「……」

二条城天守にて腕を組んで難しい顔をしているは、足利義昭・15代将軍である。
家臣・細川藤孝が何かと思い問い尋ねてくる。

「どうなされましたか、義昭様」
「あぁ、ちと考え事をな。……細川よ、ソチは余を将軍だと思っているよな?」
「な、何をいきなりおっしゃられるかと思えば。そんな当たり前ではないですか」
「そう、当たり前、余は足利幕府第15代将軍……」

そして再び黙り込む義昭。

「だいたい義昭様が言いたい事は想像がつきますよ。信長殿のことでしょう」
「……その通りだな。あやつは余を将軍扱いしないし、それ以上に何かと世のやる事成す事に難癖つけてきやがる」
「こういう言い方するのもマズイかとは思いますが……傀儡と化していますのでは」
「まぁ、今現在余が将軍でいられるのもあの男のおかげなので、そう大っぴらに文句は言えないのだがなぁ……」

加えて言えば、今義昭達がいるこの二条城も信長の力添えで建てられた物だ。
それに義昭自身、それなりに恩義も感じている面もあったりする。

「……ただね、これは無いと思うのよ」

そう呟いた義昭の眼前に広がるは、大広間の畳の上に転がる夥しい数の皿・器・食べ残し飲み残し。
つい先程まで、ここにて信長が近郊の大名たちを一同に集めて大宴会を催していたところであった。

「これ、片付けるほうの立場にもなってみろ……」




その頃、事の張本人・織田信長はと言うと……

「♪勝利をこの手にぃー、織田ウォーリアーズ」

大宴会の帰り道、京都から岐阜へと戻っているのかと思いきや、彼らの向かっている先は越前国であった。

「打ってー打ってー打ちまくれぇー!!」
「……完全に出来上がっておりますね、信長様」
「なんだとぉーエテ公、貴様は酔ってないと言うのかぁー」
「いや、まぁ少しは酔ってますけど……」

隣を行く羽柴秀吉(思い切って改名してみたが相変わらず信長からはエテ公呼ばわり)も、若干ながら顔が赤い。

「……しかし本気で攻め込むんですか?」
「当たり前に決まってんだろ、俺の酒を断ったヤロォは女子供お構いなく斬って斬って斬りまくってやるまでよ!!」
「いや、子供に酒は飲まさない方が……」

信長一行は越前の朝倉義景を討ち取るべく、ほろ酔い状態で進軍を続けていた。
討伐理由は単純明快。二条城での信長主催の飲み会を誘ったのに拒否したから。
なんとも恐ろしい理由で攻撃される事になってしまった朝倉である。

「別に俺一人がどうのこうのって訳じゃないぞ、こうやってお公家さんがたもご立腹なのよ」
「うむ、朝廷側の誘いでもあるのにそれを断るなど言語道断!!」
「そーだそーだー」

信長の隣でこれまた酔っ払った状態で語る2人の男。
公家側代表として飲み会に参加した飛鳥井雅敦・日野輝資のご両人である。

「ほーらこうして立派な大義名分もあることだし、サクッとやっちまうまでよ」
「……いや、何か突っ込む気力も無いのでもういいです」
「ハハハハ、よーし、テメェら朝倉義景をぶち殺しに行くぞぉー!!」
「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉー!!!」」」

……これなら柴田さんとかと一緒に先に岐阜帰っとくんだったな、秀吉は軽く後悔していた。




「殿ぉー!!!」
「んあ?」

前方からものすごい勢いで馬を走らせてこちらへ向かってくる男が。
岐阜からとばして来た伝騎である。

「どうした、何かあったのか?」
「い、一大事にございまする!!近江の浅井長政殿が、朝倉側について交戦準備を整えているとのことです!!」
「……何だと」

信長の顔から、笑みが消えた。

「残念ながら確かな情報だと思われます……」
「まさか浅井殿が裏切るとは……」

浅井長政は、信長とは比較的良好な関係を築いている大名の一人であった。
信長の妹であるお市の方も浅井に嫁いでおり、裏切りなどは万に一つも考えた事がなかった。
それが今回、このような事態に……

