「あ…あのっ、小坂さんっ!」
「ん?
なぁに? 孝祐くん」
「明日の決勝戦なんですけど……よかったら見に来てくれませんか?」
「どうして?」
「い、いや!
別に嫌ならいいんですけど……」
「あ、ごめん。そういうわけじゃなくて、わざわざ私のところに来るなんて何かあるのかな、って」
「えっと、それは…その……」
「……孝祐くん?」
「も、もし……もしも勝って全国行けたら……その時は…………」
「はぁ……」
スパイクの紐を両手に持ちながら、僕は溜め息を吐いた。
これから全国行きを決める大事な大事な試合だというのに、全く集中できない。
しかも相手はあのサッカーの名門、帝徳高校だっていうのに。
こんな気分じゃ先が思いやられるな……。
「はぁ…………」
「どうした?
いつもはだらしない顔のくせにいっちょ前に哀愁なんて漂わせて」
二度目の溜め息をさっきより深く吐くと、光一が長髪をかき上げながら僕の隣に座ってきた。
「……喧嘩売ってる?」
「まさか。札の向きを全部揃えて財布に入れてるようなヤツに喧嘩売るほど俺は安くない」
「入れてないよ」
A型で几帳面だって言われるけど、流石にそんなことはしない。
「そうか?
――それより、どうしたんだ?」
「うん……ちょっとね」
「……昨日の美樹ちゃんとのことか?」
「なっ……!?」
「何驚いてんだよ」
な、何って、さも当然のように言い当ててる光一が何?
って感じだよ。
開いた口が塞がらないよ……。
「な、何で光一が昨日のこと知ってるのっ!?」
「……お前、誰も知らないと思ってたのか?」
「へ……?」
「チームの皆、1,2年も含めて全員知ってるぞ?」
「……ギャグ?」
「リアル。大体、そんなつまらんギャグ言うか」
あはは……確かに笑えないよ……。
っていうか、何で昨日のことが既に皆にバレてるわけ!?
「ホントに?」
「マジ。昨日、吉原孝祐は小坂美樹を呼び出して――」
「わー!
わー!」
光一の口を押さえながらすぐに周りを気にする。
よし、誰にも聞こえなかったよね。
っていうか、何でフルネームで言うのさ。
「皆知ってるから無駄やと思うで」
光一の押さえ込みに必死になってると、前から正吾の声が聞こえてきた。
正吾は手にグローブをはめながら、呆れた目でこっちを見ている。
「……もしかして、正吾も?」
「当たり前や。お前はオレをチームの一員として見とらんのか」
「そういう意味じゃなくて」
「どうでもいいけど、さっさと成瀬放したれ」
「あっ」
正吾に言われ、咄嗟に光一を放す。
光一はぜぇぜぇと荒く呼吸をすると、僕を恨めしそうに睨んできた。
「な、何?」
「ったく、手加減ぐらいしろよっ!」
「アホか。人殺すのに手加減も何もあるか」
「俺殺されかけてたのかよっ!」
「ま、成瀬のことなんかどうでもいいんやけど」
「よくねーよっ!」
「まさか吉原があんなこと言うなんてなぁ?」
『む、無視……?』と呟く光一を尻目に、正吾はニヤリと怪しい笑みを僕に向ける。
……何か、ヤな予感。
「あ…あのっ、小坂さんっ!」
「何?
孝祐くん?」
「明日の決勝戦、もし勝って全国行けたら……僕と付き合ってくださいっ!!」
正吾のセリフと共に光一が復活し、再現を始める二人。
二人して声色を似せようとしてて、何だか気持ち悪い。
……っていうか、そこまで克明に知れ渡ってるんだね……。
「いやぁ…男だねぇ、孝祐くぅん?
可愛い彼女と素敵なサマーバケーションをエンジョイですか?」
「やるなぁ、おチビちゃん」
「ま、俺たちも協力してやるからさ」
「小坂さんにいいとこ見せんとな?」
にじり寄ってくる二人。
その禍々しい笑みがとても怖い。
「な、なんだよっ!
