清洲城・天守。
そこにてこの城の主こと織田信長と、彼より幾分若い男が談笑していた。

「……ほぉほぉ、娘様もそんな歳でございますか」
「ハハハ、父と母どちらに似たのかのぉ」


「あれ?珍しい、殿に来客だ……」

たまたま通りがかった木下藤吉郎秀吉が、ふすまの陰からその様子を覗く。
(ちなみに彼、先の桶狭間での活躍が認められて秀吉と言う名を授かった。
だが、相変わらず仲間には『サル』、信長には『エテ公』と呼ばれる日々が続いている)

「覗き見は良くないぞ、おサルの坊や」
「!?」

慌てて振り向くと、そこには見慣れた顔があった。

「水野さんではないですか、脅かさないで下さいよ」

水野信元。信長側に属す武将で、藤吉郎らより幾分年上な気のいいおじさん感覚な男だ。

「スマンな。でも覗き見は好ましくないぞ。第一殿にバレたら、虫の居所次第では即惨殺されかねん」
「……確かに」

スッとふすまから離れる藤吉郎。

「しかし殿に来客とは珍しいですね。水野さんは相手の方をご存知ですか?」
「知ってるも何も、彼は私が連れてきた客人だ」
「え、そうなのですか?」
「うむ。名は松平家康、私の甥っ子だ」

松平家康。先の桶狭間の戦いを機に今川側から独立して、現在は地元・三河の地を治めている。
何でも、伯父である水野の仲立ちで織田家と同盟を結びに来たらしい。

「三河と組んで背後を固め、近く斎藤との勝負に出るつもりじゃろう、殿は」
「……いよいよですね」

尾張を平定し、東からの今川と言う脅威を叩き潰した今、信長の次なる敵となるのは、北の美濃を治める斎藤義龍である。
かねてから織田家はこの斎藤の勢力と抗争を繰り返しており、いよいよ全面対決と洒落込むわけだ。


「そちもいつまでも今川の勢力に怯えていたのでは情けなかろう。どうだ、組んでみないか」
「喜んで同盟を結ばせていただきますっ」
「フハハハ、話が分かる男だな、君は」

今日の信長様は偉く上機嫌だな、先程から聞こえてくる笑い声からそう感じ取る藤吉郎。
『今なら別に覗き見がバレても、斬られる事はないよな』
そう思い藤吉郎は好奇心の赴くままに、再びふすまの陰から会談の様子を覗いてみた。

