「はぁ……」

 7月。梅雨も明け、あまり待っていなかった夏の暑さが訪れる時期。そんな時期にふさわしく、『文句あるならかかってきやがれコンチクショウ』とでも言いたげな太陽の日差しを受ける外の景色を眺めながら彼女――美坂香里は、貴重な夏休みに入ったというのになおも自身を縛り付けている教室の中で溜息をついた。
 現在学校では夏季課外期間中。たしかに進級し、進学を控えている身でもある香里には勉強は大事かもしれない。だが、彼女とて実際は青春を謳歌したい年頃。本心は夏休みまで勉強なんてしたくないはずである。溜息の一つくらいつきたくもなるだろう。
 そんな彼女の溜息に気付き、前の席で次の授業の準備をしていた女生徒――水瀬名雪が香里に話しかけてきた。

「溜息なんかついてどうしたの香里?」

 どんなに暑かろうが、どんなに課外が嫌だろうが、いつもと変わらぬ能天気な表情を浮かべる親友の姿をふと眺めて、香里はそんな彼女がすこし羨ましいと思った。

「あたしは名雪と違って悩み多き女なのよ」
「なんかけなされてる気がするんだけど……?」
「気のせいよ」

 そういいながらも顔が笑っている香里。親友をからかうのは最近の彼女の楽しみと化していた。どこかの二人組の影響で。
 それでも純粋に他人を心配してくれるのがこの名雪という少女だった。

「それよりもさっきの溜息の理由は? 本当に悩みとかあったりするの?」
「……悩みなんてそんな殊勝なものじゃないわよ」

 そう、それは悩みではなかった。
 さっきは悩み多き女などと言ったが、実際は悩みなんてなにもなかった。
 あるとすればそれは――頭痛の種。

「ただ呆れてただけよ。あそこで騒いでるお馬鹿さんたちにね」

 目を伏せ、頭を左手で抑えつつ香里が右手で指差した方向には、

「だ……っらぁっ!!」
「うぎゃあぁぁぁぁぁっ!!」
「勝者、相沢っ! これで10人斬りだぁぁっ!」

 サウナ顔負けの熱気の中でも関係なく、何故かアームレスリングを行っている男子たちの姿があった。
 
「……みんな元気だね」
「馬鹿なだけよ」
 
 騒がしい男子の姿を見て名雪は「元気」、香里は「馬鹿」と称した。これがこの二人の決定的な違いである。
 もっとも、だからこそ惹かれあうのだろうが。

「今年も暑くなりそうね……」

 未だに騒ぎ続けている集団から再び窓の外へ視線を移しながら、香里は隣の名雪にも聞こえないほど小さな声で呟いた。
 いろんなことがあったあの冬が過ぎ、ようやく訪れた眩しい季節。
 天気は快晴、視界は良好。
 夏はまだ始まったばかり……





世界で一番熱い夏





 ここは、とある高校の二階にある教室。廊下側にあるプレートには「3−B」と書いてある。
 だが、その中を見たら誰もがここが高校であるということを疑うだろう。
 床の上に死屍累々と転がっている燃え尽きた敗北者たち。
 その傍で騒ぎ立てる未だ健在な猛者たち。
 そして、それら全ての男たちに囲まれ、机を挟んで向かい合う二人の戦士。
 二人はこみ上げる熱気と昂ぶる雰囲気の中、机の上で互いの右手を掴み、睨みあう。
 相手を射抜く瞳に宿すのは必勝の意思。思い浮かべる光景は自分に敗れさる相手の姿。
 そこに会話は無く、ただ沈黙だけが流れる。
 その傍らに、一人の男が自慢の癖毛を揺らしながら静かに進み出た。
 男の名は北川。この状況を作り上げた張本人である彼は机の傍で立ち止まると、掴み合っている二人の右手の上に自らの右手を重ね、両者を見た。
 北川の目が二人に問いかける内容は唯一つ。

