「……う〜ん」
「…………」
「どうしよう」
実家の方に帰ってきて、帰る前についでに日常雑貨品を買いに来たんだけど……
「な、なんなの? この惨状は……」
なんか見覚えのある顔が見えたから駆け寄っていったら、達哉はどこかに走っていくし、麻衣も達哉追いかけていくし、翠は何故か倒れてるし……
それに達哉と麻衣が一緒なのはともかく……いやでもあの二人が一緒にこんなとこにいるのは珍しいとは思うけど、今思うことはそうではなく……
どうしてここに翠が倒れているか。
翠も達哉たちと一緒だったというのは間違いないだろう。
ではどうしてここで一人で倒れているんだろう?
一緒だったなら、麻衣や達哉が翠が倒れているのを放って何処かに行く筈がない。
でも、現に翠はここで何故か倒れてるし……
「うぅ……」
「翠!? 翠っ、ここでなにがあったの?」
「は……」
「は?」
「謀ったわね、麻衣ちゃん……いい左持ってるじゃないの……ガクリ」
「翠っ!? みどりーーっ!?」
翠が不穏な遺言を残して逝ってしまった。
何かが……何かが起こってる。
とりあえず達哉と麻衣を追おう。
「翠……なんだかよく解らないけど、仇は討つからね!」
「ま……まだ……死んで……ないわよ」
野良猫よりも気紛れな その4
「待て……待ってくれフィアッカ!」
「…………」
フィアッカを追いかけて走る。
だが体格の小さいフィアッカをすぐに見失ってしまう。
「くっ!? どこだ!?」
「…………」
「フィアッカ!」
道の端にこちらに背を向けて歩くフィアッカを発見する。
道行く人にぶつかり、嫌そうな顔をされながら必死にフィアッカを追いかける。
「…………」
一瞬だけこちらに視線を向けてフィアッカが曲がり角を曲がる。
俺は人にぶつかりながら、前のめり気味なまま追いかける。
曲がり角を曲がると、今度は階段を降りようとしている所だった。
慌てて追いかける。
階段を下りると、金髪をたなびかせた少女がデパートから出て行くところだった。
出口までには殆ど人がいない。
これでかなり差を詰めれるはず……
そう思い、走る。
だけどそこにはフィアッカの姿は無い。
「フィアッカ!」
「…………」
だけど、名前を呼んだらひょっこりと物陰から出てきて。こちらを一瞥するとまた歩き出し始める。
追いかけるとその都度逃げ出して……
見失って名前を呼んだら物陰からひょっこりと姿を現す。
追いかけようとするとまた見失って……
そんな事を繰り返すうちに、街から大分遠ざかった場所まで来ていた。
「ここは……?」
夢中で追いかけてきて気付かなかったが、ここは公園の丘の途中。
丈の短い草が生い茂っている。
いつの間にかこんな場所にまで来てしまっていたらしい。
そよそよと少し湿気た風が頬を凪ぐ。
その丘の自分がいる場所の少し上ぐらいにフィアッカがいる。
フィアッカは紅い双眸をこちらに向け、無言でこちらを見下ろしている。
「フィアッカ……」
「……久しぶり……だな」
「…………」
「どうした? 今まで待て待てと叫んでおいて、待ってみたら今度は沈黙か?」
今まで、フィアッカの姿を見て反射的に追いかけてきたが、いざ話せる状態となると、正直、何を話していいのか解らない。
何故フィアッカがもう一度出てきているのかとか、どうして戻ってきたんだとか、またすぐに何処かに行ってしまうのかとか……聞きたい事はいっぱいあるはずなのに。
ゆっくりと気持ちを落ち着けて、上に居るフィアッカを見ながらゆっくりといいたい事を整理する。
すると、どう考えても最初に言うべき言葉が出てくる。
「……おかえり、フィアッカ、そしてリース」
「よせ、どうせすぐに消える身だよ」
それはどういった意味だろう?
すぐに旅立ってしまうという意味なのか?
すぐにフィアッカの人格が何処かに行くという意味なのか?
