「……」

一通の書簡を前に、本願寺総帥・顕如は決断を迫られていた。
このままの徹底抗戦か、もしくは負けを認めて開城か。

「この私も、追い詰められた物だな……」


先の松永の造反以降、事は信長の都合の良い方へと流れていった。
まず、強敵・上杉謙信の病死。実際に信長と一戦を交えることなく、上杉は逝ってしまった。
これにより北からの脅威が消滅した信長軍は、更に勢いを増してゆくことになる。
そして、本願寺の支援勢力である紀州・雑賀党、安芸・毛利軍が撃退される。
鉄砲を手に野球を無視して襲い掛かった雑賀党であったが、目には目をと言わんばかりに情け容赦無い信長鉄砲隊の反撃で殲滅。
信長に引けを取らない強国・毛利も、得意の誘降戦術により織田家から大量の造反者を捻出する事に成功するが、その一方で本願寺に援助物資を運搬してくる自慢の水軍が、織田の水軍により玉砕させられ意気消沈。
一気に攻め手に回った、明智・秀吉を中心とした信長勢により後退を余儀なくされた。

したがって孤立無援の状態に陥る、巨大要塞・本願寺。
そして四方を信長に完全に占拠され、篭城戦を強いられている。
流石に巨大要塞というだけあって信長もなかなか責めあぐねているようであったが、武器や物資が全く入ってこない状況で、追い詰められているのは明らかに本願寺の方。
門徒も既に困窮しきっており、このままでは自滅の道しか残されていないように見えていた。

そこに届いたのがこの書簡。差出人は、織田信長。

「『武器を捨てて降伏し、大坂を去るのであれば、政治に介入しない限り布教活動自体は認めてやろう』……」

今まで徹底的に宗門を弾圧してきた相手からの、願ってもない誘いの言葉。
投降は屈辱としか言いようがないが、過去の比叡山のように一門根絶やしにされるよりは、自分一人が泥水を飲めば済む……

「……」

そんな顕如の視線の先には、床に転がる野球のボールが一つ。
起き上がりそれを拾い上げ、力強く握り締める。

「……フン、最後に一つ、大勝負と行くかねぇ」

大きく振りかぶり、壁に目掛けてそのボールを投げつける顕如。
白壁にぶつかる直前、ボールは眩い光を発しながら、姿を消した。




「次に消えるのは、奴か、私か……」

石山戦争11年目、決着の瞬間が訪れようとしていた。








〜信長の野球・10〜

二人の魔人








「……腹減った」

本願寺正門前。
篭城戦で飢えているのは何も篭っている方だけではない。

「ああー、交代の時間まだー」

包囲する方も交代制とは言え、飲まず食わず緊張感だけは研ぎ澄ませという状態が続く。
そんな状態に根を上げているのが羽柴秀吉。

「くぅ、何で自分がこんな小兵みたいな事を……」

秀吉ももう一軍を任される立派な大名。
それなのにこんな最前線でドサ役をやらされているのは、全て信長の命令によるものである。

「ちょっと抜け駆けして戦果を挙げたらさ『相談も無しに勝手に進めやがってこのエテ公が!!』って、大人気ないよなぁ信長様も」
「誰が大人気ないって?」
「ってのわぁ!! の、信長さまっ!!?」

噂をすれば何とやら。
秀吉のすぐ後ろには、現状視察にやってきた総大将・織田信長の姿があった。

「フン、人がせっかく差し入れを持って来てやったと言うのにその態度とは」
「ああっ、握り飯!! ゴメンナサイゴメンナサイ反省してますしてますからぁ!!」
「反省だけならサルでもできる……ほぉ、お前もサルだったなハハハハ」
「ハ、ハハハハ……ってああっ!!」

