ある時、息子は言います。

「そろそろ城が欲しいんだけど」
「ブフゥー!!!」

そんな突然の息子の告白に、飲んでいたお茶を噴き出すのは、岐阜城城主・織田信長。

「な、何をいきなり言い出すんだ信忠」
「いえ、ただ単にそろそろ自分も城が欲しいなぁーと思っただけですよ」
「……」

そう平然と答えるこの男、信長の息子・織田信忠。
先の浅井・朝倉討伐線で初陣を飾った、齢19の青年武将である。

「まぁ、一国一城の主になってもいい歳ではあるが……」
「戦の経験も父上に同行して幾つも積み重ねておりますが、何か?」
「……その何かって言うのはやめぃ」

確かに、信長もそろそろ息子に何らかの処遇を与えてやろうと考えていた矢先のこのおねだり。
すぐにでも『うん、やろう』と答えても良かったのだが、ここは一つ、試験を行うことにした。

「試験……ですか」
「あぁ。お前がこの城を譲ってやるに値するか否かを判断する。ついでに家督相続も考えているのでな」
「本当ですかっ!?」

待ってましたと言わんばかりににこやかな表情で父親の顔を見やる信忠。

「で、その試験とは一体?」
「うむ、先程家康殿から連絡が入ってな。何でも、武田勝頼の軍勢が性懲りもなく東美濃に侵攻してきたそうだ」
「はぁ」
「と言うわけで信忠、お前が総大将となって勝頼撃退に向かえ。それに成功すれば、城でも何でもくれてやろう」
「は、はぁ!?」

突然の指令に思わず声が裏返る。

「そ、そんな、いきなり猛将・武田を相手にしろと言うのですか!? んな無茶な……」
「いや、先日の長篠合戦において向こうはかなり疲弊している筈だ。決してお前の力で蹴散らす事が出来ない相手ではない」
「う、うぅ……」
「さぁ、行って来い!! よい結果を期待しているぞ!!」


こうして信忠はバットを担いで兵を率い、勝頼の陣取る美濃・岩村城へと向かって行った。
その背中を見送る信長。だが、その胸中は複雑だった。

「よい結果をと言ったが……」

本音を言えば、出来れば今回の戦はしくじってもらいたい信長。
共に戦に駆り出して育ててきた、己が息子の実力が非凡な物で重々承知している。
だが、人間一度くらいは敗走経験もしておかねばと言う教育方針が故、わざわざ実力的には若干上の勝頼を相手に試験を行う事にしているわけで、変に勝ってもらってはこちらの思惑通りにならないわけである。

「まぁ、正直この城手放したくないって気持ちが強いだけなんだがな」




数日後。

「父上ぇー!!」
「……」

満面の笑みを浮かべ、戻ってきた信忠。
チーム風林火山3−15織田ウォーリアーズ(信忠選抜)
試合は、信忠の圧勝に終わっていた。

「……まさかここまでやりやがるとはな」

こうして岐阜城は、織田家の家督と共に信長から息子・信忠へと譲り渡されたのであった。








〜信長の野球・8〜

異文化コミュニケーション in 安土








今日も今日とて、岐阜城外庭ではウォーリアーズの面々が野球の練習に励んでいる。

「999……1000!! よーし、次!!」

信長直々の千本ノックを終え、フラフラになりながら日陰へとへたり込むのは、おなじみ羽柴秀吉。

「おつかれさーん」
「ハァ……ハァ……、いやいやどーも」

先にへたり込んでいた滝川一益に、濡れ手拭を投げて渡される。

「もう、動きたくねぇ……ハァハァ……」
「ホントお疲れのようだな。しかし、もっと疲れてもいいはずのあの人は……」
「……信長様にはもう、人間の常識が通用しないと考えたほうがいいですよ、絶対……」

二人の視線の先には、かれこれ10人以上千本ノックをこなしてきた信長の姿。
そこに疲労の色は全く見受けられず、今なおガンガン打ち続けている。

「信忠様に家督を譲って以降、やたらと練習がキツクなりましたねぇ……」
「本人も前では絶対言えないけど、暇になったんだろうな。それで以前にも増して野球に打ち込んで」
「ハァ……」
「あーあ、俺も一揆討伐軍に着いて行けばよかった」
「まぁ、そっちはそっちで大変だと思いますけどね……」

滝川が言う一揆討伐軍とは、越前にて起こった一向一揆を討伐する為に送られた織田家の軍勢である。
柴田勝家を筆頭に、なかなか強大な軍勢で殲滅作戦を行うとのことらしい。

