「くぅー、いい天気だなぁー」

青空の下、いつものユニフォーム姿ではなく、楽な袴姿で身体を伸ばす羽柴秀吉。
この日、織田ウォーリアーズは随分と久しぶりの練習休み。
皆思い思いの休日の過ごし方を送る中、秀吉は城内散策で時を過ごしていた。

「いつもは辛いだけのこの外周コースも、こうしてのんびりと歩いてみるといいもんだなぁ」

やはり走るのと歩くのとでは、見えてくる景色も全く異なる。
今までは気が付かなかった、庭木の緑に心が癒されていく気分を秀吉は感じていた。

「しかし、練習熱心な人らもいるんだなぁー」

秀吉の視線の先には、休日にも関わらずユニフォーム姿でキャッチボールを行う者たちの姿が。
まぁ、好きでやっている人たちなのかもしれないが。


「ん……あれは」

そんな中、秀吉はやや離れたところに見知った顔を見つけ、小走りで駆け寄っていった。

「んー、何やってますの滝川さん」
「お、秀吉か。ちと鉄砲の調整をしてたところだ」

庭の片隅にて火縄銃を弄くるこの男は、滝川一益。
織田家家臣の中でも、その鉄砲捌きにはなかなかの定評がある男である。

「へぇー、こうやって手入れするもんなんですねぇー。全く知らなかった」
「それはマズイだろ。武士たる者、武器の手入れの方法ぐらいしっかり把握しておかないと」
「それはそうですけど、鉄砲なんか実際に使う機会がなくて……」
「……まぁ、今や刀ですら、ろくに使われて無い状況だがな」

実戦で今二人が腰に差している刀が抜かれる事は、もう久しくなかった。
代わりに構えるは、木製のバット。

「まぁ、鉄砲の手入れも必要だけど、それ以上にこうしてたまには撃っておかないと、俺自身の鉄砲の腕も落ちてしまうからな」

そう言って、スッと鉄砲を構える滝川。 人の姿が無い遥か遠くの茂みに銃口を向ける。

バァーン!!!

バタバタバタバタ……
突然の銃声に驚いたのか、茂みの奥から鳥達が一斉に飛び立っていった。

「あのぉー、俺にもちょっと撃たせてくれませんかね?」
「ん? 秀吉が?」
「お恥ずかしながらまだ一度も鉄砲扱った経験が無い物で……、一回くらいは触っておきたいなぁーって思って」
「ふむ。なら手取り足取り教えてあげようかね」
「おぉっ! これまた心強い。是非お願いします〜」

滝川から鉄砲を手渡される秀吉。

「おっと。結構重いっすねー」
「構えるだけでもそれなりに筋力が必要だな」
「へぇー、なるほど〜」

「ふむふむ。ならば筋力増強の特訓として取り入れてみるのも一つの手かもな」

「「!!?」」

突然背後から反応が返ってきて思わず直立する2人。
何故ならその声の主は……

「ふむ、確かにずっしりくるな」

織田信長。
何の躊躇も無く秀吉から鉄砲を奪い取り、軽く構えてみたりしている。

「あ、あの……信長様、今からちょっとそれ撃とうかと思ってたんですが……」
「黙れエテ公。俺が先だ」
「え、えぇ!? し、しかし……」
「なーんだその反応、的になりてぇのか?」
「いえいえいえ、どうぞどうぞお先にバーンとブチかまして下さいませ!!」

半ば、いや完全に恫喝する形で、鉄砲を奪い取られた秀吉は大人しく一歩下がる。
滝川も何とも困った表情で信長に話しかけた。

「と……殿は鉄砲の扱い方ご存知ですよね?」
「フン、当たり前だ。だが現物を触るのは、子供の頃以来だな」
「そ、そうなんですか?」
「あぁ。元服の頃にはもう野球の虜になっていて、それ以降、刀とバット以外のものを握った記憶が無いな」
「……」

言いたい事は山ほどある滝川だったが、言えばくるっと回って銃口をこちらに向けられる事は必至なので沈黙。

「……と、とりあえずそこの茂みでも狙ってみてはいかがでしょう?」
「ん、だな。よし、それではこうして……」


ヒューン


「あ、危なぁーい!!!」

茂みに向かい銃を構えた信長の元へ、一個の野球ボールが飛んでくる。
先程秀吉が見たユニフォーム姿の男が、つい失投してしまったボールのようだ。

「!?」

ガバッと勢いよく振り返る信長だったが、ボールはもう一直線に信長目掛けて加速していた。

「信長様っ!!」

慌てて秀吉が飛び出そうとするが、もう絶対に間に合わない。
誰もが覚悟を決めた次の瞬間。


カキィーン!!!

