「先輩、今日の夜って用事ありますか?」

 夏休み、補習の帰りに聞いてきたのは、同じく補習の帰りの後輩、進藤さつき。
 俺がなんだかんだあって付き合っている人物、平たく言ってステディな彼女だ。

「ある」
「ですよね、ありませんよね、だったら私と…って、え?今なんて言いました、先輩?」
「だから、用事はある」
「ええっと、それは今日じゃなきゃダメな大事な用事だったり?」
「するなあ」
「ガーーーン!!」

 いや、ショックなのはわかるけど、効果音を口に出すなよ。

「で、そんなことを聞いてどうするつもりだったんだ?」
「いや、先輩に用事があるなら話してもムダですから…はぁ…」

 溜め息までつく始末。
 なかなかに百面相で、見ていてとても愉快だ。

「お前はなんか用事があったのか?」
「これから入る予定だったのがキャンセルされたところです」

 かなり凹んでいる。
 もっと色々見てみたい気もするが、いじめるのはここまでにしておいてやろう。

「そうか、じゃあ、今夜は俺の予定通り、俺と花火でも見るか」
「別にいいですよ、どうせ用事はキャンセルされちゃいましたし………って、え?」
「あぁ、けど花火大会が始まるまでヒマか。となると、出店でもひやかしてまわるか」

 こっちも予定通りに、と不敵に笑ってみせる。

「え、え?」

 俺からの突然の提案にどうやら頭がついていってないようだ。
 俺は、くつくつとこみ上げる笑いをなんとか抑えて告げる。

「今夜、7時からの花火大会を見に行くぞ。出店めぐりもするから、晩飯抜きで6時集合。浴衣で来ること。質問は?」
「え?え?もしかして、先輩からのお誘いですか?」
「イエス、といっても麻美先輩からって意味じゃないが」
「もしかして、雪希ちゃんとかひよ…じゃなくって、早坂先輩が一緒とか?」
「ノー。雪希は留守番をしてくれるらしい。日和はなんか祭りでするらしくてな、来れようもない」
「浴衣ってことは、下着はつけないんですか?」
「そこらへんは男のロマンを感じろ!というか、そんな野暮なこと聞くなっ!」
「わっかりました、不肖進藤さつき、喜んでお供させていただきます!!」

 さっきまでの沈みようはどこへやら、満開の笑顔で答えるさつき。
 祭りに行くこととそれに誘う事を提案して、さらに留守番を請け負ってくれた雪希には感謝しておこう。

「じゃあ、また今夜」
「はい、また今夜!」

 分かれ道で、それぞれの道についた。
 はやる気持ちを抑えてる俺たちは、わざわざ振り返ったりはしないから、俺たちの様子を見ていた人物に気付くはずも無かった。



祭りと花火と彼女の想いと



 午後5時55分。
 進藤さつきはかれこれ10分ほど待っていた。
 夏休みなので学校の寮から帰ってきている姉・むつきの協力で、着た新しい浴衣。
 活発な普段の印象を包み隠すような無地で濃紺の浴衣に、対照的な紅い帯。
 履物も浴衣に合わせて和風なサンダルで、見かけ上はおとな進藤さん完成、という感じだった。
 中身は変わるべくもないが。

「先輩遅いなー。って、15分も早くきた私が悪いんだけど…。
 いや、けどやっぱりこういうときは男の人が先に来て、
 『ごめんなさい、待ちましたか?』『いや、今来たところだけど、君の浴衣姿を見れるなら何時間待っても惜しくないさ』とか、
 『待ちましたか?』『…』『先輩?』『あ、いや、悪い、つい見とれて…』とかそういう展開があってしかるべきじゃないですか!
 な〜んで私が待ちぼうけしなくちゃいけないんですか、まったく!」

