人夫たちが大量に駆り出されて、旧斎藤家の居城・稲葉山城の改修作業が進められている。
その様子を満足げに眺める男が一人。織田信長、その人だ。

「うむ、清洲よりよほど立派なものになりそうだな」

と、その傍らにやってきたのは木下藤吉郎秀吉。

「殿……、やはりここも清洲同様に野球場化するおつもりですか」
「当たり前だエテ公。岐阜スタジアムとして全面大改修だな、ハハハハ」
「すたじあむ……」

いい加減横文字も慣れたつもりでいた藤吉郎であったが、実際はなかなか慣れないもので。

「それはそうと貴様、何か用があって来たのではないか?」
「あぁ、そうでした。殿に来客です」
「客?どこのどいつだ?」
「えぇ、先代の将軍・足利義輝殿の弟、足利義昭殿でございます」
「……何?」

信長の目が鋭く光った。




岐阜城(仮設)大広間。

「これまた珍しい客人でございますな。先将軍の弟君が参られるとは」
「のほほ、何しろ急な来訪じゃから驚くのも無理はなかろう。改めましてこんにちは、足利義昭だ」

実は信長らが今川や斎藤らと野球を行っている最中、京都室町の幕府では一大事が起きていた。
幕府13代将軍足利義輝が、近畿の有力大名、三好義継・松永久秀らに殺害されたのである。
その後三好らは14代将軍として自分達で融通が利く足利義栄を立て、本来の後継者であった義輝の弟・義昭を追放したのであった。

「いやぁ知っておるかと思うが京で謀反が起きてなぁ。命からがら越前まで逃げ延びたはいいものの、それでは余の野望は果たせないのよ」
「越前と言えば、朝倉殿の領地か」
「ふむ。そこで将軍の座を奪回すべく軍勢を整えていたのじゃが、どうにも朝倉がかったるいとか言って協力してくれん」
「かったるい……ね」

いろいろと言いたい信長であったが、話の腰を折るのもアレかと思い黙っておく事にする。

「そこで協力者を求めて遠路はるばる美濃までやってきたのよ」
「フム、つまりは我らが織田軍に将軍の座奪回の手助けをして欲しいと言うわけか」
「まぁ簡単に言うたらそんな感じで。まぁさほど手間はかけさせないつもりだがね。余の軍勢も豪の者を揃えておるからのぉ」

義昭は大家臣団を連れて岐阜城へとやってきていた。
ここ大広間にも数人の家臣らを引き連れて入ってきている。

「野球に関してもうちの面々は一流なのね。隣にいる細川藤孝は俊足巧打の外野手でな……」
「投手はどうなっておるのです?」
「投手?ハハン、余が投げちょるわ。余の幻惑的な投球術に敵の打者はギッタンバッタンでおじゃるよ」