鋭い金属音と共に、白球は遥か彼方へと放物線を描いて飛んでいった。
その起点には、鉄砲をバットの様に両手で構えた信長。
銃身にはボッコリと凹みが付いてしまっている。

「お、俺の鉄砲がぁー!!」
「……これは」

滝川の絶叫などどこ吹く風、信長は深い感動に打ち震えていた。
未だその両手には、先程の衝撃がじんじんと残っている。

「この感覚……この飛距離……、これこそ俺の探し求めていた物だ……」

これが、信長と鉄砲の運命的な再会であった。








〜信長の野球・7〜

打って撃たれて長篠旅情








ブンッ、ブンッ!!

「はーい、もっと腰を入れてぇ!!」

岐阜城外邸に信長の大声が響く。
休日明けのこの日、信長は練習開始前、全野手に鉄砲を一丁ずつ配布した。
『とうとう野球を捨てて本当の戦に切り替えるのか!?』と一部家臣からは淡い期待も抱かれたがそんなわけは無く。
主君が命じたのは、この鉄砲をバットに見立てて素振りを行えとのことであった。

ブンッ、ブンッ!!br>
「ハハハッ、くれぐれもぶっ放すなよー」

そう笑いながら練習を見てまわる信長。
最初こそ落胆者も出たものの、この目新しい練習はバットだけを振ることに飽きた皆に、概ね好意的に受け取られた。
だがその一方。

「くぅぅ……、鉄砲はこんな使い方をされるために伝来したわけじゃないのにぃ……」
「ま、まぁまぁ。気持ちは分かるから……」

秀吉の隣にて、涙をこらえながら鉄砲素振りを続ける滝川。
今はまだ素振りだけだからいいものの、この後実際の打撃練習に鉄砲が導入された時の彼の絶望っぷりは筆舌に尽くしがたい物があったと言う。


「の、信長様ァー!! 一大事にございますー!!」
「ん?」

とそこに、城から伝令が全速力で走ってきた。

「どうした、そんなに急いで」
「ハァ……ハァ……、い、いえ、つい先程家康殿からの連絡が入りまして」
「家康?」
「はい、た、武田の軍勢に攻め込まれている、大至急救援を願いたいとのことです」
「……動いてきたか、武田のせがれ」

信玄の死後、武田軍を率いているのは彼の息子・勝頼。
織田とはしばらくにらみ合いの状況が続いていたものの、ついに耐え切れなくなったか、先に動いてきたのは武田の方であった。

「家康の軍勢だけでは前と同じように大敗するのは目に見えてるな……、動くか」
「え?」

「テメェら集まりやがれぇ!!!」

グラウンドにいる全選手に招集をかける。

「ど、どうなされたのですか信長様」
「どうもこうもねぇ、今すぐ出陣の準備だ!! 武田のクソガキをぶっ潰しに行くぞ!!!」








「……ふむ、やはり動いてきたか、信長」

三河・長篠城前に陣を張る武田軍。
総大将・武田勝頼は、伝令からもたらされた信長出陣の情報にさして驚きは示さない。

「と言いますと、これも予想済みのことですか」
「あぁ。むしろそれを望んでこちらからわざわざ手を打ったのだ」

隣の家臣・山県昌景の質問にそう答える。

「し、しかし相手は信長、もう少し様子を見てから動いた方がよろしかったのでは……」
「フン、どの道いつかは戦わねばならぬ相手。向こうがどんな強打者か知らんが、この俺の剛速球であっさり料理してくれるわ!」
「……日に日に御父上に似て来てらっしゃいますね。いやいや頼もしい」

遠く尾張の方を鋭い目つきで見つめる勝頼の横顔に、今は亡き信玄の面影を山県は感じ取っていた。




一方その頃。

「いやいや、遠路はるばる信長殿ご自身に来ていただけるとは。誠にありがとうございます」
「なに、同盟者の危機だ。助けてやらんわけにはいかんだろう。それにお主は以前、敗北経験もあろうしな」
「ハハハ……、何とも情けない姿を晒してしまったようで……」

