夏祭りafter
夏祭りも終焉を迎える最後の花火が打ち上がった。
色鮮やかな炎が四方八方へと円を描くように散り乱れた。
どーん。
夏の最後の大騒ぎとなる祭りは大きく終わりを告げたのだ。
その最後の花火を見届けた男女4人が立ちあがる。
年に一度の大祭りの日、女性は綺麗な浴衣で着飾ると言うのにこの男女はほとんどが普段着である。
黒のTシャツにチノーズパンツで身を包む女性――――美坂香里は空から視線を降ろさずに言った。
「終わったわね……」
「うん……ちょっと寂しいね」
ほんのり寂しい色の混ざった香里の声に同調するように名雪が呟く。
香里とは違い、名雪は青い浴衣に身を包んでいる。
この4人で唯一、普段着ではない名雪だけがグループから浮いている。
祭りに行くために集合した時、祭りと言えば浴衣だよー、と不満げに訴えているのを3人は名雪らしいと
苦笑していたものではあるが、既に誰も気にしていない。
寂しそうな女性陣に比べ、男性陣二人――――祐一と潤の二人がニヤリと楽しそうに笑っている。
何か企んでいる表情ではあるが、香里と名雪は花火の余韻に浸っていたため気がつかなかった。
「さ〜てっ! 祭りという楽しい時間は終わった!」
「だからこれからはオレ達だけの楽しい時間の始まりだっ!」
いい眺めなんだ、という建前を用意した上で潤と祐一はこっそりとある計画と立てていた。
その計画のためにこのものみの丘へ皆を連れてきたのだ。
その計画とは―――――
「ゆ、ゆーいち………お酒はだめだよっ!!」
―――――どんちゃん騒ぎである。
何のために人気のない場所を選んだかなんて愚問だ。
そもそも、花火を一望できるものみの丘はいい眺めの割に人気のない絶好の隠れスポットなのだ。
ここで騒いでも迷惑にならないとまで計算した上で、祐一はこの場所を選んでいる。
香里は花火の余韻が台無しだわ……と呆れ果てている。
止めようにも、既にビールの缶を開けてしまっている祐一と潤を名雪には止められなかった。
飲まないともったいないし、でも飲んだらいけないし……と心の中で葛藤している。
香里は止める気さえ起きないようだ。
「香里っ。皆の分まで用意してるぞ、飲まないか?」
「水瀬さんもどうだっ、たまにはいいと思うぜ」
しかし、祐一や潤はそれだけでは物足りないのか、更には名雪や香里にまでビールを勧めている。
香里は何故、花火を見るだけなのにものみの丘に案内されたのかようやく検討がついた。
検討がついたが、あまりにも馬鹿らしい。
「残念ね、あたしはアルコールはお酒と決めてるのよ」
「安心しろ、美坂。オレの家は酒屋だからな。酒もあるぜっ!」
香里は頭が痛くなるのを感じた。
わざわざこんなことのために売り物の酒を持ってきたのだろうか。
このままお酒を飲むしかないか……と香里は覚悟を決めた。
ちなみにアルコールを飲んだ経験は、ない。
しかしアルコールが苦手だとか思われるのがなんとなく癪だった。
アルコールが苦手だなんて、なんだか子供っぽいような気がしたのだ。
お酒が注がれて思わず躊躇ってしまうが、あまり躊躇うのも不自然なので思い切って一気の飲み干した。
「――――――――」
「おぉっ!? 一気飲み!」
「美坂ってアルコール強いのか?」
美味しいとか美味しくないとかまったく感じなかった。
思ったよりも飲みやすかったが、そんなことはどうでもよかった。
香里の前に出されているコップが変更される。
さきほどよりもかなり大きい。ジョッキというものか。
香里は大きく不安になる。
(これをあたしに飲めというの?)
