『純一さん。今度、島の外へ一緒に行ってもらえませんか。
お墓参りに行きたいんです。
はい。
それじゃあ、また』
夏のD.C.〜本当の想い〜
「今日は、ありがとう…ごめんね、わざわざ」
「…お姫様に呼ばれなければ暇だからな。ことりのためならどこにでも付き合うよ」
「……うん、ありがとう」
俺は今日、電話を受けて、二人でことりの両親の墓参りに行ってきた。墓には既に先客が来ていたらしく、あまりする事もなかったが、ことりは両手を合わせて長い時間目を閉じていた。
今は、その帰りで、初音島へ向かうフェリーに乗っている。
時間的には、昼と夕方の間ぐらいで、気温が下がり始める頃。
墓参りの帰り道なせいか、二人共口数少なく、雰囲気は少し重い感じだった。
「墓参り、か……」
「純一さんは、そういう用事はないの?」
「ん?」
墓参り?
俺が参るような相手といえば……
「あぁ、一人いたな」
「えっと、それは、誰ですか?」
「…祖母ちゃんだ……」
「……そうですね…」
そうか。そういえば、ことりも祖母ちゃんに会ってるんだったな。
あの夢で、思い出さなくてもいいもんまで思い出した気もするが…。
「…初音島にあるんですか?」
「え?」
「お墓は…」
「ああ。そういえばなんか実感が沸かなくて、あの日からは、まだ一度も行った事がないな」
「……今から行きませんか?」
「……そうだな…」
初音島の桜が枯れた今なら、これ以上待たせとくわけにもいかない、か。
夢で会う事ももうないだろうし。
さくらはさりげなく毎年行ってるらしいけどな。
今回も結局世話になったみたいだし…。
「たまには、顔を見せに行くのも悪くないかもしれないな」
「ええ。それじゃあ、行きましょう」
今朝発った初音島が、目の前に帰ってくる。
海の上に、今ではすっかり青々しくなった葉桜が見える。
船の着く端の方はそれほどでもないが、島の中心の方は空を埋め尽くすほどの緑が広がっている街。
この街にかけられた魔法は、全部なくなったんだろうか?
「もうすぐだな」
「ここって、風見学園のすぐそばですよね?」
「ああ。風見学園の裏の、桜の群集を抜けた所にあるからな。正確には、神社の裏だが」
遅刻しそうになった時、回りこむ道をさらに進んだ所に、ひっそりと続く道の先にある。
墓地の中まで桜は植えられているため、春には墓地で花見が出来るほどだ。初音島でもっとも綺麗な桜だとまで言われている。
どうせさくらが先に来ただろうと思って、花も買わずに来たが、やっぱり何か買ってくるべきだったんだろうか。
「うわ〜……」
ことりは始めてここに来たらしく、さくらを見上げて感嘆の声をあげている。
「ここに来るのは始めてなのか?」
「はい。どうも、みんな私に遠慮して、こっそり来てたみたいですから」
まぁ、ことりにしてみればまったく知らない人だろうからな。
「そうか。…っと、祖母ちゃんの墓は確か、一番奥にあるんだよな」
「お水とか、汲んでいかなくていいんですか?」
「そうだな。それぐらいやってくか」
「本当に顔を見せに来ただけなんですね…」
それから、水を汲んで、当然俺が持ち、人様の寝ている横を通りつつ、少し離れた所にある祖母ちゃんの墓に着いた。
「はぁ…」
「着いていきなりため息はどうかと思いますよ?」
「……かったるい」
「あ、あはは……」
そんなの気にする人じゃないだろうけどな。
だいたい、俺の「かったるい」は祖母ちゃんから始まってるわけだし。
バシャッ。
「わわ!あ、朝倉君……」
「……久しぶりだな」
「…………」
「ったく、結局何がしたかったんだよ。それに、どうしてこれは消えないんだ?」
桜餅。
祖母ちゃんは基本的に和菓子ならなんでも好きだから問題はないだろう。
「まぁ、色々助かったよ。ありがとう…」
「私も、どうもありがとうございました」
今のことりがいるのは祖母ちゃんのおかげでもあるだろう。
素直に笑う事が出来るようになったのも、自分に素直に笑いかけてくれる人がいたからこそ。それも、初対面で何も知らない、名前すらも知らなかった相手に対して。
周りを拒絶していたのも、周りが知らず拒絶していたからかもしれない。
そんなことりに与えられた、人の心を読む力。
桜が枯れて、今はもうなくなったが、確かに存在していた力。
相手の望んでいる事がわかれば、確かに人と付き合うのは楽になるかもしれない。
でも、それはきっとつまらない。
何が起こるかわからないからこそ、俺はここに生きている。
人生は奥が深いな。
――わかってるじゃないか。その年にしちゃあ、立派だねぇ。
「!…祖母ちゃん?」
「…………」
「なんだ?」
――でもねぇ、楽じゃないことってのは、つまり大変なことなのさ。
今までほとんど吹いていなかった風が、急に吹き荒れる。
――試してみるかい?
