「……うーむ」

密使が持ってきた書簡に目を通しながら、難しい表情を浮かべる松永久秀。
かつては幕府軍の側として信長と京都にて戦ったが、幕府側が破れるや即織田側へ投降。
その後再び足利義昭の誘いに乗って織田に反旗を翻すも、再び破れて出戻りしてきた男である。

「今のところはこちらにいた方が正解なんだがなぁ……」

書簡の差出人はそのかつての主君・足利義昭。
信長によって都を追放された義昭は、現在安芸の毛利家の下に匿ってもらっている。
そして一応その効力は残っている将軍の肩書きを存分に活用して、諸国の大名へ信長討伐の依頼を出しまくっていた。
そのうちの一通が、松永が所持しているこの書簡である。

「……しかし本願寺との情勢次第では、向こうに渡った方が得策な訳か」

フフッ、一人気味悪い笑みを浮かべる松永。
寝返り常習犯の血が騒いでいる。問題は、いつ見切りをつけるか。
寝ても醒めても松永の中では連日、寝返り期を見計らうための脳内会議が執り行われているのであった。




場面は変わって安土ドーム天守。

「……クソがぁ」

集められた忠臣たちを前に、怒りを顕にする城主・織田信長。

「貴様らクソ坊主どもを相手に何をクソのような負け方晒してやがるんだボケェ!!」

怒りの矛先はちょうど最前列に座らされた、木津遠征メンバーに向けられていた。

「明智よ、貴様がいながら何だこの体たらくは!! このキンカン頭…いやもといピンポンパン体操がぁ!!
「……申し訳ございません」

いつもなら誰かが『ピンポンパン体操て』と突っ込んでいるところだが、今回はそんな雰囲気ではない。
信長大激怒の理由、それは木津川河口総合野球場における遠征軍の大敗であった。
織田ウォーリアーズ 2−18 本願寺仏適征伐門徒連合

「一介のクソ坊主どもにここまでコケにされて悔しくないのか貴様らは!!」
「……返す言葉もございません」

すっかり落ち込んでいる遠征メンバー。
その中の一人、佐久間正勝が恐る恐る口を開く。

「正直奴らを甘く見すぎてました。奴ら、仏敵相手とならば死をもいとわぬ荒いプレーで襲い掛かってきやがりまして……、途中まで完全に向こうを封じ込めていた明智殿も、明らかに狙った頭部への死球で退場されられまして、そこから一気に崩れてしまいました……」
「フン、これだから坊主どもは」
「それに奴ら雑賀党とも組んでおりまして、先の長篠で我々が行ったような鉄砲打撃で一気に畳み掛けてきまして……」
「鉄砲か……それは確かに厄介だな。ただ、向こうが打つ分こちらも打ち返してやれば済む話だろが」
「……大変申し上げにくいのですが、我々も根来寺門徒を寄せ集めたような継接ぎだらけの軍勢、まともに戦えたのは結局明智殿など数人でしかございませんで……」
「つまりアレか、こちらが勢力をケチりすぎた結果とでも言いたいのか」
「いいいいえ、けけ決してそんなわけでは……ヒィ!?」

ガバッと立ち上がる信長を見て死を覚悟する正勝。
だが、

「……分かった。ならば大将直々出向いてやろうじゃないの。テメェら、出陣の準備だ!!」

こうして信長は主力級の家臣らを引き連れて再度大坂遠征へと向かうのであった。
その中には寝返り常習犯・松永の姿も。


「……この一戦で信長の命運、見極めさせてもらうかね」








〜信長の野球・9〜

あの茶釜は……いい茶釜だ……!!








そして場面は木津川河口野球場。

「しっかし……すごい人数ですねぇ」

夥しい数の一向宗門徒の群れを眺めながらつぶやく羽柴秀吉。

「まぁ何人いようと野球をするのは9人だ。関係ない」
「いや……、やっぱりこいつら相手にでも野球で挑むんですか?」
「ん、何が言いたいんだエテ公」
「あ、いや、信長様基本的には一揆は殺戮で処分してきたじゃないですか。言わばこいつらも一向一揆な訳で、それでも野球で挑むのかなぁと」
「それはそうだがな……野球で売られた喧嘩、野球で買わねば意味がないだろ?」