秀吉の目の前で握り飯を口に入れる信長。

「んーうまいうまい」
「信長様ぁー、そんなぁぁー」
「ちょ、貴様、これは俺の分だッ!!」
「いいや、元はといえば差し入れで持ってきたものの筈ですからっ!!」

全く緊張感無く握り飯を奪い合う二人。
篭城期間も長くなり、包囲する側もすっかりダレきっているからこそ見られる光景である。


その時だった。

「!?」

ギィィィィィ……
硬く閉ざされていた城門が開き、中から一人の男が出てきた。
咄嗟に身構える信長軍勢。しかし信長がそれを制する。

「待て」

出てきた男は白旗を掲げ、信長の前まで歩み寄ってくる。

「……織田信長殿ですね」
「いかにも。貴様、顕如の使者か」
「ええ。私、顕如の息子、教如と申します。父からの託事を預かって参りました」
「ほぉ……先の書簡に対する返答だろうな」
「……左様でございます」

教如と名乗ったこの坊主、信長相手にも全く怯むことなく淡々と言葉を続けている。
流石は顕如の息子か、内心そう思う秀吉であった。

「では早速聞かせてもらおうか、親父さまが下した決断とやらをよ」
「はい……」

もったいぶらせるかのように数拍の間を置いて発した答えは、

「条件付で飲ませていただきます」


「条件、とな?」
「はい……それについては父から手紙を託っておりますのでこちらを」
「……」

無言で手紙を受け取る信長。
険しい顔で文字列を目で追っていたが、やがてその口元に不敵な笑みが浮かんできた。

「……フフフ、クソ坊主が、なかなか言ってくれるではないか」
「信長様……一体何が?」

横から首を突っ込む秀吉。

「『私と貴様、サシの勝負で貴様が勝てば、この条件飲んでやろう』……随分反抗的に出てくれたじゃないか、フハハ」
「なッ……あの野郎ふざけやがって!! 一気に攻め込みましょう信長様!!」

人を小ばかにしたような返答に憤る秀吉であったが、当の信長の反応は正反対。

「内心こういう反応を期待してたんだよ。フフフ、受けてやろうじゃないのさぁ……」
「の、信長様っ!?」
「サシの勝負って事はもちろん……」

小脇に手をかけて、刀を引き抜くかのようにバットを引き抜く信長。

「この俺に野球で勝負を挑もうなんざ、六世代早いって事を身体で教えてやろうじゃないか!!」

「い、いや……誰もまだ野球で勝負とは一言も……」
「その通りでございますよ。他に何の勝負がございますか」
「……」

薄々予想していたとは言え、教如の答えに黙り込む秀吉。

「どうしてこう、自分の周りには野球バカばかりが集まるのかねぇ……」

誰にも聞こえないよう、小声でつぶやくのであった。

「……それでは早速ご案内いたしましょう」
「うむ」

そう言って教如の後に続こうとする信長。

「ちょ、ちょっと待ってください信長様!! 罠かも知れませんよ!?」
「罠……?」
「ハイ、そのまま中に入れば即僧兵どもに包囲されて滅多刺しにされたりとかしそうじゃないですか!!」
「まぁ、そういう手も無きにしも非ずだわな」

と言うものの、歩みを止めようとしない信長。

「信長様ッ!!」
「……それでも行かねばならんのだよ。そこに野球がある限り……」
「何洒落た事を言おうとしてサブい事言ってるんですかぁ!! 我々も付いていきますよ!!」
「エテ公?」

