはちみつキンカンのど飴が」
「黙れ、私はそんなふざけた名前ではない!!」

突然の絶叫に、流石の信長もやや怯む。

「そのキンカンだかギンナンだか言うあだ名が何より気にくわなかったんだ。アンタがどういうつもりでこう呼んでいたかは知らんが、私の名前は『明智光秀』ただ一つだ!」
「フン、そんな下らん理由で」
「下らなくなんて無い! どうせ分からんのだろうな、酷い別称を連呼される者の気持ちが……」
「ほぉそうか、そんなに腹が立ってたか。だがそれならお前より、よっぽどエテ公の方が謀反起こしそうな気がするがな」
「エテ公……」


「ぶぇっくしょん!!」
「ん、秀ちゃ…秀吉様、風邪ですか?」
「いや……多分誰かが噂してるんだろうな」


「確かに、別称と言う点で言えば羽柴の方がアレなのかもしれない。だがその受け取り方がそもそも違うんですよ、私とアイツでは」
「……フン、忍耐力の足りん男め」
「忍耐力とかそういう問題ではない! 自尊心の問題で……」
「じゃかぁしいわ!! そんなことはどうでもいい、貴様が謀反を起こした、ただそれだけが真実だろうがぁ!!」
「どうでもいいって……そっちから尋ねてきたんでしょうが」

ああ後このどうしようもなく自分勝手なやり方について行けなくなったのも理由の一つだな。
己が心に潜むもう一つの側面を見出す明智であった。

「ならさっさとケリつけてしまうか銀杏野郎、貴様の反逆、真っ向から受けて立ってやろうじゃないか!!」
「あ、あぁ……」

自分から起こした謀反なのに、気が付けばすっかり信長のペース。

「……これ、本当に謀反なのかねぇ」

明智の後ろに続く家臣たちも、揃って首をかしげるのであった。








『草木も眠る丑三つ時、こんな時間に叩き起こされ何だと思い来てみればなななんと!!
 ここ京都は本能寺にて、戦国の世に一つの区切りをつける戦が行われようとしているではないですか!!
 と言う訳で深夜の緊急生放送! 織田ウォーリアーズ VS レジスタンス明智の試合を
 ここ、本能寺スタジアムからお送り致します!!』

「……い、いつの間に」

気が付けば現場に揃っていたいつもの実況スタッフを眺めながら、織田軍ベンチにて呟く織田信忠。
彼もまた戦と言うことで、急遽妙覚寺から召集されてきた。

「この勝負、お前の投球にすべてが懸かっていると言っても過言ではない」
「ち、父上」
「なにせ突然の試合だ、向こうが一応に整った戦力であるのに対し、うちは小姓総動員の完全に寄せ集め軍勢。正直まともに戦力になるのは俺とお前くらいだ」
「確かに……」

「「「そんなことないですよ、信長様」」」

「何?」

三重にハモった声の方向を向くと……

「俺たち森家三兄弟も」
「一応野球経験者ですよ?」
「微力ではありますが、殿のお力になることはできますよ!」

森蘭丸・力丸・坊丸の三兄弟が、ユニフォーム姿に着替えて用意し終えていた。

「これでもリトルリーグでブイブイ言わせてきた身、殿のために戦わせてください!」
「……うむ、これで少しはまともにやり合えるな」

彼らも所属するウォーリアーズ・ユースはかつて琵琶湖リトルリーグに出場し、
決勝シリーズ(7回戦制)では、当時無敵を誇っていた伊賀NINJA☆STARS相手に4連勝でリーグ優勝に輝いたこともあった。
その時の中心選手が、この森三兄弟。その実力は折り紙つきだ。

「フフフフフ、返り討ちにしてくれるわ金管アンサンブルめ」


一方キンカン……いやもとい明智ベンチ。

「ほぉ……アレが噂に名高い森三兄弟か。ま、所詮は若造どもだがな」
「そうですよ、光秀様の投球術にかかれば何のその。いやいや我らの勝ちは見えたようなものですなぁ」

相手ベンチの動向を見つめながら、高笑いを挙げる明智に家臣の四王天政孝。

「それに、向こうがクソガキ三兄弟なら……」
「我ら『明智の三羽烏』が揃ってますゆえ!」
「本能寺で本能の赴くままにのうのうと煩悩とかも抱いたまま果てるがいい、信長ぁ!!」

続けて威勢を挙げるのは、安田作兵衛、箕浦大蔵、古川九兵衛の『明智の三羽烏』。
古川だけ何かボケようと努力している様は見て取れるが、残念ながらベンチに居る誰も無反応であった。

「さぁ、いざ尋常に勝負と行こうではありませんか、第六天魔王さん!!」




『一回表・レジスタンス明智の攻撃。打席には1番・安田作兵衛が入ります』

対するマウンド上には、織田信忠の姿が。

「……頼むぞ、息子よ」

一塁の守備に着きながら、前方の息子に思いを託す。
信長らしくない行動であるが、これがいかに今回の戦いが厳しいものになるかを悟った者の心情なのだろう。

『ピッチャー振りかぶって……第一球』

ズバーン!!