そう言いながらその場で投球の素振りを見せる義昭。
だがそれはお世辞にも立派な投球にはどうしても見えなかった。

「……ちなみに控えの投手とかは」
「あぁ、一応おるよ。ほれ、今そこでキャッチボールしてるアイツ。名は明智光秀と言ってな」

スパーン、スパーンと小気味よい音が聞こえてくる。信長はその様子を凝視していた。

「まぁ、余と比べればまーだまだショボショボな奴じゃが、それなりには使える奴じゃよ」
「……」


信長の目は見抜いていた。
明智の投手としての資質は決してショボショボなどではなく、織田家にいる誰よりもずば抜けて高いと言うことを。

「……こいつぁー味方にしない手は無いな」

そして義昭に対して上洛の約束をする信長。
だがその目は端から義昭など捉えておらず、明智光秀にだけ視線が注がれているのであった。








〜信長の野球3〜

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ズバーン!!
子気味いい音がブルペンに響き渡る。

「……すごいな、あの明智とか言う男」

藤吉郎はブルペンの様子を眺めながらその力強い投球に感嘆していた。

「あぁ、球の伸び・キレ共にいいモノを持っておる。俺の目に狂いは無かったと言う事よ」
「と、殿っ!?」

気が付くと隣には信長の姿が。

「義昭の所になんぞ居させたんじゃ勿体無さ過ぎる素材だな」
「それ……義昭本人が聞いたら怒りますよ、確実に」

そんな雑談をしている2人の様子を明智が気付く。

「……これはこれは織田信長様ではないですか。この度は上洛の手助けを致してくれるとの事、ありがたい次第です」
「フッ、気にするな。それよりもお主、なかなかいい球を投げるではないか」
「いやいや、私めの球なんぞ大したものではございませんよ。傍から見てるだけなのでいい様に見えるだけですよ」
「ほぉ……つまり、打席から見た印象は変わってくるというのか」
「まぁそこまでは言ってませんがね……」

……この明智と言う男、何気に殿を挑発してるのか。
藤吉郎は明智の口ぶりの裏に何か黒いモノが見え隠れしているように感じていた。

「よーし、なら実際勝負してみるか、一打席」
「の、信長様っ?」

そう言って近くに置いてあったバットを手にする信長。

「ええ、喜んで。でも、お手柔らかにお願いしますよ」

受けて立つ明智は、どこか不敵な笑みを浮かべながらマウンドに登る。

「よーし来いやぁー、俺は手加減しても貴様は手加減する必要ないからなぁ!!」

バッターボックスで吼える信長。

「では……」

そして投じられた第一球。
ズバーン!!!

「……エテ公、お前審判しろよ。今の球はストライクかボールか」
「え、あ……ス、ストライク!!」

慌てて絶叫する藤吉郎。
明智の投じた球は内角やや低め、信長にとっては正に打ちごろなコースに決まっていた。
しかし信長はバットを動かすことなく、それを見逃していた。

「……あらら、真ん中に行ってしまいましたね。今度同じところに投げたら確実に打たれますな」
「フフフ……、流石だよ明智光秀」

一球様子を見た信長、実際打席で明智の球を体感してみる事により己の目に狂いは無かったという事を改めて確証していた。

「では、行きます……」
「よし来い!!」

ギチッとバットを握り直す信長。完全に打ちに行く気だ。
そして明智の第二球。

ぶぁん!!

「す……ストライクッ!!」

信長のバットは空を切っていた。

「……エテ公、今の球、変化したか?」
「あ…はい、かなりストンと落ちたような……」
「フォークボール……」
今まで対戦してきた相手にも落ちる球を使ってきた投手は幾人もいたが、ここまではっきりと落ちる球は初めて見た藤吉郎。
「……3球目」

こちらの動揺も意に介す事無く、明智の投じた3球目。
それは1球目と全く同じコースを走り……

カキィーン!!!

打球は特大の放物線を描いて遥か彼方へと消えていった。

「あらら、やはり打たれてしまいましたね。場外ホームランですかな」
「フン、しかし貴様の実力もよく分かった。やはりいい球を持ってやがるな」
「いやいや……」

和やかに談笑する信長と明智。
しかし藤吉郎は先程の投球がいつまでも気になっていた。
本塁打を打たれた第3球、あれは打たれるのを分かっていてあのコースへ投げたのではなかろうか。
勢いのある速球といい先程のフォークといい、空振りを取る術は幾らでもあっただろうに。

「失投ならまだしも、そうじゃないくさいしなぁ……」

ここは信長様の顔を立てておくためにわざと打たれたと考えるのが妥当だろうか。
だとすれば完全にあの信長様を手玉に取ってるという訳で……

「……明智光秀、恐るべし」

信長と語る明智の口元には、心なしか嫌らしい笑みが浮かんでいるように見えた。








京都を目指す信長・義昭の一大連合部隊。
一見雄大な光景に思えるだが、馬上の武士達は皆ユニフォームに身を包んでいる。
そして彼らの腰には刀ではなく木製バット、いつでも戦闘態勢(プレイボール)に対応できる状態になっている。

