いつ以来だったろう、こんなにも全力で走るのは……

 ただ走るだけなのに、こんなにも苦しい……

 息つく暇も無いとは本来こういった場合に使うべき言葉なのじゃないか、と自分でも意味不明なことが頭によぎる。

 胸いっぱいに空気を取り込んでも足りない足りない、全然足りない。

 もっともっと肺が酸素を欲しているのに、肉体の欲求を無視して走る。

 そんなの後回しだ、息をする暇があるなら少しでも前へ進め。

 今ならゴールにリースが待っている。

 リースを手に入れたいなら走れ走れ、もっと速く走れ。

 リースがいない悲しみも、愛する者の居ない切なさも、捕まえておけなかった後悔も、もうごめんだ。

 とっとと行かないと、リースが居なくなってしまいそうだ。

 リースはそういう娘だ。

 こちらが捕まえようとするとフラっと何処かに姿を消し、こちら何もしていないと遠くからそれを寂しそうに見ているのだ。

 だから……

 だから……追いかけないといけない。

 もう終わったものだった。

 もう手に入れれないものだった。

 それが何の偶然なのか、それとも必然だったのか……

 手に入れれなかったものが手をのばせば掴める場所に戻ってきた。

 でもそれはまだ揺蕩っていて、手に入ったわけじゃなくて……

 だから、今度こそ掴んでみせる。

 後悔の無い選択を。

 今度こそ後悔の無いように……














 野良猫よりも気紛れな 最終話













 あの時と……リースとの別れの時と同じ様にモニュメントの周りの地面を調べる。

 場所は記憶している……忘れた事なんて一度も無い。

 あれから何度か調べてみたけど、リースが居なくなってからは何をしても何も起こらなかった。

 ただ、空を見上げて別れの場所を見上げるだけだった。


 「はあっ、はあっ……」


 目的の場所に着いた。

 ……一度だけ後を振り返ると麻衣が追いかけてきていた。

 ごめんな……麻衣。

 心の中で謝って、三度手を叩いた。

 ゆっくりと身体が宙に浮く。

 まさしく地に足着かない感覚が甦る。

 瞼を閉じて大きく息を吸い込む。

 落ち着け……今は……


 「お……お兄ちゃん!? う、浮いてる!?」

 「…………」


 今はリースとの会話のことだけ考えておけ。

 いざという時に躊躇うな。

 俺の最善を考えるな、リースの最善を考えるな。

 俺とリースの最善だけを選べ、他に目もくれるな。

 じゃないと、また取り逃がすぞ俺。

 少しずつ速度が落ちてきているのが感覚的にわかる。

 もうすぐあの場所なのだろう。

 少しずつ、少しずつ速度を落とし……

 そして、音もなく止まった。


 「静かだな……」

 「静かな方がいい」


 ゆっくりと瞼を開ける。

 長い間瞼を閉じていた所為か、眩しくて何も見えなかったが徐々に慣れてハッキリとリースの姿が見えるようになった。


 「おかえり、リース」

 「……ただいま」

 「久しぶりだな、リース」

 「……久しぶり」


 久々に見るリースの表情はどことなく怒った表情だった。

 ぷい、とそっぽを向いてる。

 どうしたんだろうか?