二人して馬鹿にして!!」
「馬鹿になんかしてへんて。寧ろ応援してるんやで?」
「まあ、こんなドラマみたいな演出、流石に俺は出来ないけどな」
「それは同感や」
「……何人もの女の子と付き合ってる光一の方が現実離れしてると思うけど」
「それも同感。しかも成瀬の場合、害ありやしな」
「俺の場合、来る者拒まずなんだよ。――ま、俺にも選択権はあるけどな」
「酷いね」
「最低や」
「何だよ、今度は俺をターゲットにするつもりか!?」
「――成瀬、坂元。そろそろ試合だ」
そう三人で騒いでると、監督がやってきた。
監督は光一と正吾に一言ずつ声を掛けると、最後に僕に向き直った。
「吉原」
「はいっ」
「お前の恋路をどうこう言う気はないが、試合中ぐらいは集中しろ」
「……はい?」
「以上だ。行ってこい」
監督の声を背に、僕はピッチへと向かった。
なんだかなぁ……。
小坂さん、見てくれてるのかなぁ……。
もし見てくれてるなら、いいとこ見せなきゃ。
……それにしても、昨日は勢いでとんでもないこと言っちゃった気がする。
光一が言った通り、ドラマみたいなことを僕が言うとは思わなかったな……。
うぅ、思い出しただけで顔が熱くなる。
傍から見たら変だよね、試合中に顔真っ赤にしてる奴なんかいたら。
小坂さんもそう思うかな……。
だったら、恥ずかしいとこも見せられないし、尚更頑張らなきゃ!!
「――おいっ、吉原!」
「え?」
キャプテンである川原の声に、僕は現実に引き戻される。
その瞬間、僕の足元をボールが転がり、タッチラインを割った。
「あ」
「あ、じゃねぇ!
さっさと戻れ!」
「ご、ごめん」
あぁ〜、言った側から思いっきり恥かいてるよ……。
さっきとは別の意味で顔が熱い……。
「吉原っ!」
川原は敵のフォワードから強引なスライディングでボールを奪うと、僕にパスを供給してくる。
僕はそれを軽くトラップした……つもりだった。
転がるボール。
向かう先は……敵。
「――やばっ!」
僕は慌ててボールを追いかける。
しかし、時既に遅し。
ボールを受け取った敵は僕のスライディングを簡単に飛び越えると、鋭いスルーパスを繰り出す。
ウチのディフェンダー陣は足の速いフォワードに反応できず、正吾との一騎打ちになった。
「うおぉぉっ!!」
正吾は決死の覚悟で飛び出すが、タイミングが一歩遅く、ループシュートを打たれる。
無情にもボールは必死に身体を仰け反らせる正吾の頭上を越え、ゴールネットを揺らした。
直後に起こる、大歓声。
それが僕への罵声に聞こえ、何とも耐え難い。
僕が、僕がトラップミスさえしてなければ。
僕さえいなければ……。
――ゴンッ!
「!?」
「なぁに1回ミスしただけでこの世の終わりみたいな顔してんだ」
突然の後頭部への衝撃に、僕は後ろを振り向く。
そこには、拳骨を胸元で構えた光一が立っていた。
「お前のミスなんざ、今に始まったことじゃないだろ」
「でも……僕のミスの所為で全国が遠退いちゃったし……」
「でも、じゃねぇ!
大体何か?
ウチはいつからお前のワンマンチームになったんだ?」
「え?」
「口は悪いが鬼のようなディフェンスの川原がいる。今のはしょうがねぇが、性悪守護神の坂元もいる。
こんなメンツならお前が調子悪かろうがいくらでも巻き返せるんだよ!」
「光一……」
「それに、だ孝祐。どんな試合でも華麗にゴールを決める、ウチの真のエースを誰だと思ってやがる」
光一はそこで一息入れると、
「――この俺だ」
そう、自信満々に言い放った。
「それにまだたったの1点だろ。俺の1試合平均得点知ってるか?」
そう笑みを浮かべると、光一は相手側ゴールへと歩いていく。
そして数歩歩いたところで立ち止まった。
「何点入れられようが、俺がそれより多くゴールを叩き込んでやる。だから――お前は俺にパスを出せ!」
「光一……うんっ!
ありがとう!!」
「ありがとうはおかしいだろ。……ま、悪くはないがな。でもまだ早ぇ。全国決めてからだ、俺を崇めるのは」
光一はそう言って、歩いていった。
……そうだ。
今のミスは褒められるものじゃないけど、だからと言ってそれで立ち止まっちゃいけない。
周りに皆がいたから、ここまで来れた。
周りに皆がいるから、これからも行けるはず。
だったら、僕は僕で全力のプレーをしなきゃならない。
小坂さんがどうとかじゃない。
全国という、チーム皆の、そして僕自身の目標のために。
「――あ、そうそう」
「何?」
僕がそう決意したとき、光一が戻ってきた。
そして、観客席を指し示す。
「俺がざっと見た限り、美樹ちゃん来てないみたいだぞ」
「え?」
「それだろ?