『準備はいいか?』

 それは確認。それは最後通告。
 その問いかけに戦士はこう返した。
 
『応よ』

 二人の態度に満足した北川は満足気な笑みを浮かべ、右手に神経を集中させる。
 いつの間にか周りで騒いでいた男たちも静まり、全てが決まる場所――机の上を凝視していた。
 場は整った。ここから先は戦士のみが存在することを許される空間。
 北川は目を一度閉じ、神経を研ぎ澄ませた後、見開いた。
 
「レディ……」

 ゆっくりと紡がれる北川の言葉。
 二人の掴み合う右手に力が込められる。
 周りの男たちは滴り落ちる汗を拭う間も惜しんでそれを見続ける。
 そして、運命の時は訪れた。

「ゴーッ!!」

 一際力の入った北川の掛け声。そして、それと同時に離される彼の右手。
 周囲は堰を切ったかのように騒ぎ出した。
 飛び散る汗。沸き起こる騒音。軋む机。
 それら全てが二人の勝負を引き立てた。
 骨が軋み、筋肉が悲鳴を上げる。その苦痛に耐えるのも、全ては目の前の敵に勝利するため。
 まさに力と力のぶつかり合いであるこの勝負はやがて、しばしの膠着状況の後決まった。
 
「……っらぁぁぁあっ!!」

 凄まじい気合が込められた叫びとともに、机の上に何かがぶつかる音がその場に響いた。
 その轟音にその場にいた男子はおろか、そんな男どもを無視して雑談をしていた女子まで静まる。
 そんなクラス全体の沈黙が続く中、ようやく北川が声を上げた。

「勝者、相沢っ! 11連勝達成だぁっ!」

 その叫びとともに野郎どもが歓声と悲鳴をあげ、女子は呆れた表情で雑談に戻った。
 あまりにも違う男女の温度差。それは女子が冷めているからというわけではない。ただ単に男子が異常に熱過ぎるだけなのだ。二人の人物を筆頭に。

「さぁ、次の相手は誰だ? このまま全員倒して3−Bの頂点に立ってやる」
「おちつけ相沢。お前の強さが圧倒的過ぎて皆ビビってるぞ」

 今しがた勝負に勝ち、勝ち誇った表情でとんでもないことをのたまう相沢祐一。
 それを戒めるように見えて実は周りの男子を挑発している北川潤。
 この二人こそ3−B男子の中心人物にして、現在の状況の立役者である。
 そもそも男子がこんなことをやっているのも祐一の一言がきっかけだったのだ。





「血沸き肉踊る勝負事がしたい」

 昼休みに美坂チームで雑談をしていた時、ふと放たれた祐一の一言。
 それを聞いた香里と名雪は「また始まった……」とばかりに呆れ顔になった。
 だが、この男の親友である北川の反応は違った。

「お前もか」

 やはりこの二人はコンビだった。それも非常に息のあった。
 二人は同時に立ち上がり、祐一が教室全体に響き渡る叫びを上げた。

「野郎ども、夏は好きかぁっ!」

 普通なら「何を言っているんだこいつは」と思われても仕方の無い祐一の言動。
 だがこのクラスの男たちは普通じゃなかった。
 祐一の叫びを聞き、皆一斉に、事前に打ち合わせでもしていたのかと疑うくらい同時に立ち上がり……応えた。

『応っ!!』

 その応えに北川は満足げな笑みを浮かべ、男子全員に問いかけた。

「ならば問う! 貴様等はこの夏を課外などという無粋なものに費やし、湧き上がる衝動すらも抑え付け、たった一度しかない”今”の夏を無駄に過ごすかっ!?」
『否っ!』
「では聞こう。この夏の暑さの中、諸君等に流れる血と秘めたる魂は何を望む?」
『我等が望むは死闘! 血沸き肉踊る死闘! 魂すらも燃やし尽くす死闘っ!!』
「よろしい。ならばやろうではないか。我等が我等である為の死闘を!」

 北川の問いに男たちは理性を振り払い、本能のままに応えた。その応えはまさに衝動。二人は課外という悪魔の所業によって抑え付けられていた男たちの闘争本能を見事呼び覚ましたのだ。
 そして彼らは北川の宣言を聞き、隣の教室にまで響くほどの歓声をあげる。
 良くも悪くもこのクラスの男子はノリが良かった。

