〜 そんな僕への蝉時雨 〜





 あゆが目覚めて少しの時が流れた。

 俺は今大学二年生。

 やっと、大学という慣れない環境にも身体が適応してきた。

 あゆはといえば、退院してからは水瀬家で住んでいる。

 秋子さんにあゆを家に住まわせてくれるようにお願いしたら、


 「了承です」


 とにっこり微笑んでくれた。

 名雪も、あゆが家に来ると言ったら賛成してくれた。

 むしろ歓迎していたなぁ、あれ?

 
 「あゆちゃんあゆちゃん♪」


 と毎日のように連呼するので、軽く頭を叩いたらう〜う〜唸っていた。

 名雪? いくら俺があゆと付き合っているからといっても、上目遣いになみだ目は反則だからやめような?

 と、いかんいかん、話がそれてしまった。

 そういうわけで、あゆは今、俺たちと一緒に暮らしている。

 さっきも少し言ったけど、俺とあゆは付き合っている。

 あゆが退院して、数日後のデートの時に俺から付き合ってくれと切り出した。

 その時のあゆの笑顔といったら、可愛いの一言に尽きた。


 「僕も、ううんっ! 僕の方がもっと大好きだよっ♪」


 次の瞬間抱きしめたのは言うまでも無い事実。

 あゆは真っ赤になってたけどな。

 また話が反れた、続きを言おう。

 あゆは、どうやら俺と同じ大学に行きたいらしく、最近は毎日勉強に励んでいる。

 元々頭がよかったのか、あゆは次々と学習内容を覚えていった。

 今では高校二年生までの問題ならすらすらと解いてしまうほどだ。

 あゆは七年間眠っていたお陰(?)もあって、普通のやり方とは違う方法で大学に入れるらしい。

 まぁ、俺は編入試験ということしか知らないわけなんだが。

 それでも、学力検査は当然あって、普通の大学入試試験と同じレベルの問題が出されるとのこと。

 一年でここまで来ただけでも凄いというのに、その所為であゆは最近ますます勉強に励んでいる。

 時には晩御飯を抜く事さえある。

 試験があるのは、俺が夏休みに入ってから3週間後。

 一週間後には夏休みなので、もう時間は確かにないわけなのだが……。

 どうにも、最近あゆは無理をしすぎているように見えてしかたがない。



 夏休み前日、あゆの目の下にクマを発見した俺は、どうにも我慢ができずにあゆにこう言った。



 「あゆ、明日デートがしたいから今日はしっかり寝ろよ」

 
 「えっ!? いきなりどうしたの祐一君っ?」


 あまりに突然に言ったので、あゆは本気で驚いていた。

 それもそのはず、大学に入ってからはあまり構ってやれてなかったからな。


 「そんな気分になったんだ、嫌か?」


 「う、うんう! あ、でも、僕勉強しなきゃ……」


 やっぱりそうきたか。

 勉強の話を持ち出されるのは最初っから予想していたことなので、俺は必殺技を出すことにした。


 「そっか、そうだよな。あゆは俺より勉強のほうが大切なんだよな? いや、いいんだよ。別に……」


 奥義、『いじけた振り』

 まあ、文字通りなんだが……あゆには効果的だったらしく、見事に慌てだした。


 「うわぁ、そんなことないよぉ。僕は祐一君が一番だよぉ! けど……」

 
 「けど?」


 「僕、どうしても祐一君と一緒の大学に入りたいから……」 

 
 ……ぽりぽり

 真剣にそう言われると無理には誘えないのだが、このままあゆを勉強漬けにしておくと確実に倒れるまでやるのは
分かりきっている。

 俺も夏休みは少し忙しいんだが、仕方ない

 あゆの為に夏休みの予定を全てキャンセルするか……


 「分かったよ、あゆ。明日デートしてくれたら試験までずっと勉強見てやるから、だから今日はもう寝ろよ」


 その言葉であゆの表情はぱぁっ、っと明るくなった気がした。


 「うんっ、分かったよ祐一君。僕今日はもう寝るね、おやすみっ」


 あゆはそれだけ言うと、ぴゅーっと自分の部屋へと戻っていった。

 ……まぁ、あゆの為なら俺の予定なんてどうでもいいさ

 つーわけで、北川よ……一緒に海に行く約束はパスな





 次の日、俺とあゆは噴水のある公園に来ていた。

 別にデートといっても、特別どこかに行くわけでない。

 と言うより、あゆを休ませるのが目的だったので、デートコースを考えてなかったのが一番の理由なんだけど。

 あゆはと言うと、一日寝ただけでも大分調子がよくなったようだ。

 クマが無くなって、目にも活力が戻ってきている。

 もっと言うと、さっきから俺の腕に抱きついている。


 「〜♪」


 さっきからこんな感じだ。

 そろそろハートまで飛んできそうだな?


