「しかし籠城戦がかくも惨めなものとはのぉー」
「それは石山討伐で十分承知しておられるのではないのですか、信長殿?」
「ハハハ、下らぬことを申すよのぉこのゲス狸
「ゲ……ゲス狸……」

恐ろしい二つ名で称された徳川家康が困惑の色を見せているここは、甲州天目山。
徳川軍と連携して織田軍は、かつて長篠で撃退した武田勝頼が惨めに敗走していく様を見つめていた。
長篠の敗戦以降、急速に内部崩壊が進んだ武田軍。
正直相手にせずとも自然と潰れてくれるだろうと睨み、以降大した攻撃を仕掛けていかなかった織田軍だったが、本願寺という西の懸案が無くなった今、本格的に武田を葬りにかかっているのだ。

天目山野球場
チーム風林火山2−17織田ウォーリアーズ feat. 徳川フェニックス

弱体化した武田投手陣に襲い掛かる、鬼のような織田の主力級打線。
かつての栄光も塵の如く、武田軍は完敗した。
そして今、大将首の勝頼が命辛々どこかしらへと走り去っていっているわけで。

「そんな悠長な事を言ってる間にどんどん離れて行きますよ。とどめは刺さないのですか?」
「フン、もう軍としての武田は壊滅した。頭だけ残ったところで後は世捨て人になるか自害するかの二択しかないわ。わざわざ手を下すまででもない」
「まぁ、それもそうですなぁ」

その後、少し離れた田野で勝頼自害の一報が入る。
これにて武田は完全に滅亡、甲州は信長の手の元へと転がりこむのであった。




「ハハハ、宴じゃ宴じゃぁ!!」

武田家撃破からちょうど戻ってきた頃。安土では勝利を祝して盛大な宴が執り行われていた。
名目は徳川家駿河奪取記念で、主賓は徳川家康。
しかし、一番盛り上がっているのはやはりこの男である。

「オラオラゲス狸よ飲まんかい、俺の酒が飲めん言うのかぁ!!」
「い、頂きます……」
「ハハハ!! 人様の出す酒は断っちゃあいかん。いつぞやの朝倉みたいな運命をたどる事になるわなぁ!!」
「……」

以前の越前・朝倉義景攻めの際、そもそものきっかけとなったのは『朝倉が自分の酒盛りに参加しなかったから』
それ以来、下戸な人間でも信長の酒の誘いは、決して断らなく、いやもとい断れなくなっていた。

「カァー、もう空かよ。キンカンのど飴、熱燗追加じゃ!!」

そんな今回の酒盛りの接待役を任されているのは、キンカンのど飴こと明智光秀。
どういう由来でそんな舐めたらアカン呼称になったのかは、本人ですら理解していない。

「はい、只今……」

お盆に徳利を乗せ信長の元へ向かう明智。
だがその注意は、信長ではなく隣の家康の方へ向いていた。


『……武田が潰えた今、徳川は織田をも凌ぐ一大勢力になることは可能な筈。なのに何故この男は、未だ信長の影に隠れたままで主役に躍り出ようとはしないのか……』

かつて長篠で見せた、いつまでも脇役でいて堪るかと言う魂の叫び。
しかし明智の目に今の家康は、その時とはうって変わって腑抜けたような姿に映っていた。

『折角の機会だ、何か話ができればいいのだが……』


「はよ持ってこいやこのはちみつキンカンのど飴!!」
「た、只今……」

これ以上ファンシーな成分が混合されてたまるかと、とりあえず信長の元へ急ぐ明智。

『泥舟とは言わんが、この船も随分居心地が悪くなったものだ……』

足利の泥舟から織田の大船に乗り換えたときのことを思い出す。

『……まぁ、初めからさして居心地が良かった訳でもないがな』


明智光秀、下船の時は近い。








〜信長の野球・11〜

本能寺が変。 〜前編〜








「ほら、貴様も飲めや」
「……いただきます」

信長からお酌してもらった清酒を飲み干す明智。
そんなに飲みたい気分でもないが、主君の命令は絶対である。ことに信長相手であれば尚のこと。

「ほぉ、なかなかいい飲みっぷりじゃねぇかコンチクショウ。負けてられんなぁフハハハハ」
「……殿、徳利に口付けで飲むのはいかがなものかと」
「ハン、いちいち注ぐのがめんどくさいじゃねぇか!! てか何で貴様に酌しっぱなしなんだよ、ホラ、返しやがれカテキン」
「カ、カテキン……」