「……馬鹿ばっかりね」

 いきなりの展開についていけない香里は冷ややかな視線を騒いでいる男たちに向けつつ呟いた。 

 この時、教室内の温度計は今年最高を記録していた。





 話は戻って今現在。
 あれだけ騒がしかった男たちも昼休み終了を告げるチャイムで騒ぐのをやめ、皆残念そうな表情で自分の机に戻って行った。
 それからはいつものようにつまらない授業が始まり、面白くもない時間が流れていく。

(……本当に無駄な時間だわ)

 教壇で熱弁を振るう教師を冷めた目で見ながら香里はそんなことを思った。
 こんなことを考えるのは学生としては受験生失格なのだろうが、生憎彼女は勉強が大好きなわけでもなかった。それに加えて授業内容が今までの復習と練習問題ならばこう考えるのも仕方が無いだろう。
 やがて授業に興味をなくし、黒板に向けていた視線を隣の席の北川とその前の祐一に向けた。二人はさっきの疲れからか、それとも授業自体受ける気がないのか開始直後から爆睡していた。そんな二人に教師も何度か注意したが、しばらくすると諦めて無視するようになっている。

(よくよく考えてみれば、この二人の方が夏を有意義に過ごしてるのかも……)

 ゴーイングマイウェイな二人の態度を今まで見続けてきた香里はふとそんな考えを抱いた。嫌々ながら授業を受けるだけの自分と、授業以外の時間でひたすら騒いで楽しんでいる二人。香里はどこか損した気分になった。

「……あたしも寝ようっと」

 結局香里は考えるのも馬鹿らしくなってそんな結論に至った。
 目の前の名雪は二人と同じように授業開始直後から夢の世界へ旅行中。
 数分後、窓側後方の一画はお昼寝地帯と化していた。





「放課後だぞ香里」

 自分を呼ぶ誰かの声に気付き、それまで伏せていた頭を上げる香里。そんな香里の目に飛び込んできたのは自分を起こしていた祐一と、帰り支度を終えて帰宅するクラスメイトの様子だった。

「……嘘でしょ?」
「そんなわけないだろう? しかし香里がここまで爆睡するなんて珍しいもんだ。名雪ならわかるが……」

 そういって視線を横に向ける祐一。そこには未だに夢の世界にいる名雪の姿があった。

「……この娘は特別よ」
「まぁ、確かに」

 香里の言葉にそう返しつつ、名雪を起こそうとする祐一。

「こら名雪。お前部活あるんだからさっさと起きろっての」
「うにゅ……今日は休みだおー……」
「……だからっていつまでも寝てんじゃねぇよ」
「無駄よ相沢君。そうなった名雪は自分で起きるまで待たないと……」
「やっぱそうか……んじゃ行くか、北川」
「ようやくか。待たせすぎだ相沢」
「あら、二人ともどこか行くの?」

 帰り支度を済ませた二人がその場を離れるのを見て、香里はそんなことを聞いた。
 さっきの授業であんなことを考えていた為か、二人の行動が気になっていたのだろう。
 そんな彼女に二人は息もぴったりに答えた。

『屋上』
「……は?」





 何故屋上なのか? 香里がそれを二人に聞いたらこう答えた。

『風が気持ちよさそうだから』

 なんと言うか、この二人らしい答えだった。
 祐一の高所恐怖症も「下を見なければ大丈夫」らしい。
 結局そんな理由で、普段は鍵がかけてあり、教員以外立ち入り禁止なはずのその場所に三人は足を踏み入れた。
 
「……まさか北川君がピッキングできるなんてね」
「たまに家族に締め出されることがあったからな。気付いたら出来るようになってた」
「まぁ、北川だしな」

 歩きながらそんな会話をしている三人。そして彼らはフェンスのところまで行き、それに背を預けて横一列に座りこんだ。
 彼らはそうしてからしばらくの間、一言も話さずただのんびりしていた。
 背後からは校庭で部活をしている生徒たちの声が聞こえ、それが心地よいBGMになっている。
 
「……今日も暑いわね」

 ふと、香里が沈黙を破ってそんなことを呟いた。そんな彼女の頭上では今もなお、太陽が顔を出していた。
 三人は影になっているところに座っていたが、やはり暑いのは変わらず、彼女は汗を何度も拭っていた。