「いぃ!!?」

が、そこで思いにもよらない光景を目の当たりにすることになる。

「よーく似合っておるぞ、松平君。やはり、わしの目に狂いは無かったな」
「お褒めに預かり光栄です。しかし……ものの見事にピッタリですな、コレ」

そこには、かなり上機嫌そうな信長の姿と、
戦場では見慣れないが、桶狭間にて嫌と言うほど見た、プロテクターと言う名の鎧を身にまとった家康の姿があった。


「松平家康、お主を我が『織田ウォーリアーズ』の新人捕手として招きいれよう!!」
「よろこんでっ!!」


「え、えぇー!!?」

後に征夷大将軍となり江戸に幕府を開いた徳川家康が、織田ウォーリアーズに入団した記念すべき瞬間である。








〜信長の野球2〜

美濃を飛び交う血と汗と涙と白球








「オラァー!!腰が高いー!!」
「は、はいぃぃ」
「997,998,999、ラストォー!!」

藤吉郎のグラブに1000回目の打球が収まり、地獄の千本ノックは終了した。

「よし、エテ公はすっこんでろ。次、丹羽ァー!!」
「ひぃっ!!」

その名を呼ばれ、怯えながらグラウンドに向かってゆく丹羽長秀。
フラフラになりながら戻ってくる藤吉郎とすれ違う。

「……1球でもミスしたら最初っからやり直しになりますよ」
「うへぇ……、ある意味戦場に向かうより恐ろしい心境だ……」

死地へと向かう仲間の姿を見送りながら、藤吉郎はグラウンドの隅、休憩ゾーンに向かった。

「……お疲れ」
「どうも……」

既に千本ノックを受けてぶっ倒れている仲間達が未だ疲れきった声で迎え入れてくれる。
そこには柴田勝家の姿もあった。

「お疲れだな、サル」
「ハハハ……。ちょうど自分で14人目ですかね、このノックとやらを受けたの」
「あぁ。で、今やってる丹羽が15人目……」

グラウンドでは先程同様、信長による地獄の千本ノックが繰り広げられていた。

「でも、信長様は疲れている様子を一切見せないんですが……」
「……化け物だ。化け物としか言いようがねぇ……」

同じくぶっ倒れている誰かのつぶやきが聞こえてきた。

「化け物ねぇ……」

15人に千本ノックを立て続けに行ってきて、打者である信長も疲れていないはずはない。
だが、グラウンドにいるのは相変わらず絶叫しながら力強い打球を飛ばす信長。
……確かにこの人化け物かもしれない、藤吉郎はそう思った。

「しかし美濃攻略に乗り出すとなった途端に、練習が鬼の様に厳しくなったなぁ」
「……やっぱり、野球で戦うつもりなんですね」
「気にするな、気にしちゃ負けだ」

そう言い放つ柴田の表情は、何か諦めに似たようなものがあった。

「投手陣も見てみろ、グラウンド横で鬼のような投げ込みを強要されてるからな」
「……近いうちに怪我人出ますよ、絶対」
「まぁな。ただ、怪我して試合出られないなんて事になってみろ。まず首が飛ぶな」
「……」

だからと言って練習を拒んだりしても同じ結果か……


「……ん?」

その時、ノックを続ける信長の下に伝令らしき男が駆け寄ってきた。

「……何だと?」

耳打ちを受けた信長の表情は、瞬時に険しいものとなった。
そして、
「練習は中止だ!!お前ら今すぐ大広間に集合しやがれ!!」

そう言ってさっさと城内に引き上げて行ってしまった。

「……何があったんですかね」
「さぁ……とりあえず行ってみないことには分かるまい」

グラウンドに残された面々は練習が中止になった喜びよりも、今から何が始まるのかと言う不安で一杯であった。




清洲城・大広間。
何故かユニフォームのまま集合しろとのことなので、先程のグラウンドと同じ格好の面々が勢ぞろいしていた。

「……これは、いよいよ戦が始まるのかも知れんな」
「えっ?」

柴田のつぶやきと同時に、広間に信長が入ってきた。
無論、ユニフォーム姿で。

「……さて、今し方驚くべき情報が舞い込んできた。我らが敵、美濃の斎藤義龍が死んだ」
「えぇっ!?」

ざわつく家臣たち。先の道山と同じく謀反か?などの憶測が飛び交う。

「静まれクソボケどもが。別に謀反でも何でもない。単なる病死だ」

静まり返る場内。
何つーか、己の家臣を平気でクソボケ呼ばわりするこの男は恐ろしいなぁ……

「でだ、その後を息子の龍興が継いだというからさぁ大変だ」
「なにぃ!?」

一気に色めき立つ場内。だが藤吉郎には何がなんだか分からない。
小声で隣の柴田に尋ねてみた。

「……えーと、どういうことなんでしょうか」
「その跡を継いだ斎藤龍興は、わずか14歳の若造。つまり、攻め立てるには格好の機会と言うわけだ」
「なるほどぉ……」

同じような事を信長も続ける。

「こんな好機があるだろうか!相手は所詮リトルリーガーではないかっ!!我ら織田ウォーリアーズの敵ではないわ!!」
「「「うぉぉー!!!」」」
「リ、リトルリーガーって……」

藤吉郎以外の人間は皆、信長の陽動に乗せられている。

「と言うわけで、早速斎藤を潰しに行ってこーい!!!」
「おぉー!!!!……って、え?」

行って……こい?

「殿……ちょっとよろしいですか?」
「何だエテ公」
「あの……行ってこいとは、殿は出陣なされないのですか?」
「当たり前だ」
「当たり前だって……、何ゆえにでしょうか?」
「フン、先も言っただろう、相手は所詮リトルリーガーだと。わざわざ俺が出るまでの相手でも無いわ。お前らに任す」
「は、はぁ……」

