「何か、新鮮っていうか、こう、新しい事が欲しいな」
「そうですね……純一さん!」
「なっなんだ、ことり?」
「旅行に行きましょう!」
「へっ?」
「GWの時は行けませんでしたけど、純一さん、バイトであまり付き合ってくれなかったんですから。ね?」
「旅行?二人でか?」
「むぅ、他の人と行ってどうするんです?」
「いや、えっと、そうじゃなくて、マジで?」
「はい。大マジです♪」

 この時は、二人共、少しの恥ずかしさはあっても、楽しい思い出に胸を馳せていた、はずでした。

 それが、まさかあんな事が起きて、そういう展開になるなんて、想っても……。




――妄想パニック――




「島の外に出るのが久しぶりだな」

「私も。ずっと初音島にいたもんね」

 今は、島を出て、電車に揺られているところ。

 目的としている旅館は、海に面している場所にあるので、もうすぐ着く今も、車窓から綺麗な青が広がっています。

 でも、海は見慣れているので、そんなに思うこともないんですよね。

「さて、目的地ももうすぐだ。そろそろ降りる準備をしないとな」

「はい♪」

 この後に、私はちょっと信じられないものを見ました。

 初音島でいくらでも見ることができた海なんて、かわいいものでした。

 そう、まさかアレを見ることになるなんて。


「純一さん。アレって、本物でしょうか?」

「コメントに困るな。旅館の人にでも聞いてみればいいんじゃないか?」

「そうですね……」

 混乱しそうな頭をどうにか落ち着かせて、出迎えてくれた旅館の方にそのまま尋ねます。

「すみません。アレって、本物なんですか?」

「あの木のことですか?それなら本物ですよ。この時期に見られるとは思わなかったでしょう?」

 旅館の方は、営業スマイルらしきもので微笑みながら、とても簡単に現実だと教えてくれました。

「だそうです。純一さん」

「まさか、今年も見ることになるとはな……」

 そう、私達の目の前には、
 夏だというのに、
 初音島でもないのに、
 桜の木が一本だけ満開に咲き誇っていました。

「不思議なこともあるんですね…」

 もしかしたら、この時気づくべきだったのかもしれません。

 もしくは、他の場所にしておくべきだったのかも。

「まぁ、俺達にとってはそれほど違和感もないし。とりあえず荷物を降ろそう」

「はい♪」

 あぁ、はい♪ではないんです。どうしてこの時何も考えなかったのかな。

 純一さんが優しく微笑んでいたのに、従業員の人とは違うなぁとか見惚れていたなんてことはありませんよ?ええ、ありませんとも。


「結構広い部屋だな」

「うん、そうだね」

――眺めも綺麗だし。

 ……えっ?

「ん?どうしたんだ?ことり」

――ことりの方が綺麗、か。

 …これは……。

「純一さん?今、恥ずかしいこと考えてましたね?」

「な、なんで、急にそんなことを…」

――確かに思ってたけど…。

 桜の木の魔法?

「な、なんとなくですよ。真面目に答えないでください…」

――あれ?俺真面目に答えたっけ?今。

 自爆しました…。

 あれから随分経ってるから、ぼろが出るよ…。

「なんかことり変じゃないか?」

 う〜ん、確かに変かも。

 疲れてるのかな?

 でも、この時間から寝るわけにはいかないよ。

 せっかく純一さんと二人きりでいられるんですから。

「と、とりあえず、浴衣に着替えましょうか?」

「ん、そうだな。えっと…浴衣は…これだな。ほい。サイズとか平気か?」

「大丈夫ですよ」

 浴衣なら多少大きくても小さくてもなんとかなるもんね。

「んじゃあ、外にいるから、着替え終わったら呼んでくれ」

――ことりの浴衣姿か…。そういえば始めて見るんだよなぁ…。

「…………」

 純一さん、着替えにくいよ……。

 別に普通だと思うけど…。

 でも、素肌に身につけるのは未だに慣れないかな?


「入ってきていいですよ〜。私は外の景色を見てますから〜」

 本当、絶景。

 後ろから、和室特有の、ふすまを開ける音が聞こえます。

――…………。

 ?

 意識は流れてくるのに、感じない?

――なんか、絵になるな…。

 !!

 ふ、不意打ちだよ、純一さん。

 呆気にとられていただけですか?

 振り返って文句を言うわけにもいかないのが辛いです…。

 はぁ……。

「もういいぞ」

 その声を聞いて私が振り返ると、そこには当然のように浴衣に身を包んだ純一さんがいました。

 普段と違う上に、意外に似合ってて……。

 うわわわわ〜。まずいまずい。

「?」

 変な目で見られてます〜?!

――顔が赤いな、ことり。

 マジっすか?!

「大丈夫か?熱でもあるんじゃないのか?」

 はっ!純一さんのあの発言の後には、必ず熱を測るコンボが炸裂するのです!

 そう、私に近づいて、こういう時はとっても真面目な顔をして、

 おでこをくっつけて…って!

「だ、だだだ、大丈夫ですよ!」

「そういうこと言うやつは大概大丈夫じゃないんだ」

 ……忘れてました…。

 コンボには続きがありましたね…。

 こつん。

「「…………」」

 近いよ〜。

 今、この距離はちょ〜っと危険なんですよ〜?!