「……くっ、いったん岐阜に引き返すぞ!!」
「え、えぇ!?な、何故急に!?」
「こんな酔いどれ軍団で朝倉単独ならまだしも、浅井まで敵に回してまず勝てると思うか?桶狭間の今川の如くなるに違いない」
「あぁ……確かに」

酔いどれチーム今川焼との試合が思い出される。

「と言うことで、一度戻って戦略を立て直す。戻れ戻れ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ信長さん、それじゃ僕ら公家の立場はどうなるわけよ?」
「知るかっ!!さっさと都でもどこでも帰りやがれクソボケどもがぁ!!!」
「「ヒ、ヒィ!!!」」

さっきまでとても仲良さ下に飲んでいた相手にクソボケ……、この人常人じゃねぇと思う秀吉であった。


「……なぁエテ公」
「は、はいっ!?」
「俺は、これは単なる始まりに過ぎんと思っている」
「始まり、ですか……?」
「あぁ。これからもっと、恐ろしい事になりそうな気がしてたまらんのだ、俺は……」
「恐ろしい事……」


時を同じくして二条城、北陸での動きを聞いた義昭。

「……やっと朝倉殿が立ち上がってくれたか。クフフ、これは面白い事になりそうだ」

これと正に同じ時、他にも数人の男達が同じようにほくそえんでいる事を、信長はまだ知らない……








〜信長の野球4〜

信長大包囲網・前編








「……ほぉ、新しい投手ですか」

岐阜城天守。
そこへ久々に姿を見せた徳川家康(旧姓:松平)は信長からの提案に少々面食らっていた。

「あぁ。北陸の情勢はご存知の事だと思うが、流石に織田だけでどうのこうのなる相手ではない。そこでうちの新しい投手と、家康殿で黄金バッテリーを組みたいと考えているのだが」
「いや……何とも急な話ですのでどう答えれば。それ以前にまずその受ける相手を知りませんし……」
「ふむ。よし明智、入れ」

信長に呼びかけられ、襖の向こうで待機していた明智光秀が入ってくる。

「明智光秀でございます」
「あ……あぁ、どうも」

ペコペコ頭を下げあう二人。 何と言うか、仲人信長でお見合いをしているかの如く。

「まぁ論より証拠と言うことで。二人とも表に出てもらえるか」
「はぁ……」


「そういや気になってたんですけど、浅井のところって信長様の妹さんが嫁いでいるんじゃなかったですっけ?」

岐阜城外庭、秀吉は隣で素振りを行っている丹羽長秀に尋ねてみた。

「んー、あぁそういえば。確か市とかいう娘だったような……」
「それなのに裏切りですか。んー」

そりゃ信長様の衝撃は大きかったんだろうなぁ……

「……と噂をすればご本人登場だ」

見ると、信長が家康と明智を引き連れて城から出てくるところだった。

「家康殿いらしてたんですなぁ」
「お、ミット手に取ったぞ」

そしてしゃがみ込む家康、少し離れた位置まで歩いてゆく明智。

「……何するつもりだ?」


そして明智は大きく振りかぶって……

ズバーン!!!

「どうだね、家康殿。うちの新戦力は」
「……堪んないですね」

ニヤリと笑う信長に家康。
それを眺める明智の口元にも、嫌らしい笑みが浮かべられていた。








所変わって朝倉義景の居城、一乗ヶ谷。
庭先では、白球がミットを叩く乾いた音が鳴り響いていた。

「よーし朝倉ー、もう一球ー」

ズバーン!!