 「タツヤは嘘吐き。あの時ずっと待ってるって言ったのに、待ってなかった」

 「ずっと待っていた」

 「でも、女の子とデートしてた」

 「……確かめていたんだ……リースのこと」

 「私のこと?」

 「どれくらいリースの事を考えてるかってな……笑っちゃうよなデートしてる時でもリースの事を頭から追い出そうとしても、すぐにリースが出てくるんだ」

 「タツヤ……」

 「それでな……解りきっていた事なんだけど、やっぱり俺、リースが好きみたいだ」

 「……っ!?」

 「……そんなに驚くような事だったか?」

 「……初めて」

 「ん?」

 「初めてタツヤが好きって言ってくれた」


 そう言って、リースは一年ぶりに俺に向けて笑顔を向けてくれた。

 その笑顔に 胸が締め付けられる。

 もっと……

 もっともっともっともっと、その笑顔を見ていたい。

 傍で……出来ればずっと……


 「これからどうするんだ?」

 「責務を果たす」

 「でもまだしばらくはここにいるんだろ?」

 「…………多分、そうなると思う」

 「この近くにロストテクノロジーがあるのか?」

 「……それはわからない」

 「……?」


 変な話だ。

 リース……およびフィアッカの役目はロストテクノロジーの管理のはず。

 それなのに肝心のロストテクノロジーがあるかどうかすら解らないなんて……

 俺の怪訝そうな表情を見て取ったのか、リースが説明をしてくれた。


 「我々には責務が幾つかある」

 「じゃあ、今回はロストテクノロジー絡みじゃないのか?」

 「……微妙」

 「微妙?」

 「最優先されるのはロストテクノロジーの管理だけど、それだけじゃない。管理できるフィアッカ様がいなければ話にならない」

 「そりゃそうだ」

 「今は私の身体に入っているけど、私の身体は永遠のものじゃない。いずれ終わりが来る……その前にフィアッカ様の新しい器がいる」

 「つまり、今回戻ってきた理由っていうのは…………」

 「フィアッカ様の後継者を育てる為」


 サアァと風が吹き、リースの長い金髪を揺らす。

 髪が乱れ、リースの表情が見えなくなるが、俯いた仕種から察しはつく。

 きっと後ろめたいんだ。

 誰だか知らない人にその責務を押し付ける事が。

 フィアッカを身に宿すっていう事は即ち人生の半分をあけわたすって事だ。

 たとえフィアッカが表に出なくてもロストテクノロジーの探索には行かなければならない……一年前のリースみたいに。


 「……あれ? でもちょっと待てよ? どうしてこっちに戻ってきたんだ? こっちじゃなくても後継者は……まぁ、俺は嬉しいんだけど」

 「……そのことなんだけど……その……」


 風が止み、リースの髪が元のヘアースタイルに戻る。

 ようやく窺えるようになったリース表情は俯いてはいなかったが露骨に俺から視線を外して横を向いている。

 ……あと、心なしか頬が赤いような気がする。


 「フィカッカ様を継承させるのは私の一族の役目で……一族の者しか継承できない」

 「……はぁ……?」

 「……それで……私には姉妹や兄弟はいない……」

 「ふむふむ」

 「……タツヤは鈍すぎる」


 どうやら俺は鈍いらしい。

 とりあえず何か察しろという事なのだろう。

 リースは後継者探しに来て、その後継者は一族しか駄目で、リースには兄弟がいない。

 ……親はすでにフィアッカ経験者(?)って言うのも変な言葉だけども多分そうなんだろう。

 つまり、リースの親はリースを生んでリースを後継者にしたわけだな、そうしてフィアッカを次世代へ……って待て!?

 な……なにやら恐ろしい結論に達したんだが……


 「リ……リース?」

 「…………」


 リースは顔を真っ赤にしたままプイっと俺から顔を背けている。

 せ……正解なのか!?