 健二本人は決して言いそうにないことを妄想している間に、待ち人は来た。

「あ、先輩、ここですよー!…て、あれ?小野崎先輩…?」

 予期せぬ人を連れて。




(さて、どう言ったものか…)
 俺はハッキリ言って困ってる。
 雪希の粋なはからいと、先輩と日和が祭りで何かやるらしいっていう微妙な偶然で、俺は文句なくさつきと2人で祭りに行くはずだった。
 が、清香を忘れていたのだ。
 断るという手も考えなくはないが、コイツには弱みを握られてるせいで、逆らいがたい。
 祭りに一緒に行こう、と言われても、そんなわけで断れやしなかった。
(なんかすげぇやる気マンマンだしなぁ、清香のやつ)
 隣を歩く清香は、いつも通りのでっかいリボンに、赤い浴衣にピンク色の帯。
 帯は普通のじゃなくって、お子様がよくつけてる結び目が金魚のしっぽみたいになってる帯だ。
 清香がちっこいので普通にマッチしている。
(って、清香の浴衣姿の査定をしてる場合じゃない)
 こちらを見たさつきの目が点になってた。
 なんと言い訳をしたものか、なんて考えてたときのこと。

「お待たせ、進藤さん。今日は、3人で、楽しみましょう?」

 3人で、の部分を強調して清香が言った。

「はぁ…ちょ〜っと先輩いいですか?」

 そそくさと俺はさつきのそばに。

(な・ん・で、小野崎先輩がいるんですか!?)
(いや、なんでだろうな)
(確かに、さっき聞いた時に小野崎先輩の名前はありませんでしたけど、普通は2人っきりなのを想像しません?)
(いや、だから、俺のせいじゃないって)
(けど、先輩が小野崎先輩に断ってくれればいいじゃないですか)
(いや、それは今さらじゃないか?)
(ハッ!?まさか、麻美先輩も一緒とか!?)
(それはない。先輩は祭りでなんかやってるらしいから、それはない)
(いえ、復唱しなくて結構です。とりあえずその点は安心しましたから。で、小野崎先輩をどうするんですか!?)
(いや、だからな、どうとか言われても…困ったな)
(うわわ、その言葉はストーップ!危険です、事態が余計に混沌とした上に解決しないこと請け合いです!!)
(むぐ、むぐぐぐ…)
(ひよりんは、いないわよね……雪希ちゃんもいないし、私はここにいるし…)
(んぐぐぐぐぐ……)

「いつまで2人で内緒話……って、健二、顔真っ青じゃない!」
「え?あ、うわっ、先輩の顔がグリーンネオンテトラの体のごとく!?」
「微妙に綺麗なたとえをしてないで、早く健二の口から手をどけなさいよ!」
「あ、は、ハイッ!」
「…ガクリ」
「せ、先輩!?せんぱーーい!!」

 結構本気で死にそうだった。

 ***約5分後***

「よぅし、出店を巡るかー」
「あの、先輩、もう大丈夫なんですか?」
「安心しろ、ちょっとだけお花畑とか広い川とか見えただけだから」

 三途の川の存在を今日ほど信じた日は無い。
 石積みを始める前に帰れてよかった。

「で、健二、どこからめぐるの?」
「俺としては腹ごしらえをしたいんだけどな」

 ちら、とさつきの方を見る。

「あ、はい。私もおなか空きました」
「ってことで、食い物だな。清香はメシは?」
「まだよ。で、何食べるの?焼きそばにたこ焼き、お好み焼きの出店もあるわね」
「あ、先輩、あそこにおもちの店がありますよ!買いに行きませんか?」
「…なんとなくオチが見えるんだが、本当にそこでいいのか?」
「進藤さん、何気にチャレンジャーね」
「え?どういう意味ですか?」
「行けばわかる」

 期待を裏切らず、おもち屋と銘打たれた出店には、麻美先輩がいた。

「あ、健二さんと進藤さんに小野崎さんまで…いらっしゃいませ〜」
「な、なるほど、こういうことでしたか」
「ま、別にいいんだけどな。先輩、モチ3人分お願いします」
「色々とありますけど、どれにしますか?」
「はい、磯辺焼きと呼ばれる醤油をつけて焼いた上で海苔を巻いたおもちに、それにチーズを挟んだもの。
 あんころもちと、白あんのあんころもち、うぐいすあんのあんころもちに、もち米たっぷりのおはぎ。
 あとは安倍川もちと呼ばれる、ゆでたおもちに砂糖を混ぜたきな粉をまぶしたもの。
 さらにお汁粉から、はては力うどん、おもち入りお好み焼きまでありますけど」
「え、ここっておもち屋さんですよね?そんなに色々売ってるんですか?」
「おもちは何とでも合う万能食材ですから」
「いや、なんだか微妙に納得がいかないような…」
「考えるな、考えたら負けだ。先輩、俺はモチ入りのお好み焼きで」
「うわ、先輩決めるの早いですね。ええっと、じゃあ、私も同じので」
「わかりました…小野崎さんはどうします?」
「そうね…健二、あんころもち頼んだら少し交換してくれる?」
「んー、別にいいが」