「いいよいいよー」

そう言いながら朝倉の投じる球を受け続けるこの男、浅井長政。

「……少し休まないか」
「ん、あぁーそだな。休憩休憩ー」

左手にグラブをはめた朝倉義景が、浅井の元までやってくる。

「いやー、相変わらずいい球投げるな朝倉。ホント、義昭に付いて入京しとけばよかったものを」
「しょうがないだろ、かったるかったんだから」
「……お前、ホント色々と損してるからな」

一つため息をつく浅井。
そんな同盟者に朝倉は素朴な疑問をぶつける事にした。

「浅井、お前本当にいいのか?」
「何が?」
「信長にたてつく事になって。……嫁さん、奴の妹だろ?」

そう言って城を見上げる。
城内にはちょうど、浅井の妻であり信長の妹である市が訪れている。

「フン、戦国武将の妻たる者、親族を敵に回す事も覚悟の上のはず。お市もその辺理解しているさ」
「ならいいんだが……」
「男は野心を持ってこそ男、俺とお前で組めば、信長如き屁でも無いわ!!」
「……だな」

盛大に笑う浅井に、ほくそえむ朝倉。

「まぁいざとなれば、お前の豊富な交友関係を頼りにするまでのこと」
「人任せかよ」

浅井が朝倉と組んだのは、彼の実力を買って出たという事もあったが、その人脈も大きな要因となった。
現将軍・足利義昭とは信長以上の密接な関係を持ち、また比叡山や石山本願寺の坊主どもとも仲が深い。
そして何より大きいのが、義昭や坊主どもを介した先にある東国の巨人の存在である。

「今、単独で信長に対抗できる人間はあの男だけだろうな……」

武田信玄。
この男を味方にする事が出来るのであれば、それこそ信長如き屁だ。

「まぁ最初っから人を頼るな。一応こっちで出来る事はやっちまうから」
「だな。よし、そうと決まればもう少し投げ込みだぁ!!ささ、球持って」
「……かったる」

再びキャッチボールを始める浅井と朝倉。
そんな二人の様子を、市は城から複雑な眼差しで見つめていた。








その後戦力を整えた両勢力は、互いに進軍を開始。
信長勢は北、浅井・朝倉勢は南へ兵を進め、両者は浅井の居城・小谷城から少し離れた姉川の河川敷であいまみえる事となった。

「……浅井長政、貴様は信じておったのにまさかこんな事になるとはな」
「ふふん、この戦乱の世の中、信じられるのは己の力だけですよ、お義兄さん」
「だ、誰がお義兄さんじゃボケェ!!!」

信長を挑発し続ける浅井。一方朝倉はと言うと、

「久しぶりだな、明智」
「……ええ。お久しぶりですね」
「お前、義昭に着いていったんじゃなかったのかね?」
「まぁ、その辺はいろいろありましてね……」

「……朝倉・明智とは妙な組み合わせですね。柴田さん、何か知ってますか?」
「あぁーそう言えば明智の奴、昔朝倉家に仕えていたという話を聞いた事があるな。その関係だろうな」

秀吉の質問に答える柴田。
その間も、浅井と信長は挑発、と言うか口喧嘩し続けていた。

「とりあえず、お市は連れて帰るからな。裏切り者に旦那の資格など無い」
「ほぉー、尾張の剛勇と言われた織田信長でも、妹の話になるとやたら神経質になるんだねぇー」
「じゃ、じゃかましいわ!!兄が妹の心配をして何が悪い!!」
「あらら、開き直りましたか。だがね、お市はある意味人質のようなもの。そう易々と渡してたまるか」
「貴様ァ……」
「まぁ取り戻したければ力づくでやってみましょうや。どうせ未亡人になれば、嫁は実家に帰るわけだしねぇ」
「あぁ上等だ、お望みどおりぶち殺して野郎じゃないか浅井長政ァー!!!」

そして信長は、脇にさした刀ならぬ木製バットを引き抜いた。




『姉川河川敷グラウンド、本日はこちらから戦国野球、
 織田ウォーリアーズVS浅井・朝倉合併球団の試合の模様を実況生中継でお送りします』

……とまぁいつもの如くどこからともなく実況の人が沸いてきて、グラウンド整備が整う姉川河川敷。
そしてこれまた沸いてきた審判の掛け声で、両者の試合が始まった。

一回表、合併球団の攻撃。
マウンド上には明智光秀、それを受けるは徳川家康。

「ぬふふふ、これが我が織田ウォーリアーズの最強バッテリーよ」

一塁の守備につきながら、信長はほくそ笑んだ。
そんな主将の期待に応えるべく、朝倉は京都で見せたような投球を披露、1番2番をあっさり打ち取る。
しかし3番・大野木土佐守が意地のライト前ポテンヒットで2アウト1塁。
ここで迎える4番打者は……

