☆真夏のシンドリッタ
「海よ!私は帰ってきた!」
「あついぞ、進藤。テンション高すぎだ」
今日、私こと進藤さつきは彼氏である片瀬健二先輩と海に来ている。
すでに着替えは終わり、二人でビーチに立ったところだ。
「何言ってんですか先輩っこれが熱くならずにいられますか?海ですよ?母なる海ですよ!知ってますかー?私のクリオネちゃんだってシーモンキーちゃんだってもちろん私たち人間だって!みんな海が育んだんですよ!?さぁ先輩もご一緒に、海よ!わた…」
「てい」
「あば!?……ガクリ」
…何か延髄に衝撃が…目の前が暗くなってお星様が飛んでいる。
「あぁもうそんなに海が好きならさっそく泳がしたる」
遠くで先輩の声が聞こえる…と、思ったら身体は中に浮いて…海のほうへ?
「そーら」
掛け声と共にドボンッ!といい音を立て、冷たい水が私を包む。
「ぶくぶくぶく…」
「お帰り、進藤。母に抱かれ…眠りなさい」<<優しさ120%
私の体が海へ沈む。冷たい水が気持ちいい。
「ってマテやこらァ!」
おかしいだろう、これは。勢いよく海面から顔を出す。危うくドザえもんだ。
「おおう」
「何さらんすんですかイキナリ!お花畑でおじいちゃんが手を振ってましたよ!?こっちにわたって来るなって言ってましたよ!?海なのに川が見えるとはこれいかに!?」
「まぁまぁ」
先輩がなだめるが聞けるわけが無い。
「まったくふつー気絶した乙女を海に投げ込みますか?しかもただの乙女じゃなくて彼女ですよ彼女!」
「おいおい、自分で彼女彼女連呼して恥ずかしくないか?」
「先輩が言わせてるんでしょう!て、いうか、恥ずかしくありませんとも!雪希ちゃんの前でだってひよりんの前でだってオランダ風車の前でだって、私は誇って言いましょうともさぁ!自分は片瀬健二先輩の愛するかのzy…」
「Chop!」
「っ!?……(ぷるぷるぷるぷる)……ガクリ」
重い、あまりにへヴィーなものが延髄に。私の膝はわらいだし、ガクリと崩れる。負けたよ、燃え尽きたよ。今度は静かに、ちゃぽんと水につかった。
「フーやれやれ。ヤバかったが…危機は去った」
「ぷくぷくぷく…」
「しっかし進藤にも参るぜ。こんな人気の多いとこであんなことを」
「ぶくぶくぶく…ガバッゴポッ」
「いや無論進藤のことは好きだぜ?っと恥ずかしいなオイ」
あぁ…遠くで先輩の声が…ふふ、楽しかった日々が走馬灯だよ、うふふふ…
「……こぽっ……………」
「しかしな、進藤。…ん?」
「…………………………」
(先輩、いままであ、り、が、と…)
ってこんな終わりはありえないでしょう。
「…マジ?え?マジ溺れ?うおおお!?しんどーう!!しっかりしろー!
返事は無い、ただのしかば…いや違う、混乱するな、俺!とりあえず浜に!」
白く輝く砂浜、寄せては引く波の音。そして焼けるような、喉。
「う"ーしょっからいですよーひりひりしますよー」
「ほんっとにすまん」
目を覚ました私は先輩の用意したシートの上で水を飲んでいる。先輩が浜にあげてくれたあとすぐ復活したのだが、ちょっとばかり海水を飲んでしまった。
「うえーん先輩がさついをあらわにしたー」
「んなおおげさな」
実はたいしたことがなかったんだけど、ていうか実は半分演技だったんだけど、ちょっと大げさに言っておいた。これも先輩との愛のコミュニケーションということで。
「おおげさ?どこがですか、海で気絶したらほんと死んじゃいますよ?私がタフガールだったからよかったものの」
「まぁそう言うなって」
先輩の調子には余り反省の色が感じられない。どうせまたいつものガクリだと思っているんだ。的を得てたりもするが、ちょっと不満。ここはもっとしょんぼりして欲しい。
「言いますよ!大体なんですかその態度は!もうちょっとしおらしくしてくださいよ!先輩っていっつもそうなんだからッ!あぁ、もう!先輩の、先輩の…」
「あぁもうチョッ…」
チョップ!?またこの期に及んで!
「右!?いやそこぉ!」
「な、なんだってー!?」
「ばかぁーー!!」
泣いてやる、懲らしめてやる。そう思って私は走り出した。
「あ、待て、進藤!」
「うわぁぁーーん」
「しーんどーう!」
そうして、私は人ごみの中に消えていった。全力疾走で。
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、あ、暑い」
で、案の定ばてた。先輩は追ってきてない。結構根性なし?というか追ってこれなかったかのかもしれない。速すぎたか、私。
「真夏の日差しの下での全力疾走はきつすぎだわ」
「うんうん、それは大変だねぇ」
うん、大変、分かってくれてうれしいよ。
「そう。でも、負けない。だって私マシンガンだもん」
「うんうんそうだねぇ〜」
うん、負けない。
ああ、それにしても先輩はまだ追ってこない。完全に見失っているようだ。
「あぁもう先輩ったらホンットに乙女心がわからないんだから。やっぱり真夏のビーチで走るときたら『うふふ、ほら、つかまえてごらんなさい』『はは、待てよ〜』みたいな?ロマンチックな愛の逃避行ですよねー」
「その通りだよぉー」
なんだかさっきから合いの手が…?