お前の不調の原因。いっちょ前にカッコなんかつけようとするから」
「……はは。そうだったんだ……」
「点差はたかが1点だ!
後半いくらでも逆転できる!!」
「おぉっ!!」
川原の声に、チームが掛け声と共に一体化する。
前半0−1で折り返したハーフタイムでも、僕らの士気が下がることはなかった。
寧ろ、負けている状態だからこそ、皆が皆『絶対に逆転する』という共通のヴィジョンを描いている。
僕らは今、今までで最高のチームの絆を結び上げていた。
「そこからなら、どんな状態でも必ずゴールを決めてみせる。――だから、皆は俺にパスをくれ」
光一は、ピッチで僕に言ったことを皆にも言う。
それはエースとしての責任、そして自信を秘めた力強い言葉。
「俺に絶妙なパスが通った時、奴らの最期だ」
「――もうあいつらにゴールはやらん」
静かに、しかし力強く口にしたのは正吾。
1点決められたのが余程悔しかったんだろう。怒気すら伝わってくる。
「オレから2度もゴールを奪えると思うなよ……」
悔しいのは僕も同じだ。
失点したのは僕のミスが招いたこと。
だったら、最低でも失点分は取り戻さないと心の奥底から込み上げるものを抑えきれない。
「後半全力でぶっ放していくぞコラァ!!」
「うおぉぉっ!!」
並々ならぬ気合い、若干の怒気すら纏って一体化した僕らは再びピッチへと足を踏み入れる。
「吉原」
「何?」
「お前にディフェンスは期待してない。とことん攻めていけ。ケツは俺が持つ」
川原の言葉に、僕は即座に肯いていた。
少し前なら躊躇していたかもしれない。
でも、今は違う。
川原や正吾なら必ず相手の攻撃を防いでくれる。
僕や光一なら必ず点を決めてくれる。
僕たちの間に結ばれた強い信頼。
ならば、僕はその信頼に応えてみせる。
それが、僕のやるべきことだから。
――ピィィィッ!!
後半キックオフの合図と同時に、光一からのバックパスが僕に送られる。
「……よし」
僕は静かに頷くと、ボールを蹴り出す。
目の前には僕をチェックしにきた相手フォワード。
その体勢を軽いフェイントで崩し、抜け出す。
更に迫ってきていたミッドフィルダーをパスで往なすと、パスに引かれた相手の裏から回り込んだ。
ワンツーで返ってきたボールを優しくトラップする。
そこへ、今度は2人同時にプレスを掛けてきた。
僕は後ろを振り返り、2人を両腕で押さえながら、パスを出そうと足を振り上げる。
すると、思った通り、相手は隙の出来たボールを奪おうと足を伸ばしてくる。
僕は内心ほくそ笑むと、振り下ろした足をボールの前まで通過させ、そのままヒールで後ろへ蹴り出した。
ボールは綺麗に相手の股を潜り抜け、無人のスペースへと転がる。
チビ特有の素早さ。
それが僕の最大の武器でもある。
相手2人の間をするりとすり抜け、ボールをキープする。
そしてそのままゴール前へアーリークロスを上げた。
高く打ち上げられたボールは空中で弧を描きながら落下する。
落下地点には光一が待ちかねた、といった表情で待機していた。
「光一!!」
「――上出来だ」
光一はそう微笑むと、その場で力強いボレーシュートをダイレクトで放った。
空中を疾走するように放たれたボールはディフェンダーの間を縫い、キーパーの指すら掠らせずにゴールネットに突き刺さった。
あまりにも衝撃的なゴールに辺りは一瞬静寂に包まれたが、直後に大歓声が起こる。
前半の時とは真逆の気分だ。
後半開始直後というのも、流れ的に申し分ない。
「―――!!」
大歓声で何も聞こえない中、光一が何かを叫びながら僕に近づいてくる。
そして、光一は掌を僕の方へ掲げた。
何を言っていたかは分からない。
でも、僕がやることは理解していた。
――パンッ!!