 「そんなに楽しいかあゆ?」


 「うんっ♪」


 ……可愛い

 不覚にも、素直にそう思えた。

 俺、あゆに何かお願い事されたときに断れるのか?

 ……多分無理だな

 一人でそんなことを考えて、ついつい苦笑してしまった。  




 俺とあゆは、しばらく公園内をのんびりと歩いていた。  

 腕は組んだまま――あゆは幸せそうな顔で――目的の場所もなく、ただゆっくりと歩いていた。

 だが、ゆっくり歩いても今は夏真っ盛り。

 暑いものは暑いわけで……


 「あついよ〜……」


 ……すっかりあゆがバテていた。

 まぁ確かに、これだけ暑ければあゆじゃなくてもバテるわな……

 

 ――その日、日本は全国平均気温が36度を超えていたそうな



 「あゆ、少し休むか?」

 
 「うぐぅ〜……」


 ……今の返事か?

 とにかく、どこか涼しい場所を……お?

 丁度いい所に日陰発見。

 樹がいい感じで並んでいて、さらに下は芝生。

 よし、あそこなら涼めそうだ。


 「あゆ、あそこに日陰があるから、あそこまで頑張れ」


 「うぐぅ〜……」

 
 だからそれは返事なのか?

ダレまくったあゆを支えるように日陰まで連れて行き、ゆっくりと芝生の上に座らせて
やると、こてんっ、と文字通り横になった。

 俺も、あゆのすぐ隣に寝転んだ。 


 「涼しいよ〜」


 本当に幸せそうな顔で言うな、こいつ

 こっちに向いて寝転んでいるあゆの顔を見ると、にこにこと上機嫌だった。

 
 ミーン。ミーン。ミーン。ミーン。ミーン。


 「よっと」

 
 しばらく二人で日陰を堪能していたが、何となく俺は身体を起こした。

 そして、そのまま目を瞑って蝉の声に耳を傾ける。

 ……そういえば、あの日もこんな暑い日だったな

 よくよく考えると――


 「どうしたの、祐一君?」


 「ん?――うおっ!?」


 「うわぁっ!」


 声をかけられたので目を開けたら、あゆが正面から覗き込むように見ていた。

 考え事をしていたので、ついつい驚いてしまった。

 驚いた俺の声であゆも驚いてた。

 しかし、いつの間にあゆは起き上がってたんだ?

  
 「祐一く〜ん。びっくりしたよぉ〜」

 
 あゆが非難の声を上げてくる。


 「俺だってびっくりしたんだ。これでお相子だ」


 「うぐぅ〜……」


 うぐぅ、と言いながら俺の隣に座ってくる。

 
 「で、あゆ。なんか聞きたいことがあったんじゃないのか?」


 なんの理由もなしに驚かされたんじゃあちょっと恥ずかしいぞ?

  
 「ん、えっとね。祐一君が何か考え事してるみたいだったから、何考えてるのかな?

って思って」 


 ……目を瞑ってたのに、なんで考え事をしてるってわかったんだろう……?