周りの雰囲気からしてそうなんだろう。
さきほどと同じお酒が更に量を増して自分の前に置いてある。
香里はこうなったら自棄だ、とジョッキを手に持った。
「一気っ、一気っ!」
「一気っ、一気っ!」
二人が無責任に煽る。
何時の間にか、祐一も潤もかなりの量を飲んでいるらしくかなりハイになっている。
煽りながらもしっかりとビールの缶を放していない。
これは二人の勢いは止めるのは無理と判断し、香里は名雪に助けを借りようと視線を向ける。
香里の視界に映ったのは―――――
「ねぇ、祐一。わたしも飲んでみていいかな?」
「おうっ。どんどん飲め、俺が許す」
「祐一に許されても困るよー」
―――――興味半分でビールをちびちびと飲み始める名雪の姿だった。
既に誰も香里に救いの手を差し伸べる者はいなくなっていた。
飲むしかないようである。
仕方なく一気飲みで誤魔化すが、また新しいお酒が潤によって注がれる。
……このままではキリがない。
「それにしても暑いわね……風が気持ちいいくらいだわ」
「ん? 暑いか? ただの飲みすぎだと思うが」
「飲ませたの相沢君達じゃないっ!」
「人のせいはよくないぜ、美坂。水瀬さんを見ろよ」
と潤が名雪に話題を振って皆が名雪に注目した。
あいかわらず、ちびちびとビールやお酒を口にしているが何か様子がおかしい。
「あれー? 香里ってばもう飲まないのー?」
「………名雪、酔ってない?」
「貧乳かおりんよりは酔ってないよー?」
「誰が貧乳よっ! あたしは名雪よりはあるわっ!」
名雪は思いっきり酔っていた。
さらりと爆弾発言をしながら、名雪はいまだにちびちびと飲みつづける。
思いっきり酔っていた。
しかもかなり性質が悪い酔い方である。
ちなみにこのシチュエーションを黙ってみている祐一や潤ではない。
何かを思いついたらしく、ニヤリを微笑んだ。
「んー……俺には香里の方が貧乳に見えるがな」
「あぁ、そうだな」
「なっ!? 何を言ってるのよ!!」
信じられない、と言った様子で祐一達の方へと叫んだ。
相変わらずニヤニヤと笑いながら、祐一や潤はお酒を飲み進めている。
香里は何か企んだ二人の表情に気付かないままである。
皆、完璧に酔っていた。
「んじゃまーとりあえずっ、揉み比べを行きますかっ!」
「おうっ、いいねーっ。どっちの方が大きいか、はっきりさせようじゃないかっ!」
名雪も「貧乳さんには負けないよ〜♪」とかなりノリノリに賛成する。
祐一や潤は既にやる気である。
服装の上からどちらの方が大きそうだ、などと会議していた。
香里は顔を真っ赤に反論を考えた。
「嫌よっ!」
「おやおやおや。相沢さんや、貧乳がバレるのが怖いそうですよ」
「おやおやおや。貧乳を隠すのは大変ですな、北川さんや」
「香里、貧乳だからってわたしは気にしないよ〜♪」
ちっ、こいつら……と思いながら香里は考える。
断れば貧乳扱いは決定である。
だからと言って簡単にOKしていいものか。
そう悩んでいると、後ろから酒臭い匂いが漂ってきた。
「ひやぁっ!」
背中から、がしっと胸を鷲掴み。
香里は妙な悲鳴を上げながら、後ろに振り向いた。
にっこり笑っている名雪である。
「やっぱり、わたしの方が大きいよー?」
「あんたねっ! 嘘吐くのもいい加減に……!!」
「北川さんや。こちら、相沢。第三者の俺達が揉んで確かめるのが妥当だと思うが、どうぞー」
「こちら、北川。オレもそう思うがどうぞー」
ニヤリ、と笑って意見の一致した二人が香里へと近づく。
酔ってるせいだろう、ほとんど抵抗らしい抵抗はしない。
抵抗といえば言葉だけなのである。
がしっと後ろから鷲掴み。
「ふむ……」
「むぅ……」
「相沢君、北川君! 何を勝手に―――いやぁ! 触るな、掴むな、揉むなー!!」
完璧に酔っている名雪や祐一や潤をはじめ、どうやら香里も酔いすぎているらしい。
普段の口調が崩れ、今や三人のオモチャに近い状態になっている。
名雪も酔っているせいか、普段弄られている反動か、名雪までが香里弄りに参加している。
「で、どっちが大きい?」
名雪が尋ねる。
