それからというものおかしい事が続いた。
単に運が悪いとかじゃなくて……なんだろう……遠山とちょっといい雰囲気になったら何かが起こるのだ。
蹴られたりとか、殴られたりとか、足を引っ掛けられたりとか。
近くに誰も居ないのにである。
あと、何気に恨めしげな視線を感じたりもする。
まぁ、遠山かわいいし、そういう男達の視線なんだろうが。
とにかく度々そういう風な事が続き、遠山から『朝霧くんって割とドジっこ?』などと本気で聞かれる始末である。
今も足を滑らせ……というか何者かに引っ掛けられて地面に座った状態だったりする。
「大丈夫?」
「ああ、大丈夫」
何なんだ……
映画館出てから、食事してウインドウショッピングへと移行した俺たち。
だが、その道中ずっとこれだ。
変に思い思案するものの、答えが出るはずも無く……
「ほら、朝霧くん、ちゃんと立って……きゃっ!?」
「どわっ!?」
遠山が俺を立たせようとして腕を引っ張ったのだが、後ろから走ってきた子供に押されて、こちらへ抱きつくようにして倒れこんできた。
ドンという衝撃と共に、間近にまできた遠山の顔。
まずっ!? と思う間もなく遠山の顔がどアップになり……
最早回避不可能なキスする寸前まで行ったところで……
ドベキッ!!!
本日最大の(多分)蹴りが側頭部にクリーンヒットし、大きな安堵とさらに大きな痛みと少しばかりの無念が俺の頭を貫いた。
野良猫よりも気紛れな その3
何だかさっきからお兄ちゃんの様子がおかしい。
一人で勝手に痛がったり転んだりしているのだ。
何やってるんだろ?
……と、その様子を遠くの物陰から見守る私。
それにしても……
「お兄ちゃんと遠山さんって相性良かったんだ……」
意外……というか誤算というか……
よくよく考えれば去年もお兄ちゃんと同じクラスで仲良しだったし、今でも同じ大学だし……合わないわけないのだ。
むしろ今までこういう事が無かった事の方がおかし……くはないかな。
リースちゃんが居なくなってからは、お兄ちゃんすごく落ち込んでいたし。
「……ま、今もなんだけど」
あれからリースちゃんの姿を見た人はいない。
カレンさんが必死に探し回ってたみたいだけど、見つけられなかったみたい。
リースちゃん、神出鬼没だから……
かく言う私もリースちゃんがいなくなって寂しい人間の一人。
もう一度会って……
「………………え?」
偶然かただの見間違いか……
きっとよく似た娘なだけなんだろうけど……
長い金髪をした小さな少女が視界の端を横切った。
「リ……リースちゃん?」
リースちゃんらしき人影はすぐに物陰の方に歩いて視界から消える。
なんの確証も無かったけど、あれはきっとリースちゃんだ。
なんとなく雰囲気とかそういうものが似ていた気がする。
だとしたらここで見失うわけにはいかない。
ここで見逃したら一生会えないかも知れない。
追いかけないと!
私は夢中で追いかけようとして……
「……はれ? 麻衣ちゃんだ」
「……はう…………一瞬で見つかりますか……」
最初の一歩を踏み出した時点でリースちゃん(らしき人)追尾行は終了した。
遠山さんだけならともかく……
「…………麻衣、追けてたな?」
「あ、あはは……はは…………ごめんなさい」
恨めしげな視線で私を見据えるお兄ちゃん。
お兄ちゃんの前でリースちゃんの話はタブーだ。
「でも、お兄ちゃんも悪いんだよ? 私に嘘ついてデート行っちゃって……」
「うっ……」
「罰として私もついてくから」
「って、なんでそうなる!?」
「だって心配だし……」
主にお兄ちゃんの貞操とか。
今、遠山さんの毒牙からお兄ちゃんを守れるのは私しかいないんだし。
「あのー、私達、今デート中なんだけど……」
「それはそれ、これはこれって事で」
こんな感じで強引にデートに割り込むことに成功(?)しました。
遠山さんの恨めしげな視線なんて気にしないし、何か言いたげなお兄ちゃんの表情だって知らないんだから。
少し前
「タツヤ……」
タツヤの姿を見つけた。
私の知らない人と一緒に映画見てた。
私を家で待ってるとか言ってたくせに家にいなかっただけでも憤慨ものなのに、外で楽しそうに映画見て、私のこと何か一欠けらも憶えていなそうな表情。
……何だかすごくおもしろくない。
だから姿を消したままタツヤの足を思いっきり蹴ってやった。
タツヤは涙目ながらも不思議そうな顔をして周りを見ていた。
その後もタツヤが緑の髪の人と嬉しそうに笑っているのを見ていたら腹が立った。
その度に叩いたり蹴ったりした。
サヤカの言ってる通り、タツヤみたいなのがいい人もいるのかもしれない。
そんな偏屈な人間は私だけだと思っていた。
だけど、私だけじゃないのだとしたら。
他の人もタツヤが好きなら……
「……困った」
およそ『普通』とはかけ離れた自分と他の人なら比べるべくもない。
私、リースリット・ノエルでは色恋沙汰では勝てるはずもない。
今更ノコノコとタツヤの目の前に姿を現しても拒絶されて終わり。
そんな惨めな姿は耐えられない。
惨めでも何でもいいけど、帰れる場所だと思っていた場所が消えてなくなる事こそが耐えられない。
それならばいっそ、希望を持ったまま何処か遠くで遠い故郷を想っている方がいい。
まだ、自分には帰れる場所があるんだと、本当は帰れぬ場所を想っていられる方がいい。
私がタツヤの前に姿を見せれば確定してしまう。
最早、帰れる場所がないことを。
タツヤと会うまでの自分と変わらないのに、それに戻る事が怖い。
(やれやれ……逃げていてばかりでも事は進まないだろう?)