「これがこの時代の主流になってるしなぁ……」

この戦国の世の中、全国各地で同じような武士達の光景が見られるようになっていて。
ひとり馬上でため息をつく藤吉郎であった。

その頃、信長と義昭はその幾分か後方で馬上会談を行っていた。
議題は気が早い事に、戦後の褒美云々についてである。

「……何だ、そんな事でいいのかね」
「えぇ。それだけあればこちらとしても十分なもんで」
「ホホホ、安い男よのぉーソチも」

この場で信長は、明智の織田軍への引抜を義昭側に打診していた。
それに対して義昭は快諾。

「あー、ただね、一応今日と奪還に成功してからでも構わんわな?」
「それは別に。こちらとしても彼の活躍は見ておきたいですし」

「……」


そんな二人のやや後方を進む、明智光秀。
自分の事が話題に上がっているのは百も承知。だが、動揺した様子は微塵も見せていなかった。

「……殿達、お主の話をなされているようだな」

隣を行く義昭の重臣、細川藤孝が話しかけてくる。

「そのようですね。私が織田側に行くとかどうとか。いや、これまたありがたい話ですよ」
「……足利の人間なのにハッキリと言いやがるな、まぁ、別にいいが」
「こういっちゃあれですけど、足利は泥舟ですよ。それに、幕府ももう保たないと思うのですよ」
「……立場上、俺はその話を肯定するわけにはいかんが」
「悪い事は言いませんから、細川さんも今後の身の振り方を考えてみた方がいいですよ」
「……」

黙り込む細川。しかし内心では、明智の言うことも間違ってはいないなと感じていた。
そうこうしているうちに、一向は着実に京都へと近づいているのであった。








舞台は一気に飛んで、京都・二条館前広場。
そこに横一線に並んで対峙する信長・義昭連合軍と、将軍・足利義栄軍。

「義栄、将軍の座は返してもらうかんね!!」
「な、なにぉー!!……で、松永、この後どう返したらいい?」

義栄は不安そうな顔で隣の松永秀久に助言を求めた。

「とりあえず『しゃしゃり出てくんなひよっこがぁ!!』とでも怒鳴り散らしてくださいまし」
「わ、わかった。しゃしゃり出てくんなひよっこがぁー!!」

「……何すかあの光景」
「まぁ、将軍義栄が完全に松永らの傀儡である事をものの見事に体現しているわけだな」

藤吉郎の疑問に軽く答える柴田。
それとほぼ同時に、義栄がまた何か吹き込まれたようで吼えた。

「えーと……どっちが将軍にふさわしい男か、野球で決着をつけようじゃないか!!」
「お、おぉ、望むところじゃぁー!!」

「……完全に言わされてる将軍の方もアレですけど、うちの義昭殿の対応もガキっぽいと思いませんかね、細川さん」
「ぬぅ……だから立場上、俺は何とも言えん」
「泥舟だと思いますがね、私は」
「……」

複雑な表情を浮かべながら己の主君を見やる細川。

「まぁ、今は戦の事を第一に考えませんとね。皆ベンチに向かってますので、細川さんも急ぎましょう」
「あ、あぁ……」




『所は京都・二条館前広場。
 ここで今まさに、次期将軍職を巡った仁義なき戦いの火蓋が切って落とされようとしています!!
 室町足利ファイターズVS新・足利ファイターズ feat. 織田ウォーリアーズ、間もなく試合開始です!!』


「ふ……ふぃーちゃりんぐ?」
「……言うな」

二人してベンチで頭を抱える藤吉郎と柴田。

「しかし、あの実況とか言う人どこから沸いてくるんでしょうね……」
「毎回欠かさず来てるもんな、あやつ」
「てか、名前何って言うんでしょう……」


そんなこんなで織田側ベンチは若干リラックスムード。
対する義栄側ベンチはと言うと……

「えー、三好くんはセンター、六角さんはファーストお願いします」
「……僕はどうしたらいいんでしょう?」
「あぁ、義栄様はとりあえずレフト守っててください。私がピッチャーやりますので」
「う、うん……」