「こっちに残ってる人間が少ないから、その分練習密度が濃くなってる気が……」
「それは確かに……」

二人してため息をつく。

「……そう言えば、丹羽さんの姿がありませんね。あの人も討伐軍に入ってたっけなぁ?」
「何だお前、知らないのか? あの人そーとーでかい仕事を任されてるってこと」
「え?」
「その顔はホントに何も知らないようだな。実はな……」

「信長様ぁー」

そう滝川が言いかけたところで、信長の元へ向かって一人の男が走ってきた。

「あれは……」

皆とは違って着物姿のその男、先程から話題に上がっていた丹羽長秀、その人である。
丹羽は信長の側に駆け寄り、何やら身振り手振りを交えてあれこれ説明しているように見受けられる。
そこにいつも伝令から悪報を知らされた時のような緊迫感は一切漂ってなく、むしろ穏やかに二人が談笑しているようにも映る。

「この分だと、完成したのかも知れないな」
「完成?」

秀吉が『何の完成?』と聞こうとした発言を遮る形で、信長の絶叫がグラウンドに響き渡った。

「全員着替えて大広間に集合しやがれ!!」








岐阜城大広間。

「で結局何なんですか、さっきの完成って言うのは?」
「まぁ本人の口から直接聞いた方が面白いだろうけどなー」
「本人って……信長様?」

そうこうしている間に、正装した信長が皆の前に現れた。

「えー、皆も知っているだろうと思うが、現在、この岐阜城の城主は自分ではなく、息子の信忠である」

自分の名前が出てきたためか、最前列に座っている信忠が軽く反応する。

「まぁこちらから譲ってやったと言う形なのだが、これは決して俺が第一線から身を引いたと言うわけではない。それは皆分かっているだろうな」
「も、もちろんですとも」

慌てて誰かが答える。
まぁ、あれだけ千本ノックとかやっていながら第一線から身を引いたわけないだろうし。
と、秀吉の雑感。

「と言うわけで、実は密かに新たな城の築城を行っていたのだよ諸君」
「新たな城?」

ざわめき立つ会場。
秀吉は小声で隣の滝川に話しかけた。

「完成って、城のことだったんですか?」
「そそ。しかしこのざわめきようから察するに、知らなかった人間の方が多いんだなぁー」

「ゲフン、そろそろ静まれやお前ら。話が進められん」
「ス、スイマセンッ!!」
「でだ、その築城の命を隣にいる丹羽に任せておいたのだが、今し方それが完成したと本人自ら報告に来やがってな。ハハハ、主人思いなやつめ」
「いやいや、滅相もございません」

信長の隣で頭をかく丹羽。
これまでの話し振りから察するに、現在信長の機嫌はそーとーに良さそうである。

「で、その城と言うのはどちらに造られたのでしょうか?」

秀吉は恐る恐る挙手して質問を投げかけた。

「安土の地だ」
「安土?」

そうパッと地名を言われても、即座に場所が把握できた者は少ない模様。
それを前もって見越していたのか、丹羽は皆に見えるよう壁に一枚の地図を貼り付けた。

「えー、ここが今現在我々がいる岐阜城で、ここが京の都。んでもってここが憎き石山本願寺のクソ坊主どもの住処ですね」
「いや、その辺のことは何度も遠征してるから俺達でも分かるけど……」
「まぁまぁそう言うなって。で、ちょうどその中間地点になりそうなココが、安土だ」

丹羽が指差したところは、琵琶湖の東岸の地であった。

「はぁー、意外と近いんですねぇー」
「いや、俺は遠いと思うがな……」
「でも何で、この安土に城を築こうとお思いになられたのですか?」

再びざわめき立つ会場内で、再び質問を投げかける秀吉。

「いい質問だエテ公。見ての通り、安土は琵琶湖に面しておる。そのため、ここから船を利用すれば楽に西へと遠征することが可能になる。加えて京も近いので何かと都合がいい」
「あ、確かに」
「交通の面だけでなく、土地もなかなか広大なものがあり、築城と同時に城下町の建設も進めているのだ」
「城下町!? うわぁー、賑わっていいですねぇー」
「ハハハハハ」