 ……まあ、いっか

 あゆの鋭すぎる洞察力(?)に、多少の疑問を抱いたが、すぐに考えるのを止めた。

 どうせ考えたって分かりっこないんだろうし。

 そんなことを俺が思っている最中も、あゆは返事を待っていた。

 
 「ゆーいち君? なんか変なこと考えてない?」

 
 上目使いでじー、っと見てくる。 

 だから鋭いんだってば……


 「考えてない考えてないっ……で、何を考えてたか? だっけ?」


 誤魔化しの意味も含め、話を促す。


 「う〜……、うん」


 まだ少し納得してないようだが、なんとか信じてもらえたようだ。

 あゆから正面へと視線をずらし、再び目を瞑り、ミンミンと鳴く蝉の声に耳を傾ける。


 「祐一君?」

 
 「昔を、な。思い出してたんだよ」

 
 「昔?」


 「そ、昔。あゆが樹から落ちて、俺が自分の町に帰った時の事をな」


 樹から落ちて、と言う言葉に少しばかりあゆが反応した。


 「大丈夫か、あゆ?」


 「う、うんっ。全然平気だよっ。ちょっと思い出しただけだし、今は祐一君が傍に居てくれてるしっ!」


 「そっか」


 その言葉についつい頬が緩んでしまうのはもうどうしようもない事実で。

 俺はあゆの頭を撫でてやりながら、続きを話しだした。


 「あゆの事故があって、俺はすぐに自分の町に帰った。だけど、その時すでに俺の自我は崩壊しかけていた。

いや、ひょっとしたらもう崩壊してたのかもしれないな」


 「祐一君……」


 あゆが心配そうな表情を向けてくるが、俺は話を続ける。

 
 「で、自宅に帰った俺は一切口を利かなかった。親とも、友達とも、誰とも。食事も取らず、何もせず、

いつも部屋の隅でじっとしていた。それから数ヶ月が経って、夏になった。ちょうど、今日みたいな暑い日

だった……」



_______________________________________________________


  

 ……………………。

 ミーンミンミンミンミン。ミーンミンミンミンミンミン――――

 ……………………。

 ミーンミンミンミンミン……ジジッ!!
 
 蝉の声が響き渡り、アスファルトを太陽がじりじりと照りつける。

 ある者は川や海、またはプールで大いにはしゃぐ。またある者はクーラーのがんがんに効いた図書館で静かに
読書をする。

 今日から学生にとって至福の喜びである――夏休み。

 しかし、そんなものは当時の俺には関係なかった。 




 窓を閉め切った部屋。その隅で一人膝を抱えている子供――俺。

 クーラーをつけているわけでもなく、部屋の中は熱気が篭もっている。

 しかし、俺は流れる汗を気にするでもなくただそこに居た。

 目的もなく、やりたいことも無く、ただただそこに存在(ある)だけ。
 
 ……すくっ

 突然、俺は立ち上がった。

 部屋のドアを通り、玄関を開け、そのまま靴も履かずに外へ出た。

 目的の場所も無く、ふらふらと歩く。熱を持ったアスファルトが熱い気もするけど、あまり気にならない。

 偶に通り過ぎていく人たちが不審な視線を送ってくるが、俺はまったく気づいていない。 

 ざっ、ざっ、ざっ――

 足の裏が地面と擦れる音が耳に響く。

 そして、気づいたとき、俺は森の中に居た。




 ミーンミンミンミンミンミンミンミンミン――――

 五月蝿いな……

 蝉の声が頭に直接響いてくる。

 それもそのはず。ここは森の中で、肉眼で確認できるだけでも100匹は蝉が居るのだから。

 それ以上の蝉が一斉に鳴いたら、鼓膜が痛くなるほどの音量になっても当たり前だろう。

 だるいな……

 周り樹よりも5倍は幹が太い樹を背もたれにして、俺は腰を下ろしていた。

 その時の顔は――無人島に漂流して餓死寸前の男の顔って言ったら分かりやすいだろう。

 あー、何で俺ここに居るのかな? あゆは居ないんだ、俺が今生きてたって仕方ないだろ。

 助けてやれなかった。守れなかった。それなのに、俺がここに居るのはなんでだ?

 まだ何かしたいことでもあったかな? ……無いなぁ。そーいや、ここ数ヶ月、両親と話してないなぁ。

 学校にも行ってないよなぁ、俺。先生とか皆、心配してるかなぁ? してるわけないよなぁ。

 俺が学校に行かない間、誰も家に来てくれなかったもんな。

 ミーンミンミンミンミンミンミンミンミン――――

 だから五月蝿いんだってば……。たまにはワンワン鳴いてみやがれ――あれ? 確かワンワンは犬だったか?

 まあ、いいや。どうだって。どうだって、な……。

 ジィーッ、ジィーッ、ジィーッ、ジィーッ――――

 あ……蝉の声が、変わった、なぁ…………。

 そこで俺は意識を失った。




 ミーン、ミーン、ミーン、ミーん――――

 目を覚ましたら、俺はベッドで寝ていた。

 部屋の内装は真っ白。白い壁。白いカーテン。白い布団のシーツ。全部白だ。

 身体を起こしてみる。ふと気づくと、右腕に何か付いている。

 ……点滴?

 腕から短い管がにゅーっと伸びている。その先を辿っていくと、あった。やっぱり点滴だった。

 でも、なんでだ? 

 確か、気づいたら森の中で座ってて、その後は……?