「こないだの借り、返させてもらうぞい」

京都にて一度あいまみえた、六角承禎。
そんな交戦経験など露知らず、朝倉はベンチで浅井に質問を投げかける。

「しかし浅井、なぜ六角を引き抜いてきたんだ?」
「……お前ホントに京都に興味ないんだな。まぁ先の京都戦で、六角は一度あいつ等とやりあってるからな」
「経験を買って、か」
「あぁ。しかもアイツ、マウンドの明智からホームラン打ってるからな。期待できるぞ」

『ストライーク、バッターアウトッ!!』

「……どこが」

六角は見逃しの三振に終わっていた。

「六角殿ぉー、期待しておったのにぃー」
「いやいや、調子のよい時の明智は手が付けられん。正直」
「……何よその敗北宣言みたいなの」
「しかし浅井殿、案ずる無かれ。後半へばれば奴も只の凡愚投手。要はそれまでいかに守りきるかと言う事ですよ」
「ふむ。なら朝倉にかかってると言っても過言ではないな」

フハハハと笑いあう浅井と六角。
しかし当の朝倉はと言うと……

「……かったる」

随分と温度差があるようであった。




『一回裏・織田ウォーリアーズの攻撃。打席に一番・安藤守就が入ります』

「そして向こうさん、先発は朝倉か」

ベンチで信長が呟く。

「しかもキャッチャーは浅井と……大将同士のバッテリーか」
「豪華ですね」
「ハン、豪華だろうが実力が無ければ死あるのみのこの世界よ。奴らの死に様、しかと見届けとけエテ公」
「はぁ……」

そしてマウンド上の朝倉は大きく振りかぶって……

「ん、あのフォーム……?」

ズバーン!!

『ストライーク!!』

「……いや、恐ろしくいい球投げるじゃないですか、朝倉」
「それは認めざるを得んな……」
「でも朝倉の投げ方、どこかで見たことあるような……」
「明智の投球フォームと瓜二つだな」
「あぁ、確かに」

信長の言うとおり、朝倉の投げる姿は明智の投げる姿のそれと酷似していた。
そうこうしている間に、安藤は見逃し三振に切って取られている。

「明智よ、お前自身はどう思う、奴の投球フォーム?」
「朝倉殿のですか……似ているというか、あれが元祖ですからね」
「元祖?」
「ええ。以前私朝倉殿の下に仕えておりましたのですが、その際に氏の投球術を真似て身に着けたのが今の私です」
「なんと……」

明智の衝撃告白に動揺を隠せない信長。
打席は3番まで回っていた。

「お前の投球の元になったのがあいつと言うわけだから、あいつはお前より力は上と言う事か……」
「いや、まぁその辺の判断は当事者は出来ませんが……まぁ、難敵である事に変わりはありませんね」
「ぬぅ……」

そしていつの間にか一回裏の攻撃は終わっていた。




その後は両バッテリーが絶妙なテンポで、試合は完全に硬直状態に陥った。
連合側は1回同様明智の投球に手も足も出ないという状況。
一方織田も、頼みの綱である信長はいい当たりを飛ばすものの、その後が続かず無得点。
0−0のまま早くも試合は8回まで進んでいた。