長篠城から幾分か離れた家康の居城・岡崎城に到着した信長の軍勢。
さっそく家康本人から、事の次第を説明される。

「とりあえず今の所、城主の奥平信昌らが迎撃準備を整えているものの、なかなか向こうが動いて来ないのです。まるで、何かを待っているかのような……」
「ほぉー、そんなに俺と会うのが待ち遠しいのか、勝頼め。フフフ、おもしろい……」
「それはそうと……、織田家の皆が持っているのは鉄砲ですよね?」
「ん? あぁその通り。鉄砲だ」
「そ、そうですか……」

鉄砲を配られた織田の家臣たち同様に、とうとう野球ではない普通の戦になるのかと勘違いする家康。
しかしその使い道がバット代わりであることを知らされると、『あぁやっぱりこの人は変わんないな』と心のどこかでホッとしている家康もいた。

「ちゃんと家康殿の分も用意してるからな。飛距離が出るぞ、コレ」
「ハ、ハハハ」
「……では、早速相手しに行ってやりますかね」








『ついにこの時がやってまいりました!! 東西二大雄がその全てを懸ける世紀の大決戦!!
 武田勝頼率いるチーム風林火山 VS 織田信長率いる織田ウォーリアーズfeat.徳川フェニックス
 ここ長篠城前・設楽原総合球技場にて、間もなく運命のプレイボールです!!


「……今日はやけに気合入ってますね、実況の人」
「もうどうでもいいよ、鉄砲がバットに使われるんだし」

本日はいつものぼやき相手である柴田勝家が遠征不参加の為、秀吉は相変わらず鉄砲バットに不満たらたらな滝川に対してぼやいていた。

「しかもまたfeat.だし……」
「もうどうでもいいよ、鉄砲がバットに使われるんだし」
「……さっきからそればっかですな。いや、でも向こうさんが鉄砲使用を認めなかったら普通のバットでやるんじゃないすか?」
「お、そうだったか!!」
「ほら、今ホーム付近で審判交えて話し合ってますし」

二人の視線の先には、両軍の総大将の姿が。

「別にこれを武器として使用する気はさらさら無いからな。どうだ、使用していいか?」
「ふーん、また妙な物に目をつけましたなアンタ。まぁいいよ、この俺の剛速球で皆の鉄砲根こそぎ凹ましてくれるわ」
「ハン、んなこた実際にやってみてからほざけ」
「望むところだ!!」

「……認められちゃいましたな」
「もうどうでもいいよ、鉄砲がバットに使われるんだし」
「……」


一方の武田ベンチ。

「鉄砲? 何でそんなもの認めてきたんですか、勝頼様」
「信長のことだから、何か策あってのことですよ絶対」

話し合いから戻ってきた勝頼は、山県に同じく家臣の馬場信春から鉄砲使用許可に対して不満を漏らされていた。
だが、勝頼はあくまでも強気な姿勢を崩さない。

「なーに問題無いさ、全部の鉄砲ポッキリへし折ってくれるわ。それに織田の登録メンバーを見た所、どうもエースの明智光秀とか言う奴は来てないみたいでな。ま、このくらいハンデ与えてやってもいいんでないの?」
「ハ、ハンデってそんな!」
「いやいや、そのくらい与えてやらないと面白くないでしょ? 何せうちの攻撃陣は高機動力に高破壊力を兼ね備えた、別名『百万馬力の騎馬部隊打線』なんだから」
「ま、まぁそれはそうですけど……」
「心配するなって、投げる方もガッツリ抑えてやるからな。ささ、先攻はこちらだから早く準備を」
「はぁ……」

それでも一抹の不安感を隠せない武田ナインであった。




一回表、チーム風林火山の攻撃、打席に一番・小幡信貞が入る。
対する信長・家康連合のマウンドに登るは、徳川フェニックスの本多忠勝。

「つか、ほとんどが徳川のメンバーですね」

秀吉の言うとおり、守備に散っている面々のほとんどが、徳川フェニックスの選手である。

「まぁとりあえず序盤は様子を見ると言うことでな。5回くらいからはこちらからも出て行くさ」

同じくベンチスタートの信長が笑って答える。

「まぁ、最初は自分らだけでやらせてくれって家康が言ったんだけどな」
「え、そうなんですか?」
「三方ヶ原のリベンジがしたいとのこと。いいねぇその男意気」
「リ、リベンジ……」

マスクを被って本多の投球練習の球を受けている家康。
あの人もすっかり野球漬けになっちまってんだなぁーとしみじみ感じる秀吉であった。


『プレイボール!!』

審判の絶叫と共に始まった試合。
だが、最初の一球から武田は全く容赦が無かった。

カキィーン!!