「よし、いい球だ信忠!」

外角低めにズバッと決まる快速球。
打者の安田も全く動かす事ができなかった。
だが、

「ボール!!」

「なにぃ!?」

球審の判定に思わず一塁から飛び出す信長。

「貴様ふざけるなよ、今の球は誰が見たってストライクだろうが!!」
「い、いや、確かに球はストライクなんですが……」
「なら何故ボールだ、貴様明知に買収されたな!?」
「そそそそんな滅相もない!!」

他の審判らが駆け寄るも、誰だろうがお構いなく胸倉を掴んで徹底抗議する信長。
投げた張本人である信忠は何もしていないと言うのに。

「あの球がボールになるような糞試合やってられるかクソボケがぁ!!」
「いや、だからですね……」

『その疑問、私がお答えいたしましょう!』

「何?」

突然妙なことを言い出した実況担当、とりあえず信長も耳を傾ける。

『実は今年に入ってから野球のルールブックの大幅な改定が行われ、とりわけ投球フォームに関して厳正に扱われるようになったのです』
「投球フォーム?」
『これにより投球モーションに入った後身体が一時停止する、いわゆる二段モーションが禁止されることとなったのです。そして現在マウンドにいる信忠投手の投球は当にそれ。規約に則り先程の球は違反投球となり、いくらストラークゾーンに入っていようとボールとなるのです。ちなみに塁上に走者がいた場合はボークとなりますのでご注意を』
「に、二段モーション禁止だと……」

信忠は投球時に足をツンツンと二度上下する典型的な二段モーションの投手。
これにより打者のタイミングをずらして投球を優位に進めてきたところがある。
それが禁止となればこちらに取ればいささか不利。アナウンスを聞きながら頭を抱える信長。

『とりあえずセットポジションで投球すれば問題はありませんので、そういった形で試合を進めていかねばなりませんね』
「マジかよ……」

今度はマウンド上で頭を抱える信忠。
実は彼、セットポジションからの投球が非常に苦手な選手なのだ。
球威は落ちるわ制球は乱れるわで何一ついいことがない。今後一皮向けるのに最重要となる課題であった。

「え、えーと……そろそろ試合再開しても構いませんでしょうか?」

恐る恐る尋ねてくる球審。
普通、選手と審判なら明らかに審判の方が立場は上だが、この場合相手が信長なので致し方ない。

「……ああ、さっさと進めてくれ」

しぶしぶ一塁の守備位置に戻っていく信長。
途中、横目でマウンド上の息子の姿を確認しながら一言。

「……本当に頼むぞ、息子よ」


だが、信長の悪い予感は的中。
セットポジションから投げる息子は明らかに球が走っていない。
加えて立ち上がりということもあり、ヒット・バント・ヒットと気付けば1アウト1・3塁。
ここで迎える明智の四番は……

「エースで四番か……猪口才な」

総大将・明智光秀。

「まぁアイツの打撃は悪くはないが、そんな諸手を挙げて賞賛するほどのものでも無かろうに」

過去の戦歴から割と楽観的に呟く信長。
が、現実はそうは行かなかった。

『なななんとホームラン! 明智光秀ドカンと一発ホームランで明智レジスタンス、3点先行です!』

「なんだと……」

右手を挙げてダイアモンドを一周する明智。
その途中、信長の前を通り過ぎる際に、

「しばらく呼ばれてない間に、こんなこともあろうかと特訓してたのですよ」

裏切りの松永掃討戦以降、信長は主力軍に明智を同行させて動く機会を大幅に減らしていた。
それは別に明智を冷遇しようと言う意図ではなく、信忠ら新戦力を実践の場で叩き上げていこうと言う理由であった。
その間個別に動くことはあったものの、比較的時間のできた明智がおのれの打撃に磨きをかけていたとしてもおかしい話ではない。

「くぅ……」

マウンド上に崩れ落ちている信忠。
思えばこの打席、言わばウォーリアーズの新旧エース対決のようなものだったのかもしれない。
そこでベテランがその貫禄を見せ付けた訳で、信忠のショックは大きい。
だが、普通ならここで萎んでしまうところだが……

「これで終わりという訳には行きませんよ……!」

ここは親譲りの負けん気の強さと言うか。
かえってこの一発が彼の闘志を掻き立てることとなる。
その後セットでの投球にも馴染んできた信忠、後続は抑えて何とか失点3で食い止めマウンドを降りる。

