『あさ〜、あさだよ〜、朝ごはん食べて学校いくよ〜』



「今日は学校は無い」



パコっと目覚まし時計を叩く。

う〜ん、とベッドの上で伸びをして、しばらくボーっとしている。

今日はなんで目覚ましなんかかけてたんだろう?

一週間ほどは夏季講習も休みだったはずだし。

そうか、今日は確か休みで、その休みを利用して水族館に遊びに行こうって約束したんだよな。

舞と佐祐理さんと俺の三人で。

それで昨日、佐祐理さんから連絡が来て……





『もしもし、祐一さんですか?』

「あれ? どうしたんだ佐祐理さん?」

『……あの……実はですね』

「えっと、もしかして都合が悪くなったりとかした?」

『あ、はい……そうなんです。実は舞にバイトのヘルプが入ってしまったんです』

「……そうか……舞のやつ拗ねてるんじゃ……?」

『あ…あははーっ』

「…………」

『…………』

「お土産は忘れないようにしないと大変だな……」

『ふえっ!? そ、そうですねー』

「佐祐理さん?」

『あははーっ、そ、そうですよねっ! 舞がいなくても、せっかくの機会なんですから水族館に行きますよね!』

「え、行かないと思ってたの?」

『でも……祐一さんと二人っきりですし……その……』

「あ……」

『それに、佐祐理なんかと二人っきりになってもつまらないですし……』

「そ、そんなことない。むしろ俺の方こそ……」

『あははっ! それなら問題ないですよ、祐一さん格好いいですから』

「えーっと、とりあえず舞が来れなくなったってこと以外は、予定通りでいいのか?」

『はい、それでは明日はよろしくお願いしますね。おやすみなさい祐一さん』





……ってことになった。

電話越しの声でも照れてる佐祐理さん可愛いかったなー。

俺の方も話の意外な展開に、同じくらい焦ってもいたけど。

でもよくよく考えると佐祐理さんと二人だけで出かけるのって初めてなんだよな……

あれだ、これはもしかしてデートと言うやつなのでは?

しかも相手はパーフェクトお嬢様の佐祐理さん。

少しそのデートらしき光景を想像してみよう。





『はあ……はぁ……ごめん、佐祐理さん遅れてしまって』

『あははーっ、気にしないでください。佐祐理も今来たところですから』



そう言って、つばの長い白い帽子をかぶり、白いワンピースを着た佐祐理さんは駅前のベンチから立ち上がる。

そして俺に見せ付けるようにして、その場で少し両手を開いてくるりと回転する佐祐理さん。



『ど、どうですか祐一さん。服、似合ってますか?』

『え…あ……可愛いですよ。佐祐理さん』

『ふえっ!? か、可愛いですか』



……と顔を真っ赤に染める佐祐理さん。



『そ、それじゃあ行きましょう祐一さん』

『ああ、行こう、佐祐理さん』



と言って自然に手をつないで歩いていく俺と佐祐理さん。





……って、どこのラブコメだっ!?

これ以上は脳が耐えられん!

あー、きっとあれだ。

寝起きでまだ脳みそが起動してないんだ。

だからこんな考えが浮かんでくるんだな。

それに、今の展開って昨日、真琴に読んだ『恋はいつでも唐突だ』のシーンそのまんまだし。

ま、セリフは多少変更されてるが。

ちなみに想像上の佐祐理さんの服装が白で統一されてるのは俺のイメージだ。

佐祐理さんのイメージカラーは穢れ無き白って感じだし。

さて、俺も着替えないとな……

はてさて、佐祐理さんの俺に対するイメージカラーは何色なんだろうな?













































舞が二日酔い兼バイトヘルプ入った為、突然ですが祐一と佐祐理さんでお送りします。











































物語の始まりは……いや、再開は今年の冬。

凍えそうな冬の夜に、校舎の中で俺は少女に出会った。

いや、再会した。

再び動き出した物語にはキャストが一人増えていた。

少女の親友。

少女とその親友は固い絆で結ばれていた。

初めは気付かなかったけど、俺も少女との絆があった。

だから俺と少女とその親友の三人は一緒にいた。

故に、俺と少女の親友の間にも固い絆が出来た。

紆余曲折を経て、少女とその親友は高校を卒業して大学に行くこととなった。

俺は今年、受験生。

少女とその親友は新入大学生。

三人が三人とも忙しかった。

会う機会が少なくなっていく。

三人とも固い絆で結ばれていても、会えなくて寂しいものは寂しい。

だから、三人の都合が合った数少ない機会は、ほぼ欠かさず会っていた。





……という経緯である。

だから俺としては、そうそう簡単には機会を逃すわけにはいかないのだ。

障害があっても乗り越えていかなければならないのだ!