『アウトー!』

8回表・連合の攻撃。
2アウトランナー無しで、打席に迎えるは4番・六角。

「そろそろ奴も疲れてきた頃だな」
「おぉ、なら一発デカイの頼むぞ六角!!」
「ういー」

「……マズイな、明智、スタミナが切れてる」
「確かに、球の切れが若干悪くなってる気がしますね……」

代走を出された柴田と、代打を出された秀吉が共にベンチにて戦況を見つめている。

「そして迎えるは被弾経験のある六角……、1点が重い展開だからな」
「抑えてくれぇー!!」

そんな秀吉の願いも空しく。

カキーン

『4番・六角のホームランにより浅井・朝倉連合軍、待望の先制点を獲得しました!!』

「「いやっほぉー!!!」」
「「あぁー」」


一気に盛り上がる連合ベンチ、一気に盛り下がる織田側ベンチ。

「チッ、投手交代!!」

一塁にいる信長の指示で、佐久間信盛が救援に挙がる。
そして後続を打ち取り、何とか最小失点で食い止める事が出来たのであった。

「……ふがいない」
「い、いやいや十分いい投球したって明智は」
「……」

秀吉の慰めの言葉にも、顔を上げることは無い明智。

「過程がどうであれ、結果が全ての世界だ。何を言っても仕方がない」
「の、信長様っ……」
「とにかく、残る2回で何としても点を取るんだ。分かったか貴様ら!!」
「「お、おぉー!!」」

信長に鼓舞されても、ベンチ内の盛り上がりは今ひとつ薄く感じられる。
しかし、家康は一人情熱の炎に燃えていた。

「明智よ……女房役としてお前の仇、きちんととってやるからな」




しかしここに来ても疲れを全く見せない朝倉の投球にまんまと踊らされる織田打線。
8回裏はランナーこそ出すものの、結局無得点に終わるのだった。
そして9回。佐久間も無難な投球を見せて連合側を無得点に抑え、1−0のまま場面は9回裏へ。
が、あっさりと二人倒れて2アウトまでやってくる。

「……これまでか」

信長ですら全てを諦めた、その時だった。

『デッドボール!!』

7番・丹羽が執念の死球で同点のランナーとして出塁した。
そして迎えるバッターは、8番・徳川家康。
ここまでヒットは出ていなかった。

「こいつを仕留めれば、ついに俺の天下が来る……、気合入れていくぞ朝倉ぁー!!」
「……今『俺の天下』って言ったよな、アイツ。共同戦線張ってるくせに……」

マウンド上で浅井に若干の不信感を抱いた朝倉であったが、今は目の前の打者に集中するのみ。
ボールを受け取り、一つ息を吐いた。

「……これで決めねば男が廃るっ!」

打席の家康も並々ならぬ心境で対峙する。
まさに男と男の意地のぶつかり合い。
そんな二人の対決は……一球で片が付いた。

『お、織田ウォーリアーズ、逆転サヨナラ2ランホームランですっ!!!』

「「や、やりやがったぁー!!!」」

一斉にグラウンドへ飛び出る織田の面々、そしてホームにて廻ってきた家康を揉みくちゃにした。

「ありがとう徳川さん!!これで俺達死なずにすんだよ!!」
「男だ、アンタ男だよぉー!!」

やたら生々しい感謝の言葉から、よく分からない褒め言葉など様々な形で祝福される家康。
そんな人だかりを抜け出すと、家康は真っ先に明智の元へと向かった。

「……仇はとったぞ、明智」
「……かたじけないっ!!」

ガッシリと硬い握手を交わすふたり。
周りからは自然と拍手が起きていた。




「……で、あいつら逃げていきますけどほっといていいんですか?」
「何ィ!?」

秀吉の言うとおり、浅井・朝倉は絶望に打ちひしがれている暇もなくさっさと引き上げていた。

「お、追わねばなりませんぞ殿っ!!」
「……まぁ焦るな柴田。ここは逃がしておいた方がこちらにとっても都合がいい」
「「えっ!?」」

意外な信長の一言に皆固まる。

「え、いや、普段ならこういう時は皆殺しじゃーって進んでいってませんでしたっけ」
「それが出来るのならそうするが、今はうちの軍も疲弊しきっているからな」
「ま、まぁ確かに……」
「それ以上に、あまり深追いしてこれ以上岐阜を空けておくのは好ましくない」
「……と言いますと?」
「南は伊勢の方で一向一揆が勢力を伸ばしている。はたまた東からは武田信玄がいつ動いてくるか分からない。北からの脅威はこれで一応押さえつけたわけで、ここは一度戻って安全策を取った方が懸命だと思うのだがな」
「なるほど……」