他にも楽市楽座の実施や関所の撤廃など話は続き、会場内はいつにもなくてんで和やかな雰囲気に包まれていた。
とここで、そろそろ本題に入ろうかと信長が一言。

「ほ、本題?」
「あぁ。と言うわけなので引越しするぞ」
「ハ、ハイ、そうですね。お城の方が出来たのであれば早く引越ししませんと」
「うむ。では行くぞ」
「え」
「え、じゃねぇよエテ公、それにテメェーら。今すぐ荷物まとめて引っ越し始めるぞ」
「い、今すぐですかぁー!?」
「なら二時間待ってやる。それまでに全員、引越しの準備をしておきやがれ」
「に、二時間ですか……」
「つべこべ言う暇があるのならさっさと荷造り始めやがれや」
「ハ、ハイィ!!」

こうして信長の家臣たちは大慌てでそれぞれ転居のための荷造りを開始した。
しかし、やはりこの日の信長は機嫌がいい。普通なら二時間も待つなどありえないのだから。
ただ、それにしても急な話なので皆一様に驚きと不安を隠せないようではあるが。








「それでは父上、お元気で」
「あぁ。……ってまぁそんな今生の別れじゃあるまいし」
「そうですね、ハハハハ」

和やかに語らう信長親子を尻目に、家臣団は一様に皆疲れきった表情を浮かべていた。

「では、そろそろ出発するか」
「……」
「返事はどうした!?」
「お、おぉー!!」

こうして、一人元気な信長を先頭に引越しの旅が始まった。


中略。


「着いたぁー!!」

山越え谷越え、やっと安土の町に到着した信長一行。
その町並みは整然と区画され、商業都市・堺を彷彿とさせる立派なものであった。

「へぇー、もう既に人は集まってるんですねぇー」
「楽市楽座をしいたおかげで、遠方からも商人がやってきてるからなー」

嬉々として語る丹羽。やはり自分が手がけた町と言うことで次から次へと言葉が出てくる。
そんな丹羽の説明を、初めは興味津々と聞いていた秀吉だったが、次第にうざったいだけになっていく。

「地盤がなかなか固くてな、掘り返すのに苦労したもんだよ全く」
「はぁ……」
「そのために更に千人規模で人員を導入してな、土方作業を夜通し行って……」
「そ、それはともかく肝心のお城はまだ見えてこないのですか?」

いい加減埒が明かないと話をぶった切る秀吉。
この問いは、丹羽ではなく信長が答えた。

「フフーン、その雄大な姿を見て腰を抜かすんじゃねぇぞ?」
「そ、そんなに凄い物なのですか……」

引越しを言い渡されたあの時も、城の雄大さ・豪華絢爛さは散々話題に上がっていたので、密かにその姿を楽しみにしている家臣たち。
更に幾許か進んだところで、先頭を行く信長は皆の方を振り返り、絶叫した。

「さぁ目ん玉ひん剥いてしかと焼き付けるがいい、これが織田信長の新しいホームグラウンド、安土ドームだぁぁぁぁ!!」
「ド、ドーム!?」


信長の指差す先には……今まで全く見たことが無い、座布団のような形の巨大な建造物が鎮座していた。

「いや、これ……城ですよね?」
「あぁ。安土ドーム」
「ド、ドームって……」

たじろぐ家臣たちを連れて建物の中に入る信長。
中の光景を見て、一同は更にセリフを失った。
そこに広がっていたのは……広大な野球場。

「し、芝まで敷き詰めてやがる……」
「フハハハ、この安土ドームは前代未聞の全天候型野球場!! これで雨が振ろうと槍が降ろうとお構いなく春夏秋冬毎日野球付けの日々が過ごせるさガァーハッハッハ!!」