そう答える信長の視線の先には、雄大に聳え立つ石山本願寺の姿。
野球で売られた喧嘩……以前姉川の戦いで浅井・朝倉を撃破した帰り道に現れた本願寺法主・顕如の宣戦布告。

「あのクソ坊主に見せ付けてやるんだよ、己がどれだけ愚かな選択肢を選んだかと言うことを」




そしてプレイボール。

「あれ、今日は実況無いんですねぇ」

一回表・織田ウォーリアーズの攻撃。
ベンチで打順を待つ秀吉は、いつもいつも現れていた実況担当アナウンサーが現れないことを変に気にしていた。

「こんな一揆風情との試合なんざ中継したって面白くないとでも思ってるんでしょう」
「ま、松永さん、そんな……殿に聞かれたらブチ殺されますよ?」
「大丈夫ですよ。もう殿の打席まで回ってますから」
「へ?」

気が付くとすすすいっとランナーが出て、打席には信長の姿が。
相手投手は名前も分からないような一般門徒。当然真っ当な球など投げれるはずもなく。

カクィィィィィーン!!

「い、いきなり満塁ホームラン!?」

ノーアウトで4点先制ウォーリアーズ。
その後もプロが素人の相手をするようなもので一方的な展開。
確かに松永の言うとおり、面白くないワンサイドゲームとなっていた。
1時間近くにわたる1回表の攻撃で、織田ウォーリアーズ、前代未聞の39点先取である。


「この回押さえてとっととコールドにしちまうぞ!!」
「「「うぉぉぉぉぉぉ!!」」」

ベンチの前で円陣を組んだ後、それぞれ守備位置に散ってゆくウォーリアーズの面々。
マウンドにあがるは、明智の代役として指名された松永久秀。
対する打席には、チーム雑賀所属の鈴木孫市が入っている。

「……やはり鉄砲か」

相手側はどうやら野手全員が鉄砲を使用する模様で、孫市も無論鉄砲を持っている。
そしてその鉄砲を大きく回して外野へと向ける。

「……ホームラン宣言か、下らんパフォーマンスだな」

一塁の守備についている信長が鼻で笑う。
が。

「鉄砲って言うのはな、野球に使うもんじゃねえんだよ」

バキューン!!

「「!!?」」


引き金が引かれ、レフトを守っていた根来寺門徒の男の脳天が打ち抜かれる。

「野郎ども、やっちまえ!!」
「な、なにぃ!?」

孫市の掛け声と共に、五千は居よう一向宗徒が一斉にグラウンド上へ押し寄せてくる。
鉄砲を使えるものはそのままそれの乱射を始め、完全に一揆独特の大乱戦へと舞台は変貌した。

「ゲ、ゲス野郎どもがぁ!!!」

こうなってしまえば野球などやってる場合ではない。
織田軍もバットを刀に持ち替えて、通常の戦闘へと移行していく。

「貴様ら全員、皆殺しじゃあ!!!!!」








数時間後。
辺にりは夥しい数の屍の山。

「……」

結局ユニフォーム姿のまま戦った、信長他ウォーリアーズ一同。
白地の生地が、すっかり血の赤で染まりあがっている。

「フゥ……フゥ……結局孫市は取り逃がしてしまいましたか……」
「……」

辺りに転がる骸のほとんどは、一向一揆の連中ども。
織田軍にも被害が決して無いわけではないが、そこも戦闘のプロと素人の差で大半が生き延びていた。

「……この場合、野球の方はどうなるんだろうな、エテ公」
「え……いや……よく分かりませんが、無効試合にでもなるんじゃないでしょうか……?」
「……クソが」

小さくつぶやく信長の顔には、野球で決着をつけれなかった悔しさが滲み出ていた。
それを遠目から見ている松永。

「……これも向こうの策略だとしたら、顕如、相当な策士だな」








安土に戻ってきたウォーリアーズ一同。
その天守にて信長は、苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべていた。

「クソ、せっかく野球で完膚なきまでに叩きのめしてやろうと思っていたのに……」

襖が開き、黒い男が入ってくる。

「オ茶ヲオ持チシマシタ、ゴ主人様」
「……そのむさい声でご主人様とか言うな」

弥助。先日のイエズス会との親善試合の後譲り受けた黒人奴隷である。
信長は彼を基本的には大層可愛がって扱ったが、それが悪影響を及ぼしているのか、最近は変な方向へと成長してきている感は否めない。