 蝉の声を聞いたところまでは覚えていた。けど、その続きがどうしても思い出せなかった。

 がちゃっ

 部屋に誰か入ってきた。


 「あら、祐一君、起きた?」

 
 「……」

 
 いきなり俺の名前を呼んできた人は、俺の傍に立つと、目の前で手をひらひらさせてきた。

 
 「祐一君、これが何か分かる?」


 そう言って、ひらひらさせていた手をブイの形に変えた。

 馬鹿にしてるのか?


 「……ピース」


 「よしっ、意識はちゃんとしてるわね? ちょっと待っててね、今先生を呼ぶから」


 一人で勝手に納得して、女の人は部屋を出て行った。

 何なんだったんだ? いったい。

 ミーン、ミーン、ジィーッ、ジィーッ、ミンミンミンミン――――

 さっきの森ほどじゃないけど、やっぱり蝉の声が耳に付く。

 うっさい。

 腕に刺さっていた針を抜き、俺は部屋を出た。

 が、そこには両親がいた。

 
 「祐ちゃんっ!」


 母親がいきなり抱きついてきた。

 何でここにあんた達がいるんだ?

 一番にそう思った。

 
 「父さん仕事は?」

 
 母親とは違い、こっちを落ち着いた雰囲気で見ていた親父に話しかける。

  
 「お前が病院に担ぎ込まれたと連絡を受けたから早引きさせてもらった」


 ここって病院だったんだな。言われてみれば、さっきの女の人の服装って、看護婦さんの着るものだったような。

 
 「ふ〜ん。で、何でここに居るの? もういいからさ、仕事に戻りなよ。母さんも、こんなところに居る暇があっ

たら家事でもしてなよ」


 さっきから泣き崩れている母親を引き剥がし、抑揚の無い声で言う。

 母親は何故かショックを受けたみたいで、「祐ちゃん……」と呟いていた。

 親父は黙って俺を見ていた。じっと、何も言わずに、俺を見ていた。

 その視線が何故か不快だったので、俺は足早にそこから立ち去った。
 



 両親を置いてそのまま病院の外まで歩いてきた。

 ベンチがあったので、何となく腰を下ろす。

 ミーン、ミーン、ミーン、ミーン――――

 またか……。

 今日は一日中蝉に声を聞いている気がするな。

 ジィーッ、ジィーッ、ジ――


 「うるさいんだよっ!!!!」


 ベンチから立ち上がり、俺は叫んだ。蝉の声を、全てを、静かにしたくて。

 何も聞きたくないのに、何故か俺の中に入ろうとしてくる。

 そんな何かを吹き飛ばすように。

 だが、蝉はそんなことでは鳴きやまなかった。

 むしろ、俺が声を出す前より大きく、力いっぱい鳴いていた。

 
 「……どーしったの♪」


 突然後ろから声をかけられた。

 振り返ると、そこにはさっきの看護婦さんが居た。


 「…………」


 「何か気に入らないことでもあった? よかったらお姉さんが聞いてあげるよ?」


 「…………別に」


 俺はそう言うと、またベンチに腰を下ろした。

 すたすたすた――とん。

 何故か看護婦さんは俺の隣に座った。

 
 「……」 

 
 「聞きたいことがあるんだけど、聞いてもいいかな?」


 「……」


 無視。

 俺は黙って星空を見上げた。

 
 「何が五月蝿かったの?」


 「……」


 「蝉かな? 蝉の鳴き声が五月蝿かった?」


 「……」


 「どうして蝉の声が五月蝿かったの?」


 「……」


 俺が無視をしても、看護婦さんはしつこく問いかけてくる。


 「……あたしは蝉の鳴き声って好きだな」


 いきなり、質問を止めてそう言ってきた。

 
 「蝉って何で鳴くか知ってる?」


 「……」


 「蝉はね? 生きるために鳴くんだよ」


 「……生きるため?」


 看護婦さんが言ったその言葉に、何故か引っかかるものがあった。

 何故かは分からないが。

 だから俺は、ついつい喋ってしまった。


 「そう、生きるため。蝉の寿命って1〜2週間って知ってた?」


 「……知らない」


 「そっか、じゃあ覚えよう。蝉の寿命は1〜2週間。いいね?」


 こく。

 看護婦さんの問いかけに黙って頷く。


 「で、何で蝉が生きるために鳴くかっていうとね。蝉は1〜2週間という短い間に子孫を残さなければいけないの」


 「……」
   
 
 「その短い間に、パートナーを見つけて、子供を生むの」


 「子供ってどうやって作るの?」


 「えーっと……いつか学校で習うと思うから、学校の先生に詳しく聞いてね」

 
 こく。

 また黙って頷く。

 後々、この時の俺の質問はかなり酷だったのだと分かった。


 「でさ。凄いと思わない? たったそれだけの間にパートナーを見つけるんだよ?