何か毎度呼び名が変わっている気がするが、酔っ払いの言うことなので受け流すことにする。

「それでは僭越ながら……」
「うむ……ウッ」
「……信長様?」

明智が酌をしようとしたその時、信長の動きが止まる。

「どうかなさいましたか!?」
「……流石に飲みすぎたか、戻しそうだ」
「そ、それではどこか表の方で……オイ、誰か殿の面倒を!!」

早速やってきたのは、最近みるみる日本語能力が上達している黒人小姓・弥助である。

「ササ、信長様、俺ノ肩ニ掴マッテ」
「うう……スマンな弥助」
「サッサトゲロ吐イテクソシテ寝ヤガレコノポンポンチキガ」
「……」

自分で教えたアレな台詞だが、かなりグロッキー状態なので反論することもできずにズルズル連れて行かれる信長。
そんな情けない主君の姿を見送った後、明智は徳利を持って家康の隣へと歩んでいった。




「まぁまぁ、軽くもう一杯くらい行っておけ、忠勝」
「ではお言葉に甘えて……」

信長とはうって変わって、家康は家臣らと比較的静かに杯を酌み交わしていた。

「……お隣、よろしいですかな」
「お、明智殿ではないですか。もちろんどうぞ、お座りになって」

家康が差し出した座布団の上に腰を下ろす。
細かいところまで気が利くな……、概ね好意的に受けとる明智。

「折角の機会ですので、二三お尋ねしたいことがありまして……」
「ほぉ、何でも聞いてくだされ。答えられることなら全てお答えしますよ」
「そう言ってもらえるとありがたいです。あ、まずは一杯……」
「お、それじゃそれじゃ」

軽く一杯引っ掛けた後、明智は先程の疑問をぶつけることにした。

「……不躾な質問ではありますが、家康殿、いつまで脇役で居られるつもりですか?」
「なっ……貴様、殿に何て無礼な!!」
「……まぁ待て」

主君への侮辱と受け取りいきり立つ本多忠勝らを制する家康。

「……なかなか面白い事を言ってくれるなぁそなたは。詳しく聞きましょうか」
「ええ……、強敵・武田が潰えた今、徳川がドンと表舞台に出ることも十分可能かと思われるのですが」
「ハハハ、織田の家臣としては有るまじき発言だな」

確かに明智の言っていることは、暗に信長を差し置いてアンタが天下を取ったらどうなのよと言った内容である。

「しかし長篠で見せた『俺が主役を取るんだ』という威勢と、今の家康殿の姿がどうにも矛盾して見えまして……」
「言わせておけば……!!」
「まぁだから落ち着けって。確かに糞小生意気な発言だが」

先程のように家臣を制しながらも、笑顔の裏に不愉快な表情をちらつかせる家康。

「フン、そりゃこの時代に武将として生を受けた人間なら誰しも天下を目指すのは当然のこと。それは自分も同じよ。もちろん天下への野心は人並み以上に持ち合わせている」
「では尚のこと何故……」
「今はまだ、その期でないと言うことよ」

ぐっと一杯飲み干して家康は続ける。

「かつて三方ヶ原で我が徳川軍は、信長殿の自重せよとの命に背いて武田軍に正面衝突を試みた。自分が天下の主役になるためにな。だがな、いささか焦りすぎた。結果はご承知の通り」
「……」