「う〜、祐一の浮気者……祐一のご飯は三食紅しょうが三昧だよ」



普段、この時間は眠っている筈の従兄妹がいても……



「あらあら……了承。ですけど紅しょうがばかりだと健康に悪いので私のジャムも……」



その従兄妹の母の、ジャムを食べさせようとする画策にも……



「ふん、祐一、今日こそは逃がさないんだからっ」



殺村凶子(仮名)のいたずらを前にしようとも……



「ええぃ! 俺は行くといったら行くんだ!」



決して屈するわけにはいかないのである。























で、場所は水瀬家リビング。

ある意味地獄に一番近いと仲間内で評判のスポットだ。

その理由はもちろん毎朝欠かさずにテーブルの上に置かれているジャムのせいである。

ちなみに俺的見解では、地獄に近いんじゃなくて地獄そのものだと考えている。

少なくとも今は、俺にとってはここは地獄だし。



「あう……祐一この頃祐一が遊んでくれない」

「いや、昨日一緒に遊んだだろ」

「真琴は一緒に外で遊びたいのっ!」

「はいはい、わかった今度また都合のいい時にな?」

「絶対だからね! しょうがないから今回だけは許してあげるわよう」



余裕でまこぴー陥落。

……というか、元狐ごときに苦戦してたらこのぴんちは脱せない。



「祐一、美人さんな先輩とお出かけなんだよね……」

「ああ、お出かけだぞ」

「わたしたち受験生なんだよ、遊んでるヒマなんて無いんだよ」

「だから、いつも真面目に勉強してるじゃないか。たまに息抜きしてもいいだろ?」

「うー、祐一と息抜きするのはわたしだもん」



こうなると名雪は頑固なんだよな。

いつもはぽやぽやしてて抜けまくってるのに、変なとこだけ人が変わったように頑固だし。



「そう言うなよ、な? お土産も買ってきてやるから……な?」



ぽんぽん、と名雪の頭を軽くあやすように叩いてやる。



「うー、祐一ずるいよ……」

「何がだよ……」

「わたしの気持ち、知ってるくせに……」

「さ、さぁ〜て、何のことかな?」

「……鈍感」

「……なんとでも言え」

「……ばか」



……ちょっと気まずい。

名雪の気持ちもわかるが……こっちの気持ちも察してくれ。



「あう……二人の世界」

「あらあら、ダメよ真琴。こういう時は黙ってビデオに録画にしておいて、後でいたずらに使うのですよ」

「はぁ〜い」



秋子さん、お願いですから勘弁してください。

あと、真琴に変ないたずらを伝授しないでください。

……とにかく、名雪も撃破。

あとは、最後の難関……



「あらあら、祐一さん、お出かけなんですね?」

「はい」

「ではジャムを……」

「いや、ジャム関係ないですからっ!?」



脈絡も無く出てくるジャム。

この時、すでに俺と秋子さんのサシでの勝負(?)になっており、名雪と真琴はすでにどこかに消えている。



「ですが、祐一さん? デート言えばジャムですよ?」

「そんなの初耳です。っていうか何故にデートだと知って…!?」

「あらあら、やっぱりデートなんですね?」

「はぅっ!?」

「それで、お相手はどちらかしら? やっぱり舞ちゃん? ……それとも佐祐理ちゃんかしら?」



俺の微妙な反応から、舞ではなく佐祐理さんだと一瞬で推測してくる秋子さん。

本当に何者ですか?



「……それでは祐一さん、佐祐理ちゃんにこれを……」



と言って、秋子さんが紙袋を渡してくる。

その時にチラっと中身が見えたのだが、中身は予想に漏れずオレンジ色のジャム。

しかも二瓶。

佐祐理さんと舞用?