「ゴ主人様、機嫌悪ソウ。アレカ、ムラムラシテルノカ?」
「どうしてお前はそうすぐ性欲の方向へ持っていくか」
「性欲ヲモテアマス?」
「……」

再び襖が開き、今度はちゃんとした日本人が入ってくる。

「殿、どうやら毛利の水軍が物資の補給のため本願寺を目指して向かってきているとの情報が入りました」
「毛利め、やはり動いてきたか……」

作戦参謀・松井友閑からの報告を受け、更に眉間のしわが深くなる信長。

「まぁ内容はアレだが、先の一戦で大坂戦線は一応膠着状態になっている。この状況下なら大坂湾に展開させてある九鬼水軍で何とか迎撃できるだろう」
「そうだとは思いますが……」
九鬼水軍。
先の伊勢長島一揆の際、その撃退のため九鬼嘉隆を筆頭に結成させた海上ゲリラ部隊で、長島一揆平定後も、関西攻略において十二分に力を発揮してきている。
「……増援を行わなくて大丈夫でしょうか?」
「気にはなるがまぁ大丈夫だろう。それに水上のことならあいつら以上に分かる人間はうちにはいない。任せるしかないさ」

そう楽観的に決め込む信長。
だが、それがいけなかった。




「何、船上野球だとぉ!?」

数日後、信長は九鬼水軍大敗の知らせを聞くことになる。

「ハイ……聞くところによると、大坂湾に侵入してきた毛利の船団が突然、船上での野球を挑んできたそうで……」
「んな無茶苦茶な……」
「そもそも九鬼軍は野球に対して不慣れな上、不安定な海上での試合にもう一方的にやられてしまい、結果として0−10のコールド負けを喫してしまったようで」
「……クゥ、これでイエズス戦以降、無効試合を挟んで野球で3連敗か」

信長本人が出てる出てないの違いはあっても、織田ウォーリアーズはこれで3連敗。
野球で天下統一を目指す信長にとって、これほど屈辱的な状況は初めてであった。

「……毛利ともいずれ、バットを交えなければならんのか」

普段なら野球ができると喜ぶところだが、今日はそんな余裕も無く。
淡々とつぶやく信長の姿に、松井も不安な面持ちを隠せないでいた。


更に悪いことは重なるもので。

「信長様ぁー!! 一大事、一大事にございますー!!」

大慌てで部屋に飛び込んでくる秀吉。

「どうしたエテ公?」
「う、う……上杉謙信の軍勢が、こちらへ向かって進軍を開始したとの情報が!!」
「な、何ぃ!!?」








上杉南下の一報を受け、早速信長は遠征軍を編成。
その迎撃へと向かわせた。

「しかし遠征組としてはなかなかの大戦力っすねぇー」
「それだけ上杉が恐ろしいんだろう、殿も」
「確かに、話を聞いたときの殿の表情は、武田信玄が進軍開始をした時以上に強張ってたからなぁー」
「まぁ、信玄ともタメ張ってるし」
「さすがは軍神とでも言ったところか」

北上する軍勢の戦闘で語らう織田家有力武将が5名。
上記の会話順で前田利家、柴田勝家、羽柴秀吉、佐々成政、滝川一益。

「ただ、この面子だと投手力不足は否めませんなぁ」
「仕方ないだろ、明智に松永、佐久間の親父は全員大坂戦線の方に出払ってるからな」
「ただ、明智級でないと上杉は押さえられないんじゃあ……」
「それでもやるしかないんだよ、選ばれた俺達だけでな」
「かっこいい事言うねぇー」

しかし何とも緊張感の無い遠征軍。
本人達に言わせれば、これから過去戦ってきたどんな相手より難敵を相手にせねばならぬ状況下、移動中くらい待ったりさせてくれとの事らしいが。
それほどまでに恐れられている軍神・上杉謙信。
川中島のホームラン競争で5度にわたってあの武田信玄と対等に渡り合っただけのことはある。