長篠戦の前、武田信玄が存命だった頃に起こした三方ヶ原戦。
結果は徳川フェニックスの完膚無きまでの大敗であった。

「アレも今になって考えれば、期を読み間違えたと言うことだろう。……信長殿が居ないから言える話だが、長篠戦、もしあの時信玄が生きていたら結果は変わっていただろうな」
「……家康殿がそんなことを申すとは意外ですね」
「ハハ、単に実際に一戦を交えた者の感想だがな。しかしあの戦で自分は「期を読むこと」の大切さを学んだ訳だ。下手に博打はしないと決めたのさ」
「それで、今はまだ勝負の時ではないと……?」
「その通り」

そして新しく注いだ酒を喉の奥に流し込む家康。
明智も勧められてもう一杯。

「……『鳴かぬなら 鳴くまで待とう 不如帰』」
「え?」
「例えば不如帰の鳴き声を『天下』だとして、自分はそれが鳴く時をじっと待つ性分だなと思ってな」
「ほととぎす……」
「これが別の人間になるとまた変わってくるのだろう。サルとか呼ばれてたっけか、お主のところの羽柴秀吉な」
「あ、サル……ですね」

ちなみに秀吉はこの宴会には参加していない、いや出来ていないといったほうが正しいか。
信長直々の命を受け、勝頼討伐には参加せず、西の毛利攻めに遠征しているからであった。

「あの者なら『鳴かぬなら 鳴かせてみせよう 不如帰』。あれこれ何かと工夫して鳴かそうと頑張るのだろうなぁ。これもここだけの話、信長殿の後主役に躍り出るのはかの男だと思っているんだがね」
「ほぉ……。しかしそれでは家康殿は……?」
「待つのには、慣れてますから」
「……」

ここは何か突っ込んだ方がいいのかどうか非常に苦悩する明智。
しかし、気にしてはいけないのだろうなぁ……と、大分酔っぱらっている家康を見ながら思ったりもする。

「さてさて、明智殿は不如帰をどうしてしまうのか。気になりますなぁハハハハ」
「……」
「ま、その期だと見れば、自分も迷わず動かさせて頂くがね」

赤ら顔で呟く家康だが、その目は確実に天下を見据えた本気の目であった。




「ハハハハ!! 貴様ら盛り上がってないなぁー!! やはり俺が居らんとパーッとせんのかハハハハハ!!」

胃液その他を吐瀉してきたのか、やたらすっきり且つ上機嫌な表情で信長が宴会場に戻ってきた。

「すきっ腹に迎え酒じゃ、俺の胃袋は宇宙じゃ!! かんきつ類、酒持って来いやぁ!!」
「は、はい、只今……」

かんきつ類=恐らく自分のことだろうと判断し、明智はその場を立ち上がった。
そこを隣の家康に呼び止められる。

「最後にもう一つ、ここだけの話。先程言った『期』は、割と近いうちに訪れると思う」
「……その根拠は」
「いや、自分のちょっとした勘なだけだがな。ま、単なる酔っ払いの戯言と取るか、同じ天下という夢追い人の助言と取るかはそなたの自由よ」
「……フッ」