二人を暗殺してこいとの遠まわしなメッセージなのか?



「いや、秋子さん、これは……」

「『佐祐理ちゃんに』ですから……お願いしますね? 祐一さん?」



言外に、あくまで佐祐理さんへの届け物であって俺は関係ないんだ……という意味を含めて秋子さんが言う。

確かに、佐祐理さんへの届け物を俺がとやかく言うのは理屈に合っていない。

いや、でもしかし……



「お願いしますね? 祐一さん?」

「…………はい」



結局、水瀬家の悪魔には勝てずに家を後にする俺だった。























待ち合わせの五分前。

未だに待ち合わせ場所の駅前には行けずにふらふらと辺りを彷徨っていた。

手には紙袋。

中身はジャム。

こんなものを手にして何処に行けというのだ。

バトルアックスを持ってデートに行く方がまだましだ。

いや、それはそれでかなり嫌だが。

道を歩いているとミーンミーンと蝉の鳴声が聞こえてくる。

蝉はいいなぁ、何も考えずにミンミン鳴いてるだけでいいんだから。

俺なんか日々を生きていくのにとんでもない労力がいるって言うのに……

そこまで考えて、日々の生活に労力がいる原因のうちの一つが、今この手の内にあることを思い出して脱力。



幾度となく捨てようとしたのだが、捨てれない。

捨てることは簡単だが、捨てた後が怖すぎる。

かと言って素直に佐祐理さんに渡すわけにもいかない。

デートどころか舞と佐祐理さんとの関係の危機だ。



何となく昨日見た時代劇のワンシーンを思い出す。

それは牢屋の中に捕まってる人に短刀を渡すシーン。

要するに『これで腹を掻っ捌いて自害なさいよー』という意味を込めて短刀を渡すのだ。

何となく今の我が身と似ているようで泣けてくる。

ある意味、短刀よりも危ない物が手の内にあるし。

ちなみに、牢屋の中の人は切腹した。

こう、お腹に短刀を突き刺して、口から血を吐きながら『う……ぐぅ』って漏らして。



「うぐぅ……」



ちょっと発音とかが違うが、そうもらして死んだのである。

ちなみに、どこかの食い逃げ娘を思い出したのは秘密だ。



「うぐっ! ボクは食い逃げなんてしないもん!」

「なんだあゆ、いたのか? でも心の声を盗み聞きするのは感心しないぞ?」

「しらじらしいよ! 祐一君! 思いっきり声に出てたよっ!」

「キノセイダロ?」

「うぐぅ! 台詞が棒読みだよ!」



会えばついついからかってしまう。

もしかして、俺ってばあゆに惚れちゃったりしてますのん? とか思ったこともあったりする。

まぁ、気の迷いだと思うが。



「ところで祐一君、今日は勉強じゃないの?」

「ああ、一週間ほど夏期講習は休み」

「それなら、今からボクとどこかに行こうよ。祐一君」

「あ、すまん、あゆ。今日はこれから佐祐理さんと遊びに行くんだ」

「え……」

「だから、また今度な?」

「う…うん」



俺がそういうと途端に元気がなくなるあゆ。

あゆが元気じゃないって言うのも珍しい。



「ん? どうした、あゆ?」

「祐一君……えっと、その……佐祐理さんっていう女の人と二人だけなの?」

「あ、いや、そうなんだけど、別にデートって言うわけでもないんだが、そうじゃないとも言い切れないっていうか……」

「…………」

「…………いや、そのな?」



その……なんだというのか。

何ゆえ俺がこんなに焦らなきゃならないんだ?