 あんころもちも心ひかれるものがあったので、むしろナイスな提案だ。

「しまった!そういうテがありましたかっ!」
「ん、お前も食べたいのか?清香、悪いけどさっきのやっぱりパス。先輩、あんころもち1つ追加で」
「わかりました。小野崎さんもあんころもちでいいんですか?」
「……」
「小野崎さん?」
「え、ええ。お願いします」
「じゃあ、少しだけ待ってくださいね」

 言うが早いか、先輩はいつものおっとりした様子からは考えられない速さでモチを料理していく。
 当社比3倍速といったところか。

「はいお好み焼きおまちはいお好み焼きおまちはいあんころもちおまちはいあんころもちおまち」
「せ、先輩?」
「…はい?なんでしょうか?」
「いえ、なんでもないです」
「はぁ…?」

 なんとなくセリフまで3倍速だったのは気のせいだろう、と信じたい。
 しばし、黙々と食事。
 ちなみに、このお好み焼きの味、かなりいい。
 しかももちのボリュームで充分夕飯としていける。
 というか、正直なところ、あんころもちが入りそうにない。
 どうやら隣のさつきも同じのようで、あんころもちは持ち運ぶことが内定した。

「さて、花火まではまだ30分以上あるけど…何かリクエストは?」
「はーい、私、お祭りの定番、金魚すくいにチャレンジしたいです!」
「お祭りといったら射的でしょ」
「ええっ!何言ってるんですか、射的なんてどうせ店のオヤジさんが銃にいかさましてたり
 賞品が重くって動かなかったり、実は固定してあったりして損ばっかりするようになってるんですよ!
 お祭りの定番といえば良心的な金魚すくい、これに決まってます!
 網ですくうときのハラハラ感、金魚たちが泳いでるのを見るだけでも楽しいのに、そんなものまで味わえるんですよ!?
 さらに、すくった金魚を持ち帰ることができる!魚好きにとってこれほどの幸せはありません!!
 こんなにすばらしい金魚すくいをやらずして、お祭りと言えましょうか、否、断じて否ですよ!」
「おちつけぃ」

 ずびしっ!
 俺の右手がいつものように冴え渡り、さつきの前頭葉を揺さぶる。

「はうっ、ガクリ、ぷるぷるぷるぷる…」
「あー、ええと、金魚すくいの後に射的でいいか?」
「ええ、いいわ。進藤さんにあそこまで熱弁されちゃあねえ」
「悪いな、やかましくて」

 かるーく震えているさつきを抱えて、金魚すくいの出店に移動。
 で、何故だか知らないが見知った顔。

「南山、こんなところで何やってる」
「おふくろが担当だったんだけどな、熱が出たってうそぶいて出店巡りしてるから留守番だ」
「大変だな、お前も」
「あとできっちりと小遣いをせしめるさ。で、けん。雑談に来たのか?」

 ふと、肩にのっけてるさつきが起きる気配。

「う〜ん…あ、先輩、おはようございます。あ、南山先輩も金魚すくいですか?」
「おはよう。南山は店番だってさ」
「じゃあ、ポイ1つください」
「1個100円ね」
「はい、100円です。なるべく丈夫そうなのを見積もってくださいね」
「そういうのはよくわからないんだけどなぁ」

 南山は一応ポイを見つめて、良さそうと思うものを選んでわたす。
 同時に、金魚を受けるための器も渡す。

「さぁて、池の中には〜…赤い子に、黒い子に、出目金、ここらへんは基本的ですね。
 ちょっとひねくれたのだと、ここで鯉とか亀が入ってたりしますけど…っているし!
 う〜、これは私に対する挑戦ですね!?魚を愛するものとして、この戦い負けませんよ〜!」

 さつきは、タイミングを見定めているのか、動こうとしない。

「南山、俺にも1つ」
「南山君、こっちもお願い」
「ほいよ、100円ずつな」

 さつきが動かない間に、俺と清香もポイと器を受け取る。
 俺の作戦は?