夢追い人と言う表現が可笑しかったのか、軽く笑いを残した後、明智は主君の下へと急いでいった。


「……さて、うまいこと発破かけられたか否か」

戻り行く明智の背中を見つめながら、家康もまた不敵な笑みを浮かべているのであった。








そして宴会終了後、信長の元に数人の家臣たちが緊急招集された。
明智もその中に含まれている。

「ゴホン、今し方備中遠征中のエテ公から連絡が入った。どうも思いの他苦戦しているようで、助けが必要とのことだ」
「ほぉ……」

先の家康との会話の中でちょうど秀吉の話が出てきたので、ここでその名が出てくるのに何か不思議な物を感じ取る明智。

「まぁ毛利の赤ヘル軍団相手にエテ公の寄せ集め軍勢だけじゃ流石にキツイか。と言うわけで、お前らには西に飛んでもらう」

つい先程まで飲んで吐いて死んでしまっていた者とは思えない鋭い眼光で家臣らを見渡す信長。
このあたりの切り替えの速さは素晴らしいものがあろう。

「特にギンナン。赤ヘル打線を止めるにはお前の投球しか手は無い。急ぎエテ公の元へ向かってくれ」
「……分かりました」

前言撤回。まだ酒は残っているようで。
キンカンをギンナン呼ばわり……いや素面でもやりかねんから、この男は恐ろしい。

「……それはそうと、殿はどうなされるのですか?」
「ああ、あんだけ飲みまくったんだ、少しぐらい休ませろや」
「……」

『俺たちもアンタ以上に飲まされてるんだよぉ』と言いたいところをグッと堪える家臣たち。

「まぁ休むと言っても、一晩経ったら俺も動く。信忠連れて京都を経由、対毛利決戦と洒落込もうかね」
「そうですか……」
「ともかくお前らは急ぎ向かってくれ。んでワシが着く頃までに大勢が決してるようなことになっていれば尚良しなんだがな」
「「了解しました!!」」

こうして緊急増援部隊は酒も抜け切らない状態のまま、安土の城を後にしていった。

「さて、ワシは……もう一杯くらい飲むか」




「……期は、訪れたのか」








こちら、備中目指して進軍する明智軍。

「……あ、あのー光秀殿、この方角じゃ遠回りになるのでは……?」

先頭を行く明智に対し、家臣の四王天政孝が尋ねる。

「この道、京都に向かっているように思えるのですが……」
「……ああ、その通り。少し寄り道をするつもりだ」
「寄り道?」
「信長様に、我が軍の雄大さを御見せしてから向かったのでも遅くは無いだろうと思ってな」
「ハハハ、なかなか面白いことを考えておられる」

そう言って笑う四王天。
確かに、明智は『面白いこと』を考えていた。だがそれは、家臣らの思う『面白さ』とはまた別の、危険な香りが漂う『面白さ』……

「あー信長様といえば、ちょうど京都に向かっておられるのでしたね。随分と少ない取りまきで」
「……息子の信忠殿と、幾人かの小姓らを連れて。ちょっと遠出しようかなと言った感じか」

安土を出発する直前、明智は信長一行が今回やたらと軽い布陣で遠征することを掴んでいた。
それに、端から直接備中へ向かうのではなく、一旦京都まで出ておいてから、戦況を見据えようという考えだと言うことも。
苦戦しているようであれば親子で進軍、大丈夫なようであれば、それこそ物見遊山気分で。
そんな信長の待つ京都へ向かう、明智光秀。

「しかし、面白い案ではあるのですが、信長様お怒りになりませんかねぇ……? お前らさっさと備中向かえやと言う感じで」
「……」

明智は答えない。
ただ黙って、真っ直ぐ前を見据えて、一歩一歩信長の元に向かって軍を進めていた。








一方こちら信長軍。

「……とまぁ、そういう手筈で宜しく頼むよ」
「はいはい、了解いたしました」

畿内に来ていた博多の豪商・島井宗室と、あれこれ打ち合わせを行う信長。

「ついこないだバァーっと酒盛りしたばかりなもんで、たまには落ち着いて茶会なんかもやっておくかと思ってな」
「そうですかぁー、私も是非参加させて頂きたかったですよ、その酒盛り」
「ハハハ、さすがは商人、調子合わせが上手いなコンチクショウ」
「ア、アハハハ……」

些かばつの悪い笑みを浮かべる島井。
しかし今日は信長の虫の居所がいいのか、命の危険を感じるようなことは一度も無かった。
そんな彼らが今行っている打ち合わせは、明日執り行おうと考えている茶会について。
京に上ってきた信長は、備中戦線が危惧していたほど深刻な事態に陥っていないと判断。
なら軽くお茶会でも催してみるかと思い、現在詰めの協議に入っている。