「今日は仕方ないからあきらめるよ」

「そ…そうか」

「でも今度はボクと一緒にどこか行こうよ。祐一君」

「ああ、わかったわかった、今度、遊園地でも行こうな?」

「うん! 約束だよ?」

「でもあゆじゃジェットコースターとか乗れないかもな?」

「うぐぅ! ボクはそんなにちっちゃくないよっ!」



やっぱり最後にはからかってしまう。

あゆを見るとからかいたくなるのは、もはや宇宙の真理と言っても過言ではないのかも知れない。



「それじゃあね、祐一君!」



ダダダーと駆け出そうとするあゆを呼び止める。



「あ、ちょっと待てあゆあゆ」

「うぐぅ、ボクはあゆあゆじゃないよっ!」

「ここで会ったのも何かの縁だ。あゆにこれをやろう」



そう言って紙袋をあゆに手渡す。



「うぐ? 何これ?」

「いいか? まだ中身を見るなよ? それとこれは絶対に捨てるな。捨てたらどうなっても知らないからな?」

「うぐぅ……そこはかとなく危なそうだよ。怪しいよ」



そう言って、見るなと言ってるのに中身を見るあゆ。



「う…うぐぅ!? 祐一く……って祐一君がいない!? ひ、酷いよ祐一くーーーん!!!」



あゆの悲鳴を背に俺は夏の日差しの下、走り出していた。



「し、しかも二瓶もあるよ!? 祐一君の鬼ーー!」



あゆの魂の叫びも聞こえないふりをした。























待ち合わせから十五分。

何とか駅前にたどり着く。

こんな夏の日差しの中走ってきたものだから、汗だくだ。

まぁ、ジャムを持ってた時は、汗じゃなくて冷や汗がだらだらだったので、大差無いが。

さてと……佐祐理さんはどこだ?

さすがに先に着いているだろう。

佐祐理さん、時間とかに遅れたりしなさそうだし。

佐祐理さん、怒ってないかな?



…………って、佐祐理さんどこ?

駅前って約束してたけど、そんなに広くないのですぐわかるはずなんだが……見当たらない。

……もしかしてまだ来てない?



少し考えてみよう。

これから俺は世間一般ではデートと呼ばれることをする。

しかも相手は佐祐理さん。

…とそこまで考えたところで、朝のラブコメ妄想が再び首を出す。

いや、あれは俺の妄想だ。

そして佐祐理さんはまだ来ていない。

幸い、ここは駅前。

カップルの待ち合わせにはもってこいの場所だ。

ならば、本物のカップルを見て予習すればいいのではないか?



……と言うわけで観察。

ターゲットはベンチに座っている活発そうな女の子。

髪は亜麻色のポニーテールで、服装も半袖のYシャツとジーンズと動きやすいものだ。

しかし、どことなくそわそわとしているのでデートだろう。

胸のクロスのシルバーアクセサリーとかは、服装の割に何となく背伸びをしているっぽいではないか。

膝に置いているお弁当とかもきっと手作りだったりするんだろう。

総評……初々しい。

さて、この娘のお相手はまだかな。

じーっと観察していると、不意に少女が空に手をのばした。

はて? 何をしているんだろう?

そう思い、不自然な距離にならない程度にそちらへ近づいていく。



「…………」

「…………」



何故か目が合った。

見られてる。すごく見られてる。

いや、こっちもずっと見てたからおあいこなんだが。

でも何で近くにいくだけで、俺が見られなきゃならんのだ?

普通、こういう場合、目をそらしたりしないか?

もしかして、何か俺を見る理由がある?

なんて思っていると、その娘は軽くスキップしながらこちらへ向かってくる。

…………

…………

…………あれ?

おいおい、もしかしてあの娘……佐祐理さん?













