「……しかしそんな上杉を相手に、真正面から打撃でぶつかっていく戦術はどうかと思いますよ」
「なに?」

そんなまったりムードの中でも、秀吉だけは慎重な姿勢を崩していなかった。
今回の遠征軍は、彼の言うとおり長打力重視の面子揃いだが、その分守りにはやや難有りと言った所。
同じく攻撃力で圧してくる上杉の軍勢に対して、力勝負を挑む今回の戦法を不安視していた。

「目には目を、歯には歯を、打撃には打撃を。これ野球の鉄則だろうが」
「いやそんな鉄則聞いたことありませんし……」

秀吉の意見に真っ向から対する遠征軍総大将・柴田勝家。
そもそも今回の人選は主に柴田によって行われたもの。
作戦批判はそのまま柴田批判と相成るのであった。

「チッ、文句があるのなら出て行きやがれ。お前は毛利への牽制という仕事も残ってんだろ?」
「で、出て行けっていうのはあんまりじゃないですか柴田さん、私は単に助言をしようと思っただけで……」
「貴様に指図されるほど俺は落ちぶれとらんわ!!」

怒鳴り散らす柴田。
先程とはうって変わって、重い空気が先頭集団を包み込む。

「……この際だから言わせてもらうがな秀吉、お前最近調子に乗ってるんじゃねぇのか?」
「ハ、ハァ?」
「ちょっと殿に可愛がられてるからっていい気になってるんじゃねぇぞ」
「な、何をいきなり!! 何なんですか柴田さん!!」
「ええい、馴れ馴れしくさんとか言うな!! このサルがぁ!!」
「ちょ、ちょっと落ち着きなされ柴田殿!!」

慌てて仲裁に入る前田だが、柴田の虫の居所は相当に悪いようで。
理由は何とも分からないが、秀吉の最近の厚遇っぷりに僻んでいるのではないだろうか。
それを受けた秀吉。

「……分かりましたよ、私が引いて万事丸く収まるのであれば引きますよ」
「お、おいっ!?」

前田他が驚きの表情を見せるのもつかの間、秀吉はさっと踵を返して来た道を引き返していく。

「ま、待てよオイ!! って止めなくていいんですか柴田殿!?」
「……構わん、放っておけ。総大将に意見する者は軍に必要無い」
「柴田殿……」




当の柴田には見えていないが、引き返す秀吉の表情にはいささか困惑の色が隠しきれていないでいた。
今まで頼れる先輩的な形でお世話になってきた柴田との間に突然生まれた確執。
何をあんなに怒っているのか、秀吉自身解せない部分も多く何とも訳の分からないことになっている。

「……時間を置いてまた話してみようか」

とりあえず今は離れた方がいい。
そう判断しての秀吉の離脱であった。




しかしそんな個人の事情などは差っぴいて客観的に見れば、これは完全に秀吉の造反。
安土に残った信長の元にも早速その知らせは届いていた。

「エテ公クソボケがぁ……帰ってきたら叩き切ってくれるわ!!」

そんな具合に激昂する信長の様子を物陰から伺う男が一人。

「ほぉ……あの秀吉が造反とは。織田軍も外から中からごたごたして来たねぇ……」

柱の影でほくそ笑む松永。
そろそろ自分も造反の頃合かしらと考えているのだろう。

「……久秀殿、これを」
「ん、ああ」

物音も立てずに現れた密使から書簡を受け取る松永。
中身は予想していた通り、安芸の足利義昭からのものであった。

「……うむ。沈む泥舟から浮かぶ毛利の大船団に乗り換える時が来ましたよっと」








こうして松永は、再度織田家を離反した。
本来大坂で本願寺側と睨み合いをしていなければならない命を受けていたのにそれを完全無視。
とっとと持ち城の信貴山城へと帰ってしまった。

「ふぃ〜、やはり自分は義昭様の下にいる方が性に合うな」

城の天守で愛用の茶釜・平蜘蛛を抱きかかえながらつぶやく松永。

「しかし都を追われはしたものの、さすがは将軍様のお力だ。上杉の南下が義昭様の呼びかけによるものだったとはねぇ……」

それ即ち、こちら側には毛利・上杉という二大巨頭が付いている。
両者を前にすれば流石の信長も手の打ち様が無かろうと、これまたいやらしい笑みを浮かべる。

「父上、朗報でございますッ」

とそこに彼の息子・松永久通が駆け寄ってきた。

「ん、どうした?」
「先程入った情報によりますと、加賀の方で柴田軍が上杉軍と一戦交えたようで」
「ほぉ。そりゃ遠征してたんだから戦って当然だろうに。で、どうなったんだ?」
「詳しい戦況は分かりませんが、どうやら上杉軍が勝利を収めたらしいです」
「おおっ、これは朗報だな」