秀吉が自身の軍勢で信長を取り囲む。

「主君を単身敵陣に突っ込ませるようなバカな真似ができますか!!」
「……まぁ、この勝負、見届け人がいた方が盛り上がるだろうしな」

そんな事を意に介した様子も無く、信長は教如の後を追ってゆく。

「ああもう、どうしてこの人の下に着いちゃったんだろうなぁ!!」

慌てて追いかける秀吉ご一行。
口ではそう言うものの内心まんざらでもないのは、その穏やかな表情から見て取れるのであった。








城門から中に入ると、その困窮した状態が非常に良く分かる。

「ほれ、貴様の罠だという予測も杞憂に終わっただろ」
「まぁ、そうですけど……」

場内には幾人かの僧兵の姿を確認できたが、こちらに気付いても何の行動も示さない。
皆一様に頬がやつれ、飢えて動けなくなっているのは明らかである。

「こう言う時『俺の顔を喰らえよ』と颯爽と現れる者がいれば情勢は変わっていただろうがな」
「な、何すかそのバケモノみたいなのは……」


一行は開けた庭のような所に出た。
その中央に鎮座する、一人の男。

「……来たな、仏敵・織田信長」
「フン、なかなか面白いことほざいてくれるじゃないか、クソ坊主よぉ」

ゆっくりと立ち上がる、本願寺総帥・顕如。
その手には、しっかりとグローブが着けられている。

「ホ、ホントに野球でやるんだ……」

分かってはいたものの、心のどこかで信じきれていなかった秀吉。
だが信長は完全に受けて立とうと言う姿勢。つかいつの間にかユニフォームに着替えてるし。

「……私達は下がっていましょうか」
「え?」

そう言って教如が一人後退してゆく。

「何をしてるエテ公、勝負の邪魔だ。傍観者は大人しく離れた場所から眺めとれ!!」
「し、しかし……」
「フン、案ずるな。そう簡単にやられる信長ではないわ」
「……わ、分かりました」

しぶしぶ部隊と共に後ろへ下がる秀吉。
そして中央に残されたのは、野球馬鹿が二人。

「で、この勝負に俺が勝てば貴様はおとなしく引き下がるのであろうな?」
「ああ、坊主に二言はない。この11年間の長い戦い、今ここで決着をつけようじゃないか」
「フフフフ、ホント、11年間も手間取らせてくれたなぁ」

お互い不気味な笑みを浮かべたまま語らう、両軍大将の図。
口元は歪んでいても、目が全く笑っていない。それどころか互いが互いの目を見据えて火花を散らしあっている。

「見たところ貴様が投手として、この俺の前に立ちはだかると言う寸法だが」
「ああ。勝負は3打席、そのうち1打でも安打性の当たりを放てばお前の勝ち、全て抑えれば私の勝ち。それで構わないな?」
「……貴様なめてるのか? 俺を誰だと思っている、織田信長だぞ。んな素人相手に3打席もかかると思うか? 初球で特大の花火を打ち上げてくれるわ!!」
「フフフ……生憎だが私もそんなずぶの素人と言うわけではないのでね」
「何?」

野球で勝負を挑んでくるからにはそれなりの自信は持っているのだろうが、この顕如の余裕綽々ぶりは、信長さえも若干不安にさせる。
この男、一体何を企んでいるのか……

「まぁそこまで言うのなら3打席で構わん。最初の1打席はどんな球を投げるかボケーッと見据えるだけにしてやるさ」
「では……勝負と参りますか」

そして二人は、お互いマウンドとバッターボックスへ移動するのであった。








マウンド上で足場慣らしをする顕如。

「フン、それなりに様になっているな」

その様子から少しは出来る人間だと信長は判断する。
顕如は左投げ。右打ちの信長にとっては少なからず有利ではある。

「では……」

腕を挙げて投球モーションに入る顕如、打席の信長にも力が入る。

「でりやぁぁぁ!!」

左腕から放たれた投球は、真っ直ぐミット目掛けて走ってくる。

「……速いな」

最初の打席は球を見るだけにしておいてやる、先ほどはそう宣言した信長であったが。実は打つ気マンマン。
速いが打てぬ球ではないわ、そう判断し大きくバットを振り回した。
と、その瞬間。

「ぐわぁ!?」

「な、何ィ!?」


離れて見ていた秀吉たちも、その異変を目の当たりにしていた。
ベース付近に到達したボールが、突然目もくらむような眩い光を放ち、そして消えた。

ブワンッ!!