その後信長は、美濃へ出陣するメンバー15人ほどを指名していった。
柴田もその一員に選ばれたが、藤吉郎の名前が呼ばれる事はなかった。

「……お前は楽できてええのぉ、サル」
「ハハハハ……」

出陣メンバーに羨ましがられる藤吉郎。当の本人も口には出さないがそーとー喜んでいた。
『やったー、これで休めるー!!』と。

「では早速遠征メンバーは美濃へ向かえっ!!これにて解散っ!!」
「うぃっす!!」

そして男達はそれぞれ大広間を後にするのだった。
藤吉郎も彼らに続いて出て行こうとしたのだが、

「あぁ、エテ公はこの場に残れ」

信長に呼び止められた。

「え、えーと……なんでしょうか?」
『せっかく今から休もうと思ってたのにぃー』
「先程のノックだが、貴様、守備に関してはまだまだ動きが硬いな」
「ス、スイマセン」
「まぁ謝る事でもない。誰しも初めは素人だからな」
「はぁ……」

怒られるのかと思いきや、信長はグラブを出すタイミングなどを丁寧に教えてきてくれた。
こんな優しい信長を、藤吉郎は未だかつて見たことがなかった。

「……というわけだ。どうだ、分かったか?」
「ハ、ハイッ、ありがとうございますっ!!」
「なに、いいって事よ。お前には素質があると見込んでいるからな、ハハハハ」
「そんな、滅相もございませんよ」

照れる藤吉郎。

「それじゃ、早速グラウンドに行こうか」
「ハイッ!!……って、え」
「そうだなぁー、千本ごときじゃ事足りないだろうから一万本くらいから始めるとするか」
「って、えぇぇぇぇぇー!!!!!!」

こうして藤吉郎はグラウンドに駆り出され、これだったら遠征に出てた方がよほど楽だったと思えるほどの地獄の特守を受ける羽目になったのであった。








それから3日後、清洲城の大広間に家臣たちが勢ぞろいしていた。

「……話は聞いた。貴様ら、それでも織田の人間かぁー!!!

信長は烈火の如く怒り狂っている。
それもそのはず。先の美濃遠征メンバーは斎藤側と3試合ほど戦ったわけだが、
9−5、4−1,7−6と3戦とも惨敗を喫していたのだった。

「……言い訳をするつもりではございませんが殿、今回は想定外なことが多すぎまして……」
「ぬぅ……、確かにリトルリーガーと侮っていたこっちにも非が無い訳ではないが」

藤吉郎は、実際に試合に赴いた柴田からある程度の事は聞かされていた。
まず、いくら頭がリトルリーガーでも、脇を固める面々が一筋縄ではいかないつわものばかりだったという事。
中でも安藤守就・稲葉一鉄・氏家ト全の『美濃のスーパーカートリオ』なる奴らに、かなり足で引っ掻き回されたらしい。
次に、共に出陣していた味方・織田信清の裏切りがある。
信清は信長のいとこで、信頼していただけにその寝返りは痛いものがあった。

「そして何より不味かったことと言えば、やはりグラウンド状態でしょうか」

遠征軍で先発投手を務めた佐久間信盛が証言する。

「我々が試合を行ったのは墨俣と言うところでして。ここは長良川と木曽川が合流する地点にある土地なのです」
「そのためグラウンドが非常にぬかるんでおり、売っても投げても守っても、足を泥に取られて思うようにいかんのですよ」

佐久間の説明に柴田が補足する。

「だがグラウンド状態の悪さは斎藤側も同じ事、なのに何故こういう結果なのだ」
「いや、やはり地の利とでも言いましょうか……、向こうは慣れているんですよね、ぬかるんだグラウンドに」
「慣れ……、何とも情けない」

頭を抱える信長。

「ならばこっちもそのぬかるんだグラウンドに慣れるしかあるまい。よし、全員グラウンドに水をまけ!!」
「え、殿、それでどうするおつもりで……?」
「決まってるだろう、墨俣を再現する。そこで貴様らがその状況に慣れるまで、ひたすら特訓じゃあ!!!」
「「「ヒ、ヒギャアー!!!」」」

家臣たち全員から悲鳴が上がる。藤吉郎ももちろん例外ではなかった。
先の信長との地獄の特訓がまた繰り返されるのかと思うといても立ってもいられなくなり、咄嗟に思いついたことを進言することにした。