「父上、申し訳ありませんでしたっ!」
「……過ぎたことをグダグダ言っても詮無いこと。今は目の前の試合に集中しろ」
「ハ、ハイ!!」

これが、信長なりの励まし方。




『一回裏、織田ウォーリアーズの攻撃。打席には一番・森蘭丸が入ります』

そしてマウンド上には、当然のことながら明智光秀。

「来やがれこのキンカン頭! 琵琶湖わんぱくリーグ四割打者の打撃見せてくれるわ!」
「……ほざけ、リトルリーガーが」
「だだだ、誰がリトルリーガーってんだコンチクショー!!」

打席の中で一人地団太を踏みまくる蘭丸、その姿は当に某美濃のリトルリーガーそのもの。

「……何やってんだよ、アイツは」

そんな家臣の情けない姿を見つめながら、ベンチで軽く頭痛に悩まされる信長であった。

「……まぁ、煩いガキには格の違いと言うものを見せ付けてやりませんとな」

そう言って明智は大きく振りかぶり……

ズバァァァァン!!

「―――――――」

ど真ん中に決まった明智の剛速球。
初体験の蘭丸はバットを動かすことすらままならず。

「……何だよあの球」

先程までの威勢は虚勢に変わり、顔面蒼白の様相。
だが、

「ボール」

「何ィ!?」

何とここでもボールの判定。
慌ててマウンドから明智が駆け寄ってくる。

「な、何でアレがボールなんだ!? 別に足を挙げるの二段にもしていないぞ!?」
「いえ、そうなんですけど……」

『その疑問、私が解決いたしましょう!』

「……また?」

また、放送席の御仁が意気揚々と語り始める。

『先のルール改定で禁止になったのは、投球モーションに入った後、一度身体が制止する全てのフォームです』
「なに?」
『明智投手の投球は、腕を上げる際に胸の辺りでその腕を一度制止させるフォームでして、これもまた今シーズンから禁止となっております』
「……そこまで厳しく取るのか」

足でも腕でも、動きが二段に分かれる投球は禁止とのこと。
具体的にイメージが付きづらい方は、某在京兎軍団19番のフォームを思い出していただければ幸いかと。

『と言うわけで先程同様、コースはしっかりストライクでも違反投球でボールとなるのです』
「……分かった」

信長とは違い、すんなりとマウンドの方へ戻っていく明智。
その様子を見ながら歓喜の声を挙げるのは、織田ベンチに座った森力丸。

「やったー! これで幾分打ち易くなりますね!」
「……」

だが、隣の信長は険しい表情を崩さない。

「……信長様?」
「確かに、球威などはセットでの投球だと明智でも若干落ちる。だがそれの恩恵を受けるのは俺くらいの打者だけ。貴様ら素人に毛が生えた程度の人間には何の効果も無いわ」
「し、素人に毛が生えた程度って……」
「いや、むしろより難敵になるやも知れん。明智の場合、セットで投げた方が制球がよくなるのでな。それでグイグイ際どい所ばかり付かれだしたら手の打ちようが無かろう」
「そんな……」

試合が再開され、信長の話は正しかったことが悲しいかな証明される。
確かに明智の球威はやや落ちたものの、肉眼で捉える分には正直分からない程度。
それに制球も確実によくなっており、そんな球をリトルリーガーその他小姓寄せ集め打線が捉えられる訳も無く。

「ストライーク、バッターアウト!」

あっという間に三人で攻撃が終了した。

「……こりゃ本格的にマズイな」

まだ一回の攻防が終わった段階だが、この戦いが些か絶望的なものであると悟る信長であった。








二回表、明智の攻撃は下位打線から。
しかしここは立ち直った信忠の好投により、難なく三者凡退で切り抜けた。
そして迎えた二回裏。
打席に向かうは……四番・織田信長。

「……再戦の時が来たな、金ちゃんヌードル」
「それ、いい加減無理して名前付けてるでしょう」

キンカン頭から飛躍されすぎて何が何やら分からなくなっているが、それでも明智は怯まない。

「貴方の実力は重々承知しております故、セットからの投球で立ち会いたくは無かったですな」
「フン、それが規約だ。仕方が無い」
「……今回は手加減いたしませんよ?」
「当たり前だ。真剣勝負でないと何の意味も成さんわ」
「フフフフ……」

うっすらと気持ち悪い笑みを浮かべた後、明智は投球体勢に入った。

「それでは……!!」

カツーン

一球目、後ろに転がるファール。

「あらら、力負けしてますぞ信長様」
「フン、久しぶりの試合だからな。まだ勘が戻ってないだけよ」
「言い訳なら試合の後にお願いしますねー、では」

二球目。

「ボール」

低めに外れた変化球。

「ハン、貴様の方こそ力んでるんじゃないのか?」
「……次」

笑いを浮かべることも無く、次々と投げ込んでくる明智。
信長も果敢に打ちに行くが、タイミングがなかなか合わずにファールばかりが続く。
気付けばフルカウントとなり次が七球目。