潤や祐一が、うーん…と悩むが答えはでない。
もちろん、名雪の胸を揉んだわけではないので答えが出るはずがない。
「ワイヤーが邪魔だな、うん」
「同意だ。よく分からん」
と答える二人に名雪は―――
「そうだっ、ブラジャーに書いてるんじゃないかな、サイズ」
―――爆弾を投下した。
香里が書いてるはずないじゃないと突っ込む。
しかし、見てみないとそんなこと分からないよと答えられ言葉に詰まった。
たしかに、書いてるかもしれない。
名雪の3サイズは何故か祐一が知っていた。
比べるとすれば後は香里のサイズのみ。
ちなみに名雪は浴衣でブラジャーをしていない。
ゆえに書いているかどうかは香里のブラジャーを見ないと分からないのだ。
このまま揉まれるよりマシよね、と完璧に酔っている思考のまま香里はブラジャーを外した。
酔っていることを利用して、祐一は袖から手を突っ込む。
まだ生暖かい淡いピンクのブラジャーを抜き取った。
「むぅ……書いてない、な」
「あぁ、それは残念だ。ならば、もう一度揉むしかあるまい」
香里が「…え?」と反応するよりも先に潤は香里の胸を服の上から鷲掴みした。
さきほどよりもよりリアルな感触。
それに続いて祐一と名雪も掴んだ。
その反応はお約束であるかのように、3人揃って
「分からないね〜」
だった。
完全にセクハラではあるが、香里自身そんなに思考が働いていない。
できるのは、顔を真っ赤に反応させ、手で胸を覆い隠すだけだった。
うー、と普段の名雪のように否定するような視線を皆に向けた。
尤も普段ほどの威圧感もないので、怖さは無きに等しい。
「……んもうっ! もう絶対に許さないわよ! ……次から授業のノート貸さないんだから」
「お、おいおい。それはないぜ、美坂〜」
「ひでぇ。横暴だっ」
いつの間にか立場の逆転している3人。
なお、名雪はノートは書いているので大丈夫である。
「あ、酒きれた……。オレ、ちょっと取ってくるわ」
「だ〜め。もう、解散にしましょ。今日のことは忘れてあげるから、ね?」
このままずるずると行くとまた玩具にされることを恐れ、解散を勧める香里。
潤と祐一は酒も切れたことだし、もう充分堪能したので同意する。
ただ、一人同意しないのは――――
「えー。お酒ー」
――――いまだに酔っていて、お酒をちびちび飲もうとする名雪だけである。
「名雪、帰るぞ」
「お酒ー……」
祐一に引っ張られながら、名残惜しそうにお酒のビンを見つめる名雪。
尤もお酒はもう空だ。
どんちゃん騒ぎをしていたものみの丘を降りて、祐一と名雪、潤と香里と二組に別れる。
「じゃ、ここで解散な。気ーつけろよっ」
「ああ、そっちこそな!」
こうして、今宵のどんちゃん騒ぎは幕を閉じたのである。
その翌日。
学校の登校記念日で教室に集まっていた。
クラスの話題は昨日の祭りの話で持ちきりである。
ある一組のチームを除いて。
「頭いてぇ……」
「左に同じよ……」
それはもちろん、美坂香里を中心とした美坂チームだった。
昨日のお酒がいまだに残っているらしい。
「あー。そうだ。香里、ほれっ」
思い出したように、祐一が紙袋を香里に手渡した。
香里がハテナを浮かべながら。北川が横から。中を覗き込んだ。
淡いピンクのそれ。
それは間違いなく、昨日、香里がつけていた――――
「それは、ぶ、ブラがふぅ」
それを名を口にしようとした潤が横の「誰か」に殴り飛ばされる。
誰か、は名誉の為に言わないことにする。
………。
「覚悟はいいかしら? 命乞いしながら、教室の隅でガクガク震える準備もよ?」
香里がパキパキと鳴らしながら、祐一へと近づく。
そこに、チャイムと同時に担任の先生が入ってくる。
「あー。全員、体育館に集合しろー」
グッドタイミング――と言わんばかりに、祐一は喜ぶ。
下品にも、香里がちっと舌打ちした。
香里がはぁと溜息をついて体育館へと向かう。
「さ、行きますか、お姫様っ」
調子にのった祐一と潤の二人がして香里をからかうように言う。
香里は顔を赤くして、早足で先に走って行った。
尚、名雪は二日酔いで学校に来なかったことを追記しておく。