何も聞こえないはずなのに、何故かそれだけは耳に届いてきた。
僕らはそのままガッチリと手を握り合い、喜びを噛み締め合った。
光一が同点ゴールを決めてから、スコアは沈黙していた。
僕らが怒涛の攻撃を見せると、帝徳は名門らしい洗練されたロジカルな攻撃で応戦してくる。
流れは、完全に僕らのペースだった。
帝徳が組織的なパスサッカーを展開してきても、それを川原が率先して封じる。
数字的にも、僕らのシュート数が5本近くあるのに対して帝徳は後半シュート数は0であることから、優勢なのが窺える。
しかし、それは脆くも一瞬で崩れ去る。
――ピィィィッ!!
審判のホイッスルが高々と鳴り響く。
そして、審判は指差す。
――こっちのペナルティラインを。
その行為が示すのは……PK。
残り時間はたった8分。
一気に雰囲気が暗くなる僕ら。
この時間帯では、絶望的だった。
「――コラァ!!」
そんな時、正吾の怒鳴り声が響いてきた。
「何、死んだ顔しとんねん」
正吾はファウルを起こしてしまった寺本の頭にチョップを喰らわすと、僕と光一のもとへやってきた。
「カウンターの準備しとけ」
「……何?」
「カウンターの準備しとけって言っとんじゃ!!」
「何言って――」
「オレが絶対に止めてみせる。せやからお前らは黙って前線で待ってろ」
正吾はそう言うと、踵を返す。
「成瀬」
「何だよ」
「お前、今『もう終わりだ』とか思っとったやろ」
「…………」
「……お前だけやない。他の皆も、観客も皆そう思っとったやろな」
正吾は静かに言葉を紡ぐ。
後ろを向いてるため、表情は窺い知れない。
「でも、オレは必ずこれを阻止してみせる。そんで、お前らに繋げる」
「…………」
「吉原。オレがハーフタイムに言ったこと憶えてるか?」
「……うん」
「――オレは、嘘だけは吐かん」
首だけ振り向いて、そう微笑む。
正吾は言っていた。
『もうあいつらにゴールはやらん』と。
僕らが諦めててどうするんだ。
もし入れられても、残り8分で同点にすればいい。
ただ、それだけのことだ。
「何、カッコつけてやがんだ。止めてみせるだぁ?
帝徳相手のPKだ、無理に決まってんだろ」
「光一……」
「だから、あいつ嫌いなんだよ。無理なことをできるとか言いやがって」
光一は悪態を吐きながら、センターサークルへと向かっていく。
「光一?」
「……何でだろうな。無理なことだってのに、心の奥底で期待が膨らんでくるのは」
「!!」
「……孝祐。ボールキープしたら、ゴール前にハイボール上げろ。――あとは俺が何とかする」
「うん、わかった!!」
光一の言葉に僕は肯くと、いい位置でボールを受け取るためにその場を後にした。
「ホントに、馬鹿な奴らだ……。もう少しだけ、付き合ってやるよ」
「……さ、どっからでもかかってこいや」
正吾は、ゴール前で大きく手を広げる。
その目は、爛々と輝いている。
キッカーは、帝徳キャプテン。
そして、ホイッスルが鳴り響く。
キッカーが歩幅を合わして、足を振り上げた。
その瞬間、正吾が笑った気がした。
放たれたボール。
それは普通なら入る、完璧なコース。
――普通なら。
正吾は思いっきり横っ飛びすると、コースを読んでいたかのように、ドンピシャでボールの侵入を防いだ。
溜め息と歓声が入り混じる中、正吾は間髪入れずにボールを前方に投げた。
歓声が一瞬で止み、そしてそれは、僕の足元へ。
「光一っ!!」
僕はそれを、振り向き様にダイレクトで蹴り上げた。
ゴール前で光一と相手キーパーが飛び上がる。
――パサッ。
隙間を縫うように、キーパーの腕をすり抜け、光一のヘディングはゴールへと吸い込まれていた。
鳴り響くホイッスル。
やった……。1−2の危機から、2−1の決定的なスコアへと。
駆け寄ってくる光一。
僕も抱き合おうと手を広げて駆け寄る。
その視線の先に、僕は見てしまった。
――オフサイドフラッグが上がっているのを。
タイミングが、僅かにずれていた。
結局そのまま後半が終了し、決着はPK戦へと持ち越されることになった。
帝徳の先攻で、PKは始まった。
――PKはキッカーが有利だ。
キーパーは人1人にとっては広いゴールを守らなければならない。
しかし、キッカーは近くから、しかも何の障害もなく様々なコースにシュートを打つことが可能だ。