「くぅぁ!!」

真ん中やや低め、狙い済ましてバットを振りぬく。

ガツゥーン

『おおっとピッチャー強襲で取れない! センターへ抜けるヒットです!』

ウォーリアーズ初安打は主将のバットから。
しかし一塁ベース上には、未だ不機嫌な表情の信長が居た。

「……なんですかその顔、ヒットでは満足できないと言うことですかな」
「黙っとれクソボケが」

一塁・箕浦に揶揄されて更に不機嫌になる信長。
だが確かに、ヒットだけでは勝てない試合と分かっているからの表情であった。

続いて打席に入るのは、琵琶湖リーグの本塁打王・森力丸。
だがそんな強打者も明智の前ではずぶの素人。信長はベンチを出る前にこう指示していた。
『俺が塁に出たら何が何でも送れ。貴様に打てる相手ではない』

「……」

打席で硬い表情の力丸。
それもそうだろう、リトルとは言え四番を勤める人間がバント指示だなんて。
かつて信長は家康を奮起させるために、わざとバント指示を出したことがあったが、ここはそういう魂胆など一切無く。
ただ単純にバントしろと言っているだけである。

『さぁピッチャー明智、第一球振りかぶって、投げたぁ』

かつーん

バント。
球の勢いが全く殺せずマウンドに向かって転がっていく糞バント。

『1、4、3のダブルプレー! たった一球で2アウトです!』

「力丸ぅぅぅぅぅ!!」
「ヒィィィィ!! ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ!!」


バント不慣れな人間にいきなりやらすのも確かに酷な話。
しかしそんなことはお構いなく、信長は力丸のケツをガスガス蹴りつけながらベンチへと戻っていく。
その間に6番・信忠もあっさりと倒れ、二回の攻防も終了。
試合はこの後しばらく硬直状態に入っていくのであった。








所変わって備中高松城前。

「秀ちゃん、秀ちゃん」

ゆさゆさと身体を揺さぶられ、秀吉は無理矢理陣内の仮眠場で起こされた。

「ん……中平か。何事だ、城に動きがあったか?」
「いや、そうじゃないんですけど……この袋」
「ん?」

中平が持ってきたのは一つの麻袋。
備中への出陣前、信長から野球道具一式入っているから持って行けと言われ渡された物である。

「その袋がどうかしたのか?」
「いえ……中に人が入ってるようなのです」
「ハァ!?」

袋の大きさはどう頑張っても大人が入れるモノではない。

「んなバカな。入ってたらもぞもぞと動いてるだろうが」
「そうなんですけど……先程から声が聞こえてくるんです」
「声?」

そして中平の言うとおり袋に耳を近づけてみると……

「!?」

確かに男の声が聞こえてくるではないか。

「しかし中を覗いても人の姿は見当たらないのですが」
「まぁ、こんな小さい中に入ってる訳もないし。つか、この声どこかで聞いたことが……」

とりあえず袋をひっくり返して、中の物を全部ぶちまけてみる二人。

「うわぁー、随分使い込んだグラブだ」
「これは油が染み込んだ球……また火球遠投をやれと言うことだったのか……」

続々と野球関連用品が出てくる中、弁当箱程度の大きさの箱が出てきた。

「これは……」

そして先程から聞こえてくる男の声は、この箱から流れてくる。

「え……こんな中に人が……妖怪か!?」
「いや待て。この声……どっかで聞き覚えがあると思えば……」

『ああーっと、高々と打ち上げた打球はライトフライ』

「実況席のあの男……」

いつも野球するときにどこからともなく現れるアナウンサーの男。
そいつの声が、この小さな箱から流れ出ていた。

「秀ちゃ…秀吉様、あとこんな紙がくっ付いてました」
「ん?」

中平から一枚の手紙を渡される。
それは、信長直筆の『取扱説明書』

『この箱は“らぢを”と言って、例の実況席の野郎が放送してる野球の中継を聴くことができる機械らしい。こないだ安土に来てた伴天連をとっ捕まえた際に押収した品で、試合がない日もこれを聞いて是非、貴様らも実践感覚を途切れさせないよう励め』

「らぢをって……」

ありえない。まず間違いなくありえないのだが

「気にしちゃ負け、の精神ですか、秀吉様?」
「……」

目の前の時代背景を完全に無視したハイテク機器を見つめながら、いつもの言葉を復唱する秀吉。

「これが何かの弾みに電源が入って聞こえてきたんですねぇー。あーてっきり人でも入ってるのかと思った」
「いや、らぢをの存在はこの際置いといて、何故こんな時間に中継が……?」

そう言って再び実況の声に耳を傾ける二人。

『さぁ本能寺スタジアムから緊急生放送でお送りしてます天下分け目の下克上、
 織田ウォーリアーズ VS レジスタンス明智
 4回まで終わりまして0−3、レジスタンス明智3点のリードです』