「て……」
「あれぇ?どうしたの、進藤さん」
「ひよりん!?しかもまじかる☆!」
傍らにはおなじみの衣装を身に纏ったひよりんが立っていた。いつのまに。
「YES I AM」
で、無駄に流暢な英語で答えられた。
「何故ここに?」
「よくぞ訊いてくれました」
「あ、やっぱいいです。何も言わずにお引取りください」
ひよりんといてもろくなことにはならない。さわらぬまじかるに祟りなし。
「ふぇ、そんなこといわないでよぅ」
「私、困ってないんで。先輩とのランデブーを邪魔しないで下さい」
「ノンノン、そんなこと百も承知だよー。進藤さんは困ってないね、うんうん」
困ってないのを承知で話し掛けてきたということらしい。おかしい。裏があるのだろうか、つい気になってしまった。
「じゃあなんなんですか?」
私はひよりんに向き直って聞いた。
「進藤さんはぁ、困ってる人を助ける側、まじかる☆シンドリッタなんだよ!」
「そうきたかぁーー!!」
なんですとー!?
「海には困ってる人がたくさんいるからねー」
「ひよりんが助ければいいじゃないですか!だいたい雪希ちゃんはどうしたんですか?またユカタン半島に位置し、カリブ海と太平洋に面している、コーヒー、砂糖、バナナの栽培が盛んな国グァテマラですか!?それとも今度は館山ですか!?」
ちなみに以前雪希ちゃんはまじかる化を避けるため、修行といって出かけていった。その先がガァテマラ。
「ううん、雪希ちゃんには私たちがいない間の町を任せてあるんだよー。そして何を隠そうっ!」
「おおう?」
「わたしは泳げないんだよ!!」
「い、いっやぁ…」
ひよりんは自信満々といった感じで胸をはっている。
「驚きの新事実だねーうんうん」
「自分が町に残ればよかったのでは?」
「それじゃわたしが海で遊べないよー」
「…」
本音?
「と、いうわけでーおまかせだよ☆」
「拒否・拒否・拒否!断固拒否!絶対、確定的に、一貫してイヤです!わたしはここに先輩とデートしに来たんです、何が悲しゅうてまじかれと?泳げないなら浮輪でも何でも使ってください」
まったく冗談ではない。まじかるなどやっていたら先輩とのデートが台無しだ。
「ねぇねぇ進藤さん、日焼け止め塗ってる?」
「は??いやまだですけど?そうじゃなくてですね、わたしは絶対に…」
「その水着のままじゃ日焼けしちゃって大変だよ?」
「ああ、そうかもしれませんね」
「これをはおれば安心だよ」
そういってひよりんはどこからともなく服を差し出した。
「あ、ありがとうございます」
「いえいえどういたしまして。水着の上からどうぞー」
「はーい。うんしょ、うんしょ、これ着づらい服ですねぇ、あ、リボン結んでもらえます?」
「おやすいごようだよ、ふんふふーん。さぁこれでバッチリ着れたよ」
「どうもです。あれ、でも何か足りなくありませんか?」
「これこれ、はいどうぞ」
「そうそうこれがなきゃあ。りっぱなハンマー、しかもメカとドリル付き♪」
「さぁこれでまじかる☆シンドリッタに変身完了だね」
うん、今回も私はまじかる☆コスチュームを完璧に着こなし…
「…私って世間一般的に、ばか?」
ちょっと自信を失った。なんで毎回こうなるんだろう。
「さぁ一緒に海辺の平和を守りましょう、シンドリッタ!」
「うう、せんぱーい…」
「ほらほら、元気を出してー。そんなんじゃ困ってる人を助けられないよ」
「別に助けたくありませんってば。そうだ!こんな服脱いで…」
「それは難しいねー。誰かをちゃんと助けてあげないと脱げないよ」
「な、なんで…」
「それはシンドリッタが本心では困ってる人を助けたいと思ってるからだね☆」
「んなあほな」
「ほら、耳を澄まして。困ったよー困ったよーって聞こえてくるはずだよ」
「イヤァー聞きたくないー」
と、そのとき、頭に直接響くかのように、
――こま…た……
「ヒィ!?ほんとに聞こえてきたぁ!?」
「さすがシンドリッタだね、これなら安心安心」
「こ、こんな声心頭滅却すれば…」
――…まった……し……う…こ…
駄目だ聞こえてしまう。ならば、
「滅却滅却色即是空南無阿弥陀仏…」
――困った…一体…こ…し…ど…
「うぅどんどん鮮明に…お釈迦様はまじかる☆をご贔屓ですか?こうなったら、せんぱーい!助けてくださ―い!貴方の彼女ですよー!!」
――困ったなぁ、進藤一体どこへ行ったんだ?