一応主将は義昭と言う事だが、そんな威厳などあるはずも無く。
松永が独断で各人に守備位置を割り振っていった。

「えーと、ショートは……」
「この戦、拙者が助太刀いたそうぞ」
「!?」

一同、声のする方を振り向く。

「お、お主は……」
「信長の野郎は、一回キャーン言わせてやらねば気がすまねぇからね……」




話は戻って信長ベンチ。

「……あれ?殿、今回我々の出番は無しと言う事ですか?」
「そうだな」

義昭から発表されたスターティングラインナップには、藤吉郎も柴田も、そして信長の名も記されていなかった。

「それよりも我ら織田軍から出ている者の数自体が極端に少ない気もしますが……」
「あぁ。この戦、ほとんど義昭の軍勢に任せることになっている」
「えっ!?で、でもそれで大丈夫でしょうか……」
「案ずるなエテ公。ああ見えて野手陣はまともな人材が揃っている。普通にやればまず負ける事は無いだろう」
「投手は……」
「明智がいるので何の問題もなかろう」

ただ、先発投手は出たがりな義昭が務めることに。

「まぁ序盤で失う点を先発野手陣でカバーできなかった分を、我ら織田軍の代打攻勢で補う寸法だ」
「で、でもそれ、わざわざ我々京都まで来る意味はあったのでしょうか……」
「……同じこともう一回言ってみろ。貴様一人で一揆の鎮圧に向かわせるぞ」
「ヒィ!!!」

そうこうしてる間に義栄側は守備位置についており、一回表、義昭側の攻撃が始まろうとしていた。




『さぁ一回の表、新・室町ファイターズ feat. 織田……長いな。
 えー、義昭連合軍の攻撃、バッターボックスには1番・和田惟政が入ります。
 対する、えー……義栄軍のマウンドには、松永秀久が上り……』


「ん?」
「どうしました、信長様?」
「いや、向こうのショートにいる奴、何か見たことあるような……」
「ショート?」

グラウンドに目をやる藤吉郎。
しかしこちら側からだとちょうど逆光になっていてよく見えない。

「言われてみれば確かに見たことあるような……」

『大きい、大きい、大きい、入ったぁー!!初回先頭打者ホームラン!!!』

「えっ!?」

実況席からの絶叫で思考が試合へと戻される。
気が付くと1番の和田がベースを1周し終わってホームを踏むところだった。

『義昭連合軍、幸先良く1点先制です!!』

「ナイスバッティング!!」

ベンチの前でハイタッチが行われる。

「うん、思ったとおり打線の力はなかなかの物があるわな」

満足げに頷く信長。
その後も義昭連合軍は、4番・伊丹新興のタイムリーなどで初回から3点を先行。
早々に試合の流れを掴むことに成功していた。

「いやぁー、いい感じですね信長様っ」
「ただ……このリードをアイツが守りきれるか否かだよなぁ……」

そう呟く視線の先には、マウンドに上る足利義昭の姿が。

「ザックリ抑えてやるまでよ!!ほれほれぇ!!」

謎の掛け声と共に投球練習を行う義昭。
だが、その球は藤吉郎の目から見ても『へなちょこ』と言わざるをえない悲惨なものであった。

「……確かに、3点ごときのリードじゃ心許ない気がしてきました」
「とりあえず、最悪同点で乗り切ってくれる事を願うばかりだな」


『さて1回裏は義栄軍の反撃。
 マウンド上の足利義昭に対するは、1番ショート・斎藤龍興です』

「「って、何ぃぃぃぃー!!!?」」

絶叫する信長と藤吉郎。
その視線の先には……バッターボックスに立つ美濃のリトルリーガーの姿が。

「さ、斎藤、テメェ何故こんな所に!!?」
「ヘン、美濃を追いやられて近江の方まで逃げ込んでたんだけど、何か京都に向かっていくお前らの姿を見かけたから復讐したろと思って急遽駆けつけたんじゃい!!」
「んな無茶苦茶な……」

「何ベンチに向かってわーわー言ってんのチビッコ!!アンタの相手はこの足利義昭様でしょに!!」
「だ、誰がチビッコだ!!」

相変わらずのリトルリーガーッぷりを発揮している斎藤。

「はふぅー、子供が相手となるとこちらも本気を出しづらいねぇ〜」
「じゃ、じゃかあしい!!そんなこと言う前にさっさと投げやがれコノヤロォ!!」
「生意気な口利くクソガキがぁ、手加減なしだ、死にくされぇー!!!」