「……フィアッカ様」
(ようやく説得に応じて帰る気になったのにこんな所で足ごみか?)
「……フィアッカ様がこれも使命だって言うから帰ってきただけ」
(だったらさっさとその使命を果たせばいいのではないか?)
「でもタツヤ、私のことなんか憶えて無さそう」
(やれやれ……リースリット怖がりだな)
「そんなことない」
(では臆病だな)
「それ、意味おんなじ」
(とはいえ、ここで立ち往生しつつ、何かあればタツヤに殴る蹴るの暴行を繰り返しても仕方ないだろう?)
「私の気が晴れる」
(はぁ……あまり干渉はしたくなかったのだがな……見ていてあまりにももどかしい)
「……っ、フィアッカ…様」
(それにな、私の目からすればタツヤは今でも引きずっているようにも見えるのだよ……)
「フィ…アッカ…さ…ま……」
(少し身体を借りるぞ、リースリット。舞台は整えてやる。それまでにタツヤにいいたい事でも考えておけ)
そして……
「この感覚も一年ぶりか……さて、あの浮気者を連れ出すとするか」
赤い瞳となった少女が人知れず動き出した。
「ねぇねぇ! あれなんてどうかな!?」
「いや……あのな?」
「あ、朝霧くん、これなんてどうかな?」
「だから何で俺が水着売り場に……って遠山それ本気で着るつもりか?」
まぁ、二人っきりのデートじゃなくなったのはまだいい。
それはいいんだが……
何故に俺は水着売り場にまで付き合わされているのだろうか?
……海でも連れて行けという意思表示だろうか?
「む……だったら私なんかこんなの着ちゃうんだから!」
「だから、お前達それ本当に着るつもりか? それと俺は……」
「むむ!? だったら私は――――」
先生、誰も俺の言うこと聞いてくれません。
と、いうかさっきから周りの視線が痛い。
とっとと離脱したいのだけど誰も聞いてくれません。
ついでに言うと、先程から二人のチョイスする水着が激しくきわどい物になっていくので、周りの視線がさらに痛い。
あー、どうしよ、この状態。
なんとかならないものか……
こんな感じに現実逃避していたからだろうか?
「えっ――――」
それともデートしているという事実を別の特定の誰かに無意識に重ねたがっていたからだろうか?
「…………」
極力考えないように、考えないように……と意識的に頭から追い出そうとしていたからだろうか?
「リ……」
「…………ふふっ」
金髪の少女の姿が視界の端を横切っていった――――ような気がした。
だが金髪の少女はすぐに人ごみに紛れてしまう。
「リース!?」
なんとか声にその名を出した時には、既に俺は走り出していた。
「あっ!? こら! お兄ちゃん逃げたらお仕置きだよ!?」
「あ、朝霧くん、何処へ……うっ!?」
「あれ? 麻衣? それに翠も……って何で翠倒れてるの?」
何か後ろの方が騒がしいが気にしている場合ではない。
見間違いかも知れない。
だけど放って置くわけにもいかない。
もしあれが見間違いじゃないんだとしたら……
「もう治ったんじゃないのかよ、フィアッカ……」
一瞬だけ交差したその視線は――――真紅の瞳だった。
あとがき
微妙に微妙な箇所で切った感じの第三話。
まぁ、色々いいたい事もありますが、詳しくは明日あたりにでも更新(予定)のWeb拍手レスでw