実は一年前の症状が治っていなくて、もしくは再発して、もうすぐリースが消えてしまうという意味なのか?
「聞きたい事があるのだろう? 遠慮せずに言うといい」
「リースは……リースは大丈夫なのか?」
「正気かどうかという意味では大丈夫ではなかったな」
「回りくどい言い方だ。何がいいたいのか解らない」
「つまりだな、何処かの誰かさんが暢気な顔して自分以外の女とデートしていて心穏やかでは無くなったという事だ……まったく……恋愛に慣れていない所為かリースリットの怒り様と焦り様は尋常ではなかったぞ?」
「う……」
「まぁ、あそこまで殴る蹴るの暴行を受けておきながら、この可能性に気付かなかったタツヤも相当尋常じゃないとも言えるが……」
「ううっ……」
「つまり、リースリットは心身ともに異常はないな。心は普通の少女の様に嫉妬するくらいに健康的だし、身体は見たとおり何処にも異常はないだろう? それとも服越しでは解らないか?」
ニヤリ、とフィアッカが意地の悪い笑みを浮かべて言う。
フィアッカの方も心身ともに以前通りの様だ。
「今度はどれ位こっちに居るつもりなんだ?」
「そうだな……」
フィアッカはこちらを見ながら、またニヤリと先程の笑みを浮かべる。
「新たに出来た使命を終えるまで……かな?」
「そうか……その使命はすぐに終わるのか?」
「わからんよ……すぐに潰えてしまうかも知れないし、長続きするかもしれない」
潰える?
妙な言い回しだ。
「その使命って何なんだ? やっぱりロストテクノロジー関係なのか?」
「それはリースにでも聞くといい。私から言うべき事じゃないな」
「じゃあ、リースと替わってくれ」
「まだだよ、タツヤ……もう少しでリースリットも落ち着く。あの場所に着く頃にはリースリットに替われるだろう」
「あの場所?」
「別れの場所だ……どうやら今回も下だと騒がしい様なのでな」
フィアッカの紅い双眸が俺ではなく俺の後ろに向けられる。
俺が振り返ると麻衣が駆け寄ってきているところだった。
「ではな、タツヤ」
「……っ!? フィアッ……」
フィアッカに視線を戻そうとした時、強い風が吹き……
目を開ける頃にはそこにフィアッカの姿は無かった。
どんどん先に進んでいくお兄ちゃんを見失わないように追いかけていく。
お兄ちゃんが急に走り出した理由はきっとリースちゃんだろう。
先程私が見かけたリースちゃん(らしき人)を追いかけているのだ。
思わず溜め息をつきたくなる。
お兄ちゃんの視線が外れた瞬間に遠山さんをリバーブローで沈めた所までは良かったんだけど、よくよく考えるとまずい。
そりゃあ、私だってリースちゃんには会いたいけど。
でも、今のお兄ちゃんは……
それに人違いの可能性が高い。
これで人違いだった日には、また落ち込んじゃうし……
あーもう、追えなかったら追えなかったで落ち込むんだろうけど……
はぁ……また二・三日は暗くなるかなぁ……
溜め息つきながら追いかけていると、後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「麻〜衣〜ぃ!」
「菜月ちゃん!?」
嘘!?
どうしてここに菜月ちゃんがいるの!?