その後入ってきたスコア情報によれば、織田ウォーリアーズ(柴田遠征軍)5−8越中上杉影虎タイガースとのこと。

「これで一気に上杉軍も加速して、更に西からは毛利の軍が攻め立てる!! これで信長も終わったなハハハハハ!!!」
「そうですね、最後に笑うのは我々ですね、ハハハハハ!!」

高らかに笑う松永父子。
だが残念、そんな幸せは長く続かないのであった。




「え゛、上杉が国に帰った!?」

信貴山城天守にて、突然もたらされた情報に驚愕の色を隠せない松永父。

「ええ……、どうやら信長、山形の伊達輝宗に通じて背後から上杉を叩くようにと協力を仰いだらしいのです……」
「それを恐れて急遽後退……クソッ、信長め、姑息な手を使いやがる……」

更に信長にとっては幸運、松永にとっては不運な状況が続く。




「え゛、今度は毛利がなかなか進軍してこない!?」
「はい……、何でも進路をどうするかで軍内部であれこれ揉めているらしくて……」
「クソッ、これだから巨大組織は使い勝手が悪いんだ……」

完全に頭を抱え込んでしまう松永父。
そして止めを刺す最悪の情報が飛び込んできた。




「え゛、信長軍にこの信貴山城が完全包囲されている!?」








『裏切り者には死あるのみ、
 そんなどこぞの裏組織にも通じる織田家による裏切り者への制裁措置が、
 ここ、大和信貴山城前特設野球場にて行われようとしております!!』

信貴山城外庭、そこにずらっと並んだ織田の軍勢、総大将は信長の息子、織田信忠。

「松永殿、仏の顔も三度までという諺があるが、生憎父上は仏ではないのでもう許してはくれないそうですよ?」
「クッ……最初ッからそんな許しを請おうなど考えてないさ、男松永、その勝負、正々堂々と受けてやろうじゃないか!!」

幸い今回の織田の遠征軍にいる目ぼしい人材は、信忠くらいなもの。
決して松永の軍勢は強力な訳ではないが、この程度なら勝てるだろう。
そう踏んだのか松永は、真っ向から受けて立とうと高らかに宣言するのであった。

『裏切りの松永VS織田ウォーリアーズ、世紀の遺恨試合がここに始まろうとしています!!』




「……しかしどこにでも来るんですなぁ、この実況の人は」
「え゛」

織田側ベンチから聞きなれた声が聞こえてくると顔を向ける松永。
するとそこには……

「ひ、秀吉ッ!!? 貴様、造反犯して信長にたたっ斬られたんじゃなかったのか!?」
「あ、いや、今回の件は私の主張が認められましてね。無罪放免となりましたのよ」
「ん、んなアホな……」

更に松永は、織田側ベンチに見慣れた顔を見つけることとなる。

「前田利家に佐久間信盛!? 貴様ら、上杉と毛利を相手しに行ってたんじゃなかったのか!?」
「いや、上杉軍何か知らんけど撤退しちまったし」
「毛利も本願寺も目立った動きしてこないし」
「だから応援に駆けつけたってか……何だよそれ……」

だが、これで不幸は終わらない。

「あああ、明智光秀!? 貴様も助太刀に来たというのか!?」
「……その通り」
「ってその後ろにいるのは細川藤孝!! おい、お前も元は義昭様の下にいた身、今からでも遅くないからこっちに着いてくれないか、オイ!!」
「何で好き好んで泥舟に乗り移らねばならんのだ。いや、義昭の船はもう水底よ」
「細川ァー!!!」