「って!先輩ですかっ!?」
「そういえば健ちゃんも来てたんだねー。さぁシンドリッタ、健ちゃんが待ってるよ?」
「こ、こんな格好で先輩の前に出ろと?軽く羞恥プレイですか?先輩以外ならともかく…」
「まじかるの世界では正装だよ。気にしない気にしない」
気にしますって。
「くっ、どうすれば…。出たくない、でも先輩が困ってる…し、誰かを助けなければならないなら先輩で…うーん。あ、そうだ。私はあくまでまじかる☆シンドリッタ。進藤ではない…。私はシンドリッタシンドリッタnot進藤butシンドリッタ…よしOK」
「じゃあがんばってね、わたしはここで待ってるよー」
「らじゃ!行ってまいります、ひよりん!」
そうして何時の間にか洗脳された私は先輩の元へと走っていった。
「さぁてと、パラソルパラソル…」
ひよりんがパラソルを組み立てるのも気にせずに…
「はーい、まじかる☆シンドリッタだ、よーん」
先輩発見。ミッションスタートだ。進藤であると悟られてはならない、難しい任務だ。
「進藤!おわ!?なんだそのかっこ…」
「NO!!まじかる☆シンドリッタだ、よーん」
「いや…だからしんど…」
「だからシンドリッタって言ってるじゃないですか!私は進藤さつきなんて人間これっぽちも知りませんってば!」
ばれないように念を押す。これで安心だ。
「さつきとまでは言ってない…。それにしてもお前まで雪希と同じ様な…」
すでにボロが。まぁ気にしないことにする。
「そそそ、それより、お困りですか〜?」
「いや、もういい。探し物が見つかったし。いや、ある意味この状況に困ってはいるが」
「お困りですねー。ハイハイこのシンドリッタにお任せください!してなにを?」
「ある意味といったんだが…」
「そんなこと言わずにお願いしますよぅ。私を苦しみから解放すると思ってー」
先輩を助ければはれてお役ご免(のはず)。先輩とデートを再開ためにもここは食い下がる。
「何が解放なのかしらんが…じゃあ…ううん…」
「あー、そうだ、…ちょっと相談に乗ってくれないか?」
「相談ですか、お安い御用ですよ」
「実はな…俺のか…あぁ…か、彼女との話なんだがな」
「ナンデスト!?私の!?否!噂に聞く美少女進藤さんのことですね!?それはぜひぜひお聞かせ願います!」
「…まぁいいや。あー俺はどうもあいつと会話のテンポが合わなくてな。いや、だから嫌いだとか付き合えないとかでは無くて、好きだからこそで…」
「好き!?LOVE!?なーに言ってんですかぁ先輩!あ、もしかして私からの愛に自信が無い?それなら心配無用ですよー」
「…」
と、調子に乗りすぎたか、先輩がしらけている。
「はっ!?ハハハハー続きをどうぞ」
「でな、そいつがすげぇマシンガントークでさ、いつも俺会話についていけなくなるんだよ」
「ふむふむ」
「で、つい止めようと延髄にチョップをかましてしまうんだ」
「それは良くありませんねーきっと痛がってますよ?」
「ああ、そうなんだ。俺としては愛情表現のつもりでもあったりしたんだが…今日ついに泣かれてしまったんだ」
「あー泣いてましたっけ」
そういえばそんなことも。
「実際は本人それほど気にしてないみたいだけどな」
「いやいや侮ってはいけませんよ?」
「…ああ、俺もそう思う。チョップはついつい自然と出てしまうんだけどさ、いつか本当に泣かせてしまうんじゃないかって」
「せ、先輩…」
この展開は一体?先輩からの愛の告白?
「シンドリッタ、俺どうすればいいかな?やっぱやめたほうがいいのかな…」
「な、な、なーにをそんなに考えてるんですか!あれは先輩にとって愛情表現なんでしょう!?きっと相手だってスキンシップ取れたって喜んでますって!」
先輩がこんなにも私のことを考えてくれていたことに、感動した。うれしかった。
「そうかな?」
「そうですとも!」
「そっか」
「ええ!」
「なら…」
「はいはい!」
先輩は晴れやかに笑った。
私も笑ってたんだと思う。
で、
「ちょっっっぷ!!!!」
「ぐえ!?…(ぷるぷるぷるぷるぷる)」
「おら、馬鹿やってないでさっさと帰るぞ、進藤!」
「な、何故に…?」
「ん〜♪」
先輩は上機嫌では私を引きづって行った…。先輩、私に優しさを下さい…ガクリ。
真夏の一ページ。
感動が、一瞬で暗転した、そんな日のこと。
「こうして今日も、まじかる☆シスターズは大活躍です。めでたし、めでたし♪」