何を?
――自分の心ってやつをさ。
目を開けていられないほど、風が起こり始める。
目を閉じる一瞬前に見えたのは、
桜色?
――予想外なことが起きて嬉しいだろ?くっくっくっ。
くそばばあ……。
「んん?…ここは、墓、だけど…」
この一面に広がる色の変化はなんだ。
葉桜が、時間を戻したように、全て薄桃色になっている。
つまり、桜の花が咲いている。
「ことりは…?」
俺が周囲を見回すと、少し離れた所に植わっている、一本の桜の木を背に、桜よりいくらか濃い髪の色をした少女が片足だけのばして座っている。
「大丈夫そうだな…」
俯き加減のことりの方へ俺が歩いていくと、こっちに気づいたらしく、顔を上げ、立ち上がる。
目が合った瞬間、妙な表情が一瞬だけ覗き、すぐに笑顔を浮かべる。
戸惑い?
すぐに引っ込んでしまった表情は、そんな風に見えた。
「ことり」
「え?どうして、私の名前を知っているんですか?」
どうして?
いや、むしろなんで恋人の名前も知らないんだ?
「すみません。どこかでお会いしましたか?」
状況が掴めん。
「あれ?いや、待て。一つ質問していいか?」
「?なんでしょうか?」
口調が他人行儀だ。
「白河ことりさんですか?」
「!…白河…そう、ですね。はい」
なんなんだ……。
祖母ちゃんは一体何をしたんだ?
「俺の事、覚えてない?」
「え?…えっと……ごめんなさい。覚えていないですね」
周りでは、狂ったように桜が咲き誇っている。
そして、蝉の鳴き声。
何かが、おかしい。
時間が戻ってるのか?
「風見学園本校の、一年だよな?」
「はい。そうですね。クラスメイトの方ですか?」
「あ、ああ」
時間は変わっていない?
ことりの、その笑顔はなんなんだ。
何かがというより、ほとんどがおかしい。
この世界は……。
デタラメだ。
「あっ、もしかして、朝倉君ですか?」
「ああ」
あの笑顔は…。
ニセモノだ。
「ことり」
あの時間を繰り返させるわけにはいかない。
「?なんですか?」
「自分の思っている事を言ってみろ」
他人の顔色ばかり伺っていたら、つまらないだろ。
「……何を…」
「自分に嘘をつくな」
本当の笑顔の方が何百倍もかわいいんだ。
「あ、朝倉君?」
「心から歌ってみろよ」
人の心なんか読めなくたって。
「自分を苦しめたって、ちっとも楽しくないだろ?」
楽しく生きていけるんだから。
「俺は本当のことりが好きなんだ」
自分から言わなきゃ伝わらないことだってあるんだ。
「え?」
「昔はそうじゃなかったんだろ?」
親友だっている。
「周りの人が変わったって、ことりは変わらないんだ」
わかってくれる姉だっている。
「自分を閉じ込める必要なんかない」
俺が、
「何一つ完全にわかったりしない」
ことりを、
「本当は全部気づいてるんだろ」
ずっと、
「本当はそうじゃない」
出来る限り、
「ことりの想いを伝えてくれ」
守ってやる。
ヒュゴオォォゥゥゥ――。
「純一さん!」
?
ことり?
「あっ…」
笑顔。
本当の。
「ことり…」
「よかった」
おそらくは、昔と同じ。
「何が?」
「?突然倒れたんだよ!?」
「…………」
――あんたがしっかり守ってやれば、その娘は大丈夫さ。
「あぁ……」
「純一さん?!」
夏の、
「ことり」
ある日の、
「ん、なに?」
不思議な出来事は、
「好きだ」
心配性の祖母ちゃんの、
「うん。私もだよ」
最後の魔法だったのかもしれない。
――想いは、強さになるものさ。
――夏は、思い出の季節。思い出すも、作るも。
――大切なのは、自分に素直になること。
――本当の想いを、忘れないように。