バタンバタン。
これから繰り広げられるこれまで以上の野球な日々を想像し、卒倒していく家臣たちの数は十数名に上った。
秀吉もその中の一人。

「年中無休で野球ですか……」

そう呟き、意識を失うのであった。








外は降りしきる雨。
しかしそんなことはお構いなく、安土ドーム内には白球が飛び交っていた。

「オラオラとっとと走りやがれぇー!!!」
「ヒィィィィ!!」


この日は練習試合と言うことで紅白戦が行われていた。
紅組ベンチにてぐったりしている秀吉。

「ホント、この一週間休み無しで野球してるなぁ……。今日ベンチスタートじゃなかったら確実にぶっ倒れてたよ、俺」
「この3日ほど外はずっと雨だと言うのにな」

隣で同じくベンチスタートの蜂須賀小六が呟く。

「俺達で作った墨俣スタジアムとは違って、しっかりした出来だわ、やっぱり。職人の力はすごいな」
「墨俣……、また懐かしい名前を」

美濃の斎藤を攻略する際に、蜂須賀と共になって三日三晩で整備した墨俣スタジアム。
そんな懐かしい思い出が秀吉の脳裏に蘇る。

「まぁそれはそうと秀ちゃんよ、アレ見てみ」
「ん?」

そう言って蜂須賀の指差す先を見てみると……

「あれは……」

信長が二人の見慣れない男を引き連れて、ドーム内を散策しているようであった。

「はぁー、アレが南蛮人かぁー。噂には聞いていたが、本物を見るのはこれが初めてだな」
「南蛮人……宣教師の者かなぁ」


「ハハハ、で、どうだね、我が織田家が誇るこの安土ドームに対する率直な感想は?」
「OH! こんな素晴らしい建物が日本にあるだなんて予想だにしていませんでしたよぉー」
「祖国にもこんな建造物はございませんよーハハハハーハ」

そう言って笑うこの二人の南蛮人は、アレッサンドロ・ヴァリヤーニとルイス・フロイス。
安土の城下町にてキリスト教の布教活動を行っているイエスズ会の宣教師だ。

「しかし信長殿にはいくらお礼を言っても言い足りないくらいですよ。我々の布教活動を認めてくれただけでなく、教会を建てる土地まで用意していただいて」
「ハハハ、そのくらいお安い御用よ」
「もう、安土に足を向けて眠ることなどできませーん」
「……意外と詳しいのな、日本語」

フロイスの日本通っぷりの片鱗を軽く見ながら、信長は二人にこう問いかけた。

「ところで御両人、野球経験はあるかね?」
「野球? 今そこで皆さんがやっていることですか?」
「そうそう。ん、知らんか?」
「ハイ、私もヴァリヤーニも日本に来て初めて知りました」
「ほぉ。元々南蛮渡来のモノだと思っていたのだがな……」

野球の由来はどこにあるのか。
ただ、この話を始めるとそもそも『信長の野球』自体が成り立たなくなるのでスルーさせていただきます。

「まぁそれはそうとして、どうだ、一試合やってみないか?」
「え? でもそんな私達ずぶの素人ですし……」
「いやいや、そんな本気でやるものじゃなくお互いの親睦を兼ねて。こちらも本気は出さんさ」

その後も二人にしつこく食い下がる信長。
その甲斐あってか、

「では、やりましょうかね」




『と言うわけでお待たせいたしました!! 安土ドーム落成記念ゲーム
 織田ウォーリアーズVSイエスズ・キリシタンの親善試合の模様を、ここ、安土ドームからお送りして参ります!!』

早速、親善試合が始まった。

「うわぁ……、あんなところに立派な解説席が出来てるし……」
「これまた本格的な野球だな……」

いつものようにベンチにてため息をつく、蜂須賀と秀吉。
ちなみに本日は、両者ともベンチスタートである。

「しかし、うちのスタメンだけど……二線級の人間を集めてますねぇ」
「そりゃまぁ親善試合だからな。変に俺達がでて本気を出すのも可哀想だろ」

同じくベンチスタートの総大将・信長。
グラウンドで守備についているのは、普段はなかなか試合に出してもらえない二軍クラスの面子ばかりであった。

「対する向こうはと言うと……ぬぅ、即席チームだと言うのになかなかそろえて来やがったな」

イエスズ・キリシタンの方はと言うと、数人の宣教師に、元々ウォーリアーズの人間だが今回だけレンタルと言う形でキリシタン大名が数名、あとは適当に信者たちと言う形のチーム構成であった。

「まぁ、たまにはお互い笑いながら野球をやるのも悪くないと思うぞ。な、エテ公よ」
「そ、そうですね」

正直、ここしばらく信長の機嫌の良さに戸惑い気味の秀吉。
安土ドーム完成からずっとこの調子。今まで散々ボケだのクソだの叫んでいた鬼将軍の面影はすっかり鳴りを潜めていた。

「それはそれでありがたいんだけど、調子狂うなぁ……」
「ん、何か言ったか?」
「いえいえいえ!! 別に……」

慣れって怖いな。そう心の中で呟く秀吉であった。


が。
試合が進むに連れて戦況を見つめる信長の表情は、いつもの険しいものに変わりつつあった。

「……やりやがるな、伴天連どもめ」

5回を終わった時点で、3−9
イエスズ・キリシタンが6点のリードを奪っていた。
守りの方では、とても素人とは思えない基本に忠実なしっかりした守備を披露。
投げても先発のニエッキ・ソルド・オルガンティーノが四隅に投げ分ける丁寧な投球。
元々破壊力の低いウォーリアーズ二軍で、3点も取れたのはむしろ幸運とも言えるだろう。
一方の打線も、寄せ集め軍団とは言えどもイエスズ打線は皆確実にボールをバットに当てに来て、
相当数のヒットを稼いでいる。
これにウォーリアーズ二軍の拙い守備も重なって、あれよあれよと加点されていく。