「そ、それなら墨俣を我々が使いやすいような普通のグラウンドにしてしまえばよいのではないでしょうか!?」
「何だと?」
「そのぬかるんだグラウンドがやりにくいのであれば、そこを土で埋めるなどして使えるグラウンドにすればよいのではないでしょうか?」
「バ、バカッ、そんなこと出来るわけないだろっ!!」

咄嗟に柴田が止めに入ってくる。だが、信長の反応は決して悪くなかった。

「……それもそうだな」
「そ、そうですよ、普段どおりの力が出せれば、斎藤など織田軍の敵ではございませんって!!」

(地獄の特訓を避けるため)力説を続ける藤吉郎。

「うんうん、よく分かった。お前ら、水をまくのは中止だ」
「よ、よかったぁー……」
「何か言ったかエテ公」
「い、いえ、何も……」

ホッと胸をなでおろす藤吉郎。だが、次の信長の一言で彼は凍りつく事になる。

「そこまで言うのだから、もちろん貴様が墨俣改修をやってのけるわけだな?」
「え」
「これで出来ないなんて言わないよなぁー」
「な、何で刀に手をかけてるんですかぁー!!」

大墓穴。藤吉郎は墨俣改修を直々に仰せ付けられてしまった。

「もちろん一人でやれよ。言い出したのは貴様だからな」
「そ、そんなぁー、し、柴田さん」

振り向いた先の柴田は、無言で首を振るばかり。

「う、うわぁ……泣きそう」
「あーそうそう、期限は三日以内な」
「み、三日ぁー!!?」
「当たり前だろ。そんな悠長に構えてたら向こう側から攻められてくるわ」
「そんな無茶な……」
「出来なかった場合はどうなるか、もちろん分かっているよな?」

そう言ってニッコリ微笑む信長。

「も、もちろん……」
「そうと決まればさっさと向かいやがれぇー!!!」
「ヒィィィィー!!!」

藤吉郎は単身、墨俣改修に向かうのであった。




ぐにょ。
「……確かにここの地面はものすごくぬかるんでいるなぁ」

その後墨俣に到着した藤吉郎、早速その現状を確認する。

「これを3日でまともなグラウンドにしろってか……1人で。無理、絶対無理」

あぁ、俺の人生終わったなと早くも絶望モードに突入していた藤吉郎。
と、そんな藤吉郎に何者かが声をかけてきた。

「そこにいるのはもしかしてファンキーモンキーベイベー藤吉郎か?」

振り返るとそこには……

「は、蜂須賀小六じゃないか!!」

藤吉郎は信長に仕える以前に放浪生活を送っており、蜂須賀はその際に仲良くなった夜盗の男である。

「いやー、久しぶりだなぁーモンキーマジック」
「ハハハ、相変わらず怪しげな伴天連言葉を操ってるな、お前も」

その後、互いの身の上話に花が咲く。
蜂須賀はここいら一帯の夜盗の頭領をやっているらしい。
そんな中で藤吉郎は墨俣へとやって来た経緯を説明した。

「……というわけなんだ。3日でどうにかしないと首が飛ぶ事になってな」
「そいつぁーヤヴァいな」
「だから、何とかならないか、蜂須賀」
「よし、他ならぬ藤吉郎の頼みだ、無下に断るわけにもいかんだろう。任せておきなっ!!」
「おぉ!!ありがとう蜂須賀!!」

ガシッ!!

熱く手を取り合う二人。あぁ友情っていいなぁと感じた瞬間であった。

その後の蜂須賀の行動は早かった。
まず、自分が率いる夜盗集団を全員召集、その数なんと千人以上。
そんな大人数を総動員すれば、墨俣改修も3日で十分可能であった。

「いやぁ……、これまたがっちりしたモノに仕上がったなぁ……」
「ハハハ、俺らをそんちょそこらの夜盗と一緒にされちゃ困るわ」

こうして、墨俣にグラウンドと言って差し支えのない立派な野球のできるスペースが出来たのであった。


「……本当にやりよるとはな」
「の、信長様っ!!?」

喜んだのもつかの間、墨俣の地にいつの間にか信長ご一行が到着していた。

「な、何故ここに……?」
「何故って三日の期限が経ったからに決まっておるだろ。で、結局どうなったかを皆で見に来たわけだが」

改修された辺り一面を見渡して、満足そうな笑みを浮かべる信長。

「見事だエテ公。褒美も期待しておくが良い」
「ホ、本当ですか!!?やったぁー!!」

子供のように飛び跳ねて喜ぶ藤吉郎。

「まぁ、出来てなかったら今この場で公開処刑を行うつもりだったんだがなぁ」
「……な、何か残念そうな顔で言わないで下さいよ」

この人、本気で殺す気だったんだ……。
信長の隣にて、柴田はその殺気を感じ取っていた。
その後、この件の功労者として蜂須賀他夜盗の皆さんが紹介され、
信長から最大級の賛辞を受けるなど、和やかムードに包まれる墨俣。
が、そんな穏やかな時間も長くは続かなかった。