今日は久しぶりに祐一さんと会える日。

佐祐理と舞は大学生活が思いのほか忙しくて、祐一さんは受験生。

ここのところ会えてなかったわけですが、やっと時間が取れました。

相談して水族館に行こう、って決まって舞もイルカさん見れるって大喜び。

ですので前から楽しみにしてはいたんです……けどね〜。



「舞〜。そろそろ機嫌直そうよ〜」

「佐祐理だけずるい」

「バイトのヘルプなんだから仕方ないんじゃないかな……」

「…………………………イルカさん」

「ふぇぇ」



そうなんです、三人で会う予定だったのに舞は急遽バイトになっちゃったんです。

しかも連絡あったのが昨日でしたから大変。

自棄酒しちゃって(佐祐理は飲んでません)今も文句こそ言ってますけど、布団の中。

二日酔いが激しいらしくて、どっちにしろ出かけるなんてできないです。

それに舞だけでも大変なのに、祐一さんにも連絡しなくちゃいけなかったですし。

佐祐理も三人だと思ってましたから突然二人になってどきどきですよぅ。

でも祐一さんも少し緊張してくれてたみたいで、少し嬉しいな。

たぶん佐祐理の緊張も声に出てたと思うんですけど、うん、お互い様ですね。



「む〜。舞、お洋服とか借りていくよ?」

「……好きにして」

「うん、ありがとう」



最近のブームは舞とお洋服を交換してみること。

どちらかというとお嬢様系の衣服が多い佐祐理に対して、舞はジーンズとかスポーティな感じ。

ちょっと借りてみたら意外とハマってしまいました。

むむ……でも舞のほうは身長もあるしスタイルもいいから、ジーンズとかはサイズが。

折り曲げちゃいましょう。

箪笥からジーンズを引っ張り出して、長さ合わせに裾を少し折ります。

んっと、上はどうしましょうかね〜。



「あんまり厚着しないほうがいい。今日は、暑いから」

「あ、ほんとだ。気象予報士さんもそう言ってるね」

「……Yシャツにクロスのシルバーアクセあたりでいいと思う」

「舞、でもそれって……胸とかアレじゃないかな」

「祐一は喜ぶ」

「……………………」

「……………………嫌なの?」

「う、ううん、嫌じゃないよっ!!」



下着は白ですし、問題はありませんよね。

舞のオススメどおりに半袖のYシャツを取り出して着てみます。

ついでに自分のシルバーアクセを首にかけて、できあがりです。

サイズは舞のだから余裕あるみたいですね……うん、たぶん大丈夫。

屈んだりしたら色んな意味でぴんちだけど、普通にしてれば大丈夫。

用意しておいたお弁当を持って、ぐったりしてる舞に声をかけます。



「それじゃ、行ってくるね。あんまり寝すぎてバイト遅刻しないように」

「わかってる。それと佐祐理、ポニーテールのほうがいい」

「はぇ?」

「着てるのが活発な感じだから、ストレートに下ろしてるよりも似合うと思う」

「あ、うん。歩きながらやっとくよ」

「ん……いってらっしゃい。気をつけて。色々と」

「ひ、一言多いよね、最近の舞って」



それは純粋に佐祐理を心配してくれてるのか、それとも祐一さんを心配してるのか。

言っておきますけれど、佐祐理は祐一さんを襲うなんてはしたないことはできません。

殿方に求めてもらってこその女としての魅力だと思ってますから。

なにはともあれ、アドバイスどおりに髪をポニーにまとめながら夏の道を歩きます。

夏の陽射しは強くて、じっとしてるだけでも汗が出そう。

でもこういう感じのほうが夏らしくて私は好きですね。

時折そよそよと涼しい風が吹いてきて、それを楽しみにゆっくり歩く。

待ち合わせの時間までは余裕がありますし、あまり急いでも暑くなっちゃいますし。

祐一さんより少しだけ早く着くのが理想的ですね〜。



「うーん。この格好、驚くかなぁ。髪型も違うし……に、似合わないなんてことはないよね」



それはきっと大丈夫。

舞は似合うって言ってくれてるし、大学の知り合いからも概ね好評。

でも祐一さんの好みと違えば似合わないということになるんじゃないでしょうか?

これは予想なんですけど、祐一さんの佐祐理に対するイメージっていうのは『お嬢様』だと思います。

想像の中だとこんな感じでしょうかね〜。



白いワンピース。

つばの広い帽子を頭に乗せ、それを片手で支えてて。

少し照れた感じで『似合ってますか?』なんて聞いたりする。



「そんなこともないんだけど。どっちかというと、舞と同じで活発だし」



ああ、舞と同じで思い出しました。

舞と話すとき、独り言を言うとき。

そのときだけは敬語は使わないで、自然な話し方にできるんです。

それ以外のとき……要するに頭の中での考え事、知り合いの方との会話は敬語。

もちろん、と言うと佐祐理も寂しいんですけれど祐一さんに対しても敬語になっちゃいます。

早く祐一さんとも普通にお喋りしたいんです……でも難しいですね。

むぅ、と軽く唸って、誰もいないのをいいことに普通に声を出してみます。



「祐一さん。今日のお弁当は自信作なんだよ。残しちゃダメだからね。あ、食べさせてあげようか♪」



…………………………………………これはまた随分と。



「む」



………………………………………………は、恥ずかしいですよ?