……まずいなぁ。
どうして菜月ちゃんがいるのかとかは、この際どうでもいい。
問題はお兄ちゃんが失意の底にいる時に、隣に誰がいるかということだ。
リースちゃんを見失う。
↓
お兄ちゃん落ち込む。
↓
そこを私が慰める。
↓
「ああ、俺には身近に想ってくれる人がいるのに何故気付かなかったんだ」と愛に目覚める。
↓
「これからは兄妹じゃなくて恋人だよ……ほら、恋人同士じゃないと出来ない事しよっ!」って言って、そして……そして……
「ああ〜ん! お兄ちゃんったら、そんながっつかなくても私は逃げないよ」
「ま……麻衣……?」
「はっ!? 思わず脳内未来予想図がダダ漏れしちゃってた!?」
「……な、何だか解らないけど、とりあえず人前であんまり身体をクネクネさせるのは止めた方がいいと思うよ?」
「はうっ……そ、そんなことよりっ!」
「……露骨に話逸らしにきたね」
「お兄ちゃん追いかけないと!」
「そういえば、どうして達哉を追いかけているの?」
「えーっと……」
菜月ちゃんに事情を説明する。
お兄ちゃんが私に隠れて遠山さんとデートしてたこと。
それを私が追いかけていたらリースちゃんらしき人影を見たこと。
リースちゃんらしき人影を追いかけようとしたらお兄ちゃん達に見つかってしまったこと。
そして、おそらくだけど、その人影を見てしまってお兄ちゃんが追いかけていったこと。
「なるほど……ところで麻衣?」
「なに?」
「翠はどうして……」
「さっ! 早く追いかけないとお兄ちゃん見失うよっ!」
「ちょっと、待って麻衣ってば!」
ごまかすように走り出す。
見ればお兄ちゃんが曲がり角を曲がっていくところだった。
とっとと先に行っちゃっているかとも思ったけど、リースちゃん(らしき人)を補足するのに時間がかかったみたい。
あと、結構な人ごみだし、思うように進めない事もあってか、まだ辛うじて視界範囲内だった。
「とにかく、達哉に追いつけばいいのね!」
「う、うん!」
切り替えが早いというか、単純と言うべきなのか……菜月ちゃんもその気になって追いかけ始める。
しかしどうしたものだろう……
仮にあのリースちゃんが本物だとして、何故逃げるんだろう?
そりゃまぁ、カレンさんとかに指名手配を受けているものの、この状況下で逃げるべき何かがあるとも思えない。
こちらに気付いていないという事はないだろう。
いくらなんでも出来すぎている。
つまり、何か私たちには解らない逃げるべき理由があるのではないか?
……となれば捕まえるのは困難。
なにせカレンさん達が総出でかかっても捕まえれなかったのだ。
つまり、本物なら捕まえる事は不可能。
本物じゃなかったら捕まえたところで意味はない。
どちらにしてもお兄ちゃんは落ち込む。
つまり、先の私の想像(妄想)通りに事が運ぶわけで……
さらに言うと、その場に私以外の人がいると困るわけで……
つまり、何とかして菜月ちゃんを排除しないといけないわけで……
そしておあつらえ向きに階段に差し掛かるところな訳で……
つまり、これは天の思し召しなわけで……
「きゃっ!」
わざとらしく軽く悲鳴を上げて菜月ちゃんを階段から押し飛ばしたりするのも、半ば予定調和というべきでして……
さらにそれだけでは仕留めれるかどうか怪しいので、追い討ちをかけるのもごく自然な話な訳で……
「ごめん、菜月ちゃん! 地獄の断頭台っ!」
「ぐぇ……」
菜月ちゃんを押し出して、勢いで空中に出ていた私が空中で菜月ちゃんの首に私の足刀部をあてがい、そのまま地面に落下する。
菜月ちゃんはとても女の子らしくない呻き声を上げてぐったりと横たわった。
私がやっておいて言うのもなんだけど、大丈夫かなぁ……
まぁ、多分死んではいないだろうから大丈夫だろうけど。
「さて、さっさとお兄ちゃんを追いかけないと……」
誰に聞かせるわけでもないけど、わざとらしくそう呟いてからさっさと追いかける。
なんだか周囲が引いてるうちに行かないと、非常にややこしくなりそうなので、そそくさとその場を後にした。
「どうしよう……完全に見失っちゃった」
途方に暮れる私……ではない。
考えろ私!
最早、確実な居場所を考えるのは不可能。
ならば、幾分か可能性のある場所を探す。
「普通に考えたら家か、リースちゃんが居たっていう教会だよね……」
家……は無いかなぁ?
家に向かえば知り合いが多い。
逃げる側であるリースちゃんが不利だ。
教会……ありそうだけどどうだろう?
