夏と祭りと彼女の笑顔








神社ってのは、年に何度か、普段の静けさを忘れる事がある。

それは、この俺、相沢祐一が何も考えることなく達した結論だった。

しかし、何故そんなことを考えているのかというと、今日がその「何度か」だからだ。

そして…

「ねぇ祐一!あれは何?」

まだ人を待ってるってのに、中に行こうとする愚か者がいるということも原因かもしれない。

そいつの名前は沢渡真琴。

俺が知る限りで、最もファンタジックな存在だ。

そんな真琴も、浴衣で身を包んでしまえば少しはおしとやかに見えるかと思っていた。

しかし、花火柄の淡い黄色の浴衣は、普段の印象を殺さずに包んでいる。

少しくらいは殺して欲しかったと思う。

「あれ食べたい!」

「待て」

今にも駆けていきそうな…もとい、実際に駆け出そうとしていた真琴の襟首を掴み、その足をとめる。

「何するのよ!」

怒られた。でも、全く怖くない。

「お前は大事な友達を置いていくつもりか?」

一つだけ言っておこう。

主役は真琴なんかじゃない。

「すみません。少し遅れてしまいました」

主役…少なくとも、俺にとっての主役はこいつ。

「気にするな、天野」

「誰も気にしてなんかいないからね、美汐」

天野美汐だ。

朝顔模様の淡い青の浴衣に身を包んだ天野。

俺はそんな天野に見惚れていた。

「あ…あの……」

「ん?」

「そんなに見つめられると照れるのですが…」

顔を真っ赤に染めて天野。

「あ、悪い。ただ、似合うなぁって…」

慌てて視線をそらす。

もう少し見ていたかったけど仕方ない。

「美汐、祐一…行くわよ」

「あ、あぁ」

「今行きます」





























ここまでのやり取りでわかったと思うが、俺は天野に惚れている。

いつから、とか、どんなところが、とか聞かれても俺はわからないと答える。

気付いたら惚れてたし、どこが好きかなんて、挙げたらキリがない。

「祐一、あれ買って!」

「まだだ。まずは賽銭挙げてからだ」

「………」

一瞬、天野が固まったように見えた.

「どうした?」

「い、いえ、何でもありません」

恥ずかしそうに顔をそらす天野。

「…ま、いいさ」

やっぱり人は少ない。

「誰も賽銭挙げにこないんだな。……真琴も金出せ」

五円玉を放り投げて手を合わせる。

「うぅ〜…勿体無い」

「そういう考え方があるから誰もあげに来ないんでしょうね」

「昔から、神々に祈ってきた国だし、今でも必要とあればみんな祈る。だったら、普段からやっておくべきだと思うんだよ」

そう言いながら、俺は財布に伸びてきた手を叩いた。

「痛っ」

真琴だった。

「自分で出せ」

流石に、賽銭を奢ってやる気にはならない。

「美汐…」

「私も出しませんよ」

「意地悪」

……この中で一番金持ってるやつに集られたくねぇよ。





























歩く。

たこ焼きを頬張る真琴を連れて俺たちは歩いた。

「そいうえば、他の方は誘わなかったのですか?」

「んー…誘わなかったと言うよりは、誘えなかった、という表現のほうが正しいと思う」

従妹とその友人の顔を思い出しながら言う。

「名雪も香里も部活で県外だからな。声はかけられない」

「北川さんは?」

「どうせなら、花だけ持って歩きたいじゃないか。だから声をかけなかった」

「花って…」

天野が顔を真っ赤に染めた。

「もちろん、天野のことだ」

言った直後、ボン、という音が聞こえたような気がした。

「わぁあああああっ!!天野!!」

茹蛸になった天野が倒れていた。

真琴は、と思い見回してみるがいなかった。

……天野連れて逃げるか。

俺は天野を背負ってその場を離れた。

人気のない、神社の裏手まで来て、俺は天野を自分の膝の上に寝かせた。

寝顔、可愛いな。

「何というか……やっぱ好きなんだな、こいつのこと」

抱きしめたいし、キスだってしたい。

その先はほんにんのどういがなきゃしないけど。

2人で街を歩いたり、学校に行ったり、一緒に何かしていたい。

髪に触れる。

さらさらで、柔らかくて、どこか心地よい。

「あー…何つーか、駄目だわ。完っ璧に惚れちまったわ…」

言ってから後悔した。

まさか、

「今の言葉……本当ですか?」

天野が目を覚ましているなんて気付かなかったから。

「あ…ああああ天野!?いつから!?」

「何というか……のあたりからです」

最初からじゃないか。

「うぐぅ…穴があったら入りてぇ」

「どうしてですか?」

「だって、恥ずかしいじゃないか。独り言のつもりが、思いっきり聞かれて……あーもう嫌だ!」

俺は頭を抱えた。

「そんなに嫌がらないでください。私は喜んでいますから」

言われて、膝の上の天野を見る。

優しい笑みを浮かべていた。

「最初、相沢さんに誘われたとき、チャンスだって思ったんです。今日こそは好きだって伝えるんだって、決めて、張り切っていたんです」

「あ、天野」

「好きです。どうしようもないくらいに好きです。何をしていてもあなたの事ばかり考えてしまって……もう何でもいいです。とにかく」

天野は一度深呼吸をした。

「私は、天野美汐は、相沢祐一さんのことを愛しています!!」

信じられないくらいの大声だった。

ただ、ここまでされると、逆に迷う必要はなかった。

「俺も。俺も…好きだ」

抱きしめて、キスをした。

一度だけじゃ物足りなくて、二度、三度と、何度も繰り返した。





























あの後、何となく神社に居辛くなって俺たちは帰路についた。

ちなみに、真琴はもう帰ったらしい。

「あ…あの……明日から一緒に学校行きませんか?」

「もちろん、歩いてだよな?美汐」

「も、もちろんです!」

「なら、喜んで」

俺は美汐の手をとった。

「私…今日は別に遅くなってもいいんですけど……」

美汐は顔を真っ赤に染めて俯いてしまった。

「了解」

水瀬家とは違う方向へと足を向けた。

「ところで、浴衣のままでいいのか?」

「祐一さんが初めて褒めてくれた服ですから。今日はこのままで過ごします」

「ふ…嬉しいこといってくれるじゃないか!」