「斎藤側の来襲ですー!!!」


「ぬぉっ、墨俣がいつの間にか整備されてるっ!!?」

ユニフォーム姿で先陣を切ってやってきた斎藤義興は、墨俣の現状を見て驚きを隠せない。

「ここ数日、何者かがうごめいていると言う話は聞いておりましたが……」

同じくユニフォーム姿の家臣・長井隼人が続ける。

「……まぁ、いくら綺麗なグラウンドになったところで有利になるのは僕らも同じ、また返り討ちにしてやるまでよ!!」
「「「おぉー!!!」」」

吼える斎藤軍。と、そこにユニフォームに着替えた信長の姿が現れた。

「おーおー、大将自らのお出ましかーい、こいつぁー面白くなりそうだなぁ」
「ハン、ほざけリトルリーガーが」
「リ、リトルリーガー!!?」
「貴様のような若造に敗れるほど、我ら織田勢は軟弱では無いわ、ハハハハハハ」
「バ、バカにしたなぁー!!チクショー!!ぶっ殺してやる!!」
「弱い犬ほどよく吼えるってか?」
「クキィー!!!皆のもの、バットとグラブの準備を!!」








『さぁ完成したばかりのここ新墨俣屋外野球場にて、中部の覇権を懸けた戦いが行われようとしています
 織田ウォーリアーズVS美濃斎藤野球倶楽部、まもなくプレーボールです!』

「……また実況って言うのが来てますね」
「気にしちゃ負けだ」

もはや恒例となった藤吉郎と柴田のやりとり。
そうこうしているうちに、審判団の配置などが行われていった。


その頃、斎藤側ベンチ。

「信長もバカだなぁー。グラウンドがキレイになったらその分、うちの美濃スーパーカートリオの活躍の舞台が整うと言うのにねぇ」
「……その件で少々お話が」
「ん、どうした長井?」
「いえ……あちらをご覧下さい」

長井が指差すのは織田側のベンチ。そちらに目を向けた斎藤が見たものは……

「……な、何でアイツら向こうにいるのぉー!!?」

安藤・稲葉・氏家の三人が何故か織田側のユニフォームに袖を通して準備をしていた。

「ど、どういうことだ長井!!?」
「残念ながら……彼らには裏切られました」
「な、なにぃー!?」


一方、織田側ベンチ。

「君ら3人には期待してるかなら。しっかり頼むぞ」
「「「うぃーっす!!」」」

信長の指示に従い、一回表の守備に散っていく美濃スーパーカートリオ。

「しかし……よくあの3人を引き抜けましたね」

藤吉郎の問いに、にんまりと笑って答える信長。

「なーに。貴様が墨俣改修を行っている間に、こちらでも手を打っておいたのだ」
「なるほどー。して、その手とは具体的にどのようなもので?」
「簡単なもんだ。3人個別にアポとって、裏でこっそり栄養費を渡したらコロッとな」
「え、栄養費……」

何かいろいろ突っ込まなければならない部分だが、あえて黙っておく事にした。

「そ、それはそうと家康どのの姿が見当たりませんが」
「んー、何か地元三河で一揆が起こっているらしくてな。野球どころではないらしい」
「……」
「それに、今あの男が織田軍に入っても宝の持ち腐れにしかならんわけだよ」
「え、どういうことですか?」
「俺の目に狂いがなければ、家康の捕手としての資質はかなりのものがある。
だが、残念ながら今の織田にはそれに見合うだけの投手がいない。
今日先発の佐久間も、ずば抜けて素晴らしい投手とは言えんからな」
「はぁ……」