 なんていうか、もう、心臓ドキドキでして、ことりさん麻痺で死んでしまうかもしれません!

――大丈夫そうだな…。

 普通です〜!

 純一さんはやたら平常心保ってますよ?!

 この差は、何?

 むしろ、眼中になし?

――ん?って、そんな目で見られても……。

 どんな目なの?!

 自分で制御不能だよ!

 もしかして、おねだりとかしちゃってる目?!

「「…………」」

 ぎゅっ。

 とされました。

 やっぱりしてたんでしょうか?

 顔が見えなくて、暖かい分、逆にドキドキも落ち着くな……。

――柔らかい…。

 !!

 駄目!駄目駄目!!

 突然舞い戻ったこの力のせいで落ち着いてなんかいられないよ!

 純一さんがいけないんですよ!?

 きっと、この後も、胸が当たって……とか。いい匂いが……とか。脈絡もなくかわいいな……とか!思ってしまいます!

 はう〜。

 普段の倍以上の恥ずかしさえす。

 思考までうまく回りません…。

 えすってなんですかえすって。ですですよ〜。

 えす?S?

 …………。

 また、自爆しました…。

「ことり」

「はうぃ!」

「…………」

 はうぃって何〜?!

 深く考えるからいけないんです!

 ただ名前を呼ばれただけじゃないですか!

「今晩」

 !!

「なななな、なんですか?!」

 今晩って、話が早いですよ。純一さん!
 こんな昼間から、夜の予定ですか!
 いえ、嫌ではありませんけど……。
 って、そうじゃないです!

「十一時頃に」

 人気の静まる時間ですか?!
 その微妙に遅すぎない時間は、長期戦の予感?!

「外に」

 外?!
 いや、えっと、さすがに外というのは、その、なんというか……。
 というか、夕飯の後ですよね?時間的に。
 つまり、何時までいても構わない、と?

「来てくれないか?」

 ズン、グオオオオォォゥゥゥ――。
 核です。
 なんというか、もう、普通の爆弾では表現しきれません。
 核ミサイルのスイッチを押した感があります。

――夏だと、日が長いからな。

 その残念そうな言い方はなんですか?
 いえ、言い方というか、思い方というか。
 というか、それは夜が短くて残念ということですか?!

――あんまり早くからするわけにはいかないし。

 それはそうです。
 しかも外ですから…。

――そういえば、ことりとするのは初めてか……。

 !!??
 普段何を考えてるんですか?!純一さん!!
 しかも、ことり『と』ってなんですか?!
 他の人としたことが?!

――音夢なんかは嬉しそうだよな。

 !!
 音夢!

――さくらは、どんなのでも笑ってるし。

 どどど、どんなのでも?!

――美春は確かバナナはできないかって何か杉並とやってたな…。

 二人はそういう関係だったんですか?!
 っていうか、バナナ?!

――ん?

「どっどうしたんだ?ことり!」

 も、もう駄目です……。

「お、おい!ことり!?」



「んん?」

 ここは……。

 さっきの部屋ですね。

 これは、

「おにぎり?」

 えっと?置手紙?

『いつまでも、起きないが、熱もないし、体調は悪くなさそうだから、先に行ってる。夕飯の時間はもう過ぎてるから、それを頼んでおいた。待ってるから食べてからあせらずに来い』

 ボッ!

 と、音がした気すらしました。

 それにしても、倒れている恋人を置いていくかな?普通。

 はむ。

 あっ、おいしい。

 はむはむはむ。

 純一さんは一体何を考えてるのかな?

 はむはむはむはむはむ。

 ふふっ、それにしても、形が下手だね、これ。

 はむはむはむはむはむはむはむ。

 もしかして、純一さんが握ったのかな?

 はむはむはむはむはむはむはむはむ…はむ。

「ご馳走様でした」

 誰が作ったのかはわからないけど。

「えっと、時計…は…」

 十時五十分。

 ぎりぎりじゃないですか!

 そういえば、こんな時間に食べたら消化によくないんですけど。

 とりあえず行かないと。

「でも……」

 走っていくと、心待ちにしていたみたいで嫌だな。

 ん?

「純一さんのバッグがない……」

 あの中には何が?!

「……こうしていても始まらないよね」

 いざ、です。



 とりあえず、旅館をでて、浜辺の方へと歩いてきました。

 純一さんはどこにいるんでしょうか?

 もしかして、準備万端?

 は、恥ずかしいよ〜。

 少しだけ見える夜の暗闇の先に、人影が見えました。

 純一さんでしょうか?

 何か足元にあるような気が…?

 ?

 光った?

 ジュッ!

 この音は……。

 ッパーン!

 あ、あはは……。

 純一さん。そういう大事な部分はきちんと言ってください……。

「ことり〜、もう大丈夫か〜?」

 そりゃあ、そうですよ。

 精神的なものだったんですから。

「…………」

 恥ずかしさがいっぱいなので、何も考えずに走る事にします。

「純一さんの、バカッ!」

 バカは私ですよ……。

「うわっ?!」



 本当、あの時は恥ずかしかったです。

 だって、花火ですよ?

 その単語だけ、思っていることにもなかったんですから。

 でも、

 とっても綺麗でしたけどね♪