「しかし、何よりも問題なのが、あの四番に座った黒い奴……」

イエスズの四番は、名も無き肌が真っ黒い男が勤めていた。

「あの黒、墨でも塗ってるのかなぁ……」
「いや、もともと肌が黒いんじゃねぇーの?」
「んなバカな。そんな人間がいるかよ」

生まれて初めて見る黒人の姿に、皆一様に驚きを示す織田ベンチの面々。
だが、驚愕するのはその容姿だけではなかった。

「うわ……、また打ちやがったぞ」
「今度は右か。ホント、どこでも打ちやがるな……」

四番・名無し、ここまで3打席連続ホームランを記録している。

「あの怪力、我が軍勢に是が非でも必要だな……」

当然のことながら信長は、彼のスカウトを思案しているのであった。


『試合は終盤8回を終わって11−3、イエスズ・キリシタンの大量リード
 圧倒的に優位かと思われた織田ウォーリアーズが追い詰められております!!』

「チッ、煽るような実況してくれやがる……」

舌打ちする信長。
やはり親善試合と言えども、ここまで点差が開けば自然と眉間にしわがよってくる。
その様子は、実際グラウンドで守備に着いているウォーリアーズ二軍の選手達からもよく見えていた。

「……俺、試合終わった後どこか遠くに行くわ」
「殺されたくないもんな……」

早くも逃亡計画を立てている小兵たち。
とここで、信長の怒号がドームに響き渡った。

「選手交代!! テメェら全員ベンチに下がれ!!」




『おーっとここでウォーリアーズ、グラウンドの選手を全員交代させると言う策に打って出ましたねぇー
 対象の織田信長を始め、現在組み得る最強の布陣を敷いてきました』

と言うわけで、ショートの守備に着く秀吉。
一塁には血気盛んな信長の姿。

「全く、大人気ない人なんだから……」

と口では言いながらも、信長様らしいなぁと心のどこかで安心している秀吉であった。


「ストライーク!!」
「そ、そんな球打てるわけないじゃないですか!! ヒドイデスヨ信長どのぉー!!」

マウンドに登った明智光秀の剛速球に、軽く三振に切って取られたフロイスが文句を垂れる。

「ハン、今までいい思いしてきただろうが南蛮人ども!! 最終回くらいこちらにいい目見させんかボケがぁ!!」
「し、親善試合って言ってましたのにィー!!」

続くヴァリヤーニも三振に切ってとられ、あっという間に2アウトランナー無し。
ここで迎えるは、まさかの5打席連続ホームランを記録している四番・黒い男。
一旦タイムを取って、信長はマウンドの明智の元へ向かう。

「コイツだけは本気で行けよ」
「……さすが信長様だ。先程の二人は手を抜いていたのを見抜かれるとは」
「なめるなよ。でだ、あの黒い男の本当の実力を確かめるためにも、本気で勝負しろ」
「まぁ、言われずとも全力投球で行きますよ。久しぶりに楽しい対決になりそうですし……」

そう言ってほくそ笑む明智。
そして信長が一塁に戻り、試合再開。

「……」

お互い無言でにらみ合う、明智に黒い男。
何とも言えない緊張感が立ち込める。

「……フン」

軽く鼻で笑い、明智は大きく振りかぶって第一球を投じた。

ズバァーン!!!

「ストライーク!!!」

外角でも内角でもなく、ど真ん中に決まる剛速球。

「あ、あんな球投げれたんだ、あの人……」

ショートの守備に着いている秀吉も、未だ見たことがないおぞましい球であった。

「こりゃ、あの黒い男もバットを振る暇すらなかったんだろうな」

だが、その割には一切表情を変えていない、左打席の男。
続けて2球目が低めにズバンと決まる。これに対しても身動き一つしない。

「……野郎」

その対応に不快感を覚える明智。
3球目は内角の際どいところへ、これまた全力で速球を投じてきた。

「ヌアッ!!」

グァキーン!!!