何かいろいろ考えているのだなぁと軽く感心する藤吉郎。

「それはそうとエテ公、貴様いつまでベンチでのんびりしているつもりだ?」
「え?」
「え?じゃねぇ。8番ショートでスタメンじゃ、貴様」
「え、えぇぇぇぇぇぇぇ!!?」

突然の事に大いに驚愕する藤吉郎。

「そうと分かったらさっさと守備に着きやがれ!!」
「ヒ、ヒィー!!そ、それはそうと殿は試合に出ないのですか?」
「出るに決まっているだろ。まぁ、今日は指名打者制だからわしは守備に着かんでいいわけだ」
「は、はぁ……」

何か釈然としないものの、グズグズしてたら切り殺されかねないのでグラウンドに散っていく藤吉郎であった。




『さぁ一回の表、美濃斎藤の攻撃。
 織田側のマウンドに上がるには佐久間信盛、対する斎藤の打席には、主将・斎藤龍興が入ります』

「ほぉ……、大将自らが切り込み隊長か」

ベンチにて苦笑いを浮かべる信長。

「リトルリーガーだとか舐め腐りやがってぇー!!俺だって足速いんだよぉ!!」
「……何か、やりづらい相手だなぁ」

マウンド上でつぶやく佐久間。

『プレイボール!!』

審判の絶叫と同時に、第一球を投げ込む佐久間。

「ストライーック!!」
「んー、なかなかいい球投げるねぇ。だが、俺に打てない球じゃない!!」

「……さっきからよく吠える人だなぁ」
ショートの守備位置についている藤吉郎はそんな事を思っていた。
佐久間の第二球は外角低めに外れてボール。三球目は斎藤がファール。
そして投じた第四球。

「もらったぁー!!」

カツーン

本人の絶叫とは裏腹に鈍い打球音。そして打球は三塁方向へと転がっていく。

「へへへ、これなら楽々内野安打いただきだぜぇ!!」

一塁ベース目指して全力疾走する斎藤。だが、一足早くボールは一塁手の手の中にあった。

「アウトォー!!」
「え、えぇー!!?こないだの墨俣での試合なら確実に間に合ってたのにぃ!?」
「フン、今はもうあの頃のぬかるんだグラウンドではないんだよ。おかげさまで送球に手間取る事も無いわ!!」

打球を見事に処理した三塁・柴田が吠える。

「チ、チクショー!!」

そう言い放ってベンチへと走り去っていく斎藤の姿は、正にリトルリーガーそのものだった。
その後佐久間はフォアボールのランナーは出すものの、後続をしっかり断ち切って初回を0点に抑えた。

「ふぅー、やはり足がしっかり着くマウンドっていいよなぁ」
「佐久間さん、ナイスピッチングです」

ベンチに引き上げていく織田ナイン。
と、その向かう先のベンチでは信長が鬼の形相でグラウンドを睨みつけていた。

「……と、との?」
「アァン!?」
「ヒィッ!!!スイマセンスイマセン何か分かりませんがスイマセン!!」
「だまっとれエテ公、別に怒っているわけじゃない」
「ハァ……」

しかし険しい表情のままな信長。その視線を追ってみると……

「あ」

斎藤側がマウンドに送り込んだピッチャーは……

「信清のヤロォー……」

斎藤側に寝返った信長のいとこ、織田信清であった。

「あのヤロォ、俺の手で玉砕してやらな気が済まねぇ……」
「……でも投球練習を見る限り、なかなかの球を投げていますね」
「悔しいがあのヤロォ、うちの佐久間より実力では一枚上だ」

名指しされた佐久間がビクンッと肩を震わせる。

「まぁ……俺に打席が回ってきたときに決着つけてやる」


『一回裏織田ウォーリアーズの攻撃、打席には一番・安藤元就が入ります』

「裏切り者には容赦しませんよ、安藤さん」
「フン、自分だって裏切り者のくせによく言うわ」

不穏な空気が流れる中、信清の投じた第一球を安藤はバントする。

「なにっ!?」

すかさずキャッチャーがボールを一塁へと投げるが、セーフのコール。

「フン、これが美濃スーパーカートリオの実力よ。どこぞのリトルリーガーとは大違いだわ!!」

ショートを守る斎藤に向かって挑発的に述べる安藤。案の定、むこうさんは地団太を踏んでいるようだ。

「……安藤さん、一応元斎藤側なのに容赦ないっすね」
「かなり鬱憤堪っていたらしいからな」
「はぁ」

続く2番・稲葉一鉄はきっちり送りバントを決めてランナー2塁。
3番・柴田は高々と打球を上げるがライトがキャッチ。その間にランナー進んで2アウト3塁。
織田側先制のチャンスに、打席に迎えるは4番・指名打者・織田信長である。