だから、PKにおいてキッカーは優勢である。
だが、一概にもそうとは言えない。
例えば、大舞台で緊張してしまう選手が大観衆を前に、勝敗が決するような場面で蹴る場合。
極度の緊張状態によって些細なミスをしかねないからだ。
――それは、今の僕の状態だったりする。
スコアは4−3。僕は4本目のキッカーだ。
今まで全ての選手がゴールを決めている。
ここでもし外したりすると、僕らは絶体絶命の危機に瀕す。
……ちなみに、僕はメンタル面が弱い。
つまり、外してしまう例のまんまというわけだ。
「―――!」
「―――!!」
皆が何やら声を掛けてくれるけど、僕の耳には入らない。
僕はガチガチのままボールをセットすると、助走をとる。
鳴り止まない応援。
観客席を見てみると、皆が僕に注目している。
感覚が鋭くなってるのか、1人1人の顔まではっきりわかる。
森川や近藤、岡田などの親友たち、それに福田といったクラスの面々。
そして――小坂さん。
僕は目を疑った。
光一が『来てない』と言っていた小坂さんがゴール後にいる。
ずっと見られていたのかと思うと、急に恥ずかしさが込み上げる。
あの時光一に言われ、吹っ切れたというのに。
……もう、どうにでもなれ。
今更カッコつけたって、意味がない。
今までのミスを見られていたのだから。
そう思うと、不思議と緊張感はなくなっていた。
いや、なくなったというより、心地良くなったというべきか。
とりかく、今ならいつも通りのプレーが出来そうだ。
僕はボールに向かって駆け出す。
そして、ゴール目掛けて思いっきり右足を振り抜いた――
「よーし!
打ち上げ行くぞーっ!!」
「酒や酒っ!!」
「正吾、お酒はちょっと……」
「硬いこと言うなや」
「そうそう、坂元の言うとーりっ。お祝いなんだからさ」
「そやそや、準優勝のなっ!!」
「よっしゃ!
酒だ、女だー!!」
「オレ、こっちの女には興味ないねん」
結局、僕らは負けた。
僕の放ったシュートはバーの上を飛んでいった。――掠りもせず。
僕はこの試合、足を引っ張ってばっかだった。
最初の失点も僕のミスから。
試合を決定したのも僕のミス。
僕の所為でチームの優勝を逃したと思うと、とても申し訳なくなる。
「――あんまり、気にすんなよ」
「え……?」
「お前の考えてることくらい、お見通しや」
「そりゃあ、お前のミスばっか目立ってたけど、誰もお前のことを責めたりしないぞ」
「決勝までこれたのも、お前がいたからやしな」
……本当に、いい仲間に逢えたと思う。
上手く言えないけど、今日の試合でそれだけははっきりとわかった。
「フラれたけどな」
「う……」
あんまり思い出したくないことを……。
直接言われたわけじゃないけど、僕が小坂さんに言ったのは『優勝したら付き合ってください』だったからだ。
でも、負けた。
だから――
「お!
本人が登場しよったで」
そう言う正吾の視線の先には、小坂さん。
っていうか、本格的って何。
「ほら、潔くフラれてこい!!」
光一は心底楽しそうに僕の背中を押す。
人事だと思って……。
……人事だけど。
「こここ、小坂さんっ。来てくれてたんだ」
「うん。――試合、惜しかったね」
「僕の所為で負けたんだけどね……」
「でも、孝祐くん、カッコよかったよ」
「えっ?」
「……それでね、昨日のことなんだけど……」
その話に入ったとき、僕はとても逃げ出したくなった。
やっぱり、直接言われるのは応えそうだ……。
「いいよ、付き合っても」
「……へ?」
「あ、でも、これじゃ『勝ったら』っていう契約違反だよね?」
「け、契約……?」
「だから、孝祐くん」
「は、はいっ!!」
「――私と、付き合ってください」
何が起こったかわからなかった。
それだけ、小坂さんの言葉は僕に衝撃を与えた。
「おいしいとこ持っていきやがって……」
「ホンマ、食えんやっちゃな」
後ろで光一と正吾が何か言っていたが、何も耳に入らなかった。
全国大会出場という夢が潰えた時、僕らの夏は終わった。
しかし、それはあくまでもサッカーの話。
夢は叶わなかったが、その夢に向かうまでの過程は僕にとってはその夢にも勝るいい出来事だったと思う。
だから、これからも夢を見よう。
本当の夏は、これから――