「ストライク!!」

審判の声が響き渡る。
呆然とする秀吉、取り巻き、そして信長。

「な、何だ……今の球は……」
「フフフフフ、実に豪快な空振りだこと」
「光って……消えやがった……何だっつーんだよ……」


実際に直に体験した信長が理解できないものを、傍観者でしかない秀吉が解せないのも当たり前の話。

「ななな……なんだよアレ、あんなの反則じゃねえか……」
「ボール自体には一切手を加えておりませんので、問題は無いはずですよ」

秀吉の隣りで教如が答える。

「あれがこの11年の間に父上が悟りを開いて編み出された消える魔球……」
「ま、魔球って……」
「その名も……『大浄土ボール2号』!!」
「だ……大浄土、ボール……」

言わずもがな某作品のパクリであるが、そこは突っ込んではいけないと言うか突っ込む人物が存在してはいけない。
気にしちゃ負けの理論だ。

「い……1号は一体どこに……?」
「1号は編み出したはいいものの2年前、物資を持ってきた毛利の使者に打ち砕かれてしまったと言う苦い記憶があるのですよ」
「……もしやその1号と言うのは、わざと打者のバットにボールをぶつけるというものじゃ……」
「お主何故それを!!」
「……」

気にしちゃ負けだ。


こちら最初から気にもしてない打席の信長。

「大浄土ボールか……冥土の土産にもってこいな魔球じゃねぇか」
「お褒め頂きありがとう。さてこれがお前に打てるかな?」
「クッ……」

そして大きく振りかぶり、第二球を投じてくる顕如。
風を切り裂き迫る球は再びベース上付近に迫り来る。そして……

「クソォ!!」

ズバァーン!!

「ストライーク!!」

再び信長の目の前から消えたボールは、バットに捕らえられることなくキャッチャーミットへと納まっていた。

「どうしたのかねぇ信長は。あ、そうか、最初の打席は球を見るだけって事だから、手加減してくれてるんだねぇフハハハハ」
「貴様ァ……」

ここで取り乱せば顕如の思うつぼ。ここは落ち着いて策を考えなければならない。
大浄土ボールはここまで見た限りでは、どういう理屈かは分からないが、光って消えるボールのようだ。
それが最大の特徴であり、唯一の特徴。つまり、光って消えさえしなければ単なるストレートでしかない。

「となれば球筋さえ読めば、消えようがどうしようが打ち崩すことは可能なはず……!!」

球速も一切変化は無いし、来るコースが分かっている球を打つだけのことと考えれば、この勝負、もらったも同然。

「よし、来いやぁ!!」


ブワァン

「ストライーク、バッターアウト!!」

「あれ〜? 遊び玉であからさまにボール球のフォークを投げたのに、ものの見事に引っ掛かっちゃいましたなぁー」
「クソがぁ……」

第一打席は、信長の完敗に終わった。








第二打席へと移るまでの間、休憩が取れたので秀吉は信長の元へと走った。

「信長様、どうするんですかッ!? あんなの打てるわけ無いじゃないですか……」
「……」

いつもならここで『ほざけ、俺に打てない球は無い!!』と虚勢だろうと言うのだが、完全に無言な信長。
その様子が、この戦いの厳しさを何よりも強く物語っていた。

「どうやって光らせてるんだ、あの球……。何とかしないと信長様が……」
「……エテ公、要らぬ手出しはするな」
「え、でも……向こうがあんなインチキまがいなモノ投げてきてるし……」
「これは男の勝負だ、何があろうとサシでやる。手を出せば問答無用で首を刈るぞ」
「信長様……」
「まぁ球筋は分かっているんだ。心配せずともこの勝負、俺がもらう……!!」