なんとも物騒な絶叫と共に義昭が投じた第一球は……

「ボール!!」

キャッチャーの遥か上、バックネットへと飛んでいく大暴投であった。

「……」

静まり返る織田側ベンチ。そして

「ギャハハハハハ、何だあの球、クソボールじゃんかハハハ!!」

バッターボックスでアホみたいに爆笑する斎藤。

「た……たまたま手が滑っただけだって!!ほ、ほら弘法も筆の誤りって言うでしょ」
「アンタは弘法じゃないけどなぁー」
「う、うるさい、次じゃ!!」

ビシュ!!

義昭の手から放たれたボールは、ゆるゆるとど真ん中に構えられたミット目掛けて飛んでいく。

「……ってクソボールじゃねぇか」

信長のぼやき同様、リトルリーガーもこれを見逃す事は無かった。

「もらったぁー!!!」

カキーン!!

鋭い打球は右中間を真っ二つ。
斎藤龍興、悠々とツーベースヒットである。

「あ、あんなの失投だからねっ!!次の奴からはすさまじい剛速球でしとめてやるからさっ!!」

何故かさわやかに己の投球を自己分析する義昭。
しかしいくら自己分析したところでへなちょこはへなちょこなままで。
後続にアホみたいに連打を浴び、気が付けば打者一巡、8点取られてまだ1アウト。

「……アイツダメだ」

すっかり鬱入ってる信長ベンチ。
それは守っているナインも同じであった。

「う、ううう……こんなはずは無い、何かの間違いだ、今頃はもうギッタンバッタンのすさまじいピッチングをしているはずなのに……」
「……大丈夫でしょうか、義昭様」

マウンドに集まる内野陣。

「そろそろ交代なされた方が……」
「な、何バカを言うか!!これから将軍になろう者がこれしきの事で引き下がってたまるか!!」
「ですが……」

「審判!!ピッチャー交代!!明智光秀出して!!!」
「何!?」

たまらず信長が審判に向かって選手交代を告げる。

「の、信長、余はまだ投げれる、世の力見くびるでないぞ!!」
「じゃかあしいくされポンコツが!!!」
「ヒィ!!?」
「テメェが投げてたんじゃ勝てる試合も勝てなくなるわクソボケがぁ!!さっさと引っ込めこのハゲ!!」
「ハ、ハゲって……」

仮にも同盟者相手にクソボケ呼ばわりですか……
この人、敵には絶対回したくないなと絶叫する信長の横でしみじみと思う藤吉郎。

「要は勝ちゃあいいんだろうが、それとも何か、また敗走してから性懲りも無く政権奪還を企てるのか」
「敗走……」
「もう次は俺も手貸さないからな。次こそ越前の朝倉にでも頼みやがれってんだ」
「ぬ……、わ、分かった……、引きゃいいんでしょうが……」

そう言って、しぶしぶ引き上げてくる義昭。
その背中をセンターの守備位置から見つめながら、細川は『あぁ、確かにこりゃ泥舟だな』と先程の明智の言葉を噛み締めていた。


『ここで義昭連合軍、ピッチャーを代えてきます。
 ピッチャー、足利義昭に代わって明智光秀がマウンドに上がります』

対するバッターは、二周り目の斎藤龍興。

「ヘン、ピッチャー代わったからってどうせまたヘボピッチャーなんだろ?ハハハ、投げてこいやバーカ!!」
「バーカとはこれまた腹立たしいこと言ってくれるじゃないですか。ならお望みどおり」

ギュイッ、ズバァーン!!!