本多の投じた初球を軽く振りぬき、センター前ヒットを放つ小幡。
続く2番・馬場は送りバントを決め、早くもランナーは得点圏に。
ここで力んだ本多は、3番・山県にストレートの四球を与えて、1アウトランナー1、2塁。
そして迎える風林火山の四番は……

「よし来やがれコノヤロォー!!!」

バットをぐるんぐるん回しながら、武田勝頼が右の打席に入った。

「あの野郎、確か投手だよな。フン、自ら出張りやがって」
「エースで四番って感覚ですかね。ハハハ、それこそリトルリーグですね〜」
「エテ公にしてはうまいこと言うな。まーたリトルリーガーを相手にしなければならんのか、ハハハハ!!」

爆笑に包まれる信長ベンチ。
だが、勝頼が本当にリトルリーガーだったらどれほど良かった事か……

グァキィーン!!!

『やりました、武田勝頼、見事な3ランホームラン!!  チーム風林火山、幸先よく3点先行です!!』

「……」
「……う、打っちゃいましたね」
「あの打撃……親父の能力をしっかり受け継いでやがる……」

チーム風林火山、なめてかかっては確実にこちらが潰される……
ベンチ内にごくりと信長がつばを飲む音が大きく響き渡った気がした。
その後本多は、出鼻をくじかれたもののあの一発が目覚まし代わりになったか、一応後続を抑えて失点は3点で食い止めた。


そして迎える織田・徳川連合の攻撃。
打席に入る1番・鳥居元忠の手に握られるはバットではなく、細長い鉄砲。

「本当に鉄砲持ってきやがったな、あいつら」

マウンドからその見ようによっては異様な光景を見下ろす、エースで四番の勝頼。
素振りをする鳥居は、明らかに扱い慣れていないと言う様子。
フラフラしながら鉄砲を振る様は、味方ベンチから見ていてもヒヤヒヤするものであった。

「ぬぅ……、慣れてない徳川の面々には普通にバットを使わせた方が良かったか」

だが時既に遅し、登録ルールで織田側は全員鉄砲使用と相成っていた。
こんな状態でヒットなど打てるわけも無く、

「ストライーク!! バッターアウト!!」

徳川輩出の1、2番は鉄砲の扱いに戸惑い、さっくりと三振に切ってとられた。

「……マズイな」
「い、いや、続く3番はうちから出てる丹羽さんじゃないですか。丹羽さんなら鉄砲バットの練習も十分積んできてるし、な、何とかなると思いますよ」
「そんな事は分かっておるわ、エテ公。問題はそんな所ではない……」

打席に入る丹羽長秀は、秀吉の言うとおり、いやと言うほどに鉄砲練習をさせられてきているので、素振りもしっかりと様になっている。
しかし信長がマズイと呟く根拠はそこではなく、勝頼の投球にあった。

「素人の目には、単に徳川の人間が鉄砲の扱いに慣れてないからくるくる回っているように見えるだろう。事実、回された本人達もそう思っていることよ」
「え?」
「確かにその要因も大きいが、それでも歴戦を勝ち抜いてきている兵ども。ただの不慣れだけであそこまでバッタバッタと三振を取られると思うか?」
「い、いや、と言うことは……?」
「……武田勝頼は、こちらが思っていた以上に強大な敵だ」

と信長が言ってる側から、丹羽がフルカウントからのフォアボールで出塁。

「……いや、何かノーコンくさいんですけど」
「フン、甘いな。まぁ良い、次の家康との対決をしっかり見ておくがいい」
「はぁ」

4番・徳川家康が打席に入る。

「こないだの復讐、果たさせてもらうぞ!!」
「ほぉー、なかなか挑戦的だねぇ。ならばこちらも本気で応えてやらんとな」

そして大きく振りかぶって投じた勝頼の第一球はそのままど真ん中に、
ズバァーン!!!