「夏なんだから暑いのは当たり前だろ?」

 そう言い返すのはシャツのボタンを全開にしていた祐一。彼もまたしきりに汗を拭っていたが、その表情に不満の色は無かった。
 そんな彼の態度と言葉が気に入らず、香里は不満そうな表情で、

「だからって限度があるわ。なのにあんたたちと来たらむしろ嬉しそうにして……なんか不愉快だわ」

 そんなことを言ってしまう。
 それを聞いた祐一と北川は互いに顔を見合わせ、

「そんなこと言われてもなぁ……俺、夏好きだし」
「むしろ健全な男なら大抵夏を好むと思うぞ」

 真面目な顔で香里にそう言い返した。
 流石にここまで言い切られると香里も反論できなかった。
 だからと言って彼女は納得したわけでもなく、少し拗ねたような顔をして黙り込んだだけである。
 そんな彼女を見て二人は苦笑を浮かべた。

「だからといって課外は好きにはなれないけどな」
「そりゃそうだ。俺だってあんな暑さの中で授業受けるなんて拷問としか思えねぇよ。おかげで自慢の癖毛も萎れ気味だ」
「……自慢だったのか、それ?」
「ほっとけっ!」

 いつの間にか漫才に変わる二人の会話。
 香里はそんな二人の会話を聞いて呆れたように口を開く。

「別に暑いのは関係ないじゃない。あんたたちはただ単に勉強が嫌いなだけなんだから」
「いや、全く」
「その通り」
「自信持って言うことじゃないわ」

 二人の同意の意を容赦ない言葉で切って捨てる香里。
 もっとも、よくよく考えてみればこの二人が勉強を好きだという方が彼女としては恐怖なのだが。
 むしろ勉強が好きな人がいるのならそちらの方が驚きだとまで考える。つまり彼女自身も、
 
「ま、あたしも勉強はあまり好きじゃないけどね」

 こんな考えだったりする。
 だが、そんな何気ない香里の呟きは隣に座る二人にとっては核兵器並みの威力を持っていた。

「お、おい……今の聞いたか北川?」
「ああ……この耳でしっかり聞いたぞ」
「……なによ? なんか文句ある?」

 二人の露骨な態度にかなり不満顔な香里嬢。だがここで引き下がるのは二流。相沢祐一と北川潤という二人の男は、そういう意味では間違いなく一流だった。
 なんせ、怒りモードな香里の前で平然とこんなことを言うのだから。

「学年主席が実は勉強が大嫌いだったなんて……俺は信じられねぇよ北川……」
「そうだよなぁ……勉強が嫌いなのに学年主席だなんて……一体どんな手を……」

 ――ぷちっ。
 何かが切れる音がその場を支配した。
 一瞬にして顔面蒼白になり冷や汗だらだらになる男二人。
 そして香里は……、

「ただ予習復習を欠かさないだけよっ! それとも何? 勉強嫌いだったら学年主席になったらいけないって言うの!?」

 完全に怒った。どうやら暑さのせいで怒りっぽくなっていたらしい。
 立ち上がり、拳を震わせ、般若の形相で怒りの対象を睨みつける香里
 二人はそんな彼女の様子にガクガクと震えながらも、自らの頭脳をフル回転させて助かる方法を考えた。
 そしてその結果……、

『北川(相沢)はどうなってもいいから俺だけはっ!』

 あっさりと友人を売るという卑劣な手段に出た。
 そんな二人に香里は満面の笑みを向けた。ただし目は笑っていなかったが。

「二人とも同罪よっ!」

 直後、鈍い音が二回、その場に響いた。

「全く……無駄に疲れたわ」

 本当に疲れた様子で再びその場に腰を下ろす香里。
 その隣には頭を抑えて呻いている馬鹿二人。

「ちょ、ちょっとからかっただけでこれは酷くないか香里……?」
「ず、頭蓋骨が……頭蓋骨がぁ……」
「二人とも自業自得よ」

 あまりの痛さに涙目になっている二人。だが香里はそんな彼らに慈悲の心すら持ち合わせない。まぁ、からかわれた事もあるだろうから当然なのだろうが。
 それからしばらくの間二人は頭痛と戦い、香里はそんな二人を呆れた表情で眺めていた。
 そして数分後……、