既に場所が割れている。
確かにリースちゃんの本拠地だろうけど、そこに逃げ込んだ場合、お兄ちゃんは何としてでも内部に入ろうとすると思う。
お兄ちゃんはそう簡単に諦めない。
リースちゃんが本物ならそれくらいは……考えるかなぁ? いや、子供でもそれくらいちょこっとは考える……と言う事にしておく。
ちなみに偽者の場合は考えない事にする。
偽者なら考える判断基準そのものがないからだ。
それこそ勘だけが頼りな訳で。
「他には……逃げやすい場所……目くらましが効きそうな場所……は無いか……それだったらあのデパートに居る方が上策だし」
あと考えられるのは……いや、ちょっと待って……目くらまししたかったけど、あそこじゃ都合が悪かった場合がある。
そう言えば確か……リースちゃんは人ごみがダメだって聞いた覚えがある。
だったら、あそこはアウトだ。
……となれば、必然的に人気のない場所に逃げ込もうとするだろう。
この近くで人気のない場所…………つまり公園!
よしっ! 早速行ってみよう!
「おにーちゃーん!」
後から麻衣に声をかけられる。
振り向くと麻衣が息も絶え絶えでこちらに走ってきていた。
「…………」
今から自分がすることを考えるとすごく後ろ髪が引かれる。
だけど、フィアッカは下は騒がしいと言った。
つまり、あの場所に俺一人で来いと言ったのだ。
だからこそ、麻衣が来たから姿を消したのだ。
一方、麻衣は掛け替えのない家族だ。
姉さんにも話していないけど、麻衣とは血が繋がっていない。
それでも気持ちとかは繋がっていた。
血以外はきっと繋がっていた。
だからこそ、普通の兄妹よりもそういった絆は重い意味を持つ事を知っている。
それを目の前で断ち切られたらどう思うだろう?
きっと泣いてしまう。
例えば自分が追いかけている事を知っているくせに、目の前で麻衣に背を向けられて逃げられてしまったなら……俺はどうなるだろう?
それはとんでもない裏切りだと思う。
そして、今選ばないといけない。
猶予なんてない。
麻衣に追いつかれたらリースには会えないし、リースに会う為には麻衣に追いつかれない様に麻衣に背を向けて走り去らないといけない。
……だったら、俺の取れる道なんて決まってる。
踏み出さないと手に入れられないものがある。
この一年でそれを学んだんじゃないか、俺は。
もうあの時のような後悔はしたくないんだろう?
最後の最後で手を伸ばせば手に入れられたかもしれないものに手を伸ばせなかった自分。
確かに手を伸ばすべきでは無かったのかもしれない。
手を伸ばせば、きっと相手だって困っただろう。
それでも相手の事を思いやって、自分が我慢して、無理矢理自分を押さえ込んで、成した結果がこの一年だ。
そうさ、あの時の選択はきっと正解だった。
傷付いたのは自分だけなのだから。
だけど、もう一つの選択肢が間違いだったっていう確証は無い。
俺の思った展開にはならなかったかも知れない。
もっともっと幸せハッピーエンドな結末があったのかもしれないじゃないか。
あの時に間違っていたのはきっとその一点。
先のことを考えて、相手の事を思って、先に踏み出せなかった……自分に我侭が言えなかったその一点。
もう考える余地なんてない。
今までの自分の考え方に従うならば、どっちにしろ片方を傷付けるのだ。
だったら迷うな。
使命だとか、絆だとか、全て聞き流せ。
自分に正直になれ、好きな方を選べばいいんだ。
だから俺は……
「待って! お兄ちゃん!」
麻衣に背を向けて走り出した。
空の彼方で待つリースへと向かって……
あとがき
はい、微妙に更新が遅かった秋明さんですよーw
今回はちょっとだけ長めw
ですが、次で最終話、もしくは最終話+エピローグの2本になるかのどちらかです。
……あー、麻衣がちょっとおかしくなっている事にはつっこまないで下さい。仕様ですw
解っているとは思いますけど、本編ではあんな黒いキャラじゃないですからねっ!w
あと、Web拍手は12月8日〜9日の間に(多分)更新します。
次回予告とか、SSSとかなんか色々書いてますので、よろしかったらご拝見をw
それでは次話で会いましょう〜♪