対決再開。

「フフフ、一方的な展開になりそうで嫌だねぇ……」
「ほざけ!! さっさと投げてこいやこのハゲがぁ!!」
「ハゲとはねぇ、ハゲを馬鹿にしちゃあいけないよ……」

大きく振りかぶる顕如。

「ハゲだからこそ出来る芸当だってあるんだよ!!」

投げる。
迫る。
そして……落ちる。

「ボール!!」

「フン、貴様、変化球の制球は二線級だな」
「その二線級の変化球に引っ掛かったのは何処のどいつかな?」
「じゃかあしいわボケェ!!」

しかし信長の言うことは当たっており、変化球のコントロールは今ひとつのようだ。
続く第二球も外に大きく逸れて2ボール。

「さぁ、お得意の大菩薩峠だかなんか知らんが投げてこいや!!」
「んー、ならご要望どおり行こうかねぇ……」

そして大きく振りかぶる……あのフォーム、来るッ!!
迫り来る見えているボールの球筋を消える前に読み、それに合わせてバットを振れば……

「って何ィ!?」

迫り来る球が先ほどとは比べものにならないほど……速い。
そして、例の如くベース付近で光って消えて、

「ストライーク!!」

今度は信長も手を出すことすら出来ずにいた。


「は……速い……」

傍目から見ていた秀吉も、その球速には言葉を失っていた。
過去に見てきた投手の中で最速だったのが武田勝頼であったが、それも比にならないほどの剛速球。
いや、力強さは正直感じられないものの、まるで軽い紙球を投げるかのような恐ろしく速い球である。

「ましてやそれが消えるなんて……」

打てるわけがねぇ。

「父上、先程は手加減しておりましたな……いじらしいことをしなさる」
「……」
「これが……石山の魔人の恐ろしさですよ」
「い、石山の魔人……」

魔人か……実に言いえて妙な俗名だこと。
素直にそう思う秀吉であった。


「グラァ!!」

カスン

「ストライーク!!」

四球目はファールチップ。

「ほぉ、当てやがったか。なかなかやるねぇー」
「クッ……」

球筋は読めるんだ、だが消えるタイミングも若干変わり気味で。
加えて速い球で来る瞬間が掴み辛い。

「まぁ、とりあえず次の球でこの打席も終わりにしようかね」

そういって大きく振りかぶる顕如。


「何故消えるんだ、何故……」

二人の対決の模様を見届けながら、秀吉は消える魔球の謎を一人追っていた。
目の前では顕如が腕を上げる。だが日の光でその姿が若干見辛い。

「……日の光?」

そしてボールが放たれる。
一直線に信長目掛けて加速していく丸い球。
しかし投げ終わった顕如の体勢は、前に頭を垂れた状態で止まったままなことに気が付いた。

「……ん?」

ベース上まで来るボール、そして光……

「!!」


ブワンッ!!

「ストライーク!! バッターアウト!!」


「わ、分かった、消える魔球の謎が!!」








第三打席に向かうまでの休憩時間。

「信長様!! 分かりましたよ消える魔球の謎が!!」

急いで駆け寄る秀吉だが、信長はそちらを見ようとはしない。

「分かったんですよ全て!! これで魔球を封じることが出来ます!!」
「……せっかく考えてきたことだろう、一応聞いておこうか」
「ハイッ!! 実はあの消える魔球は、単なる目の錯覚なんですよ」
「目の錯覚?」
「錯覚と言うか目くらましと言うか。あの顕如のハゲ、投球後に姿勢を元に戻さないんです。こう、頭を前に突き出したまま」

身振りを交えて解説する秀吉。

「こうなると奴のハゲ頭に日光が反射、それがボールの軌道と重なって眩い光を放ち、目くらまし効果でボールが消える……魔球はこういう仕組みで消えてたんですよ!!」
「ほぉ、今回ばかりは命乞いもしないのだなぁ」
「……で?」
「で? と申されると……」
「そのお前の考えが正しいとした場合、だからどうしろと言うのだ」
「それは顕如のハゲに帽子を被らせるんですッ!! そうすればハゲ光も出来なくなって球は消えなくなる!! これで万事解決ですよ!!」
「……」

しかし信長の反応は薄い。

「……や、やはり無茶な仮説だったでしょうか?」
「そういうことではない。むしろその仮説は正しいのではないかと思う」
「じゃ、じゃあ奴に帽子を被らせまし」
「要らぬ手出しをするなと言っただろうがぁ!!」
「ヒィィ!?」