・手堅く金魚
・あえて亀
・大物狙いで鯉←

「日本男児としては、大物を狙うしかないだろう!」

 狙いは鯉、ただそれのみっ!
 下のほうでふてぶてしく鎮座している野郎を王座から引きずりおろす!

「見切った、そこだぁっ!!」

 結果、惨敗。

「ノーーーーッ!!」
「先輩、静かにしてください!金魚たちがやたら暴れちゃってるじゃないですか!」

 ぐはぁっ、まさかさつきにうるさいと言われる日が来ようとは…。
 さつきと清香の器を見てみる。
 清香の方は俺と同時に始めたこともあって、収獲はまだゼロ。
 さつきの方はというと、いつのまに捕まえたのか、赤いのと黒いのが一匹ずつ優雅に泳いでる。

「どうする、けん。もう100円払うか?」
「俺は無駄な努力はしない主義だ」
「そうか」

 南山も俺がまた買うとは思ってなかったらしく、食い下がる様子は無い。
 結局、さつきはさらに赤いのを1匹すくって、清香は出目金をゲットしていた。

「ん〜、まあまあですね。結構丈夫なポイだったみたいで助かりました」
「……そうか、よかったな」

 いきなり破れた俺の立場も無いってもんだ。

「さ、射的行きましょ」

 出目金を捕まえた感慨は無いのか、つかつかと歩き出す清香。
 俺とさつきもついていき、テキ屋についた。
 店番は…。

「は〜い、まじかる☆雪希ちゃんだ・よ〜〜〜ん」
「…」
「…」
「…雪希ちゃん、それ、ひよりんの差し金?」
「ううっ、聞かないで…」

 家で留守番をしていると思っていた雪希がここにいるっていうのはどういうことだろうっていうツッコミも出来ない。

「射的は1回4発で200円だけど…お兄ちゃん、清香お姉ちゃん、進藤さん、どうするの?」

 賞品をざっと見てみる。
 菓子類、頭ばっかり大きくて足が見えない黒猫や白猫のぬいぐるみ、可愛いのかどうか微妙なクマ。
 一際目を引くのは、真ん中に鎮座しているブツだった。

「あ、あれはっ…!?」

 そのブツを見たらしいさつきが血相を変えて雪希に200円を渡す。
 弾を受け取ると、例のブツを狙って連射する。
 が、ことごとく外れ。

「雪希ちゃん、もっとちょうだい!!」
「お、おい、そんなにアレが欲しいのか?」
「はい、アレは私の分身ですからっ!」

 真ん中に鎮座しているブツは、さつきをミニチュアにしたみたいなぬいぐるみ(?)だった。
 仮に進藤人形と名づけておこう。

「雪希ちゃん、銃って他にもあるかしら?」

 清香が天然記念物に指定されそうな2000円札を差し出して聞く。

「うん。はい、これ」

 2000円分の弾と銃を受け取った清香は、さつきと同じモノ、進藤人形を狙う。

「くっ、サテライトとマシンガン、因縁の対決かっ!?」
「お兄ちゃん、わけがわからないよ…」

 だんだんとコツを掴んだのか、2人の弾は当たりはじめるが、進藤人形は落ちる様子が無い。
 さつきも清香も2000円分を使い切ってしまった。

「雪希、俺にも弾と銃くれ」
「はい、お兄ちゃん、頑張ってね」

 俺が銃を取ったとき、さつきも清香も疲れてるのか、金がなくなったのか、撃ってなかった。
 こういうのは、冷静にやるに限るらしいから、好都合だ。
 ポンッ。
 1発目は、狙いよりもかなり左にずれる。
 『銃にイカサマがしてあったり、商品が重くって動かなかったり』というさつきのさっきのセリフが頭をよぎる。
 さっきの2人の様子からしても、どうやら、このテキ屋の銃はどれもずれるようになってるようだ。
 雪希の性格からして、固定なんていうズルはしてないだろう。
 2発目は、狙いを右にずらして撃つ。
 と、進藤人形のおなかに当たった。