「無理ーーーーーー!!!!」



うぅ、実現する日は通そうです。

舞以外の相手に対する普通の言葉遣いは難しすぎますよ……。

といいますか、今の経験を踏まえると祐一さんよりも他の方と普通に話すほうが気楽そうです。

で、でも佐祐理は祐一さんだから隔たりなく接したいわけでっ。

ふぇぇ……努力あるのみ、です……。



「自分の性格が恨めしいなぁ。舞が羨ましいよ」

「……佐祐理先輩の性格でそのようなことを言われますと、対応に困りますね」

「うきゃあ!?」

「そうですねー。私たちの中では限りなく完璧に近いと思いますし」

「ひゃうん!?」

「ま、あたしも同意だけど。アンタたち、こっそり近づくのやめなさいよ」

「みみみみ皆さん!?」



迂闊でしたね〜。

なんだか堂々巡りな思考に埋没している間に近づかれていたみたいです。

香里さんの言葉どおりなら、しかもこっそりと。

恥ずかしい姿を見られたかもしれません……本当に迂闊でした。

ですが、気付いてしまえば大丈夫です。

いつもどおり、先輩として余裕を持った雰囲気で対応できますっ。



「あははーっ。おはようございます。今日はどうされましたか?」

「ウチで宿題を済ませる予定なんです。今は飲み物とかの買い出しってところですね」

「お姉ちゃん、昨日のうちに確認しといてって言ったのに……」

「う、うっさいわね。あたしだって暇じゃないのよ。自分でやりゃいいじゃないの」

「朝の散歩だと思えば、そう悪いことではないですよ。それに栞さん、あまり香里先輩に頼らないように」

「そうですね〜。夏ですから、佐祐理も涼しいうちに出歩いたほうがいいと思いますよ」



そのまま一緒に歩きながら話を続けます。

うーん、宿題ですか。

佐祐理たちの通っていた高校は結構な量の宿題が出されてましたからね。

でも学年首席の香里さん、学年五指の美汐さんがいますから余裕かもしれません。

たしかに栞さんも上位にはいたはずですし。

長期休業していたとは言え、さすがは香里さんの妹といったところでしょうか。

聞いた話では暇な時間を勉強に使っていたとも言います。

努力家さんですね〜。



「ちなみに」

「ふぇ?」

「そういう佐祐理さんはどちらに?」

「う゛」



ちなみに香里さんと栞さんは佐祐理さん、美汐さんは佐祐理先輩と呼んでくれます。

そして今のはニヤニヤと楽しそうに笑っている香里さん。

実に似合って……いえいえ現実逃避はよろしくないです。

聞かれた質問には答えなくてはいけません。

ですが、デートと言って差し支えないようなことをお話するのは、その……恥ずかしいです。

相手は祐一さんですし。

三人が祐一さんに好意を抱いてるのも知っていますし。

ちらっ、と視線を投げると『わかってます隠さなくて大丈夫』と言わんばかりの表情。

うぅ。



「その、祐一さんと……水族、館……です」

「………………………………」



ああ、沈黙が痛いです、からかってくれたほうマシというものです。



「ふっふっふ、それで気合の入った格好なわけですね! 素敵です!!」

「ええ。普段とのギャップがよろしいかと。女性の私から見ても魅力的ですね」

「佐祐理さんの場合は元の素材が素材だもの。そりゃ相沢君もイチコロよ」



え、え、え、え?

イチコロ?

気合とか入ってます?

素敵?

普段とのギャップ?

魅力的?