竦む秀吉。

「あくまでこれは、“消える魔球を投げる”顕如と俺の勝負。魔球を投げられない奴を倒した所で何の面白みも無いわ」
「いや、それでは……」
「それに、あの魔球を打って初めて俺の勝ちが決まる。他の球を打っても、それは勝ちとは認められん」
「……」

あくまで『勝負』にこだわる信長。

「案ずるな。相手が石山の魔人だろうと、この俺が負けるわけが無い」
「しかし……」
「しかしもクソも無い、泣く子も黙る第六天魔王・織田信長が、一介の魔人ごときに屈して堪るものか!!」

魔王と魔人。
二人の魔人の対決は最終章へともつれ込んでいく……








第三打席。

「消える魔球の謎を見破ったそうではないか」
「……」
「その通り、光の作用でボールを消していただけのことさ。なので帽子を被れば魔球は投げれなくなる。まぁ、ご要望があれば被ってやってもいいがな?」
「フン、消える魔球を投げない貴様になんざ興味ないわ。さっさと投げてこいや!!」
「そう来なくっちゃ」

お互い不敵な笑みを浮かべ合い、それぞれの位置に戻ってゆく。

「泣きの一球は認めん、これが最後の打席だ。石山の魔人・顕如の魔球をしかと思い知るが良い!!」
「じゃかあしい!! 魔人の分際で魔王に挑んだこと、地獄の底で後悔させてくれるわぁ!!」

そして、壮絶な最後の打席が幕を開けた。




カキィーン!!

「ファール!!」

「ゼェ……ゼェ……」
「クソォ……あと一拍おけば……」

これで数えて10球目のファール。
信長は完全に消える魔球に対応していた。
しかし、そこは譲らない顕如の球威。バットに当たるもののタイミングがずれるなどしてボールが前に飛ばないでいる。

「いい加減……空振りのひとつでもしたらどうだ、信長……」
「ほざけ、貴様こそ少しは軽い球投げるくらいの優しい気持ちをもてんのか……」

打つ方、投げる方、共に極限状態。
それでも気力で戦い続ける。

カキィーン!!


「……またファール」

秀吉もまた、その戦いに魅せられている一人。
お互いボロボロになりながらも、ボールにバットを放そうとせず真っ向からぶつかり合う……
これが真剣勝負の世界なんだなと実感していた。

カキィーン!!


12球目のファール。
だがファールを重ねるごとに、確実に信長のバットが出るタイミングは合ってきている。

「ゼェ……次で……決めてやるぜ……」
「グッ……」

初めて顕如の顔に焦りの色が見られる。
次は打たれる。そう直感したのであろう。

「……生憎こちらも負けるわけにはいかんのでね。奥の手を出させてもらう」
「お、奥の手……?」

そういって顕如は、徐に法衣に手をかけ……

「な、何故脱ぐ!!?」

法衣をズバッと脱ぎ捨てて、褌一丁のあられもない姿に成り下がる顕如。
しかし信長は即、その変態行為の意味を知る事になる。

「こ、これは……!?」
「フフフ、驚いたかね……」

顕如の全身は信じられないくらいムダ毛が処理されており、その上に何かの油がべっとりと塗られている。
そして全身が恐ろしいほどに日の光を反射、まるで後光でも差したかのように眩い光を放っている。

「これでこの手を離れた瞬間からボールが消え、球筋すら見ることも出来まい……」
「くッ……」
「この勝負、最後に笑うのは私の方だな!!」

大きく振りかぶって、顕如の投じた第13球目。

パッ

本人の言うとおり、投じた瞬間その姿は見えなくなり。
ただシュルルルルと、球が風を切る音だけが迫ってくる。

これでは球筋など読めるわけも無く。
我武者羅にバットを振るしか手は無いのか、信長が覚悟を決めたその時だった。

「!!」

狭い布地に映る影……それだけで十分だ!!


グァキィィィィィーン!!!!