 「リースッ!」


 気がついたときには、『空』を蹴ってリースを抱きしめていた。

 最初は微動だにせず受け入れていたが、しばらくすると恥ずかしくなったのか、もぞもぞと暴れだした。


 「や、やめろ、放せ」

 「放しても逃げない?」

 「逃げる」

 「じゃあ、放さない」


 さらに激しく暴れだしたリースだが、こっちがさらに強く抱きしめている為に逃げ出せない。

 ……が、このままにしておくとその内、本気でヘソを曲げてフィアッカと交代しそうなので妥協案を出してみる。


 「じゃあ、俺の質問に答えたら放してやろう」

 「何?」


 もがきながらも怪訝な表情で俺を見るリース。

 表情に不安が見え隠れしているのは、信用されているのかいないのか微妙なところだった。


 「俺の事どう思ってる?」

 「泣き虫……そしてサヤカよりしつこい人……放して」

 「むむ……じゃあ次の質問」

 「次があるなんて聞いて無い」

 「次が無いとも言って無い」

 「タツヤは卑怯」

 「俺の事どう思ってる? 好きか嫌いかで」

 「…………」

 「どうしたリース? 答えないと放さないぞー?」

 「……知ってるくせに」

 「聞いて無いし」

 「…………タツヤなんか嫌い」


 リースはそう言うと、一瞬俺の身体が緩んだ隙を逃さずにするりと抜け出してしまう。

 リースはハァハァと肩で息をしながら、警戒心丸出しの視線で俺を見ている。

 本当に猫みたいだと思う。


 「……で、後継者ってどうするんだ? 俺が言うのもなんだけど、リースはまだ子供生める体型だとは……」

 「タツヤは失礼……もう子供くらい生める……それに……」

 「それに?」



 「もうタツヤの子を生んでる」




 その言葉を聴いた瞬間、俺の意識は白い世界へ飲み込まれていったのだった。


















 それからどうやって家まで帰ってきたのか憶えていない。

 気がついたら地上に降りていて。

 気がついたら麻衣とリースに両脇をがっちり固められていて。

 気がついたら俺は捕らえられた宇宙人みたいな状態になっていて。

 気がついたら玄関の前まで着いていて。


 ……気がついたら家の扉を開けたところに、笑顔なんだけどとんでもない形相に見える姉さんが仁王立ちで立っていた。



 「ね……姉さん」

 「た・つ・や・く〜ん? ちょーっとお話したい事があるんだけど?」


 ……既にバレているらしい。

 しかもかなりご立腹らしい。


 「……はい」


 うなだれて姉さんについて行く俺。

 そしてその後姿を暢気そうに見ているリースと困惑顔の麻衣が『ただいま』と言ってついて行く。


 「いったい何なんだろ?」

 「……すぐにわかる」

 「リースちゃんは嬉しそうだね」

 「……そんなことない」


 リビングに行くとソファの上に毛布に包まれた赤ちゃんが居た。

 今はすやすやと眠っているらしいが、起きると騒がしいんだろう、部屋の散らかり具合がそれを力強く物語っている。


 「わぁ〜! 可愛い! 赤ちゃんだ! お姉ちゃんどうしたのこの子? 何処の子なの?」

 「リースちゃんの子供よ」

 「へぇ〜、リースちゃんの……ってリースちゃん!?」

 「そう」

 「妹とかじゃなくて!? リースちゃんが産んだの!?」


 麻衣の質問に無言で頷くリース。

 それを見て麻衣は、ほぇ〜と目を丸くしている。


 「それで名前は何ていうの?」

 「まだ決めてない」

 「じゃあ今決めちゃおうよ」

 「……私一人では決めれない」

 「そっか……そうだよね……この子のお父さんはどうしたの?」

 「……ここにいる」

 「え?」


 それまで黙っていた姉さんがようやく口を開いた。

 見たことも無い姉さんの表情。

 困惑と不安と怒りが混ざったような表情。

 そんな表情の姉さんが言い放った。


 「この子の父親は達哉くんよ」

 「え……?」

 「どうするの? 達哉くん?」

 「……俺は……」


 全ては自分が蒔いた種。

 できるものなら何とかしたい。

 しかし、今の自分は所詮は学生だ。

 別に学生だから……なんていうのを免罪符にするつもりは無い。

 問題なのは収入の問題だ。

 今から大学を辞めたとて、お金が入るわけでもない。

 すぐに職が転がってくるわけでもない。

 お金を借りれるほどの立場も無い。

 俺は……


 「……タツヤ」


 リースの表情が不安げに揺れている。

 俺は……リースにこんな表情をさせている。

 やっと会えたリースをこんなにも不安にさせている。