「……」
「ほーらどうした、ど真ん中よ? バットすら出す暇が無かった?」
「そ、そんな訳がっ! それにこれバットじゃないし!!」

明らかに狼狽の色を隠せない家康。
勝頼の球は、素人目に見てもその球威に限って言えば、今まで対戦してきた投手の中では最強の部類に入るだろう。
本日は同行してない織田のエース・明智光秀と比較しても、圧倒的に勝頼の方が球が重いと思われる。
ただ彼の場合、どうやら制球力が今ひとつでボール球が先攻しがち、そのため先程のような不用意な四球を与えてしまう事もあり。
だが球威が凄まじい分、そのノーコンっぷりは荒れ球として認識され、打つ方にとっては下手な変化球を投げられるよりよっぽど厄介な様子である。

ブルンッ!!!
ズバァーン!!!

「ストライーック!!!」

勝頼の投じた第五球は内角高めに鋭く食い込み、思わず家康は手を出して三振。
1回が終わって3−0。チーム風林火山が早くもリードを奪っている。

「……エテ公、準備しとけ。近いうちに本格的に出るぞ」
「え、あ、ハイッ」






試合は3回を終わった時点で7−0
チーム風林火山は、その後内藤昌豊のタイムリーなどで着実に点を重ねていく。
対する家康打線はと言うと、不慣れな鉄砲と豪腕勝頼にてんてこ舞い。
三振と凡打の山がうず高く築かれていった。

4回に入った時点で、その時信長が動いた。
まず、4回表に投手を今回明智の代わりに同行しているエース二番手・佐久間信盛にスイッチ。
佐久間はその期待に答え、先程と比べ幾段まともな攻めの投球を披露。
武田打線はこの急激な変化に戸惑った感もあり、初めて三者凡退に終わる。

その裏はウォーリアーズ、三番からの好打順。
しかし、今度は三振に切って取られる丹羽。
その代わりに四番家康がフォアボールを選び、1アウトランナー1塁。
とここで、おもむろに信長が立ち上がった。

「代打、俺」

どこぞの女房がドーベルマンな人が現役時代に言ったセリフと共に、打席に向かう信長。
その姿を見やり、怪しげな笑みを浮かべるのは勝頼。

「いよいよ直接対決ってわけか。フン、面白いじゃないの」
「覚悟しやがれ高校球児!! 格の違いを見せ付けてくれるわ!!」
「ハン、大言小言は実際に打ってからほざくんだな!!」

そして勝頼は足を高く上げ、第一球を投じた。

「ぬっ!?」

カキィーン!!
振り抜いた信長の鉄砲には確かに勝頼の球が直撃した。
だが打球は前方に飛ぶことなく、バックネットの向こうへファールフライとして飛んでいく。

「クッ……球が重い」
「ハハハッ、どんどん行くぞ」

二球目、三球目とテンポよく投げ込んでくる勝頼。
しかし鉄砲には当たるものの、微妙にタイミングがずれてジャストミートしない。
そんなわけで信長はファールを連発、気が付けばフルカウントにまでもつれ込んでいた。

「さすがは織田信長、ここまで持ち堪えるとはな」
「畜生……、やはり細すぎるのか鉄砲では」
「だが、これで終わりだぁ!!」

迎えた第七球。
球筋は……ど真ん中。

「も、もらったぁ!!!」

ブルンッ!!
ズバァーン!!

「ストライーク!! バッターアウト!!」

勢い良く空を切った信長の鉄砲。
結局、銃身が細い鉄砲が災いして今度は当てる事すら出来なかった。

「ハーハッハッハ!! あの織田信長も大した事ねぇなぁ!!」
「……」

無言でベンチに引き上げていく信長の背中に、これでもかと言わんばかりに冷笑を浴びせる勝頼。
その信長の顔は、今までに見たことの無いような怒りに満ち満ちた表情であった。

「……覚えてやがれよ、クソガキがぁ」


しかし、まだ織田の攻撃は終了していない。
信長に続いて打席に入るのは、これまた代打で出された滝川一益。
だが彼は、未だに鉄砲をバット代わりに使うことを躊躇していた。

「あーあ、こんなに銃身ボコボコになっちまって……」

視線の先には、徳川の選手達が使ってきた鉄砲が。
勝頼の豪速球を喰らってか、あちこちにキズ・凹みが見られる。
俺の鉄砲はこんなにボコボコニしたくない。そう考えた滝川は、ある策を実行に移す事にした。