「信清ぉー!!貴様、恩を仇で返しやがってぇー!!!」
「ハハハ何を言うかな。俺はアンタにそんな恩を与えてもらった記憶は無いんだがな」
「貴様ぁー!!!」

「あー、完全にブチ切れてるね、信長様」
「今近寄ったら確実に殺されるな、うん」

ベンチにて語らう藤吉郎と柴田。

「さっさと投げてこんかぁー!!貴様の球など日本海まですっ飛ばしてくれるわぁー!!」
「ではお言葉に甘えて」

そして信清の投じた第一球。

「ふんぬ!!」

信長渾身のスイング、だがそれはボールを捕らえることができず。

「な、なにぃ!?」
「ハハハハ、力みすぎてんじゃないのー信長」
「じゃ、じゃかあしわ!!」

続けて投じた第二球も、信長のバットは空を切る。

「……殿、完全に力んじゃってますね」
「まずいな、これじゃ信清の思うつぼだ」

「ハハハハ、所詮は信長もこの程度かぁ!!斎藤側に来て正解だったな」
「テメェー!!」

第三球は高めに外れてボール。第四球はファール。五球目もボールで2ストライク2ボール。

「んじゃ、これで決めますかぁー」

そして投じた第六球。

「もらったぁ!!」

カコーン

絶叫とは裏腹に、バットの根元に当たった打球はショートの方へ転がっていく。

「チクショー!!」
「フハハハ、この勝負、俺の勝ちだな!!」

マウンド上で高笑いの信清に、一塁目掛けて全力疾走する信長。
だが。

『おーっと、ショート斎藤龍興、打球をトンネルー!!』

「「え?」」

二人の織田が同時にショートを見やる。
そこでは実況どおり、捕球体制で固まっている斎藤の姿があった。
走行している間に3塁ランナーホームイン。織田ウォーリアーズ、思いがけない形で一点先制である。

「ギャハハハ、貴様、斎藤側に着いて正解だったとほざいたよな?ギャハハハ!!」

一塁ベースで馬鹿笑いの信長。もう己が打ち取られたという事実は忘却の彼方のようだ。
笑われる信清は、無言でショートの斎藤を睨みつける。

「……」
「ヒィッ!!」

「あらー、向こうさんいい感じで内部分裂してますねぇー」
「所詮リトルリーガーだ、うん」

更なる内紛を期待した藤吉郎に柴田であったが、
あいにく5番・氏家ト全は三振に斬って取られ、この回織田は一点を先制したのみに終わった。


その後は両チーム一進一退の攻防が進む。
3回裏、藤吉郎のヒットを足ががりに2点目を奪取する織田側。
対する斎藤もファールで粘るなどして地味に佐久間を攻め立て、5回に一挙3点を奪取して逆転に成功する。
信長はここまで3回信清と対峙するものの、先程指摘された力み過ぎで、エラーによる出塁以外、凡打に打ち取られている。
それでも織田側は何とか1点を返して、3−3の同点に追いついたまま8回裏を迎える。

『さぁー1アウトから7番丹羽長秀がヒットで出塁。ここで今日1安打の木下がバッターボックスに入ります』

「ベンチの指示はバントか。……決めねば殺す、そんなおぞましい事をサインで送らないで下さい、殿……」

自軍ベンチを眺めながら、冷や汗を流す藤吉郎。
マウンド上の信清はここまで100球近く投げ込んでおり、そろそろ疲労の色が見えてきている。
本音ならここは打ちに行きたいところなんだが……