「アウチッ!」
「いや、お前には当たってないだろうに」

 隣のさつきにツッコミをいれ、3発目。
 さっきよりも上を狙うと、今度は肩口に当たって、揺れた。
 いける、次は、落とす!
 そして、4発目。
 ポンッ。
 進藤人形の横のかなり上を狙った弾は、見事に眉間に激突した。
 ぐらぐらと揺れて、進藤人形が落ちた。

「名誉挽回・汚名返上ーーッ!!」
「わぁ、すごいよ、お兄ちゃん。さっきから何人もアレを狙ったのに、誰も落とせなかったんだよ」

 雪希から賞品を受け取る。
 進藤人形のタグには『MADE IN まじかる』と書かれていた。
 進藤本人に手渡す。

「ほら、欲しかったんだろ?」
「え、いいんですか?」
「まあ、そのためにやったんだしなぁ」
「わぁ、先輩、ありがとうございます!私、とっても嬉しいですよ!
 さっきは何にも取れなくて、実は少しかっこ悪いなぁ、とか思ってたんですけど、やる時にはやりますよね!
 いえ、先輩はやれば出来る人だって信じてますよ?けどまあ、普段が普段ですし、疑いたくもなりますよね。
 とにかく、ありがとうございます!感謝感激雨あられところにより雹、場合により槍ですよ!」
「あ〜、なんかすげえほめられてない気がする」

 なんとなく腕時計に目をやると、既に6時56分。

「って、もうすぐ花火じゃん!」
「あ〜、今から場所取りしても、多分良い場所ないですよね」
「とにかく行こうぜ」

 花火が綺麗な場所なんて限られてる、そこへ走ろうとした時。

「待って、健二、進藤さん!」
「ん、どうした清香?」
「穴場があるの。教えてあげるから、2人で行ってらっしゃいよ」
「清香はどうするんだ?」
「どっか他の場所で見るわ。あんた達に付き合ってらんないもの」

 清香は、場所を言うだけ言うと、走り去ってしまった。
 今日、清香を見たのはコレが最後だった。





「まったく、つきあってらんないわよね」

 花火の音がし始めたけど、見る気になれなかった。
 あてどもなく、歩く。
 手に提げた出目金入りの袋がちょっと邪魔。

「あれ?清香ちゃん、もう花火始まってるよ?」

 ふと、聞きなれた声が聞こえた。
 親友の声だ。

「日和、そういえばアンタも祭りでなんかやってたんだっけ?」
「うん、型抜き屋さんをやってるんだよ」
「それはまた随分と似合わないことをやってるのね…」
「ほら、わたし、不器用だから、そういうのをうまくやってくれるのを見たくって。
 そういえば清香ちゃんは手先が器用だったよね。やってみない?」

 型抜きに使う板みたいなのを渡してくる日和。
 どうやら、お金はいらないってことらしい。

「話を聞いてくれるなら、やってみてもいいわ」
「うん、いいよぉ」

 椅子に座って、手を動かす。

「あのね、さっきまで、健二と進藤さんといたのよ」
「けんちゃん達と?」
「そ。健二たちがお祭りに行くって聞いたから、こうやって浴衣も着て、偶然を装って一緒に行ったの」
「ふんふん」
「でね、健二ったら、私と会った時に、あからさまに困った顔をしたのよ。言ってくれれば、私だって無理には一緒に行かないのにね。
 まぁ、それはいいのよ、あいつ優柔不断なとこあるし。
 ただね、進藤さんと合流してから、あいつ、ず〜っと進藤さんのこと見てるの。
 食べ物も、進藤さんの意見を優先するし、金魚すくいもそう。
 射的の景品は、私だって狙ってたのに、迷わず進藤さんにわたしてたわ」
「清香ちゃん…」