「さーて次の野郎は……ん?」

マウンドから打席を見下ろす勝頼は、滝川の奇妙な挙動に気が付いた。
その関心が向いているのは、彼の持つ鉄砲。

「……アイツ、鉄砲逆向きに持ってやがるぞ?」

滝川は勝頼の言う通り鉄砲を真逆に構え、銃口の方を握り締めている。
こうして比較的丈夫なグリップの方に打球が当たるようにすれば、銃身へのダメージが最小限に食い止められる。
そう考えた彼の苦肉の策であった。
当然、織田側ベンチから見ても、滝川の行動は奇妙なものに写っていた。

「……何考えてるんだろ、滝川さん」

秀吉をはじめ、そのほとんどが彼の行為に疑問を抱いていたが、信長の反応だけは異なっていた。

「……なるほど、そういう手があったか」

そうこうしている間に試合再開。
勝頼は早速第一球を滝川目掛けて投じてきた。

「でいやっ!!」

カキィーン!!

「な、なにぃ!?」

その初球をおもくそに叩く滝川の鉄砲、打球は左中間を破り転々と転がっていく。
武田側も完全に不意を突かれた形で外野の反応が遅れ、一塁走者家康は激走して本塁を駆け抜けた。
7−1、織田ウォーリアーズ、やっと1点を返す事に成功した。

「や、やったぞ滝川ぁ!!」

歓喜に沸き返る織田側ベンチ。
だがその歓喜もつかの間。続く代打・秀吉があっさりと三振に倒れ、この回の反撃は1点止まりに終わる。
そして一気に静まり返るベンチ。とここで信長が全選手を召集、ひとつの指令を発した。

「次の攻撃からは全員、鉄砲を滝川のように逆向きに持て」
「えっ?」

一様に驚きの表情を隠せないナイン。当の滝川自身も同様であった。

「い、いやいや、自分のタイムリーはまぐれなものですから、全員が同じことをしたと言って打てるとは考えにくいのですが……」
「いや、何の問題も無い。お前、自分では気付いていないようだが、あの打ち方こそが勝頼攻略のために必要なモノ」
「そ、そうなんですか?」
「あぁ。実際対戦してみて痛感した事だが、この鉄砲打撃は当たれば飛距離は出るものの、銃身が細いためにまず当てるのが一苦労。あえなくこの俺も三振に終わってしまった」
「はぁ……」
「だがこうして鉄砲を逆さに持つと、今まで握っていたグリップ部分がちょうど打球を捉える事になる。このグリップ部分は銃身と比べて若干太く出来ている為、球を当てるのもその分容易になるだろ」
「あっ!!」

一同、信長の説明に驚きの表情を示す。

「加えて勝頼は直球で押してくる投手だ。基本的に球筋が変化する事も少なく、当てるだけのヒットを放つ事は割と容易なハズ」
「短打を打ちまくって集中砲火を浴びせろってことですね!!」
「あぁ。あの細い銃身で十分に打撃訓練を積んで来た貴様らなら出来て当たり前のこと、怒涛の逆転劇を見せ付けてやるぞ!!」
「「「うぉぉぉぉぉぉ!!!」」」




この信長の策は、見事に的中する事となる。
その後、見違えるようにヒットが飛び出すようになる信長打線。
長打こそ出ないものの、じりじりと勝頼を追い詰めていく。
一方の守りはと言うと、二番手・佐久間が何とか豪打の武田打線の攻撃を最小限に食い止める働き。
諸々の事情で話は一気に飛ぶが、9回表を終わって10−8
両者の点差は2点にまで縮まっていた。

「……しかし降りませんね、あいつも」

最終回のマウンドに登る勝頼を見て、秀吉がつぶやいた。
しかし信長は、素直に勝頼の強さを認める発言。

「いや。でもこれだけ打たれていてもその球威に全く衰えを感じない分、やはりアイツは相当な投手だと思う」
「確かに……」


試合の方はと言うと、1アウト1塁。
ここで迎えるは、ここまでノーヒットの四番家康。
打席に向かう家康を、五番の信長が引き止める。

「ここは堅実に送りバントだ」
「え、えぇ!?」
「勝つためには手段など選べん。ここまでお主は全くいい所が無い訳だから、ここで打ちに行くよりは確実にランナーを進ませて俺に繋ぐべきだ」
「そ、そう言いましても……」
「今日は俺、三振にヒット・ヒットと微妙な活躍しかしていない訳だ。ここで一発同点に追いつくような事になれば、一躍俺がヒーローになれる。その機会を譲れと言ってるんだ」
「んな無茶苦茶な……」
「無茶苦茶でも何でもない、これは戦略だ!! 分かりましたな?」
「……」