 世界で一番愛してるリースを悲しませようとしている。


 「俺は……」


 自分に出来る事。

 自分じゃ出来ない事。

 自分がしたい事。

 全てが上手く噛み合えばこんなに心苦しくある必要はないのに。

 したいのに……してあげたいのに……それが出来ない……

 それはとても辛い事。

 出来ないものは出来ない。

 それを出来るという事は簡単だけど、後で出来ないなんて言う無責任なことは出来ない。

 だから無理といって謝るのが一番誠意を込めた方法だと思う……









 ……そう、思っていた……一年前までは……








 だけどそれじゃ駄目なんだ。

 確かにそれが正しいのかも知れない。

 だけど、もう俺は……







 「…………もう後悔したくない」






 「タツヤ?」

 「俺は……正しさよりも最善よりも、気持ちをとる!」

 「達哉くん?」

 「……リース」

 「なに?」

 「名前……決めてあげないとな」

 「あ……タツヤッ……」


 リースが抱きついてきた。

 そう言えば初めてだな……リースから抱きついてきたのは……


 「……達哉くんはそれでいいのね?」

 「いいも何も……これしかないよ」

 「よかったー。これで駄目とか言ってたら達哉くんなんか家から放り出してるところよ」

 「姉さん……」


 姉さんが柔らかく微笑んでいる。

 きっと困難が多いだろうことを承知で。


 「名前……どうするの?」

 「そうだなぁ……リースはどんな名前がいいと思う?」

 「……実は一つだけ候補がある」

 「奇遇だな、俺もだよ」


 赤ん坊を高く抱え上げて……

 満面の笑みを浮かべて……

 俺たちは同時に言った。




 「この子の名前は……」














































 それは何処かの船での一コマ。


 「……いつ見ても綺麗な星ね……地球は」

 「ねぇねぇかあさま! チキュウってどんなところなの?」

 「そうねぇ……とっても楽しいところよ」

 「あそぶところもいっぱいある?」

 「ええ、遊ぶ所もいっぱいあるし、見る物全てが新鮮よ。凄く大きな川や見たことも無い魚が泳いでいたりするわね」

 「うっそだぁ!」

 「あら、本当よ? 着いたら一緒に行きましょうね」

 「ほんとう!?」

 「ええ、ミアもいいわね?」

 「もちろんです、姫さ……じゃなかった、王妃様」

 「あら、姫様だなんて言い間違いは何年ぶりかしら?」

 「……地球を見てたら懐かしくて、つい……」

 「あらあら」



















 「あーっ! かれんだー!」


 銀の髪の少女がテテテーと連絡港内を走っていく。

 少女の向かう先にはカレンが笑顔で立っていた。


 「リスティア様、お元気そうでなによりです」

 「げんきげんきー! かれんもげんき?」

 「ええ、元気ですよ」

 「お久しぶりね、カレン。貴女のお陰でこっちは随分と助かったわ」

 「恐縮です」


 ここ数年、カレンは地球で、月、地球間の外交問題を一手に引き受けていたのだ。

 フィーナの方も月の重臣達を説得する事に成功して、ようやくホームステイという形ではなく、ちゃんとした来訪といった形で来れる様になった。

 とりあえず、火急の用件が無い限り、二ヶ月は居れることになっている。


 「あれから七年……ですか」

 「月日が経つのは早いものね……」


 フィーナ達が地球を後にして七年……ようやくこの地に戻ってこれた。

 フィーナは結婚をして、子供も生まれた……その子供がリスティアという少女。


 「では、行きましょうか」

 「ええ、そうね」

 「みんな準備して待ってますよ」

 「あれから、みんながどうなったのか知らないから不安だわ」

 「みなさん元気ですよ……もっとも、元気でなくてもいいのも元気なので困ってますが……」

 「?」

 「いえ、なんでもないです」

 「ねぇねぇ! どこいくのー?」

 「お母さんの友達の家よ」


 フィーナはそう言って、娘の手を取って朝霧家へと歩き出したのだった。
















 「ここ?」

 「そうよ」

 「なんだかちっちゃいね」

 「うちと比べれば小さいけど……とても楽しいところよ」


 フィーナは万感の思いで朝霧家を見つめていた。

 ここに来るまで七年かかった。

 とても長くて辛い道のりの途中で折れなかったのは、ここでの生活の思い出があったからであろうとフィーナは思う。


 最後はあんな別れ方になったけど……達哉はどうなっているのだろう?