「!?」
「あ……明智の反逆!?」

慌てて本能寺の方向を振り返る。
もちろんここからでは何も見える訳が無いが、先程感じた変な胸騒ぎはこのことだったのか……

「中平、馬を出せ!!」
「え、でも秀吉様……今から向かわれても絶対に間に合わないと……」
「いいから出せ!!」

絶叫。
ここも先程同様に「気にしちゃ負けだ」と済ます方法もあっただろう。
しかしこの場合は……「気にしなきゃ負け」だ。

「い、一応用意は致しましたけど……」
「あとのことは中平、お前に任せた!」
「え、えぇ!?」
「事態は一刻を争うんだ、行くぞッ」
「ちょ、秀ちゃ…秀吉様!?」

蹄の音だけが現場に残される。

「待っていてください、信長様ァァァァァァ!!」








五回の裏が終わって、0−3
相変わらず、レジスタンス明智のリードが続いている。

「……本格的にマズイな」

グラウンド整備による空き時間を利用して、信長は選手全員を集合させていた。

「ここまでうちが出したランナーは、俺のヒットが2回と坊丸の死球の計三回だけ。未だ二塁さえ踏めていないな……」
「……ス、スミマセン」
「実力差だ。謝られてもどうしようもない」
「……」

重い沈黙に包まれる織田ベンチ。
信忠が一回以降好投していることだけが唯一の救いであった。

「それにしても……」

相手ベンチで同じくミーティングを行っている明智を見やる信長。

「アイツ、今日確実に調子がいいぞ。球数で言えばそろそろバテてきてもいい頃なんだが」
「明智殿の弱点はスタミナが無いことでしたね」

信忠が合いの手を入れる。

「それが今日はまだ汗ひとつかいちゃいねぇ。せめてバテてくれれば少しでも勝機が見えてくるのだが……」
「んー、確かに涼しいですもんね」
「何?」

蘭丸の何気ない発言に過敏に反応する信長。

「今、涼しいとか言ったな?」
「あ、はい。まぁこんな夜遅くですし、涼しいと言うかむしろ肌寒いくらいで。でも運動するにはちょうどいい気温だと思いますよ」
「……確かに、今はスタミナ消耗が極力抑えられる状況か」

季節は六月。
昼間はもう夏の熱気に包まれるものの、夜ともなれば涼しい風が肌を撫ぜるよい気候である。

「……一か八か」
「ん?」
「俺にひとつ作戦がある。下手すりゃ諸刃の剣にもなりかねんが……」




『さてグラウンド整備も終わり試合再開。六回の表、レジスタンス明智の攻撃は、
 6番・古川九兵衛から始まります』

明智同様特に疲れを見せることなく投げ続ける信忠。
しかし、そう楽に投げられるのもこの回までとなる。

「次からはキツくなるからな……」

小気味よく球を放り、この回も無失点に抑えるウォーリアーズ。
そして明智軍が守備に散った時点で、作戦は決行に移された。

『さぁそろそろ厳しくなってきたウォーリアーズ六回目の攻撃、
 打順は7番の……って、なにぃぃぃぃぃぃ!?

実況席からも思わず絶叫、それもそのはず。

「フハハハハハハ!! 燃えろ、熱く熱く燃え上がれぇぇぇぇ!!」

ウォーリアーズの面々が一斉に本能寺の建物に放火。
中庭に造られたこのグラウンドを除き、四方は完全に火の海に包まれた。

「い……一体何の真似だ」

流石の明智もこれにはうろたえている模様。

「……自暴自棄にでもなったか、信長様」
「ハン、まだまだ試合は捨てちゃいねぇ。この放火も作戦のうちよ」
「作戦だと……?」

明智の額をひとすじの汗が伝う。
それは冷や汗なのか、それともこの炎の熱さによるものなのか……

「……熱さ!?」
「ほぉ、感付きやがったかキンコンカンコン」
「これは……私の体力を消耗させるための作戦か?」
「ああ、その通りよ」

涼しい環境が拙ければ、クソ暑い灼熱地獄にすればいいじゃない。
そんなわけで信長、グラウンドを取り囲む建物を火の海にしてしまい、無理矢理気温を高くしてしまおうと言う魂胆である。

「しかしこんなことをしては……そちらの軍勢にも影響が出るのは必至でしょうに」
「それはもちろん重々承知のこと。だがもう手段など選んでられないんだよ!!」

明智同様汗だくで絶叫する信長。

「フッ……地獄で野球か……当にこの試合にピッタリな舞台ではないですか!」
「ハン、ほざけ! ここで燃え尽きるのは貴様だ、明智!!」

交錯する勝者の視線。
その熱さは……炎のそれを確実に上回っていた。




『炎上する本能寺の中、凄まじい試合が展開しております!』

「炎上って何がどうなってるんだよ……」

腰の辺りにつけたらぢをから飛び込んでくる試合情報を、逐一確認しながら馬を走らせる秀吉。
しかし本能寺までは果てしなく遠い。この試合中に間に合うかと言われれば……ほぼ確実に否。
それでも飛び出さずにはいられなかった。
今回だけは、主君の側に居なければと思った。