「で、場所はこちらの方で宜しいでしょうか?」
「ああ。泊まってるとこだしな。終わってから宿場へ帰る手間が省けてちょうど良いし」

そして今話し合っているこの場所は、京都・本能寺。
信長はひとまずここに宿を張っていた。

「了解いたしました。では、公家や町衆の者達にも伝えておきますので」
「頼むぞー」

最敬礼で去って行く島井。
それと入れ替わるように、一人の少年が信長の下へ走り寄ってきた。

「信長様ァー!! 備中戦線の最新情報が入って参りました〜!!」
「おお、そうかマルコビッチ」
「いや……いい加減覚えてくださいよボクの名前。蘭丸です、蘭丸」
「フハハ、分かっておるわ」

どこぞの外国人呼ばわりされて少々ふくれっつらのこの少年、名を森蘭丸という。
最近信長が弥助以上に可愛がっている小姓の一人で、今回の上洛に際しても数少ない共の者に加えられている。

「で、戦況はどうなんだ」
「あ、ハイ。えー秀吉様の報告によれば、現在備中高松スタジアムに川の水を流し入れて水没させようとしているらしいです」
「ハァ!? 何をしとるんだあのエテモンキーは!?」
「いや、何でも向こうが籠城戦術を取ってきたので、無理矢理野球をさせる為にも水を一杯張って船を乗り付け、水上野球に連れ出そうとか言う魂胆らしいのですが」
「ぬぅ……水上野球といえば毛利赤ヘルの専売特許、それで来られたら流石に出ざるを得んか。なるほど、考えたなエテ公」

何はともあれ、今の所戦局はこちらに傾いているとのことで。

「まぁこれで、明日はゆっくりと茶を楽しむことが出来るということか」
「え、明日お茶会でも開くんですか?」
「ああ」
「うわぁーいいなぁー、ボクも出たいです〜」
「ガキはすっこんでろ。つか貴様こないだ茶を飲ませたら『何このアレとは違った苦い液体』とかほざきやがっただろが。アレってなんだ、アレって」
「い、いや……まぁ、お茶とは違って白いモノで……」
「何考えとるんだ貴様は」

頭を抱える信長。
血の繋がりこそ無いものの、小さい時から面倒を見てきた我が子のような蘭丸だが、いつの間にかどうしようもないエロガキに育ってしまったようで。

「まぁいい。だから明日茶会を催すから、信忠にそのこと知らせてきてくれや。お前も参加しろと」
「えーと、信忠様は妙覚寺におられるのでしたっけ?」
「そそ。ちと遠いが伝言係頼んだぞ」
「はいっ!!」

元気のいい返事を残し、パタパタと走り去っていく蘭丸。

「さて……グローブの手入れでもするかな」


そして翌日、茶会は盛大に催された。
持ち寄った各種名品の茶器や名茶を各々味わうという、酒盛りとはまた違った盛り上がり方。
それでも皆それぞれにこのテンションを堪能し、会は日が変わる頃まで続いたのだった。








話は再び明智軍。
辺りはすっかり闇に包まれ、空には大きな月が浮かぶ頃、一同は桂川付近にまでやってきていた。

「……光秀殿、これ本当に信長様の所へ向かっているんですね」
「当たり前だ。嘘を言ってどうする」
「いや……こんなことしてる場合ではないと思うのですが……」

移動中の明智軍には、備中の戦況は伝え聞き程度にしか入ってこない。
そのため彼らは、まだ戦況は危機的状況にあると信じ込んでいる。

「早く秀吉殿の救援に向かわれた方が……」
「……フン」

明智のこめかみがピクついた。

「あの男は助けなど無くともうまいことやるさ。鳴かぬ不如帰を鳴かせてみせようとする男だからな」
「……え?」
「それに……あいつに不如帰を鳴かせる訳にはいかんのだよ」
「あ、いや……何のお話で?」

全くもって訳が分かっていないという様子の四王天。
それでも構わず、明智は続ける。

「今が当に、家康が言っていたその『期』なんだろうな。だが悪いが狸、アンタはいつまでも待ちぼうけしていてくれ。私が先に行かせてもらうからな」
「み……光秀様?」
「フ、フフフ……、ファーッハッハッハ!!!」