 さやかも相変わらず、寝起きはああなのだろうか?

 麻衣は今でもフルートを奏でているのだろうか?

 菜月は獣医になれたのだろうか?

 仁さんは今でもあんな軽い性格なんだろうか?

 左門さんは今でも美味しい料理を作っているのだろうか?


 その物語の続きをこの目で見てみたい……もちろんそれだけがスフィア王国と地球各国との国交の回復に力を注いだ理由ではない。

 だけど、その気持ちがいつしか大きくなっていたのは事実なのだ。


 「かあさま?」


 立ち止まったまま動かないフィーナをリスティアが不思議そうに見ていた。

 フィーナは気を取り直して言った。


 「何でもないわ……さぁ、入りましょう」



















 パン! パン! パァン!! びしゃっ!


 ドアを開けると同時に鳴るクラッカー。

 飛び交う紙ふぶき。

 一斉に言われる『フィーナ、ミア、おかえり』の言葉。


 そして…………何故かカレンに放たれた水鉄砲がフィーナ達歓迎の挨拶だった。


 「リィィスゥゥッ!」

 「わっ!? カレンさん落ち着いてっ!?」

 「さすがに今日という日ばかりは、いかにリースとて大人しくしているだろうと思っていた私が愚かでした。やはりこの場で叩き切りましょう!」

 「勝手に人の行動を決め付けてる方が悪い」


 そう言ってカレンと真っ向から睨み合うリース。

 そのリースの姿は七年前とは別物だった。

 背が伸び、多少は体つきが良くなったのだが、それでも年相応の体型には至っておらず達哉と並んで歩けば兄妹と間違われるのが常であった。

 が、それでもフィーナ達から見ればそれはかなりの変化だったといえる。


 「とりあえず中へ……あの二人はいつもの事なんで」

 「え、ええ……」


 カレンの豹変振りに戸惑いながらもフィーナ達は朝霧家の居間へと歩いていくのであった。




















 「まぁっ!? 結婚していたの?」

 「ああ……結婚はしたんだ、したんだけどな……」


 居間に通されたフィーナ、ミア、リスティアの三人。

 とにもかくにも、あれからどうなったのかを聞きたいフィーナの強い要望で達哉はリースとのあれこれを語っている。

 ミアは麻衣、さやかと仲良く語っており、鷹見沢一家はトラットリア左門でパーティーの料理の仕度の最中。

 ちなみに、当の本人のリースは未だにカレンと鬼ごっこの真っ最中である。


 「あら、何か悩みでも?」

 「結婚してそこそこにはなるんだけど……一度もリースが好きとも言ってくれないし、息子は息子でやたら大人びてるし……愛に餓えている」

 「贅沢な悩みね」

 「そうか? ごく一般的な欲求だと思っていたんだけど……やっぱり何事も素直が一番だと思うわけで……リスティアちゃんは素直そうだし、いいなぁ」

 「いくら達哉の頼みでもこの子は譲らないわよ?」

 「いいよなフィーナは……テレビで見る限り旦那さんいい人そうだし、リスティアちゃんも親に似たのか可愛いし……はぁ……」

 「あら? 達哉、その発言は私も可愛いと暗に口説いてるのかしら?」

 「ちっ、違う違うっ!?」

 「そんなに全力で否定するほど魅力無いかしら?」

 「そうじゃなくてだな……フィーナ、性格変わったか?」

 「もともとこれが地よ。それに今だから言いますけど、初恋の人にそんな事言われれば多少は思うところだってあるわ」

 「まー、それは仕方ないかな……って初恋っ!? 俺がっ!?」