ついつい目の前の敵に対してしか視線が向かなくなってしまうものだが、現在信長が置かれている状況は実は厳しい。
西こそ幕府を抑えているから良いものを、南北それに東から圧力をかけられているのであった。

「と言うわけで我々も引き上げるぞ。さっさと片付けろ」
「は、はいっ」








その帰郷の道中、鬱蒼とした山道を行く時の事であった。

「へぶし」
「!?」

信長の隊列の先頭を行く男が突如落馬する。
それに引き続くように、バッタバッタと男どもがぶっ倒れていく。まるで矢でも射られたかのように。

「敵襲か!?」

しかし倒れた男のすぐ側には矢ではなく、白球が転がっていた。

「フフフフフフ……」
「何だ!?」

薄気味悪い笑い声と共に、信長の目の前へ脇の林から坊主の一団が現れた。

「何奴っ!?」
「……我が名は顕如。本願寺の長である」
「ほ、本願寺だと……!?」

本願寺は大坂は石山に本拠を構える、浄土真宗の最大拠点だ。
その力は只の寺であることを遥かに凌駕し、そこいらの戦国大名など屁でもない様な強大な軍事力・資金等を持ち合わせている巨大勢力である。

「そのお頭・顕如が一体何の用だ……」
「フフフ、まぁ今後敵となる男の顔を拝みに来ただけの事よ」
「敵、だと?」
「……私の長男の嫁が、先ほど貴様が蹴散らした朝倉の娘でな。ここは親族のよしみと言うことで、一つ仇でも取ってやろうかと思ってな」
「くっ……」

咄嗟に連れの僧兵らが前に出ようとするが、顕如がそれを制する。

「言っただろ、あくまで今日は宣戦布告しに来ただけだと」
「ハッ」
「……と言うわけだ。織田信長、貴様を今この瞬間から我ら一向宗の仏敵として認定しようぞ」

「コイツ、言わせておけば……!!」

こちらも柴田らが前に出ようとするが、同じく信長が制する。

「と、殿……?」
「クフフフフ、面白い、乗ってやろうじゃないの」

高笑いの信長。

「仏を敵に回す……何とも刺激的じゃないの。その戦、受けて立つぞクソ坊主ども!!」
「……腹立たしいほど勇ましい男だな貴様は。また、近いうちに逢いまみえる事を楽しみにしているぞ」

そう述べて、顕如ご一行は再び林の中へと消えて行った。


「……あんな無茶言って、本当によろしいのですか信長様?」
「エテ公、貴様今無茶だとかほざいたな」
「えっ」
「歯向かう者は潰すまで、それが俺のやり方だ。天下取りの邪魔となる者は、誰だろうと同じ、いてかますのみ!!」
「い、いてかます……」
「クフフフフ、ホント、面白くなってきたな……」








一方、姉川から敗走中の浅井・朝倉陣営。

「チッ、あそこで何でど真ん中に投げるかなぁ」
「……それについてはさっきから悪かったと言っておるだろう」
「別に怒ってるとかそう言うんじゃないけどな」
「ならそういう風にネチネチ言うなよ」

先の試合から若干不和な状態が続いている浅井と朝倉。
だが今は信長勢が追って来ているものと思い込んでおり、逃げる事に専念しなければならない。

「とりあえず状態を立て直して、もう一度やってやる。次は勝てる!」
「……まだやるのかよ」
「天下の為だ、こんな一回の敗戦ごときで怯んでたまるか」
「……己一人の天下の為にか」

朝倉の方は半分戦意を喪失している状態であったが。

「……それはそうと朝倉、これどこに向かってるんだ?小谷でも一乗ヶ谷でもないだろ、こっち」
「そんな所よりもっと安全なところに逃げ込んだ方が良いだろう」
「安全な場所?」
「あぁ、例え信長であろうとよほどの事がない限り手出しが出来ぬ場所……」