「な、なにぃぃぃぃぃぃ!!?」

打球は空へ虹をかけるように、きれいな放物線を描いて外野の遥か向こうへと消えていく。
この瞬間、織田信長の勝利が決定した。








マウンド上に崩れ落ちる顕如。

「な、何故だ……何故あの球を打てた……」

信長が寄ってきて一言。

「褌に球の影が映ったのさ」
「何ィ!?」

あの瞬間、全身から光を放つ顕如の下半身のごく一部、褌の部分に一瞬だけ球の影が映ったのだ。
そこから信長は軌道を読み取り、そこに目掛けてタイミングの合ったバットを振りぬく。
結果、特大ホームランが生まれたわけだ。

「全部脱いでおけばこんなことにはならずに済んだのになぁフハハハハ!!」
「……仮に脱いでいても、下の毛の処理はしてなかったから結果は同じよ」
「生々しいことを言うな……」

ゆっくりと起き上がる顕如。

「……どう転んでも負けは負けだ。分かった。大人しくここから去ろう」
「ああ。惜しい気もあるがこれも勝負だ」

当初はただ、いがみ合うだけの二人だったが、一戦交えたことで不思議な一体感が生まれたのか。
どちらからともなく自然と、硬い握手を交わしていた。
ただ、一人は裸、一人はユニフォームと、傍から見ればいささか奇妙な光景ではあったが。


「そうは行くかよ!!」
「「え?」」

そんな友情の確認を邪魔するかのごとき絶叫が1つ。
顕如の息子、教如のものである。

「そう簡単にこの土地を手放してたまるかよ!! 今度は俺が相手してやる!!」
「往生際が悪いぞ息子よ、これは決まった勝負なんだ」
「煩い煩い煩い!! 俺は認めねぇぞ、こんなの認めねぇぞ!!」

そう言って足元に落ちていたボールを拾い、信長目掛けて全力で投げつける!!


カキィーン!!

「あ゛」

颯爽と現れた秀吉により、ボールは遥か塀の向こうへ。

「ハイ勝負あったねと。ずぶの素人の球じゃどうしようもないね」
「チクショォォォォォォー!!!」

先程までの真摯な態度は何処へやら。
かつていた某リトルリーガーばりの敗走を見せ付けてくれた教如であった。
ちなみに自暴自棄になった教如は建物に火をかけ、寺は三日三晩燃え続けることになるが、それは別のお話。




何はともあれ、これで最大の敵を処分した事になる信長。

「後はただ真っ直ぐに、天下統一を目指すだけよ!!」

高々と咆哮する信長。
だが彼は知らない。この後自分の身に最後で最悪な不幸が降りかかることを……










あとがき


連載更新希望アンケートより。

>笑いながら歴史の勉強が出来る、画期的なSSだと思うんですヨ(えぇ
>更新楽しみに待たせていただいてます。

いやいやそんな勉強にゃなりませんよ、似非戦国知識だけで書き殴ってるモノですので。
ある意味「三国無双」だけで三国志を理解した気になるより危険ですよ、うん。
でも一応「戦国無双」よりは史実に基づいてやってるつもりな信長の野球、第10話ですよー


まず最初にお詫び。前回のあとがきで

>今回もチラッと出てきました、水上野球なるものを企画しております。

と記載したものの、全く異なる内容となっております。
まぁ……さすがに無理がありすぎた。タイトルなんて『ドキッ! 武将だらけの水上野球大会』でしたし。
いざ書き始めたはいいものの、後が全く続かないので断念。
急遽予定を前倒しにして、本願寺との最終決戦を描かせていただきました。
期待していた方がいらっしゃいましたら、申し訳ありませんです。

んでその決戦、消える魔球とかいつにも増して無茶な話ですよ。
ハゲ頭の反射でボールを消すとか、実際にやってもまず消えませんからね。
まぁ話の流れ上、消えたということにしといてください。気にしちゃ負けだ。

さて意味ありげな終わり方をしておりますが、いよいよ信長の野球も佳境の佳境。
次回、『本能寺の変』でございます。まぁ恐らく前後編な形をとると思うのでもうちょっと続きますが。
とりあえず最後までこの馬鹿話にお付き合い頂ければ幸いです。
それではまたこの辺で〜