「ストライークッ!!!」

先程までの義昭のものとは比べ物にするのが失礼なくらいの剛速球が内角低めにズバンと決まっていた。

「え……」
「続けて、と」

すっかり呆然としているリトルリーガーを完全無視して2球目、3球目と投げ込んでくる明智。
あっという間に斎藤は三振に斬って取られていた。

続く打者も内野ゴロに打ち取り、義栄側の反撃を何とか一区切りさせた。

「流石だな」
「……流石ですね」

明智の快投にすっかりご満悦の信長。

「よーしテメェら、これで守りは完璧だ、後は打って打って打ちまくりやがれぇー!!!」
「「「うおぉぉぉぉぉ!!!」」」

リードを奪われている側なのに、異様な盛り上がり方を見せる信長ベンチ。
だが、そんな盛り上がりに入って行けない男が一人。

「……もっと投げていれば自分だって」

ベンチの隅っこで一人呟く義昭。
いつもなら横で話を聞いてくれる細川も、すっかり盛り上がりの輪の中へと潜り込んでしまっていた。




その後は織田側の反撃開始。

2回、3回と1点ずつ返し5−8
投げては明智が完璧とも言える投球で義栄側打線をシャットアウト。
信長側は5回6回と無得点が続くが、7回2アウト2塁3塁で代打・柴田が同点3ラン。
勢いに乗ったまま8回は更なる代打攻勢。藤吉郎のタイムリーに信長本人の2ランで一気に逆転。
最終回に疲れの見えた明智は四番・六角丞禎に一発を浴びるものの最後まで投げきり、
終わってみれば11−9、義昭さえいなければ11−1のあわやコールドゲームであった。

「……義昭さえいなければって何よ」
「まぁまぁ義昭様、落ち着いて」

試合後、将軍義栄を操っていた松永・三好はあっさり降伏&寝返り。
義栄は近親の者に連れられて命からがら敗走していった。

「ち、畜生、おぼえてろよぉー!!!」

斎藤はと言うと前回同様、王道的なセリフを吐いて何処かへと逃げ去っていく。
討ち損なったかと若干悔やむ信長だが、所詮リトルリーガー、大した影響もあるまいと放っておくのであった。








岐阜へと向かう、信長軍の一大馬列。

「いやぁ、我が軍もやっとまともな投手が確保できたものよのぉ」
「まともな……、一応既存の投手陣もそこそこの力はあったと思われますが……」

談笑する信長・藤吉郎のやや後方に、そのまともな投手と評された明智光秀の姿。
先の試合の勝利のより、義昭は望みどおり将軍の座に着く事ができた。
何の役にも立たず、むしろ足を引っ張っていたにも関わらず、将軍就任時のはしゃぎ様はすごいものがあった。
『一晩寝たら全部忘れるタイプだな、このアホ』、あのときに信長が呟いた言葉だ。

「しかし本当に褒美はあれだけでよかったのですか?」
「ん?」
「いえ、明智殿を獲られたのは大きいと思いますけど、何故副将軍の職をお断りになられたのでしょうか」
「あぁ、あれね……」

信長は義昭の将軍就任の功労者として手厚くもてなされた。
褒美としては幾分かの領土も与えられたりしたが、それと同時に信長には、幕府のNo.2である副将軍への就任も打診されていた。
しかし信長は、それを何の躊躇も無く断ったのである。

「確かに美味しい話ではあったが、副将軍に就任する事はあのアホの家来になる事を意味するからな」
「そ……そうでしたね」

先程から再三アホアホと言われているが、一応義昭は天皇に次いで時の最高権力者である。
ただ先の試合などから見ても、信長によるアホ呼ばわりも、さして気にはならない藤吉郎。


「それに、俺が欲しいのは幕府での権力ではない」 「では、一体何が……」

「俺が本当に欲しいものは……この国だ」

この男による天下統一への戦いは、まだまだ続く。

















あとがき


どうも、舞軌内です。
執筆に無駄に時間がかかる信長の野球、第三話でございます〜
今回は足利義昭の将軍職奪還のお手伝い編、とでも題しましょうか。
敵は一応幕府なんですけど……ものすごく薄いですか。
まぁいいです、あくまでもメインは信長ですから。

んで次回は若干知名度上がってVS浅井長政・朝倉義景。
姉川の戦いですねー。信長側は家康と組んでの対戦となりまして。
勘のいい方ならお気づきかもしれませんが、明智と家康にバッテリーを組ますのですよ。
いろいろと無茶でございますが、どうなるかはまぁ次回のお楽しみと言う事で。

ではではとりあえずこのへんで〜