「何、比叡山に逃げ込んだだと?」

帰ってきました岐阜城天守。
そこにて信長は、連合軍が仏法の王城こと比叡山へと逃げ込んだ事を知らされた。

「それに伊勢長島の一向宗どもの勢いもどんどん拡大しております。本願寺の件もございますし、まずは近い敵から潰した方が確実ではないでしょうか」

柴田の進言に対しての信長の答えは、たった一言であった。

「……皆殺し」
「え?」
「一揆も石山も比叡山も根こそぎ根絶やし皆殺しじゃ!!」
「い、いや、一揆はともかく比叡山となると……」
「顕如に対して言ったよな、クソ坊主どもをいてかますと。それを実行するまでの事」

そして勢いよく立ち上がった信長が吼える。

「あの山一つ、焼き払ってくれるわ!!」
「「な、何ですとー!?」」


その口から出た凶悪な言葉に、思わずハモりながら驚愕する柴田に秀吉。

「い、いや……そこはてっきり野球でぶっ潰すとか言うのかと思っておりましたが」
「甘いなエテ公。坊主や愚民どもにちまちまと野球で相手していたんじゃキリが無い。さっさとぶち殺しちまうのが一番早いわ!!」
「……」

なら戦国大名相手の戦も野球なんかせずに初めから殺し合いで行けばいいのにと思った秀吉だが、これを口にすると自分が焼き討ちされるのは確実だという事で黙っておく事にした。

「伊勢の一向宗どもに関しては、弟の信興を中心に討伐に向かわせる。柴田、お主にも参加してもらうぞ」
「ハッ」
「後は一応本願寺の方も牽制程度は行っておくべきなのだが……」
「そこは我々にお任せくだされ」

そう言って名乗り出たのは、以前の京都での戦で織田側に降った松永久秀に三好義継であった。

「我ら元々関西の者、向こうの事情には詳しいのですよ」
「……ほぉ。ならこの任務、貴様らに任そう」
「「了解致しましたっ」」

しかし命を受けた二人の口元には、密かに不敵な笑みが浮かんでいた。








その後は有言実行ということで、比叡山は織田勢によって見るも無残に焼き討ちされる事となった。
これにより本来の目的である浅井・朝倉をいぶりだす事に成功した他、やった事があまりにも衝撃過ぎであったがために、近隣の大名たちが相次いで信長の元へ降って来ると言う思わぬ相乗効果ももたらした。

しかし、うまく行ったのは比叡山に関してのみ。
同じく攻め立てた伊勢長島の一向一揆であったが、こちらの想像以上に敵の結束は固く、織田勢は返り討ちにあう事になる。
柴田は負傷し、信長の弟である織田信興は死亡すると言う最悪の結果を迎えてしまうのであった。

「……舐めていたな、愚民どもを」

岐阜城天守にて舌打ちする信長の下に、更なる悪い知らせが舞い込んで来る。

「あのー、松永に三好が帰ってきません。恐らく本願寺側に寝返ったのではないかと……」
「……想像できぬ事でもなかったが、本当に寝返りやがったか」

腕を組んだまま、苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべる信長。
思案するのは今後如何にして周りの敵どもを蹴散らしていくかと言う事。

「ホント、どう動く……」
「い、一大事にございまするっ!!!」

そして、駆け込んできた伝令が最悪の展開を伝える事となる。


「た、武田信玄がこちらに向かって進軍を開始しました!!」

「……来やがったか、武田」

















あとがき


お久しゅうです、舞軌内です。
執筆ペースがやたら低下中な信長の野球、第四話でございます〜
今回次回と前後編。今回は浅井・朝倉他諸々の敵との戦闘開始を書かせていただきましたー
大名に坊主に一揆、更に次からは幕府も敵に回る事となりますからね。
いやはやチャンポン状態。それを野球で書こうという物だから更にグッチャグチャな感じに。
その辺りが執筆ペース低下の要因の一つでございます、ハイ。
何とか後編に関しては早いうちに上げたいなとは思っていますがね。
ではあとがきも短めですが、今回はこのへんで〜