今度は突然高笑いを始める主君に、ただ戸惑うばかりの家臣たち。

「み、光秀様、一体どうなされたというのですか……?」
「……お前達に、大事な話がある」
「え……」

歩みを止める先頭の明智。

「とりあえず、私は備中には向かわん」
「え、えぇ!?」

どよめく家臣たち。

「そ、そんな命令違反ではないですか!! そんなことをしたら殿のことだ、ザックリやられちまいますよ!?」
「そうだろうねぇ……あの男は、特に容赦が無いからねぇ……」
「そうですよ! そのくせ何故に今、その信長様の下へ向かおうと……向かおうと……、え?」

四王天の言葉が詰まる。
それに、先程の明智のセリフ、信長をあの男呼ばわり……

「ときは今 天が下しる 五月哉」
「天が下しる……天下……光秀様、まさかっ!!?」
「フッ」

再び家臣たちに背を向ける明智。
そして遥か前方、主君が陣を張っているだろう地を見据えて……


「敵は本能寺にありィィィィィィ!!!」








草木も眠る丑三つ時。多分。

どたん、ばしゃん、どがん、がしゃーん、ごぎゃーん

「……何だ、こんな時間に騒々しい」

外からの不快な騒音に目を覚ます信長。
まだ外は真っ暗闇の中。

「野良猫の盛りか、野良侍の喧嘩か……」

どっちにしろ大した事ではない。
とりあえず自分のとこの侍の喧嘩であったなら、明日当事者を主君の睡眠を妨げた罪で斬首にしてやろう。
そんなことを考えながら、再び床につこうとする信長であったが……

「の、信長様ァァァー!!!」

絶叫と共にふすまが開かれ、外から蘭丸が飛び込んできた。

「んーどうしたマルコメ少年」
「マルコメじゃないです蘭丸ですっ!! ってそんなこと言ってる場合じゃございません!!」
「あん?」
「謀反です、謀反にございまするっ!!」

謀反と言う単語を聞き、半ば睡眠状態のままだった信長の脳に一気に酸素が行き渡る。
そして思考も冴えてきて、現在の状況も飲み込めてくる。
何者かが、この織田信長に、謀反を企て、攻め入ってきた。

「……で、どこのどいつだ」
「明智……明智光秀殿の軍勢に見受けられます」
「奴か……」

ポツリと呟き、枕元においてあった刀……ではなくてバットを手に取る信長。

「の、信長様……!? 無茶ですよ、相手は殺しにかかって来てるんですよ!?」
「是非に及ばず!!」

そう咆哮した後、自らふすまを大きく開く。
するとそこには……




「……信長様、その首、戴きに参りました」


ユニフォーム姿の明智光秀が、ボールを握り締めて待ち構えていた。








続く










あとがき


鳴かぬなら 鳴くやつに交換してもらったらいいじゃない 不如帰(字余り

というわけでどうも、舞軌内ですー
もう一年以上もかけてるんですねぇ信長の野球、いよいよ最後の大勝負。
本能寺の変いやもとい、本能寺が変ですよ第11話です。

この本能寺の変ですけれど、光秀が何故謀反に走ったか、その動機が実際ハッキリしてないようでして。
とりあえずここでは天下取りへの野望と言うことで処理してますが、
いわゆる「ついカッとなってやった」的犯行の可能性もあるらしいですね。
まぁそちらで書いても良かったのですが。
あと当然の事ながら、ホトトギスの句はこの時代の作品でも家康の作品でもございません。
江戸時代にどこかの誰かさんが詠んだものですわな。
なのにそれをゲス狸家康が平然と言ってのける。
まぁ、アレです、気にしちゃ負けの精神です。

あと、最後の最後も野球です。
そこも気にしてはいけません。つかどうやって収拾つけようか悩みどころなんですが。
まぁとりあえず確実に言えることは、続編『秀吉の野球』は無いと言うことです。
信長の仇討ちとか柴田との確執とか家康の反逆とか、使えそうなものはたくさんあるんですけど、
いい加減ネタ的に限界かもしれません。のでとりあえず次回で最終回。
いや、ホントどうやってけり付けようかねぇ……

それでーはではまたこの辺で〜