野太い絶叫と共に男が振りぬいたバットは、その球をものの見事にしばきあげ、

『行ったぁー!! 前代未聞、6打席連続ホームランだぁー!!!』

「……完敗だ」

マウンド上に崩れ落ちる明智、それを尻目に無表情でベースを一周する男。
チームの皆の出迎えに対しても、淡々とハイタッチをしていくだけだ。

「あの男……本物だ」

その後姿を見ながら、そう確証する信長。

「……負けてられんな、俺も」




その後、後続を3球でしとめる明智、9回裏の攻撃に突入する。
点差は9点、5番・蜂須賀からの攻撃である。

「まぁこれだけ点差が開いていれば、何とかなるでしょうねえー」

こうして投球を始めたマウンド上のオルガンティーノ。
が。ウォーリアーズ1軍の猛攻はすさまじい物があった。
長打短打本塁打、二線級の投球はいとも簡単に集中砲火を浴び、一気に6点が計上される。
2アウトランナー無し、迎える打者は、4番・信長。

「ヒィィ……、もう勘弁してくだせぇ……」

焦燥感たっぷりのオルガンティーノ。
だが、替えの投手がいないが為に未だにマウンドを降ろさせてもらえない。

「心配するな、1球で終わらせてやる」

そして投じられたへなちょこな直球、当然それを見す見す見逃す信長ではない。

「そこの黒いの、これが本物のホームランってもんだぁー!!!」

ガキィィィィーン!!!
バキャーン!!


その打球は安土ドームの天井を突き破り、遥か彼方へと消えていった。

「……」

センターの守備に着いていた黒い男もさすがにこれには驚きを隠せず、天井に空いたドス穴をただただ見上げていた。
信長ホームイン、12−10。点差はわずか2点のところまでやってきていた。




しかし、どんな嵐もいつかは収まる物。
一巡してきた蜂須賀が打ち損じのショートゴロに倒れ、そのままゲームセットを迎えたのであった。

「ハァ……ハァ……」

マウンド上ですっかりバテてしまっているオルガンティーノ。
一方の信長は「負けはしたが、まぁこんなもんだろう」と一応納得の表情を見せていた。








「よぉ」
「……」

試合後、一人グラウンドに佇んでいた黒い男に話しかける信長。

「素晴らしい打撃だったな。感服した」
「……」
「と言っても日本語分からんのだったな。フロイスから聞いたぞ、お前、奴隷なんだってな」
「……」
「お前のような逸材をそんな処遇で腐らせておくのは勿体無さ過ぎる。と言うわけで俺がお前を引き取る事にした」
「……」

相変わらず無言な奴隷の男。
そんな男の方を抱く信長。もうお前は心配する事など何も無いと伝えたくて。

「……まぁ、日本語も教え込んでいかねばなるまいな。だがその前に名前だ。名前をつけてやろう」
「……?」
「んー、黒介、黒山、クロマティ……、よし決めた、今日からお前は弥助だ!!」

「ど、どこから来たんですかその名前!?」

半歩下がったところから見守っていた秀吉が思わず突っ込みを入れる。

「何だ、悪い名前でもないだろう弥助って」
「そ、そうですが先程のクロマティって……」

「……ぇ」
「ん、何?」
「……ヤスケ」
「そう! お前は弥助だ!! 弥助!!」

そう弥助弥助と連呼しながら弥助の方を揺さぶる。
それに答えて、己の名を叫ぶヤスケ。

「弥助、弥助!!」
「ヤスケ、ヤスーケ!!」

「……何だろうな、この光景」

傍から見れば異様な光景だったが、どこと無く微笑ましくも感じる秀吉であった。










あとがき


どもども、すっかり月1更新ペースになってる舞軌内でございます〜
信長の野球、第八話。今回もムチャクチャな話になっております。
冒頭の信忠のセリフは、某携帯電話のCMのパロディです。
つか高校時代はまだ携帯持ってなかったぞ俺。まぁどうでもいい話ですけど。
んで安土城をドームにしてみたり。とりあえず東京ドームを想像してもらったらいいです。
更にイエスズ会の皆様と戦わせてみたり、黒人奴隷を引き取ってみたり。
いや、実際に信長は黒人奴隷を引き取ってるんですよね。名前も弥助と名付けて。
ただまぁ当然のことながら、野球はさせてませんけど。

次回更新は……どうしようかねぇ。
とりあえず紀州・雑賀党との争いを予定しております。
まぁまた一月くらい更新が空くと思われますが、ごゆるりとお待ち頂けたらこれ幸いです。
ではではまた〜