無言で打席に向かう家康。
その後姿を見つめながら、信長は小さく呟いた。

「……奮起してくれよ、家康」


打席に入った家康は、早速送りバントの構えを見せる。
それを見て爆笑するのは、マウンド上の勝頼。

「ギャハハハ!! 四番がバント? つくづく情けないな貴様は」
「……」
「ぬふふー、反論すらできずか。まぁいいや、でもそう簡単にランナー進ませてたまるかよ!!」

そう言って外角低めに直球を投げ込んでくる。
それを確認した瞬間、家康はバントの姿勢を崩し、しっかり銃身を握り、渾身の力でその打球を振り抜いた。

「いつまでも脇役で収まる家康だと思うなよぉー!!!」

グァキーン!!!

強烈な金属音と共に、大きな放物線を描いて飛んでいく白球。
外野手は既に追うことを諦めている。同点2ランホームランである。

「や、やったぁー!!!」

歓喜に沸く織田側ベンチ。
マウンドに崩れ落ちる勝頼を尻目に本塁に戻ってきた家康も、早速その輪の中に加わろうと駆け出そうとする。
だが、そんな彼の目にまず飛び込んできたのは、バントを指示した信長の姿。

「あ……、申し訳ありませんっ!!」

真っ先に信長の元に駆け寄り、頭を下げる家康。
だが、頭を上げるとそこにいた信長の表情は……とてもにこやかなものであった。

「いや、ちょっとした博打だったんだが。変に発破かけて逆に悪かったな」
「じゃあ……最初から私がバント指示に従わないことを見越して……?」
「ハハハハハハ」

……やっぱりまだこの男には適いそうに無いな。
家康はその笑顔を見て心底そう思ったのであった。


「だが、ヒーローの座は俺が頂くぞ」
「え?」

そう一言呟き、打席に向かう信長。
マウンド上は未だに勝頼。これだけ打ち込まれても、大将としてのプライドが降板する事を認めないのであろう。
だが、もう精神的・肉体的にも来るところまで来ているのが現状。

「く、喰らいやがれぇ!!!」

その絶叫とは裏腹に、フラフラとした球がミットに吸い込まれるように飛んでくるだけ。
そんなへなちょこボールを信長に向かって投げつけたらどうなるか、そんなことは火を見るより明らかで。

『い、行ったぁー!! 信長、超特大のサヨナラホームラン!!
 織田ウォーリアーズ、劇的な勝利を収めました!!!』








その後、歓喜に沸く織田軍の隙をつき、ボロボロになった勝頼軍は敗走。
大将の首こそ討ち取り損ねたものの、この試合が武田に壊滅的な打撃を与えた事は紛れも無い事実。
これにより、信長の有力武将としての名声は更に揺ぎ無いものと化していった。

「これでもう信長様に並ぶ武将と言えば、北の上杉に西の毛利くらいなものですよね」
「フン、そんな武将としての名声なんざ別に欲しくも無いわ、エテ公」
「……と言うことはやはり」

「目指すは只一つ、天下統一に決まってるだろ?」

信長の野球は、まだまだ続く。










あとがき


どもども、舞軌内でございます〜
信長の野球、第七話をお送りしました。相変わらずの遅筆でございまして。
今回は長篠合戦、VS武田、鉄砲バンバンな相変わらず無茶苦茶なお話。
まぁ鉄砲を金属バットの変わりに使用させちゃってますが。
ちなみに最近じゃこの長篠合戦における鉄砲の使用のされ方について、異論反論が様々出ている様ですが。
とりあえずこのバカ話においては、そんな諸説は関係ないんですけどね。

さてさて次回は、幻の巨城・安土城にまつわるエピソードをお送りしようと思っております
まぁ相変わらず次の投稿がいつになるかは全く未定ではございますが。
とりあえずその時はまたよろしくお願いします〜
ではではまた〜