  でもね? 実際には、そんなに簡単にはパートナーを見つけれるわけじゃないんだよ。

  だから、蝉は一生懸命鳴くの。強く強く、パートナーに自分を主張するの。『俺はここだ、ここ

  にいるぞっ!』ってね。他の事には目もくれず、ただ一生懸命に鳴くの」


 ……そっか、そういうことだったんだ。


 「だから、蝉は生きるために、ただ自分達の種が生き残るために、思いっきり鳴くの。

  すばらしいでしょ? 人間みたいに小さなことで悩んだりせずに、生きるためだけに鳴く」


 ……何で、俺が


 「だから、あたしは蝉が大好きっ」


 蝉にいらいらしていたのか……


 「それにね、そんな一生懸命な蝉の声を聞いてると、こっちまで元気になってくるの」


 それは……


 「励まされているような、『俺たちは頑張ってるぞっ! お前も負けるなっ!!』って背中を押してくれてる気がするから」


 嬉しかったんだ……

 あゆが居なくて、誰も傍にいない気がして

 だけど誰かが傍に居るのがいやで

 あゆがますます居なくなるようで

 だけど、本当は、俺は――――誰かに傍に居て欲しかったんだ……

 
 ぽろっ、つー――――


 「どっ、どうしたのっ!?」


 突然泣き出した俺を、看護婦さんが心配してくれる。

 
 「おれ、おれ、まもれなくて、だから、自分がっ、うれしくなる、のが、ゆるせなくて、だから、だから、

何もかんがえなく、て、ひっう――――」


 ぽんぽん……くしゃくしゃ。

 いきなり頭を優しく撫でられる。

 看護婦さんの顔を見ると、


 「男の子でも、泣きたいときは泣いてもいいんだぞ?」

 
 と、本当に、優しく、そう言ってくれた。


 「う、あ、あ、うあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――!!!!!!」


 俺は看護婦さんに抱きついて、叫んだ。泣いた。思いっきり。

 あゆの時に出し尽くしたと思ってた涙は、まだこんなにもあったのかと。

 何故かそう思いながら、俺は泣いていた。

 看護婦さんは、何も言わず、包みこむように、抱きしめてくれていた。




 これは、暑い、蝉のよく鳴く夏のこと。



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 「とまぁ、こんなことがあったわけだ」


 話し終えた俺は、ゆっくりと寝転んだ。

 ふと気づくと、あゆの背中が震えていた。

 
 「どうした、あゆ?」


 ばふっ!


 「ぐえっ!」

 
 突然、いきなり、唐突に、寝転んでいる俺の上にあゆが飛び込んできた。

 
 「ど、どうしたあ――」


 「ひっく、ひっ! ぐす……」


 ……泣いていた

 おっ、俺何かしたかっ!?

 
 「あゆっ!? どうした? 俺何か悪いこと言ったか?」


 しかし、俺の言葉を聞いていない。

 俺の胸にぎゅぅ〜っと抱きつき、顔をぐりぐり押し付けてくる。

 
 「あっ、あゆ!?」


 「僕、僕、祐一君がっ、そんな、ひっく、そんな苦しんでたなんて知らない、で、ひっ、祐一君のっ、力になってあげれなくてっ」


 「あゆ……」


 あゆは顔を上げ、ぐいっ、と服の袖で涙を拭くと、


 「これからは、僕がずっっっ―――――――――――とっ! 一緒に居るからっ!

  だからっ! 寂しくなったりっ、辛いことがあったときは、僕に言ってねっ!?」


 とびっきりの笑顔で、そう言った。


 「この、馬鹿……がっ……」


 その言葉の、あまりの嬉しさに、不覚にも泣いてしまった。


 「うぐぅ〜、馬鹿って言ったぁ。でも、へへ」


 あゆが頭を撫でてくる。

 それが気持ちがよくて、また泣いてしまう俺は以外に泣き虫だったんだな。

 と、今さらながらにそう思ってしまった。


 「僕、絶対に祐一君と同じ大学に入るよっ」


 「ああ、頑張れな、あゆ」


 そのままの体制で、しばらく抱き合っていた。




 「そろそろ帰るか、あゆ? 勉強教えてやるからさ」


 「うんっ!」


 二人同時に立ち上がって――また腕を組んで――公園を後にする。

 公園では、今日も元気に蝉が鳴いていた。