 しゃべりながら、手を動かす。
 だんだん、手が震えてきて、視界もぼやけてきた。

「だからね、つきあってらんないな、って思って、花火をきっかけに別れてきたの。
 もう、ホント、つきあってらんないんだから…」

 目から涙が落ちて、手に力が入りすぎて、板が割れた。
 我ながらひどい失敗で、ますます涙が止まらない。
 そこに、ふわりと抱きしめられた。

「わかってたのよ!私なんかもう、入り込む余地無いんだって!
 でも、それでも、やっぱり好きだったんだもん!!」
「清香ちゃん、わたし見ないから、思いっきり泣いていいよ」
「日和、ひより、ひより、う、うわぁぁーーーん!!」
「わたしもね、けんちゃんのこと好きだったよ。
 だけどね、きっと、もっといい人見つけるんだって決めたんだ。
 …その前に、ちょっぴり泣いちゃったんだけどね」

 日和の胸は温かくて、私の涙は、止まらないんじゃないかって思った。





 清香から教えてもらった場所は、確かに穴場だった。

「こんないい場所があったんですね」

 花火はしっかり見えるし、誰も他にいない。
 俺達は、適当に並んで座った。

「た〜まや〜」
「か〜ぎや〜」
「かぎやって何ですか?」
「玉屋が何か知ってるんだろうな?」
「いえ、それも知りませんけど」
「江戸時代かなんかの有名な花火屋だってさ。玉屋も鍵屋も」
「へえ、先輩、博識なんですね」
「清香の受け売りだ」
「小野崎先輩ですか…」

 なんとなく、気まずい空気が流れる。

「小野崎先輩、なんだか泣きそうでしたね」
「…気づいてたか」
「まぁ、先輩でも気づくくらいですから」
「俺がすごい鈍感みたいだな」
「鈍感ですよ、先輩は。けど、そんなところも好きです」
「な、なんだよ、いきなり」
「なんか、こういうことをはっきり言わないと、小野崎先輩に失礼な気がして」
「清香に?」

 なんだかさっぱりわからない。

「わからないならいいんです。さっきの続きですけど、私は、チョップをしてくる先輩が好きです。
 私にいじわるをしてきて楽しんでる先輩が好きです。
 ちょっとエッチだけど、優しい先輩が好きです。
 私を選んでくれたあなたが好きです。
 私、進藤さつきは、片瀬健二という人が大好きなんです」

 そういうと、さつきは俺の手を取り、自分の胸へと当てる。
 下着とかの感触が無い、結構生に近い感触が伝わる。

「お、おい」
「私の胸、こんなにドキドキするのって、先輩といる時だけなんです。先輩は、どうですか?」
「え?」
「先輩は、私が好きですか?」

 今さら改めて言うことじゃない気もした。
 だけど、俺は答える。
 目の前の、恋人に。

「俺は、片瀬健二は、進藤さつきが好きだ。愛してる」
「先輩、嬉しいです…」

 自然に、ごく自然に、俺達はキスをした。
 唇が離れるのが惜しくて、時が止まればなんてロマンチックなことを考えたほどに。

「あ、そうだ、あんころもち食べましょうよ」
「ん」

 照れ隠しからか、そんなことを言ってくるさつき。
 つまようじでモチをさして、差し出してくる。

「はい、あーん」
「…」
「あーん」
「…それをやれと?」
「あーん」
「…根比べか?」
「あーん」
「あーん」
「はい」

 口の中に甘い味が広がる。
 さつきからつまようじをふんだくり、同じことをして返す。
 交互に繰り返したら、すぐに無くなった。

「なんだか、とっても恥ずかしい事した気分ですね」
「やることはやってるけど、こういうのはやっぱ違うな」
「はい」

 それからはただ、2人で花火を見てた。
 ずっと片手を繋いで。
 無言でも、嬉しさがこみ上げてくるのは俺だけじゃなかっただろう。
 空に最後の大輪の花が咲いて、静寂が広がる。

「さつき、これからウチ来るか?」
「…はい」

 手をつないで帰る、初々しいカップルみたいだった俺たち。
 そんな俺たちを、月だけが見ていた、夏の夜のこと。
 これからの永い幸せを予感した、そんな日のこと。