大絶叫の松永。

「フン、昔の仲間にも相手にされなんだか。憐れな男よのぉ」
「そ、その声は……」

恐る恐る声のする方に顔を向けるとそこには……

「……織田信長」
「さーて、どうやって痛めつけてやろうかねぇー」

気付けばただの遠征軍だと侮っていた相手軍勢が、ほぼ総戦力に近いモノになっている。
完全面子のウォーリアーズに、とりあえず眷属寄せ集め集団の松永軍勢。

「……勝てるわけねぇよ」

それでも無常に、審判によるプレイボールの絶叫が、球場内に木霊するのであった。








裏切りの松永 0−10x 織田ウォーリアーズ (3回コールド)

「……予想通りの結末で」

マウンド上に崩れ落ちる松永久秀。
一方の織田側だが、相手がアレだったとは言え、野球による久々の勝利に大喜びの模様。

「フハハハ!! これが信長の野球じゃあ!!!」
「いやぁー確かに久々ですねぇー、野球で勝ったの」

『……この後は俺の斬首で、更に奴らの歓喜の渦は広がっていくんだろうな』

そんな様子を見つめながら、松永は一人覚悟を決めていた。




「さてと……」

松永の側に近付いてくる信長。

「……」
「ほぉ、今回ばかりは命乞いもしないのだなぁ」
「……私だって一介の武士、覚悟は出来ております」
「フン」

そしてベンチから持ってきた鞘から、スッと刀を取り出す信長。

「さぁ……、殺るなら一思いにお願いします」
「……その覚悟、本物だな」
「えっ……」

そうつぶやいた後、信長は刀を鞘に戻してしまった。

「……ど、どういうことでしょうか?」
「まぁ今日は久々の勝利と言うことで気分がいいし、こんな日に血飛沫は似合わないんだな之が」
「と、と言うことは……!!?」

願ってもいなかった最良の事態に松永の目が輝く。
が。

「ただし、タダでは助けてやれんな。それなりに見返りが無いと」
「み……見返り?」
「ああ。とりあえず『平蜘蛛』の茶器をよこせ」
「え、えええー!!?」

名器・平蜘蛛は松永が命以上に大切にしている代物。
それをよこせば己の命は助けてやるぞと言う信長の脅迫。

「……ちょっと考えさせてもらっ」
「ダメだ。今すぐ持ってこい」
「……」

松永は無言で立ち上がり、息子・久通を従えて城の中へと戻っていった。


「さぁ、どういう決断を下すだろうな……」








信貴山城天守。

「父上、結局どうなさるのですか……?」
「この平蜘蛛だけは渡せん、何があっても渡せん!!」

そうダダをこねる子供のように、平蜘蛛の茶釜を抱きかかえたままごねる松永父。

「しかし渡さなければ斬首は免れないわけで……」
「それはそうだが……いや、それで俺が死んだら結局この平蜘蛛は信長の手に渡ってしまう……」
「……父上?」

「……息子よ、お前には悪いが、これも俺の息子に生まれた宿命だと思ってくれ」
「ち……父上、一体何を……!?」

「この茶釜は……いい茶釜だ……だから、信長なんかに渡すわけには行かないんだよ!!」








ズガァァァァァァァン!!!!

「な、なにぃ!?」

信貴山城天守付近で大爆発が発生、城は一気に紅蓮の炎に包まれた。

「ま、まさかあの野郎、自爆しやがるとは……」

これには流石の信長も驚きを隠せないようで。
とりあえず平蜘蛛をよこせといった時点であいつは絶対自殺に走るなと読んでいた訳だが、こんな終わり方を選ぶとは完全に予想外。

「……無茶しやがるな、あのボケも」

燃え上がる城を眺めながら、最後に信長はこうつぶやくのであった。


「……平蜘蛛、惜しかったなぁ」










あとがき


どもども、遅筆作家舞軌内でございます〜
信長の野球・第九話。毎度の事ながらムチャクチャな話になっております。
副題はピンと来る人は来るんでしょうが、元ネタはアレ、「あの壺は、いい壺だ」
つまり私の中では何となく、松永久秀=マ・○べと言うことなんですよ。
ただ、特に根拠とかは無いんですがね。
あーせっかくだからキシ○ア様に該当するような人物が出てきていればもっと良かったんですがねぇー
……もう何でも有りですよ、この話。

次回更新はとりあえず、VS毛利編。
今回もチラッと出てきました、水上野球なるものを企画しております。
まぁ例の如くその更新がいつになるかは分かりませんが、なるだけ早い段階で書き上げたいですねぇー
んでは、また次回で〜