 「うふふふふ……」


 フィーナが妖しげな笑みを浮かべながら身体を達哉の方に身を乗り出す。

 そして手をそっと達哉の頬に伸ばし、甘く囁いた。


 「今でも好きだと言ったら……貴方はどんな返事をしてくれるのかしら?」

 「ふぃ、ふぃーな!?」

 「…………やめて」


 そのままキスでもしようかという体勢のフィーナと達哉の間にリースが割り込んできた。

 リースは達哉を後に庇い、いつもの無表情でフィーナにそう告げる。


 「よかったわね、達哉。ちゃんと愛されているわよ」

 「えっ? あっ!? なるほど、演技だったわけか」

 「……………………謀られた」


 フィーナの表情が元に戻り、ソファーに腰を下ろす。

 リースは今更達哉と離れるのも決まりが悪いのか、くっついたままフィーナに警戒の視線を送っており……

 それを見ていたミアとさやかは笑顔をこぼし……

 同じく見ていた麻衣は『あーゆー風に迫ればお兄ちゃんは……』などとぶつぶつ言いながらメモを取っていた。


 「それにしても姫さ……じゃなかった、王妃様。迫真の演技です!」

 「そうねぇ、私も一瞬、本気かと思っちゃったわ」


 感心するミアとさやかにフィーナは少し決まりが悪そうに微笑んだ。

 一方、達哉は近寄ってるリースをこれ幸いにと捕まえたまま、ソファーに腰を下ろす。


 「は、放せ」

 「んー? リースはこの体勢は嫌か?」

 「恥ずかしい、放せ」


 じたばたと暴れるリースを捕まえたまま達哉は笑顔で応える。


 「捕まえていないと、すぐ何処か行っちゃうからなぁ……」

 「放せ、放せ」

 「達哉とリースは、あの頃から何も変わっていないのね」

 「そうかもな」

 「ええ、まるで猫とその飼い主みたい」

 「…………猫じゃない」

 「そうだな、リースは猫なんかじゃないぞ、猫よりももっとずっと気紛れな……」


 『達哉ー、パーティの準備できたわよー!』


 玄関から聞こえてきた菜月の声に皆が反応して席を立つ。

 達哉はリースを抱えたままだ。


 「あら? リスティアが居ないわ」

 「……そう言えばうちの子も」

 「リスティアー? ご飯よー?」


 『はぁ〜い!』


 フィーナがリスティアを呼ぶと書斎から声がした。

 どうやら書斎に居たらしい。


 「あら、達哉とリースは息子を呼ばなくてもいいのかしら?」

 「……場所は教えておいたから、お腹がすけば勝手にくる」

 「随分と放任主義ね」

 「かまってやろうとすると、すぐ逃げるからな。リースみたいに近寄ってきたところを一気に捕まえるのが家族円満のコツだ」

 「それは家族円満っていうより……」

 「猫への接し方なのでは……?」

 「そりゃあ、リースちゃんの子供ですから!」

 「でも、それを可愛がるのが楽しいのよねー」


 達哉の答えに、フィーナ、ミア、麻衣、さやかがそれぞれの反応を示したところでリスティアが金髪の少年を連れて走ってきた。


 「あの子が達哉とリースの子供?」

 「ああ、素直に来るなんて珍しいんだけどな……まぁ、あっちで紹介するよ」

 「楽しみだわ」

 「それじゃ、行こうか」

 「ええ♪」


 そして七年の歳月を越え……

 新たなる人物を加え……

 これから達哉達は新たなる懐かしき生活を繰り広げる……

 これから始まるパーティはその前兆でしかない事をみんな心の奥で確信しながら……










 野良猫よりも気紛れな 完