「くそぉ! 耐えてくれ、今しばらく耐えて下され信長様ぁ!!」








火の海効果はすぐさま現れた。
明智は確実に体力を消耗し始め、投球もだいぶ力無いものとなってくる。
おかげでウォーリアーズ打線も散発的だがヒットが出るようになり、三塁も踏んだ。
しかしホームまでがどうしても遠い。あと一本が出ないのだ。
それもそもはず、体力が失われるのは何も投手だけではない。
打者も力が入らず、ここぞと言う場面で押し込むことができずじまい。
信長ですらど真ん中に来た明智の失投を、本来ならスタンドに突き刺すのが当たり前だが、今回はただの二塁打で済ませてしまう辺り相当にキツイのだ。

一方、奮起したのは信忠。
灼熱地獄もなんのその、とまでは行かないものの、気力で投げ続ける気負い球。
引き続き明智打線に点を与えない投球を見せ付けた。
しかしそれにも限界が。8回表、連打を浴びてとうとう一点を失ってしまう。
9回表を迎えて0−4。ウォーリアーズ、絶体絶命である。




「ゼェ……ゼェ……」

9回のマウンドに向かう信忠は既に限界を遥かに超えている状態。
顔面からは玉の汗が噴出し、手足は小刻みに震えている。

「待てぃ」
「……父上」

そんな息子を呼び止める信長。

「もう貴様限界よろしくだろうに。ピッチャー交代…」
「いえ、行かせてください!!」
「信忠?」
「ここまで来たら最後まで責任を全うさせて下さい! ここで引く訳にはいかんのですッ」
「しかしお前、もう身体が悲鳴を上げているではないか」
「ええ、しかし我が身滅びようとも最後まで行きたいのです! お願いします、父上!」
「……」

しっかりと見開いた目で真っ直ぐ父親を見つめる。
その目に写るのは、固い決意の炎。

「……分かった。だが、任せた以上無様な姿を晒すようでは承知しないからな」
「ありがとうございますっ!!」

織田信忠、最後のマウンドが始まった。


「どぅうれぃやぁぁぁ!!」
「くぁ!!」

ドゥバァァァン!!

「……な、何なんだよこの球は」

ここまで二安打を放ち、タイミングがしっかり合っていた四王天。
しかしこの打席においては、完全に信忠の気合に圧倒されていた。

「この剛速球、まるで別人じゃねぇか……」

きりきり舞いで三球三振。
気力で投げ続ける信忠の投球は、いままでのどの投手よりも力強く、そして美しい。

「信忠……」

しかしそれは我が身削っての死力の投球。
散り際に一際大きく咲く、桜の木のようなものを信長はマウンド上の息子に見出していた。

「ストライーク、バッターアウト!」

7番・箕島も三振に倒れ、三者連続三振で信忠のマウンドは終わりを迎えた。
同時にそれは、彼の野球人生の終わりでもあり。

「父上……もう、ゴールしてもいいよね……」

バタッ

「の、信忠様!!」

ベンチに戻ってくるや否や、その場にバタリと卒倒。
その際何か不穏当な台詞を口走ったような気もするが、そこは気にしてはいけない。
慌てる家臣たちだが、間を掻き分けて信長がその前に座り込む。

「……見事だったぞ、息子よ」
「……」

動かなくなった息子の手を握り、労をねぎらう。

「お前の意思……信長、しかと受け取ったぞ」

そして父親も向かう。
おのれの野球人生最期の舞台へ……








九回裏・ウォーリアーズの攻撃は二番からの好打順。
しかし、所詮は烏合の衆打線な為、疲労した明智にも2番・3番と簡単にアウトを取られてしまう。
ツーアウトランナー無し、点差は四点。
そして4度目の打席に向かう、織田信長。

「……最後の相手が貴方ですとは、なんとも数奇な運命ですねぇ」
「……フン」

誰も決して口にはしないが、この打席がどうあれ、既に試合は決している。
信長自身も、覚悟は既に固めていた。

「俺も……最期に貴様と勝負ができることを正直嬉しく思うぞ」
「ハハハ、そんなことを仰られるとは……共に限界は近いようですな」

吹き出る汗を止めることができない明智もまた、過酷な試合に飲まれた者の一人であった。
守備につく家臣たちも皆、立っているのがやっと。
試合の後の命運も、決して長くはないだろうなと心のどこかで悟っている。

「ここまでは三打数の二安打、私が劣勢ですね」
「まぁセットからの投球だからと言うのもあるだろう。……そこでだ、ひとつ提案がある」
「提案?」
「どうせ試合は決したようなもの。ならセットではなくいつものモーションで、全力で来るがよい」
「ほぉ……」