「似合い、ます?」

「似合いすぎですよ。そんな不安そうな顔するものじゃないですって」

「本当……えぅ、私も佐祐理さんくらい胸あれば着る服の幅も広がるんですけど」

「しかし限られた範囲で自分に似合う衣服を選ぶのも楽しいですよ」

「む。みっしー、この間『真琴には勝ちたいです』とか言ってたのに」

「きゃあ!? ななななな秘密だと言ったではないですか!?」



笑いながら逃げる栞さんを真っ赤になって追いかける美汐さん。

そんな二人を見て、香里さんと笑いあう。

うん、こんなに魅力的な方たちに褒めていただけてるなら大丈夫。

何も心配することなんてありません。



「佐祐理さん、頑張ってくださいね。あたし達は宿題しながら応援してますから」

「あ、あはは……ありがとうございます」

「ほら、アンタたちは遊んでないで道を曲がる!」

「はーい! 佐祐理さん、今度は一緒に遊んでくださいねー!」

「それでは失礼します。楽しんでいらしてください」

「ありがとうございます。お二人もお勉強、頑張ってくださいね〜」

「無駄に元気なんだから……あたしも行きますね」

「あははーっ。香里さんも頑張ってくださいね。いじめすぎないように」

「難しいですね。あの子たち次第、と言っておきますよ」



軽くてを振りながら香里さんたちと別れました。

それを見送ってから佐祐理はゆっくりと歩き出します。

さあ、待ち合わせ場所である駅前はもうすぐ。

祐一さんは来てるかな、それとも佐祐理のほうが早いかな。

今日のことを考えると自然に歩みも軽くなるようです。



「到着〜。うん、佐祐理のほうが早く着けたみたい。遅刻は申し訳ないし」



人もまばらな朝の駅。

くるり、と見渡した限りでは祐一さんが見当たらないのでベンチに座って待つことにします。

お弁当を膝に乗せて、背中をベンチに預けて一息。

ゆっくり歩いてきたとはいっても夏ですから疲れてしまいますね〜。

少しはしたないとは思いますが、胸元を扇ぎます。

風が通って気持ちいい。

こういう時には便利な服です。

でも、ベンチに座っているということは上から見下ろせるというわけでして。

周囲の視線には細心の注意を忘れません。

さすがに見知らぬ男性に胸元を見せるのは嫌ですから。



「んー。天気良好、気分も良好。今日はいいことありそうだなぁ」



舞へのお土産は何にしましょう。

あとで祐一さんと考えないといけませんね〜。

ぐぐーっと太陽に手を伸ばします。



「あ」



眩しくなって視線を下げると、こちらに向かってくる人影。

きっと、佐祐理の表情は一気に明るくなったでしょう。

そう自覚できるくらいに祐一さんを見つけたとき嬉しくなったんです。

お弁当を掴んでベンチから立ち上がります。

軽くスキップを踏むように近づいて、少しだけ距離をおいて止まりました。

それから祐一さんの顔を覗き込むように佐祐理は声をかけます。



「おはようございます。今日はよろしくお願いしますね」













































「も、もしかして……佐祐理さん?」



「もしかしなくても佐祐理ですけど……その、変……ですか?」



「いや、その……変とかじゃなくて、意外というか……すごく似合っててわからなかったと言うか……」



「あ、あははーっ! よかったです。似合わなかったら、どうしようかと……」



「でも本当に意外……いや、そうでもないか。佐祐理さんに似合わない服装とかなさそうだもんな」



「イメージと合わないと思いますけどね〜。でも、祐一さんにそう言ってもらえると嬉しいです」



「ところで、その手に持っているのはお弁当?」



「あ、はい。少しだけ早起きして作っちゃいました。自信作ですから、期待しててくださいねっ」



「そりゃ楽しみだ。今日は舞に悪いがゆっくり弁当が食べれるな」



「舞にはお土産を買っていきましょう。イルカさんがいいみたいですよ」



「それじゃ、帰りにイルカのぬいぐるみでも買うか」



「また増えるんですね……お部屋、あまり広くないんですけど……ふぇぇ」



「……まぁ、頑張ってください、佐祐理さん」



「って言葉で応援しつつ胸元を覗かないでくださいっ!」



「いや、そのアクセサリー、似合ってるな……っていう美的センスの観点から見てたのであって、決して邪な気持ちは」



「……信じますよ? まあ、祐一さんなら見られてもいいんですけど……じゃなくてっ。い、行きましょうっ!」



「え? 今、佐祐理さん……なんて?」



「あははーっ、なんでもありませんよーっ! えと、エスコートしてくださいね、祐一さんっ!」



「……ま、いいか。行こう。佐祐理さん」



「はいっ」