「そんな事したら即斬首だな。送って次の代打に期待、か」

軽く身震いして打席に入る。
そして信清の投じた初球をバントする…が、

「げっ!」

打球の勢いが殺せず、ピッチャーがすかさずキャッチして2塁へ送球、ランナーアウト。
何とかゲッツーは免れたものの、バント失敗である。

「う、うわぁ……、どうしよう……」

おそるおそるベンチの方を見ると……案の定、烈火の如く怒り狂った信長が暴れていた。
……逃げたい。今すぐ逃げ出したいと思った。

「ハン、信長も落ち着きのない男だのぉ。さーて、次はピッチャーだが当然代打、誰が来るか……」

マウンド上で冷静に分析する信清。ここで織田の打席に入るのは……

「代打、蜂須賀小六!!」

「え、えぇー!!?」

一塁ベース上で驚愕する藤吉郎。

「な、何で蜂須賀……?」
「いや、あの男なかなかの野球センスを持ってそうだからな」

一塁コーチの水野信元が藤吉郎の問いに答える。

「どこの馬の骨か知らぬ人間でも、使えると思えば積極的に起用していく。それが殿のやり方だな」
「はぁ……」

打席に入る蜂須賀。そして信清の第一球。

「ストライク!!」

信長も顔負けの豪快なスイングをしての空振り。

「つか明らかに今の球、見逃していたらボールでしょ!」
「……当たれば飛ぶ。博打だな、こりゃ」
「な、何すかそれー!!」

続く第二球もインコース低め、見送ればボールの球を再び空振りにする。

「あーあ、追い込まれちゃった……」
「当たるも八卦、当たらんも八卦」

そして三球目。

カキーン!!

「……あ、あたった」

『おーっと織田軍代打策大成功、蜂須賀小六、値千金の勝ち越し2ランホームラン!!』

喜び勇んでホームベースを踏む藤吉郎、そしてダイアモンドを一周してきた蜂須賀とハイタッチを交わす。

「すげぇよ蜂須賀!!野球の才能があっただなんて」
「ハハハ、マグレさマグレ。そんな事よりもベンチに戻ってみんなと喜びを分かち合うのよねぇー」

ベンチ。先程のバント失敗が思い出される。
恐る恐る信長の様子を伺う藤吉郎だが……

「……大丈夫かな」

満面の笑みで蜂須賀の打撃を褒め称えている信長の姿がそこにはあった。
それを確認してこっそりベンチに戻る藤吉郎。
が、

「ハハハ、お、エテ公、とりあえず千本な」
「……はい?」
「だーかーらー、バント練習千本な。清洲帰ったらさっさとやれよー」
「……」

スッと柴田がやってくる。

「……あのホームランが無かったらお前確実に斬首だったぞ。蜂須賀に感謝するんだな」
「ハ、ハイ……」


その後、斎藤側は信清をマウンドから降ろし、長井隼人を救援に送る。
そして何とか織田の後続を断ち切り、9回の攻撃を向かえる。
だがその後反撃の機会を掴む事は出来ず、結局3−5でゲームセット。
織田ウォーリアーズ、辛くも勝利を収めたのであった。

「ち、畜生、おぼえてろよぉー!!!」

王道的なセリフを吐いて何処かへと逃げ去ってゆく斎藤龍興。
最後の最後までやることなすことリトルリーガーであった。

「ハン、これで美濃は俺のもんじゃぁ!!この調子で、天下統一行くぞぉ!!!」
「「うぉおおおお!!!」」

墨俣野外野球場に響き渡る、信長及びその家臣たちの雄たけび。
その影で藤吉郎は
『そういう信長様、今回さして活躍してないのになぁー』
とふと思ったりしたが、そんなこと口にしたら末代まで辱めを受ける事は必至なので、
皆と一緒になって雄たけびを上げるのであった。

















あとがき


一部の反響に答える形で書かせていただきました第二話。どうも、舞軌内です。
つか長さ一話の倍ですよ。かるーく書けると思ったらこんなことなっちゃいましたよ。
今回は桶狭間に比べりゃ知名度は低い美濃統一戦ですー。
VS斎藤龍興。リトルリーガー呼ばわりですよ。ファンの方はゴメンナサイ。
墨俣城のかわりに野球場を作る藤吉郎とか、今回もいろいろ無茶苦茶です。
まぁ、その無茶苦茶感も売りの一つなんですが。

さーて次回はこれまた微妙な知名度のVS足利幕府編。
とりあえず、明智光秀とか出てきますので前もってお知らせですー。

ではまぁとりあえずこのへんで〜