そう言われ、身体を正面に向ける明智。
しかし慌てて球審が信長に意見。

「い、いや、それではルールと違いますので……」
「この打席がどういう結果に終わってもアウトのゲームセットで構わん。試合ではなく、勝負をさせてくれ」
「勝負……ですか」
「ああ。どうせ最期だ、好きにやらせろ」
「……分かりました。特別に止まるモーションを認めます」

お互いにんまりと笑みを浮かべる信長と明智。
プレイ再開の掛け声と共に、最期の勝負が幕を開けた。

「では……ッ!」

明智の投じた第一球。

カキィーン

「ファール!」

右方向へ流れていくファール。

「……フン、やはり球の勢いが違うな」
「お褒め頂きどうも。しかしさっさと終わらせてしまいましょう。あと二球です」

そう言って再び大きく振りかぶり……

ブルンッ!

「ストライーク!」

内角を突いてきた速球を空振り。

「……らしくないですね信長様。熱さで参っているのですかな」
「分かっていてそんなことを言うか貴様。今の球は万全な俺でも打つことはままならんだろう」
「……なんか気持ち悪いですね、貴方に素直に褒められるのは」

キャッチャーから返ってきたボールを受け取る明智。

「でもこれが最後になりますかな……さようなら、織田信長ッ!!」

第三球。
ただ真っ直ぐに、ミットの中心目掛けて走ってくる。
残された選択肢は、力と力の勝負だけ。

「ぬぉぉぉぉぉりやぁぁぁぁぁぁ!!」

カクィィィィィィィィン!!

『おおーっと! 打球は高く高ーく上がり……』

そのまま、やや後方に下がった明智のミットにしっかりと収まる。

『ゲームセット!! 明智光秀、見事な完封勝利を収めました!!』








「終わりましたね……」
「ああ……終わった」

しかしお互いマウンドと打席から動かない、いや、動けない二人。

「そして……お別れの時でもありますね」
「……そうだな」

バットを放り捨てる信長。
明智もグラブを放り捨て、一歩、また一歩と信長も元へと近寄る。
共に、覚悟はできていた。

「……俺の負けだ、キンカン」
「最期まで蔑称は直りませんでしたね。まぁ貴方らしいと言えばらしいですが」
「……光秀様、これを」

駆け寄ってきたキャッチャー・古川から脇差を受け取る明智。

「その天下……私が引き継ぐことに致しましょうかね!」


と、その時。

「うわっ!!」
「な、何だ!?」

ホームベース付近にあった巨大な照明塔が、炎に包まれた状態でぶっ倒れる。
打席上の信長の姿を巻き添えにしながら。

「な、なんと……」


「人間五十年……下天のうちをくらぶれば……夢……幻の如くなり……ッ!!」








「クソッ、何で動かなくなるんだッ!」

秀吉の腰につけたらぢをは、9回の表まで伝えた時点で急に動かなくなった。
これでは向こうの状況が分からない、動け動けと弄くりまわる秀吉。
しかしその為手綱を緩めてしまい、

「うわっ!!」

突然暴走する馬の背から落馬してしまう。

「オ、オイ!!」

馬はそのまま暗闇の中へ消えていき、らぢをは落馬の衝撃で完全に成仏。

「何だってんだよ、チクショウ……」

その場に崩れ落ちる秀吉だった。
と、そこへ……降り注ぐ無数の雨粒。

「……」

空を見上げる。
夜空を更に暗く覆いつくす雲。それが、全てを物語っているように思えた。

「信長様……信長様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」









〜信長の野球〜

【CAST】




織田信長


羽柴秀吉


柴田勝家

佐久間信盛

滝川一益

前田利家

魚住隼人

細川藤孝

丹羽長秀 佐々成政

九鬼嘉隆 蜂須賀小六

水野信元 松井友閑

織田信忠 織田信興

簗田政綱 佐久間正勝

安藤守就 稲葉一鉄

氏家ト全 林通勝

森蘭丸 森力丸

森坊丸 弥助



本多忠勝

鳥居元信

奥平信昌




今川義元

瀬名氏俊 朝比奈泰朝



斎藤龍興

織田信清

斎藤義龍 長井隼人



足利義昭

足利義栄 六角丞貞

伊丹新興 和田惟政

三好義継 山岡景友



浅井長政

朝倉義景

大野木土佐守

日野輝資 飛鳥井雅敦



武田勝頼

内藤昌豊 小幡信貞

山県昌景 馬場信春



アレッサンドロ・ヴァリヤーニ

ルイス・フロイス

二エッキ・ソルド・オルガンティーノ



顕如

鈴木孫市 教如



松永久秀 松永久通



毛利輝元

吉川元春 小早川隆景

荒木村重 宇喜多直家



中平清信

小春



明智光秀

四王天政孝 安田作兵衛

箕浦大蔵 古川九兵衛



穴雲紗阿(FM安土)