「つまり香里は課外を受けたくはないと?」
「まぁ……正直に言えばそうなるけど」

 いきなり何を聞いて来るんだと思いながら、香里は祐一の質問にこう応じた。
 そこで彼女は見逃してしまった。
 目の前の二人の問題児の目が怪しい光を宿していたことを。

「なら話は決まりだな、相沢」
「そうだな。早速予定を立てるとするか」
「……一体何するつもりよ?」

 勝手に話を進める二人に、香里はとてつもない不安を感じて思わず問いかけてしまった。
 こういう時の二人が碌なことを考えないのを知っていながら。
 
「いやなに、明日の課外サボって香里連れて遊び行こうと思ってな」
「課外受けたくないんだったらちょうどいいだろ美坂?」

 案の定碌なことじゃなかった。
 二人のとんでもない考えに香里はしばし呆然としていたが、すぐに冷静になって怒鳴った。

「な、何考えてんのよあんたたちはっ!?」
「やっぱこの時期は海がいいのか北川?」
「いや、海でもいいが俺は今日の腕相撲みたいに熱く楽しめればどこでもいい」

 無視。きれいさっぱり無視。完膚なきまでに無視。
 当然無視されて黙っているような香里ではない。

「人の話を聞きなさい馬鹿二人っ!」
「なら海でいいじゃねぇか。どうせどこいったって楽しむんだからよ」
「それもそうか。なら早速準備としゃれ込みますか相沢サン」

 それでも無視。むしろ放置プレイと言ってもいいくらい。
 香里の怒り具合もさっきの比ではない。
 そして再び彼女は怒鳴った。

「……っ! あんたたちいい加減に――」
「香里」

 不意に祐一が香里に呼びかけた。
 あまりにもいきなりすぎて思わず彼女は口をつぐんで黙り込んでしまう。
 そして祐一は満面の笑みでただ一言口にした。

「今は夏だろ?」
 
 たった一言。だがそれで十分だった。
 それだけで香里は今まで怒っていたことなんて忘れてしまった。
 別に無視されたことに腹を立てていたわけでもなく、ましてや課外をサボることなんかどうだってよかった。
 ただ、二人が勝手に話を進めていくことが気に入らなかっただけ。
 
「……それもそうね」
「なら決まりだ。明日が待ち遠しいな」
「そうと決まれば行動あるのみ。まずは美坂の水着でも選びましょうかね」
「そこ黙る。それよりも相沢君はちゃんと名雪も誘いなさいよ? あの娘だけ除け者にしたら後で何されるかわからないし」
「あぁ……流石に紅しょうの洗礼は勘弁だからな。後で誘っとく」
「あと、二人に言っとくけど」

 そう言って香里は一旦会話を打ち切り、二人の隣から正面に移動した。
 そして太陽を背に、二人を指差してきっぱりと告げた。

「このあたしに課外をサボらせてまでつき合わせる以上、つまんない夏を過ごさせたら承知しないんだから」

 本日一番の香里の笑顔。これを見せられたら断ることなんて出来るはずがない。
 北川も同じく本日一番の笑顔で言い放った。

「当然っ! 俺と相沢がいる限り美坂に損はさせねぇよ」
「ふふっ、期待させてもらうわよ。……それで相沢君の方は?」

 そう言って香里は何の言葉も返さない祐一の方に視線を向けた。
 そして彼女は見た。この男の自信に満ちた、見る者全てを虜にする向日葵のような満開の笑顔を。

「心配すんな。俺が香里の期待を裏切るわけがないだろ? 世界で一番“熱い”夏を過ごさせてやるよ!」
「……世界で一番“熱い”夏、ねぇ……」
 
 別に気温は関係ない。ただ自分がそう思えれば、その夏はきっと世界で一番熱い夏。
 そして香里もそう思える気がしていた。

「確かにこのメンバーなら……そんな夏になりそうね」

 とりあえず、明日は楽しもう。
 だって……今は夏だから。





FIN