上杉謙信




武田信玄




徳川家康





【原作】
舞軌内純 『信長の野球』

【監督】
鉄人62号

【構成】
Mr.Y×8 なまこ
老衰人面 社長代理

【音楽】
腰元龍一(マセキ芸能)

【音声】
最澄ジョージ デビット・ボールマン

【カメラ】
歯背川慎太郎 M.J.クリーク

【広報】
水源三太郎 上島与作

【挿入歌】
『脱税するほど恋したい』
作詞・作曲 T.浜野
唄 ザ・オベンチャーン(ZONYレコード)

『港の酔いどれ紳士』
作詞 鼻本ナーン
作曲 ボルビー山
唄 織田信長(ビーベックス)

【協力】
MHK
FM安土
千石自衛隊
愛・痴丘博実行委員会
萌のみの丘

【製作・著作】
鬼が島CATV
「信長の野球」製作委員会








尾張・清洲城。

「……ほぉ、柴田殿も来られましたか」
「家康殿か……お久しゅう」

広間に集まった織田家の有力家臣と信長の息子達。
間もなく信長の後継者を決める重要な会合が開かれようとしていた。

「……家康殿は信雄様に御付になられましたようですな」
「そういう柴田殿は信孝様ですか。賢明な選択で」

信長の息子達にはそれぞれ家臣らが付き、誰が今後の織田家で実験を握るのか争う様相を見せていた。
柴田勝家は織田信孝、徳川家康は織田信雄と言った寸法である。

「しかし、まさかこんなに早く事が展開するとは思いませんでしたな」
「確かに。まぁ明智の謀反までは読めていたんですけどね」
「ハハハ、それをけし掛けた張本人が何を仰られるか」
「あーいや柴田殿、別に私はそういうつもりではなくてですね……」
「気にしなさるな。それでどうこう言うつもりは毛頭無いですし」

表情こそ穏やかなものの、二人の間に流れる空気は決してやわらかいものではなかった。

「それはともかく……秀吉殿の動きの素早さには驚かされました」
「……サルか。名前の通りちょこまか動きよる」

本能寺の変の後、明智は安芸の毛利と内通して協力を仰ぐべく西へと進んでいた。
しかしそこを秀吉率いる討伐軍に襲撃され、先の本能寺戦で死力を出し切っていた明智軍は、怒りに打ち震える秀吉軍に完膚なきまでに叩きのめされることとなる。

「結局明智は何のために謀反を起こしたのか、損な役回りだなぁ」
「いや、それだからこそ今、我々がこうして次代の主役を握る機会を得ることができたんじゃないですか」
「ハハハ、言いますねぇ家康殿。最初からそれを狙ってた訳ですかな?」
「いやいやいや……」
「ちなみに本能寺からは信長様の遺体は出てこなかったそうですな」
「まぁこちらは炎の中で壮絶な最期を遂げたと聞き及んでおりますが、どうなんですかねぇ」
「ええ……あ、そろそろ来るようですよ、サルの奴が」




広間に向かう秀吉。
信長の仇こそ迅速に取ることはできたものの、どこか心に空虚な物を感じずに入られない日々を過ごしている。

「……今日で織田家は信長体制から脱却するんだよな」

秀吉の後ろには、側室に抱きかかえられた一人の幼児。
跡取りに推薦するため連れてきた、信長の長男信忠の一人息子・三法師である。

「信長様の意思を受け継げるのはこの自分だけ……何としてでも三法師様を据えなければ」

固い決意の元、広間への扉を勢いよく開いた。




「いやぁ遅れて申し訳ないです。さぁ、会議始めましょうか!」

努めて明るい表情で中に入る秀吉。
しかし、場にいる誰もこちらを向いてくれない。

「……?」

皆口々に声にならない声を挙げている状況。
どういうことかと思い、皆の視線の先を追うと……

「……あ」




「何が後継者争いだぁ……? この程度でくたばる信長だと思うなよ」
「え……あ……」

まるでドリフの爆破コント後のようなボロ衣装を身にまとい、織田信長がそこに立っていた。

「の……信長様、何故ここに!?」
「何故って、くたばってないからに決まってるだろうがこのエテ公が」
「し、しかし本能寺で……」
「こういう歴史になるのもたまにはいいだろ。細かいことは気にするな」
「気にするなって……」

無茶苦茶だ、何もかもが無茶苦茶だ。
しかし、そんな無茶苦茶な状況を待ち望んでいた自分がいることも事実。
無茶でも何でもこの際どうでもいいや。

「貴様らボサーッとしてないでさっさと次行くぞ!」
「え、次って……?」
「んなもん決まってるだろ、球場だよ、球場」
「球場……」

「天下統一を果たす日まで、まだまだ野球を辞める気などないからな!!」











舞軌内先生の次回作にご期待ください





この物語は全てにおいてフィクションです
登場する人物及びスタッフ・企業他は、実在の元とは一切関係ありません

つか、気にしちゃ負けだ。